斯くして一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん
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「せんぱい、今日はありがとうございました」

「おう」

 心地よい静寂の時間に身を委ねてしまっていたわたしは、いつのまにやら眠りに落ちてしまっていたらしい。

 最終下校時刻を知らせるチャイムで目を覚ましたのだが、自分の視界がやや斜めになっていたことに気づいたわたしが状況を確認すると、せんぱいと目が合った。その距離に、お互いに頬を赤く染める。

 せんぱいは何も言わずにわたしの目が覚めるまで肩を貸してくれていたようで、そんな優しいせんぱいにわたしはセクハラだの変態だの理不尽な罵倒を浴びせていた。「俺なんも悪くないよね? ないよね?」とひたすら呪詛のように呟いていたけど、無視しました。せんぱい、ごめんなさい。恥ずかしかったんです。でも、乙女の寝顔を見たせんぱいも悪いんですよ?

 ……よくよく考えたら、見てないどころか見る度胸すらないかもしれない。やっぱりごめんなさい。

 校門に向かう途中、珍しくせんぱいのほうから「送ってく」と申し出てくれたので、送ってもらうことにした。

 駐輪場へ自転車をとりに向かったせんぱいを校門に寄りかかりながら待っていると、自転車を押してこちらに向かってくるせんぱいの姿が見えた。何も言わずに伸ばされたせんぱいの手にわたしは鞄を預けると、それをすんなりと自転車の籠に入れてくれる。

「んじゃ行くか」

「はーい」

 いつもなら「乗せてください!」などと図々しいお願いをし、それを拒否するせんぱいと何度か押し問答を繰り返すのだが、今日のわたしはどうにもそんな気分にはならなかった。

 歩く速度は心なしかまだ重く、普段と比較してだいぶ遅いはずなのに、それでも自然に歩調を合わせてくれるせんぱいはわたしなんかよりもよっぽどあざといなーだとか、野暮ったいことを聞いてこないあたり空気も読めるので、腐った目が全てを台無しにしてるんだろうなーだとか、失礼極まりないことを考えながらせんぱいの隣をとてとてと歩き、駅へ向かう。

「……お前、よっぽど疲れてたんだな」

「そんなに寝ちゃってました?」

「まぁ、結構」

「あはは、すいません」

「無理だけはするなよ」

 そう言いながらわたしの頭にぽん、と手が乗せられる。わたしは、突然の出来事に驚き、目を見開いて固まってしまった。

「あ、ああ悪い。つい小町の時の癖で」

 そんなわたしに気づいて自分が何をしたのか理解したようで、わたしの頭に乗せた手を離し、取り繕うようにそう言った。

「…………」

「……す、すまん」

 恥ずかしさで顔を隠すように俯いてしまう。お互いに顔を赤らめてしまったことは想像に難しくない。

 名残惜しさと寂寥感を感じながらも、振り払うようにわたしも取り繕う。

「……セクハラですよ、せんぱい」

「……返す言葉もない」

 じとっとした表情を貼り付けてそう告げると、項垂れてしまったせんぱいが可哀想になってきたのでぼそりと聞こえるように呟く。

「……まぁ、嫌ではなかったので許してあげます」

「そ、そうか……。なら、そうしてくれると、助かる……」

 それっきり訪れるただの気まずい沈黙にお互いに何も言えず、ただ静かに再び歩き始めた。顔に残る熱の余韻は、歩き始めてもしばらくは消えなかった。

 だんだんと、様々なネオンの光が明るさを増していく。雑踏音が少しずつ大きくなる。それはこの時間がもうすぐ終わるということを意味する。

 そして、駅の入り口が見えてくると同時に心の中にざわつきを感じる。わたしの心がどんどん寂寥感に支配されていく。

 わたしは隣に気づかれないよう胸に手を当て、一度大きく息を吸い込み、吐き出した。感じる寂寥感は振り払い、吐き捨てるように重い口を開く。

「ここまででいいですよー。ありがとうございました!」

 ぺこりと頭を下げ、挨拶を交わして改札口に向かう。振り返り、小さく手を振るとそれに応えてくれる。そんな姿を見て、捨てたはずの寂寥感が再びわたしを支配していく。ただ、わたしにはそれをどうすることもできない。

 もう一度だけ気づかれないように振り返ると、わたしを見送り続ける変わらない姿があった。

 きっと、わたしが見えなくなるまで見ていてくれるのだろう。以前、デートに連れ出した時のように。あの時と同じで、きっと、見ていてくれる。見守り続けてくれる。

 電車の到着時刻を確認しようと電光掲示板を見れば、もうじき来るようだ。

 やがて、数分後に電車の到着を知らせるアナウンスが聞こえてくる。その電車に乗り込んでしまえば、もう大丈夫だろう。

 

 それでも、わずかばかり残ったままの寂寥感を鎮めるために、触れられた場所に手を伸ばし、感触を思い出すように、今度は自分の手を乗せた。

 

****

 

「は?」

 ――思わず素の声が出てしまった。

 学校に登校したわたしは朝のホームルーム前、同じクラスの女生徒に声をかけられた。ただの業務連絡か生徒会絡みかと思っていたがそうではなかった。

 どうやら、昨日のことを総武高校の生徒の何人かに見られていたようだ。

「え? 違うの?」

「や、そんな関係じゃないし」

「あれ? や、でもー……」

「どういうことー?」

 話を詳しく聞いてみると、わたしとせんぱいが付き合っていると解釈されたらしく、最悪なことに、放課後二人で一緒に寄り添っていただの、下校時は手を繋いでデートしていただの、完全に尾ひれまでついてしまっていた。

 特に、二年の学年では、既に手遅れなほど広まってしまっているようだった。おかげで、様々な女生徒から似たような話ばかりを持ちかけられる。

 ある生徒は興味本位で、ある生徒は底意地悪そうな笑みを浮かべながら、不快になる視線をちらちらとこちらに向けていたのはそれが原因だった。どちらにせよ、非常にまずい事態だ。

 一年はまだいい、だが三年に広まっているとするなら最悪の事態だ。特に、結衣先輩あたりはもう既に耳にしているかもしれない。そうなると、間違いなくせんぱいの耳にも入ってしまう。その結果導き出されるものは、わたしにとっては絶望でしかない。

「なるほどー、そういうことかー」

「ほんとに違うの?」

「だから違うってばー。あれは生徒会の相談、聞いてもらってただけだよー」

「そっかぁ」

 動揺を悟られないようにいつもの作り声で答えると、興味なさげな返事をしてその女生徒は自分の席に戻っていった。そこまで悪意はなかったらしい。

 それから間もなくしてホームルームが始まり、担任の先生から業務連絡を一通り告げられた後、一時限目の授業が始まった。

 すると、授業中にもかかわらず、想定どおりの視線がちらちらと送られてきて。

 

 わたしはそれを無視して、逃げるように開いた教科書とノートに目を落とした――。

 

 

 

 

 




投稿が色々あって日付変わってしまい
遅くなりました、申し訳ありません。

それと後書きではないのですが
アニメ9話のいろはのマフラーの巻き方、8話までと違って
八幡と同じ巻き方になっているんですよね。

最近知った事なのですが、気づいた方結構いらっしゃるのでしょうかね?
放送当時は知りませんでした。

※行間とか色々今の雰囲気に近づけました。


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