Fate/DD night   作:ゆきざかな

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第28話:明日の空の向こうに

2月8日

 

 決行は2月9日の夜と決まった。

 

 その時に大聖杯――九分九厘そこにいるとキャスターとミーシャの弁――に乗り込み。操られた桜を救出するというわけだ。

 今すぐにでも助けに行きたいのは山々だが、相手は聖杯そのものだ。準備を怠ると軽く全滅するのは想像に難くない。

 明日の夜だって時間が足りないくらいだが、それ以上引き伸ばすと今度は聖杯が完成される可能性がある。

 ぎりぎりの判断というわけだ。

 

 ミーシャは、自室で縮小していた自分の呪文書(スペルブック)の大きさを元に戻し、それを引き出しにしまっていた。

 全ての呪文書(スペルブック)をしまい終わった時、部屋の外から声が聞こえてきた。

 

 声の発信源は衛宮邸道場、セイバーと士郎が朝の鍛錬を行っている。

 だが、士郎はあまり集中できてない、道場の端にいる赤い弓兵に気をとられているからだ。

 意を決して、士郎はアーチャーに話かける。

 

「何だよアーチャー。用があるのなら言ってくれ」

「これぐらいで気が散ってはまだまだだな。どれ私が鍛えてやろう」

 

 完全に予想できない言葉に士郎の動きがとまる。

 

「あぁ、私が鍛えてやると言ったのだ。セイバーの剣は素晴らしいが聊か正道過ぎる。

 そして前にも言ったはずだお前は作るものだとな」

「どういう風の吹き回しなんだ」

 

 士郎は不審に思って警戒心をあらわにする。当たり前だ、つい先日までアーチャーは衛宮士郎をそれこそ、親の敵のように憎んでいたのが丸見えだったのだからだ。

 

「何、少し自分の初心に掛けてみたくなったのさ。

 最初の晩、爺さんに説教を食らってしまってな。

 『迷ったときは、最初の自分に立ち止まる。それが初心を忘れた愚かな魔術師の人生唯一の成果さ』

 その言葉を今まで何度も反芻していた」

 

 爺さん――その言葉に士郎は目を見張る。そして答えのわかりきったことをアーチャーに問う。

 まるでそれが、大人になるために必要な儀式であるかのように――

 

「アーチャーお前の真名は――」

 

「あぁお前も薄々感じていただろ?

 決して相容れないはずなのに、決して目を背けられないお互いの存在。

 その理由(わけ)を。

 衛宮士郎が『正義の味方』になるために鍛錬を重ね、とある未来で百人を救うために世界と契約し守護者となった者。

 それが私、英霊エミヤだからだ」

 

 アーチャーは守護者になってからの自身の物語を語る。

 人類の滅亡の危機のたびに掃除屋として世界に呼び出され、後始末――関係者の皆殺し――を繰り返す日々。

 その永遠と続く苦しみから解き放たれる唯一の希望は、聖杯戦争に召喚され自身を殺すこと。

 そして、思惑通り召還され自分自身を消滅させる機会を伺ってきたこと。

 

「だが、それでも―――」

 

 その続きをアーチャーは飲み込む。

 飲み込んだのは『自分の人生は、間違いではなかった』という言葉。確かにアーチャー(エミヤシロウ)自身はその答えを見つけた。

 だが、衛宮士郎はこれから自分自身で見つけるべきだ。ここで答えを言うべきでないとアーチャーは思いとどまる。

 そしてアーチャーは、言葉の代わりに一組の剣を投影する。

 

「やってみろ衛宮士郎。もう既にわかっているはずだ。お前には投影(これ)しかないということを、ならば越えてみろ。

 今でなくてもいい、何時か越えてみせろ。

 その時には、英霊エミヤ()の二の舞にならないはずだ」

「ああ、判った必ず超えて見せる」

 

 士郎の投影は何度もアーチャーによって壊され。その度に投影しなおしアーチャーに向かっていった。

 それでも食らいつく士郎。何度でも受け止めるアーチャー。

 自分自身が相手という誤魔化しの効かない鍛錬は、道場の中で延々と繰り返される。

 セイバーは、何もいわずそれを眩しげに見守っているだけであった。

 

 

 

 居間で遠坂凛と合流したミーシャが、出かける準備をしながらそんな二人の様子を遠くから眺めていた。

 出かける先は遠坂邸。ミーシャの魔術礼装(マジックアイテム)が、200年間放置されていたことを思い出したからだ。

 遠坂凛が少し不機嫌なのは、今朝真っ先にアーチャーに自分の正体を告げられていたからであろう。

 

