ミーシャが案内された部屋は、2階の一番広い部屋。八角形が特徴的で一番見晴らしがよい部屋である。
中の調度品は豪華で、年代物のアンティークもそろっている。流石、冬木の名家で通っている間桐の当主の部屋といったところだ。
だが、部屋の中は薄暗い。この屋敷全体にいえることだが、置かれている電灯は普通の家に比べてかなり少ない。
窓も日差しが入りにくい作りになっているので、昼間でも同様に薄暗いであろう。
まるで、間桐の家系自体が日の光を嫌がっているかのようであった。
ミーシャの服装は、アインツベルンのメイド服。つまり、200年前当時の服装に着替えなおしている。
臓硯の目が厳しくなる。全身を白で身にまとった独特なメイド服では、令呪を確認できない。
そして、魔力を感知してみるが、令呪の反応も感じられない。
だが、決め付けることはできない、臓硯はミーシャの手の内はある程度は知っている。魔力感知の魔術など《
臓硯はすでに玄関前のミーシャに対し、ライダーにサーヴァントの気配を探知してもらい。結果、サーヴァントが付き添っていないことを確認してもらっている。
もっとも召喚したのがアサシンなら、気配遮断を持っているはずなので、これもまた当てにならない。
そして、桜は今日は衛宮の小僧とも出会っていない。こちらの様子を悟らせないように、部活が終わった後すぐに帰宅させたからである。
臓硯がミーシャをマスターと疑うのは当然だ、いや十中八九の確信を持ってマスターだと認識している。だが、ミーシャからしたら確証を持たせる義務はない。それに隠す相手の本命は臓硯でなく、士郎の同級生だからだ。
そう、駆け引きは会談前から既に始まっている。
そして、今の自分を知らないはずのあのミーシャが、ここまで露骨な隠蔽を行うさまに違和感を覚える。
「情報提供者か――厄介じゃの」
かつての盟友とは思えないほど緊張に満ちた雰囲気の中、会話が開始された。
「まさかな。おぬしが生きておったとは思いもよらなかったぞ」
「すみませんマキリさん、挨拶が遅れまして。名前を変えていたのですね」
そう、衛宮士郎に朝食を作りに来た士郎の後輩。間桐桜は戸籍上の臓硯の孫である。初対面のときは言葉の上でマトウとしか知らなかったミーシャには、さすがに無理というものであろう。
「うむ。間桐と名を偽りこの地に根を下ろしたのだが、どうもそれが、間違いじゃったようだ。
お主のいない間に我が家系は落ちつぶれ、出来損ないの魔術師しか生まれなくなってしまったわ」
「マトウ・ゾウゲン……」
名前がわかった今では理解できるが、間桐臓硯はマキリ・ゾォルケンをもじった名前である。
「そう、名というのは軽視できんものでな。偽りの名といえども、偽りの名といえでも真名に通じていなくてはな。
とはいっても漢字に疎いお主では、苗字だけでは難しかったか」
と呵呵と笑う臓硯。だが目は笑っていない、その皺に深く落ち込んだ眼は、ただ威圧感を与えるのみである。
「名前といえば、ミーシャ……あいも変わらず男みたいな名前じゃの」
笑いのついでに、間桐臓硯はミーシャの名前をからかう。200年前までは何度か使った言葉、そして200年使っていない言葉だ。
その言葉でミーシャは目を細める。
雰囲気がわずかに和らぐが、このままでは埒が明かないと、ミーシャは聖杯戦争の話を切り出した。
「マキリさん、私たちの彼岸の聖杯の儀式が、なぜこのような殺し合いになってしまったのですか?」
「簡単な理屈だ。あの事故以来、英霊の魂――といっても写し身のサーヴァント――が有効だと成果は得られた。が、写し身とは言え英霊が、たかが魔術師の言うことを聞くわけもあらず。結局は、サーヴァントが暴れるだけ暴れて終わったのよ」
臓硯は、ミーシャが訪問する前の追憶の続きのように語る。それは、200年に渡る御三家を中心とした、運命に翻弄された人々の記録である。
「そして、聖杯に必要な魔力が溜まるのは60年かかっての。かつての同胞である御三家はバラバラ。
システムを整備したがゆえに参加者は外部も招き入れ7人となるが、成果を得られるのは1つのみ。
それを逃したら60年は好機を失う。殺し合いにならない訳がなかろう」
