斯くして一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん
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 いい噂と悪い噂――主な噂の種類は、主にこの二つだろう。細かいことを言うのなら、そこから細分化されるがそこは省略させて頂く。

 他人の不幸は蜜の味、という言葉があるように、不幸でないものは興味が削がれるのは早い。だからこそ、いい噂というものは風化が早いとわたしは思う。

 それとは逆に悪い噂というのは非常に厄介で、誰かが不幸な目に遭ったりする分、興味が削がれるのがいい噂に比べて非常に遅い。そして、噂の対象に抱く感情が、嫌悪や憎悪とまではいかなくともそれに近い感情――それが強ければ強くなるほど、遅さを増す。そしてそれは同種の感情を抱く人数が多ければ多いほど、規模も増していく。

 そんな悪い噂を風化させるには方法はわたしなりの方法だが、いくつか思いつく。

 ――まずは一つ目、放置すること。これは正攻法だ。

 こちらが反応を示せば示すほど、興味を増して、脚色して、さらに悪化していく。こういった時の団結力は恐ろしいもので、悪意は様々なものを巻き込んで増幅していく。しまいには興味すらなかった人間にも伝染し、悪意の輪は広がっていくものだ。

 だからこそ、何の反応も示さず普段どおりいれば済む話なのだが、わたしは敵を作りすぎた。よって、この方法は意味がないので却下である。

 

 ――そして二つ目、上書きをすること。

 つまり、噂自体を書き換えてしまうということ。たとえるなら、葉山先輩が誰かと付き合うことが一番強烈で、大衆の興味を引けるはずだ。そうすればわたしやせんぱいのことなどどこ吹く風、一瞬で消え去るだろう。

 しかし、これは事実上無理である。だからこそ、別の方法を用意するしかないので却下。

 ここまで考えて、何も浮かばなくなってしまった。うーん、詰んだかもしれない。もういっそ開き直って今よりもっとべたべたまとわりついちゃおっかなー、などとお気楽なことを考える。

 頭に浮かんでしまった一つの結論から逃げるように、覚悟する時間を稼ぐために。

 

 ――仕方ない、よね。

 

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「ごめんね、いっぱい泣いちゃって」

「いえいえ、気にしないでください。無理もないですよー」

 最終下校時刻を告げるチャイムまで、あと数十分を切った。結局結衣先輩が泣き止むまで目的を忘れていたが、切り出さなくてはいけない。これは甘えすぎてしまったわたし自身の罰だ、背負わなくてはいけない。

「あはは。あ、そうだいろはちゃん。話ってそれだけ?」

「あ、いえ。……えっと、もうひとつあって」

「うん?」

「結衣先輩個人だけに、依頼があるというか……」

「あたしに? なになに?」

 胸が張り裂けそうになる。あんな綺麗なものを見せてくれた結衣先輩に、こんな依頼はしたくない。覚悟はしたはずだ、それなのにいまさら言うべきか言わざるべきかひたすら逡巡していると、その様子を怪訝に思ったのか結衣先輩が声をかけてくれる。

「いろはちゃん?」

「あ、えっと……」

 言い淀んでいると、結衣先輩の表情はどんどん不安の色を帯びていく。そして――。

「もしかして噂のこと、気にしてる?」

「……っ!」

 どきりと心臓が跳ねた。

「んっと、あたしがヒッキーのこと、好きだって気づいてて、気遣ってくれたの?」

「えっと、それもあるんですけどそれだけじゃなくて……」

「他になんかあるの?」

「…………」

 純粋にわたしを気遣ってくれることが嬉しい。でも、わたしはさっきまでその優しさを裏切ろうとしていた。

 ――わたしが授業を放棄してまで辿り着いた結論は一つ。それは奉仕部、そしてせんぱいとさよならすることだった。

 フェアじゃないから、という理由で結衣先輩を呼び出した後、雪ノ下先輩の本音を探る。そして「わたしも、せんぱいが好きです」と宣言した後、雪ノ下先輩と結衣先輩の前で、せんぱいに告白する。きっとせんぱいは、様々な理由をつけてわたしの告白を断るはずだろう。