「そういえば今朝は、キャスターと話しこんでいたわね」

 

 昨夜のうちに引き払ってキャスター、葛木、慎二の三人も衛宮邸に移動してきた。

 最後の準備のためには、全員そろっていたほうがいいだろうと言う士郎の提案だ。

 ここまで増えたら、もう一人や二人増えても大差ないと家主も腹を決めたのであろう。

 

「聖杯を封印するための魔術礼装を頼みました。それと私の呪文効果の推察を聞いていました」

「ちょっと待って、いくらキャスターの道具作成でもそれは無理、魔力が足りない。

 完成しても燃料のないエンジンができるだけ、よそから引っ張ってくるしかな……そういうことか」

「はい、残りのパーツは私が補います。

 ですから、準備できる最高(9レベル)呪文二つのうち一つはそれで埋まります。

 そしてもう一つの候補も推察どおりの効果を発揮できると、キャスターさんからお墨付きをもらいました」

 

 成る程と凛は感心する。彼女自身はすでに戦術の当たりをつけていると言うわけだ。

 ならばこっちも負けるわけにはいかないなと闘争心に火をつける。

 

 

 

 遠坂邸をくまなく探して一時間ほどであろうか。

 地下室の奥まったところに鎮座する、少し小さめのチェストをミーシャは見つけて来た。

 

「これって魔術的に封じられていて開けられないやつじゃない。

 下手に開けて何か呪いとか発動したら困るし、お父様も放置していたのよ」

 

「ええ、それは私がかけた《秘術錠(Arcane Lock)》です。ですがさすがに呪いはかけてありません」

 

 とミーシャが触れると、そのチェストの引き出しは極々自然に開く。《秘術錠(Arcane Lock)》はそれを使用した本人のみ開けることができる魔術的な鍵を掛ける呪文である。

 もっともチェストごと壊せば解除できるぐらいの、強力ではない初歩的な魔術なのだが。

 そこからひとつの少々派手な服を取り出す。

 

「ちょっと……その服って」

 

 凛の顔が青い。心の奥底に仕舞いこみ鍵を掛け、百枚ほど二度と開けるなと書かれた封印札を貼り付けたはずの黒い記憶が蘇る。

 

「ええ【大魔術師のローブ(Robe of the Archmagi)】です。鎖帷子並みの防御力を持ち、対呪文抵抗や回避力を持つ最高級の魔術礼装です。本来は白一色のシンプルなデザインですが、作成者に無理を頼んで(お金を沢山払って)私の趣味を反映させてもらいました」

 

 そのローブは、上地は赤、下地は白のノースリーブショートドレス。アクセントは金色で、後ろには猫の尻尾がついている。

 肩口まである赤い手袋。ブーツも膝上の真っ赤なデザイン。そして頭につけるであろうネコミミ。

 俗に言う魔法少女そのものであった。

 そしてこの記憶にないはずのデザインは、凛のトラウマを激しく刺激する。

 

 そして、凛はミーシャの声を聞き覚えのある声だと感じたのか、完全に思い出した。

 口調がまったく違うためとセーフティースイッチが働いて、今の今まで思い出さずに済んでいたのだが、きっかけが出来てしまったらもう遅い。

 

 6年前、友達が激減した原因。

 みんなが集まる公園で、突如アイドルコンサートをやらかした。

 ”あの馬鹿杖を二度と使わないこと”ってメモ書きを作るハメになるほどの事態になった、あの忌まわしき魔術礼装。

 あの杖の声と同じであったのだ。

 確かそのステッキの名は――

 

「そういえば、この服を見て思い出しました。

 確かカレイドステッキっていう愉快型魔術礼装が、この家にあったはずです。

 そこに宿る人工天然精霊カレイドルビーを作るときに私の声をサンプルに、この服装を基本モデルに作成すると導師が言っていました。

 そのステッキが、まだ遠坂邸にある可能性も高いですね。それがあれば助けに――」

 

 その不穏な提案を神速で止める遠坂凛。

 

「やめましょう。存在が不明瞭なものを探しているほど、時間に余裕はないわ」

 

「え? でも、その魔術礼装はかなり強力で、確か第二魔法を用いて平行世界の自分をインス――」

「ミ・ィ・シャ・ちゃん――や・め・ま・しょう といっているのよ?」

 

