こちらヒーホー探偵事務所   作:あろろ

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女神転生シリーズの二次創作作品は初めて書きます故、不備もあったりするかもしれません。
ご容赦ください。


その1. 少女、探偵と出会う

 少女は所謂富裕層、と呼ばれる手合いの家に生まれた少女だ。幼い頃より一人娘として蝶よ花よと時に厳しかったが甘やかされて育てられた。習い事も書道や華道と言ったものから乗馬やフィギュアスケートと言った物まで様々なモノを教わった。

 そんな少女も齢が十六の頃ともなれば周囲にいかがわしい輩も増えてくると言うものだ。幸いにも少女は美しく、その体つきも少女と呼ぶのは憚れる程に魅力的に育った。その上で少女の家の財産まで考えればその様な事を考える人間が多いのも当然といえよう。

 しかし両親も馬鹿ではない、少女の周りには常々護衛として傭兵経験もある屈強な男性を少なくとも二名、多い時には四名は必ず配置して学校と家の送迎も自動車を用いると言う徹底ぶりだった。

 そう、だった、のだ。今彼女は横転した車から這いずりでて独りその場に腰を抜かして座り込んでいる。

 腰を抜かしている彼女を守るはずの護衛は今はおらず、その身命を守ってくれるモノはいない。何故ならば……。

 

『ギヒ、ギヒヒ! イガイト、オトコノマグネタイトモ、クエタモノダナ、サマナー!』

「そうかい、散々食い散らかしてんだ。 満足してくんなきゃ困るけどな」

 

 白蛇の様に白く細長い身体を持った“ナニカ”が人の言葉を放つ。それだけで心根が折れて狂ってしまいそうだというのにその“ナニカ”は先ほどから頭を突っ込んで先ほどまで己を守っていた護衛を貪っている。

 そしてその“ナニカ”が従っていると思わしき男はこちらを向けば笑顔を浮かべるが、どうにも下卑た印象を少女は覚えてしまう。

 

「よぉ、お嬢さん。 悪いがちょっと俺と一緒に来て貰おうか、え?」

「いやっ……!」

「ちっ、ガキがッ!」

 

 少女は男の伸ばす手を思わず振り払ってしまう。当然の反応と言えるだろう、贔屓目に見ても男はどう考えても彼女に対して害を成す存在にしか感じられなかったからだ。

 その少女の反応に対して男は眉を顰めれば今度は強く腕を伸ばし少女の胸元を掴みあげて引き寄せる。

 少女は必死に抵抗するものの男は少女の髪の毛を掴んで無理やり視線を男と合わせさせる。

 

「生憎なぁ、こっちはテメェの親父のせいで散々な目にあったんだよ! だからテメェ使って痛い目見て貰わないと困るんだよ!」

「そ、そんな……私は関係ないじゃありませんか!」

「うるせぇ! あんな男にぬくぬく育てられてるテメェを見てると腹立つんだよ!」

 

 男は髪を掴んだまま腕を振り回す。八つ当たりに等しい暴力を振るわれる少女の目頭には思わず涙が溜まっていてる。何故自分がこんな目に、と思いながらもその手で男の手を引き剥がそうロするものの少女の非力ではそれは敵わない。

 それどころか少女が抗ったことに腹を立てたか、男は少女の頭を掴んまま引き摺るようにして“ナニカ”の近くまで連れていく。

 

「おら、見ろ! テメェみてぇなクソガキの所為でこいつらだって死んだんだ! オラァ!」

 

 少女の髪を掴み、その頭を“ナニカ”の貪るソレの眼前へと運ぶ。ソレは先程まで生きており、己と談笑していた人だったのだ。

 だが今はもうただの屍で“ナニカ”に貪られるだけの肉に過ぎない、命とは呼べぬただの物体となってしまったのだ。

 人の死、少女は幸か不幸かその手の経験が少なかった為に今この場で受ける衝撃は凄まじく、思わず胃液が逆流し、胃の内容物が口から溢れてしまいそうになるのを両手で抑えて。

 

「何だ何だぁ? 思わずゲロっちまいそうってか? ヒャハハハ! さっきまで仲良く喋ってた奴見てゲロっちまうとかとんだクソアマだなぁ、おい!」

 

