バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。 作:入江末吉
さすがに平日の昼間、公園には少年少女の姿が見えなかった。小学生より下の子供ならいてもおかしくないと思ったけど、いないならそれで好都合だ。
これから始まるであろう俺たちの話し合いを見せるわけにはいかない。
「お待たせ、しました……」
振り返ると、軽くホラーチックな見た目に変わった海未ちゃんが立っていた。シャワーでも浴びていたのか、長い黒髪が日の光を受けて水滴のきらめきを見せた。
しかし伸びきった前髪から目が覗けるかどうか、そのくらいに伸びた海未ちゃんの目はどうにも澱んでいた。
間違えるな、彼女を壊したのは俺だ。いいや、彼女を含めた俺たちすべての関係をぶち壊したのも、俺だ。
全て俺が浅はかで鈍い男だったから。だから全部壊れた。
だけど、俺はもう前までの俺じゃない。絵里さんや亜里沙ちゃんに背を押してもらって、室畑くんや白石くんの叱咤と激励の先に立っている。
「ありがとう、来てくれて」
「今日はどうしますか……どんなことを、しますか」
「そうだな、じゃあしばらくフリートークしようか。先に言っておくけど、時間稼ぎだよ」
俺の言葉に海未ちゃんが首を傾げた。そうとも、俺がこの場に呼んだのは海未ちゃんだけではない。決着をつけるために、キャストには全員ご登場いただく。
その招待状が、彼女を導くまでの時間稼ぎだ。
「ひとまず、俺は謝っておかないといけない。今まで海未ちゃんを弄んだ、さらに君の身体まで汚した。隅々まで、汚しつくした。今更謝って純潔が戻ってくるわけじゃないけど……」
「そんなことですか、気にしなくていいんですよ。言ったじゃないですか、貴方になら何をされたって……」
「そうだけど、仮に君が俺のものでも、大事にしなくちゃいけなかったはずなんだ」
ふと思うことがある。もし、何かが違って俺と海未ちゃんが好き合ったとき。同じように穂乃果ちゃんが俺に迫ってきたとして、俺は拒めたか。
たらればだ、今となっては無意味だけど過去は何も手が届かないわけじゃない。自分を戒めるのはいつだって過去だ。
恐らく俺のことだ、海未ちゃんと同じ問答を穂乃果ちゃんが行ったとして、拒める自信がない。俺を含めた、彼女たちの友情を壊すまいと足掻いて、いつの間にか流されて一人取り返しがつかなくなったと被害者ぶっただろう。履き違えちゃいけない、俺は自制することでもっと周りを傷つけずに済んだはずだ。それをしなかったのは、ひとえに俺の自制心が弱く欲望が強かった。
「だからごめん、海未ちゃんは綺麗だった。それを俺がこんなふうにしてしまった」
「謝らないでください、私は貴方さえこの目に映っていればそれで……」
やはり、海未ちゃんは壊れている。きっと俺や穂乃果ちゃんが壊れるずっと前に。だのに、お泊り会なんて開いてそれに誘って、彼女はどう思っただろう。
俺たちの関係をぶち壊そうとしたのだろうか……それとも、俺だけを手に入れようとしたのか。友情だけでは片付けられない絆を持つ親友を壊してまで。
「海未ちゃんは、穂乃果ちゃんのこと、今でも好き?」
「当たり前じゃないですか。でも、今は貴方のことしか考えられません」
「そっか」
願わくば、声を失った彼女も同じことを思っていたら、まだ救いのある物語になるだろうに。
海未ちゃんは確実に俺に歩み寄ってきていた。その足取りには熱があった。その目には、妄執にも似た力が宿っていた。だけど、俺は……
逃げない。責任から逃げない。海未ちゃんから逃げない。もう穂乃果ちゃんから逃げて、たまるものか。
そっと、海未ちゃんが俺の首に腕を回してきた。俺はそのまま接近してくる彼女を、そっと、けれど明確に突き飛ばした。
「ごめんね、もうおしまいにしよう」
「…………そういうプレイですか」
「ううん、もう君は抱かない。少なくとも、ケジメつけるまでは誰とも交わらない」
海未ちゃんの目がどんどん険しくなっていく。目尻に浮いた水滴が夕日を受けて赤く光っては流れ落ちた。まるで、血の涙みたいに。
