2月3日
――その夜、衛宮士郎は見たこともない夢を見た。
頭上には炎の空。
足元には無数の
十や二十ではきかない。
百や二百には届かない。
だが、実数はどうであれ人に数えきられないのならば無数といえよう。
それを彼は使い手のいない剣を墓場のようだと思った。
「――――う。なんだったんだ今の」
士郎が目を覚ましたときには、もう回りは明るくなっていた。
時間にして7時だろうか、当然食事の支度はしていない。
「そういや、今日は桜は来れないって言っていたな」
士郎は、桜の家の手伝いという理由が少し気になった。
今は聖杯戦争が開始し、間桐はその始まりの御三家のうちのひとつ。
遠坂はマスターではないと確かめたけど……少々不安である。
「明日、慎二に聞いてみるかなぁ」
と、士郎がなんとなく考えながら玄関前に向かうと、異様な光景が玄関に広がっていた。
「えっと、これは何ですか?トウサカリンサマ?」
大量の荷物を持ち込む凛と、鉢合わせしたのである。
「何って、家に戻って荷物を取ってきたんじゃない。今日からこの家に住むんだから当然でしょ。協力するってそういうことじゃない。とりあえず私の部屋選んじゃうわね」
士郎の反論を許さないまま、凛はずかずかと上がっていく。
ミーシャに続いて二人目の女性客である。
「うちは寮じゃないんだぞ……」
力なくつぶやいた士郎の独り言は誰にも聞かれぬまま、玄関に消えていった。
「お食事の用意ができました。凛さんどうですか?」
凛が居間を通り抜けるとミーシャが声をかける。
「あ、私の分も作ってくれたんだ。私は朝は食べない派なんだけど、折角作ってくれたのならいただくわ。あ、士郎!セイバーも呼んできて。たぶん道場にいると思うから」
「ああ、判った」
士郎は、気を取り直しセイバーを呼びに道場へ足を向けた。
◆
セイバーを連れてきた士郎の顔は少し赤い。私服姿のセイバーに、不意打ちを食らったようだ。
白のシャツに青いスカートとデザインはシンプルだが、そのなんてことのない服装は、昨日の夜に喪失された現実感を取り戻し。士郎にセイバーの女性としての魅力を意識させてしまった。
「あ、すみません勝手に食事を作らせていただきました」
用意された食事は、フレンチトーストにソーセージ、ザワークラフトという洋風の食事であった。衛宮家の基準からすると少し特殊な食事だが、フレンチトーストの甘いにおいが食欲をそそってくる。
ミーシャは、ずいぶん見慣れない洋服を着ている。黒のワンピースに揃いになった白いエプロン。そして頭にはホワイトブリム。まるでこれは……
「メイドの服みたいだ」
「みたいだじゃなくって、うちの使用人のお仕着せよ。綺礼から毎年もらっていた服は、セイバーに渡しちゃったし。それ以外の私以外の服ってったらこれしかなかったのよ。でも見せたら『可愛いですね』って言って、喜んで着替えちゃったわよ」
「いたのか?遠坂の家にメイドって」
「お父様のころはね。私が中学に入るころまでずっと勤めていていた家政婦さんも、実家に帰っちゃって。服だけが残っていたってわけよ」
凛はセイバーに聞こえないように小声でささやく。
「だったら、セイバーにこっちを着せたい?」
「……う、それは」
そんなことしたら絶対叩き切られるに決まっているだろうと、士郎は絶句する。だが悲しいかな、男のサガ。思わずメイド服を着たセイバーの姿と台詞を想像してしまう。
『どこを見ているのです。お坊ちゃま!』
「……だめだだめだ。メイド・サーヴァントとかそのまんますぎて、洒落にならない」
「それ本当に言っちゃうの?ベタ過ぎじゃない」
駄目出しを押されてがっくりする士郎。当のミーシャはそんな会話を気にせず、じゃがいものスープを運び込んでくる。
小柄な体躯にとんがった耳、そこにメイド服……セイバーとは逆に現実感が薄れる姿だ。そんな姿で給仕するのは反則に近い。
「しかしこれは……なんというか」
「私もびっくりよ。ここまで似合いすぎると、半分冗談で用意した私も逆に恐ろしくなってくるわね」
「……冗談で持ってきたのかよ。まぁ本人が喜んでいるだったら、何も言う気はないけどさ」
半分呆れ顔になる士郎をよそに、朝餉の準備は完了した。
「どうですか?この時代の調理器具にはまだ慣れきっていませんけど。すごい便利です」
ミーシャは少し興奮気味だ。彼女がいた当時は加熱器具は竈で、水も汲み置きせねばならず、食材を冷やして保存できる冷蔵庫なんて夢の機械だそうだ。
そんな話を音楽にして、セイバーは黙々と食べている。時々コクコクとうなずいているのは美味しさをかみ締めているのであろう。
「ああ、美味しいよ」
士郎は純粋に感心する。味は濃い目ながら、悪くない。
「そうね、なかなかやるわね。でも私は勝たせてもらうわよ。まぁ今夜は士郎の番だから、真打は最後に控えておくものよ」
不敵な笑みを浮かびながら、なにやら勝手に事を決めだす凜。
「なんだよそれ」
