「――士郎? ねぇ士郎? 聞いている?」
何度も呼びかけていた藤ねえの言葉に、過去に戻っていた俺の思考は現実に引き戻される。
ここは柳洞寺の裏山にある墓地。目の前にある墓は爺さん――衛宮切嗣の墓である。
ここに来たせいだろうか。さっきまで一年前のあの戦いを思い出していた。
「士郎、私は学校の用事があるんで先に戻るね。気のすむまで切嗣さんと話していていいから」
そういうと藤ねえは桶と柄杓を持って先に去っていった。
今日は親父の命日。ずっと藤ねぇに墓を任せっきりで、あまりここに来ること稀、いや無かった。
だけど、あの時もう一度会えたからであろうか、今回はお参りしようと決めていた。
といっても話すことは余りない。一言だけ『なんとかやっているよ』とだけ語りかけただけだ。
語り掛けることがなくとも爺さんのそばにいるだけで、過去のいろいろなことが頭に浮かぶ。もう少ししたら去ろうかと思ったまま、かれこれ三十分ほどいる。
「お兄ちゃん、ここがキリツグのお墓?」
背後に心地よい声が響く。そのまるで冬の妖精のような透明度と可憐さを併せ持つ声は、もう一年ほど共にしている声だ。
「イリヤ、来てくれたのか」
「うん、キリツグのことはまだ許せないけど。あの時私の命を助けてくれたのは事実だからね。
だから今回はその時のお礼。受けた恩は返すのが筋ってものなんだから」
俺は自然と頬が緩んできた。どんな理由であれ娘が父の墓参りに来てくれたのだ。
完全に和解するには時間はかかるだろうが、それはその小さな一歩となると信じている。
イリヤは聖杯戦争が消え去った今、完全にお役御免となっている。一応本家からの金銭的な支援は続いているが完全に放置だ。
イリヤに埋め合わせをしたいという俺の願いに叶えるにはあの城は少々遠すぎるので、それならばとセラとリズ共々藤ねえの家で暮らしている。
親父さんはイリヤ達をえらく気に入った様子で、藤ねえは組を乗っ取られちゃうと嘆いている状態だ。
イリヤ達の体はキャスターが見ていてくれている。
キャスター曰く、元々聖杯戦争に勝利するために調整された肉体だから寿命は人よりも短い。
けど、人並みに成長し老いるように調整しなおすことは、難なくできると豪語してくれた。
一緒に暮らして一緒に老いてゆく、何てことはない事柄だ。でもそれがイリヤと一緒にできるのは、本当に嬉しい。
一通りお祈りを済ませた後、イリヤと一緒に裏山の頂上にでる。ここからアインツベルンの森が見えるとても景観の良い場所だ。
イリヤに一度見せたかった景色だ。傍らではしゃいで非常に喜んでいるのは嬉しいが、そのまま抱き着いてくるのは少し恥ずかしい。
「一成に聞いたわよ。坊やが来ているって―――でもお邪魔だったかしら?」
景色を二人で眺めていると、後ろからからかいの声がかかる。声をかけたのはそのキャスターで隣には相変わらず寡黙な葛木先生。
キャスターの表情は、葛木先生と一緒にいるときはいつもそうだが、非常に柔らかい幸せたっぷりといった感じだ。
キャスターが抱いているのは赤ちゃん。その赤子は防寒、防塵、防毒、防細菌、防風、防衝撃の魔術でしっかり防御しているとイリヤが呆れ顔で答える。
「そういえば葛木先生、お子さん生まれたんですね」
「あぁ、娘で、亜魅という名前だ。将来、妻に似て知的な美人になるだろうな」
衝撃だ。あの葛木先生がのろけと親バカを同時にやってのけるとは、俺ばかりではなくイリヤの時間も石化の魔術を受けたように完全に止まっている。
そして、そんな俺たちをよそに赤くなるキャスターこと葛木メディア。
二人は籍を入れて夫婦として、改めてこの柳洞寺にお世話になっている身らしい。キャスターは娘さんとミーシャの服の作成が趣味となっている。
この前一成の味噌汁に対する出来の注文の厳しさに対抗するため、俺に指導を頼んできた。
愛する夫のために修業に励む姿は、とてもじゃないが大魔術師には見えない。
が、時々見え隠れする剣呑な空気には、やっぱり神代の魔術師だなと思い知らされる。
そんなキャスターの奮闘を静かに見守り、教師の職務に励む葛木先生。
二人の幸せといえる生活はまだ始まったばかりだろう。
「先輩、姉さんと兄さんを連れてきました」
そこに、桜とライダーが遠坂と慎二と連れて合流してきた。桜とライダーに姉の出迎えを頼んでいた礼を言う。
「ごくろうさん、桜、ライダー。それから遠坂も長旅お疲れ」
「本当よ。エコノミーにするんじゃなかった」
「おい、衛宮、僕に対しての労いは無しかよ」
遠坂はいま時計塔に通う身だ。
