斯くして一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん
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最終章:斯くして一色いろはの求めた本物は形となり、実を結ぶ。
4#01


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 誰かにとっての誰かは特別で、また別の誰かにとってもその誰かは特別で。その形も、意味も、込められた想いの強さも人それぞれ違っていて、もし似ていたとしてもそれは別のものだ。

 だが、望んでしまったせいで失ってしまうものだとしたら。

 また、求めてしまったせいで壊れてしまうものだとしたら。

 

 彼女は、諦めたように言った。

 ――もう、終わりにしましょう、と。

 問いかけた先は特定の誰かか、もしくは自分か、あるいは両方か。

 

 彼女は、消え入るような声で呟いた。

 ――そっか、そういうことなんだ、と。

 誰に向けるでもなく、無理矢理にでも納得させるような独り言。

 

 そして、彼と彼女は願った。

 ――それでも、本物が欲しい、と。

 彼は彼女たちへ、彼女は彼に伝えた、特別な感情を含ませた言葉。

 あるかどうかもわからないものに、届くかどうかもわからないのに、手を伸ばし続けた。あるとわかっているものは、簡単に掴めるものはいらないと、縋り続けた。

 

 本物と呼べるものが間違いだらけのものだとしても。

 酷く傲慢で、独善的で、利己的なおぞましいものだとしても。

 彼と彼女の、そして彼女たちの理想や幻想という夢物語の先は、きっと――。

 

****

 

 ――奉仕部での決着がついたら……。

 

 あの出来事から二週間ほど経った。

 せんぱいが大きく息を吐いた音、わたしの胸の高鳴り、紡がれたせんぱいの決意、そして二人の間に言葉と指で結んだ“約束”。

 場面や言葉の断片の一つ一つが、それらの全てが、去年の冬に起きた奉仕部での一幕以上に頭と心に焼きついている。

 わざわざ記憶を辿らなくても、心の中を探さなくても、勝手に浮かんでくるくらいに強烈で、鮮明で、ずっと頭から離れない。離れるわけがない。

 相変わらず涙で顔はぐしゃぐしゃだったけど、感情はごちゃごちゃだったけど、それでもずっと忘れない。忘れられない。

 答え合わせをするのは、やっぱりどうしようもなく怖いけど。

 近づけば近づいた分だけ、傷つけ、傷ついてしまうかもしれないけど。

 結果、壊れてしまったとしても、間違っているなんて思いたくないから。

 わたしは、信じてるから――。

 

 そんな思いを胸に秘めたまま、わたしは日常を過ごしていた。ただ、前とは打って変わって忙しい日々を送っている。

 学校では授業を真面目に受け、生徒会活動がある日は仕事もこなさなくてはいけない。家に帰っても別口の勉強が待ち受けていて、さらに努力を重ねなくてはいけない。

 あまりの大変さにため息をこぼしてしまう時もあるが、疲れを感じることはあってもつらいとは思わなかった。むしろ充実している実感があって楽しいとさえ思う。

 そうして目標を追いかけるために時間に追われ続ける、という毎日の中でも、唯一の癒しというか、至福の時がある。それは生徒会活動がない日に過ごす、せんぱいとの時間。

 別にこれといって今までと大きな変化はなく、生徒会室で勉強に励むわたしの様子をせんぱいが隣でただ眺めるというだけのものだ。

 お喋りして、皮肉を言い合って、甘えたくなって、甘えて、応えてくれて。

 たったそれだけのことなのにすっと疲れが抜けていって、また頑張ろう、もっと頑張ろうって思える。

 恋の魔力って、ほんと不思議だなー……。

「おいこら、一色」

 と、ペンを止めて呆けているわたしに声がかかり、回想へと飛ばしていた意識が戻された。

「さっきから手が止まってるぞ」

「……あ、ごめんなさい」

 いけないいけない。今日はせっかくせんぱいと一緒なのに、ぼけっとしてたらもったいない。わたしの大好きな人と一緒にいる時間はただでさえはやく過ぎちゃうから、一分一秒だって無駄にしたくない。自分の内にこもって、目の前のせんぱいを無視している余裕なんてわたしにはない。

「いや、まぁいいけどよ。それよりお前、何か話があるつってなかった?」

 言われ、この空間の居心地がよすぎて今の今まですっかり忘れてしまっていたことを思い出す。

「あっ、そうでした。聞いてもらってもいいですか?」

「おお」

 一拍。

 そっと目を閉じ、胸に手を添え、息をすっと吸い込んだ。

 今までの思い出を逆再生するかのように追憶した後、息と共に覚悟を吐き出す。

「……わたし、サッカー部を辞めようと思います」

 四月の半ばあたりから、もう一つ、ずっと迷っていたことだった。目的や理由を完全に失い、ただそこに形だけで存在しているだけの、無意味なもの。

 昔は信じられないくらい熱を注いでいたはずなのに、今となってはもうすっかりと冷めてしまっている。残っているものを見つけようとしても、こじつけようとしても、やっぱり何もない。

