1
事実上、日米の最終決戦となった第3次マリアナ沖海戦は、帝国軍の勝利に終わった。
最終的な戦果は、戦艦4隻、正規空母5隻、軽空母1隻、重巡洋艦6隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦25隻撃沈。戦艦2隻、正規空母4隻、軽空母2隻、重巡洋艦3隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦11隻撃破。
更にサイパン、テニアン、グァムの拠点を壊滅に追いやり、駐留していたB29を推定600機あまり撃破したと言われている。
この大損害を受け、合衆国軍はハワイまで退却。戦力の立て直しを図っている。
しかし、マリアナの拠点を復旧しようと言う動きは見られず、半ば放置に近い形になっているらしい。
いかに強大な物量を誇る合衆国軍とは言え、艦隊、拠点、戦略爆撃機部隊の3つを同時に撃破されたのは、無視できない損害だったようだ。
これにより、合衆国軍は対帝国戦線の大幅見直しを余儀なくされた事に加え、その主作戦だった戦略爆撃の継続も困難となったのだった。
帝国は辛うじて、命脈を保った形である。
だが、
この大戦果と引き換えに受けた犠牲は、決して少なくなかった。
戦艦「大和」「武蔵」「長門」「扶桑」「山城」、巡洋戦艦「黒姫」、正規空母「蒼龍」「天城」、軽空母「龍鳳」、重巡洋艦「妙高」「足柄」「筑摩」「最上」「鈴谷」「熊野」、軽巡洋艦「能代」「矢矧」「仁淀」、重雷装艦「北上」「大井」、駆逐艦12隻沈没。
この他にも「
連合艦隊始まって以来の大損害と言って良いだろう。
特に海軍関係者を驚かせたのは、不沈と信じた大和型戦艦2隻が沈没の憂き目を見た事だった。
大和型戦艦は帝国海軍最大の切り札であり、今なお多く存在している大鑑巨砲主義者にとっては、戦女神と崇めても良い存在だった。
その3隻の内、2隻がマリアナ沖で失われてしまった。
高すぎる代償であったことは間違いない。
生き残った艦も多くが傷つき、ドッグ入りを余儀なくされている。
連合艦隊は事実上、マリアナ沖に壊滅したのだった。
「果たして、これは勝ったと言えるのか?」
廊下を歩きながら苦い表情で言ったのは、連合艦隊司令長官の小沢治俊大将であった。
第3次マリアナ沖海戦の結果、彼は海軍省から打診を受けて正式に大将に昇進。留任と言う形で連合艦隊の指揮を執り続けていた。
その横では、やはり険しい表情の人物が並んで歩いている。
水上彰人である。
彰人は硬い表情のまま、小沢へ語りかけた。
「だから、作戦前に僕は言ったんです。『勝敗さえ度外視すれば、まだ戦いようはある』って」
確かに、彰人は出撃前の会議でそのような事を言っていた事を思い出す。
彰人のセリフの意味は「連合艦隊が壊滅する覚悟を持って臨めば、あるいは敵と刺し違える事も不可能ではないかもしれない」と言う意味だったのだ。
結果、その通りとなった。
小沢の言う通り、確かにこれを勝利と言えるかどうかは判らない。
作戦目的であるマリアナ基地の壊滅に成功し、B29部隊も殲滅した以上、戦略的には帝国海軍の勝利には違いないだろう。
しかし、連合艦隊が壊滅した今、再び敵が攻め込んできた場合、防ぎきれない事は明白だった。
それでもどうにか、帝国海軍は残った艦艇をかき集め、どうにか2個艦隊を編成。戦力として再編していた。
以下が、その編成となる。
○第2艦隊
司令部直属「姫神」(旗艦)
第3戦隊「金剛」「比叡」
第4航空戦隊「伊勢」「日向」
第8戦隊「利根」「鳥海」「青葉」
第2水雷戦隊「大淀」 駆逐艦7隻
○第3艦隊
第1航空戦隊「瑞鶴」(旗艦)「葛城」「瑞鳳」
第2航空戦隊「隼鷹」「千歳」
第10戦隊「酒匂」 駆逐艦6隻
これが、最盛期には100隻以上の戦闘艦艇で構成されていた連合艦隊の、最終的な戦力である。
この他にも北方警備を担当する第5艦隊が存在しているが、こちらは度々艦艇を戦力として引き抜かれた結果、今では旗艦「阿武隈」の他は駆逐艦数隻と言う状態にまで減っている。
