第1話:ストレンジャー・ガール
――――深い
――――深い
――――深い
――――どこまでも深い空
ただその空は普通の青色でなく銀色を空である。その銀空を私は彷徨っていた。
この銀色の世界の中をもうどのくらい沈んでいるのだろうか、1年だろうか?1万年だろうか?
落ちているのか浮かんでいるのかすらもわからない、手を伸ばしても何も届かない。
ここは因果の果てなのだろうか?リンボの奥地だろうか?
何も見えない何も聞こえない……その代わりに飢えもしない体も衰えない。
肉体の変化がないのなら、どこかの次元の狭間、いわゆるアストラル界であろう。私の中の魔術師の知恵がそう答える。
ただ理解出来てもどうしようもない。
思考と感情は最初の一週間目で停止させた。
いかなる手段も尽き、待つことのみが唯一残された道と悟ったゆえである。
今はもうここに来る前の記憶はぼんやりとしか浮かばない。
一番尊敬する人、一番親しい人、そして一番……愛しい人。
その人たちの思い出を無意識に反芻することのみが、この銀の牢獄のなかで私の唯一の存在する行為となった。
今日も沈んでいくはずであった
――――深い
――――深い
――――深い
――――どこまでも沈んでいくはずであった。
が
突然、距離にして3mぐらいだろうか
赤い髪の男の姿だ。年は少年ぐらいであろうか、座って集中をしている。
その変化に停止していた思考が動き出す。
理由なんてどうでもいい、千載一遇のチャンスだ、ほぼ空っぽになっている準備呪文からひとつ発動する。
《
紡ぎだされる呪の文言は、私の中の魔力が見えない力場の従者を作り出す。
呼び出す場所は少年との位置と正反対側だ、そして、その従者に私を力の限り突き飛ばしてもらう。
従者の力はそんなに強くない、いや非力そのものだ。
元々は身の回りの作業を手伝うための力場の塊なのだから通常の人の片手分といったところか。
それでも反作用により体は少年のほうに向かってじりじりと体が動く
少しずつ近づいて……
「あれ?これちょっと勢い出過ぎ……きゃあ!」
少年の魔力に引っ張られているのか、次元の裂け目に吸い寄せられているのか、近づくほどに私の体は加速を増し今では危険なぐらいだ。
だが防護の呪文も残されていない私にできることは、体を丸め目をつぶり自分の腕で頭部を守ることぐらいだ。
数瞬後、固い衝撃を頭に受け私の意識が途切れる。
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1月31日 衛宮邸
衛宮士郎は魔術師である。
いや、魔術師の技量としては未熟もいいところで、強化と投影を使えるだけ。しかも成功率ははなはだ低い。魔術師と名乗るのは他の魔術師に失礼な見習い魔術使いだろう。
もっとも、士郎は養父以外の魔術師に出会ったことはないのだが。
深夜零時前、士郎は土蔵の中で8年間ほとんど欠かしたことのない魔術の訓練を行う。
結跏趺坐に姿勢をとり、呼吸を整える。
「――――
目の前にある鉄パイプを強化する訓練だ。
「――――基本骨子、解明」
「――――構成材質、解明」
「――――、基本骨子、変更」
「――、――っ、構成材質、補強」
構成物質を解析しその隙間に魔力を流し込み物質を強化する魔術である―――が
「―――っつ―――うまくいかないな」
もともと成功率の低い魔術なのだが今日は輪をかけて酷い。魔力が霧散するどころか鉄パイプにと売ることすら満足にできない。
「ふぅ、気晴らしに……投影のほうをやってみるか」
いつもどおり練習がてら代用品を作って気を落ち着けることにする。
「――――
士郎は投影する物、剣を想像する。なぜだか知らないがこれが自分にとってイメージしやすい物体である。
だが、今日は勝手が違った―――頭に浮かぶのは―――
「―――女の子??」
その刹那、衝撃が体を襲う、柔らかい何かが自分の頭にぶつかり視界を塞ぐ、その勢いで体が仰向けに倒れる。
「どわぁ―――!」
一瞬何が起きたのかわからなかった、自分の顔の上にあるのはどうやら人の肌のようだ。そして、顔の周囲を布が覆っている。
……
…………
………………
「なんか良い匂いだ」
………………
いや、そんなことを冷静に考察している場合じゃない!
と、あわてて頭を引き抜いた。もし想像通りなら俺はとんでもない状態になっている。
やはり当たってうれしくない、頭を突っ込んでいたのは女の子のスカートの中であった。
危なかった、深夜土蔵に気絶した女の子とこんな状態になっている姿を誰かに見られたら俺の人生が終了だ。
と、一息ついてそこで彼女の姿をやっと観察する余裕ができた。
背格好は145cmぐらいだろうか? 桜よりも小さい。体と手足はものすごく細くまるで折れそうな小枝のようだ。
純白の頭巾で頭をすっぽり覆って、額の部分だけ下地の茶色い布がはみ出している。
頭巾に合わせた純白の上衣が首から手首まで徹底的に覆われ、胸の部分はわずかに開きこれまた下地の茶色衣服が覗かせている。
スカートも当然純白で足首までしっかりと隠している。
看護婦を思わせる服装から覗かせている耳は15cm程後ろに伸びてその先はすらっと尖が……ってなにそれ?
『え?女の子を投影? ……なんでさ? 違うだろ』
『この耳って本物だよなぁ……ファンタジーものの漫画とか映画とかで見たことあるけど人間じゃないのか?』
『いや、それってどうすればいいんだよ』
『誰か来てくれ……いや来ないでくれ……いや、いっそ藤ねえに……いや夜中に気絶した女の子と二人っきりとか見られたら殺される……』
と、思考の迷路に永久に彷徨いそうな所で変化が訪れた。
今まで気絶していた彼女の上体が、微かなうめき声とともに蠢動したのである。