斯くして一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん
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 放課後になると日中を過ぎて気温が落ち着き始めたせいか、開かれた窓から入り込んでくる風がやけに涼しく感じる。

 今日は一応生徒会の活動自体はあるのだが、書類をファイリングしたり、判子を押したりするくらいなので、他の役員は休みにして一人でこなすことにした。

 そうして黙々と仕事を進めている途中、生徒会室にノックの音が響いた。

「どーぞー」

 ……やる気がないわけではないのだが、わたしの場合どうにも間延びした声になるらしい。

「よう」

「せ、せんぱい? どっ、どうしたんですか?」

 予想外の、そして今一番会いたかった人が訪ねてきてくれたことに思わず手を止め、駆け寄る。

「……悪い、仕事中だったか」

「いえ、あとちょっとなので大丈夫ですっ!」

 机の散らかり具合を見たせんぱいが申し訳なさそうに生徒会室を出て行こうとしたので、逃がしてたまるかとぐいっと腕を引っ張って立ち止まらせる。

「わ、わかったから引っ張るな……」

「まぁまぁ、いいじゃないですかー。ではでは、一名様ご案内でーす」

 これでもっと一緒にいれるなーと内心でにやけながら、せんぱいを引きずるように中へ迎え入れた。……よしっ、仕事なんかさっさと終わらせていっぱい甘えちゃおーっと!

「じゃあ、少しだけ待っててくださいね」

「や、手伝うぞ」

 途中だった書類に再び手をつけようとすると、隣に座ったせんぱいが俺の分を寄越せとばかりに手を差し出してきた。

「いえ、このくらいわたし一人で大丈夫ですよ?」

 きょとんとしながら返し、首を傾ける。その様子にぽかんと口を開けたせんぱいがなんだかおかしくて、くすっと笑みを漏らす。

「……そうか、わかった」

 釣られたように口元を緩ませたせんぱいに頷きだけを返して、中断していた仕事を再開する。やたらとモチベーションがあがったせいか手は止まることなく動き、いつもより早いペースで片付いていく。やだ、わたしったら超単純!

「……結構さまになってきたな、お前」

 てきぱきと仕事をこなしているからか、隣から優しさを含んだ色の呟きが聞こえてきた。せんぱいに褒められるのはちょっとだけくすぐったいけど、やっぱり嬉しい。

「……ありがとう、ございます」

 甘えたい。今超甘えたい。でも、我慢しなきゃと心の中で大きく首を振って、もんもんとした気持ちを抱えたまま、一つ一つ目を通して書類のファイリングを済ませていく。

 最後の書類に手を伸ばし、それを片付けたところでふぅと息を吐く。

「お疲れさん」

「はい。ちょっとだけ疲れました」

 手が空いたのを見計らって、せんぱいが声をかけてくれた。それに言葉を返した後、ご褒美が欲しいなーという意味を込めてせんぱいを見つめる。

「なに?」

 はぁ、相変わらずそういう乙女心には気づいてくれないんですねー……。

「わたし、頑張りましたよ?」

「お、おう……」

「だから、ちょっとくらい、ご褒美、欲しいなー、なんて……」

 口に出すのは恥ずかしいけど、それでも甘えたいから。

「………………これでいいか?」

 少し間が空いた後、頭をくしゃくしゃと撫でられた。その瞬間、ぽわっとした気持ちが広がり、温かさで満たされていくのを感じる。その気持ちよさから、つい自分からすりすりと頭をこすりつけてしまう。

「えへへ……」

「こら、調子にのるな」

 だらしなく頬を緩ませてつい甘えてしまうわたしに、せんぱいはちょっと困ったような顔つきになり、おでこをぺしっと軽く叩いてきた。

「はうっ」

 もうちょっと撫でて欲しかったのに……あ、そういえば。

「ところでせんぱい、何か用があったんですか?」

「ああ、お前さ、ラノベのプロットとかって興味あるか?」

「……ぷろっと?」

「プロットっていうのは――」

 ふむふむ、なるほどー。つまり、キャラクターの設定や話の流れをまとめたりする下書きみたいなものってことかー。

「んー……。興味がなくはないわけじゃないですけど、実際に見てみないと何とも……」

 でもどうして急に? 首を傾げて問う。

「お前、材木座って覚えてるか?」

 ざ、ざい? 材木? 業者かな? ……うーん、でもどっかで聞き覚えがあるような。

「……まぁ、お前が覚えてないってことはよくわかった。で、その材木座ってのがよく自作のラノベを書いてくるんだが」

 あ、これつまんないって言うパターンだ。

「なんとなく話がわかっちゃったんですけど……」

 つまりは、その材なんとかって人が書いたラノベのプロットとやらを見てみないかってことだろう。でも、つまんないのはちょっとなー……。

「まぁ、聞け。そいつが今部室に来てて、とりあえず待たせたままなんだけどよ……」

 そこまで言ったところで、せんぱいがふいっとそっぽを向きながら頭を掻いた。あ、これ恥ずかしがってるパターンだ。……はっ! もしかしなくてもこれってせんぱいからのお誘いくるー?