 わたしの告白がきっかけで、せんぱいたちの関係性が進展したとしたら、わたしは役目を果たしたと言えよう。そうして、わたしが奉仕部に近づく理由はこれで消滅する。

 噂が風化するまでは時間はかかるかもしれないが、わたしは告白したけど振られちゃったー、とでも言えば済む話だ。それなら、せんぱいが噂について責任を感じるのは、わたしを振った、という事実だけになる。

 そうしたら、『生徒会長としての一色いろは』を精一杯貫いて、少しでももう一つの責任を清算しよう。『わたしはせんぱいに振られたことなんて、気にしてませんよ』と遠まわしに伝えられるように。

 そこまでが、わたしの算段だった。傷つくのはわたしだけでいいんだ、その予定だった。

 

 ――でも、あんなの見せられたら心動いちゃいますってば。

 

「……んー、ちょっと待ってて。ゆきのんに先帰っててって言ってくるから!」

「え?」

「言いづらいことなんでしょ? いろはちゃんが言えるまで、あたし付き合うから!」

「あっ……」

 わたしが揺らいだ決意を振り切れないでいると、結衣先輩はわたしにそう伝えた後、ぱたぱたと出て行ってしまった。

「はー……」

 情けない。あれほど覚悟していたはずなのに、あと一歩が踏み出せなかった。結衣先輩がわたしに付き合ってくれたとしても、結局言い出せないまま終わるのだろう。もし言えていたのなら、今頃わたしはせんぱいに告白して振られているあたりなのだ。

 さっきはできなかったことが時間を置いたらできた、なんてものはない。そんなもの、明日頑張ればいいやと言っているようなものだ。できるようになるのは、できるようになるまで続けた者だけだ。

 どうしたものか。結論は出ないまま、近づいてくる足音が聞こえる。

 ――ひとつ。

 ――もうひとつ。

 やがて足音は聞こえなくなり、その直後、再び扉をノックする音に「どーぞー」と返すわたしの声、そして開かれた扉――そこに現れた人物は、やっぱり二人だった。

 一人は少し前に出て行った明るい髪色をしたお団子ヘアの女の子と、その後ろにいつもの腐った目をした猫背の、わたしもよく知る人物が立っていた。

 

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「よう」

「なんで……。結衣先輩、どうして……」

「勝手なことしてごめんね。でもいろはちゃん、思いつめた顔してたから。……あたしじゃ、力になれそうになかったから」

 ぶっきらぼうな挨拶の後に、動揺しているわたしに結衣先輩が連れてきた理由を話してくれる。

「なんか俺歓迎されてないみたいだから、帰っていいか?」

「……ヒッキー、怒るよ?」

「ごめんなさい」

 目の前でいつものやりとりが繰り広げられる。きっと、結衣先輩は無理して連れてきてくれたのだろう。一番、話すのがつらい人のはずなのに、わたしのために。

「じゃあ、あたしはゆきのんと先に帰るから! よろしくね、ヒッキー!」

「え、ちょ……」

「おい」

「ばいばい!」

 そう告げて結衣先輩は、ぱたぱたと逃げるように走り去ってしまった。自分の好きな人が、女の子と二人きりなんて、一番嫌な状況のはずなのに。

 これから結衣先輩には頭が上がらない、本当に優しい人だと実感する。そして、ずるい人。

「……はぁ。一色も由比ヶ浜も、どうしたんだ?」

 困惑した表情を浮かべてせんぱいが尋ねてくる。結衣先輩はまだ目赤かったし、腫れてたし、何かあったと思うのは不思議ではない。

 今ここで段階をすっ飛ばして予定どおり告白してしまっても、結果は同じになるだろう。

 でも、結衣先輩がこの人を連れてきたのは、そんな結果を望んで連れてきたわけじゃない。自身の恋心に蓋をして、いつものように奉仕部として、わたしを救うために連れてきたのだろう。

 あんなものを見せられてしまったからこそ、いかに自身の覚悟がちっぽけか思い知らされた。泣きじゃくる結衣先輩にわたしは何もできなかった、嘘をつけなくなってしまった。それがわたしと結衣先輩の想いの差なのだと痛感する。

