死なない少年と壊す少女【完結】   作:写楽―しゃらく―

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いやね?私も正直驚いてますよ。

なんでおまけ的な後日談の最終話が、今までのどの本編よりも倍近くも長ぇのかと、そりゃもう自分自身に小一時間ほど問い詰めてやりたいですよ。

いやホントごめんなさい。書きたいこととか書いておきたいこととか全部書いてたらこんな長さになっちゃいました。

でもまぁ、漸くにしてやっとこさ完結です。

その後のフランと少年と紅魔館の面々の話です。

それでは、どうぞ。


【最終話】死なない少年と壊さない少女

「最近、私のカリスマが減っている気がするわ」

 

 

昼のお茶会で、私の対面に座るお姉さまが、テーブルに両肘をついて手を組ながら言った。

 

 

「そうなの?」

 

 

特に気にせずに紅茶を飲みながら返すのは、私、フランドール・スカーレット。

最近、真の吸血鬼(主に伸長とバスト)として覚醒したのは記憶に新しい。

そんな私に、お姉さまはバンと机を叩いて声を張り上げた。

 

 

「貴女が原因でもあるのよ!?貴女が姉である私を差し置いてそんなナイスバディの美女になってしまったから私が軽んじられているのよ!?」

 

 

私の体を指差しながら、お姉さまはまるで子供のように手をぶんぶんと振り回す。

いや、成長したことを責められてもしょうがなくない?

ビシリと指差して、お姉さまは続ける。

 

 

「なんなのよスタイル!なんなのよそのおっぱいは!くびれは!お尻は!それでは私の体がまるで貧相なお子ちゃまボディとしか思われないじゃない!」

 

 

かつては癇癪を起こす私をお姉さまが宥めていたのだが、以前までとは全く逆の立場である。

というか、そんなこと言うからカリスマが無くなるのよ……。

 

 

「お姉さまも好きな人でも作ればいいんじゃないの?」

 

 

私の指摘に、お姉さまは狼狽える。

 

 

「あぅ……。だ、だって、お、男の人と話すの恥ずかしいし……」

 

 

オイ、カリスマ何処行った。

指先をツンツンさせてモジモジしながら顔を赤面させるお姉さま。その姿を見せれば大抵の男は落ちるだろうに。

 

 

「というか、お姉さまも吸血鬼なんだから変身出来るでしょ?それでスタイル抜群の美女に変身すればいいじゃない」

 

 

私の指摘に、お姉さまはポカンとした表情を浮かべて、テーブルをバンっ!と叩いて立ち上がりながら言った。

 

 

「それよっ!!」

 

 

 

 

 

 

「本当にすまなかった!!」

 

 

開口一番の土下座である。

いやいや、ちょっと待ってほしい。

これでは僕が出会い頭にこうして相手方をいきなり土下座させるような鬼畜系主人公だと勘違いされてしまうではないか。酷い風評被害だ。

誤解を受ける前に、弁解と説明をしておこう。

 

 

紅魔館の分館として新築改装を行った僕の家は、かつての掘っ立て小屋とは大きく異なり、かなりの大きさを誇っていた。

当然、そんな広い館に一人で住んでいる訳ではないが、そもそもここまで広いと何かと不便なので、紅魔館から妖精メイドを数人借りている。

そんな妖精メイドのうちの一人が、僕の元へとやってきて来客を告げた。

 

 

来客の正体は、人里の教師、上白沢慧音さんだった。

彼女は僕の居た居間にまで案内されると、自己紹介を行った後に土下座をし始めた。

 

 

「私の不甲斐なさでお前に多大な迷惑をかけてしまった!今回、人里の人間を止めることが出来なかったのは私の責任だ!本当にすまなかった!!」

 

 

僕に接見するや否や、即座にその場に土下座する慧音さん。

いや、あの、妖精メイドたちの冷ややかな目線が凄く痛いのでやめて貰えませんかねぇ?

