Fate/DD night   作:ゆきざかな

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第18話:崖っぷちの男

 ここは深山町の住宅地の背後に広がる小高い山。そこを道路からはずれ、数分掻き分けて進んだ辺り。

 そんな場所には誰も来ない。ましてや今は早朝、入り口の道路にも人は見かけない。だが、そこには一人の少女が携帯電話をかけていた。

 最初は普通に話していたが、なにやらだんだんあわてだして、最後には叫ぶ一歩手前の音量になっている。

 

「え? デートってそんなんじゃ。ちょっと、凛さ……」

 

 最後の言葉は半分も届かずうちに切られ、無言になった携帯電話。

 そしてその少女――ミーシャは携帯電話をため息混じりに懐にしまうと、周囲をくまなく探索する。

 

 当然ながら誰もいないが、それでも最後の確認としてミーシャは丁寧に周囲を《魔法の感知(Detect Magic)》と《不可視視認(See Invisibility)》で見回す。

 誰もいないことに満足したミーシャは、後ろを振り向き空間に手を伸ばす。

 ミーシャの背後には幅1.2メートル高さ2.4メートルほどの輝きがかすかに見える。その背後の輝きに触れかと思うと、ミーシャの体は一瞬にしてこの次元から消えた。

 

 ミーシャの飛び込んだ先は、《モルデンカイネンの豪勢な邸宅(Mordenkainen's Magnificent Mansion)》によって作られた異次元空間内の隠れ家である。この隠れ家は優に32時間は持つ。

 

 その空間は中が豪勢な住宅となっている。今は3×3mを1区画とした48区画を3部屋とそれを区切る廊下および玄関、トイレ風呂場等に分けられた状態だ。

 そのひとつの部屋のドアを開けるとそこは12m×9mの広さを持つ部屋。そこには豪華とはいえないが、生活に必要な家具調度が整備されている。

 

 その部屋の椅子の一つに青い癖髪の少年――間桐慎二――が座っている。

 が、ミーシャが入ってくるなり慎二は立ち上がり後ろに走り出し、反対側の壁を背にする。

 その目の色は、恐怖と狂気と諦めが混ざっている非常に不安定な状態だ。

 

「何だよ! 殺すなら殺せよ! お前いきなり訳もわからず僕をこんなところに連れ来て何考えてるんだよ。お前どうかしているんじゃないか」

 

 慎二はどうすることもわからずに、ただ要点のつかめない罵倒をするだけだ。

 この様子を見てミーシャは(かぶり)を振る。確かに自分でもどうかしていたと思う。気分転換のために深山町を見回っていると。住宅街から少し外れた山の公園のベンチで一人ぶつくさつぶやく慎二を見かけて、なぜか近づいて声をかけてしまったのだ。

 そして、近づいている最中に慎二から小声で何かを呟いているのを、ミーシャは逃さなかった。

 

『こう……教会に行っ……保護し……もら……ない』

 

 昨日の敗戦相手にいきなり目の前に立たれた慎二は、足を躓かせながら当然逃げる。

 慎二が逃げるままに任せることも考えていたが、ベンチに座っていた慎二から洩れ聞こえた言葉は、見逃すわけにはいけなかった。

 言峰綺礼は立場上中立だがアサシンからその人となりを聞かされている。行かせてはいけないと彼女の勘がささやいた。

 

 その後の展開はあまり思い出したくない。

 騒がれたら後々面度だと逃げる慎二を《睡眠(Sleep)》で迅速に眠らせ、《不可視化(Invisibility)》で無抵抗な慎二の姿を消した後。

 その姿の消えた慎二をアサシンに運ばせ山を登り、異次元の隠れ家を作り出し隠したというわけだ。

 

 途中アサシンの「感心するよマスター。僕から見ても拉致の手際が非常にいい」という感想に、叩きのめされて今に至る。

 何のことはない、アサシンの言うとおり、ミーシャは勢いで間桐慎二を拉致してしまったのである。

 と、ミーシャが自己嫌悪に浸っている間も慎二の叫び声がこだまする。

 

「おい、黙っていないで何か言えよ。お前がここに無理やり連れてきたんだろ。あぁ、さぞかし楽しいだろうね、優秀な魔術師様が落ちこぼれの負け犬を見るんだからさ。どいつもこいつも僕を馬鹿にしやがって!」

 

 どうせ最後なら全てを吐き出そうと慎二は思った。もう何もかもご破算になったのだ。吐き出したいだけ吐き出してやれと、半ばやけくそになりながら心の膿をすべてを搾り出す。

 

「いいさ聞かせてやるよ。本当に子供のころの僕は本当に馬鹿だったよ。僕は魔術師の由緒ある家系の生まれだ、他の者とは違うと思っていた。だから、他の家から連れてこられた桜を哀れに思って優しくしたさ。だって優秀な人間が、劣る人間を保護するのは当たり前のことだからな。

 その傍ら爺の書斎にあった魔術の本を引っ張りだして、勉強を毎日繰り返していたんだ。僕は庶民には絶対到達できない存在になるべき人間だと……無駄な努力をな」

 

 慎二はいったん言葉を区切る。それ以降は打ち明けたくない慎二の精神的外傷だからだ。だが、慎二はその傷をこらえて後を続ける。

 