 一方的に“偽物”を突きつけておいて、フェアじゃないからだなんて、おこがましいにもほどがある。そして、もう退路は断たれてしまったからこそ、素直に。

「……せんぱい」

「あ?」

「……知ってますよね、わたしとの……噂」

「ああ、知ってる。朝っぱらから刺さる視線がうざかったわ」

「……すいません」

「お前が悪いわけじゃねぇだろ」

「でも、迷惑、でした、よね……」

「……一色?」

 自然と涙が滲んでくる。一度吐露してしまえば、後は決壊するだけだ。

「わたし、せんぱいに迷惑かけたから、避けられるんじゃないか、って。だから、自分でなんとかしなきゃ、って。……いっぱい考えて、でも、なんもできなくて……」

「お、おい……」

「せんぱいになんもできないままじゃだめだ、って。だから、がんばんないと、って。でも、なんもできなかったから、さよならしないと、って……」

「……何言ってんだ、お前」

「でも、でも、わたし……」

「落ち着けって。な?」

「せ、せんぱい……」

「なんだ」

「わ、わたし……、つらいです……。でも、なんもできないんです……」

「なら、なんもしなくていんじゃねぇの」

「でも、なんもしなかったら、せんぱいが、いなくなっちゃう、から……」

「あのな……」

 泣きじゃくりながら、支離滅裂なことを口走るわたしの頭にぽん、と手が置かれる。

 ――そういうことするから、せんぱいはあざといんですよ。

「前まではわからんが、その、なんだ、今はお前も奉仕部の一員みたいなもんだろ。それに、俺だけじゃなくて、雪ノ下も由比ヶ浜もそう思ってると思うぞ」

「……せん……ぱい……」

「それに、お前が頑張ってんのは俺がよく知ってる」

 こんな状態で、こんなことされて、そんなこと言われたら、もっともっと甘えたくなっちゃうじゃないですか。

 ――ばか。

 そのまま、わたしは抱きついてせんぱいの胸で泣き続けた。それでも、何も言わずにせんぱいはわたしが落ち着くまで、頭を撫で続けてくれた。

 

****

 

「落ち着いたか?」

「……はい。すいませんでした……」

「気にするな。ところで、さっき言ってたさよならって、どういう意味だ?」

「う……」

 どう答えたらいいものか、頭の中で言葉を探す。そうして、ひとつずつ繋いでいく。

「えっと、せんぱいが……わたしを避けるようになるんじゃないか、って思ったんです」

「……否定はしない」

「だからわたしが……」

「だが、それは去年までの俺だったらの話だ」

 わたしが言い切る前に、せんぱいは遮るように言葉を重ねた。

「え?」

「さっきも言ったが、お前もその、そういうことだから。……それに、俺がそういうことしたら傷つくやつらもいんだよ」

「…………」

「……去年みたいな思いはもうしたくないからな。俺も、あいつらも」

 恐らく、わたしが初めて奉仕部に依頼した時のことを言っているのだと思う。やたらとギスギスした雰囲気だったことは覚えている。

「……もしかして、去年の文化祭の時のことも関係ありますか?」

「……知ってたのか」

「まぁ、小耳に挟んだくらいですけど……。でも、そんな馬鹿なことするのってせんぱいしかいないじゃないですか」

「ほっとけ。……色々あったんだよ」

「そうですか」

 くすっとわたしが笑うと、せんぱいは頭をがしがしと掻きながら続ける。

「まぁ、その、なんだ。……方法は考えてやる。だから、お前はいつもみたいに俺を扱き使えばいんだよ」

「……はい」

「ほんで? 依頼内容はなんだ?」

「……わたしを助けてください、せんぱい」

「ん、なんとかしてやる」

 

 

 

 

 




第一章、終わりです。

大体の流れは出来ていますが書き溜める前なので
ある程度書き溜めた後、ぼちぼち投稿を始めるつもりです。

一通り第一章まで書きましたが
正直、区切りがガタガタだった点は否めません。

努力いたしますので、完結までお付き合い頂けると嬉しい限りでございます。

※行間とか色々今の雰囲気に近づけました。


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