蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第105話「幕切れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛国臨時政府によるクーデター勃発から1週間が経過した帝都は、辛うじて落ち着きを取り戻し、少なくとも表面上は静けさを取り戻そうとしていた。

 

 だが、その静けさが、却って不気味な印象を齎していた。

 

 それは、帝都に住まう誰もが共通した認識。

 

 ここ数日、愛国臨時政府軍の間に妙な緊張が走り、空気が張り詰めているのが判る。

 

 何かが、起ころうとしている。

 

 誰もが、そう思わずにはいられなかった。

 

 クーデターの発生以来、窮屈な生活を強いられている都民たちにとっては正直、これ以上の厄介事は勘弁願いたいところである。

 

 そのような都民の不安とは裏腹に、事態は急速に動き出そうとしていた。

 

 それまで東京湾の中央付近に居座り、威圧するように鎮座していた戦艦「信濃」の姿が見えなくなったのだ。

 

 小島のような巨大戦艦の姿が見えなくなったことで、却って人々の間で憶測が飛び交うようになっていった。

 

 そこ頃、

 

 「信濃」は、僚艦である秋月型駆逐艦の「宵待月」「寝待月」、松型駆逐艦の「萩」「菫」を従えて、東京湾の湾口付近に移動していた。

 

 目的は、南から帝都奪還を目指して進撃してくる連合艦隊の迎撃である。

 

 僅か戦艦1隻、駆逐艦4隻のみの戦力で、連合艦隊主力を迎え撃つなど無謀の極みと言える。

 

 その為彼等は、湾口に布陣する事で東京湾その物を封鎖し、入ってくる艦船を順次、狙い撃ちしていく作戦を立てていた。

 

 これなら、敵は狭い海峡を1隻ずつ並んで航行してこなくては行けなくなる為、「信濃」1隻でも、迎撃は充分可能となる訳だ。

 

 既に「信濃」の主砲は湾口へと向けられている。いつ「敵」が攻め込んできても良いよう、準備は万端に整えられていた。

 

「まあ、奴等にそんな度胸があるとも思えんがな」

 

 そう嘯いたのは、「信濃」艦橋に立つ黒鳥陽介である。

 

 既に連合艦隊主力は東京湾の入り口付近まで迫ってきているのは、「信濃」の方でも確認されていた。

 

 このまま行けば、あと数時間で砲戦開始となるだろう。

 

 同じ帝国海軍同士。

 

 仲間同士の凄惨な殺し合いが始まる訳だ。

 

 だが、

 

「なに、そうはならんよ」

 

 黒鳥は余裕の表情で、そう嘯いて見せた。

 

「どういう事?」

「簡単な話だよ」

 

 首をかしげる信濃に、黒鳥は肩を竦めて説明してやる。

 

「奴等とて、思っている程馬鹿ではない。下手に砲火を交えて損害が大きくなれば、この戦争に勝つ事が不可能になる事は目に見えているからな。恐らく奴等は、東京湾の入り口を封鎖して、こちらが出てこないようにするのが精いっぱいだろうさ」

 

 実に奇妙な話だが、「損害をあまり出したくない」と言う点において、正規軍もクーデター派も意見が一致している。

 

 仮に、双方に無視し得ない程の損害が生じれば、帝国を守る為に必要な海軍が壊滅してしまう。そうなれば、合衆国軍に対して対抗する者達がいなくなってしまう。

 

 その事は、双方ともに判っているのだ。

 

 そして、その考えが即ち、この戦いがいかに無意味で馬鹿げたものである事を如実に表している証左に他ならなかった。

 

 黒鳥の考えは、その心理を都合のいい部分だけ利用しているのだった。

 

 自分達は時間さえ稼げばいい。

 

 時間を稼げば、富士宮殿下や永野閣下、杉本閣下が政府を掌握するだろう。そうなれば立場は逆転する。

 

 自分達は錦の御旗を掲げる正規軍となり、奴等は御上に楯突く賊軍となるのだ。

 

 その時こそ、堂々と進撃して奴等を制圧してやれば良い。

 

「自分達の任務は、ただこの場に待機して東京湾口を封鎖してやれば良い。と言う訳だ」

「なるほど」

 

 黒鳥の説明に、頷く信濃。

 

 成程、それなら運が良ければ、味方と戦わなくて済むかもしれない。

 

