Fate/DD night   作:ゆきざかな

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第35話:わが愛を星に祈りて

「おお―――――」

 

 

 クレーター脇、その地面から地獄の底から響き渡るかと思えるほどの不気味な音がかき鳴らされている。

 それはまるで、この世の苦しみを一つに集めたような亡者の鳴き声のようであった。

 

「おお――おお、おお――――オ―――」

 

 ミーシャが抱いている蠢く肉塊が、その音の発する元である。

 その肉塊は間桐臓硯――哀れなことにこれが五百年生きた妖怪の成れの果ての姿だ。

 桜から取り出された際に傷つき修復不可能になった本体が、それでも元に戻ろうと形を作ろうとしているのだ。

 

 取り出した臓硯の本体がミーシャの手の中で大きくなりだしたときには、セイバーが剣を抜きとどめを刺そうとした。

 だが、ミーシャは静かに首を振りそれを制止した――もう長くはない――と。

 

 必死に生をつなげようと空間に充満する魔力をかき集め肉体を生成し、避けられない死を認めようともせず抗い続ける意思。

 その思いはただ一つ。

 

「――――死にたくない――――」

 

 それがこの肉塊を唯一支配している物である。そしてあろうことか、その形を持った情念は未だ聖杯に向かって動こうとしている。

 立ち上がろうとするも足は崩れ、這いずろうにも手は形をなさず。ただ生まれては消える肉片を生産しているだけの存在。そしてその命の火も消えようとしている。

 ミーシャがいたたまれない表情でその腕の中に蠢く肉塊を見守っている。

 臓硯はその視線を意に介さず、ただただ羨望と願望の入り混じった眼差しを聖杯のほうに向けている。

 

 他のものはその激しくも醜い姿に、誰もが動けないでいた。そこに鈴の音をかき鳴らしたような声が響き渡る。

 

「そこまで変貌したか、マキリ―――」

 

 臓硯に向かってイリヤが言葉をぶつける。その普段のイリヤの姿からは考えられない荘厳に満ちた物言いに皆が息をのむ。その言葉を発しているのはイリヤであってイリヤでない。

 それは、イリヤの中に敢然と生きているユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンの記憶である。

 イリヤはその記憶を浮かばせ、湧き上がる情動のままに臓硯に問いかける。

 

「問おう、わが宿敵よ。汝は、なぜ死にたくないと思ったのか」

 

 その言葉に臓硯は思い出す。いや彼女(ミーシャ)が戻ってきた日以来思い出しそうになるのを必死に押さえつけていたもの。

 そう、彼女たちと一緒に夢見たあの200年前の約束。ただ一つの理想。

 

 ――この世、全ての悪の廃絶。我らは、かなわぬ理想に命を賭していた。

 だから、生き続けた。同志を犠牲にし仲間が先に逝っても尚も生にしがみついた。

 その理想に比べれば寿命で死にたくないなんて何とも、ちっぽけな存在なのであろう。

 

 あぁそうだ、自らの寿命が尽きればただ託せばいい。たった一人の世代で完遂させる程度の理想を掲げたつもりで無かった。

 どこでこの道を間違えたのであろうか、それはもう今となっては解らない。

 遅すぎたかもしれないが、それに気づいたならば速やかに退場しよう。

 

 それでも、肉塊に空いた裂け目から魔術師としての自分の口惜しさと生への執着を漏らす。

 それは間桐臓硯の200年希望と失望を繰り返した苦しみに根差した。容易に払拭できない恨み節であったのであろう。

 

「――――だが無念よ。いや、あと一歩だったのだがなあ」

 

 その時、ミーシャはその懐の崩れに崩れもはや人の形を成さぬ塊を静かに抱きしめる。

 そしてほんの少しの間愛おしげに見つめると、呪いの言葉を封ずるかのようにミーシャは唇をゆっくりと重ねた。

 その瞬間(とき)その肉塊は動きを止め――そして少しずつ崩れていく。それは悔いの無い人生を歩んだ人の死に際のような、そんな顔に見えた。

 

「そうじゃのう、無念まみれの人生でも妖精の祝福で逝く最期なら。それで良しとするか――」

 

 それが、マキリ・ゾォルケンの最後の声だった。

 執念を帯びた肉塊は生きることに満足し、ほどなく霧散して大洞窟の闇へと消えていった。

 何もない腕の中の空間をミーシャはただ悲しみと慈しみを帯びた目で見つめるだけであった。

 

 

 

 しばらくの沈黙の後、イリヤの声が静寂を破る。先ほど持っていた威厳は綺麗に雲散霧消して屈託のない少女そのものだ。

 

「今度は私の出番。この太陽は私が封じるから任せてね」

 

 突然の発言に虚を突かれた皆を横目に、前へ出ようとするイリヤ。

 その通り道を塞ぐのは一人のエルフ。その瞳にはそれを絶対阻止するという強い意思が明らかだ。

 

「ミーシャ、何で止めるの? これは小聖杯として作られた私の役目。それにもうあまり時間がない、あと一時間もしたらこの世全ての悪(アンリマユ)は生まれてしまう」

 