「だけど、ある日見たんだ。魔術の訓練……そうあのおぞましいものを桜が受けていたんだ。間桐の魔術は桜が継ぎ、僕はお役ごめんだったさ。もちろん桜を問い詰めたさ、桜は何ていったと思う?『ごめんなさい』だとさ。ふざけるな!僕の全てを奪って同情かよ!!」

 

 テーブルを力強くたたく慎二、その怒りは誰に向けてであろうか。臓硯か、桜か、はたまた自分自身へか……

 

「僕には魔術の才能はないと知らされたあの日。爺からは失敗作扱いされて、妹からは同情される始末だった。

 いっそ、桜も僕を見下してくれたら良かったんだ。それなら諦めがついたし反発もできた。

 その上、僕の桜を奪った衛宮も魔術師だってんだろ? ははははは……結局、僕は道化だったのさ」

 

 ミーシャは何も答えない。ただじっと慎二の目を真正面から見据える。

 彼女の目には同情も何もない、ただ自分自身の心情を全て何も言わずに素のまま受け入れくれているだけだ。それだけなのに自分の吐いた言葉が、引け目が、苛立ちが、全て飲み込まれてしまうような不安な気持ちになる。

 

 そしてその沈黙に慎二は負ける。

 そう、それは慎二の心の奥深くに秘められていた願い。誰にも話すことはないはずのプライドと劣等感により何重にも隠された奥底にある本心。それがポツリと漏れた。

 

「……僕の願いは魔術師にしてもらう事。自分に無い力を他人に譲ってもらうなんて……でも、それしかなかった……聖杯に望みをかなえてもらって魔術師にしてもらうことしか。

 しかも、そのサーヴァントですら借り物で僕の本当の力じゃない。

 ……そうだよ、当然だ。わかっていた。わかってた わかってた わかってた わかってた わかってた わかってた……!

 こんなの初めっから務まりっこないって、わかっていたさ。

 これが滑稽といわずして何が滑稽だよ」

 

 一気に言葉をまくし立てたあと慎二は大きく息を吐く。それは11年たまりにたまった鬱憤の吐息であろうか。

 

「これで全部だ……笑うのなら笑えよ。そして殺せよ」

 

 そのままぐったりとうな諦めきったように垂れ。慎二は沈黙する。

 それに合わせるかのように、半透明なお仕着せをまとった力場の従者が食事を持ってきてくれた。

 

「あぁ、なんだよ僕は庶民の食事なんて食べる気ないぞ。……ま、まぁ、不味かったら承知しないからな」

 

 と、さっきまで殺せと言っておいて、文句を言いながらも食事に口をつける慎二を見つめながら、不意にミーシャは自身の行動を理解する。

 そう『間桐慎二を今日見かけたときに、声をかけようと近づいた本当の理由』を得心する。ならばそれを行動に移そう。

 ミーシャはゆっくりと労わる様に慎二に声をかける。それは慰めではない、ひとつの選択肢を差し伸べること。

 

「話はすべて聞きました、シンジさん一つだけ間違えていることがあります。それは、『魔術回路が無くても魔術師になることができる』その一点です」

「は? なんだよそれ、僕をからかっているのか? そんなこと出来るわけ無いだろ?」

 

 慎二は、あからさまに不審な顔を向ける。それはそうだ、この世界の魔術師は魔術回路が無ければなれない。そう、()()()()()()()()はだ。

 

「いえ、私は魔術回路を持っていません。ですがこの通り魔術は使用できます。

 あなたが全てを捨てて自らの力で這い上がろうとするのでしたら、私の魔術をあなたに継承しましょう」

 

 慎二の目がわずかに見開く、だがそれを意味すること悟り少し躊躇する。

 

「つまり、僕にマキリの家を捨てろと。捨てて0からやり直せと」

 

 それは間桐臓硯に保護という名の束縛を受けてきた慎二からしたら、非常に恐ろしいものに感じた。

 だがほんの僅か気持ちが高ぶっていた。『自分の努力で魔術が使える。それが目の前にあるのに引いたりするものか!』と。

 ならば答えは決まっている。慎二は一歩を踏み出す。

 

「わかったよ。だけどしっかり教えてくれよミーシャ。この僕を弟子にするんだからな」

「ふふ、口の悪さは逆に頼もしいですね。でも、私のことは師匠と呼ぶように。わかりましたねシンジ」

「……わかったよ。ミーシャ師匠」

 

 魔術回路の持たない異世界の魔術師ミーシャ・ブラント。魔術師の名家でありながら魔術師になれず、借り物の力しか施行できない、ゆえに全てが狂わされた間桐慎二。なら、その二人が出会ったのならこうなるのは、一つの必然であろう。

 

 ミーシャは、今日人生初めての弟子をとることに決めた。

 午後は忙しくなる。ならばこっちも気合を入れようと、ミーシャは半透明の従者に自分の食事も持ってくるように頼んだ。

 

『でもこれ、失恋した次の日に相手の孫の家出を促すって、端から見たらただの腹いせ復讐にしか見えない』

 

従者に頼みながら、ミーシャは不意に自分の行為を客観的に考えてしまい。自己嫌悪でほんの少し頭を抱えるのであった。

 

 

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