斯くして一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん
<< 前の話 次の話 >>

36 / 50
3#09

****

 

 ――いくつかの経験を生かしてみたらどうだ、という前置きと共にせんぱいが口を開いた。

 

 まず一つ目は、編集者について調べながら話をした時と同じ時期のこと。

 生徒会の余っていた予算を使って、奉仕部の三人と一緒にフリーペーパーを作ったことがあるのだが、その時にわたしは編集に関してちょこっとだけやったことがある。

 全体の監督と確認、外部との交渉、最終チェックと適宜サポートといった仕事内容は、れっきとした編集者としての仕事の範疇だったように思う。

 二つ目は、この間の材木座先輩のプロットの件。拙すぎて簡単な感想のようなものだとしても、ただの批判になってしまっていたとしても、ずばずばと遠慮なく指摘していたこと。

 最後に、現在進行形で生徒会長をやっているおかげで、たくさんの書類に目を通してきた。入学式や卒業式といった挨拶の場に相応しい文章を書いたりする機会も増え、最近はせんぱいや雪ノ下先輩に頼らなくても、ある程度は自力で書けるようになっている。

 まぁ、それを踏まえたとしても実際に編集者として仕事をしている、もしくはしたことがある人と比べれば、未熟どころか話にならないレベルだ。

 指摘に関しても、わたしが本を読み始めたのはつい最近からなので、同じ道を目指している人たちよりも圧倒的に知識量が足りない。文章の作り方やルールについても、小学校レベルの知識しかない。

 だから、挨拶の原稿なんかはテンプレを参考にしつつも、自分なりの書き方に崩したりするのがやっとだったりする。

 

 わたしには何もかもが足りなくて、それはせんぱいもわかっているはずなのに――。

 それでも、言ってくれた。

 ただでさえ、これから自分の受験を控えていて大変なのに。

 わたしの面倒まで見ることになったら、もっと余裕がなくなってしまうのに。

 それなのに――。

 

****

 

 すっかり泣き腫らしてしまった瞼をこすりながら、駐輪場へ自転車を取りに向かったせんぱいを大人しく待つ。

 今日は、嬉しいことがいっぱいあったなぁ……。

 あれから大した時間は経っていないが、未だに湧き続けてくる喜びと温かさについつい顔を綻ばせてしまう。

「えへへぇ……」

「何にやけてんだよ」

 頬に両手を当てて一人浮かれた声をあげている間に、自転車を押してきたせんぱいが隣に立っていた。

「だって、ほんとに嬉しかったんですもん」

 こうやってすぐにせんぱいの腕に抱きつこうとしてしまうくらいには、感情が抑えられないままだ。

「わかった、わかったからちょっと待て」

「う……」

 そうしようとしたものの手で制止され、思わずしゅんとしてしまう。まぁここじゃあの場所よりも人目につくし、しょうがないかな……。

 甘えたいけど甘えられないことに肩を落としたまま、無言で差し出された手に鞄を預ける。

「……乗るか?」

 ちらと荷台のほうへ視線を向けながら、せんぱいが控えめな声で呟く。

「えっ、いいんですか……?」

 前は後ろに乗せてほしいとおねだりしても、小町ちゃん専用だからだとか、噂されるとお前が困るからだとか、何かと理由をつけられ毎回断られていた。

 でも、今は。

「いやまぁ、お前が嫌ならいいけど」

「すぐ乗ります絶対乗ります」

 勢いよく語気を強めて答えると、驚いたのか、せんぱいがびくっと肩を震わせる。

「お、おう……。じゃあ、ほれ」

 そう言うとせんぱいは自転車のサドルにまたがり、わたしが後ろに乗るのを待つ。どきどきと胸が高鳴っているのを感じながら、そろりと荷台に腰掛ける。

「どこでもいいからしっかり掴まっとけよ」

「は、はい……」

 振り落とされないように腕を前に回し、せんぱいの制服を遠慮がちに手できゅっと掴む。

 そういえば先月噂がたった時も、身体に抱きついたのは泣きながらだったっけ。つまり、あの時もさっきもほとんど感情任せだったわけで。でも、泣き止んでからは浮かれっぱなしとはいえ、思考はだいぶ落ち着いてきているわけで。

 ……やばっ、だんだん顔が熱くなってきた。

「お、お願いします……」

「じゃ、行くぞ」

 そう告げて、せんぱいがペダルを漕ぎ始める。でもわたしはぽけーっと呆けていたせいで、動き始めのぐらりとした衝撃に備えていなくて。

「わきゃっ!」

 ぼすっとおでこをせんぱいの背中にぶつけてしまった。

「お、おい大丈夫か」

「あたた……」

 ブレーキをかけて振り返り、せんぱいが心配そうに声をかけてきた。

「ご、ごめんなさい。ぼーっとしてました……」

「いや、怪我とかねぇならいいんだけどよ」

 わたしが無事なのを確認すると、せんぱいがふっと肩の力を抜いたのがわかった。そのちょっとした優しさが、本気で心配してくれた様子が、いつだってわたしの心をぽかぽかとした気持ちにさせてくれる。