 イリヤの指さす受肉しかかっている聖杯は、いよいよ脈動を始め殻が巻き付きだしているまるで心臓の鼓動とそれを取り巻く肉体のようだ。

 だが、ミーシャは断固として譲らない。そこには託された約束があるからだ。

 

「それではイリヤ様は聖杯と一体になり、この世界から消えてしまいます。それだけは絶対に見過ごすことはできないのです。

 なぜならイリヤ様を頼むといわれましたから。『イリヤ様に幸せな人生を送って欲しい』それが、アサシンさん――衛宮切嗣――の親としての願いですから」

「キリツグが?」

 

 イリヤはその人物の名前を聞くと複雑な表情になる。怒ったような悲しむような寂しいような、本人自身どのような顔をしてよいのか未だ掴めてない様子だ。それはイリヤの父親に対する想いそのものを表しているのだろう。

 その人物の名前に思考の挟間に陥ったイリヤに士郎が後押しをする。

 

「なぁ、イリヤって、義父(オヤジ)の娘なんだろ?

 でも十年前からずっと爺さんは俺のところにいた。

 だからその代わりといっては何だけど、俺にその埋め合わせしてくれる時間をくれないか?

 それに公園でまた遊ぼうって約束しただろ。

 それに何と言っても俺はイリヤが好きだ。いなくなったら悲しくなる」

 

 相変わらず恥ずかしいことを素のままに口に出す士郎。だがそれが士郎の長所なのだろう、その虚飾のない言葉に打たれたイリヤは一旦取り下げる。

 

「お兄ちゃん……わかった。でもほかの手段はあるの?」

 

 凛のコートを羽織っている桜が複雑な顔をしているのは、少女が犠牲になることが回避されたことの嬉しさと未来の恋のライバルの誕生を憂いたためだろう。

 凛も少々むっとして、セイバーは無表情だが少し青筋が立っているように見える。

 過去の自分の女難っぷりに、やれやれといった感じで流したアーチャーは話を先に進める。

 

「では、他の手段を模索するとしよう。まぁセイバーの約束された勝利の剣(エクスカリバー)で吹き飛ばすのが一番現実的な手段といえるが――」

「それはだめよアーチャー。本来の小聖杯で作られた門としての聖杯ならともかく。マキリのまがい物で、さらに受肉しかかっているこの聖杯じゃ10年前の以上の被害になるから」

 

 そこに妙齢の女性の声が割って入る。見るとキャスターと葛木宗一郎の姿が見える。

 

「あら?キャスター無理しなくていいのに、見ての通りあなたが来る前にちゃっちゃと片付けたんだから」

「少し休んだから大丈夫よ。

 いくら戦線離脱していたからって任せっきりで待っているというのもばつが悪いものね。

 だから、来てみたのだけど指摘通りちょっと遅かったみたい」

 

 そんなキャスターに対し彼女独特の勝利の報告を行う凛。キャスターもそんな凛に普段通りの調子で受け答える。

 どうもこの二人は魔術師としてのライバル心というものが、ほんの少しあるようだ。

 

「キャスター、ではどうすればいいのだ?」

 

 アーチャーが当然の疑問を出す。それに対しキャスターは半ば呆れた顔で答え、ミーシャがそれに続く。

 

「あのねぇ、なんで私が徹夜したと思っているのよ。そのために決まっているじゃない」

「はい、聖杯の存在を完全に終わらすためにキャスターさんに無理を言って作ってもらったのがこれです」

 

 ミーシャは一つの魔術礼装を懐から取り出す。それは、手のひらに収まるほどの小さな黄金でできた杯。

 だが、それを使用する前に最後の確認をキャスターは行う。

 

「でもいいの? それはあの黒い太陽の中からじゃないと使用できない。

 貴方から聞いた封印方法からすると、内側から扉を閉めるようなもの。

 そうあなたが二百年前に体験した事故、あれの再現となるの。つまり使用者は聖杯の扉の中、根源との挟間に落ちてしまう。

 一度彷徨ったことがあるあなたならわかるでしょう? あそこは世界の外、あなたの呪文じゃ戻れない」

 

 その冷徹な指摘に士郎と慎二の抗議の声が上がる。だがミーシャの決意は揺るがない。

 

「ええわかっています。わかっている上で選択したことですから。

 イリヤ様が役目と言いましたが、私は途中までとはいえ聖杯作成に携わった身。

 もうほかの三人はいません――ならば最後に残された私がその役を請け負うべきでしょう。

 それにそこ(挟間)には一回行ったことがありますから、一度行くのも二度行くのもそう違いはありません」

「だからって、イリヤの代わりにミーシャがいなくなるんじゃ意味がない」

 

 誰も犠牲になって欲しくないと考えている士郎としてはそれは当然の考えだ。

 

「私も犠牲になる気はさらさらありません。挟間から帰還する算段もしっかり考えています」

 

