「え?私が士郎に魔術を教えて欲しい?」
「はい、せめて魔術執行するたびに魔術回路を生成させるのだけは矯正したいのですけど、なにぶん私は専門外で……」
「あー、そうだった。 本当によく今まで生きていたわね……確かに、それは放置できない問題よね。わかった、最低限のことはレクチャーしてあげる」
遠坂凛とミーシャ・ブラントは新都での買い物を終え。新都と深山町を繋ぐ橋を深山町に向けて帰るところだ。時間は2時過ぎといったところであろうか。
年頃の女性二人が話すには、聊か色気がない話題で盛り上がっている。
さすがに二人とも妙齢の女性、二人での――サーヴァント込みだが――買い物はかなり打ち解ける結果になったようだ。
唯一の不満は、二人一緒にいると目立ちすぎるのか、どうも周りが騒がししくなり落ち着けなかったことだ。
ただ、第三者から見たら「深窓のお嬢様と従者」という余りにも出来過ぎている組み合わせが、男性陣の声を掛けようとする遮蔽となったのか。煩わしい出会いは皆無であったのは、救いというべきであろうか。
「まったく、その師匠とやらも何を教えていたのやら」
後ろでアーチャーが、アサシンだけ聞こえるように首肯する。同時にアサシンのうめき声がもれる。今朝のお返しといったところだろう。
といってもアーチャーの口調は、本気でとがめる調子ではない。結局ねだりにねだってしぶしぶ教えてもらい、本格的に教わる途中で、その師匠とは別れてしまったのだから。そう、一つの誓いを残して。
『迷ったときは、最初の自分に立ち止まる』
アーチャーには昨日の
「うーん、ミーシャちゃんの声ってどこか聞いたことがあるのよね。」
遠坂凛はミーシャの声を聴きながら、出会ったときから心の底に引っかかる事を口に出していた。が、なかなか取り出すことが出来ない、理由はわからないが体が思い出すことを拒否している状態だ。
「え?どういうことでしょうか?」
「あー、気にしないで単なる独り言だから」
思い出すことを拒否しているのなら無理に思い出すことはない。と、凛は話題を変える。
「そういえば、私のご先祖様ってどんな感じだったの?実際一緒に儀式していたんでしょ?」
「永人さんですか?
「……献身って何?」
「そうですね。予想する未来……でしょうか、そのために根源に至り未来の人類の礎にならんとその為に、聖杯作成に参加していました」
凛はミーシャの話を少し感慨深げに聞いていた。
興味本位で聞いたが、会ったことのない自分の先祖の人となりを直接聞くというのは、なんとも不思議で少しこそばゆい。まぁ、結局は前に進むのは自分だ。心の隅にとどめておく位にしておこうと凛は考える。
だけど次の話はそうは行かなかった。
「あと、うっかりには皆さんちょっと困ってましたね。永人さん、普段はすべてそつなく完璧にこなしていたですが、なんといいますかこう、ここ一番の勝負時にうっかりして、とんでもない大ポカを起こしてしまうんですよね。
私がこっちに飛ばされたのもそれが原因ですし……
その自戒のためか『常に余裕を持って、優雅であれ』が口癖でした」
「――――あ、あははははははは……はぁ」
それを聞いた凛は、何もいうことができず。乾いた笑いのみが口の端からあふれ出すだけであった。
彼女の事故の原因が、我が家の伝統うっかりとは……まさかとは思っていたが、本当にそうであったとは。
遠坂家初代当主からそうなら、もう一種の呪いだ。腹をくくり、一生付き合っていくしかない。
うっかり正当後継者・遠坂家六代目凛がそんな覚悟を決めているうちに、学校の前を通り過ぎようとしてる
「ここに結界が仕掛けられているんですね……確かにこれはすごいです」
ミーシャは集中し、《
強力な
さてどうしようかと口を開く直前に聞きなれた声が、二人に呼びかける。
「あれ~~?遠坂さんに、ミーシャ君じゃないの、珍しい組み合わせね。ってなんて格好よ!」
突如、猛獣いや、珍獣の気配とともに校門に現れたのは、もちろん冬木の虎こと藤村大河である。ミーシャを男と思っている大河にからしてみれば、ミーシャの服装の変わりようには当然の反応だ。
アサシンは後ろで、大河ちゃん女性ぽくなったなぁとつぶやいて、完全にただの親父と化している始末。
「こんにちは藤村先生。ええ、親戚がミーシャさんと友人でして。それで親交を深めているところです」
「どうですか?かわいい服で、結構気に入っているんです」
