2月9日
ここは円蔵山の地下に広がる大洞窟へつづく、山の森に隠された螺旋階段。
それを100メートルほど下りたところか。
その暗黒が支配する奈落の中、いくつかの明かりを元にうごめく人影が数体。
セイバー、アーチャー、ライダー、衛宮士郎、遠坂凛、間桐慎二、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、そしてミーシャの8人である。
キャスターは出発直前まで、ある魔術礼装の作成で徹夜作業を行っていたため、戦闘に参加する状態ではない。
葛木もキャスターの警護のため不参加である。
そういうわけで、戦闘能力のないセラと稼働時間に規制があるリズとともに、衛宮邸の守りについていてもらった。
「ここで階段は終わりというわけか」
先頭を歩くアーチャーが、永遠と続くかに思われた地下への沈下の終焉を知らせる。
幅は学校のグランドほど高さは10m程度の通路。ヒカリゴケらしき緑の光で、ぼんやりと照らされている中通路といったところか。
ミーシャが言うには、ここを更に歩くと大洞窟に出るという。
その案内するミーシャの服装は、赤色のドレス。昨日遠坂邸で発掘してきた彼女の
だが、ここで遠坂凛が立ち止まる。
手に何か方位磁石みたいなものを持ち、それをじっと厳しい顔で眺めたままだ。
「遠坂、どうしたんだ?」
その様子に士郎が声をかけるが、凛はその問いかけに答えない。
その代わり立ち止まったまま、階段の出口をにらみながら懇願する。
「ゴメン先に行っていてくれる? 用事をちゃっちゃと終わらせてから追いつくから」
その何時も余裕見せる凛にしては、いささか重苦しい雰囲気をまとっている姿に、誰も何も言えない状態になる。
その重苦しい雰囲気が場を支配しかけたとき、二人が声をかける。
「判った、事が済んだら来てくれ。あとくれぐれも気をつけてくれよな」
「単独行動するのでしたら、強化呪文をかけますね」
士郎が承諾し、ミーシャが支援を申し出る。
そしてミーシャは呪文を唱えるために傍によると、凛にだけ聞こえるようにささやく。
「やはり来るのは彼ですか?」
その問いに凛は、まあわかっているかという表情をする。
「はい、それはどう見てもサーヴァント向けではありませんから」
ミーシャは凛の懐に目を向ける。そこに隠すのは昨日二人で用意した秘手。
といっても、こけおどしの類に過ぎないが、人間相手にはそこそこ役に立つであろう。
「少し弱気なことをいうとね。心の底ではアサシンが言った事が、間違いであって欲しかった。
でも、来るんだったら覚悟を決めないと」
「では、取って置きのダイアモンドの粉を使いましょう」
とミーシャは凛に《
すると力場の鎧が凛を包み、凛の皮膚が石のように硬くなる。
「取って置きって――そのダイアモンドの粉は、私が用意した奴じゃない。
結構したんだから、強力な効果じゃなかったら怒るわよ」
と微笑みながら軽口で返す凛の態度にミーシャは、思ったより冷静なので大丈夫だと安心する。
◆
凛を入り口に残したまま緑の薄闇の中を進む。
どれぐらい進んだであろうか通路は突然終わる。そして、そこは息を呑むような光景が広がっていた。
果てのない天蓋と奥に見えるは黒い太陽。
キロ単位に及ぶ広大な空間は、洞窟などではなく荒涼とした大地そのものだ。
――その光景の中に、一際目立つそれはいた。
金色の鎧で身を固め金色の髪を逆立たせた男。それが持つ赤い目は、サーヴァントですら恐怖を感じるほど冷たい光を放っていた。
いや、衛宮士郎は見たことがある。聖杯戦争が始まる直前桜に話しかけていた人物だ。
服装も違うし髪形も違うが、あの赤い目だけは見間違えるはずがない。
そして、面識のある人間がもう一人。セイバーが信じられないといった表情で言葉を漏らす。
「あなたは……アーチャー?」
セイバーは彼をアーチャーといった。ならばサーヴァントなのであろう。
だがアーチャーが二人存在することにみなが当惑する。もとより八人目のサーヴァントなどありえない。
そしてそのもう一人のアーチャーは、その当惑など一顧だにせずセイバーに対して親しげに話す。
「久しいなセイバー。覚えているか、
早く
この世界で。共に二度目の生を謳歌しようではないか」
その傲岸不遜な物言いと要求を当然といった風に開帳する。
「何だその顔は。いまだ覚悟が出来てないというのか?