 男はそんな少女の様子に大笑いする。その様は余りにも下品で如何な悪党と言えど見れば反吐が出るであろう程に下劣と言える。

 そんな男に付き従う“ナニカ”は男に尋ねる。

 

『ナァ、サマナー! ソノオンナ、タベタラダメカ?』

「あん? んー、そうだなぁ……」

 

 “ナニカ”に声を掛けられ上げた視線を再び下ろせばその先には少女の身体が見える。

 舐め回すような視線を少女に投げかければ、少女と思えぬ肉付きに思わず喉が鳴る。故にこの下卑た男は己の“仲魔”である“ナニカ”ことイヌガミに対しこう命じたのだ。

 

「両足ぐらい食ったって良いだろ。 ま、その後に俺がお楽しみに使わせて貰うからよ、間違っても殺すんじゃねぇぞ?」

『アオオオーン! サマナー、イイヤツ! アシダケデモジュウブン!』

 

 イヌガミはその長く細い身体をくねらせて全身で喜びを表現してみせる。一方の男も獣欲からなる昂ぶりを示しながらその欲望をうら若い少女の身体で晴らさんとする。

 少女も幾ら箱入りと言えどその程度の知識はある。故に己の身に降りかかる絶望に顔面蒼白となり抗おうとするものの迫るイヌガミは愚か男の力にも抗う事は敵わない。

 まさに絶体絶命、少女の身は欲望に汚され、イヌガミにその身体を貪られる……そんな絶望に打ちひしがれた時であった。

 

「乾 康介。 年は三十八、職業はそこのお嬢さんのお父上が社長やってる商社の社員だった……半年前に不倫関係のトラブルが発展して業務に支障をきたした上に不倫相手に暴行を振るった為に解雇通告貰って今は無職、で良かったかね?」

 

 その声にその場にいた全員の視線がそちらを向く。

 そこに立っていたのは一人の青年だ。白地に赤いラインの入った時代遅れなスカジャンを羽織り、その口元の咥え煙草には火が灯り、紫煙をくゆらせている。

 だが少女はソレ以上にその青年の瞳に目を奪われた。その瞳の青は今は見えぬ空の如く透き通った青で、青年の無造作にかきあげた真紅とも呼べる赤毛と調和して独特の雰囲気を醸し出している。

 一方、男こと乾とイヌガミは突然の闖入者に対し敵意を露わにする。

 

「だ、誰だテメェ! どうやって此処に?!」

「うっせぇ。 そんな事よりテメェ、どうやってソレを手に入れたか言えよ。 今なら痛い目には合わせないでおいてやるからよ」

 

 青年は不快感を隠すことなく顎で男の手にするモノを指す。その仕草に少女も釣られて自身の髪を掴むのとは反対側の手の方へと視線を向ければ、乾の手にはスマートフォンと呼ばれる手合いの携帯電話が握られていた。

 しかし、その画面には通常の待機画面ではなく、【魔獣 イヌガミ Lv17】と言う文字とその下にテレビゲームのRPGの如く緑のゲージが表示されている。尤も少女はその手のゲームに触れたことはないのでそういった感想は抱かなかったが。

 乾はスマートフォンをまるでナイフの切っ先を突き付けるような仕草で青年に向ける。

 

「う、五月蝿い! そんな事お前に関係ねぇだろ! それよりどうやって、いや、お前何者だ!?」

「チッ……めんどくせぇな、おい」

 

 額に手を当てて俯向く大仰な仕種とともに大きなため息を吐く青年。そんな態度に顔を赤くして激高する乾、それに釣られるかの如くイヌガミもまた唸り声をあげて青年を見据える。今にも飛びかかりそうな勢いであった。

 しかし、すぐに飛びかかる事はなかった。何故ならばイヌガミも乾も俯いた青年がおもむろに額を抑える手とは逆の手で天を指さしたからだ。主従は共に釣られてつい天を仰いだ。

 

「やれ、モー・ショボー。 マハガル」

『まっかせてー!』

 

 その言葉の直後、疾風が天より降り注ぐ。

 だがそれはただの風にあらず。吹き荒ぶ疾風は衝撃となり、その衝撃はイヌガミと乾目掛けて降り注ぐ。衝撃が触れれば人の皮膚は愚か、イヌガミの皮膚も断ち切り一瞬にして血塗れだ。