 姫神や島風、響と言った友達を始め、多くの仲間達と砲火を交えずに済む事は、信濃にとっても嬉しい事だった。

 

 だが、

 

 現実はそれほど甘くは無かった。

 

 それからしばらくして入って来た報告は、黒鳥達を驚かせるのに十分すぎる物だった。

 

「大変です艦長ッ!!」

 

 泡を食って飛び込んできた通信長に、黒鳥は泰然とした調子で振り返る。

 

「どうした通信長。もしや、いよいよ殿下達が新政権を立ち上げる旨を宣言なされたか?」

 

 呑気な調子で尋ねる黒鳥。

 

 そうなれば最早、勝ったも同然である。

 

 だが、

 

「違います!!」

 

 通信長は黒鳥の言葉に首を振る。

 

「湾口を監視していた部隊からの報告ですッ 連合艦隊主力が、東京湾口に進路を取って行動を開始。恐らく湾内への突入を目指す物と思われます!!」

「な、何だとッォ!?」

 

 その報告に、黒鳥は仰天した。

 

 正に、寝耳に水の事態である。彼は連合艦隊が本気で突入してくる可能性について、殆ど真剣に考慮していなかったのだ。

 

 ただ湾口を封鎖していれば、奴等は指を咥えて見ているしかなくなる。

 

 そんな風に、安易に考えていたのである。

 

 だが今、連合艦隊主力が東京湾口を目指して向かって来ていると言う。正に自体は、黒鳥の想定とは真逆に進もうとしていた。

 

「奴等はどこまで愚かなんだッ 度し難いにも程がある」

 

 怒鳴り散らす黒鳥。

 

 「自分の都合通りに動いてくれない敵」に対し、怒りをあらわにしている。

 

 だがすぐに、怒鳴っていても事態は好転しない事に思い至る。

 

「機関始動、出港用意!! これより、向かってくる賊軍を迎え撃つ!!」

 

 黒鳥の命令が飛び、「信濃」艦内を兵士達が慌てて駆けまわる。

 

 実のところ、黒鳥の甘い考えが蔓延したせいで、「信濃」乗組員たちにも弛緩した空気が流れていたのだ。

 

 自分達がいる限り、敵は東京湾には入って来れない。ならば、後は封鎖だけしていれば良い。そうすれば、自分達の勝ちは動かないのだから。

 

 そう考えていた兵士達が大半である。その為、黒鳥の命令が発した時、艦内の半分以上の兵士達が持ち場を離れていたほどである。

 

 それでも慌ただしく機関を始動し、「信濃」は動き始める。

 

 スクリューが海水を撹拌し、同時に巨大戦艦の艦体は前へと進み始める。

 

 主砲が旋回し、東京湾口へと指向し直そうとした。

 

 次の瞬間、

 

 突如、

 

 「信濃」の右舷艦尾付近から、巨大な水柱が立ち上ったのだ。

 

 同時に襲い来る激震が艦内を突き抜け、黒鳥を含め、艦橋内に立っていた人間をなぎ倒した。

 

「ああッ!?」

 

 思わず悲鳴を上げ、その場にうずくまる信濃。

 

 顔は苦痛に歪み、手は右足を押さえている。

 

 そんな信濃を横目に、慌てて立ち上がった黒鳥が叫ぶ。

 

「損害報告ッ 急げ!!」

 

 いったい、何がどうなっているのか。

 

 僅かに右舷側に傾斜した艦内で兵士達が駆けずり回り、躍起になって損害の把握に努める。

 

 やがて、黒鳥の元へと損害報告が上げられてきた。

 

「右舷後部に魚雷命中ッ 右舷推進軸喪失!!」

「舵機室より報告ッ 先の魚雷命中により舵故障。面舵に固定されたまま動きません!!」

 

 その2つの報告は、黒鳥を愕然とさせるのに十分な物だった。

 

 この時「信濃」は全4基あるスクリューの内、右舷側の2基を魚雷命中によって吹き飛ばされ、同時に操舵機構まで損傷してしまったのだ。その為「信濃」は、右方向に旋回し続ける事しかできなくなってしまった。

 

「い、いったい何があったのだ!!」

 

 敵を迎え撃つべく出撃しようとしていた矢先のこの事態に、黒鳥は狼狽を隠す事ができずにいる。

 

