こちらヒーホー探偵事務所   作:あろろ

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随分ぶりですが次のお話にございます。


その2. 探偵、少女と共に異界へ赴く

 

「さて、と。 ここまで来れば大丈夫だろ」

 

 青年、葛葉一法(くずのはかずのり)は一息ついて懐から紙箱を取り出し、その中から一本吸口を出せば咥えてから火を灯す。たゆたう紫煙は空へと向かって登って行く。

 そんな一法の足元に影が落ちる。登る紫煙を追うように視線を上げればそこには空を舞う一つの影。その影に向け一法は笑みを零しながら自身のCOMPを操作する。

 

「悪いな、いつも無茶させて。 戻ってくれ、サンダーバード」

 

-RETURN-

 

 ギィ、と一つ鳴くのは銀色の大鷲だ。北米大陸に伝わる鷲に似た雷の霊鳥たるソレは喜色を示して空中をもう一回り旋回した後にCOMPの中へと戻っていく。

 つい先程まで二人ほど重荷を乗せて少々手荒な方法でこの場に突っ込んできたのだ、労いの言葉は素直に嬉しく思うところがあったのだろう。

 そう、まずこの場に付いて説明しよう。

 たゆたう紫煙の登る先、そこは通常の青い空に白い雲は浮かんでいなかった。

 空は薄い紫色に染まり、時刻はまだ昼間だというのに空には白い満月が浮かんでいる。ソレばかりか空中を謎の煌めきが舞っている始末。

 此処が普通の現実世界か、と問われれば否。此処は異界と呼ばれる悪魔達の住まう空間、一法が根城にしている探偵事務所からそう遠くない距離にある、繁華街からも比較的近場にある場所の一つだ。

 そんな幻想的な光景に目を奪われ、きょろきょろと辺りを見回す姿が一つ。そんな少女に一法は振り返り、笑顔と共に言葉を掛けた。

 

「無茶させたけど、身体の方は大丈夫かい? お嬢ちゃん」

「あ、はい、大丈夫です。 ところで、一法さん。 此処は一体……?」

「んー、まぁ、先に進めば分かるよ」

 

 少女、鷹島香澄(たかしまかすみ)の言葉を頭を掻きながら適当に誤魔化して前に進んで行く一法。それに置いていかれては敵わない、と言わんばかりにその後を付いて行き始める香澄。

 さて、この二人が何故こんなところにいるのか、それを語るにはまず数日前に遡る……。

 

 

 

 

 

     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

 鷹島香澄の父、鷹島聡一(そういち)は眼前の青年に対し感嘆を覚えていた。

 と言うのも聡一は先の事件の折に娘を助けてくれた青年に礼をしたいと食事の席に呼んだのだ。無論、それだけの理由ではないが恩人に食事の一つ二つぐらいご馳走せねば、と思う彼なりの感謝の心もあった為だ。

 その誘いに一法は喜んで応じ、誘われた場所に赴けば限りなく縁遠そうな高級レストランで自身の格好を見て入るのに及び腰になっていたのだが、幸いにも聡一に見つけて貰いそのままの格好で来店する形になった。

 故に今、一法は店内でただ一人背に阿修羅の刺繍のスカジャンを羽織っている為に非常に浮いた存在と言える。尤も浮いている理由はそれだけではない。

 そのもう一つの理由が彼の食事量だ。最初にコースで頼んでいたのだが一法の食事の速度の速さに健啖そうだ、と判断した聡一は彼に好きに注文するように言ったのだ。

 そうすると一法は破顔して注文を追加の取り始める。最初こそ微笑ましく見ていたのだが一法が注文を聞けば唖然とし、最後には思わず感嘆としてしまう結果となった。

 何せメニューの右端から左端まで頼む等と言う冗談ぐらいにしか出ない様な事をやり、その上でそのすべてを一人で完食しようとしてみせたのだ。

 ボリュームのあるパスタや肉、魚はもちろんの事、サラダやデザートに至るまで全部を平らげようなど最初こそ信じられなかった。だが、彼の食事量もその速度も幾枚の皿を重ねても変わる事はなく、デザートに至るまで一定の速度で、ソレも食い散らかす様な真似はせずに綺礼に食べている。