聖杯戦争を勝手に終了させた件について、その弁明のために無理やり呼び出された。もしかしたらそのまま闇から闇へと葬られることも覚悟していたが、それを救ったのが大師父キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。
彼が『聖杯を消した人物は自分が異世界で拾ってきた子だ。なら、自分にも少し責任がある』とその埋め合わせに何人か弟子をとると宣言したのだ。
これには時計塔の魔術師も大騒ぎ、優秀な若手を送りたいが、弟子となったら最後廃人が確実という事もあり、人選について上へ下の大混乱が起きたという。
だから、極東の儀式の事なんて些末なこととなり、結果ロード・エルメロイ二世という名の偏屈だが面倒見の良い人物の一時預かりとなった。
ちなみに遠坂が大師父にミーシャの事を話すと、微笑みを浮かべ「そうか」と一言だけ答えてそれっきりだったらしい。
そんな混乱の中なぜか時計塔在籍の身となり。第二魔法への道筋を掴もうとしている現在の凛であった。
今日は、世話になったサーヴァントの命日ということで、予定を無理やり開けて今朝日本に戻ってきたばかりだ。
とはいうが、それは単なる口実でどうやら俺を
アーチャーは「答えは得たさ、これからもなんとか頑張るから」と言い、聖杯の消滅とともに去っていった。
それとおせっかいなことに、この世界の自分を頼むとという言葉を残して凛の泣き顔を手向けに消えていったらしい。
宿題を押し付けるだけ押し付けて、遠坂に託したまま勝手に消える。
本当に最後まで憎たらしい奴だったが、だからこそ
そんなこんなで、俺の魔術の修業は、アーチャーの助言を糧に発奮する毎日だ。
セイバーも俺に「シロウ、あなたを愛している」という言葉を残して別れを告げた。
聖杯を求めることを放棄し聖杯の消滅させる行為に携わったセイバーは、世界との契約は不履行となり、あの丘に帰って行ったのであろう。そして今度こそ
セイバーが去っても俺は不思議なことに思ったより落ち込まなかった。だけど、セイバーの最後の言葉を思うと今でも胸がチクチク痛む。
この痛みは年月とともに小さくなるだろうが、一生消えないだろう。それがセイバーと俺が過ごした一週間の絆の証しだからだ。
遠坂には『次の日にはケロリとしちゃって、こいつその次の日には死んじゃうんじゃないかと心配したわ』と物騒なことを言われたものだ。
ロンドン行きはまだ未定だ。セイバーの墓参りをしてみたい気もするが、桜の無言の圧力が怖い。
それに、魔術師としての腕も正義の味方の生きざまとしても。
桜は臓硯亡き今、間桐家当主となって日夜奮闘している。姉のいないここ一年、冬木のセカンドオーナーの仕事はほぼ桜が行っている状態だ。
そのうえ弓道部の主将も兼任して非常に忙しい身だ。それが功を奏したのか、本意ではなかったとはいえ、罪を起こしたことによる一時期の落ち込みはすっかり影を潜めている。
その悪戦苦闘する側には常にライダーが付き添って桜を支えている。
桜と聖杯の直接的なつながりは切れた。だけど、聖杯の魔力は桜に残されたままだ。
それは人一人が使うには使っても使い切れない大きな魔力。サーヴァント一人を人の一生分現界させるのはなんてわけがない。
よって、桜をずっと守りたいライダーは再契約を行い。その強大な桜の魔力でもってこのままこの世界にいるというわけだ。
慎二はというと、魔術の修業とかでここ一年いろいろ飛び回っている。
実戦で
たまにここに帰ってきて、そのたびに桜のことを気にかけている。とライダーからは教えてもらっているが、本人は少なくとも表面上はそういうそぶりを見せないでいる。中々この二人は兄の方が素直になれない間柄だが、それでも何とかうまくいっていると思う。
「ほんとここ一年大変だったさ。師匠の姉貴分の――ええとアル――なんだったっけ。そんな名前の人の命令、いや、依頼でさ死徒狩りとか散々やらされたんだぜ。まぁおかげで随分と
「慎二――それ、よく生きていたわね」
どうやら遠坂にはその依頼主のあたりがついてるみたいだ「しんそ」とかそんな呟きが微かに聞こえる。
自慢とも嘆きともいえぬ愚痴を発散した慎二は、今日ここに来た本題に入る。
「衛宮、師匠の救出の件についてだけど少し考えがあるんだ。今のプランから変更を加えたいんだ。
前にキャスターが言っていただろ? あそこには時間の概念がないと、そして未来の英霊も時間を超えて過去に現れることができる。
師匠は言ったからね。私を超えることができるってさ、だから師匠の予想を超えることをしたいんだ。