 

『アオオオーン?!』

「う、うわぁあっ!?」

 

 突然の攻撃魔法に驚き慄く乾、イヌガミに至っては弱点属性を突かれたがため完全に身動きの取れない状態に陥っている。

 奇襲に寄って生まれた大きな隙、その隙を作り出した青年は当然狙いを外さない。即座に懐からタブレットPCを取り出し、操作をすれば――、

 

-SUMMON OK?-

 

 ――、無機質な音声と共に青年の眼前に魔法陣が展開される。

 全ての召喚の手順の代行をハイスペックのCPUが処理し、最後に召喚をするか否かを選択する「Yes/No」の文言がタブレットに表示される。

 無論、それに対しては「Yes」を選択、青年はその魔法陣より出る自身の従僕に対し即座に指示を出した。

 

「モムノフ、女の子を回収!」

『御意!』

 

 魔法陣より飛び出てくるその姿は旧い時代の武士と呼んでも良い鎧を身に纏う戦士だ。

 

「きゃっ?!」

『申し訳ない、少々苦しいやもしれませんがお許し頂きたい』

 

 武に生きる式神の戦士は召喚者の指示に従い真っ直ぐに少女へ向かい、その身を抱き抱えれば即座に後ろへ向けて跳躍、召喚者の元へと戻る。

 先まで髪を掴み少女を束縛していた乾であったが、先の衝撃で思わず手を離してしまったことこの時後悔したのであった。

 

「ッ、テメェ!」

『あはははっ、間抜けな人っ』

 

 乾の頭の上を掠めるように上空から青年の方へと降りてくるのは少女だ。ただその姿は空を飛んでいる事からも分かるように普通ではなく、長い髪の毛の先が鳥の翼の様になっており、その翼を羽ばたかせて空を飛んでいるのだ。

 愛を知らず死んでしまった少女の霊がなったと言われる凶鳥は青年の横へ飛んでいけば青年の腕に絡みつくように腕を回す。

 

『ねぇ、カズノリ! 私良くやったでしょ? 褒めて褒めて!』

「上出来だ。 帰ったら甘いもの食わせてやる」

『やったー! じゃあ、プリン! プリンが良いわ!』

 

 モー・ショボーは嬉しそうに空中をくるくると飛び回る。飛び回る事は別にしておくにしても喜ぶさまは見てくれ相応の年頃の少女そのものだ。

 ソレに対し乾は苦虫を潰したかの如く苦悶の表情でカズノリと呼ばれた青年を睨みつける。

 

「貴様ッ……! で、デビルサマナーとか言う奴か!」

「悪魔使ってる時点であんたもデビルサマナーだろうに……。 で、どうするんだい? 今なら両手挙げて降参するなら痛い目見せずに許してやるけど?」

「五月蝿い、黙れッ! くそっ、戻れイヌガミ!」

『スマン、サマナー!』

 

 乾はスマートフォンを操作してイヌガミをスマートフォンに内蔵のCOMPへと帰還させ、他の仲魔を召喚せんとそのまま操作していく。

 その様子に嘆息を吐きつつ一歩、二歩と青年は乾へと近付いて行く。苛つきが漏れ出ているかのようにその足取りは荒く、足元のゴミを蹴り飛ばして進んで行く。

 

「おっさん、降参しないなら痛い目見せるっつったろ?」

「ハ、ハハッ! 痛い目を見るのはお前だ! 行け!」

 

 乾は操作をし終えると、スマートフォンの画面を前に突き出す。

 青年は嘆息混じりに画面を覗けば一瞬でその顔色を変えて即座に両腕を交差するように防御の構えを取る。

 結果から言えばその咄嗟の判断は正しく、次の瞬間には魔法陣より飛び出る巨腕が防御の上より青年を思い切り殴りつける。

 殴られた青年はまるで紙が風に吹かれたのかと見違えるほどに勢い良く吹き飛び、横のビルの壁を砕きながら突き刺さる。

 一方の巨腕は魔法陣よりその身体の全身を引き摺り出した。その姿は二本足で立ちながらも大蛇と見紛うほどの巨大な尻尾を持ち、眼窩のあるべき場所に目玉のない異形の大牛だ。