「こんなに、我慢できないのに……」
「海未ちゃんは、やっぱり綺麗であるべきだ。そんなのは、似合わない。そんな海未ちゃんは好きにはならない。なっちゃいけないんだ」
俺たちの度々の行為に愛があったか、と言えば一方的だったと答えるしかない。確かに俺の身体は自白罪なんか意味無いくらいに正直だった、本能で交わっても、本心からまぐわったことはないと断言できる。
男の色欲なんて惨めなものだ、我慢した分だけ気持ちよくなってしまうのだから、耐えてしまうほどに落ちていく。
「今更、気にしたって遅いんですよ……? もう全部元には戻らないんですから」
「確かに、今のままじゃね」
「…………今の、ままじゃ?」
そう言って海未ちゃんは怪訝そうに、濁った瞳を俺へ向けていた。その中に、その泥の中に一つだけ、希望に縋るような光が見えた。
「全部、何もかも、全て壊すんだ。今のままじゃ元には戻れない、だから、俺は何もかもおしまいにするんだ」
「何もかも、っていったい何を、どこからどうするつもりなのですか?」
その質問に答える前に、俺は海未ちゃんの後ろへと視線を送った。海未ちゃんも遅れて振り返った。彼女の顔は分からなかったけど、恐らく驚いたと思う。
なんせ、俺と二人きりでの密会だと思っていただろうからだ。残念ながら、何度も言うが俺たちだけではない。彼女が、主役を引っ張ってきてくれた。
「連れてきたよ、お兄さん」
「ありがとう、雪穂ちゃん」
雪穂ちゃんに手を握られているのは、酷くやつれた顔の穂乃果ちゃんだった。そしてその隣に、居心地の悪そうな顔をしていることりちゃん。そしてその後ろには絢瀬姉妹がいた。
布陣が完成していた。それはつまり、俺にとっても逃げ道を失ったということになる。
「か、帰ります……こんなの、こんなのは……」
海未ちゃんが踵を返して走り出した。それを制したのは、さっきまで穂乃果ちゃんの隣にいたはずの雪穂ちゃんだった。雪穂ちゃんはなんと海未ちゃんを一度引っ叩くと、そのまま元の場所まで連れてきた。
あの雪穂ちゃんに頬を張られたことがあまりに衝撃だったんだろう、海未ちゃんはハッとしたように目を見開いたまま地面にへたり込んだ。
「ごめんね、話し合いの前に頭冷やしてもらわないと。盛ってもらっちゃ困るからさ……」
やりすぎ、だとは悪いけど思わなかった。海未ちゃんを立ち上がらせようとしたときだった。雪穂ちゃんの、振り返り様の凄まじい勢いで放たれたパンチが鼻の頭に直撃、思わずよろけてしまった。
頭を揺さぶられるパンチと違って、思い切り外傷的ダメージを与えるような打撃。俺も海未ちゃんのように地面に膝を突いてしまったが、即座に立ち上がった。
「お兄さんのは、ケジメだよ。少なくとも私はこうしないと気がすまないよ……っ」
「うん、それは当然だよ。ただ、鼻は痛いな……つつ」
思わず本音が漏れてしまう。それぐらい、本気で殴っていたんだと思う。雪穂ちゃんの指、俺を殴った部位から血が出ているくらいに。
「一応、謝るよ。暴力は、やっぱ良くないと思うしさ。もう私は口を挟まないよ」
そういって雪穂ちゃんが一歩引いた。絵里さんと亜里沙ちゃんが雪穂ちゃんの手を案じて駆け寄ってくる。途中亜里沙ちゃんが俺に向かってこようとしたが、首を振って制した。
俺は震える足を奮い立たせながら、穂乃果ちゃんに向き直った。ここに来たときの海未ちゃん以上に濁った瞳で、顔はいくらか痩せちゃってて、手にはホワイトボードと水性ペンが握られていた。
あれで殴られたらさすがに無事じゃすまないかも、なんて思いながらもそれでも仕方ないと、覚悟を決めて深呼吸する。
「穂乃果、ちゃん……」
かすれていた、俺の声。けど、穂乃果ちゃんの耳には届いていたみたいで、彼女は力なくニッという感じの笑みを浮かべてペンのキャップを外した。心なしか、そのペン先が震えていたように見えた。
「お姉ちゃん……」