しかも、これは書類上の編成に過ぎない。艦艇の中には、修理が未だに完了せず、ドッグに入ったままの物も少なくない。
第2艦隊旗艦になった「姫神」なども、突貫工事で被弾痕だけはどうにか塞いだものの、機銃や高角砲などの対空砲は取り付けが先送られ未装備のままとなっている。
彰人もまた、功績により中将に昇進していた。
ただし、第7艦隊は半数以上の艦艇を喪失し壊滅している。
そこで、旧第2艦隊と第7艦隊の戦力を統合し、新たに水上砲戦部隊の主力となる艦隊を編成した。
その新生第2艦隊の司令官に、彰人が就任したのだ。
これにより、第2次ソロモン海戦以降、彰人が一貫して指揮を執り続けてきた第7艦隊は解隊されたのだった。
とは言え、既に落日を迎えたに等しい連合艦隊を率いて、これ以上どう戦っていけばいいのか、流石の彰人も見当がつかない所だった。
暖簾の前では、3人の少女が並んでチョコンと腰かけ、頼んだ物が運ばれてくるのを待っていた。
周囲を見回せば、やはり同じようにオーダー待ちをしている者達がいる。
列は店の外にまで及び、通りの先まで続いている。対した盛況ぶりと言えよう。
ややあって、少女達の元へ料理が運ばれてきた。
「はい、抹茶フルーツあんみつ1つ、デラックスプリンパフェ1つ、6色羊羹セットです」
運ばれてきたスイーツに、少女達は目を輝かせる。
「それじゃあ、ゆっくりしていってくださいね皆さん」
そう言って笑い掛けた女性は、長い髪をリボンでポニーテールに纏め、割烹着が良く似合う美人である。
艦娘の間宮である。
店の盛況の理由は、彼女にあった。
今日は「間宮」が寄港し、艦娘本人も店に立つと言う事がニュースとして伝わり、店には朝からこうして行列ができていたのである。
「間宮」支店の料理人たちは皆、間宮本人から認められた、いわば「お墨付き」の腕前を持つ者達ばかりであり、その実力には申し分が無い。
しかしやはり、間宮本人の持つ知名度と腕前には一歩劣ると言わざるを得なかった。
「いやー 早めに来て正解だったね~」
周囲を見回して嘆息交じりに言ったのは島風である。
席には他に、姫神と響の姿もある。
既に店の外も中も満席状態である。考える事は皆同じと言う事。誰もが直接、間宮の作った料理やスイーツが食べられるとあって、店に押しかけて来たのだ。
姫神達が席を確保できたのは運が良かったから、
ではない。
第2艦隊司令部特権により、「間宮」寄港の情報を聞いた3人は朝から列に並び、こうして比較的早めに席を確保できたのだ。
正真正銘、紛う事無き職権乱用である。
もっとも、少女達にその自覚は無いのだが。
「それにしても、とうとう私達だけになってしまった訳だ」
嘆息交じりに言ったのは響である。
その言葉を、姫神は深く噛み締める。
先の第3次マリアナ沖海戦において、彼女達はあまりにも多くの仲間を失った。
第7艦隊結成時以来の艦娘メンバーも黒姫、暁、電が戦死している。トラック環礁海戦で阿賀野が沈み、レイテでは雷が沈んでいる為、残りはこの3人のみと言う事になる。
「寂しくなりましたね」
ポツリと言った姫神の言葉に、響と島風も食べる手を止める。
寂しくなった、と言うのは、この3人に共通する思いだった。
「そう言えば・・・・・・・・・・・・」
島風が、何かを思い出したように口を開いた。
「あたし達3人とも、1人になっちゃったんだね」
「ああ」
「そう言えば、そうですね・・・・・・・・・・・・」
姫神は黒姫を失い、響も姉の暁、そして妹の雷、電を失っている。そして、島風は元々、姉妹艦の建造が取りやめられて「1人っ子」だった。
彼女達だけではない。
この戦争で兄弟を失った将兵や、姉妹艦を失った艦娘は少なくない。
長く続いた戦争は、あまりにも多くの被害を出してしまったのだ。
「そうだッ」
そこで島風が、暗い雰囲気を払拭するようにして言った。
「これからはさ、あたし達が姉妹って事にしない?」
「「は?」」
突然の申し出に、キョトンとする姫神と響。
いったい、このウサギ少女は突然何を言い出すのか?