あれから10年だぞ。
すでに心を決めても良いころだが―――ああ。もっともそれは
まったく、男を待たせるとはたわけた女だ」
呆然としていたイリヤがポツリともらす。
「うそ、あなたサクラに飲み込まれたのに、何でここにいるの?」
その問いに金色のサーヴァントは鼻白む。が、すぐさま口角を上げて語りだす。
「戯けが、造花ごときが下らぬ疑問を唱えるな。まぁいい、今は
その下らぬ問いに答えてやるから、寛大な
さらに金色のサーヴァントは上機嫌になり、滔々と講釈する。
「言っておくが、不完全なシロモノで
10年前の聖杯の泥ですら、
蛆虫の操るしかも突貫作業で作られた聖杯もどきなぞ、語るにもおこがましい。
覚えておけ雑種ども。
その男の大言壮語としか思えない言葉に、誰も口を挟まない。
ここにいる全てが直感的に理解する。あの男の言っていることは紛うことなき真実なのだと。
そして、アーチャーと10年前という単語で、彼がどのような存在か推察できる。
その正体は第四次聖杯戦争時の遠坂時臣に呼び出され、途中で言峰綺礼に鞍替えしたサーヴァント、アーチャー。
そして、悪に穢れた聖杯の影に二度飲まれたが、その都度意思ひとつで抜け出したというわけだ。
途方もない――この男の能力どころかその自我は、サーヴァントの常識をはるかに超えている。
その存在が表す意味は、絶対的な死。かの者が望めば圧倒的な力で、士郎たちはすぐさま殺され尽くされるだろう。
「それと、雑種どもや人形には興味はない。早々に聖杯に挑んで敗れ去ればいい。
先ほど言ったとおり
そんな。周りが自分を畏れる状況に気を良くしたのか、彼にとってはいささか温情のある言を吐く。
だが、ミーシャを見るとその金色の人物は目を細めて、僅かながら怒気をあらわにする。
「いや、そこの
お前も残れ、
「200年前の……まさか、あれはただの力の塊だったはず」
ミーシャは信じられないといった顔をする。
200年前に自分が異空間に投げ出された原因となる、制御できなかったあの魔力の塊。
その元の英霊がサーヴァントとして目の前に存在し、あまつさえそのことを認識し記憶しているというのだ。
そして他の皆の緊張がいっせいに高まる。
セイバーだけでなく、ミーシャもむざむざ差し出せと言い出した。しかも理由が処刑するためとは看過するわけにはいかない。
不意をつければ倒せるのでは? という目算で士郎が皆に目を向けるが、セイバーが首を振る。
「あのサーヴァントの能力は異常です。大人数でかかれば勝てるというものではありません、寧ろ多いほうが逆に不利になります」
その煮え切らない様子に、金色のサーヴァントは愉しげに催促する。
「どうしたセイバー。
いつまでも応えないのは無礼であろう?
それとも―――
セイバーは判断する。彼の操る宝具は広範囲かつ高速に飛んで来る恐るべき代物だ。
サーヴァントはもとより士郎や慎二がいては守りきるのは難しい。と、ならば今こそ盾になるべきと。
セイバーは少数精鋭の突破力のほうが望みは高そうだと、ミーシャを見る。すると、彼女は何も言わず微笑を返して来た。
その返答に心の中で感謝の弁を述べながら、セイバーは金色のサーヴァントに提案する。
「わかりましたアーチャー。私とミーシャは残ります。ですから他の皆は――」
ミーシャがそれに合わせセイバーの横に移動する。彼女の動きには一切の迷いがない。
「許す。雑種の動向など一々気にしていては身が持たぬ」
それに対し、士郎は抗議を上げようとするが寸前で思いとどまる。
昨日の夜に、あそこまで誓ってくれた自分のサーヴァントの決意を汲むべきだと。
そして、その決意に躊躇もせずについていく、彼女の献身にも応えるべきだと。
皆も何も言わない。セイバーとミーシャの判断に従うようだ。
ミーシャのサーヴァントであるライダーも、無言のままマスターに会釈をするのみ。
ならば、自分のサーヴァントを信じよう。だから、かける言葉は信じている事を伝えるだけだ。
「わかった、待っている」
その短い言葉にすべての思いを託して、士郎たちはこの場を後にする。
金色のサーヴァントはそれを興味なさげに一瞥して、セイバー達を見やる。
「おおかた自らを囮にして引き付けておいて時間を稼ごう、という腹積もりであろう。
だが、それは浅知恵よ。お前を屈服させたあとはお前以外の全てのサーヴァントを滅ぼし、聖杯でお前を受肉させてやる」
「いえ、アーチャー。ミーシャと二人であなたを倒して合流する。
それだけのこと」
彼にとって不遜ともいえるセイバーの態度対し、さも愉快そうに笑い出す。
「反抗する態度も
分らず屋の女を力でねじ伏せて、屈服させ思い知らせるのも一興。
――まずはその女を屠ってやろうぞ」
と嘲笑の笑みをたたえたまま死刑宣告を行うが、黄金のサーヴァントは腕組みをしたままだ。
だが、背後の空間が歪んで現れるは一つの槍。駆け出し魔術師でも感じ取れるほどの強力な神秘を纏いし豪奢なる槍。
それを見てセイバーは緊張を高めながら、ミーシャに語りかける。
「ミーシャ、忠告します。あれは一つだけでは在りません。あのクラスの武具を大量に、そしてほぼ無限に射出できます。
ですが今はアーチャーは、完全にこちらを見下しています。
私の防御の上を少しずつ突いて。あなたを嬲り殺すつもりでしょう」
セイバーの説明は、ミーシャの運命。その逃れられない絶対なる死の運命を宣言している。
だが、勝つ、いや生き延びるにはその先の希望に縋るしかない。
ミーシャは防御呪文を準備しながら、死の呪いを払う祝詞のようにセイバーに語りかける。
「これでは、折角の【
「「勝ちましょう」」
かくして、二人は最悪のサーヴァントに立ち向かう。