 と、ミーシャは視線をシンジに向ける。そしてゆっくりと噛み締めるように一言一言、師匠として最後の言葉を残す。

 

「シンジ、卒業試験です。

 私の呪文書はすべて部屋の引き出しに置いてあります。それは今から全部あなたのものです。

 そこに記述している全てを修め、そして私を挟間から呼び出す呪文を開発してください。

 それが出来たらあなたは晴れてブラントの名を継ぐ魔術師です。

 大丈夫、シンジの才能は私よりも遥かに上です。努力を怠らなければ必ず私を超えると確信しています」

 

 師匠の最大限の信頼と期待を向けられた慎二はしばし我を忘れ。そして、士郎は隣の遠坂凛に説得の協力を仰ごうとする。

 だが凛の反応は士郎の期待に反するものであった。

 

「わからないの? 魔術師が自分の運命を弟子に全て預けると言ったのよ。それを否定するなんてその人を侮辱することにほかならない。

 慎二ここまで全面的に信頼されてるんだから、判っているでしょ」

 

 その凛の発破を起爆剤に慎二は戸惑いながらも強気に出る。過剰なまでの自信は、欠点になることも多々あるが彼の最大の強みなのかもしれない。

 

「あ、あぁ。わかっているさ。

 当然、卒業試験受けてやるさ、そんな課題むしろ簡単すぎだと呆然としちゃったぐらいだ。

 それと凛も僕の方があっさり魔術の腕を超えても泣き言言うなよ。

 それから、師匠―――――――一応感謝はしておくからさ、待っていてくれよ」

 

 そんな弟子の不器用な感謝の言葉を受け取ったミーシャは、少し照れ臭かったのかここに来て慣れない軽口で返す。

 

「期待していますよ。その時には誰の胸が無かったのか、しっかりと問い詰めますから」

 

 ライダーをにらむ慎二と素知らぬ顔で口笛を吹くライダー。それを見てきょとんとする桜。

 この三人は何とも言えぬ微妙な関係が構築されつつあるようだ。

 士郎はそのやり取りを見て降参する。

 

 周りの人も異論はない。その様子にミーシャは微笑みを回章代わりに送り、《飛行(Fly)》の呪文を唱える。

 セイバーは黙って目礼をし、アーチャーは腕を組んだまま右手の人差し指と中指をほんのわずか上げる。

 凛はまた明日会うかのような別れのあいさつを送り、桜は丁寧に礼を送る。そしてそれに追従して几帳面なお辞儀をするライダー。

 葛木は達者でなと一言言った切り黙っている。その横で軽く手を振るキャスター。

 イリヤは帰ってきたら自分のメイドとして雇う気満々のようだ。

 士郎はまっすぐミーシャを見つめて。そして静かに約束する。

 

「ミーシャ、さようならは言わない。慎二のことは任せてくれ、絶対やり遂げさせるさ」

 

 悪戯っぽい顔を見せながらミーシャは手向けとして、最後の爆弾を士郎にぶつける。

 

「ありがとうございます。お礼と言っては何ですが、最初に出会ったときにスカートの中を覗かれたことは不問にします」

「―――キガツイテイタンデスカ い、いや誤解だ! 凛! イリヤ! 桜! セイバー! なんでみんな怖い顔しているんですか、話せばわかるからさ!」

 

 女性陣に問い詰められる士郎をミーシャは微笑ましく見つめながら、心の中でアサシンに語り掛ける。『この人たちがいれば、シロウさんはたぶん大丈夫です』と。

 

 そしてミーシャは《飛行(Fly)》の効果で空を飛び、黒い太陽――聖杯によって穿たれた次元の穴――の中に飛び込む。

 黒い太陽の中心から湧き出る魔力の奔流がミーシャを襲う。

 《次元界効果回避(Avoid Planar Effrcts)》の呪文によりその奔流の影響を防御し、ミーシャはその奥深く中心へとたどり着く。

 そして黄金の聖杯を掲げ、祈りを捧げるように最後の大呪文(レベル9呪文)を唱える。それは《望み(Wish)》――文字通り己の望むように現実を改変させる究極の呪文。

 望みは聖杯の永遠なる封印、本来ならそのような強大な願いは慎重に願いの言葉を選ばないと、悪意に満ちた捻じ曲げられ方をする。

 だが今回はその可能性はほぼない、《望み(Wish)》の願い行うための設計図としてキャスターのすべての力を注ぎ込んだ魔術礼装がある。

 その魔術礼装は周りから聖杯の正確な情報を読み取り、それを通して《望み(Wish)》の願いの文言を魔術的に完璧に作成する。

 よってその願いは聊かの間違いもなく完遂される。

 

 それは突然起きた。光の輝きも爆発も轟音もなく、黒い太陽と殻は一瞬にして消える。

 そこには今まで何もなかったかのように錯覚するほどの静かさだった。

 そしてミーシャの姿も同じように消えていた。

 

 この瞬間より冬木市の聖杯は歴史から消える。そうここに聖杯戦争は完全に終結したのである。

 

 

 

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