何より、師匠はあそこに戻るのが一番だと思うからね」
と言って慎二は一つの案を出してきた。説明を受け俺は感心する たしかに慎二の提案は確かに筋が通っているし、実現可能だろう。
だが俺はその案の一つの問題点を指摘する。
「でもさ、それだと歴史は変わるから、ミーシャに会えなくなるんじゃないかな?」
俺の疑問にそんな指摘予想していたとばかりに鼻を鳴らす。そして慎二はとんでもないことを口走りだした。
「その点は抜かりはないさ。遠坂が第二魔法を取得すればいいだけだからな。そうすればいつでも会いに行けるだろ?」
突然の振りに凛は、吹き出しそうになるのが見える。遠坂は『常に優雅たれ』を家訓にしていると聞いたことがあるが、今のは優雅には数光年遠い姿だろう。
「ちょっと慎二! なにわけのわからないこと言っているのよ!」
「前にイリヤが言っていただろ? イリヤの記憶を使って、衛宮が宝石剣を投影すれば遠坂はそれを使用して第二魔法の理を掴めるってさ。
ああ、そうか自信がないんだね。じゃあいいさ、この案は遠坂の能力不足で廃案ってことでさ」
「―――っ! ええ、わかったわ意地でも習得してやるわ! その時に吠え面かかないことね」
思いっきり煽る慎二に意地を爆発させる遠坂、俺も投影によって彼女を呼び出した身。
その元となる固有結果に何かしらヒントが隠されると思う、当然協力は惜しまないつもりだ。
魔術師はほかにキャスターもイリヤ達もライダーもいる。
それなら慎二の案は必ず成功すると俺は確信を持つ。
見上げる冬の空は、高く透き通るように青い。彼女にもこの空を早く見せよう。それが俺の今のところの目標だ。
◆
――――深い
――――深い
――――深い
――――どこまでも深い空
ただその空は普通の青色でなく銀色を空である。その銀空を一人の私は彷徨っている。
この銀色の世界の中をもうどのくらい沈んでのだろうか、1年だろうか?1万年だろうか?
落ちているのか浮かんでいるのかすらもわからない、手を伸ばしても何も届かない。
1回目は思考と感情を一週間目で停止させた。
でも今回はそれは行わない、弟子が助け出してくれると私を超えてくれるとそれを考えるだけで心が躍る。
感情停止なんてそんなもったいないことしない。できない。
そんななか突然、景色は変わる。空間に引っ張り込まれる独特の感覚が起きる。それは、大掛かりな次元転移の魔術だと直ぐに理解した。
心が躍りだす。ああ素晴らしい、わが弟子はまさに私の誇りだ。シンジに会ったらなんと声をかけよう。
逸る気持ちを抑えながらたどり着いた先は暗黒の空間、地面は固い岩の感触。見覚えのある場所だ。
シンジはどこだろうと考える前に、後ろから嬉しさと驚きと疑問が入り混じった声がかかる。
「ミーシャ! 戻ってこれたのですね。しかしその服は、永人の家に置いてあったはずではありませんか?」
その声を聴き間違えるはずはない、振り向く時間さえもどかしい。
そしてその方向に顔を向けるとそこには、事故の日に用意していた魔術礼装がそろっている。
私の主人の白い聖女がいる。理想に燃える親友がいる。そして――
ああ――シンジは本当に私にはもったいない弟子だ。
そう、私を救出するどころか時間を超え200年前の――いや、今日に戻してくれたのだ。
そして弟子は、私に逆に宿題を突きつけてきたのだ。答え合わせは200年後、課題はそれまでにあの時よりもより良い世界にすること。
それで歴史が変わって並行世界になろうとも問題はない。遠坂家の6代目で第二魔法は成功すると私は確信しているからだ。
ならば、やるべきことはたくさんある。
皆に体験したことを説明しなければならない。
シンジにあげた呪文書をもう一度書き直さなければいけない。
聖杯の儀式をより良い方向に修正しなければいけない。
世界を平和に少しでもしなくてはならない。
――何より外に出て青い空を眺めて一息つきたい。
でも、まずは自分の感情に対し素直に行動するとしよう、もう一度ここから続けられるのなら二度と彼を離さない、どこまでもついて行こう。そして――――いつか振り向かせよう。
私は青い癖毛を持つ魔術師にゆっくりと近づき抱きついた。
優しく見守る主人と期待を浮かべる友人を視界の端にとらえたまま、戸惑っている彼に昨日までと200年後からの思いを全て込めて告白する。
「マキリ・ゾォルケン――愛しています」
――― Fin ―――
これにて拙作は終了となります。
最後までお付き合いしてくださった人にお礼を申し上げます。