 

「見たか! これが魔王だ! 俺の、俺の魔王だ! こいつがあればガキだって、俺をクビにした会社だって! ぶっ壊して俺が王様になれるんだよぉ! きひ、キヒヒ!」

『くははは! 中々言いおるわ、ニンゲン如きが! だがこの猛火の魔王の主ぐらいなればそのぐらいの気概は必要ではあるのぅ!』

 

 異形の大牛、古代中東に於いて“王”の意を持つ名を冠した魔王も主である乾と共に豪快に笑ってみせる。

 

『わわっ、カズノリ!』

『サマナー! モー・ショボー、少女を頼む!』

『え?! ちょっと、新入り! アンタどうする気?!』

『無論、こうする!』

 

 助けた少女をモー・ショボーに預ければモムノフはその手にする槍を頭上へ掲げて飛び掛る。そして振り上げた槍の穂先をモロクの脳天目掛けて真っ直ぐに突き下ろした!

 並大抵の悪魔ならばこの一撃で倒れてしまうであろう、しかし今、モムノフの対峙する相手は劣化していると言えど魔王の一柱。

 魔王は突き降ろされる槍の穂先を事も無げに振り払えばその豪腕をモムノフへ向けて思い切り振るうではないか。

 

『その程度の実力でワレの前に立とうとはなぁ!』

『がはっ?!』

 

 モムノフは先の自身の主の青年同様に吹き飛ばされ、槍を握る右腕を消し飛ばしながらモー・ショボーの眼前へと転がっていく。その身体は今にも消失しそうなほどに損傷し、傷口からは肉体を維持する為のマグネタイトが漏れ出ているではないか。

 その様子にモー・ショボーは顔を青くする。

 

『大丈夫、新入り?! 無茶したらダメだよ!?』

『ふ、不覚……! しかし、我がサマナーがやられて一矢報いぬ訳には……!』

『かはははは! 滑稽、滑稽よのぅ!』

 

 満身創痍ながらも立って戦おうとするモムノフ。ソレを見て哄笑をあげる魔王モロクは大きな足音を立てながらモムノフ達の方へと歩みを進める。

 モロクの視線はモー・ショボーが抱きかかえる少女へと向いており、次の瞬間には少女の胴回り程はあろうという巨大な腕が少女に掴みかからんとしている。

 少女は後にその存在の名前を知る事になる悪魔に助けられた後、青年が魔王に殴り飛ばされ、その仲魔が半身を削られながら眼前に転がるところまで声も出せずただ見ているだけであった。

 青年が現れ助けられた直後こそ助けてもらえると言う安堵から

 しかし、再び自身の身に降りかからんとする危機に思わず言葉を零す。

 

「誰かっ……助けてっ……!」

 

 その声に応える者は――、

 

「おう。 もう少し待ってろ」

 

 ――、いた。

 声の主はコンクリートの欠片を路地へと零しながら壁の中より出てくる。ソレは奇しくも少女とモロクの間に立つ形になった。

 少女の目に映るのは青年の背中、そのスカジャンの背に縫い込まれた絵柄だ。

 金の糸で縫い込まれているソレは三面六臂の姿を持つ神の姿だ。表情まで細かく縫われており、三面全ての表情は違う。

 少女は知らぬ事であったが、その表情は“怒り”“悲しみ”そして“意志”とも呼ばれる表情だ。

 その三面を持ち、武器を持たず、鎧も纏わぬ武の神にして魔の王と呼ばれたその名は……阿修羅、それが彼の羽織るスカジャンの背にはあったのだ。

 青年はジャケットを脱げば少女の方へと放り投げる。少女はとっさにジャケットを受け取って青年を見れば、一瞬だけ青年は少女を見て一言。

 

「預かっててくれ。 そいつ、ビンテージものなんだ」

 

 それだけ告げれば青年は眼前の魔王へと物怖じ一つせず歩を進める。

 

『ガーッハッハッハ! たかがニンゲンがこの魔王たるワレに挑もうとでも言うのか? これは滑稽極まりないわ! ガッハッハ!』

『サマナー殿! お逃げください! 此処は身命に変えても私が……!』

 

 その様子に更に大きな哄笑をあげる魔王。そんな魔王の暴威に突き進む主を止めんとするモムノフ。

 だが、しかし。

 