 

 

「顔を上げてください、慧音さん。別にあなたは悪くはないでしょう?」

 

 

僕の言葉に、しかし尚も顔を上げようとしない慧音さんは続けて言う。

 

 

「……お前のことは、昔から知っていた。……人であるにも関わらず、人間として扱われずにいたお前を助けることも出来なかった……。何もしなかった私には、それ相応の責任があるんだ」

 

 

頭を下げ続ける慧音さん。

彼女のことは、僕も人里に住んでいた時から知っていた。

人を愛する半獣。寺子屋の教師にして歴史の編纂者、上白沢慧音。

彼女と会うのは初めてだったが、ある程度彼女の性格は知っている。

 

 

「本当に気にしないでください。慧音さん」

 

 

彼女の事だから、きっと、僕のことを敢えて素知らぬ振りをしていたわけではないだろう。

きっと、僕のことを気にかけて、助けようとしたのだろう。

どうしてかは知らないが、それが成されることがなく、僕が人里に再び訪れるまで、彼女の心を苛めていたのだろう。

だからこうして、今日この日にこうして会いに来たのだろう。

その気になれば、あの日人里にやって来て暴れた僕を止めることも出来たのに、それをしなかったのは、多分、それが原因なのだろう。

そんな彼女に、僕が言えることはたった一つだ。

 

 

「全部はなるべくして成ったんです。あなたが悪い訳じゃない。僕が人里に居られなくなったのも、僕がこうして妖怪に成ってしまったことも、あなたのせいでは決してないし、あなたのせいには絶対にさせない」

「…………」

 

 

僕の力強い言葉に、慧音さんは顔を上げて聞き入っていた。

 

 

「僕が人里を出たのも、僕が妖怪に成ったのも、僕がフランと出会ったのも、全ては僕が自分の意志で成ったことだ。だから、あなたは悪くないし、僕も、人里の人間たちも、誰も悪くはないんです」

「……だが」

「それでも、です。これは僕の人生だ。誰にも謝らないし、誰にも文句は言わせない」

 

 

強めの口調で言う僕に、慧音さんは少し驚いていたようだ。

かつての僕なら、こんなことは言わない。それは彼女にも分かっていたようだ。

 

 

「……分かった」

 

 

一言、慧音さんはそう言うと、すっくと立ち上がって告げた。

 

 

「お前が望むなら、私ももうお前とは関わるまい。だが、ひとつだけいいか?」

「なんですか?」

「お前の両親のことだ」

 

 

ズキ――と心が疼く。大体のことは察することができたからだ。

 

 

「あの後、お前の両親は人里から出ていった。いや、追い出された、と言うのが正しいか。お前の実親ともなれば、それも致し方あるまい」

 

 

妖怪へと身を転じた人間の親――それだけで人里の人間からの風当たりも強くなるだろう。

だが――別にそんなことは興味がなかった。

 

 

「そうですか」

「……何も思わんのか?」

「聞くだけ愚問と言うことですよ。あの人たちの顔すらうろ覚えなのに、何をどう思えと?」

「…………」

 

 

慧音さんは少し眉をひそめ、しかしフルフルと頭を振る。

 

 

「……失言だったな。すまん」

「だから大丈夫ですって。気にしないでください」

 

 

僕の吐き捨てるような言葉を聞いて、慧音さんは軽く会釈をして踵を返して帰って行った。

 

 

「…………」

 

 

両親のことが嫌いな訳ではない。

だが、別に好きでもない。

――どうでもいい。本当にそれだけだ。

人里から追い出された人間の末路など、知れている。

僕が特殊なだけで、彼らだけなら直ぐにでもその辺の弱小妖怪にすら食われるだろう。

いや、既に食われているかもしれない。

だからこそ、考えるだけ無駄だ。

里外にコミュニティがある盗賊団とかもいるし、案外そう言った連中に匿われているかもしれないし、逆に殺されているかもしれない。

どちらにせよ、詮なきことだ。

冷たい言い方かもしれないが、そう思ってしまえる僕は、もう人間ではない。

心を占めるのは、フランやレミリアさんたちのことだけだ。

 

 

「……本当に、化け物になったんだなぁ」

 

 

一人呟く僕の声に答えてくれる人は、相変わらず居なかった。

 

 

 

 

 

「そ、そんな……」

 

 