 そこまで発言したときに、ミーシャの顔が恐怖で引きつる。小さな悲鳴を上げ、半歩たじろぎ壁にぶつかってしまった。

 そこには極上の笑顔で、この世の生き物とは思えない殺気と闘気を発する遠坂凛がいた。

 

 この恐怖は過去に一度だけ体験したことがある。

 ウォーターディープに突如乗り込んできた魔界の九大君主が一人、メフィストフェレス。

 悪魔の血を引く人間(ティーフリング)ドラゴンの末裔(コボルト)を仲間にした名も知れぬ英雄が撃退しなければ、町は壊滅したであろう大悪魔。

 

 確かに衛宮士郎の『あかいあくま』という表現は的を射ていた。いや、もはや『あかいだいあくま(アークデヴィル)』といったところだろう。

 

「さて、今度は私の作戦の番ね。当然ミーシャちゃんにも協力してもらうから。

 そっちの形式的(ルール)にかっちり決まっているけど効果が強力な魔術と、私の力の転換に関して汎用性抜群な宝石魔術を組み合わせてみるわ。

 とりあえず手ごろな大きさの物体を見つけたから、それを利用しましょう」

 

 表情を変えずに殺気だけを収めるその高等技に、ミーシャはうなずくことしかできなかった。

 

 

 

 

 夜も更けそれぞれが、自分自身の時間と明日のための休息に戻ろうとする頃。

 居間には二人だけ――セイバーと士郎の二人が居間の縁側に座っていた。

 かれこれ二人が座って十分ほどになるが、二人とも会話をしていない。

 ただ空に浮かぶ星を眺めているだけであった。

 

 声をかけるのは士郎。明日には決着がつくこの聖杯戦争。

 やはりセイバーの願いについては、もう一度話さないとなと士郎は決心する。

 

「セイバー。聖杯のこと何だけど――」

 

 だが士郎の言葉が半分も終わらないうちにセイバーが答える。

 まるで、士郎が何を言うの判っていて、それを待っていたかの様であった。

 

「ええ。シロウ、もう心に決めました。いえ、剣を取ったときから後悔していないと決めていた。

 そう、キリツグがアーチャーに授けた言葉、あれは私の心も穿った」

 

 それは最初の誓い。どんなに苦しくても戦い抜くという自分の意思。

 

 王として育ち、王として生きてきた。

 そこに間違いはなかった

 多くのものを奪い、多くの死を重ねてきた。

 その痛みに耐え、悔いることが失われたことの鎮魂に他ならない。

 

『やり直しなんて出来ないし、しても意味はないんだ』

 

 昨日の士郎の言葉がセイバーに染みる。そしてその問いかけに、セイバーは答えを出す。

 

「私はやり直す。でもそれは過去ではない。そう、今から私はやり直す。

 私に仕えてくれた人々の思いを無にしないために、この瞬間から、なしえなかった願いを、築いていかなければなりません。

 まずはキリツグに託された。シロウを頼むという言葉、それを全うしましょう。

 改めて誓います。聖杯戦争が終わるまであなたの盾になると」

 

 士郎もその答えを受け入れる。

 

「あぁわかった、俺はいつまでもセイバーの味方だ」

 

 そして二人の体が少しずつ重なる。そして二人の頭も少しずつ――――

 

「だめよセイバー。お兄ちゃんは私のものなんだから」

 

 それを許さぬと、冬の妖精(イリヤスフィール)が飛びこんできた。

 どこから飛び込んできたのかその勢いはすさまじく、士郎の体を引き倒し、その上に抱きつくような形となる

 

「どわーー! イ、イリヤ!」

「イリヤスフィール! なぜここに」

 

 士郎はかろうじて起き上がるが、イリヤは抱きついたままだ。そのやわらかい感触に士郎はおのずと赤くなる。

 セイバーがイリヤを離れさせようとするが、イリヤはすばやく士郎を盾に反対側に回り離れようとしない。

 

「ふーん。モテモテね衛宮君。もちろん私が参加しても問題ないわよね」

 

 そしていつの間にか後ろに陣取っているあかいあくま。

 笑顔のまま殺気を発するのがどうやら得意技となったようだ。

 

「おい、遠坂! からかうのはよせ」

 

 さらに邪悪な笑みとともに士郎にくっつく凛。こうなると事態は収拾しようがない。

 

