「シロウ!しっかりしてください!糸は切りました」
深夜に響く澄み切った美しい声。魔力の元を断ってもらったこととその声により、士郎の体の所有権は自分のものに戻って行く。
「ああ……すまないセイバー。もう大丈夫だ意識ははっきりしているし、体も思うとおりに動く」
一時間ほど前まで士郎は、深夜出撃するため仮眠を取っていた。だが、突如魔力のこもった女性の声が頭蓋に響き渡った。
――おいで
――おいで
――こっちにおいで
その魔力にあがらうこともできず。不覚にもここまで連れられて来てしまったが、辛くもセイバーに助けられたのであった。
「こればかりは、アサシンに感謝すべきでしょう。オートバイがこうも早く役に立つとはうれしい誤算です。リンとアーチャーも程なく来ます。ですから――!」
セイバーは話を中断して一歩前に出る。跳躍してきたランサーの槍の一振りを受け止めるためだ。
振り下ろされた槍は激しい金属音とともに、セイバーの眼前で止まる。槍の先には何も見えないが、そこには確かに何かが存在するのだ。
「それがお前の宝具か? 卑怯者め、自らの武器を隠すとは何事か……!」
見えない武器、それがセイバーの宝具のひとつ、
「ランサーか。どうしてここに? キャスターと組んだというわけではあるまい」
「俺が山門にいるときにお前がここに来た。サーヴァントとサーヴァントが戦う、それ以上でもそれ以外でもねえ。悪も正義も立場も関係ない、単にどっちが強いかを決めるそれでいいじゃねえか」
「ああ……そうだな。だが、勝つのは私だ」
「――ぬかせ!」
それが合図となり、二人は再度武器をぶつけあう。
ランサーは酷く戦いにくそうだ。それもそのはず、見えない武器をセイバーの筋力と速度で、嵐のようにぶつけられているのだ。
それをセイバーの足運びと手の動きだけで、ランサーは凌いでいるのだ。それでも正確な位置が見えないため、槍の中心を持って回転させて防御することで補っている。少しずつ後ずさりながらも十数合打ち合って傷一つついていないのは、ランサーを褒めるべきであろう。
その打ち合う様はまさに神速、音だけが取り残されているかのように少し離れている士郎は錯覚したほどだ。
「サーヴァント同士の戦いってのはここまでなのか。ランサー、あの時どこまで手を抜いてたんだよ」
その英雄同士の力と技のぶつかり合いを目の当たりにし、士郎は打ちひしがれる。この前からセイバーの剣術の手ほどきを受けている身、多少の自信はついたと思ったがそれがまったくの錯覚だと思い知らされる。
初対面で1回殺され、二回目も危うく殺されそうになった。それでもあの時はほとんど実力を出していなかった、お遊びの範疇だったというわけだ。
キャスターは山門から二人の戦いを見据えている。今ならセイバーのマスターの不意をつけよう。できれば令呪ごとサーヴァントを奪うのが好ましいが、流石にそううまくいくとは限らない。セイバーのあの強さと愛らしい姿は勿体無いが、背に腹は変えられない。
状況的に今は有利とはいえ、時間がたてば不利になるのはこちら側だ。ならばもう一度――!
