Fate/DD night   作:ゆきざかな

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第31話:復讐するは我にあり

「――――――、Anfang(セット)

 

 ピリピリとした空気の中、最初に動いたのは遠坂凛。

 凛は後ろに飛びのき距離を離しながら、指先を言峰綺礼に向ける。凛の得意とする呪術ガンドだ。

 普通は気分を悪くさせる程度の呪いだが、凛のガンドはそれを物理的な威力を持つまでに魔力密度が強化されている。

 

 だが、その魔弾が通り抜けるのは、綺礼が一瞬前にいた場所だ。

 すでに綺礼は間合いをつめ、凛を攻撃範囲に収めている。

 手刀が凛の首筋を狙うが、軌道は虚空を切り裂くのみだ。綺礼は本気ではなかったが軽くはない攻撃を外された、その違和感に気づく。

 

「なるほど。反発力を纏う防御魔術というわけか、単純ながら、いや、単純が故に効果てき面ということだな。

 だが――

 力場の鎧を纏っているのならば、そう動けばよいだけだ」

「――――Sechs(六番)……! ――――Gros zwei(強化)……!」

 

 綺礼は先ほどよりも少し本気で、拳を叩き込もうとする。負けじと凛は取って置きの宝石を消費し、肉体の強化を行い迎え撃つ。

 二度、三度、四度―――目にして凛の防御をかいくぐりその頭に拳を叩き込むが、その感触は固い。

 

「さらに皮膚硬化の魔術とは恐れ入ったな。しかも私の攻撃の威力を全て削ぐとはずいぶん強力な魔術だ。大方あの妖精のものであろう」

「ふん! スポンサーは私なんだから」

 

 凛は投資した金額に見合った効果を実感する、確かにこれは強力だ。

 だが、所詮は防御呪文、先ほどのやり取りから綺礼の方が数段、いや数倍格闘能力に優れている。

 しかも凛の拳法の師は綺礼である。こと格闘戦については、奇手奇策などの誤魔化しは利かない

 ならば、効果が切れたらそれで終わりだ、この呪文はある一定のダメージを引き受けると消滅してしまう。

 それでなくても、強力な攻撃は防ぎきれないで貫通してしまう。

 つまり凛の敗北は、いつ訪れるか以外は必然の事項となっているのだ。

 

 

 そして数分後その時を迎える。

 百は優に越える拳の交し合いのうち、十数度は凛は防御を仕切れずその身に受ける。

 そして、その十数度の攻撃は防御呪文でしのぐが、最後の一際強力な肘撃ちが凛のわき腹に綺麗にヒットし、完全な急所攻撃となったのだ。

 

「うっ―――くはぁっ!」

 

 その会心の一撃(クリティカルヒット)が石肌の防御を貫通し、凛の肺の空気を全て吐き出させる。

 そしてそのまま後ろに吹き飛ばされ、地面に倒れ伏す。

 

「いくら防御呪文と身体強化で身を固め力を補おうと、元代行者と一対一で渡り合えると思われるとはな。いささか、舐められたものだ」

 

 綺礼は攻撃の手をやめる。このまま倒してしまっても構わないが、かわいい妹弟子の最期をあっさり決めてしまってはもったいない。

 感情を揺さぶり、怒りを募らせ、憎しみが最高潮になった瞬間、その心ごと摘み取ればどのような表情で逝ってくれるのか。

 凛に目を向けたまま、綺礼は残酷な笑みをたたえ口を開く。

 

「そうだな、昔話をしよう。師を害した日の話だ。

 あの日、冬木市を出立の挨拶という名目で遠坂邸に訪れた。

 そうすると時臣師は私に敷居をまたいで話をしようと促してきた。

 そして、応接間で師は私に見習い過程修了のしるしとしてアゾット剣を送ったのだ」

 

 話しながら倒れている凛の腹を踏み潰す。常人なら内臓破裂しそうな勢いの打撃だが、硬化した皮膚が守ってくれる。

 

「う……ぁ」

 

 それでも僅かながら衝撃は抜け、凛の口から悲鳴とともに少量の血が漏れる。

 だが、それでも凛の目は毅然と綺礼を睨み続け、闘志は一ミリも衰えてない――いや、さらに増していることを主張する。

 綺礼は凛を踏みつけながら話を続ける。

 

「そう、私が師を殺そうと思い出向いた先に、その師が家中に招き入れ剣を賜り、あまつさえ背中を曝け出す。

 まさにそのような偶然が起こるなどそれは運命ではないかと。

 そしてそれが運命ならば、それはなんと人の思いをいとも裏切り踏みにじるものなのだろう」

 

 体をねじり踏みつけから逃れようとする凛。そのわき腹を綺礼は蹴り飛ばす。

 もうすでに力場の鎧の防御など見切ったも同然という風に、的確に綺礼の脛が凛の脇腹に命中する。

 

「――くっ」

 

 蹴られた凛は、短いうめき声を上げながら、体を横転しかろうじて立ち上がる。

 そしてその攻撃により、体の皮膚を守っていた魔力が拡散していくのが感じ取れる。

 《石の皮膚(Stoneskin)》の効果のお陰でダメージは軽く済んでいたが、それも種切れだ。

 次の攻撃は致命傷となるだろうが、それでも凛は構える。

 凛は心の中で吼える。ここが勝負どころ、ここで倒れたらなんの為に耐えてきたのか判らなくなると。

 その妹弟子の意外なしぶとさに、綺礼は素直に賞賛を送る。

 