絶望とはこう言う状況を指すのでしょう。私は一人で踞りながら思いました。

等しくその人間の望むことの反対の事実を与える――なるほど、それは確かに絶望です。

夢見た幻想を否定され、絶望と言う名の現実に晒され、私は心から全てが喪われたかのような。

まるで幼い子供が、大事な大事な宝物を他者の手によって奪われ、更に打ちひしがれた心を砕くかのように、奪った本人が笑っているかのような。

まるで長年連れ添った夫婦が、もう一人を看取るかのような。

そんな絶望感に、私は既に心が折れてしまいました。

 

 

「お、お嬢様が、大人のお姿になってしまわれました……」

「……いや、そんな落ち込むことなくない?」

 

 

誰あろう、それを提案したであろう我が主の妹様であらせられるフランドール様が申し上げます。

お姿はすっかり大人のそれになり、背は私よりも高く、胸は更に私を嘲笑うかのような豊満なそれへと成長なされた、愛しき我が妹様。

そして、その傍らに佇むは、それこそが我が主。

夜の支配者にして夜そのもの。

永遠に紅い幼き月こと、我が敬愛する御主人様――レミリア・スカーレット様その人です。

 

 

「咲夜。あんた一体私に何を望んでいたのよ」

 

 

しかし、今はその肩書きから『幼き』だけが抜き取られたお姿になっておいででした。

背は私よりもずっと高く、美しく成長なされたフランドール様よりも高く、しかし胸は私と同じくらいのまな――慎ましくも美しい形の、美しい形の!大きさ。

 

 

「いや、そこ強調する必要ある?」

 

 

お嬢様の横に佇むフランドール様が呟かれます。

そ、そんな……!私の心の声が聞こえておられるのですか!?どこぞの覚妖怪のように!?

 

 

「いや、全部口に出てたって」

 

 

 

驚愕に顔を怯えさせる私を、まるで呆れるような、まるで虫でも眺めるような冷たい目で私を見下ろすその瞳に、私は心を奪わて下腹部が熱く――

 

 

「ねぇお姉さま。この駄メイド解雇した方がよくない?精神衛生上よろしくないと思うんだけど」

「そうねぇ。咲夜は優秀なだけに、少し残念ねぇ」

「そ、そんな!?お嬢様!私は何か不手際でも犯しましたでしょうか!?」

「あんたの存在が不手際だし、そのうちお姉さまのことを性的に犯しそうだからよこの駄メイド」

 

 

フランドール様は私に言い放ちます。

わ、私はただ、お嬢様の――

 

 

「お嬢様の下着を持ち出したりお嬢様の寝顔を堪能したりそれらを夜のオカズにしたりしかしておりません!無実です!濡れ衣です!」

「そんなことしてたの貴女!?さすがのこの私もドン引きよ!?」

「邪過ぎて死刑レベルよそれ。濡れた衣が泥んこ過ぎて首絞めてるよ」

 

 

怯えるようにフランドール様の影に隠れてしまうお嬢様は、本当に悲しそうな目をしておりました。

あぁ、そんなお顔もゾクゾクします。

 

 

「あ駄目だこのメイド。今すぐパチェの実験台にしてもらおう」

 

 

フランドール様はそう言って私の襟首を掴んで引き摺っていきます。

 

 

「ま、待ってくださいフランドール様!お慈悲を!お慈悲を!!」

「慈悲も何も、あんたはただの自慰メイドじゃない。それで我慢しなさいよ」

「そ、そんな!?ああぁぁぁあぁぁぁ…………――」

 

 

無慈悲な宣告に、私はただただ悲鳴に似たうめきごえを上げるしかなかったのでした。

 

 

 

 

「……育て方、間違ったのかなぁ……」

 

 

正直、予感はしていたけどあそこまでとは思いもしなかった事実に、私は涙を流さずにはいられなかった。

どうりで咲夜が洗濯当番の日だけ、私の下着が新品になっていたり、夜中に物音が聞こえてきたり、気味の悪いハァハァする声が聞こえてたと思えばこれか。

瀟洒で完璧なメイドとして育てたつもりだったけど、どこをどう間違えたのだろう。

咲夜とは別の絶望感に苛まれてその場に踞りたくなる衝動に駆られた時だった。

 

 