「イリヤスフィール離れなさい」

「いやよ。お兄ちゃんは、私と一緒にいたいんだから。だから凛も離れなさい」

「へぇ~、衛宮君は女の子にこうされたいんだ」

「エミヤ様! なんと言う破廉恥な! 即刻イリヤ様から離れなさい」

「うん、リズも遊ぶ」

 

 いつの間にか加わるセラとリズ。

 かくして出来上がるのは、衛宮士郎を中心にして、五人の女性が周りを追い掛け回す無限回廊。

 完全に女性陣の玩具と化した士郎の絶叫は、いつまでも響き渡る。

 

 

 そのドタバタ劇を道場前から眺めるのは、間桐慎二、ミーシャ、ライダーそしてアーチャー。

 とりあえず最後なのだから親睦も深めてと、いうミーシャの提案で集まったあぶれ物組み達だ。

 キャスターは明日の準備で今も大忙しで、葛木はそれに付き添っている。

 話す話題もさして無く盛り上がりもかけるまま、他人の喜劇を観戦している状態だ。

 

「まったく、明日は決戦だというのに騒がしいことだな」

「仲が良いのはいいことですよ。

 それで、アーチャーさんは結局誰と恋人になったのですか?」

「―――ッ! 君も言うようになったではないか」

 

 さしものアーチャーの皮肉屋ぶりも、ミーシャの惚け気味の受け流しには余り効果がない。正体がばれた後でなおさらだ。

 どうにも女性相手には分が悪いのは、自身に女難の相があるのではないかと、アーチャーは嘆息する。

 その間、ずっと黙っていたライダーが初めて口を開く。

 

「シンジ、あなたも戦いに参加するというのは変わりませんか?」

 

 その問いに、間桐慎二は普段と同じように憎まれ口を叩く。

 

「はぁ? あたりまえだろライダー。どんくさい妹を助けるのは、兄の役目って決まっているんだからさ。

 ちょっとぐらい魔力が高いからって、桜は桜だろ?」

 

 口は悪いが、桜の身を案じているのには変わりない。

 何年も慎二と共にしてきた鼻持ちならない性格は、なかなか変わらない。

 が、少しずつ変わっていくものもある。

 

 何年もの間ずれていた二人だ。すぐに溝は埋まりようがない。

 兄が妹を憐れんでいたと思っていた。だが現実は妹が兄を憐れんでたという、歪んだ天秤。

 傾きすぎて、破滅への転落しかありえないように思えたその天秤も、お互いの立場が同じ魔術師(対等)となることで何とかギリギリ保っている。

 だけど必ず克服するとミーシャは信じている。

 それにしても――とミーシャは最初の出会いを振り返る。

 

「シンジの最初の印象は、非常に嫌らしい笑顔で馴れ馴れしくて、その上べたべた触ってきて、最悪でした。

 その時はまさか弟子にするとは思いもよりませんでした」

 

 ライダーも何か琴線に触れたのか、その発言に乗ってきた。

 

「ミーシャ、気が合いますね。私もシンジの印象は今でも最悪です。

 仮にビルの屋上でセイバーと戦う状況があったのなら、セイバーもろともシンジを宝具でビルごと攻撃していたと思います」

 

 突然の女性二人のこき下ろしに、慎二が抗議を上げる。

 

「ちょっと待ってくれよ、僕が何したっていうんだ。

 おいアーチャー、お前衛宮なんだから僕の親友だろ? 少しはフォローしろよ」

 

 慎二に難題を押し付けられたアーチャーは、ペースを取り戻しいつもの皮肉屋に戻る。

 

「流石に自己分析能力が壊滅的と言わざる得ないぞ。間桐慎二。

 全く、なんで親友になったのか我ながら理解に苦しむな」

「おい! なんで僕がいじられ役なんだよ! こんなのは僕のキャラじゃない!」

 

 アーチャーはそんな慎二の悲鳴をバックに、星空を見上げて想察する。

 確かにこの世界は自分自身の過去と全く違う。

 少なくとも間桐慎二が、聖杯戦争中に味方になることはなかったし、エルフの魔術師も居なかった。

 そしてあの人がサーヴァントになることも。

 

 だからこの世界の聖杯戦争が、どのように決着がつくかはもう判らない。

 だが、これだけは言える――すべては明日だと。

 そして、それは自分の過ごした世界よりも、よりよい結果になると信じよう。

 

 今日の冬木の星は一段と輝いて見えるなと、アーチャーはしみじみと感じていた。

 

 

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