嘘ではない言い訳をする凛と大河の突っ込みを正面から受け止める二種二様の反応であった。
それに対し大河はというと。
「むむむ……確かに私も着て授業に出てみたいほど可愛い服だと思うし。
間違ってないけど、間違っている道に走っているような……でも外国では性の同一なんちゃらで、そういうのが許容されているとかなんとかしちゃってるって話だし……
いいわ!これもひとつの自主性よ!」
というふうに一人で勝手に悩んで、一人で勝手に教師としての結論を導いたみたいだ。そして思い出したようにまったく関係ないことを言い出す。
「あ、そうそう。お爺ちゃんが、若い衆と相撲とってぎっくり腰しちゃったのよ。それはいいんだけど、『わしが寝込んどるだから、すこしは落ちこうとは思わんのか』って言われちゃってね。
それでいったんに家に帰ろうかと、まぁ部活の監督にはまた戻ってくるけど。でも、しばらく士郎の家にはいけないと思うから士郎によろしくいっておいてね。
あ、ミーシャ君!休日だし、もし学校見学したいのならいいわよ。何か言われたら私が許可したって言えばいいから」
と、言うが早いが校門をでて小走りで通り過ぎていった。この自由さこそ藤村大河の売りなのであろう。
「藤村先生、なんであなたのこと君付けなのよ」
もう米粒のようになっている虎を見送ったあと。事情を知らない凛は当然のことを聞く。
「う……いろいろありまして。まぁ、先生の許可も得たことですし、見学しましょう。結界が気になりますので」
「わかったわ。その起点につれてってあげる」
二人にはやることがある。藤村先生の行動や発言を気にしていたらきりがない。と、凛は校門を抜け誰もいない校庭を渡りだしていった。
◆
遠坂凛は、ミーシャを昨日の夜見つけた刻印の場所――凛の聖杯戦争の始まりとなった場所――に案内した。さすがにランサーはいない。屋上では遮るものは何もないため、冬の風が顔に突き刺さるが、それを口に出さず凛は起点を指差す。
屋上の壁には魔術師にしか見えない八角の刻印が刻まれている。ミーシャは見たそれを瞬間に顔をゆがめる。
「なんですかこれは……こんなものを子供たちが集まる施設に刻むなんて」
「まったく同感よ。だけど私には消すことはできない。せいぜい魔力を絶つぐらいしかできない。でもそんなのは再度力をこめられたら終わり」
「私も無理ですね。《
でも、手がかりを得ることはできるかもしれません」
ミーシャは周りに誰もいないのを確認すると、刻印に手を当てひとつの呪文を唱える。
その呪文は《
この封印がサーヴァントの宝具であった場合ならその宝具に由来する伝説、つまりサーヴァントの伝説を見ることができるはずである。
程なく、ミーシャは呪文により脳裏に現れるひとつの詩を、浮かぶままにそのまま謳いあげる。
――そは大洋の島。島には神殿があり、住まうは絹糸のような長い髪と処女雪のような肌を持つ三人の姉妹。
「あと……なんだか一瞬二人の小柄な女性に、両首を吸われる長身の女性が見えたような見えないような……」
「なによそれ。でも、島に住む三人の姉妹で石に変える能力って、ゴルゴン三姉妹ね。ギリシア神話の英霊とはまいったわね」
凛が思い当たる存在を口にする。少し苦味を含んでいるのは、太古の伝説由来ゆえに推察できるその英霊の強力さ故か。はたまた反英雄というべき存在のためか。
ミーシャは、少し思案したあと凛に言葉を投げかける。
「凛さん、桜さんは魔術師ですね?」
突然の予期せぬ質問に凛は驚きを隠せない。が、かろうじて平静を取り戻し答える。
「そう間桐桜は魔術師、それがどうかしたの?」
「実は、私がこの世界に来た次の朝。桜さんとシロウさんが、桜さんの傷跡について揉めていていたんです。
で、その桜さんの傷の部分に魔力が宿っていたのです。再度確かめる前に藤村さんに引っ張られて、確認しきれませんでしたが」
「もしかして令呪! ……いや、そんなことない。前に言ったとおり、私が真っ先に調べたもの」
「ええ次の日、見たときにはありませんでした。そして学校に仕掛けられたこの大がかりな仕掛け、マスターは学生の可能性が高い」
凛は考える。間桐は腐っても御三家の上、令呪の開発を専門的に行った家柄だ。もしかしたら令呪にインチキを行使できる裏技があるのかもしれない。
「やはり間桐は避けては通れないということです」
今朝のアサシンの話で迷っていたが、結局ミーシャは間桐臓硯に会うことに決めた。そう、決めたのなら仕掛けるのは速いほうがいい。