「……大変ですね、レミリアさん」

 

 

後ろからフランの旦那が声をかけてきた。

 

 

「………………いつから?」

「えぇと、レミリアさんが大人の姿に変身した時から」

「一部始終どころじゃないっ!?」

 

 

と言うことは私がフランに食って掛かっていた時から見られていたのか……。なんかへこむ。

別に他の人に見られてもまだいいけど、相手がこの青年だから尚更だ。

よりにもよってフランの旦那に見られるとは……義理の姉としての尊厳が危うい。

出来るだけ平静を装おって、私は胸を張ってふん反りかえって言った。

 

 

「ま、まぁアレよね!アレがこうしてソレがアレで」

 

 

いかん、言葉が出ない。アレとかソレとか、どこの年寄りかと。

そんな私の様子を見て、彼は柔らかな微笑みを浮かべて言った。

 

 

「………………」

「いや!なんか言ってよ!?」

 

 

慈しむかのような素晴らしい笑顔は、ものの見事に私のカリスマを根こそぎ持っていったのだった。

 

 

 

 

いや、悪気はなかったんです。

慧音さんが家に来たことを伝えようと紅魔館へと足を運んだら、ナイスバディな妹に嫉妬するレミリア義姉さんが見えただけなんです。

いやホント。他意はないんです。

だからですね、その、

 

 

「……ドンマイっ」

「慰めがツラいっ!!」

 

 

がっくしと膝をつくレミリアさんに、僕はどう声をかけてあげればいいのだろう。

分かる人なんているのかどうかも怪しいが、しかし無視しておくわけにもいかないので、仕方なく、あくまで素知らぬ振りをして現状を確認する。

 

 

「えっと……その姿の訳は」

「……分かってるくせに」

「……咲夜さんのこと」

「……見てたくせに」

「……フラ」

「……知ってるくせに」

 

 

取り付く島もないとはまさにこの事だろうな、と内心一人ごちる。

いやホントどうしたらいいのこれ。僕には救う手立てを思い付けそうにない。

と、頭を抱えた時だった。

 

 

「あ」

「あ」

 

 

廊下でばったり美鈴さんと出会った。

ここで会ったが百年目と言わんばかりに僕はわざとらしく美鈴さんに接近して大声で捲し立てる。

 

 

「いやぁ美鈴さん奇遇ですねホント今日は良い天気ですよねところでフランどこにいるかしってますかえ図書館ですかそうですか分かりましたそれじゃ僕はこれで!!」

「え、あの、ちょっ!?」

 

 

早口を通り越して何を言っているのかも分からないと言う表情をした美鈴さんとレミリアさんを置いてきぼりにして、僕は全力ダッシュでその場を後にした。

 

 

後に聞いた話だと、美鈴さんは一週間ほど癇癪を起こしたレミリアさんにいじめられる夢を見たそうだ。

ホントごめんなさい。

 

 

 

 

「……で、私にどうしろと?」

 

 

私のテリトリーである図書館にやって来たフランに問い質す。

右手には何故か襟首を引っ掴まれて引き摺られた咲夜がいた。

 

 

「瀟洒が治る薬を作って欲しいの」

「生憎と、性癖を矯正できるような薬は専門外よ」

 

 

バカにつける薬はないのと同様だ。

というか、瀟洒=変態という図が完全に成り立っているのが甚だ疑問ではあるが。

 

 

「でもこのままじゃお姉さまの貞操が」

「フランドール様ぁ!?私めは決してそのような疚しい気持ちはですね!?」

「火炙りにした方がいいんじゃないかしら。私としても友人が下らない事情で乙女を散らすことにはさすがに心が痛いし」

「やっぱそう思う?」

「私の命の危険が危ない!?」

 

 

スカッと、フランが体のバランスを崩す。その右手には既に咲夜の姿がなかった。

能力を使って脱出したのだろう。もう少し利口な使い方をしろよ。

 

 

「フフフ……。こうなっては致し方ありません。昔のどっかの偉い人は言いました。『殺られる前にヤれ』、と」

「どっかのってどこよそれ。しかもそれ多分偉い人じゃなくてエロい人だよ」

 

 

