「【
「本当に気が遠くなる金額ね。もう一度言うわ、景気良すぎよ」
凛は再度呆れている。ミーシャの世界とこちらの世界では、金の価値が違うとはいえ。単純計算で10億円を超える魔術礼装をプレゼントしたのだ。
ここは、アインツベルン城から少し離れている森の中。夕方にはここに着いたのだが、敵の本拠地に安易に飛び込むわけにはいかない。
よって、アサシンとアーチャーの設置したCCDカメラで、城をモニタリングし隙を窺っている。
黙っていると落ち着かないのであろう、凛とミーシャは取り留めない話を小声で交わしている。
ミーシャは出かける前のロリータから、この世界に来た最初の服――アインツベルンのメイド服に着替えている。
ロリータ服は戦闘に向かないこともあるが、やはり相手がアインツベルンということで、思うところがあっての衣替えだろう。
「バーサーカーの正体は、ヘラクレスか……やっぱり今の状態じゃ戦うことは厳しいわね」
キャスターことメディア――婚姻届を偽造するから本名教えてといったら、あっさり教えてくれた――から、バーサーカーの真名を教えてもらった。メディアとヘラクレスは一緒に船に乗った間柄だ、一目見て真名を当てたのは当然だろう。
正体を知っても逆に大英雄中の大英雄と来ては、ため息しか出ない。とりあえず隙を見て、戦闘を行わずに士郎を助け出すのが最良であろう。
そこに、アーチャーが声を挟む。どうやら進展があったようだ。
「おしゃべりはここまでだな、家主がアインツベルン城を出発したぞ」
「衛宮邸でしょうか?」
「でしょうね。私たちを殺して、士郎の見せしめにでもするつもりかもしれない」
イリヤスフィールは衛宮士郎を攫っただけで殺してはいない。セイバーが今も存在しているのが証拠だ。
イリヤの士郎に対する心情は、どうも憎しみだけではなさそうだが、詳細を判断する材料は今のところない。
もう少し待って動きがなかったら、夜襲作戦に変更しようと考えていた矢先にこの動きは、願ってもいない奇貨といえよう。
「僕がイリヤに完全に嫌われているのは、残念だけど間違いないけどね」
アサシンが悲しそうに付け加える。理由はどうであれ娘の約束を破った自分はイリヤに憎まれても仕方がない。
だけど、このまま行けばイリヤは
彼は一番の望みの一つを叶えるために、モニターの電源を落とし城へと歩みだす。
◆
ミーシャが《
アインツベルン城は物音ひとつしない。ミーシャとアサシンにとっては懐かしさも感じる城だが、広さも相まって物音一つしない夜の城は、初めて訪れる凛にとって不気味さしか感じられない。
アサシンのイリヤの部屋にいるであろうという予想をあてに、それらしい場所を探す。
数分後、衛宮士郎はあっさり見つけることができた。
発見したセイバーがドアを開けたときには、なぜかベットに飛び込みシーツをかぶっている状態だったとか。
が、囚われの身の士郎としては何かしら打開策がほしかったのであろう。
だがその結果。
「私が敵なら躊躇なく叩ききっていました」
と、セイバーに一蹴され。
「深く追求しないのが武士の情けってものよ。まぁ思ったとおり元気そうじゃない」
「父さんも、これはちょっとフォローできないなぁ」
と、凛とアサシンには半分以上呆れられ。
「一日に二度さらわれた上にこんな間抜けな状態とは、見てるほうが恥ずかしい。まったく、衛宮士郎など放っておけばよい物を……」
アーチャーにいたっては、辛らつなダメだしを出される始末であった。
士郎が立っているもやっとのセイバーをここまで連れてきた事に怒りを覚え。その結果、ひと悶着ありそうな雰囲気になったが、タイミングよく後方を確認していたミーシャの入室により、よい具合にみんなの頭を冷やす結果になった。
士郎としても、みんなが危険を顧みず自分を助けに来てくれたのだから、セイバーが来たことを怒るのは我儘だと気づき自省する。
「そうね、すぐにここを出ましょう。ここは魔術師の本拠地、進入されたことはもう気づかれているから。戻ってくる前に退去しないと」
凛の提案により、話は後でしようということに落ち着き。皆は速やかに撤退を開始する。
そうなると行動は早い。士郎はセイバーを支え、アーチャーと凛が前方をミーシャとアサシンが後方を確認しながら、早足気味に正面ロビーへと向かう。
出てしまえばこっちのものなら、一番出るのに楽な正面玄関から堂々と外に出ようと判断する凛を見て。士郎はその無謀ともいえる思い切りのよさに、呆れるとともにわずかながら感心する。
