柳洞寺
山門は静かだった。
一人の剣士は、全身から血を流し刀を取りこぼしている。
そう――――戦いはすでに終わっていた。
「……よかろう好きにするがよい。所詮は我が腹より這い出るもの、ろくな性根ではなかろうな――――」
自決も許されず、全身を蝕むばられてもなお微笑む。それが美しき剣士の最後の言葉であった。
偽りのサーヴァントを血肉とし、その臓腑よりこの世に現れりモノは紛れもなく”暗殺者”のサーヴァント。
そうして、それは召還される――――はずだった。
強大な腕、白き仮面がそれを形作る直前。不可解な力により崩れ霧散し、残された純粋な魔力はあっという間に消えていった。
力の向かう先は深山町、山を背後に広がっている古い和風の住宅地の方か。
暗闇に残されるは一つの影。マキリの実質的な権力者、間桐臓硯である。
臓硯は桜から昨日、衛宮邸に迷い込んだ一人の女性の名前を聞かされていた。
【ミーシャ・ブラント】
――――そして二百年前に失った、かつて、臓硯に恋慕の情を抱いた女性。
だが、寿命を延ばす外道の法のためにすり減らし腐りきった魂には、200年前の人物の生存報告に何の感慨も浮かばない。
むしろ、女性の名前と帰還に老人は別の感情を、ほんの少し呼び起こしていた。
かつての理想――今は忘れて久しい――を穿り返され、200年のマキリのやり方すべて否定されたような、焦りともつかない憎しみ。
今回は慎二に好き勝手にやらせ、次回に期待しようと半ばあきらめていた臓硯が今に至って動き出したのも。
その僅かな揺らぎのためである。
が、手始めに偽りのサーヴァントを元に、
「――――よもやこのタイミングで、サーヴァントの召還が行われるとわな。聖杯の力には勝てぬのは道理」
苦々しげに語るが、口元は笑いにゆがんでいる。
「――――それでも種はまいた。誰が使役しようと、最後はマキリの糧になるであろう」
「さて、キャスターめが異変に気づいてここに来る前に、退散するかの」
言い終える前に、妖怪の姿はすでに暗闇に溶けて消えていた。
――――――――――――――――――――――
衛宮邸
「は―――」
士郎は両腕でかばった頭で窓をブチ割り、ミーシャもそれに続いた。
《
効果時間の短さ以外は、完璧といっていいほどの遮蔽呪文と言えよう。
『ミーシャ、とりあえず土蔵に逃げ込むぞ。入り口を使って守ろう』
『……シロウさん今なら《
ミーシャの呪文発動は隙を作る。狭い部屋の中で呪文を唱えていた場合、攻撃範囲を誇る槍の餌食になっていただろう。
隙を作らないように呪文発動するには、呪文の難易度が上がる。
先ほどの低いレベルの呪文なら失敗はほとんどないが、《
だが、青い男から一旦離れた今なら使用できる。
と、読んだミーシャの予想は甘すぎた。
『どこか、安全な――――』
「――が!」「……!」
士郎のすぐ後ろで走っていたミーシャが、突然信じられない勢いで士郎の背中に飛びこんだのである。
激突しても勢いは衰えることもなく、そのまま土蔵に二人ともどもダイブした。
獣のようなスピードで追いついた青い男。そのまま突撃した槍の一突きと、その勢いに任せた体当たりの結果である。
体当たりだけで二人を20メートル飛ばすその膂力は、獣、それも大型獣の突撃を髣髴させるものであった。
「厄介なのは、お嬢ちゃんのほうだな。先にヤらせてもらった――」
土蔵の扉を破り抜き気絶しているミーシャ。わき腹の服が裂けて血が滲み出しているが、軽傷だ。
心臓を狙った――本気ではなかったが――つもりの青い男が、楽しそうに賞賛する。
「――と思ったんだが、致命傷を後ろからかわしやがった。
思った以上に、
まぁ流石にしばらく立ち上がれないだろ、これで厄介な魔術はしばらく飛んでこないな。次は坊主だ」
青い男は、槍を持ち直して、士郎に向かって一直線に飛んでくる。
槍の猛攻を何とか回避し、蔵に四つんばいに這いずり上がり、新聞紙の強化による盾で防ぐ。
ここまでは何とか凌いだが、結局目前には槍を突き出した男の姿があった。
「詰めだ。今のはわりかし驚かされたぜ坊主」
最後の新聞紙の強化での盾は、相手に感心を抱かれた。
が、そんなことは士郎にとって何の感慨も沸かない。
感心されようが、されまいが、結局一瞬後には、間違いなく士郎は殺されミーシャも――。
「ふざけるな――――!!!!!!」
士郎の激情が、叫びとともに爆発する。こんなところで死ねない。助けてもらったこの命。意味もなく捨てるわけには行かない。
混濁していたミーシャの意識も、その叫びに覚醒する。助けてもらったこの命。シロウさんに返していません。
二人の願望は、偶然にも土蔵の床板の下に書かれていた魔方陣によって聖杯に届く。
残りのマスターの枠は、一瞬前も一人だった。一瞬後も一人である。
だがこの一瞬だけは、アサシンの枠が空欄になっていた。
かくして、聖杯はサーヴァントを二体同時に召喚した。
「――問おう。貴方が私のマスターか」「――君が、僕のマスターかい?」
凛とした声と、静かな声がそう言った。
一人は、銀色鎧に身を固めた翡翠色の瞳を持つ、金髪の美しい少女。一人は、黒のチェスターフィールドコートに身を包む、黒のスーツの男性であった。
士郎は、この瞬間の少女の姿は一生忘れない。根拠なくだが確信を持って感じていた。
だが、もう一人の男の人の姿は、すでに士郎にとって忘れられないものとなっていた。
「爺さん……なんでさ」
士郎の命の恩人、そして魔術師の師。最後の夜、正義の味方になると誓った大切な人。衛宮切嗣そのひとであった。
「サーヴァント・セイバー召還に従い参上した。マスター、指示を」「サーヴァント・アサシン召還に従い参上した。マスター、指示をくれ」
「「う……」」
男女の悲鳴が同時に上がる。士郎とミーシャの手に痛みが走った。二人の手にマスターの証が宿る。
「ここに契約は完了した」「契約は完了だ」二人のサーヴァントは同じ言葉を紡ぐ。
士郎とミーシャは、二人が同時に聖杯戦争のマスターとなったことを確信した。
が、二人のサーヴァントは、青い男を警戒したままお互いを睨みあう。剣呑な空気は、今すぐにでも殺し合いが始まってもおかしくない状態だ。
「ったく何だよ。残りの一人どころか、八人目まで登場ってどうなっていやがる」
そこに、青い男が今までの殺気そのままに問いかける。
「そういうお前はランサーと見受けた」
セイバーと名乗った少女が、アサシンを半分睨みながら問いかける。
アサシンもセイバーと青い男――ランサーと呼ばれた男――双方に対応できるように体を少しかがめる。
三人のサーヴァントが、壊れた土蔵の扉を挟み睨み合う。状況が膠着した――その時。
「――――何よこれ!!」
あかいあくまの登場によりさらに、事態は混迷の一途をたどった。