 そして、今一法がスプーンで持ち上げたチーズムースを口の中に入れればメニューの全ては彼の腹の中に消える結果となるのだ。

 

「ん、甘すぎじゃなくてイイね。 チーズ食ってるって感じがするぜ。 いやぁ、流石は繁華街のど真ん中の三星イタリアン。 素材も一級、腕も抜群、特にカルパッチョ系の味付けは素晴らしいね。 まじ美味かったっす、ごちそうさまでした」

 

 スプーンを口から離せば出てきたのは最後に口にしたチーズムースの感想と全体の批評、それに満足気な笑顔と両手を合わせた挨拶ときたものだ。

 その様子に思わず聡一は興奮を隠しきれずに手を叩いて喜ぶ。その様子はまるで子供がサーカスの曲芸師の曲芸に感動しているかのようにも見えて。

 

「いやぁ、凄いなぁ! 健啖だとは思っていたがこれ程とは……正直恐れ入ったよ!」

「いえいえ。 奢りでなけりゃこんなに食いませんよ」

「やはりアレかね? 君の様な職種だとこれぐらいしっかり食べないとやっていけないぐらい、大変なのかね?」

「はははっ! いやいや、そんな事ないっすよ。 俺がまぁ、ちょっと特別なだけで他の連中はよっぽど普通の奴の方が多い筈ですよ。 ……ん、コーヒーも美味いな」

 

 呵々大笑する一法は運ばれて来たコーヒーに手を伸ばす。普段飲むインスタントとは格段に違う香りに誘われるがままに口をつければバランスのとれた苦味と酸味のコーヒーに舌鼓を打つ。

 

「ソレは幸い……うん、此処のコーヒーは私も娘も好きでね……。 さて、そろそろよろしいかな?」

 

 ソレを微笑ましく見守っていた聡一だったがコーヒーを一口飲めばカップをソーサーに置いて一法を見る。その真剣な眼差しに一法もカップを置いて真っ直ぐに見返して。

 

「えぇ、構いませんよ。 そりゃ人に飯を奢る為だけに呼ぶ訳ないでしょうし、ね」

「何、食事はお礼の一つだと思ってくれれば良いよ。 それでだね、一法君。 実は君に私から依頼を一つしたいんだ」

「依頼、ですか? ヤタガラス経由ではなく、俺に直接と言う事は……何か知られちゃいけない相手をどうにかしろ、とか?」

「いやいやいや、そんな話はなにもしないよ?」

 

 一法の発言に手と首を横に振ってみせる。そういう相手がまったくいないと言えば嘘にはなるが、それと今回の話とは話が別だ。

 咳払いを一つすれば聡一は口にする。

 

「実は君に私の娘、香澄の護衛をお願いしたいんだ」

「…………はぁ?」

 

 一法がその発言の中身を理解するのに数秒掛けてから出た言葉は余りにも情けない様な返しだ。その聡一を見る目には気怠そうなと言うより嫌な話を聞かされたと言わんばかりのモノに満ち満ちている。

 対する聡一はそれを気にする様子をおくびにも出さず話を続ける。

 

「無論報酬は支払うし、期間もある程度設けて考えている。 どうか娘の安全を考えて、お願いできないかな?」

「……嫌だ、っついたいけど、一応理由だけ聞いておきましょうか?」

「実を言うとね、今回の件を受けて娘の護衛を増やすと言うのも考えたんだが……どうにもこの話が悪い伝わり方をしてしまったようでね……いつもの警備会社からお断りと受けてしまっている次第なんだよ」

「あー……まぁ、普通のところじゃそう言う話になるでしょうな」

 