城は広いといっても廊下はまっすぐ伸びているので、苦もなく玄関ロビーの階段に出れる構造だ。歩いても物の数分もかからない。
玄関ロビーに出たのなら階段を下り広間を抜けて、扉の外に出るだけだ。
外に出ればこっちのもの、広い上に夜の森ならどうにでも躱すことができるであろう。
そして階段を降り切ったその時、予想だにしなかった声が後ろから響く。
「こんばんわ。あなたたちのほうから来てくれて嬉しいわ」
階段の奥から現れるは先ほど城から出て行ったはずの少女。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。そして控えるは最強の英雄、最強のサーヴァントのバーサーカー。
圧倒されつつも凛は気丈に問いかける。
「あなたが戻ってくる気配はなかった。つまり、出て行ったのは偽者で、最初からここにいたってことね」
「そうよ、私は主人なんだから、お客さまのおもてなしをしないといけないでしょう
――誓うわ。今日は、一人も逃がさない」
その宣言とともにバーサーカーが目の前に飛び降りる。
士郎たちとの距離は5メートル足らず。その間合いは死の間合い。やつが半歩踏み込めば、皆が石剣の餌食となるであろう。
それを見た遠坂は、歯軋りをわずかに鳴らし――
「アーチャー、聞こえる? ―少しでいいわ。一人であいつの足止めをして」
――自分のサーヴァントに死ねと命令した。
非情な命令に驚く士郎。この状況では最善手と判断したのであろう、何も答えないセイバー。
だが、その命令に加わる人物が二人。それは一組のマスターとサーヴァント。
「いや僕も残らせてもらうよ。イリヤは僕の娘だからね、逃げるわけにはいかないだろう? 親というものは子供に責任を持たなくちゃね」
「それならマスターの私もです。それに、私もユスティーツァ様に仕えた身。200年経たとはいえ、アインツベルンの歪みは見過ごせません」
アーチャーは二人の提案を驚くほどあっさり受け入れ、さらに凛に自身ありげに宣言する。
「ところで凛。一つ確認していいかな。
ああ。時間を稼ぐのはいいが―――」
アーチャーの意図を理解したのか、アサシンが唇の端を持ち上げる。
「「別にアレを倒してしまってもかまわないのだろう?」」
「だそうです」
アーチャーとアサシンが不敵な笑いとともに同調し、ミーシャが涼やかな微笑で後に続く。
その行動に凛は、一瞬キョトンとしたあと――
「――ええ、遠慮はいらないわ。
三人ともガツンと痛い目に合わせてやって!」
改心のニンマリ顔とともに、コブシを思いっきり振り回し檄を飛ばす。
「そうか。ならば、期待に応えるとしよう」
アーチャーが代表して答えると三人が前に出る。その目に恐れは無い、死の化身を前にしてもたじろぎもせず、勝利に邁進する鉄心の三者。
その姿を見て、自慢のサーヴァントをコケにされたと思ったイリヤは、激昂する。
「っ、バカにして……! いいわ、やりなさいバーサーカー! そんな生意気なやつら、バラバラにして構わないんだから……!」
そのバーサーカーが唸りをあげる。その咆哮は初戦と同じように、いや、それ以上に空間を震えさせる。アサシンが渋い顔をしているのは、実娘のあまり上品とはいえない言葉遣いのためだろう。
「衛宮士郎」
いつ戦端が開かれてもおかしくない緊張感のなかで、アーチャーが声をかける。
「―――いいか。お前は戦う者でなく、生み出すものにすぎん。
余分なことなど考えるな。お前にできることは一つだけだだろう。ならば、その一つを極めてみろ。
―――忘れるな。イメージするのは常に最強の自分だ。外敵等いらぬ。お前にとって戦う相手とは、自分のイメージに他らならない」
その言葉に士郎は生真面目に返事をした後、背を向けセイバーを抱きかかえ走り出す。
「セイバー。士郎を頼む」
そしてアサシンは、セイバーに背を向けたまま声をかける。
セイバーは目を見張る。第四次聖杯戦争時以来始めて
かける言葉はただ一つ。それはアサシンのもうひとつの願い。もう一人の子供。
意外な言葉に、一瞬呆然となるセイバーだが――
「いわれなくとも、最後まで守って見せます。私はシロウの盾ですから」
気を取り直し返事をすると、士郎抱きかかえられたままロビーを後にする。
それを合図にして、バーサーカーが雄たけびとともに石塊を振り上げ間合いを詰める。
一人の少女に対し、実父と義理の兄とはるか先祖の従者という、因縁で縛られた戦いが、今ここに始まる。