玄関ロビーは死の舞踏会場と化していた。
奏でるはバーサーカー。踊るはアーチャー、アサシン、ミーシャの三人。観客はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
脱落者は死の洗礼。時間制限はバーサーカーの魔力が尽きるまで――つまりほぼ無限。
今回は初戦と違い小手調べの攻撃は行わない。
初めの会敵以降、バーサーカー対策は避けられぬ命題となっていた。
アーチャーの
そしてイリヤの「二回も殺すなんて」という台詞。
つまり、それに加え死から蘇る力も所持しているというわけだ。
だが、そんなの規格外の能力が無限に行使できるわけがない。どこかしらに制限があるはずだと、凜の分析。
その制限についても真名がヘラクレスと知ったときに、ある程度のあたりをつけていた。
ヘラクレスで数にまつわる一番有名なエピソードといえば十二の試練、ゆえに蘇生回数は12回と踏んでいるが……
といっても予想の域を出ない。
「ねぇ、どうしたの? 三人とも逃げ回っているだけじゃ勝てないわ」
イリヤがバーサーカーの背後で、可憐な声を響かせる。
《
アサシンがバーサーカーをひきつけている間に、アーチャーがテラスに上がり弓を投影し矢を置く。その矢は非常に捻じれて持ち手がある。矢と言うよりも剣といったほうが正しい。
だがその剣は引き絞り合わせ伸び矢の形をとる。この矢の名は――
「我が骨子は捻じれ狂う――
そう緒戦でバーサーカーに叩き込んだ必殺の矢。それをもう一度バーサーカーに放つ。
ロビーは一瞬にして墓地の再現と化した。階段は崩れ天井には穴があき。床は瓦礫で足場が見えないほどだ。
物陰に隠れたミーシャとアサシン。防護魔法で悠然と構えるイリヤ。だが、直撃を食らったバーサーカーはこれで最低でも一回は殺せるはず―――だった。
「死からの再生だけではないということか」
かすり傷程度しか負っていないバーサーカーに、三人が戦慄する。一度受けた攻撃に対してのダメージ減少能力まで保持しているとは、厄介なことこの上ない。
「そうよ。バーサーカーは最強なんだから」
無邪気な笑顔で自慢するその少女の意味するところは、相手の絶対的な死であった。
◆
どのくらいの時間がたったのであろうか、いまだアインツベルン城内の戦闘は継続している。バーサーカーの死の旋風は今だやむことはない。
そして、三人とも体中に多かれ少なかれ傷を負っている。
サーヴァントである二人は今だ健在だが、ミーシャは腹部に重傷を負い――石剣が掠っただけなのだが――いささか危険な状態となっていた。
アインツベルン独特の純白のメイド服が切り裂かれ、真紅に染まっている。破れた服から、擦りえぐれている腹部の肉が覗いて見える。
魔力供給もとのミーシャの様子から
対するバーサーカーは命を六回失ったのみ。
計算上では同じ数だけ殺す必要がある。しかもそれぞれ別の手段でないといけない――つまり絶望しかない。
だが、それを覆す希望が、一つだけあった。
「すまないが、少し時間を稼いでくれないか? これには、少々手間がかかるものでね」
アーチャーが戦場から距離をとり最後の賭けに出る。彼の唯一の魔術、その奥義をここで解き放つのだ。
「バーサーカー。アーチャーを殺しなさい!」
ただならぬ雰囲気を感じ取ったイリヤは、アーチャー狙いをバーサーカーに命令する。それをさせまいと立ちふさがるミーシャとアサシン。そして、アーチャーからは、まるで自分の人生を語るような詠唱が紡ぎだされる。
『―――
アーチャーに近づかせないために、アサシンがバーサーカーに肉薄する。近距離でキャリコを叩き込むが何の意味もなさない。
ミーシャはその間に自分の服に《
『
アサシンを二つに裂こうと石の塊が、叩きおろされる。が、
『
追撃をしようとするバーサーカーの背後に、縦横3mほどの巨大な片手が現れる。ミーシャの《
『