『あのねー、新入りー。 一つ言っとくんだけどさー』

 

 その場にモー・ショボーの間延びした声が響く。その声を背に受けながら青年は歩みを止めず、魔王の眼前まで迫れば――、

 

 

『カズノリ、むちゃくちゃ強いわよ?』

 

 

 ――、轟音が轟く。その音の出処は魔王モロクの腹部で、そこに突き刺さるのはあろうことか青年の拳唯一つ。

 拳を受けた魔王は先程までの哄笑をあげていた余裕のある表情から一変、口から汁を零し、苦悶のソレへと変えている。

 

「生憎レベル30台程度にまで劣化した分霊如きに負けてやれる俺じゃねぇんだよ……!」

 

 青年はそれだけ言うと続けざまに拳を放ち始める。その一発一発がまるで砲弾の如き勢いと威力で放たれ、速度は機関銃のそれに等しい。

 魔王モロクも初撃を受けてからは釣瓶撃ちの如く放たれる拳を捌くものの時折放たれる鈎打ち、ボクシングで言う所のフックを捌けず脇腹に突き刺さる拳に口から泡を噴き出す。

 しかし劣化分霊の身と言えど仮にも魔王、膝を着くことなく拳を握れば青年に向けて振り下ろすではないか。

 だが、青年も二度も魔王の一撃を受ける訳にはいかぬと言わんばかりに身を翻し大振りのハンマーパンチを躱し、アスファルトを砕いて地面に突き刺さる腕、更に言えばその肘に向けて蹴りを放つ。

 幾ら魔王と言えど生体マグネタイトを利用して実体を維持する以上、その肉体もまた現実世界の法則へと縛られてしまう。

 故に青年の放った蹴り、牙折りと称される蹴りは魔王の肘を的確に破壊し、腕を万全に振るう事を出来なくしたのだ。

 しかもソレは一撃にとどまらず、二度、三度と魔王の肘に放たれる。執拗とも言えるこの『作業』を徹底するからこそ、青年は能力的には格上の魔王と戦えるのだ。

 されど仮にも魔王、青年が四度目の蹴りを放つより早くその腕を引けば態勢を整えてまだ動く左腕を構える。その顔色は先程までの余裕は一切なく、眼前の人間を最大の脅威と把握している戦士の顔だ。

 

『生身のニンゲン如きと侮ったが……これ程とは、恐れ入るわ!』

「遺言はそれで良いかい? そろそろ終いにするぜ……!」

 

 そう言うと青年が渾身の直突きを放つ。受ければガードの上からと言えどその身を削り兼ねない一撃だ。

 だが魔王はソレを待っていた。強烈な一撃は魔王の筋肉の鎧に包まれた胴で敢えて受ける。幾らその一撃が強烈と言えど劣化せども魔王、ソレを耐えてみせる。

 そして、次の瞬間であった。魔王が受けた一撃に等しい、否、それ以上の拳を青年に向けて放ったのは。

 猛反撃。劣化分霊としての魔王モロクが唯一正統分霊と同等に持ち得たスキルだ。故にモロクはこのスキルに絶対の自信を持っていた。

 その反撃はただの反撃にあらず、受けたその一撃を超える一撃を相手に返す、故に猛反撃の名を持つスキルだ。

 そしてそれを躱す事は能わず、生身の人間が受ければ間違い無くその身体を挽肉の如く周囲に飛び散らせる。

 

『この一撃で終いよォ……ッ?!』

 

 そのはずであった。

 だが拳の先には人の形を保ち、息もあり、それどころかその瞳にはまだ闘志を燃やす青年の姿。

 食いしばり、己の命を一分は愚か一厘のところで繋ぎ止めるソレを青年は持っていた。生身の、ソレも拳で悪魔と戦おうと言う人間が死線を潜るにはこの程度の事は出来ねば戦っていける道理はないのだ。

 青年は闘志に燃える瞳で魔王モロクの目を見る。その目にモロクは思わず後ずさる、それは体勢を整える為か、それとも……恐怖で慄いたが為かは分からなかった。

 

「次で終いにするぞ。 言い残す事はねぇな?」

『ッ、ニンゲンがぁぁッ!』

 