雪穂ちゃんが穂乃果ちゃんを呼んだ。穂乃果ちゃんの手がぴたりと止まった、そして、穂乃果ちゃんは首を激しく横に振るとホワイトボードとペンをかなぐり捨てた。
「ッ!」
ズガン、と二度目の衝撃が俺を襲った。穂乃果ちゃんのグーが今度は左の頬へと叩き込まれた。助走つきのパンチに今度こそ俺は仰向けに倒れこむ。
気がついたときには既にマウントを取られていた。逆光で影になった穂乃果ちゃんがもう一度拳を振りかぶった。俺は、目を瞑らなかった。目を背けなかった。背けるわけには、いかなかった。
「う……ぅ……っ、ごめんね……ッ」
「ぇ……穂乃果ちゃん、声が……」
突然のことで驚いた。穂乃果ちゃんは溢れさせた涙を拭うのに必死になって、嗚咽が言葉を阻害した。雪穂ちゃん以外の誰もが驚いていた。
「お姉ちゃん、声が出るようになったんだ。ついさっきのことだよ」
らしい、言われてみれば鳴き声であることを加味しても声が掠れ掠れだった気がする。穂乃果ちゃんは涙を拭うと、八の字眉のまま俺に唇を近づけてきた。
久しぶりの感覚に、身体中が熱を覚えた。が同時にズキリとした。気がつけば唇付近と口の中から血の味がする。二回も全力で殴られたのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。
「ん、っふ……んん、はぁっ……ん、ちゅっ……」
しかしそんなことは気にせず、穂乃果ちゃんは俺の口内の傷口と漏れ出た血を全て舐め取るかの如く、舌を這い回らせた。自分の口の中が他の生き物の器官に犯されているような、官能的な感覚。
目を閉じて、一心不乱に俺の唇に自分のそれを押し付けてくる穂乃果ちゃんが、怖く思えたし久しぶりに愛しかった。
「そんなキス……私にはしてくれませんでした……」
意識を全て穂乃果ちゃんに委ねてしまいそうになる直前、海未ちゃんの怨嗟のような声が聞こえた。怨嗟、と表現したが彼女は滂沱の涙を流しながら、心底辛そうにしていた。
嫉妬、羨望、その二つが綯い交ぜになった表情だった。
「もう、やめてください……私に、突きつけないでください……こんなの、私には、もう……」
海未ちゃんが泥を握り締めた。けど、雪穂ちゃんが見ている前では、逃げることは出来ない。そんな海未ちゃんに駆け寄ったのが、ことりちゃんだった。
「海未ちゃん、ちゃんと見届けよう? 仲直りだよ……みんな、きっと辛いんだよ。一番辛かった二人が元に戻るの、ちゃんと見届けてあげよう?」
あやすような口ぶりだった。だけどそれ以上は俺にも分からなかった。呼吸が出来ないほどの濃密なキス。口の中の唾液が全て穂乃果ちゃんのものと交換されてしまったみたいに、じんじんしていた。
「殴ってごめんね、痛かったよね……? あなたのこと、雪穂に言われてきちんと考えたのに、我慢出来なくて、ごめんね、ごめんね……っ」
「俺の、こと……?」
「雪穂が言ったの、一番辛いのはあなただったって。絵里ちゃんが教えてくれたの、私と海未ちゃんの関係が壊れないように頑張ってくれてたんだって……なのに、私、勝手に裏切られたと思い込んで……」
「違う、裏切ったようなものだよ! 俺は、俺は……」
なんでか、この先が言えなかった。俺は、裏切った。誰のせいで、海未ちゃんに唆されて。
そんなこと言えなかった。少なくとも海未ちゃんだけのせいにする気にはならない。だって、傷ついたのは彼女だって一緒なんだ。
この期に及んでも、海未ちゃんのことを気にしてしまう。だけど、穂乃果ちゃんはちゃんと汲み取ってくれて。
穂乃果ちゃんは俺の上から降りると、傍で膝を突いて泥を握り締めてる海未ちゃんと、その肩を抱くことりちゃんの元へと歩み寄った。
海未ちゃんが顔を上げた。穂乃果ちゃんを心から畏怖している、そんな顔だった。おおよそ幼馴染に向けるような顔ではない。
「穂乃果……私を軽蔑してますよね、いいんですよ。私は、娼婦すら気高く思えるくらい、それ以上に卑しい女です」
「しないよ、軽蔑なんて、しない」
間髪いれずに穂乃果ちゃんが答える。海未ちゃんはぽかんとしていたが、すぐさま自嘲の含まれた笑みを浮かべていた。