それまでの瀟洒(笑)なキャラ設定などかなぐり捨てた駄メイド、もとい咲夜の言葉にフランが突っ込みを入れた。

 

 

「暴れるなら外でやりなさい、フラン。咲夜も。ここでやらかしたらさすがに殺すわよ」

「「「「はーい」」」」

 

 

フランは既に四人に分身していた。初っぱなから本気過ぎる。

その後は四人のフランから逃げ回りつつも隙を見てはセクハラをしようとする咲夜たちがいたのだが、さすがに鬱陶しくなってきたので魔法を使って屋外へ転移させた。

今日は曇りだし、吸血鬼でも大丈夫だろう。

そう判断した私は、そのまま再び読書に耽るのであった。

 

 

 

 

図書館の様相は、なんとまぁ如何ともしがたい、酷い有り様だった。

本棚の本は粗雑に床に散らされ、それを小悪魔さんが一つ一つ丁寧に拾い上げて元の場所へと詰め直す。

パチュリーさんはそれを特に手伝うこともせず、分厚い本を手に持って憮然としていた。

 

 

「で、今度はどんな厄種かしら?」

「人を厄介者みたいに言いますね」

「事実じゃない?」

 

 

ペラッと頁を捲り、そこに目を落とす姿は実に理知的である。

事実、この紅魔館の頭脳と言っても差し支えない頭脳を有しているのは変わりなく、知識量で言えば幻想郷一なのではないだろうか?

 

 

「で?貴方は何をしに来たのかしら?」

 

 

眺められていたパチュリーさんは、僕の方へと目もくれずに訊ねてきた。

 

 

「ああそうだ。フランを探してるんですけど、知りませんか?」

「あら、それは一足遅かったわね」

 

 

どうやらフランは咲夜さんとここで暴れたため外に放り出されたらしい。図書館のこの現状はあの二人が起こしたと言うわけだ。

 

 

「なんか、すみません。フランがご迷惑を」

「……フフッ」

 

 

いきなりパチュリーさんが吹き出して、僕は一人ポカンとしてしまった。

 

 

「いえ、ごめんなさい。……貴方がフランがやったことを詫びるなんて、本当に大事に想っているのね、あの子のこと」

 

 

いつしか本を綴じ、僕の目を真っ直ぐに見据えて、パチュリーさんは僕に言った。

 

 

「そりゃ、大好きですから」

「そう言った言葉を臆面なく言えるのも、貴方の良いところね。本当にフランは良い相手に巡り会えたものよ」

 

 

手元のテーブルに置かれた、既に注がれて暫くが経ち、随分前に冷めてしまったであろう紅茶を手にとって、パチュリーさんは微笑んだ。

 

 

「あの子のこと、よろしく頼んだわよ。口には出さないけれど、レミリアもそう思ってるわ」

「……言わずもがな、です」

 

 

一礼して、僕は図書館を後にする。

 

 

「本当に、良かったわね、フラン」

 

 

後ろから囁かれた言葉には、どんな意味が含まれているのか。

まぁ、気にすることもないことだろうと、僕はそのままその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

「あてててて……酷い目に遭いました……」

 

 

癇癪を起こしたお嬢様の相手を何とか逃れ、私は門の前に戻って来ていた。

 

 

「あ、美~鈴~」

 

 

門の内側から、私の名を呼ぶ妹様が声をかけて来てくれた。

 

 

「どうしました?妹様」

 

 

さいきんめっきり成長なさって、今ではナイスバデーの美女になられた妹様ではあるけど、性格は大人しく――いや大人びたとは言え、こうして向けてくださる笑顔はまだまだ昔の小さかった頃のままである。

 

 

「咲夜見なかった?一緒にパチュリーに図書館から追い出されたんだけど」

「あぁ……咲夜さん……」

 

 

私は内心複雑な心境で思い返す。

そう言えば、咲夜さんのせいで私はお嬢様から折檻されたのだ。

お前の教育はどうなっているんだ!とか、咲夜が瀟洒(嘆)になったのはお前が悪いんじゃないのか!?とか色々言われた。

いやね、確かに?咲夜さんの教育係は私が務めさせていただきましたよ?