 それを聞けば少しは納得をする一法。事実、この手の悪魔関連の事件を一般的な企業はよほどの事がない限り忌避する。

 と言うのも悪魔関連の事件はメリットも大きいのだがそれ以上にデメリットが大きいからだ。メリットとしては悪魔の落とす魔貨(マッカ)やフォルマと称される新物質がある。

 それらを闇社会の流通に出せばモノや量によっては一生遊んで暮らせるほどのお金に変える事は出来る。しかし、それ以上のデメリット……即ち、命の保証、それが一切無いに等しいのだ。

 無論、徹底的に訓練を施し、万全の装備とバックアップを用意すれば話は別なのだろうが、そこまでした場合の資金繰りが難しいと言う意見が圧倒的な多数だ。

 事実としてとある悪魔関連の事件の際にはとある企業が多額の資金と資材を捻出し、優秀なスタッフを何百名と用意して挑んだ事案があった。

 結果から言えば悲惨なモノで責任者は死亡、更にスタッフのほとんどが壊滅した挙句、資材や資金も含めて全てお釈迦になってしまったのだ。更にそこに景気悪化による打撃を受け企業は倒産したのは彼らの記憶にはまだ新しい話だ。

 この様な事があったが故に今昨今の企業で安易に悪魔関連の事件に手を出す輩はいない。無論、それを専門にしている企業もあるのだが……。

 

「でもお宅程の企業ならその手の繋がりもあるんじゃないんで?」

「えぇ、そちらも頼っては見たのですが……どうも、その……」

「……気の良い返事を頂けなかった、と」

「……そう言うところです」

 

 言い淀む聡一に気を使ったか、結論を先に言えば頭を下げられる一法だったが、納得出来ぬと言った様子で腕を組んで考えこむ。

 その様子に言葉を続ける聡一。

 

「と言うのも先方の一番優秀な社員の方が先日お亡くなりになられたとかで……それで、その件が娘の件とも関わり浅くないと言われまして……」

「あぁ……そういやそんな話も聞いたな。 ……やれやれ、とんだ貧乏くじだな」

「ダメ、でしょうか?」

 

 聡一は不安そうに一法の顔を見る。その表情にこれだよ、と思いながら一法は内心で大きな嘆息を吐いていた。

 何せ、この男――、

 

「ウチはアフターケアまで万全にをモットーにしております。 なんでしっかりやらせて貰いますよ」

 

 ――、どうにもこうにも、こういう顔の人間を放っておけぬ性質にある。故に、普段ならば決して言わぬ様な事を付け足して言ってしまうのもまた美点と言えるし、欠点であるとも言えよう。

 

「おぉ、それじゃあ!」

 

 顔を喜びの色に染める聡一であったが、対面に座る一法の立てた人指し指を見れば何かと首をかしげる。

 一法はソレに対し、口角を上げて微笑みながらこう言うのであった。

 

「一つ。 一つだけ条件を……俺の方針にケチをつけない事。 それだけです……その代わり、お嬢さんの身の安全は保証しますよ」

「……成る程、分かった。 期待させて貰うよ」

 

 その言葉に一法は満面の笑みを浮かべるのであった。

 これが三日ほど前の出来事で……。

 

 

 

 

 

     ◆     ◆     ◆

 

 

 

 

 

「でも、本当に良かったんでしょうか?」

「何がさ?」

 

 二人は一法を先頭に異界の奥の方へと歩を向け足を進めている。そんな中、香澄が話題に出すのは……。

 

「その、岡崎さん達を置いてきてしまいましたし……」

「あの執事のおっさんだろ? 別に良いって。 だいたいついて来られたら鬱陶しそうだから撒いて来たんだっての」

 

 話の発端は二人がこうして異界に訪れる数十分前の事だ。件の護衛の話を請けた一法はとりあえず護衛対象である香澄を事務所へと呼んだのだ、ソレも一人で来るように、と。

 護衛をすると言う人間の態度でもすることでもないだろう、しかしこの男には考えがあったが故にそう言う指示を出したのだ。

 しかし、結果として……。

 

