斯くして、一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん

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真面目な話を書いてたつもりなんだけどなー。


3#02

  *  *  *

 

『とりあえずよさ気なとこに進学してー、よさ気なとこに就職してー、それから数年腰掛けてから寿退社かなー』

 ……そう考えていた時期がわたしにもありました。今は、そんな昔のわたしをはっ倒したい気分である。

 とりあえず興味のあることを箇条書きにでもしようとペンを取ったのだが、最近できた趣味である読書や、もともとの趣味であるお菓子作りくらいしか書くことができなかった。その結果がたった二行というザマである。自分磨きも趣味といえば趣味なのだが、それは『可愛いわたし』を振りまくためのものなので、今回の場合は問題に繋がらないと判断した。

 まぁ、そのわたしなりの処世術が今後役に立たないかどうかは別だとは思うけど、結局それだけでしかない。

「まいったなー……」

 控えめに頭を掻きながら、ひとりごちる。

 わたしの進みたいと思える道は、理由だけが先行してわたし自身が理由に追いついていない。そんな現実だけが、静かな自室に反響する。手元のノートに書き記した行数は増えないまま、時計の針は進んでいく。

「うーん、こうなったらー……」

 今の時刻は夜の九時五〇分。まだ起きているだろうかと不安に思いながらも、携帯の通話ボタンを押した。

 無機質なコール音が4回続いたところで、ようやく向こうが電話にでてくれた。

『……はいはい、どしたの』

「せんぱい、こんばんはですー」

『ああ』

 るんるんとしているわたしの声と違って、相変わらず気だるそうな声。でも、わたしはその声が一番好き。

「えっとですね、明日、お昼ご一緒しませんかー?」

 まぁ、あんなことがあったばっかりだし、それから時間も経ってないし、たぶん断られるだろうなー……。そう思いつつ、おそるおそるだめもとで聞いてみる。

『……わかった』

 すると、わたしの予想に反して、ただ頷くように、せんぱいが静かに言葉を返した。

「……あれ? いいんですか?」

『お前が言い出したんだろうが……」

「そ、それはそうですけど……。でも、せんぱいのことだからわたしてっきり……」

『いや、だってお前の場合断っても無駄だし」

 断られるかと……。そう言い切る前に、呆れたような口調で遮るように重ねられた。

「なんですかそれー」

 ぶーぶーと抗議するように言うと、息を吐いた音が電話越しに耳をかすめる。

『……それに、約束しちまったからな』 

「………………ふぇっ?」

 直後に付け足された『約束』という言葉に、つい気の抜けた声をあげてしまった。

『覚えてないのかよ……』

 そんな反応をしたわたしに、呆れたようにせんぱいは返す。でも、ほんとに約束なんて――。

『お前が言ったんじゃねぇか。何かあった時は話聞いてくれって……』

 記憶を引きずり出そうとしたところで、ぼそぼそとした声が耳に届く。それを聞いて、ようやく噛み合っていなかったものが音を立てて噛み合った。

 先月の放課後、確かにそんなことをわたしは言った。でも、それは約束なんて大げさなものじゃなくて、あれはただ単にわたしが甘えたくなっただけで……。

「……そんなつもりで言ったんじゃなかったんですけどね。でも、そう言ってくれて嬉しいです」

『ん、まぁ、一応な、一応』

 せんぱいらしい言い訳じみた照れ隠しに、わたしはくすりと笑みをこぼす。そういうとこ、ほんといじらしくて可愛いなー。

 わたしはただお話したいって言っただけなのに、ただ甘えただけなのに、それを約束として律儀に守ってくれてたんだーと心の中で舞い上がり続けていると、ふと気づいた。

「……あれ?」

 わたし、話を聞いてほしいなんて一言も言ってない……。

『どした』

「あの、なんで相談があるってわかったんですか……?」

 も、もしかして、わたしのこともっとよく見てるアピール……? と、頭に疑問符を躍らせつつも声色に期待を滲ませて尋ねる。

『ああ、そりゃお前がめんどくさい話をいきなりし出した時って、大抵そういう時だし……』

 ……う、うーん、わたしのことちゃんと見てくれてるのはさすがにわかってたけど、求めていたアピールとちょっと違う種類のアピールだなー……。

『でも、まぁ、そんなお前のわがままに付き合うのも、それほど悪くないと思ってる俺もいる』

 後出しでそんな優しさを投げかけられ、今度は思わずどきりと胸が高鳴る。

『だから、いつもみたく聞いてやる』

 ――ほんと、かなわないな。

 心の奥でそんなことをぽしょっと呟く。いつも、いつだって、そうやってわたしの心を突いて、掴んで、奪っていく。

「……ほんと、せんぱいのそういうところ、あざといですし、ずるいです」

 今、わたしだけに向けられている優しさは、今のわたしだけのものだけど、いつかはせんぱいの優しさ全てをずっと独り占めできるようになれたらいいなと、そんなことを願いながら、電話が繋がったままの携帯をぎゅっと握り締めた。