バーサーカーに巨大な手がはがされる――たぶん数秒持たないであろう――前に、ミーシャが痛みで気絶するのをこらえながら、頭上から飛びこむ。
バーサーカーは、その無謀な突撃を素手でつかみ握りつぶそうとする。
『
だが、油を塗った物体のように、ミーシャの体はバーサーカーの手からするりと抜ける。いや、本当に《
『
懐に潜り込んだミーシャは、バーサーカーの体に触れ虎の子の呪文をさく裂させる。それは《
相手に触れなければ行けない上に、効果時間は非常に短いという欠点だらけの呪文だが。対魔力以外では防げない強力な貫通力を持つ魔術である。
『
バーサーカーがスッテプを踏んでいる間に、詠唱は完成される。アーチャーが賭けに勝ったと確信した時に―――それは突然起こった。
――――城全体が闇に染まり空気が、いっぺんに凍りつく。
バーサーカー以外の全員の動きが止まる――存在を無視することができない圧倒的な
皆が一様にそこに視線を向ける。
――――そこに。
その“影”は立っていた。
この場にいるすべての存在はその影に支配されていた。
それは見たことのない何かだった。
知性もなく理性もなく、おそらく生物でさえあり得まい。
だが、その影は驚くべきことに、意思らしきものを持っていた。
影はゆらりと音もなく蠢き形を変える。影の一部が素早く伸び、獲物を見つけた蛇のようにその切っ先をバーサーカーとイリヤスフィールに向け――――
その突然の動きに、誰もが反応できないでいた。静止する空間の中、影だけが動いてバーサーカーとイリヤを包み込もうとしている。
「
いや、一人だけ動くものがいた。
――だが影は驚く速さで迫る。間に合わない、あと一歩か二歩が遠い。
「アサシン! 令呪によって命ずる! イリヤ様を助けなさい!」
そこに、ミーシャの令呪が飛ぶ。
その助けによりアサシンは間一髪黒い泥に立ちはだかり、そのままイリヤをアーチャーに向かって投げ飛ばすことができた。
だが、イリヤを襲うはずだったその禍々しい物体は、反動で動けないアサシンにそのまま襲い掛かる。
一瞬にしてアサシンとバーサーカーは体が赤い線を含んだ黒に染まりだす。
《
アーチャーの胸元でイリヤのバーサーカーを呼ぶ悲痛な声が、むなしく空気を震わせるだけだった。
「マスター、僕はここまでだ。すまない、結局こんな形になってしまった。
それと、すまないついでに頼みがある。
経験があるからわかるが、このままでは僕はこの黒い泥に取り込まれ同化されしまう、肉体を持たないサーヴァントでは多分逆らうことはできない。現に体が既に動かない――嫌な役目を最後に負わせてしまったみたいだね。
最後に……イリヤを頼む」
黒い泥に体を半分引きずれ込まれたアサシンは、最後の願いをマスターに請う。
「アサシンさん……わかりましたイリヤ様は私が責任を持ちます」
半分泣きそうな顔でアサシンの意思を受け止めたミーシャは、意を決して命ずる。
「令呪によって命じます……自害してください」
その瞬間、アサシンは強力な魔力により強引に動かされ、コンテンダーを自分に霊核に打ち込んだ。
生存スキルのないアサシンは、霊核を破壊されたことにより速やかに消えていく。
「ありがとうマスター……どうせ泡沫の命、消え去っても悲しむことはない。だが、最後にイリヤの命を救えた、それだけで意味があった。……さようならマスター、そしてさようなら士郎」
それがアサシンの残した最後の言葉だった。
「ミーシャ、悲しんでいる時間はないぞ。あれは危険すぎる」
言葉とは裏腹に沈痛な面持ちで、ミーシャに声をかけるアーチャー。
今二人にできることは、
怪我により半分意識を失いかけているミーシャ――《
「まったく。サーヴァントになってもあれの相手をする羽目になるとはな……。だが悲観する事ではないか。今回は摘み取れる可能性がまだ残されているのだから」
新た脅威を見定め決意を新たにするアーチャー。
そして城から離れる中、口の中にだけ響く声で別れの言葉を発していた。
「さようなら。爺さん」