「嘘ですよ、穂乃果に私の何がわかるんですか」
海未ちゃんは前を向こうとしなかった。頑なに目を背けてしまった。けれど穂乃果ちゃんはそんな海未ちゃんに歩み寄った。俺は思わず穂乃果ちゃんを止めそうになった、それこそぶん殴りにいくような歩調だったからだ。
しかし穂乃果ちゃんはやや強引に海未ちゃんの顔を自分に向けさせると、笑いかけた。その場の誰もが拍子抜けてしまったと思う。
「わかるよ……海未ちゃんの気持ち、私だってずっとそうだったもん。私の方が海未ちゃんよりチャンスが多かっただけなんだよ」
一つ間違えば、喧嘩を売ってるような言葉だった。けれどそう思わせないのは彼女の人徳かもしれない。
「仮に、穂乃果が私を許したとしても、私がしたことは変わりませんよ。私は、あなたから彼を奪ったんです。欲しいからって横から、卑怯に奪い取ったんですよ」
「……じゃあ、さっきのキスで取り返したことにする。殴っちゃったし、ね……」
今になって頬がズキズキとしてきた。口の中が鉄の味と臭いでいっぱいだった。濯ぎたかったけど、まだひと段落していない。
決着という決着はついていないんだ。
「雪穂、一つ質問いい?」
穂乃果ちゃんはそう言って海未ちゃんから顔を離した。スッとしたような落ち着いた顔で雪穂ちゃんの名を呼ぶ。絵里さんたちと同じ場所で見守っていた彼女が反応する。
「なに?」
「実はさっき気づいたんだけど、雪穂も彼のこと好きだよね?」
「え」
今のは俺の口から出た言葉だ。開いた口が塞がらないどころか、血が混じった唾液がだらしなく垂れてしまった。袖で慌てて拭って雪穂ちゃんを見ると、彼女は顔を真っ赤にして俯いていた。
「それ、マジ?」
「……うっさい!! マジに決まってんじゃんバーカ!! 朴念仁!!」
怒られた。雪穂ちゃんの雷が全身を打ちつける。どうすんのこれ、俺と穂乃果ちゃんと海未ちゃんのけじめをつける会合のはずが……うわぁ、なんだか凄いことになっちゃったぞ。
「ことりちゃんも?」
穂乃果ちゃんが尋ねる。ことりちゃんはというと困ったような笑みを浮かべていたがやがて首を縦に振った。歯が全部抜け落ちて頭から髪の毛が一本残らず吹き飛びそうな、そんな衝撃の連続。
「私も、お兄さんのこと好き!」
「亜里沙、大胆ね」
遠くで見守っていたはずの絵里さんと亜里沙ちゃんがまるで悪ノリしたように便乗する。しかし亜里沙ちゃんからは冗談の気が感じ取れなかった、背筋に悪寒を覚える。
思わず後ずさりをする。
全員の間の空気が凍りついたかに思えた。
どれくらい無言が続いただろう。時間にしてみればたった一分にも見たなかっただろう。けれど今だけで数時間経ったような心労が来た。
やがて、誰かがクスクスと漏らすように笑い始めた。それにつられてまた誰かが笑い出し、そうやって笑いの渦が広がっていった。俺と、海未ちゃんだけを残して。
「なんだかおかしいね、私たちさっきまで大真面目な話をしてたのに……本当、なんかおかしいよ」
穂乃果ちゃんが涙を拭いながら歯を見せて笑う。心底辛かったはずなのに、一番大きな笑顔を浮かべていた。
「私も、ちょっと拍子抜けしちゃった……もう穂乃果ちゃんのせいだよ?」
ことりちゃんもだ。口元を押さえながら静かに笑っていた。
雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんに至っては爆笑、とまではいかなくても二人してお腹を抑えて笑っている。何がそんなに面白いのかちょっと教えてほしい。
「ねぇ海未ちゃん、やっぱり私たちはまだ友達でいられるよ。むしろあんなことで私たちの今までが無くなっちゃうなんて、なんか悔しいじゃん」
未だに座り込んでいる海未ちゃんに向かって、穂乃果ちゃんが手を差し出した。海未ちゃんはその手に自分の手を重ねようとして、逡巡する。最後の踏ん切りがつかないようだった。
二人を再び繋げるには、彼女たち二人だけの力じゃダメだ。瞬間的に、本能的に、そう察した。