「しかしアレな。 あの爺さん煩かったな。 普段からあんな感じ?」

「はい。 いつもああして私の心配をしてくれてます。 それで今日もどうしても付いて行くと言って聞かなくて……」

「ふぅん……大変だね、お嬢ちゃんも」

 

 岡崎、と名乗る老齢の執事が彼女の付き添いとしてやって来たのだ。これには多少の予想はしていたが出会って話せば予想以上の存在であることに一法は驚きを隠せずにいた。

 何せ彼は一法と出会って早々に『貴様の様な訳の分からぬ輩にお嬢様は任せられない!』等と言ってのけたのだ。そのお嬢様の恩人に対し随分だな、と思いながらもそこからも罵詈雑言が続いたのだ。

 流石に聞くに堪えれなくなった一法がとった行動は凄まじいモノであった。

 

「でも、あの状況でいきなり、その……」

「うん? あぁ、悪い悪い。 本当なら普通に車ないしなんないしで移動する予定だったんだけど、あのまま何時までぐだぐだ話されてたら此処に来れないと思ったからさ。 ちょっと無理させちゃったかな」

「いえ、それより、その……私、重くありませんでしたか?」

 

 恥ずかしそうに顔を朱に染めながら問う香澄。

 と言うのも一法が取った行動と言うのが、唐突にその場に居た香澄を抱き抱え――、それもお姫様抱っこと言う体勢でだ、そのまま窓に近寄り窓を開けてCOMPから霊鳥を召喚、その背に飛び乗ってその場を離脱し一気に今いる異界に突入する、と言った具合だ。

 常識のあるサマナーならこんなことは当然しない、

 そんな様子を見れば呵呵と笑って一法は言う。

 

「健康的で良い具合じゃないか? 最近の子は痩せすぎなぐらいだからさ」

「あぅ……」

 

 その言葉に重いと言われたと思った香澄は思わず耳まで赤くなって顔を俯かせてしまう。

 実際の所彼女の体重は適正ぐらいなのだがそれをそう思えないのも彼女の若さと言うものだろう、と一法は内心で思いながら歩を進める。

 それを見れば香澄も小走りで後を追って付いて行く。

 今二人が歩いているのは所謂繁華街の路地裏と言う所で、先日の件を考えれば香澄には余りいたいと思える場所ではない。

 しかし今はまだ頼れる護衛がいるから幾分か気分はましかな、と思いながら少女は青年に言葉を掛ける。

 

「あの……ところで何処に向かってるんですか?」

「ん、知り合いの所。 そろそろ着くぜ」

「そろそろ、ですか?」

 

 そう言われても周囲は小汚い路地でビルへの裏口があるぐらいにしか見えず、何処に連れて行かれるのだろうかと考えながら歩を進めて行く。

 すると、前方に不可思議な物が見える。ソレは扉だ。だが、その扉は何かの建物にはめ込まれてはおらず、道のど真ん中に鎮座している。

 香澄はとある漫画に出てきた不思議な道具を思い出しながら扉の方より声が聞こえればソレに耳を傾ける。

 声は少女のモノで香澄よりも幼さの残るモノが多いが、何処か甲高く聞こえてくるのは何故だろうか。香澄がそう思いながらも一法が先導し、扉を開けたその先を見れば目を見開いて驚いた。

 まず目に飛び込んできたのは一面の緑の平原だ。視界の端々には木々や花々が生い茂り、此処が繁華街の中にある異界であるという事すら忘れさせそうな程の美しい自然の光景だ。

 そして次に見えた“ソレ”等は来訪者の方を向けば満面の笑みを浮かべて迎える。

 

『わっ、カズノリだぁ! ヒサシブリだね!』

『カズノリ、おみやげはー?』

「あー、はいはい、うっさい。 少し静かにしろ。 おみやげは後でやるから」

 

 はーい、と返事を返すのは羽根の生えた少女達だが、その大きさは三十センチに満たぬ程の少女だ。イギリスに伝わる小型の妖精、ピクシーと言う奴だ。

 妖精たちは久方ぶりの来訪者に対し纏わり付くように寄って来るものの寄られた側は鬱陶しそうに軽く手を振って払う。

 そんな少女達の歓迎に対し香澄はと言うと……。

 