 ただ、せんぱいが責任を感じてしまうからやらなくてはいけない、という強迫観念めいたものに苛まれつつも、自分のことを天秤にかけてしまい身動きがとれず、結局は曖昧なままけじめをつけることができないでいた。

 でも、この間の出来事が、せんぱいの言葉が、踏ん切りのつかないわたしを後押ししてくれたからこそ、応えたい。

 それは、いつだって変わらない。

 一人で突っ走って、一人で迷っている時も。

 二人でちゃんと考えて、苦しんで、あがいている時も。

 だから、これでいいんだ。後悔なんて、するわけがないから。

「……そうか」

「あの、せんぱいのせいじゃないですってば」

 少しばかり沈んでしまった声に微笑みを返し、続ける。

「このままだらだらーってのはいけないなーって前から思ってましたし、それに……」

 くいくいとすぐ近くにあるせんぱいの袖を引く。わたしの主張にこちらへ向き直った瞳を見つめながら、にこりとはにかむ。

「わたしにはせんぱいがいてくれるから、他はもういらないかなーって」

 自分でもよくこんな恥ずかしいことが言えたなとは思うけど。でも、それが本音だから。

「そ、そうか……。サンキュな」

 ぴとりと身体を寄せると、くしゃくしゃと頭を撫でられた。あぁ、落ち着く……。

「……まぁお前がそう決めたんならいいけどよ」

「はい。だから、せんぱいは責任を感じないでくださいね」

 その言葉を聞き、面食らったような表情をした後にせんぱいががしがし頭を掻く。

「善処するわ」

「ぜひ、そうしてください」

 んふーと強気に微笑んだわたしに口元を緩め、せんぱいはもう一度わしゃわしゃと頭を撫でてくれた。はわぁ、あったかい……。

 ひとしきり撫で終わった手が離れていくのを名残惜しく感じつつも、中断していた勉強に戻ることにした。

「あ、そういえばこないだの中間テストなんですけどー」

 ふと思い出し、前に返却された解答用紙を鞄から取り出して結果を見せる。意識的に勉強をするようになったおかげか、これまでにないくらいいい点数を取れた。

「おお、よくできたじゃねぇか。っつーか、数学に関しては俺より遥かにいい……」

「えへへー」

 せんぱいに褒められた。せんぱいが褒めてくれた。苦々しく顔をしかめているせんぱいとは対照的に、上機嫌になったわたしはにへらっと頬を緩ませてしまう。

「ご褒美、ご褒美が欲しいですー」

 露骨な期待を滲ませた瞳でせんぱいの顔を覗き込み、つんつんと肩を突っつく。わたしの上目遣いにせんぱいはやれやれとばかりに息を吐き、わたしのおでこをぺしっと軽く叩いてきた。

「最近多いぞ。……ったく」

「うー……」

「わかったわかった、ちょっとだけだぞ」

 眉を落としうにうにと口元を動かしていると、せんぱいは困ったように微笑みながらもわたしのわがままを受け入れてくれた。

 これはわたしの、わたしだけの特権。

 えへへっ……。

「……そいや、職場見学はどうだった」

 気恥ずかしいのか、取ってつけたような質問がせんぱいから飛んできた。

「行きたいところにも行けましたし、楽しかったですよー」

 せんぱいの胸元におでこを預けたまま、本心からの感想を述べる。

 仲がいいとまでは言えないけど、何度かお喋りをしたことがある女の子たちのグループにわたしは入った。行きたい場所もこれといってなかったらしく、熱意を込めて希望を伝えるとすんなりと決まってしまい、なんだか拍子抜けしてしまったのは記憶に新しい。

 おかげで希望どおりに進み、一緒に行った子たちも「面白かったー」とか「ためになったー」とか言っていたけど。わたしには一体なにが面白くてためになったのかはわからないし、どうでもいいけど。

 ……でも、みんなも楽しんでくれたみたいだから満足かな。

 そうして特に問題もなく、わたしの職場見学は終わった。

 全てが順調で、平和で、平穏だ。

 だからこそ、余計に怖くもあるわけで。

「どした」

「あ、いえ。……なんでもないですよー」

 不安を誤魔化すように、この瞬間に感じている幸福で塗り潰すかのように。

 せんぱいの胸元にうりうりとおでこをこすりつけて、甘えた。

 見上げればすぐ間近に、わたしの大好きな人のめんどくさそうな顔と、それでいて優しげな瞳があって、ふにゃっととろけたわたしになってしまう。

 

 つかの間の、幸せな時間だとしても。

 それが、たとえぬるま湯のようなものだとしても。

 今はただ、浸ることにしよう――。

 

 

 

 

 




それでは、ここまでお読みくださりありがとうございました!


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