2月6日
「シロウさんはどこに出かけました?」
ミーシャが衛宮邸に戻ってきたときには、主の姿はどこにもなかった。
とりあえずキャスターと葛木は、キャスターの実家の問題で急遽家を空けるという理由で、柳洞寺を一時のけてもらうことで了解してもらった。
無防備となったキャスターに、バーサーカーが襲撃されたら目も当てられないからだ。
幸い《
ミーシャは、キャスターの親戚――耳が似ていると寺の人は納得してくれた――ということで、その引越しの準備の手伝いをしてきたというわけだ。
「……あちゃー、あいつサーヴァントなしで一人で外に出たの? いくら昼間とはいえそれは無用心すぎるじゃない。何せあいつ催眠系にはとことん弱いんだから」
居間で朝のお茶を飲んでいたた凛は、士郎がいないことを知ると渋い顔する。どうやら誰にも言わずに外に出てしまったらしい。ミーシャも自分の分を用意してその横に座る。
誰からでもバレバレだったのだが、士郎は昨夜のセイバーの問題で悩んでいた。
セイバーは今は意識を取り戻しているが、宝具の使用で魔力を消費しすぎたので、一時的にスリープ状態になっていたのだという。
士郎がそのことを自分の未熟さのせいだと、気に病んでいて落ち込んでいた所。アーチャーにとがめられ、残心を持て――結果をすべて受け入れて前へ進め――とこっ酷く説教されたらしい。
「セイバーさんは大丈夫なのでしょうか?」
「士郎とのパスが上手くつながっていない状態だったわ。あれじゃ魔力不足になるのも当然よ。
回復させる手段は三つ、魂喰いをさせるか、士郎がパスを繋ぎなおすか……もう一つはリスクがでかくてお勧めできないかな?
どっちにしろ士郎が戻ってから考えましょ。さすがに安静していれば一日や二日で消えることはないから、そこまであわてる必要はないしね」
凛の説明にミーシャは頷く。マスターは士郎だ、最終的な判断と責任は彼のものであるべきであろう。
話の焦点は、衛宮士郎とアーチャーの今朝のやり取りに移る。
「アーチャーさんも。意外と世話焼きですよね」
「ホント、普段は顔を合わせれば憎まれ口を叩きあっている癖に、なんだかんだ言って士郎にアドバイスするんだから」
「意外と仲が良いのかもしれません」
と、そんなことを二人で話していると、アーチャーが実体化して苦情をだす。
「いいかい君たち。そういう事は、本人がいないところで話してくれないか? あと私と奴の仲がいいとか、甚だ心外だ。速やかに訂正してもらいたい。
……おい、何をお互い顔を合わせて笑っている。まったく……地獄に落ちろマスター」
「それよりもミーシャちゃん。その格好はなによ」
そんなアーチャーの猛抗議を無視して、凛はミーシャの変貌振りに話題を振る。
ミーシャの着ている服は凛が最後に見かけた服――メイド服――と違っていた。
頭にはピンクリボンのフリルつきヘッドドレス。レースやフリル、リボンで装飾した白とピンクを基調としたドレスを着用し、さらにスカートはバニエで膨らんでいる。
化粧もそれに合わせ、
端的にいえばロリータというファッションだ。それにミーシャは身を包んでいる。
凛はその姿を見て唸る。
細身で小柄なかつ人間離れした容姿を持つミーシャに、奇抜ながら可愛らしさを極限まで追求したこの服装は、似合うというのも陳腐になるほどマッチしている。
『この格好でここまで来たのなら、道中はさぞ注目の的だったでしょうね』
凛が思考の狭間に陥っていると、ミーシャの話声が聞こえて来る。どうやら最初の話を聞き逃していたようだ
「……というわけでキャスターさんが、私のために作ってくれていたんです。服装にあうメイクも教えてもらいました」
「いや、ちょっと待って、話が見えないんだけど。アサシンは一緒にいたのよね? 説明できる?」
凛がストップを出す。昨日の今日で何でそこまで仲良くなっているのか? いや、なんでそんな服が出来ているのか?疑問は尽きない。
「僕はそのときは、葛木先生に士郎と大河ちゃんの学校の様子を聞いていたのでね。詳しくは本人に聞いてくれないか?」
アサシンはどうやら教師面談を行っていたようである。心なしか嬉しそうなのは、二人が褒められていたからであろう。
士郎と大河ちゃんも立派になって、と喜んでいる姿はどう見ても親バカの域を出ない。
そんなアサシンを尻目にミーシャの説明を聞く凛。
話を整理すると、どうも何日も前から使い魔を通してこの家を監視していたらしい。まぁそこまでは当然のことで、情報収集はキャスターの基本戦略ともいえよう。
だが、そこからなんで服を作ったという話になるのか、論理的飛躍があると凛は抗議する。