『だから、お前のほうがあざといっつーの』

 そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、吐き捨てるようにせんぱいが言う。

「ふふっ。せんぱいのそういうとこも、わたし好きですよ」

『そりゃどうも』

 ただの皮肉と受け取ったのか、淡々と、皮肉めいた口調の声が返ってくる。そういう意味じゃないんだけどなーと口をとがらせつつもそれを心にしまい、話を切り替える。

「……せんぱい」

『あ?』

「一緒に答え、見つけましょうね。必ず……」

 問いかけるように、そして、噛みしめるように、わたしの心の中と電話の先へ向けて、しんみりとしたわたしの声を届けた。

『……ああ。必ず、な』

 反響するように返ってきた言葉は、確かな決意が込められていたような、そんな気がした。あとは、それを話す場所か……。といっても、一つしかない。

「……それじゃあ、明日、生徒会室でいいですか?」

『了解』

 屋上やベストプレイスといった人目につく場所よりかは、生徒会室のほうが落ち着いて話ができるだろう。それをせんぱいも理解しているからか、当然二つ返事だった。

 と、話もまとまったところで時計に目をやれば、そろそろお開きの時間に差し掛かっていた。

「ではでは、そろそろ寝ましょうか」

『ん、もうそんな時間か』

 どうやらわたしと同じ感覚だったようで、せんぱいも思い出したように言った。

「……じゃあ、おやすみなさい」

『おやすみ』

 あともう少しだけ……。そんなキリがないわがままは飲み込んで、振り切るように通話を終了させる。

 歯を磨き、ベッドに身を預けながら、明日の進路相談について何から話そうかと逡巡しているうちに意識は薄れ、わたしは眠りについた――。

 

  *  *  *

 

 翌日の昼休み、午前中の授業を終えたわたしは駆け足で職員室へ向かった。せんぱいを待たせてしまっているかも、という焦りからか、少し勢いがついたまま職員室の扉を開いてしまった。

 そんなわたしの様子を見た平塚先生が一瞬目をぱちくりとさせたものの、すぐに表情を戻し、あらかじめ用意していたのか手元にあった生徒会室の鍵をわたしに向かって放り投げた。

 驚きのあまり小さく悲鳴をあげつつ受け取ると、その一部始終を見ていた平塚先生が「使うのだろう?」と視線で問いかけてくる。それにわたしは頷き、ぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございますー!」

 お礼をちゃんと口にしてから、職員室を後にする。途中で視線を感じて振り向くと、平塚先生がわたしの後ろ姿を見守ってくれていたようだ。わたしと視線がぶつかると、ひらひらと手を振りながら、励ますようにくすっと笑う。

 わたしは一旦足を止め、平塚先生にもう一度頭を下げてから再び駆け出した。たたっと軽快な音を立てて生徒会室へと続いている廊下へ着くと、天井を呆けた瞳で見つめたまま壁に寄りかかっているせんぱいの姿がある。向こうもわたしの足音に気づいたようで、自然と瞳の先が交わう。

「す、すいません。ちょっと、鍵をお借りしに行ってまして……。待たせちゃいましたか?」

 ぱぱっと前髪を整えた後、せんぱいの顔を控えめに覗き込む。……なんかデートに遅刻した時の言い訳みたいだなー。

「いや、どうせそんなこったろうと思ってたし、俺も今来たとこだから大丈夫だ」

 ……わ、せんぱいがデートのお手本みたいなこと言ってる。

「どうしてそれがデートの時に言えないんですかねー……」

 拗ねた口調でぼそり呟きずいっと近づくと、うぐっと声を詰まらせながらせんぱいが身体を仰け反らせて、一歩後ずさる。

「ま、まぁ、そりゃアレだ。アレだよアレ……」

「アレじゃわかりませんよ。なんでですか、どうして言えないんですか」

 逃げ場をなくすように詰め寄って壁際まで追いやると、観念したようにせんぱいが大きく息を吐いた。

「わ、わかった、気をつける。だから、離れてくれ。マジで近いから……」

 言われ、真っ赤に染まったせんぱいの顔がわたしの目の前にあったことに気づく。

「あ……」

 もし、このまま、近づいてしまえば――。

「す、すいませんっ……」

 そんな考えを振り払い、距離をとった。ど、どうしよう……。今、せんぱいの顔見たら、わ、わたし……。

「と、とりあえず入ろうぜ」

 火を吹きそうなほど熱を持った顔に手を当てておろおろし続けていると、せんぱいが思いついたように口を開く。

「あ、そ、そうですよね……。すいません、今、開けます……」

 動揺したまま、生徒会室の鍵を取り出そうと制服のポケットに手を入れる。

「――あっ」

「お、おい」

 ちゃりんと音を立てて滑り落ちてしまった鍵を拾おうと手を伸ばしたところで、ぴとりと指先と指先が触れ合った。

「ひゃっ!」

「わ、悪い」

 再三つないだ手のはずなのに、わたしがどうにも意識しすぎてしまったせいか、お互いにいろいろとおぼつかなくなってしまう。

「……とりあえず、落ち着け」

「は、はい……」

 すーはーと深呼吸しながらも、未だに生徒会室の鍵を開けることすらできていない現状に不安を抱く。

 

 ――大丈夫かな、わたし。

 

 

 

 

 




遅くなりました。

今回、後半部分はうまくまとまっていないような気がしますので最悪書き直すかも。
その場合は活動報告なりツイッターなりで告知すると思います。

ではでは、ここまでお読みくださりありがとうございました!

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