俺とことりちゃんは一瞥しあい、頷きあうと二人の手を取り重ね合わせた。その上に自らの手を重ねた。
「私たち、いつまで経っても幼馴染なんだよ。だから、海未ちゃんも手を伸ばして?」
「いいのですか、私は許されても、いいのですか……? 穂乃果は私を恨んでないのですか?」
「うーん、彼のことは、しばらく海未ちゃんに貸し出してた、って思うことにする!」
「それはそれで俺が複雑だけど……まぁ二人がそれでいいなら、俺は何も言わないよ」
繋いだ手はやけどしそうなくらいに暖かかった。俺の表情が氷解していくみたいに柔らかくなっていくのを感じる。最後には海未ちゃんも小さな微笑を浮かべられるくらいになった。
壊れたものは直らない。そんなことはなかった。壊れかけたものを直すことは難しい。
だけど、一度壊してしまったからこそ元に戻ったのかもしれない。俺たちはようやく、心の曇天を晴らすことが出来た。
見れば、雲間から眩しい日の光が漏れ出していた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「えっとね、この券は近隣で使われてる商品券の類なんだけども、お釣りは出せないんだ。だから、お釣りが発生しないってところまでしか受け取れないんだ、あと原則としてお客様にちぎってもらって。ここまでで何か質問あるかな?」
「大丈夫です」
「私もバッチリかな。穂乃果ちゃんは?」
「平気、私だってもう二人も後輩が出来たんだもん。前もって講習は受けてるよ」
あれから、たぶん一月くらい過ぎた。まだまだ冷えるけど、雨や雪が降らなくなった頃。俺と穂乃果ちゃんは無事復職することが出来た。洗礼とばかりに今月と来月中の昼からクローズまでのシフトを入れられてしまったがまぁまぁやり甲斐はある。
それは、俺が宣言した通り新しい後輩が出来たからだ。
「海未ちゃんとことりちゃんも早く腕章取れるといいね」
「そうですね、穂乃果に先輩風を吹かされるのは嫌ではありませんが、引っ張られっぱなしは嫌ですから」
「主任の話だとことりちゃんはもうすぐ外せそうだってね。お客さんの評価が良いみたいだよ」
「え、もう!? ことりちゃん、恐ろしい子……」
「本当? もしかして学生時代のあのバイトが活きてるのかも。えへへ、嬉しいなぁ」
ことりちゃんが過去にやってたバイトについては穂乃果ちゃんから聞かされている。写真まで見せられたくらいだ。
けれど確かに接客業の経験があるというのは強い。実際ことりちゃんのレジはお客さんの入りがすさまじいくらいだ。
「μ'sパワーってやつかなぁ」
一人ごちる。いまやこの店のレジにはμ'sのメンバーが三人も勤めている。そう考えれば集客率は並ではない。なにせ伝説のスクールアイドルだしね。
ただ、俺だけが知っている。スクールアイドルだったとしても、後がそうとは限らない。彼女たちはプロのアイドルを目指したわけじゃない。普通の女の子に戻ったんだ。
普通に日々を過ごして、一般的に恋愛して、そのまま老いていくような存在に戻った。偶像が崩れ去るという意味で、このスーパーは悪魔的な破壊力を持つのだろう。
「じゃあ、今日のレジ分けだけど、今日は俺と海未ちゃん。クローズの後はリカーの仕事を一緒にやろう、リカーってのは」
「お酒、の冷ケースの整理ですよね? 室畑さんが教えてくれました」
なるほど、最近室畑くんの出勤時の気合の入り様はそういうことだったか。そういう意味では白石くんも前より明るくなった気がする。推しの前でいいところを見せようという男の子の心だな。
しかし、彼らの努力を惜しみなく讃える上で、俺は少しだけ日陰の心を持っていた。
あれ以来、というかあの日、俺と穂乃果ちゃんの関係は元には戻らなかった。
というのも、穂乃果ちゃんはあのまま俺と復縁するという気にならなかったらしい。それに対し、俺は口を噤んだ。彼女の真意を知るために。
答えは簡単だった。
みんなが、恥ずかしながら俺のことを好いている。そんな状況で、自分だけ寄りを戻すのは不公平だから。