訝る2人に、島風は更に言い募る。
「だからさ、これからはあたし達3人で姉妹って事にしようよ。それなら寂しくないでしょ」
何を馬鹿な、
姫神は初め、そう思った。
島風が言いたい事は判らないでもないが、自分の姉妹は死んだ
島風の申し出は嬉しいと思わないでもないが、今更、クロの他の姉妹を持つ事には抵抗があった。
だが、
「良いかもしれないね」
「え?」
傍らの響が、意外な事に同意を示した。
姫神以上に冷静沈着な少女にも、島風の発案には、どうやら思うところがあるらしい。
「そうなると、響ちゃんが長女で、ヒメちゃんが次女、あたしが末っ子って感じかな」
言ってから、島風は含み笑いをしながら姫神を見る。
「何となく、
「そうだね」
「2人とも、失礼ですよ」
頬を膨らませてそっぽを向く姫神を見て、可笑しそうに笑う響と島風。
と、
「あ~ 3人ともずるいよ!!」
突然の声に顔を上げる3人。
そこには、何やらこちらを指差している少女の姿があった。
短いポニーテールを、白いリボンで結んだ小柄な少女。
信濃である。
どうやら彼女も間宮の事を聞いてやってきたらしい。
「行くなら、あたしにも声かけてくれても良かったじゃん」
「ごめん。信濃とは連絡がつかなかったから」
そう言って響は苦笑する。
第3次マリアナ沖海戦の後、「信濃」は第2艦隊の編成から外されている。
「大和」「武蔵」亡き今、最強戦艦である「信濃」は、本来なら主力部隊である連合艦隊にこそ配備すべきところである。
しかし海軍上層部は「最強戦艦を首都近郊に配備する事で、帝都臣民に安心感を与え、同時に海軍の健在をアピールする」と言う名目の下、「帝都警備海上部隊」を編制し、「信濃」以下、数隻の艦艇を配備している。
「まったくもうッ 何であたしだけ仲間外れにされるのよ」
「い、いや、別に仲間外れにしたわけじゃないと思うよ」
ブー垂れた感じの信濃に対し、島風が宥めるように肩を叩く。
その様子に、姫神もクスッと笑う。
先の戦いでは、自分達は確かに多くの大切な物を失った。
だが、こうして残った物も確かにあるのだ。
その残った物を、これからも大切にしよう。
じゃれあう信濃達を見ながら、姫神は強くそう思うのだった。
3
会議の場は喧騒に包まれていた。
第3次マリアナ沖海戦以後、初となる海軍全体会議は、軍政を司る海軍省、戦略を司る軍令部、そして実働部隊から連合艦隊や海上護衛総隊の代表者が出席していた。
連合艦隊からは小沢の他、小沢のオブザーバー的立場と言う事で、彰人も出席している。
そして今一つ。
本日は海軍の方針決定に関わる大会議と言う事で、軍事参議院から因縁の永野修大将が出席していた。
「好機だッ!!」
開口一番、永野は居並ぶ面々の前で熱弁を振るった。
「先の第3次マリアナ沖海戦において、不遜にも我が帝国本土に攻撃を加え、多くの臣民を死に至らしめた鬼畜米軍の爆撃機はマリアナに潰えた。更に、彼奴らの海軍も大きな損害を受けハワイへと後退した。今こそ大規模な攻略部隊を組織し、マリアナを、そして失われた帝国の領土全てを奪還する時が来たのだッ」
口角泡を飛ばしながらしゃべる永野の弁舌は尚も続く。
「今や合衆国軍に昔日の力は無い。無論、我が海軍も大きな損害を受けてはいるが、『断じて行えば鬼神もこれを避く』と言う言葉もある。生き残った将兵、艦娘一丸となり、裂帛の気合いを持って戦に臨めば、決して不可能ではないはずだ!!」
言い募る永野。
だが、
当然の事だが、その場にいる全員が永野の言葉を冷めた視線で眺めやっていた。
正直、何を世迷言を言っているのか、この御仁は。と言うのが、彰人を含めたその場にいる全員の意見だった。
確かに敵は大損害を受けて後退した。それは事実である。
しかし、それと同時に味方が壊滅したのも事実である。
生き残った戦力を糾合しても、マリアナ奪還など夢のまた夢である。ましてか、他の拠点を奪還するなど、絵空事を通り越して性質の悪い妄想でしかなかった。
「無茶を言わないでいただきたい」
口を開いたのは軍令部総長の豊田玄武だった。彼は戦略機関の軍令部を預かっている立場上、自軍の状況についてもよく把握していた。
「既に我が海軍に、外洋において作戦行動をするだけの力は無く、次に戦えば負けることは間違いありません」
「何を弱気な事を言っているか!!」
泰然とした豊田の言葉に反応したのは、やはり永野だった。
かつてレイテ沖海戦後の会議において、豊田は永野失脚の直接的な引き金を引いた人物でもある。そのような経緯もあり、永野豊田を見る目は、殆ど仇相手を見るそれに近かった。
