本当の親切ほどまれなものはない。人に対して親切なつもりでいる人は、
通常ただ人を喜ばせようとする心か、さもなければ弱い心しか持っていない人だ。 byラ・ロシュフコー
草薙兄妹はイタリア市内であればどこにでもありそうなありふれたとまでいかなくとも、都市部ならどこにでもありそうなリストランテの中に入って行った。
ここで静香の兄、草薙護堂をこのイタリアの地まで呼び出した人間と落ち合う約束になっている。しかし、兄護堂の顔色は優れない。まつろわぬ神まで出てきたことで、この愚兄も薄々どういう要件なのか察しがついてきたのだろう。
「で、エリカ、イタリアまで呼び出したのは何故なんだ。手短に言ってくれ」
兄草薙護堂は目の前に居る金髪の少女に訝しげに問いかけた。件の少女エリカはその言葉を微笑を浮かべたまま答えた。
「やあねえ~、護堂。久しぶりに遠い地いる恋人と再会したというのに無粋は問いかけをするなんて。貴方には女性に対する気遣いや思いやりというものにかけているわ。貴方が言うべきは愛しい恋人への愛の囁き。」
「お前がもう少しこっち都合を考えてくれるように改心してくれるなら考えてやるよ」
自分が恋人といった人間が不満を唱えたというのに、目の前の少女は軽くほほ笑んだだけで、まるで動揺していない。むしろ、それを楽しんでいる様に見て取れる。
静香は自らの予想が外れていなかったことをこれほど憎んだことは無い。基本的な部分が自分たちの母親にそっくりだと嫌なほど理解してしまった。
自分の好きな人間との会話が一息つくと、目の前の少女は静香に目を向けた。
「それであなたは誰なのかしら。招聘したのはカンピオーネである護堂一人だけなのだけれど。親切心から言っておいてあげるけど、これから遭遇することは普通の域を出ない人間が踏み込んでいいことじゃないわ。興味本位でついてきたなら後悔することになるわよ」
エリカはキッと目つきを鋭くして静香に詰問するように問いかけた。
護堂は目の前の少女が自分勝手に見えても一線を越えること絶対にしないしっかりした人間だとも知っている。以前護堂に対して強盗まがいのことしたが、あれは護堂がいわくありげな神具を持っていたから、護堂のことを一般人だとは思っていなかったからだ。
この少女の性格を考えれば、今言ったセリフは本当に静香を思いやる気持ちから来たものだろう。エリカは関係の無い人間を無闇に危険な状況に連れ込むようなことを良しとしない。本心から言えば「何故来たんだ」という呆れが混ざった不満を持っているのだろう。
しかし、隣に座る静香はエリカのセリフを聞いても動揺したような素振りは見せない。こんな点でも自分の一家の人間だと再認識してしまう。実際静香はやくざ者たちも平気な顔でこき使う女王様気質の少女なのだ。この程度で慌てたりなどするはずがない。
「お生憎様。私は関係者よ。あんたこそ身の程をわきまえなさい。」
静香は冷酷に言い放った。正直に言って彼女はこういった人間があまり好きではない。自分では認めたくもないが同族嫌悪というものなのかもしれない。それにこの少女の言葉が善意の押し売りの様にも聞こえて癇に障るのだ。
どうせ神殺しをわざわざ呼び出さなければいけないような事態になっているのだから自分の身を守ることだけ考えていればいいのにとも思えてしまう。
要するにこの少女も根本的な部分はお人よしに類する存在なのだろう。
「それはどういう意味かしら?。」
エリカは事ここに至って何かおかしいと思い始めた。最初にこの少女を見たときは人の良い護堂の性格に付け込んで図々しくついてきただけかと思ったが、よく考えたがそれはおかしい。
常識家や平和主義を自称する護堂が明らかに、常人であれば怪我をするだけでは済まないとわかる今回の話に、只の一般人である少女を平気な顔で連れてきていることがまずおかしいし。もしやむを得ず連れてこなければいけない事情があったとしても態々この会合に同席させていることが説明がつかない。
此処は
んん…?。そういえばすぐ隣に居る護堂があまりにも自然にイタリア語を話すので気がつかなかったが、何故この少女はこんなにもネイティブなイタリア語を話しているのだろう。普通言語というものはなれというものがどうしても必要になってくる。それこそ本場の人間に違和感を感じさせないほどのものは日常的に使用してでもいないとあり得ない。
それに同じ言語でも国や地域によって発音や文法に差異が生じてくるものだ。なのに彼女の介するイタリア語はこのローマでもで全く違和感のないものだ。まるで今日来たその場で言語を習得したかのような……?!。まさか!!…。
「その顔はわかったようですね。なら直接見せてあげます。」
そのときエリカは際限無き火の海を幻視した。空には雷がとどろき、巨大な日輪が大気を焼いていた。
「ガハッ、ハァハァ……。今のは??。」
エリカの様子を見ていた護堂は隣に居る静香のことを軽く睨んだ。静香は恐らく【祭祀の火】と呼んでいる権能を使ったのだろう。あの権能は力を与える人間の精神を著しく摩耗させる代わりにオカルト的な第六感を著しく強化させることができる。
静香の弁では、全く適性がない人間でも無理をすればまつろわぬ神の特性を見ぬくことができる程だという。だがその代わりカンピオーネの様に心身ともにけた外れに強靭な人間でもなければ、一度やれば病院に担ぎ込まれる程の心身の疲労をもたらすらしい。恐らくエリカも意識を失いかけたのだろう。しかしそれは自らの精神力でつなぎとめた。
その様子を見て静香も怒っていたのだろうと護堂は思った。元々静香はエリカの様なタイプを嫌っている節がある。自分が似た様な人種だからなのか、それとも自身嫌っている母親が典型的な女王様だからかはわからない。
しかし、それでも手加減をしたのだろう。それこそ此処は都合よくやたら明るい場所だ。日光でなくとも、光がこれだけあればこの飲食店を焼くぐらいは訳もない筈だ。エリカが疲れる程度で済んだのは温情が少なからずあったからだろう。
「貴方様は??!。」
「言わずもがなというやつだエリカ。俺も最近になってウチの一族は全員常識はずれな人間なのではと思えてきた。俺たち兄弟を含めて。」
草薙護堂は語る。これが自分たち兄弟の呪い染みた生活の分岐点だったと。