 だがこの時、

 

 更なる事態が、「信濃」に襲い掛かろうとしていた。

 

「右舷前方に陸地ッ このままでは擱座します!!」

 

 見張り員の言葉に、思わず我に返る黒鳥。

 

 見れば確かに、前方にはゆっくりと近づいてくる東京湾の海岸線が見える。舵が面舵に固定されたまま故障してしまった為、「信濃」は右舷方向に緩やかに旋回を繰り返し、そのまま海岸線に突っ込むコースに入ってしまったのだ。

 

「き、機関停止ッ いや駄目だッ 後進一杯急げ!!」

 

 とっさに機関を後退に入れ、座礁を回避しようと試みる黒鳥。

 

 世界最大の戦艦を座礁で失うなどと言う愚を、犯す訳にはいかない。

 

 懸命に機関を後進に入れる「信濃」。

 

 しかし、片舷のみとなった推進力で、基準排水量6万4000トンの巨体に急ブレーキを掛ける事は不可能である。

 

 やがて、

 

 懸命な努力もむなしく、戦艦「信濃」の巨体は、轟音を上げて海岸にのし上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 海岸線に擱座した「信濃」の無惨な様子を、少し離れた海面下で見詰めている目があった。

 

 1隻の潜水艦。

 

 この艦こそが、彰人が連合艦隊主力に先行する形で送り込んだ刺客に他ならない。

 

「任務完了でち」

 

 少し幼さの残る舌足らずな言葉でしゃべる少女。

 

 水着の上からセーラー服を着こみ、髪は短く切りそろえた少女である。

 

 潜水艦「伊58」の艦娘。ゴーヤである。

 

 クーデター鎮圧を行うに際し、最大のネックとなるのはやはり「信濃」の存在だった。

 

 彼女が東京湾に居座っている限り、連合艦隊主力は東京湾に入る事が出来ない。

 

 だが「信濃」相手に水上戦闘で勝てる艦は無く、航空攻撃も望みが薄い。

 

 それらの事情を踏まえ、彰人が選んだ選択肢は「潜水艦による奇襲」だった。東京湾内に密かに潜水艦を潜り込ませ、機を見て「信濃」を雷撃。行動力を奪ってしまおうと言う訳である。

 

 「信濃」を雷撃するに当たり、ゴーヤとその艦長は、敢えて浅海域に布陣する選択をした。

 

 これは、非常に危険な事である。

 

 潜水艦にとって最大の武器は言うまでも無く水中へもぐる事であるが、この際、どれだけ深く潜れるかが明暗を分ける事になる。

 

 しかし浅海域に布陣すればこの最大の武器が使えず、機動力に勝る駆逐艦に捕捉される可能性が高まる事になる。

 

 だが反面、メリットも存在している。

 

 浅海域に布陣すれば、音探などに捕捉される可能性が低くなる。海底に音が乱反射する為、補足され辛くなるのだ。

 

 ゴーヤ達の賭けは結果的に正しかった。彼女達は見事に、「信濃」を雷撃して足を止める事に成功したのである。

 

「舵を吹き飛ばすとは思って無かったがね」

「そうでちね」

 

 苦笑気味の艦長の言葉に、ゴーヤも同意の頷きを返す。

 

 幼さの残る顔には、どこか憂いの表情があるのが判る。

 

 本来なら味方である筈の戦艦を攻撃し行動不能に追い込むと言う任務は、少女にとっては辛すぎる物だった。

 

 艦長はいたわるようにゴーヤの頭を撫でてやる。

 

 対してゴーヤもまた、甘えるように、艦長の手の温もりに身を委ねるのだった。

 

 

 

 

 

 一方、浜辺に擱座した「信濃」は、大混乱に陥っていた。

 

 予期し得なかった潜水艦による奇襲。

 

 黒鳥達は完全に、正面から迫る連合艦隊主力にばかり目が行き、足元への注意を怠っていた。

 

 松型、秋月型各2隻から成る駆逐艦も、湾口ばかりを警戒して、「信濃」周辺の警戒をおろそかにしていた。

 

 その結果が、この体たらくである。

 

 今や「信濃」は、良く言って「陸にうち上げられた鯨」でしかない。

 

 4隻の駆逐艦が伊58(ゴーヤ)を狩り出そうと、慌てて反転してくるのが見える。

 