「いつから我が海軍は、臆病者の集団に成り果てたかッ トップがそのような事であるから、下の人間まで弱腰になるのだ!!」
まるで自分の頃は違った。とでも言いたげな永野の言葉に、豊田は目を剥く。
豊田自身、割と血の気の多い性格をしている事で知られている。相手が元上司とは言え、臆病者呼ばわりされて黙っている事などできはしない。
だが、豊田が何かを言う前に、小沢が口を開いた。
「残念ながら、永野閣下が仰ったことは、実現不可能な夢物語でしかありません」
その物言いに、今度は永野が目を剥いて小沢を睨みつける。
しかし当の小沢は、そのような永野の視線など意に介さずに続ける。
「先ほど総長が仰ったように、我が海軍には最早、途洋侵攻能力はありません。失われた拠点の奪還など、夢のまた夢の事態でしかありません」
小沢の意見に彰人もまた全面的に賛成である。連合艦隊はこれ以上、戦える状態ではないのだ。
ハッキリ言って、永野には現実が見えてないとしか思えなかった。
「こちらが苦しい時は敵も苦しい筈だッ 今こそ我が海軍の底力を発揮するときだろうが!!」
言い募る永野の姿は、もはや駄々をこねる子供と大差無かった。
「ともかくッ 今度こそ我々の武威を示し、もって帝国海軍の栄光をッ」
「そこまでにして頂きたい」
永野の言葉を遮ったのは、海軍大臣の
彼は就任後、海軍大臣として役割を存分にこなしている。第3次マリアナ沖海戦においても実戦部隊のバックアップを行い、連合艦隊が存分に戦える下地を作り出してくれた。
そんな井上が、鋭い視線で永野を睨みながら口を開いた。
「貴重なご意見をありがとうございます永野閣下。しかし、これ以上の御意見は無用ですので、どうぞ、退席してくださってけっこうです」
慇懃な、それでいて厳然たる口調。
暗に「出て行け」と言うニュアンスを含めて告げられた井上の言葉。
永野の方でも井上の意図を察したのだろう。顔を真っ赤にして睨みつけてくる。
だが、本人はどうやら忘れているようだが、今の永野は軍事参議官。実権はおろか、この場にあって発言する権限すら本来は無い。ここに出席したのは、あくまで後に天皇に意見を乞われた際、助言をする為である。
それなのに、まるでかつての軍令部総長時代のように弁舌を振る舞うのは、越権行為も甚だしかった。
やがて、永野は憤りを隠そうともせず椅子を蹴って立ち上がると、足音も荒く部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送った後、安堵の息が漏れ聞こえてきた。
「ようやく、静かになりましたね」
冗談めいた声に、賛同の笑いが返る。
彰人は追従こそしなかったものの、その意見には同意だった。あの調子で喚き散らされたのでは、会議も何もあった物ではない。
「さて、話を纏めようではないか」
井上がそう告げると、会議は再開となった。
ともかく、海軍が抱える現状の再認識と、今後の方針。戦力の補充等、頭を抱えたくなる案件ばかりである。
戦力の補充については、駆逐艦については当面、簡易設計の松型を当てて対応する事になっている。
松型は大量生産を目指し、性能を他の駆逐艦より幾分落としている。合衆国軍で言えば「護衛駆逐艦」に近い艦種である。
速力は27ノットと遅いものの、一応、対空、対水上、対潜全てに対応可能な万能艦であり、また雷装も装備しているので攻撃力も高い。
防御方法にしても機関にシフト配置を採用している為、周囲が思っている以上に高い防御力が期待できる。
松型は既に完成分が連合艦隊や海上護衛総隊に配備されて戦果を上げている。性能においては不足は無いと判断された。
とは言え、駆逐艦はそれで良いにしても、巡洋艦以上の艦は如何ともしがたい。
一応、雲龍型航空母艦の4番艦以降や、巡洋艦を改装した軽空母は船台に乗ってはいるが、それらが完成するのはまだ先の話である。もし、短期間の内に合衆国軍が再侵攻を仕掛けて来たなら、間に合わない事は火を見るよりも明らかだった。
「八方ふさがりです」
珍しく、彰人は匙を投げるように言った。
実際、もう打つ手は無い。今度敵が来たら、それこそ本当に、連合艦隊その物が玉砕覚悟で挑むしかない。もっとも、それでも勝てるとは到底思えないのだが。
帝国の前途には、不安以外の何物も存在しない。
一同は、その事を改めて認識せざるを得なかった。
3
結局、会議は実りある物とは言い難いまま閉会となり、ただただ永野の無分別じみた印象のみが残る結果となった。
次に敵が来たらどうするのか?