 魔王は拳を振り上げ、青年の頭に目掛けて振り下ろす。尤もその一撃が青年の頭に落ちてくる事はなかった。

 

「――、怪力乱神」

 

 魔王の身体に穴が穿たれる。数は三つ、拳より一回り大きな穴だ。その穴からマグネタイトが流出していき、実体を保てなくなった魔王はその身体を霧散させていく。

 怪力乱神。尋常ではない、豪力による、道理に背いた、摩訶不思議な打撃であるが故に名付けられた大技の一つだ。悪魔ならいざ知らず、青年の様に生身の人間がやってみせるのは本来の意味での怪力乱神であると言えよう。

 だが、その大技を魔王より速く撃ち込めたが故に青年はその生命を拾い魔王を打倒することが出来たのだ。

 青年は満身創痍の身ながら拳を固めたまま魔王の奥にいる乾を睨む。乾はその視線に蛇に睨まれた蛙の如く身を固め、手にするスマートフォンを取り落としてしまう。

 本来ならば自身で制御出来ぬ筈の高レベルの魔王を単身、ソレも今流行のデモニカスーツと言った機器を使用せず生身で撃破した相手に睨まれれば怯えて身を固めてしまうのは当然の結果と言っても過言ではなかろう。

 怯えている乾を他所に青年は歩を乾の方へ進め、乾の取り落としたスマートフォンを回収すると自身のポケットに放り込む。そこでようやく乾はハッとして手を青年のポケットに向けて伸ばした。

 

「あっ……わ、私のっ?!」

「うっせぇ。 とりあえず死にたくなけりゃ黙ってついて来い。 悪さしようとしたら……テメェの魔王みたいに大穴開けんぞ?」

「…………わ、分かった」

 

 乾の顔色が一気に青くなったと思えば壊れたブリキ人形の様にガクガクと頷いて見せる。青年の発言は勿論の事、その目を見て青年の発言が本気であると見抜いた為だ。

 尤も、青年には先の様に魔王に放った渾身の一撃を放つほどの気力も体力も残されてはいないのは内緒の話である。仮にそうであったとしても青年の仲魔がまだ控えているが故に問題はないのだが。

 乾の様子に嘆息一つ吐いて青年は振り向き少女の方へと向かう。それと入れ違う様にモムノフが乾を取り押さえに向かった。先の一撃で失った腕は既にモー・ショボーの回復魔法を受けて完全に再生しており、その力強い両腕で乾を捕まえている。

 そんな回復魔法を施したモー・ショボーが少女を足元に置くと、青年に向けて大急ぎで飛んで来る。

 

『わわっ、カズノリ大丈夫?!』

「無茶苦茶痛いっての。 正直死ぬかと思った、げふっ」

 

 青年の比喩でもなんでもなく本当に死の眼前まで迫った一言と共に口から大量の血が吐き出される。その中には臓腑の欠片と思われる様な肉片も紛れており、こうして少女と仲魔の元へと戻ってきたのが不思議なぐらいだ。

 

『わー、わー?! い、今回復するから、動いちゃだめだよ?! だめだよ?!』

「少し待て、少し」

 

 ちょっと、と止めるモー・ショボーを他所に青年は少女の方へと近づいていき、その身体を屈めて少女と視線を同じ高さにしてから声を掛けた。

 

「大丈夫かい、お嬢ちゃん? 怪我とか、なんだ。 悪いこととかされてないがふっ!?」

『か、カズノリー?!』

 

 少女の眼前に青年は思い切り肉混じりの血を吐き出す。地面に落ちれば血と肉は跳ねて少女の着ている制服に引っ掛かってしまって。

 ソレを見て青年は苦い顔をして見せる。少女が初めて見る人間らしい表情だったが……。

 

「わ、悪い。 汚すつもりはなかったんだが――、」

『カズノリ、馬鹿! ちゃんと治してから――、』

 

 青年とモー・ショボーのやり取りを耳にしながら少女の意識は黒く塗り潰されていく。ただでさえ張り詰めていたものが最後の最後に青年の手によって止めを刺されて糸が切れてしまうのは皮肉とでも言えば良いのだろうか……。

 なんにせよ少女――、鷹島香澄が後に語る運命的な出会いはそんな結果にて終わりを告げるのであった。

 