礼儀作法を一から全部教え、掃除の仕方や料理の方法など全てを。

咲夜さんは賢しい子供だったので一を教えれば十を理解する利発さがあったので、特に苦労することはなかったのですが、ホント、どうしてあんな性癖――性格になってしまったのか。

自分の子供の趣味がロリータとか告白される母親の心境に近いですね。

一人そう嘆いていると、妹様が心配そうな表情で私の顔を覗き込んできた。

 

 

「美鈴は悪くないよー。私から見ても普通に育ててたと思うし?」

「そこで疑問系なところが妹様の良いところですね」

 

 

他愛ない話だった。

かつての狂気はなくなり、今では立派な淑女になられた妹様を見ると、本当に心が癒される。

それもこれも、かの少年のお陰だろう。感謝してもしきれない。

 

 

「それより妹様。これからどちらへ?」

「うーん……。退屈だし、家に帰るよ」

 

 

家、と言うのは紅魔館ではなく、霧の湖の側の森の中に建つ、紅魔館の分館のことだ。

かつては彼の少年の家だったものを改築し、分館として建て直した館に妹様は彼の少年と二人で住んでいた。

全くもう……出会って数年で同棲とは、中々あの少年も遣り手である。

まぁ、愛があればなんとやら、とも言うし、二人の幸せに割って入るのも無粋だ。

 

 

「そうですか。またいつでもお越し下さいませ。紅魔館は貴女の実家ですので」

「分かってるよー。それじゃーねー」

 

 

バイバーイと手を振って空を飛んでいく妹様を見送って、私は思い出した。

 

 

「そう言えば、彼は今こっちに来てたんだったっけ」

 

 

ま、そのうち彼も帰るだろうし、大丈夫だろうと、私は門の横に寄り掛かり目を瞑……zzz。

 

 

 

 

 

「あ、美鈴さん寝てる」

 

 

起こすのも悪いや。

 

 

 

 

家に着いたけど、どうやら彼はお出掛け中のようで、妖精メイドが数人しか居なかった。

 

 

「旦那様はー、紅魔館へーいきましたー」

「あれ?そうだったんだ」

 

 

なんだ。じゃああのまま待っていれば一緒に帰れたのか、と内心でそれを教えてくれなかった美鈴を恨む。今度私直々に二十四時間耐久ガチ鬼ごっこに参加させてあげよう。

一人で館の中をぶらぶらと歩く。

この館に住み始めてまだそんなに日が経った訳ではないけれど、それでも彼との初めての思い出は至るところに刻まれている。

一緒に食事したダイニング。

彼が入っているのを知っていて突撃したお風呂場。

美鈴に手入れを教わって一緒に植えた花壇の花。

二人で眠った寝室。

そして――

 

 

「やっぱり、最後はここに来ちゃうのね」

 

 

そこは、洋風な外観からは想像もつかない、土間の着いた和室だった。

六畳もあるかどうかという広さのその居間が、私は一番落ち着くのだ。

初めて彼と出会った場所と言うのが理由だろう。

始め、彼はこの部屋を作る気はなかったようなのだけど、私がお願いして作ってもらったのだ。

狭い畳みに囲まれる囲炉裏の前に置かれた座布団に私はちょこんと座る。

炭は既に妖精メイドが焚いていたらしく、程よい暖かさが眠気を誘うには持ってこいだ。

 

 

「……くぁ……」

 

 

欠伸を掻いて、うとうとと瞳を微睡ませ、私は意識を遠退かせる。

昼間に活動していると、どうしてもこう言った落ち着ける場所に来ると直ぐに眠くなってくる。

コテン、と横になり、隣にあった彼の座布団を枕に、私は夢の中へと堕ちていった。

 

 

 

 

 

どうやらフランは既に帰って来ているようだった。

丁度すれ違っていたらしい。広い紅魔館ならあり得る話だ。

すれ違う妖精メイドたちに挨拶をしつつ、僕はフランを探す。

 

しかし

 

 

「どこ行ったんだろう?」

 

 

どこを見てもフランは居らず、僕はガリガリと頭を掻いた。

ダイニングにも庭にも寝室にも居なかった。

――とすると。

一つ心当たりを思い出す。

フランが、一番落ち着くと言っていた場所。

昔の僕の家を模した居間へと向かったら、案の定フランはそこに居た。

 

僕の座布団を半分に折り畳んで枕にしている。

姿は大人びたとは言え、まだまだ夜更かし?は苦手なようだ。

 

 

靴を脱いでフランの傍へと座り、畳に美しく川を作る金色の髪を優しく撫でる。

ん……、とフランは身を捩る。起こしちゃったかな?