どの地点で迎え撃ち、どのように戦うのか?
それらのビジョンが、一切見えてこないのだ。
しかし、
「結局のところ、これ以上はどうしようもないんだよなァ」
横須賀に停泊している「姫神」の私室で、彰人は嘆息気味にそう呟いた。
正直、海軍としてはこれ以上、如何ともしがたい所まで追い詰められつつあるのは事実である。
海軍提督の彰人としては、本当にもう、ここらで手打ちにしたい心境だった。
これは会議の席で永野が言った「臆病」でも何でもなく、もう本当にそれしか手が無いからだ。
と、
「心配事ですか、彰人?」
尋ねる声にベッドの方を振り返る彰人。
そこには、巡戦少女が下着の上からYシャツを羽織っただけの寝間着姿で座り込んでいた。
第3次マリアナ海戦が終わって1か月、姫神はほぼ毎日のように彰人の部屋にやってきて夜を過ごすようになっていた。
この事を、彰人は軽い驚きと共に受け入れている。
それまでも姫神は良く彰人の部屋に来て、ベッドを共にする事はあったが、毎日と言うのは流石に無かった。
とは言え、その原因についても彰人は心当たりがあった。
黒姫の事である。
開戦から1カ月が過ぎ、姫神の中で、ある程度気持ちに整理がついたようだが、やはり最愛の妹を失った悲しみから立ち直ったとは言い難い。
彰人はこのごろよく、夜中に何かの物音を聞いて目を覚ます事がある。
そう言う時は必ず、横で姫神がすすり泣きをしているのである。
黒姫を失った事で生じる姫神の心の穴は、たとえ彰人であっても容易に埋めてあげることはできない。
彰人自身あの戦いで、恩人にして盟友の宇垣護を始め、多くの仲間達を失った。だからこそ、姫神の悲しみはよく理解できる。
彰人にできる事は、姫神が泣き疲れて眠るまで優しく抱きしめていてあげる事だけだった。
彰人は、姫神に笑い掛ける。
「うん、ちょっと考え事をね・・・・・・それよりどうだった、今日は響たちと遊びに行ったんでしょ」
「それがですね・・・・・・・・・・・・」
姫神が語る今日あった出来事。
それを聞いて、彰人は思わず吹き出してしまった。
「アハ、それ面白いね。何て言うか、島風らしいよ」
「まったくです」
そう言って姫神も笑みを浮かべる。
こうして、姫神にも大切な仲間ができる。その事が何れ、彼女の心を癒して行ってくれることを、彰人は期待せずにはいられなかった。
荒々しい足音が廊下から聞こえて来たのは、その直後の事だった。
足音は部屋の前まで来ると、乱暴に司令官室の扉が叩かれる。
「提督、おられますかッ 緊急事態です!!」
声は幕僚の1人の物だ。
訝りながら扉を開ける彰人。
「どうしたんですか?」
「たった今、海軍省から緊急信が入りました」
幕僚は急き込んだ様子で言った。
それだけで、事態は容易ならざるものであると推察できた。
「それによりますと、ドイツ第3帝国が連合国軍に対し無条件降伏を打診したとの事です!!」
その言葉に、彰人は愕然とする。
今、
帝国は、その足元から急速に崩れ落ちようとしていた。
第100話「崩壊の序曲」 終わり