と、士郎に向けて呪文を放とうとする瞬間、キャスターは戦慄を覚える。強烈な殺気が自分に向けられていることに気づいたのだ。
キャスターはまるで巨大な大蛇に睨まれたような感覚に襲われる。少しでもセイバーのマスターに魔術を向ければ、その隙に一瞬にして殺されてしまうであろう。
紛れもないこれはサーヴァント。だが、このような強大な力を持つサーヴァントは、今現在思い当たらない。
強いてあげればバーサーカーだが、狂人にこのような芸当はできない。存在のわからないものに対し明確な対処はできない、キャスターの動きが止まる。
事態の変化に躊躇していると大抵は悪いほうに転がる。そう、考えあぐねている間に赤いマスターと赤いサーヴァントが到着したのだ。
「士郎、大丈夫?」
「やれやれ、どこまで足を引っ張ればいいんだ? マスターとしての自覚が足りないと思っていたが、ここまでとは。セイバーもさぞかし苦労し……」
「説教は後にしてくれ、アーチャー。今はキャスターを頼む。山門の上にいるはずだ」
アーチャーのいつ終わるとも判らない小言を士郎は遮り、状況を説明する。
キャスターに仕掛けようと、赤いペアが階段を駆け上る。ランサーはセイバーと打ち合いそれを阻むことはできない。さすがのランサーも見えない剣を相手にしていては防戦以外に神経を使えば両断されてしまう。
「ちっ!」
舌打ちとともにキャスターは、殺気を警戒しながら境内の中に後ずさる。見知らぬサーヴァントに狙われたたままアーチャーと戦うのはまずい。せめて自分のテリトリー内でないと。
幸い、不明なサーヴァントは逃げる分には追いかけてこない。いや、むしろ殺気が薄れていく。
アーチャーと凛もそれに続いて境内に消えていった。
「さて、ここからが本番だ。これでサーヴァントは、一対一というわけだなセイバー」
「そうだな。お互い様子見はここまでにしよう」
空気が変わる。先ほどのは単なるじゃれあいとばかりに、今までとは段違い、いや次元違いの殺気と闘気が二人の間に渦巻く。
士郎はセイバーから距離を置く。何故か行わなかったが、キャスターがずっと自分を狙っていたのは感じていた。だが今はそのキャスターはいない。それならセイバーの側にいる必要はない、むしろ邪魔にしかならない。
先手を打つはランサーの槍。一旦距離をとった瞬間、目にも止まらぬ、いや目に見えぬ速さでセイバーの胸元を抉ろうとする。
セイバーはそれを一歩踏み込みはじき返す。押し返す勢いでランサーの首を跳ね飛ばす――――かのように見えたが、見えない剣は虚空を切る。ランサーはすでに一歩奥に飛びずさっていた。
セイバーの眉が僅かに上がる。ランサーは今まで必ずセイバーの攻撃を真ん中で持った槍で、しっかり受け止めていた。
が、今はわずかな動きでもって剣の
剣を止めずにセイバーは賞賛する。ランサーも槍を止めることなく応える。
「流石にこれだけ剣の太刀筋を見れば、完全に把握するさ」
「その技量恐れ入る。獣のような動体視力と戦闘感。この鋭い槍捌き。これらをすべて併せ持つものは、世界広しといえども一人しかいません。アイルランドの光の御子クー・フーリン――それがあなたの正体です」
二槍と一槍。槍の質も一見まったく違うように見える二人。だが、セイバーはその直感を持ってランサーが、前回戦ったランサーと同じケルト神話の英雄だと確信した。
そして、第四次ランサーと同等、いやそれ以上かもしれない槍の使い手など限られている。ましてや獣のような男といったら、一人しかいない。
「まいった。こうもあっさり真名がばれるとは、有名すぎるのも良し悪しだな。それでも早いな、何か裏があるんだろ」
「私は前回の聖杯戦争で、誉高きフィアナ騎士団のディルムッド・オディナと戦った身だ」
「ほう、マックールの小僧とこの一番槍とか。で、どっちが勝ったんだ?」
その言葉にセイバーの顔が一瞬硬直する。そして時も一瞬とまる。会話中も続いていた槍と剣の激しいぶつかりあいが、微妙な空気とともに止んだ。
剣戟のやんだ静寂の中。バツが悪そうにランサーが声をかける。