どうやら寝ぼけているらしく、僕の手を握ってきた。

 

 

「……すぅ……」

 

 

そのままズリズリと僕の方へと近寄って、胡座を掻く僕の膝へと頭を乗せると再び安らかな寝息を立て始める。

その寝顔を見ていると、何故かほっこりと心が暖まるような感覚が胸に広がる。

 

これが僕が欲しかったもの。

僕が望んで仕方がなかった、僕の幸せ。

僕だけのその美しい横顔を眺め、僕は彼女に言った。

せめて、夢の中でも幸せであるようにと願って。

 

 

「おやすみ、フラン」

 

 

僕の声を聞いてか知らずか、フランの寝顔はとてもとても安らかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

いつの間にか寝ていたらしい私は、その意識を覚醒させる。

 

 

「……あれ、」

 

 

いつの間に帰って来たのか、彼は私に膝枕をする体勢で座っていた。

 

 

「おはよう、フラン。良い夢は見れたかな?」

「夢なら毎日見ているわ。夢のような毎日よ」

 

 

何時もの調子で優しく頭を撫でる彼の手の心地よさに酔いしれていると、妖精メイドの一人が居間に入ってきた。

 

 

「失礼します~」

「どうしたの?」

「旦那さまと奥さまにお客様です~。紅魔館の方々が、『これから宴会よ!やけ酒よ!』とか言って押し掛けて来ています~」

「またお姉さまか……。直ぐ行くから案内しておいて」

「畏まりました~」

 

 

やれやれ、と私は体を起こしてん~~っ、と背伸びをする。

よこになって硬くなった体が一気に伸びて、うろんだった意識がはっきりと覚醒するのを感じた。

 

 

「さて、それじゃあ行こうかね」

「えぇ。今夜も寝れないわねきっと」

 

 

何かにつけて遊びに来るお姉さまたちにはもう慣れてしまった。どうせそのうち騒ぎを聞き付けた幻想郷の住人とかが沢山集まってきて、いつもの大宴会へと発展するのだろう。

 

 

「フフッ」

「どうしたの?フラン」

 

 

どことなく楽しそうな私の表情を見て、彼は首を傾げた。

私は立ち上がり、彼の手を握って、答えた。

 

 

「ねぇ、私は今、とても幸せよ。あなたはどう?」

 

 

私の質問に、彼は瞬きをして目を見開いた後、私と同じようにクスッと笑って答えてくれた。

 

 

「君と一緒なら、いつまでも幸せだよ、フラン」

 

 

今だけは二人だけの時間。私たちは静かにお互いの唇を合わせる。

それは本当に一瞬だけど、それでも、その一瞬は私が今まで生きてきたどの時間よりも長く、そして心地の良い時間に感じた。

これが幸せと言うものなのだろう。これを幸せと言うのだろう。

いつまでも。

これからも、多分、きっと。

私たちが望むのなら、恐らくは、ずっとずっと幸せでいられるのだろう。

 

 

「行こうか、フラン」

「えぇそうね、――」

 

 

私だけが呼ぶその名を口にして、今日も二人で生きていく。

かつて死ななかった少年と、かつてすべてを壊していた私と。

 

 

願うことならば、せめて、この幸せな毎日が壊れないことを、心から祈って――

 

 

 

死なない少年と壊す少女

~fin~

 

 




くぅ疲。はい。

如何でしたでしょうか?

これにて『死なない少年と壊す少女』は完結となります。


本編自体は完結しましたが、もう一本、初投稿なので、自分自身の分析を兼ねた後書きを書こうと思います。

どうして小説投稿をしようと思ったとか、少年の設定とか、脳内にとどめておいた妄想を解き放ちたいと思っていますので、心せよ。


それでは、また。ノシ
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