「それで10年前、間桐雁夜さんを自滅に追い込んだのですか?」
臓硯は目を見開く。その奥は殺気と呼ぶにも生ぬるい、死の睨みに等しい圧力。そう、フェイルーンの死の化け物、ボダックの睨みにも届きそうな圧力が湧き出している。
その変貌を目の当たりにして、ミーシャは恐ろしさよりも悲しみのほうが大きかった。
ミーシャの恋い慕った人物の末路。200年の追いかけても追いつけないゆえにゆがんだ、その魂をまざまざと見せ付けられたからだ。
「アレは自ら望んだ結果だ。部外者が言う筋合いではない。聖杯を手に入れるそれが、聖杯にかかわるすべての使命。
手段に拘わる者などおらぬ。無論、儂もナハトの子せがれも当に外道に落ちた身。
そうでない者は、ことごとくこの世にいないわ」
――違います!――ミーシャは今にも叫びたかった。マキリ・ゾォルケンの理想にはそんな選択肢はないと。今の貴方はかつての理想、この世全ての悪の廃絶を真っ向から否定すると。
だが言えない。ミーシャは臓硯の200年を知らない。無為に生きながら、60年周期で失敗と期待を続けた気持ちを知りえない。だからこそ今のミーシャの言葉は、何も知らない自分のころの戯言、200年前の無意味だった馬鹿な考えと拒否されるであろう。
ここに二人の心に越え難い深い溝があるのが確定した。
「ミーシャ、お前が儂を好いていたのは当に気づいておった。そうさの200年間預かっていた、お主の気持ちをここに返そう。
今の儂から見たらおぬしは、煌びやかで、美々しくて、そして――無知で愚か過ぎる。共に歩むことはできん。
さあ即刻この家から出るがよい」
今では役に立たない、昔大切だったおもちゃを投げ捨てるかのように、臓硯は決別の言葉をミーシャに送った。
部屋を辞するミーシャに対し、臓硯は聞こえぬようにつぶやいた。
「ばか者が……100年、いやあと50年早ければ、判らなかった物を……」
臓硯の身は延命に延命を重ねた結果。短期間において無垢の人間を犠牲にしなければ生きながらえれぬ吸血鬼と化していた。そう、後戻りするには何もかもが遅すぎたのである。
◆
「お爺様、今のはお爺様の知り合い?」
居間に戻るとできの悪い孫――間桐慎二――が椅子に座っている。ゾォルケン譲りの青い癖毛から覗くその目はぎらついていた。
先ほどの居間の横を通ったミーシャを見かけたのであろう。欲望を隠そうともしないその態度は臓硯からみおても十分醜悪だ。
「ふん、あのような物どうなっても感知せぬ」
慎二の浮かれ具合を心の底から軽蔑しながら。ミーシャにはもう興味がないかのように吐き捨てる。
その返事に、慎二は甲高い声で笑い出した。
「お爺さま、じゃあ僕がもらっていいんだね。僕のライダーは魔力がいくらあっても足りないからさ。ただの人間を襲っても、得られる魔力は高が知れるんだよ。
お爺様がライダーにサーヴァントがいるか確認したってことは、彼女は魔術師だろ?なら十分魔力の供給になるだろうね。
おいライダー。サーヴァントのお前なら、魔術師でも余裕だろ?」
そう言うと慎二の横に、目隠しを装備し黒い服を着た長身の女性が姿を現す。
魔力喰いを示唆されてもその女性は、無表情のまま「はい」と返事するのみであった。
慎二はその返事を聞いて、満足げにライダーの横腹から腰までをいやらしく撫でる。ライダーの表情は、感情がないかのように固い。
「ふん、好きにするがいいわ」
臓硯は心の中で舌打ちする。ミーシャを愚かというのなら、こいつは愚物そのものではないか。
魔術回路も持たない間桐の衰退の象徴。それでも孫かわいさの為、自ら骨を折りマスターとして仕立て上げたというのに……このような見え見えの罠に引っかかるとは。
だが、臓硯は慎二を止めようともしない。どうせ役に立たない愚か者なら、せいぜい派手にやられて、カモフラージュになってもらうだけだ。その際、命を落としても落とさなくてもどうでもいい。
玄関を飛び出て、ミーシャの後を興奮気味に追いかける慎二。その後をゆっくりと臓硯は追跡する。
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