「……ああ、すまん。なんか悪いこと聞いちまったみたいだな」
「いえ、こちらの事情だ。あなたが気にすることではない」
「いやいや、遠慮するなって。ここで俺がお前を完膚なきまで叩き潰して決着としてやるから、それでどうだ?」
「……感謝する。だが、私が徹底的に叩きのめして決着としておこう。それでどうだ?」
「――上等!」
言うないなやランサーの姿勢が低くなる。
同時に魔力の渦がランサーを中心に巻き起こる。
完膚なきまで叩き潰す――つまり、ランサーは宝具を使ってこの戦いにケリをつける。その腹積もりだろう。
「シロウ。こちらも宝具を使います」
「……わかった」
それに合わせセイバーの剣から風が吹き荒れる。見えないはずの姿が、確かに見える。少しずつ。包帯を解いていくかのように、彼女の剣が現れ始める────士郎は思わずつぶやいた。
「黄金の────剣?」
その変化にも意に介さずランサーは、相手の敗北を宣言する。
「……じゃあなその心臓、貰い受ける───! 」
ランサーは全力ともいえる突撃は、今までとは比べ物にならない速度と魔力を持ちセイバーの心臓に向かって伸びていった。だが、このような見え見えの攻撃では、いくら速くてもセイバーにとっては余裕で避けれるであろう。
だが、回避しようとした時、自らの失態にセイバーは内心舌打ちする。
直感が教える。ランサーの奥の手はこれからだと。慌てて身を捩り右に移動しようとするが、間に合わなかった。
「なめるな!
それは因果律を逆転させる必殺の技。解き放たれる前に刺さるという逆転現象を起こす死の理。
真名解放された槍は、突如ありえない方向にに伸びありえない方向に軌道を描き、確実にセイバーの心臓に向かって突き刺さ――
「セイバー! だめだ! 回避しろ!」
その刹那、叫び声とともに士郎の手の令呪が光る。その光から解き放たれる魔力により、まさに瞬間移動といえる超常の回避を行い。必殺の槍を紙一重でかわす。
だが、自らの意志ではない回避にセイバーはバランスを崩し、前転気味に一回転して、そのまま身を階段に叩きつける。
「チィ、令呪か! だがこれでどうだ!」
必殺の槍を外されたランサーは、悪態をつくが攻め手を緩めない。突撃の勢いそのままに数十メートル跳躍し、もう一つの真名を放つ。
令呪によって無理な回避をし体制を崩したセイバーに、この広範囲攻撃はチェックメイトとなる。また、先ほどのように令呪を使用しても、この宝具は何度かわされても攻撃に向かう性質を持っている。
「この世の手向けに食らってけ! ――――
青い槍兵は弓を引き絞るように状態をそらし、怒号とともに、その一撃を叩き下ろした。魔槍ゲイ・ボルクの本来の使用方法は投擲だ。ランサーの全魔力を持って放たれたそれは、躱すこともできず防ぐこともできない。
――故に必殺この魔槍に狙われたものに、生きる術などあり得ない。
「く、シロウ!」
いまだ、片膝をついたままのセイバーの呼びかけに。士郎は意図を理解した。
回避できないのなら攻撃しかない、それも最大威力の攻撃をだ。
「セイバー! 今すぐ宝具で奴を攻撃しろ!」
再び士郎の令呪が輝く。その魔力を帯びた命令により、無理な体勢からでもセイバーは、今すぐランサーに宝具を解放することが出来る。
間一髪、死の魔弾がセイバーに命中する直前にセイバーの宝具が発動する。
「――――
セイバーの持つ剣は星の光を集めた最強の聖剣。その剣に光が収束し放たれる。
――それは、文字通りの光の線であった。
ゲイ・ボルクを破壊し、ランサーを突き破り、夜空を掛け、闇夜を走り抜け消えていく。
まさにアーサー王伝説にふさわしい威力。バーサーカーでも倒せしてみせるという自負は、この宝具に拠って発しているのであろう。
勝負は決した。
だが代償は大きかった。令呪二つを使用しなければ、間違いなくセイバーはやられていただろう。そしてもう一つ……
「セイバー! おい、大丈夫か?」
宝具を放った直後セイバーが倒れて、ピクリとも動かなくなったのだ。