「なんだかキャスターさんは……その可愛らしい服と少女が好きでして。私とセイバーさんをいたく気に入ってそれぞれに合う服をひそかに作っていたらしいのです。短期間にこんなに素晴らしい服作れるなんて、流石道具作成Aです。
で、セイバーさんの分の服も預かって来たんですけど……」
といいつつ手さげから、清純を具現化したような純白のドレスを取りだし、凛に見せる。
凛はげんなりする。さらっと自分で可愛い少女と言ったとか、道具作成はそういう意味じゃないとか、ツッコミが追い付かない。
アーチャーの助け船を期待したが、先ほどの意趣返しなのか、にやにやと眺めているだけだった。
「で、その時キャスターさんに聞いたのですが、サーヴァントはまだほかにもいる可能性があると言っていました」
聖杯戦争に関わる話題になると、流石に居間の空気が一気に剣呑になる。先ほどとは打って変わって真剣な表情で凛は詳細をミーシャに求める。
「昨日は最初セイバーさんとランサーさんが戦っていましたよね。で、その後凛さんとアーチャーさんが追いついてきたと」
「うん、そんな感じだったかしら」
「で、その時キャスターさんは何をしていました?」
はたと、凛の手があごに架かり言葉がとまる。記憶の底から引っ張り出したキャスターの姿は、今思えば確かに変だった。
「そういえば棒立ちで、どこか別なところを見ていた――と思う」
「ええ、そのとき見知らぬ強力なサーヴァントに牽制されて、身動きが取れなかったらしいです」
凛の顔は渋い、ここにきて予定外の事が出てきた。残りは一人とはいえ、そこに鎮座するは最強のサーヴァントのバーサーカー。
マスターもとんでもない魔力を持ち最強を最強のまま運用できる状態で、対策を考えるだけで頭が痛くなってくる。
セイバーが不調な今、これ以上不確定要素が増えるのは好ましくない。
「うーん、話に聞くと私たちの味方をしてくれたみたいだけど、そんなのは当てにならないわね」
そもそも、これ以上サーヴァントがいるというのもおかしい。
異世界出身のマスター、数年前に亡くなった人間のサーヴァント、魔術師ではないマスター、そして不明なサーヴァント。
とにかく今回の聖杯戦争はイレギュラーが多すぎる。凛は焦る気持ちを抑えて、今後の対策を練ろうと気を引き締める。
実は、凛が気に病んでいる事がもうひとつある――間桐桜が熱を出して倒れたのだ。
原因は不明だが、明け方ごろに発熱したらしい。
ずいぶんと精神的にも弱っていたのだけど、今朝方士郎と話したおかげで安心したのか、今は自室で安静にしている。
ちなみに、桜の部屋から出てきたときに、なぜか士郎の顔が随分と赤かったとか。
『桜のこともあるし』と思わず呟いた凛に対し、ミーシャが意外な言葉をぶつける。
「桜さん心配ですか? ……妹さんなんですよね?」
突然、秘中の秘をばらされた凛は、そのままお茶を噴出しそうになる。
「ちょっと! 何でそれを……誰から聞いたの?」
「すまないねアーチャーのマスター。
前回の聖杯戦争で、競争相手の家族構成は徹底的に調べたからね。
さすがに微妙な家庭問題だったから、黙っているつもりだったけど、彼女も魔術師だとわかったからね。マスターにだけ報告させてもらった」
アサシンがそれに答える。
本当にこのサーヴァントは厄介なことこの上ない、マスターが
「そうね、マスターに報告する義務は当然よ。それと士郎には言わないでくれたことは感謝する。
さて、現状確認も終わったし士郎を探しにいきましょう。セイバーが知ったら激怒しかねないから、今のうちに連れ戻して士郎に恩を売っておきましょ」
と、冗談とも本心ともともつかない口調で、探索宣言をしながら凛は立ち上がる。それにミーシャも続こうと腰を上げる。
その時、緊張を隠そうとしないセイバーが、おぼつかない足取りで居間に入ってきた。
ミーシャが、立っているのも精いっぱいのセイバーを支える。セイバーは礼を言いながら緊急事態が発生したことを告げる。
「シロウが拉致されました。おそらくバーサーカーのマスターだと思われます」
どうやら、士郎の身に異変が起こったらしい。
「わかった、準備が出来次第出発。
大丈夫、士郎には昨日のことも合ってちょっとした細工をしていたの……まさか一日も経たずに、またさらわれるとは思わなかったけどね」
凛はひとつの方位磁石を取り出す。誕生日プレゼントに、父からもらった魔力針だ。
北ではなく、常により強力な魔力を発している方角を示す魔術礼装で、今はそれに手を加え、ある特定の魔力に反応するように調整されている。
で、士郎にはそれに反応する魔力のこもった小さな宝石を、今朝から持たせていたというわけだ。
凛の心がちくちく痛む。かつてこの魔術礼装で友達を探したときは、その友達は結局救えなかった。
今度は失敗しない――心の中で永遠失われた少女の名に誓う凛であった。