「……っ……!」

 

 目を見開いたまま身を固めてしまっていた。無論、一法を迎えた妖精達が敵意を見せたりした訳ではない。

 と言うのも彼女は本能的に妖精達を見て気づいてしまったからだ。この妖精達と先日の乾の使っていた悪魔達と同質の存在なのだ、と。

 彼女の頭の中では目の前の妖精は件の魔獣や魔王とは異なる存在なのは分かる。しかし、考える以前に本能からの恐怖が彼女の身を竦めさせてしまっているのだ。

 それもそうであろう、危うく身も心も汚された上でその命まで奪われそうになったのだ、恐怖しない訳がない。

 恐れに身を縮め、その顔色を青褪めさせて行き、終いにはその呼吸すらままならぬ程になっていく……しかし。

 

「だーいじょうぶだって。 コイツらはちと鬱陶しいかもしれないけど悪い奴じゃないし。 何かアレば俺もいるから安心しなって」

 

 一法は香澄の方へ歩み寄ればその肩に手を置いてから自身を指差す。その顔は何処か人を安心させる笑みが浮かんでいる。

 その笑みを見れば香澄の呼吸は徐々に落ち着いていき、安堵していく。

 

「は、はい……」

「よし。 おい、テメェ等。 俺ちょっと王様に会ってくるからこの子頼むわ」

『えー、カズノリの新しいオンナの相手ー?』

「ふざけたこと言ってるとお菓子抜きな」

『わー、わー、今のナシ! ナシね! えっとね、あたし達と一緒に遊ぼう、うん!』

 

 カズノリの言葉に不満気な妖精達であったが抜かれた伝家の宝刀に敵わず即座に香澄の周りを回る様にして飛び始める。

 ソレに対し香澄は再び身を強ばらせて。

 

「え? え?」

「悪いけど、少し待っててくれ。 まず顔出さなきゃいけない相手がいるからさ。 すぐ戻るわ。 後、これもよろしく」

 

 一法は袋を香澄に渡してからそれだけ言うとその場を後にする様に歩を進める。背に香澄の呼ぶ声がかかるが足を止める事なく進んで行く。

 入り口から百メートル近く歩いた先、木々の生い茂る小さな森と言った辺りまで歩いて行けばその中央にある小さな泉に一法は躊躇することなく足を踏み入れる。

 すると一法の姿はその小さな森の中から一瞬で消え、次の瞬間には一法が居たのは一言で表せば謁見の間、とでも言うべき広間だ。

 周囲を石壁が取り囲み、足元には赤い絨毯が引かれ、その正面には二つの玉座が並んでいる。その玉座には二つの人影が腰を下ろしていた。

 一つは黒髪を持つ真白の肌の美丈夫で王族然とした赤い服に白いピッチリとしたズボン、頭には王冠を抱いている。

 もう一つは腰まである長い金の髪を持つ絶世の美女だ。翠色のワンピースタイプのドレスが彼女の青の瞳に映えてより一層その美貌を艶やかなものとしている。

 一見すれば普通の人間にも見える二人であるが、明らかに人間ではないと言える部分もある。

 ソレは背にある羽根だ。美丈夫の方は背に揚羽蝶の様な豪奢な羽根を。美女の方は蜻蛉の様な透き通った羽根を持っている。

 そんな二人が正面にいることに気付けば一法は普段からは考えられぬ様な敬々しい態度で礼を一つする。

 

「これはご機嫌麗しゅう、オベロン王にティターニア女王。 お招き頂き感謝します」

『何。 君に一々この妖精郷の迷路(まよいじ)に苦労させようとは思わんよ。 良く来てくれたねカズノリ』

『えぇ、そうよ。 こうして珍しくカズノリが会いに来てくれたんですもの。 私達は歓迎するわ』

 