「―――そうだ

 その程度の気概がなければ話にならん」

 

 さらに火を注ごうと、綺礼は凛の父親の最期の瞬間を語る。

 そう憎しみを掻き立てる為に、じっくり丁寧に悪辣に貶めて伝えよう。

 

「殺すのは簡単であった。何せ師の傍には師のサーヴァントが霊体化していたから、何の警戒心も持っていなかった。

 だが、そのサーヴァントはすでに私に付いていたのだ。

 もっとも、サーヴァントがそばに居なくても、警戒していたかは疑わしかったがな。

 そして刺された師は、その死の瞬間まで事態を理解することなく、途方に暮れたままであった。

 三年の間付きっ切りだった弟子の性根も結局看破できず、自ら危機を招き何も知らずに死んでいった。

 そうだな君の父君は『愚鈍』といわざるを得ない」

 

 その言葉を聞くと凛は懐から小型の拳銃(ワルサーPPK)――アサシンがRPG-7とともに用意していた――を取り出し、綺礼に銃口を向ける。

 

「―――綺礼! ―――それ以上、お父様を侮辱することは許さない! 許さないんだから!」

 

 凛は目を見開き叫び声を上げ、完全に冷静さを失ったかに見える。

 綺礼はしくじったと思った。

 凛の精神はもっと強かったと踏んでいたが、これぐらいで激高し我を忘れるとは思わなかった。

 御三家の遠坂家党首が拳銃とは、流石に見ていられない。

 

「失望したよ凛。これぐらいで理性が吹き飛ぶとは」

 

 ならばこれ以上遊んでも面白くならない、壊れたおもちゃは早々に廃棄するとしよう。

 綺礼はため息とともに凛に駆け寄る。既に興味は失われたため動きはともかく、心には覇気がない。そのため全てが僅かに後手になる。

 そうこの時綺礼は、ガンドと同じ程度の威力しかない拳銃をなぜ凜が携帯しているのか、少し気を向けるべきであった

 

 その綺礼の動きに合わせて凛は引き金を引こうとするが、素人の射撃に元代行者がむざむざ当たるわけがない。凛の向ける銃口の向きを見切り、難なく伸ばした黒鍵で銃弾を防ぐ。

 

 ―――防ぐ筈だった。

 

 だがこれこそが凛の秘手、弾頭には最後の呪文が用意されていた。

 

Abzug(消去)

 

 その呪文の波動に調整していた宝石の魔力を、小声で開放しながらその魔弾を撃ち込む。怒り狂ったような叫びと態度はこれをカモフラージュするためだ。

 内心はともかく、凛の頭は冷静そのものであった。

 

 その呪文は万物を他の万物に変化させる、《物体変身(Polymorph Any Object)》である。

 効果時間さえ考慮しなければ、小石を人間に変身することすらできる究極の変身魔術だ。

 かくして弾頭に凛の火の魔術で溶接された数ミリの鉄玉が、発射とともに宝石魔術により解呪され元の物体に戻る。

 

「な――――!!!」

 

 解呪された物体が、超高速の錐もみ状態で綺礼に襲い掛かる。それは昨日凛が見つけた、川岸に放置されていた自動車――ロングボディの4ドアセダンである。

 拳銃の弾だと思って躱していた綺礼に、それを避けきることは不可能であった。

 いや、拳銃から高速で自動車が飛び出してくるなぞ、まともな感覚なら思いもよらない事態である。

 

 それでも、常人には図り知れない反射速度で直撃を回避を試みるが、左腕にそれが激突する。

 左腕を回転に巻き込まれた綺礼は、一瞬にして吹き飛ばされ、肩から先を千切りそのまま自動車とともに壁に叩きつけられる。

 凛は迷うことなく綺礼に飛び込み、止めの武器を取りだす。

 持ち出すはアゾッド剣。それを綺礼の心臓に突き刺し最後の呪文を唱える。

 

「“läßt”――――!」

 

 剣はその開放の呪文により、綺礼の胸を吹き飛ばしそのまま砕け散って消滅した。

 綺礼はそのまま糸の切れた人形のように崩れ落ちて、そして何かを思い出したように語りだす。

 

「そうか、凛。アソッド剣は10年も前に私が気まぐれで、お前に渡したのだったな。

 ―――なるほど。私も小娘の下手な演技も見破れないほど、衰える筈だ」

 

 凛は口を開こうとしない。その剣がすべての答えだ、といわんばかりに見下ろしている。

 

「師を刺した剣でもって、師の娘に刺される。

 そんな陳腐な因果応報が私の最期とはな。だが事実は事実、やはり運命なぞそんなものだったと納得するしかあるまい」

 

 言峰綺礼は最後の力を振り絞りそう言い終えると、どこかしら満足げな表情で目をつぶる。

 ――そしてその冷徹な瞳は、二度と開くことはなかった。

 

 しばしの沈黙の後、凛は大洞窟に向かって歩き出す。士郎たちが戦っている今、感傷に浸っている時間も惜しい。幸い致命傷は受けていないから、歩きながら治療はできるだろう。《石の皮膚(Stoneskin)》様々といったところか。

 

「さよなら綺礼。お父様に対してしたことは絶対に許せない。けど後見人としての綺礼には、少しは感謝しているんだから」

 

 振り向き際に語りかけた妹弟子の言葉は、当然言峰綺礼の耳に届くことはなかった。

 

 

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