 

 

 

 

     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

 時と場所は移る。時刻は夕刻頃、場所は繁華街から少し外れたところにある雑居ビルの二階。

 そこに青年の住居兼仕事場はあった。青年は部屋の一番奥にあるデスクで椅子に大きく凭れ掛かった状態で天井を仰いでいる。

 その横、モー・ショボーは電話を受けている。青年の携帯電話故に青年が取れば良かったのだが、相手が誰か見れば仲魔の少女に電話を取らせたのだ。

 

『うん、うん。 じゃあそのあたりはお願いね。 うん、報酬はいつもの口座でお願いします。 うん、カズノリには伝えておくね!』

 

 電話の向こうにそう告げれば電話を切ってそのまま青年の胸元辺りに投げつける。青年の胸元に当たり跳ねた携帯電話は机の上に音を立てて転がって行き、最後には机の向こうへと落ちていった。

 青年は別段痛がりも何もせずにモー・ショボーを見る。その目は何処か不満気だ。

 

「何するんだよ」

『何するんだよ、じゃないわよ! なんで私がヤタガラスの電話受けなきゃいけないのよ!』

「俺の担当の人さぁ」

『うん? あの人がどうかしたの?』

「口やかましくてあんま喋りたくないんだわ。 小言多いし」

『そんなの私だって一緒だっての! お陰でキィキィ五月蝿いったら困るんだから、あのおじさん!』

 

 電話口の向こうが聞けば今にも怒鳴りこんできそうな言葉を平然と吐くモー・ショボーに思わず笑いを零す青年。そんな青年の態度に少女は膨れ面で青年の足の横に座る。

 机の上に座るのは行儀が悪いと怒られもするのだが、青年はその辺りは些事だと笑い許している。尤も仮にそんな事を言おうものなら青年の乗せているその足はなんだ、とモー・ショボーに怒られる事は請け合いだからだ。

 

「それで? ヤタガラスはなんて?」

『うん。 やっぱりここ最近流行りの奴と一緒だったって、この前の奴』

「これで……えーと……何件目だっけ?」

『えっとね、ヤタガラスのおばさんが言うには四件目だって』

「ハァ……物騒な世の中になったもんだね。 悪魔召喚プログラムだけでもいざ知らず、魔王までサービスで突っ込んであるとかクレイジーにも程があるぜ」

 

 先の件において青年が魔王モロクと相対することとなったのには当然訳があった。

 青年は所謂探偵、と言う奴だ。そうは言っても行動調査や行方調査などの業務を実際に行なっている事は少ない。

 と言うのも青年の本来の生業は悪魔召喚師、現代風に言い換えればデビルサマナーと呼ばれる裏は愚か闇の稼業の人間なのだ。

 ただ世間一般を相手に名乗れる生業ではなく、無職だと風当たりも厳しいが故に探偵等と名乗っているだけだ。

 そんな似非探偵な青年の元に本業である依頼が日本と言う国家の霊的な側面を守る超国家機関ヤタガラスから舞い込んできた。

 青年はその依頼に最初は耳を疑った。何せ“最近出回っているCOMPの回収”等と言われたからだ。青年からすればその様な事は自分ではなくもっと下っ端にでもやらせろ、と言おうとしたし、実際に口にしたのだ。

 だが、詳細を聞けば青年は即座に行動していた。何せ流通しているCOMPには最初から魔王が入っており、レベルを問わず所有者の命令を聞くと聞けば放っておく訳には行かない。更に返り討ちに合い既に死亡者まで出ていると聞けば尚更だ。

 事務所を飛び出し、知り合いの情報屋に情報を聞けばその様なCOMPを手にした素人が異界を展開して悪事を働こうとしているのを聞いて駆けつけてみれば先の様な状況だったのだ。

 そんな先日の事を思い返せば青年の表情は暗いものになる。ソレを察した悪魔の少女は努めて笑って明るい声で話す。付き合いが長いが故に青年が落ち込んでいる時はそうしたほうが良いと言うのを知っているからだ。

 

『手の届いたかもしれない十人より、手の届いた一人を大事にする……そうじゃなかったの?』

「……まぁ、な。 けど気持ちはやり切れないのさ、そう簡単にな」

 

