斯くして一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん
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前の話では、この展開につなげるためにあえてそこを描写しませんでした。ご都合主義かも知れませんが、ご理解ください。


B#06

****

 

 駅前のロータリーを抜けて、すれ違う人々を避けながら改札へと向かう。

 一歩、また一歩と近づくたびに、寂寥感がどんどん滲んでいく。ただ、前に送ってもらった時とは違い、ぽっかりと心に穴が開いてしまったような寂しさがある。それは、『好き』という感情を正しく知って、理解したからこそ感じる寂しさなのだろう。

「ここまででいいですよ。せんぱい、今日も送ってくれてありがとうございました」

 もっと一緒にいたいけど、しょうがない。そう納得させて、つないでいた手を離した。

「そうか。気をつけて帰れよ」

「はい。それじゃあ、また学校で……」

「ああ」

 別れの挨拶を済ませ、改札を抜ける。わたしが途中で振り向いて手を振ると、いつものように応えてくれる。それを見届けると、わたしはホームへと続く階段を下りた。

 うっすらと手汗の滲む温もりと、撫でられた時の温かさは徐々に冷めていく。記憶には残っているけど、それでもやっぱり寂しい。

「帰りたくない……」

 誰にも聞こえないように口の動きだけでそう呟いたものの、電車は時間どおりにホームへやってくる。わたしは、止まってしまいそうな足をなんとか動かして、その電車に乗り込んだ。

 名残惜しむわたしを乗せて千葉駅へ向かっていく電車は、規則正しい音を立てながら幕張駅を遠ざけていく。それはまるで、今日一日の出来事を巻き戻しているようにも思えてきて、余計に切なくなる。

 それをまぎらわせようと窓の外に目をやって、行き交う車とビルや看板でライトアップされた夜景を眺めた。でも、何も変わらなかった。

「せんぱい……」

 それでも、誤魔化すように、温もりに縋るように、心の中で想い人を呼びながら鞄の中にある一冊の本を鞄ごと抱きしめる。繰り返し、何度も、何度も馬鹿みたいに同じことを続けた。千葉駅に着いた後も、モノレールに乗り換えた後も続けた。でも、結局寂しさは消えてはくれなかった。

 かつっ、かつっとわたしの歩く音だけが聞こえる。さっきまであったもう一つの足音は、今はもう聞こえなくなってしまった。駅前の喧騒よりも、横を通り過ぎていく車の音よりも、ヒールの音が大きく聞こえるのは気のせいじゃない。

 そう感じた時、わたしは感情のままに携帯を取り出して、少し前に登録されたばかりの連絡先に電話をかけた。たった1コールがやたらと長く感じる。

 そうして5コールほど鳴らしたところで、相手の声が聞こえてきた。

『……もしもし』

 気だるそうな声、でも、わたしにとっては落ち着く声。

「……ちゃんと、出てくれたんですね」

 そういえばこうやって電話が繋がるのは初めてだなーと思うと、妙な緊張感を覚える。そのせいか、少しだけ声が震えた。

『まぁ、言った以上はな。で、どした』

 わたしの心が温かさを取り戻していくのがわかる。たったこれだけのことなのに、曇っていた顔が晴れやかな色を帯びていく。どうやら、自分で思っている以上にわたしは乙女だったようです。

「……一人で歩くのは寂しいなーと」

『なんだそりゃ』

「だから、ちょっとだけ付き合ってもらえませんか?」

『まぁ、いいけど』

 嫌がる様子でもなく、呆れた様子でもなく、せんぱいはそう言った。

「それにしても、せんぱいの声って電話だとこんな感じなんですね」

 いつもより多少ぼやけて聞こえてくる声の感想を言う。それでも、間違うことのないせんぱいの声にわたしはだんだんと調子を取り戻していく。

『あ? 別にそんな変わらんだろ』

「なんだか、いつもより腐ってるように聞こえますよー?」

 ふざけて、そんなことを言ってみる。

『……切るぞ』

「あー! 冗談です、冗談ですってばー!」

 焦りからか、目の前に相手がいないにもかかわらず手をあたふたとしてしまった。サラリーマンの人が電話しながら「すいません、すいません」とぺこぺこ頭を下げているのをよく見るけど、今のわたしと似たような心境からなのかなー。