「だから、その、お前さえよかったら、一緒にどうかと思ったんだが」

「行きます」

 瞳をきらきらと輝かせながら即答する。その勢いに気圧されたのか、せんぱいは少し身体をのけ反らせた。

「お、おう……。じゃ、じゃあ行くか」

「はいっ!」

 そういえばあそこに顔を出すのは四月以来だなー……。少し複雑な感情を抱きながらも、せんぱいの隣に並んで奉仕部の部室へと向かった。

 

****

 

「悪い、ちょっと遅くなった」

「おかえりなさい」

「ヒッキー、おかえりー」

 せんぱいが部室の扉を開いて声をかける。それに雪ノ下先輩と結衣先輩の声が返ってきたのが聞こえた。

「はちまーーん! 我を置いてどこへ行っていたのだ! この空気に耐えられなくて窒息するかと思ったぞ!」

 どこかで聞いたことがある気がする声だなーとせんぱいの背中越しに中を覗いてみると、熊のような人が汗を垂らしながらこちらに近寄って来ているのがわかった。……うーん、なーんとなく見覚えある気がする。まぁ、とりあえず、一応は先輩、だよね。

「こんにちはですー」

 せんぱいの背中からひょこっと顔を出し挨拶をすると、再び本を読み始めた雪ノ下先輩と携帯をいじり始めていた結衣先輩がはっと目線を上げる。そして、その材なんとか先輩はわたしの姿を見るなり急ブレーキをかけ、ばばっと勢いよく後退していく。体格のわりに身軽だなーこの人……。

「久しぶりね、一色さん」

「いろはちゃんだ、やっはろー! 久しぶりー!」

「お久しぶりですー」

 小さく手を振って応えている間に、材なんとか先輩が壁にぶつかったのが視界に入った。その姿は、わなわなと震えている。

「は、八幡っ! 何故おぬしが生徒会長などと一緒におるのだ?」

 ……むっ。なんだこの人、失礼だな。

「あ? まぁ色々あんだよ」

「まさか貴様っ、我を裏切るというのか!?」

「うるせぇな、別にお前には関係ないだろ。それよりほれ、早くしろ」

「は、はちまーん! 貴様だけは、貴様だけは我の生涯の友だと思っていたのにー!」

 うわ、なんかめんどくさそうなやりとりが始まったなーとその光景を眺めていると、雪ノ下先輩がわたしを見ていることに気づいたのでそちらに振り向く。

「……紅茶、飲む?」

 目が合った雪ノ下先輩が優しく微笑みながら尋ねてきた。二人を初めからいなかったかのようにスルーするのはたぶん、もう慣れちゃってるからなんだろうな。

「あ、ありがとうございますー」

 雪ノ下先輩に紅茶を淹れてもらっている間に、椅子を準備する。わたしの定位置は、雪ノ下先輩と結衣先輩の真正面。でも、今日はせんぱいと一緒にプロットを読むわけだし、これを利用しない手はないよね!

「…………」

「…………」

 いつもと違った位置に椅子を置いたわたしに、雪ノ下先輩と結衣先輩が呆気に取られた表情で見つめてきた。……わかってはいたけど、やっぱりちょっと気まずい。

「ほれ、一色」

 ううっと身を縮こまらせていると、せんぱいが分厚い紙の束を渡してきた。二人の視線から逃れるようにそれを受け取り、ぱらぱらとめくってみる。

「へー、こんな感じなんですねー」

「まぁ、プロのものじゃないからちょっとアレだけどな」

「んーでも、せっかくのお誘いですし、わたしは別に気にしませんよ?」

「あ、そう? じゃあ、とりあえず始めるか」

「そうですねー。ではでは、一緒に読みましょう!」

 淡々と話を進めていると、混乱した様子でおろおろとする材なんとか先輩と、戸惑いの色を表情に滲ませながら雪ノ下先輩と結衣先輩が説明を求めてくる。

「あぁ、こいつ、最近ラノベに興味持ち出してな。だから、ちょうどいい機会だと思って連れてきたんだ」

「はいー。そういうことなので、わたしも参加させてもらうことにしたんですよ」

 ここにきた理由を伝えると、なんとなくではあるもののそれぞれ納得した面持ちを浮かべ、場が落ち着いていった。

「……そう。はい、一色さん」

「あ、どうもですー」

 雪ノ下先輩から受け取った紅茶を一口頂いて、一息つく。

「じゃあ、せんぱい」

「ん、そうだな」

 

 紙コップを置いた時、コトッとした音の中にかすかな呟きが交じっていた気がした。しかし、それは誰に届くわけでもなく、ただ、この空間の中に溶けていった――。

 

 

 

 

 




それでは、ここまでお読みくださりありがとうございました!


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