「夕食の支度の順番よ。士郎も一人暮らしで自炊していたんでしょ?なら夕食は当番制にしましょ。今夜は士郎、明日は私。そうやって三人でやれば効率的でしょ」
「そうだな。それなら俺も楽ができる。――って朝はどうするんだ?」
「今日は特別だけど。私は朝はいいから、作るんなら勝手に作って」
「……あ-、わかった好きにするさ」
今朝からの強引な凛の決定に、ずるずる引きずられる士郎。
もちろんその様子は、霊体化しているサーヴァントにも丸見えである。といってもアーチャーは屋根の上にいるので、ここにいるのはアサシンだけでであるが。
そんな、尻にひかれかけている息子の姿を目の前にして。アサシンの目は、優しくそして少し寂しげであった。
◆
時間は朝8時過ぎたところであろうか。食事の片付けも終わり一息ついたところで、今後の方針を決めるために、再度居間に集合している。
「さてと、これで判明していないマスターは三人てことね」
士郎の入れたお茶に口をつけながら凛は話を振る。
「残りはランサー、キャスター、ライダーだっけ?」
判明しているサーバントとマスターは、ここにいるセイバー、アーチャー、アサシン。そしてイリヤスフィール・フォン・アインツベルンのバーサーカー。
ランサーとは三人とも戦った身だが、マスターは不明だ。
他のキャスターとライダーにいたっては、マスターもサーヴァントもようとして知れない。
「まぁ、キャスターの所在は不明だけど活動している跡はあるのよね」
凛は今朝の新聞の地方版の記事を皆に見せる。
『冬木市で集団昏睡事故相次ぐ』『新都でガス漏れ事故多発』
「これってまさか……」
「そう、そのまさかよ。サーヴァントのおそらくキャスターの魂喰いね」
士郎の疑問を凛が肯定する。一気に場の空気が凍りつく
――魂喰い、力の弱いマスターがサーヴァントに行わせる手段。特にキャスターは自力で劣るため。陣地を構え、こうして力を蓄えるのが定番の一つともいえる。
「確かに、この広範囲で殺さないギリギリの昏睡で調整する力量は、信じられない魔術の腕です」
今までの新聞を元にし、地図に事故のあった場所を印をつけながらミーシャは判断する。それでも士郎は憤る。
「だからって、放置して良いわけじゃないぞ。昏睡にまで抑えているのは、大量死が出たら監督役に目をつけられるからだろ。決して良心の呵責があるからじゃない」
そもそも良心があったら、こんな手は使わないと士郎は付け加える。
「そうね私も賛成するわ。セカンドオーナーとしては、こんな好き勝手なこといい気になっているんじゃないわよって立場だし。マスターとしても、キャスターが力をつけるのは、避けるべき事態だから」
さらに凜は、もうひとつの魂喰いについて触れる。
「あと学校にも、人間業じゃない結界が張られているわ。ランサーのものじゃないから、たぶん残りのライダーね。ま、奴の言っていることを信じればだけど」
「学校にもだって!じゃ昨日の朝の違和感は……」
「そうよ、こっちも魂喰い。けど昏倒どころじゃないわ。たぶん発動したら学校の人間――魔術師以外――すべてが命毎刈り取られる。見た感じ、まだ準備段階だったから今日明日で発動できるわけじゃないけど、こっちも対策必要ね」
そこまで話して、凛は何か思い出したように士郎に話を向ける。
「それと士郎、あなた自己治癒のまじない使っていない?」
「え?なんでさ」
「そうですね。シロウさんの傷の直り方はまるで、トロルでした」
士郎は鼻白む。トロルというのは、フェイルーンに住んでいる緑色のモンスターで。火と酸以外では斬っても叩き潰しても殺せず、すぐに再生するらしい。悪気がないとはいえ、そんな化け物と同類扱いされるのは、御免こうむりたい。
そういえば、バーサーカー戦で負った昨日の傷の痛みがない。服をめくってみてみると傷どころか後一つ残っていない。
「どういうことだこれ?」
士郎の問いかけにアサシンが答える。
「セイバー由来の聖遺物さ。詳細については言うべきでないから割愛するが、十年前、大怪我を負った士郎を助けるために埋め込んだんだ。セイバーが召還されて本来の力が発揮されたのだろう」
「「「な……」」」
突然の事実の判明に皆がアサシンとセイバーを見る。
「はい、効果を考えれば、間違いないと思います。私の宝具でしょう。
シロウ、確かに効果は強力ですが、死ねば終わりです。決して無茶はしないように。戦いは私がシロウの剣となり、敵を打ち払います。そのためのサーヴァントですから」
「あ、ああ……でも女の子に戦わせるのはちょっと」
「……呆れた。まだそんなそんな覚悟でマスターを続けようというの?」
最後は話が脱線気味になったが方針は決まった。学校の調査とキャスターの居場所探しだ。
「……今後のためにも主導権を握っておくべきだろうな」
とっとと会議のまとめをしたかと思うと。準備があるからと言い、部屋にすばやく戻るなど。初日とは思えないほど好き勝手な行動をする、凛の姿を見て士郎はつぶやくのであった。