『……ったく。心配して損した……』

 ぼそりと聞こえてきた不意をつく優しさに、思わず心が浮ついてぴょんぴょんしそうになる。

「せんぱい、わたしのこと心配してくれたんですか?」

『………………まぁ、一応は。それに、お前、泣いてたし』

 少しの間沈黙が流れ、その後に切れ切れの言葉が耳に届いた。

「……えへへ。せんぱい、ありがとうございますー」

 せんぱいがわたしを心配してくれたことに、普段よりも甘えた声で答えてしまう。でも、意図的にそうしたわけじゃない。寂しい時、好きな人に甘えたくなるのは、女の子ならほとんどがあてはまると思う。それに、不思議とせんぱいの前だと、もっともっと甘えたくなる。

『お、おう……』

 そして、わたしの恋する相手はわたしの猫なで声にドン引きしていた。

「ドン引きするとかひどくないですかね……」

『いや、だって今のお前の声、超あざとかったんだもん……』

 今のはないわーと言いたげな様子なのが目に浮かぶ。

「せんぱい」

『なに』

「……女の子って、そういうもんなんですからね?」

 ふわふわした甘い感情を、吹きかけるようにこしょっと口にする。

『……え、そ、そうなの?』

「はい」

 言って、もうひとつまみ。

「……だから、わたしの場合はこんな気持ちになるの、せんぱいにだけですよ」

『……あ、ああ、おう、いや、なんつったらいいのかわからんけど、と、とりあえず、サンキュ、で、いいの?』

 くすぐるように言うと、何故か疑問系でお礼を言われた。混乱しているんだろうなーと、わたしはいたずらめいたように笑う。

「せんぱいのそういうところ、可愛いです」

『ば、ばっかお前、そういうのは戸塚に言え、戸塚に。ほら、戸塚、戸塚のが可愛いから』

 わたしのからかうような言葉に、せんぱいは戸塚先輩の名前を連呼する。相当照れてるんだろうなー。

「……あ」

 とぼとぼと歩いていたはずが、いつのまにか自宅を通り過ぎてしまいそうなほどに元気よく歩いていたらしい。

『ど、どした』

「家、着きましたー」

 言うと、ほっとしたように息を漏らす音が聞こえた。

「ありがとうございました。せんぱいのおかげで楽しかったです」

『ん、まぁ無事着いたんならいい』

「それじゃあ、今度こそ、また」

『はいよ』

 未練がましく思いながらも、わたしは通話終了のボタンを押して玄関の扉を開いた。

 

****

 

 相変わらずせんぱいが絡んだ日の日記は、ページ数が凄まじいことになる。特に、今日はほとんど二人きりで過ごしたということもあって、わたしの誕生日パーティーの時のページ数に並び、越え、それでもまだペンが止まらない。

 つらつらとどうでもいいことまで書き連ねた結果、このページ数を越える出来事は滅多に起きないだろうなというページ数にまでなった。そこまで書き終えてから、わたしはようやくペンを置いた。

 時計の長針があと一周ほどすれば今日の終わりを告げる。ちょっとだけ借りた本を読んでから寝ようかなと思い、鞄に手を伸ばす。と、そこで携帯にメールの受信通知が一つ。

『おやすみ』

 簡素な、たった一言だけの本文。

『おやすみなさい、せんぱい』

 似たような本文のメールを返信した後、ふと、画面に置いたままの指を滑らせて、一枚の写真を表示させる。

 そこには、帰る前に小町ちゃんが気を利かせて撮ってくれた、恥ずかしそうにしながらもばっちりキマっているわたしと、恥ずかしそうにしている上に全然キマっていないせんぱいの二人が映っている。

 ――やっぱり、一緒の時間に寝よう。

 そうすれば寂しいと思う気持ちも和らぐかなと考え、ぼふっと勢いよくベットに身体を投げ出して沈ませた。

「おやすみなさい、せんぱい」

 なぞるように呟いて、近くて遠く、遠くて近いせんぱいの顔を思い描きながら、わたしはゆっくりと目を閉じる。

 今日一日の出来事をもう一度、心に刻み付けるように、焼き付けるようにしながら、わたしは意識を薄れさせていった。

 

 ――せんぱい、誰よりも大好きです。

 

 

 

 

 




散々私の頭を悩ませたデート編はこれで終わりです。
さっさと終わらせるぞーと意気込んでいたのに、このザマです。笑えよちくしょう。

あ、それと一応補足までに。
行きと帰りで電車が違うのは、同じ場所の描写が続いてしまうと退屈させるかなということで変更しました。駅同士の位置的に、変更しても大した差は起きないかなーと。

ちょっと砂糖入れすぎたかなーという部分は否めませんが、以前より心情の変化をはっきりとしたものにするために、こういう形をとりました。

ではでは、長々と書き連ねてしまいましたが、ここまでお読みくださりありがとうございました!


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