 妖精郷の王であるオベロン、その妻であるティターニアは笑みを浮かべて一法を歓待する。

 彼らはこの辺り一帯の妖精郷と呼ばれる異界を統べる王と女王で一法の知己でもあった。無論、この辺りを縄張りにするサマナーも彼等の事を知ってはいるが一法の様に友人の様な関係を持っているサマナーなどいないに等しい。

 

『それで今日はどうしたんだい、カズノリ? 定期報告はこの前葛葉のエージェントにしたはずだが……?』

「そっちじゃねぇよ。 今回はちょっと別件でね……率直に言おう。 何人か適当に連れてきたいんだが、良いかい?」

『あら? カズノリ、貴方が妖精を使うの? 何か困ったことでもあったのかしら?』

 

 妖精女王は素っ頓狂な声をあげて驚く。ソレもそのはずだ。彼女は彼の“特異な一面”を知っており、故に彼の仲魔はある特定の条件を持ったものでなければ仲魔にしないと言う事を知っているのだ。

 無論、妖精女王の隣の妖精王もまたソレを知っているので一法の発言に目を見開いて驚いている。

 そんな二人の様子に一法は違う、と苦笑いを浮かべながら手を振って答える。

 

「俺のじゃねぇんだ……今連れてきた子、いるだろ?」

『あぁ。 随分と清らかなマグネタイトを持った少女だな……是非私の――、』

『……アナタ様?』

『―、オホン。 あーあー、うん、彼女がどうしたんだい?』

「……やぁ、実は彼女にCOMPを持たせようと思ってね」

 

 一法の言葉に先ほどまでのバツの悪そうな表情を一転させて驚愕するオベロン。無論横に立つティターニアも同様に驚愕している。

 詰まるところ、今二人の前にいる男が言っている言葉の意味とは――、

 

『君が弟子を取るのか?!』

 

 ―、そう。葛葉一法が弟子を取る……この事は二人はもちろん、この界隈に携わる人間が聞けばきっと同じような反応をしてみせたであろう。

 この世界においてCOMPを渡すと言う事は闇の世界に足を踏み入れさせると言う事、即ち闇の世界での生き方を教えることに等しい。

 無論、偶発的な理由で手に入れてしまった者もいるが大体はこうして先達より闇の世界で生きる為の道具を渡されてこの世界に身を投じる者が多い。

 それを他の者がするというならばまだオベロンとティターニアもここまで驚く事はなかった、そう、なかったのだ。

 

『だがカズノリ、本気か? 君は一般人を我々の世界に関わらせる事を良しとする主義ではなかったと思ったが……?』

『そうよ。 それがどうしたの、急に……?』

 

 そんな二人の言葉に一法は腕を組んだまま答える。

 

「簡単な話だ……自分で自分の身を守れるようにして貰う為さ」

『自分で自分の身を……? 何故だね?』

「……多分、彼女は転生体だ。 それもそこそこレベルの高い神様のな」

『何っ?!』

 

 一法の言葉に再び驚愕するオベロン。

 神や悪魔と言った存在が自身の分霊をヒトの輪廻転生の輪に入れて人間として誕生させる事である。

 無論、本来ならばこのような余計な手間を掛けず分霊を作り派遣するだけでも良いのだが、高位の神に関しては少々例外が生ずる。

 と言うのも高位の神の分霊は自然とレベルが高く“なりすぎて”しまうのだ。

 この高すぎるレベルと言うものが分霊を派遣する世界によってはネックとなり、派遣できないこともあるのだ。

 故に、高位の神は時に分霊を人間として生まれさせ人生の中において覚醒させることにより直接派遣出来ない状況においても己の分霊を派遣する、と言う事ができるのだ。

 そして、それはつまり鷹島香澄が転生体であるという事は……。

 

『……女性の神、となると……アマテラスはこの国でならそんなまどろっこしい事はしないでも良いし、そうなると……』

「少なくとも天津神、国津神じゃなく、かつ高位の女神ないし地母神ないし邪神……ちょっとまだどの転生体かは分かんねぇけど、あのマグネタイトの質から考えるに邪神ってことはなさそうな」