「じゃ、今度こそいいか」

「……はい」

 だから、まだ恥ずかしいとは思うけど。

 でも、そういう優しさを向けられてしまったから。恥ずかしさを簡単に上回っちゃうくらい甘えたくなってしまったから。

 回した腕に力を込め、温もりを確かめるように抱きしめる。せんぱいの背中に頭をくっつけたまま静かに目を閉じると、自分の心臓の音がやけにはっきりと聞こえた気がした。

 

 ――せんぱいとなら、きっと。

 いつのまにかすっかり恋する乙女になってしまったわたしに苦笑しつつも、そんな独り言を心の中の世界でそっと溶かした。

 

 自転車で駆け抜けていく風景は、二人並んで歩いていた時よりも早く通り過ぎていく。そんなのは当たり前のことなのに、今は無性に寂しく感じる。

「どした」

 抱き寄せるようにぎゅっと腕を引いたわたしに気づき、せんぱいがペダルを漕ぐ足を止めた。

「あ、や、えっと……」

 どうしようか迷ったものの。

「その、もうちょっと……だけ、せんぱいと、……一緒にいたい、です」

 もにょもにょと気後れしつつも言ってみる。いつもはなんとか我慢できるのに、あれだけ嬉しいことがあった反面、その反動に耐えられる自信がなかった。

「……んじゃ、どっか寄ってくか」

 みるみるうちに表情が明るくなっていく自分を感じる。

「はいっ。……えへへ」

 一日中ずっと、というのも無理でも。

 引き止めてしまうことで、別れ際の寂寥感が余計に大きくなってしまうことをわかっていても。

 それでも今は、少しでも長く一緒に時間を過ごしたかった。

 

****

 

 あれから駅近くのお店に入って、せんぱいと一緒にご飯を食べた。向かい合わせじゃなくて隣に並んで座った時のせんぱいの顔は、なんか面白かったな。

 もちろんお約束のあーんもしたけど、ただ恥ずかしがるだけで、せんぱいは大人しくわがままを受け入れてくれる。縮まっている心の距離が何よりも幸せで、わたしにもしてほしいとついついおねだりしてしまった。でも、顔を赤らめながらもちゃんと応えてくれた。

 限られた時間の中でわたしはめいっぱい甘えて、楽しんだ。

 そのぶん、せんぱいと別れる時はものすごく辛くて、苦しくて。

 改札を抜けた後もずっとわたしを見送り続けるせんぱいの姿を見て、すぐに引き返したくなるくらいあの温もりが欲しくなって。

 こらえようと小さく口を結んでいても、じわりと涙が浮かんできそうになってしまう。

 でも、今は。

 ぶんぶんと首を振り、名残惜しさを感じながらもわたしは帰路についた。とぼとぼ歩いてしまったのでだいぶ時間がかかってしまったけど、なんとか家に辿り着く。

 自宅に戻った後は、普段どおりにやることを済ませる。その後は、わたしの自由な時間。 

 借りているラノベを開き、中途半端に残っていたページをめくり最後まで読み終えてから、ふーと息を吐く。

 一巻の物語はここまでで終わってしまうけど、確かにその続きの物語はある。そんなことを思いながら、せんぱいに読み終えた旨を打ち込んだ内容のメールを送る。

 本当は声が聞きたい。でも、あの気だるそうな声を聞いてしまった瞬間に、寂しさに押し潰されてしまいそうな気がしたのでやめておいた。

 しばらくすると近くに置いたままの携帯が震える。通知を確認して中身を覗いてみると、思わず一人笑みをこぼしてしまう。

 ただ、ぽっかりと穴が空いてしまったような寂しさは消えていなくて。

 なんとなく、ベッドの上にある枕に手を伸ばして寝転がる。柔らかな枕の感触しかそこになかったとしても、離れてしまった温もりを求めるようにそっと抱きしめながら、もう何度目かわからないあの瞬間を思い出す――。

 

 ――だから、俺と一緒にやってみないか。

 無責任な言葉だったけど、わたしにとっては何よりも嬉しかった言葉だったから。

 

 ――その、お前がいないのは俺が困るっつーか、なんか嫌っつーか……。

 不器用な言い方だったけど、わたしにとっては何よりも欲しかった言葉だったから。

 

 ――そういうわけで、お前が隣にいてくれると助かる。

 相変わらず下手な言い回しだったけど、わたしにはちゃんと伝わった言葉だったから。

 

 あれだけ心が満たされていたのに、近くにせんぱいがいないというだけで途端に脆くなってしまう。もっと強くならなきゃって決めたのに、結局弱いままのわたしがいて。

 

 でも。

 わかっていても、それでも。

 

 今すぐせんぱいに、会いたい。

 今すぐせんぱいに、触れたい。

 

 枕に顔を埋めながら、わたしは縋るように言葉を紡ぐ。

 明日まで届かない願いを胸に抱えたまま、泣き疲れていたわたしはそのまま静かに意識を手放していった――。

 

 

 

 




ちょっとだけ遅くなりました、ごめんなさい。

今回書くにあたって、プレッシャーがハンパなかったです。今もくっそ不安です。
ご期待に添えた内容だったかどうかはわかりませんが、こういう形と流れをとらせて頂きました。

ではでは、ここまでお読みくださりありがとうございました!


※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。