 少女の笑顔に青年は少しだけ笑んで見せる。暗い雰囲気のままではあるが悪魔の少女の心遣いを無碍にするほど青年はひとでなしではなかった。

 そう……青年が悔やんでいるのは先日の件において救えなかった鷹島香澄の護衛達の事だ。

 もし、自身がもう少し早く現場に辿り着けていれば。

 もし、自身がもう少し早く情報屋に接触することが出来ていれば。

 もし、自身がもう少し早く動いていれば……助ける事が出来たのではないか、それを悔やんでいたのだ。

 されどその様な仮定をいつまでも悔やんでいてはいけないと言うのは頭では理解している、しかし心がソレを許さないのだ。

 そんな青年の甘さ……否、優しさと言った方が良いだろう。どちらかと言わずとも粗にして野だが卑ではない青年に惚れ込んでいるモー・ショボーは小さく息を吐けば小さく羽ばたいて青年の腰の上へと跨いで座って見せる。

 傍から見れば妹が兄に甘えるか、もしくは少し年の離れた恋人同士の逢瀬かに見えるかもしれない。

 

『そんなに悩んだらダメよ、カズノリ? そんな辛そうな顔、私見たくないもん……』

「……悪い。 気をつけるよ」

 

 俯く少女の頭を青年は優しく撫でる。撫でられば少女は顔を上げ青年を見る。その瞳は潤んでおり、顔をそっと青年に近づけていく。

 

『ねぇ、カズノリ……私ね……』

 

 少女は甘くささやきかけながら青年の唇に己の唇を重ねようとする。もしこの光景を他人が見れば間違い無く背を向けその場を去って行くであろう。

 尤も――、

 

「ていっ」

『きゃんっ?!』

 

 ――、そんな甘い空間は青年の一発のデコピンで吹き飛んだ。気持ちの良い音と共にバランスを崩して横へと転がり落ちたモー・ショボーは額を抑えて涙目で青年を睨む。

 

『いったぁーい! 何するのよ!!』

「お前はいつもいつも何処でそんな事を覚えて来るんだ……! 俺はそんな事を教えた覚えは一切ないぞ!」

『そりゃだっておばちゃんが教えてくれたんだもん。 こうすればカズノリもイチコロだー、って』

「……あのババァ……余計な事を……!」

 

 青年は米神に青筋を浮かべて怒りを露わにする。恋を知らぬ筈の清純な少女に何と言う事を教えるのだ、と言う保護者的な怒りからだ。

 尤も、少女は自身からソレを調べているところを教わった、と言うのが正しいのだがそこは口にしないのであった。

 その様に青年がどうしてくれようかと考え始めたところに……。

 

 -Prrrrr-

 

 携帯電話の音が室内に響いた。ソレもこの着信音は仕事関係の通常の着信音だ。

 青年は足を下ろし、立ち上がれば机の向こうへと落ちていった携帯電話を取ろうと歩く。だが……。

 

『てややーっ!』

「あっ! こらっ?! 何するんだ!?」

 

 青年が屈んで携帯電話に手を伸ばすより早くモー・ショボーはその携帯電話を手にして部屋の隅の方へと飛んでいく。

 突然の少女の行いに青年は驚きながらも取り返そうと飛び掛る。しかし相手が悪い、自在に空を舞う少女はソレを躱して反対側へと移動していく。

 

『ふーん、だ! そんな事する奴に電話なんか出させてあげないもーん! こうするもーん、だ!』

「馬鹿っ、やめっ――、」

 

 やめろ、と言い切るより早く悪魔の少女は通話ボタンを押して電話に出る。

 少女らしい明るく、大きな声で事務所の名前を口にしたのであった。

 

『はい、こちらヒーホー探偵事務所! アシスタントのフサちゃんでーす!』

「……ハァ」

 

 青年――、ヒーホー探偵事務所こと悪魔探偵事務所の所長、愛称ヒーホーこと葛葉一法は大きく嘆息を吐きながらこの愛称をくれた友人を恨むのであった。

 

 




誤字、脱字等、その他意見感想等ございましたら是非よろしくお願いします。

7月24日 変換忘れ訂正 (かすみ→香澄)
      誤字修正(召喚させんと~→召喚せんと~)
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