今度こそ、誰もにチャンスがあるように、誰もがきちんと振り向いてもらえるように。
それが穂乃果ちゃんの意思だった。また独り身に俺が、自分を取り巻く女の子から真のパートナーを見つけ出す。
その答えを彼女たちは待っているんだ。
だけど、答えは急がなくてもいいのかもしれない。
俺は穂乃果ちゃんが好きだ。
けれど同時に、海未ちゃんもことりちゃんも確かに女の子として好きだ。
好意をぶつけられてからは、雪穂ちゃんを義妹とは見れなくなってきている。
亜里沙ちゃんもなんだかんだで気があるような素振りを見せて雪穂ちゃんを急かしている。果たして、その素振りが、素振りで終わるのか。
それを見極めるために、俺は今日も彼女たちと一緒に仕事をしている。
この長く続く、一度千切れた日記のページに終わりが来る日を待ちながら。
「――――いらっしゃいませ」
――バイト戦士なんだが、バイトしてたら初恋の子に会った。
――――バイト戦士だったんだが、恋愛してたら仕事どころじゃなくなった。
――――――またバイト戦士になったから、好きな女の子と一緒に、仕事をしている。
前回からざっと4ヶ月くらい経ちましたね、えらいお待たせしました。
ハーメルン界の富樫こと相原末吉です。すみません調子乗りました。
皆様、ハーメルンのラブライブ界隈で嵐の如く名を馳せる鍵のすけ氏のラッシャイ企画小説、目を通していただけましたでしょうか?
なんとワタクシ、バイトダイアリーの執筆サボりながら企画小説や僕ラブの原稿ばっかり進めていました、本当お待たせしちゃってすみません。
思い返せばバイト戦士と穂乃果ちゃんとの関係が拗れたのが、確か去年のポッキーの日。
当時の僕は「何がポッキーの日じゃリア充氏にさらせ」だなんて思いながら書いていたわけです。えぇ、ただイチャラブさせるだけじゃ退屈かなぁと砂糖の中にとんだ劇薬を混ぜたわけですね。おかげで約一年かかりました爆わら(真顔)
最近はもっぱら趣味の小説に夢中になってますね。
だからというわけではないのですが、まぁ区切りもいいところですからバイトダイアリーはこれをもって実質的な完結となります。今まで応援ありがとうございました。
また気が向けば二年生組やゆきありとイチャイチャする話を書くかもしれません。
それでもストーリーとしての最終回は今回にしたいと思います。
報告する機会がありませんでしたからね、皆様驚かれると思うのですが
ワタクシ、相原末吉は前回更新した5月の末、厳密に言うと29日に晴れて結婚いたしました。Twitterフォローしてくださってる方は知ってるかもしれませんね。
えぇ、こんなドロッドロの話書いてるやつでも結婚できます。
別に、だから読者の皆様も素敵な昼ドラ恋愛をレッツエンジョイ!とか言うわけではありません。ただ趣味の小説を書く時間が決定的に減ったのはまた事実ですね。それでなお僕ラブの原稿とか着手しちゃってるわけで、自己満足の領域まで頑張れるかというとテンション次第になってしまうわけです。
それでもなんとか、なんとかたくさんのファンがいるこの作品だけは風呂敷を畳みたい。
その一心でちょびちょび書き進めてはおりました。おせーよバーカって話ですね。
長くなりましたが、いや完結話のあとがきながら短い方なのかもしれませんが。
バイトダイアリーの活力や反動力になったのは間違いなく読者の皆様です。
Twitterまでわざわざ喝入れに来てくれた方がいてくださったり、感想欄でちょっとケツをぶっ叩いてくれた読者様もいたり(笑)
…………運対にならないように、程々にしてくださいねw?
とにかく十人十色な応援を受けまして、この作品を少しずつでも進める力になりました。
本当にありがとうございます。
次は恐らくラブライブ!サンシャイン!!の二次創作で会うかもしれませんね。
そのときは、もうこんなドロドロ書かずに大人しく原作沿いか健全なイチャラブを書いとけって祈っていてくだされば、僕は嬉しいです。
僕の文章が少しでも誰かの火をつけることに繋がることを祈ってます。