『そうね……でもカズノリ、アナタよく気づいたわね?』

 

 ティターニアノその言葉に即答せず、少し考えてから一法は口を開く。

 

「……多分、“俺”に関わってる神様だからな。 疼くのさ、此処がね」

 

 そう言いながら己の左胸を親指で指す様に叩く。自嘲めいた苦笑いを浮かべる姿はどこか哀しそうですらある。

 

『……そうか。 それならば、君が気づかぬ道理はない、か……』

 

 一法の様子にそれ以上の言葉を掛けれないオベロン。ティターニアに至っては言葉すら出ない状態だ。

 二人は一法の過去を知っている……故に言葉が出ないのだ。下手な優しさを掛けることすら厭う理由が彼の過去にはあるのを知っているから……。

 そんな二人の様子に一法が気付けば苦笑いを一転、満面の笑みを浮かべて両手を広げておどけてみせて。

 

「まぁ、なんだ。 コレで分かったんだからある意味めっけもんだよ。 だって気付けなけりゃ俺普通に適当に護衛だけして期間終えたら知らんぷりだったしさ?」

『……そう言って貰えると助かるよ、すまないカズノリ』

『ありがとう……気を使って貰っちゃって』

「そりゃこっちのセリフさ、ティターニア。 だから笑っててくれ、その方がアンタには似合ってる」

『あら、お上手なこと……そう言う事、あの子にも言うのかしら?』

 

 妖精女王の冗談にかんべんしてくれ、と言わんばかりに両手をあげて返す一法。すれば三者の間には思わず笑い声が上がる。

 一頻り笑い合えばオベロンは一息吐くとほぅ、とひとりごちる。その様子に首を傾げるティターニアと一法。

 二人の首を傾げる様を見ればくく、と笑い……。

 

『いや、何ね……最初は少し不安だったんだが……何、彼女は君の良い弟子になるだろう、そう思ってね』

 

 すると妖精王は手にする王笏を横に振るえば空中に水鏡が浮かび上がり、そこに映像が映る。

 一法とティターニアにはその水鏡を覗き込めばそこに映る映像を見て笑みを零す。そこには……。

 

『ねぇねぇおねーちゃん! こっちのクッキーもたべていーの?』

「えぇ、良いわよ。 せっかく、こうしてお話してるんですもの……仲良くやりましょ、ね?」

『わーい、やったー!』

『わたし、こっちのチョコチップー!』

『あァン、あたいもチョコチップがいーのにー!』

「大丈夫、まだあるから」

 

 香澄は先に一法からもらった袋よりお菓子を取り出して妖精たちに仲良く分け与えている。先程の恐れている様子は微塵もなく、表情はまるで旧友と談笑を楽しんでいる様にも見えて。

 その様子を見れば一法は安堵のため息を一つ吐く。一法の様子にティターニアも微笑んで見せて。

 

『カズノリ、嬉しそうね』

「あぁ……最初はちょっと不安がなかった訳じゃなかったが……ま、良かったよ」

『そりゃそうよ。 なんてったってうちの妖精郷の子達は良い子なんだから』

 

 ふふん、と一つ鼻息を鳴らして胸を張り満面の笑みを浮かべるティターニア。

 その笑みに釣られ一法とオベロンも笑みを零す……そんな中、一法だけは水鏡へと視線を向けている。

 そこに映る香澄の様子を見て……。

 

「……これなら大丈夫そうだな」

 

 と、安堵した笑みを浮かべているのであった……。

 

 

 

 こうして葛葉一法と鷹島香澄の間に師弟関係が生まれることとなるのであった。

 尤も、そのことで鷹島家と一悶着あったのは言うまでもないが……それはまた別のお話である。

 

 

 

 




続きはまたそのうち出来ると良いなー、で一つ。

誤字訂正
・苗字が一部鷹司になっていたのを鷹島に訂正。
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