 だが、全ては遅すぎた。

 

 今更伊58(ゴーヤ)を撃沈したところで、状況が覆らないのは明白だった。

 

 しかも、

 

 伊58(ゴーヤ)探索の為に反転しようとした駆逐艦4隻だったが、

 

 突如、彼女達の艦首方向に、巨大な水柱が次々と立ち上った。

 

 慌てて振り返るとそこには、東京湾に侵入してきた第2艦隊の戦艦群が、主砲を向けてきている所だった。

 

 「姫神」「金剛」「比叡」「伊勢」「日向」の順番で単縦陣を組んだ戦艦群は、油断なく「信濃」に主砲を向けながら航行している。

 

 その様は、正に威風堂々と称するべき姿だった。

 

 たちまち、4隻の駆逐艦は蜘蛛の子を散らすように、四方へと逃げ散って行く。

 

 後には、無様に浜辺にのし上げた「信濃」が残るのみだった。

 

「は、反撃しろッ 今こそ奴等を撃滅する好機だぞ!!」

 

 傾いた艦橋において、彼方を航行する連合艦隊を見詰めて喚き散らす黒鳥。

 

 だが、それに対する反応は、絶望的な物だった。

 

「ダメですッ 本艦の傾斜は現在右舷側に8度ッ 揚弾機が停止しました!!」

 

 その報告に、黒鳥は愕然とする。

 

 主砲弾を装填するのに必要な揚弾機は、浸水などによって一定の確度まで艦が傾斜すると停止してしまうのだ。

 

 通常なら、反対舷に注水する事でバランスを取り戻す措置が取られるのだが、今の「信濃」は浅瀬に擱座している状態である為、事実上、傾斜復旧は不可能だった。

 

 自力での離礁は、もちろん不可能。大和型戦艦の巨体が、完全にあだとなった形である。

 

 勿論、策を仕掛けた彰人も、ここまで計算してやった訳ではない。ただ単に「信濃」を雷撃して行動の自由さえ奪えればそれで良い、と言う程度にしか考えていなかったのだが、結果は彰人の予想以上となった。

 

 全ては、黒鳥が「信濃」を喫水ギリギリの浅瀬に布陣させた事が原因だった。

 

 身動きが取れない「信濃」を尻目に、悠々と東京湾に侵入していく連合艦隊主力。

 

 その姿を、黒鳥は歯噛みしながら見詰める事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の展開は急激だった。

 

 「信濃」無力化。

 

 そして連合艦隊主力の東京湾突入により、形勢は逆転。愛国臨時政府は完全に窮地に追いやられた。

 

 東京の市街地に主砲を向ける形で停泊した「姫神」「金剛」「比叡」「伊勢」「日向」の5隻は、盛んに空砲を放って愛国臨時政府軍を威圧する。

 

 基本的に陸軍が主力を成している愛国臨時政府軍は、連合艦隊のこの行動によって、一気に士気瓦解に至った。

 

 実際に撃ってくるはずがないと判っていても、戦艦の主砲を向けられる威圧感は半端な物ではない。

 

 遠雷のような空砲を聞く度に、クーデター派の兵士達は縮み上がるような想いを味わっていた。

 

 それと同時に、東京湾沖合に停泊した第3艦隊から発艦した航空部隊は、東京上空で大量のビラをばら撒いた。

 

 内容は「今回のクーデターに際し、下士官、兵士の罪は一切問わない」と言う趣旨の言葉から始まり、最終的には、兵士達に原隊復帰を促す物に纏められていた。

 

 これが、彰人の作戦の本筋である。

 

 クーデター派と言っても、全ての兵士が自分の意志で反乱に加わっている訳ではない。中には上官の命令に従っている者も少なくない筈。

 

 この考えは井上海軍大臣とも共通している事である。

 

 そして、この点こそがクーデター派最大のウィークポイントと言えた。

 

 クーデター派の「頭脳」を形成しているのは士官だが、構成員の大半は兵士達である。ならば、その両者を切り離してしまえば良い。

 

 兵士達に対して罪に問わない事を条件に投降を促し、彼等を原隊復帰させれば、後に残るのは少数の士官のみ。いかに頭脳が残ろうと、肉体が伴わなければクーデターの意味が無かった。

 

 更に、

 

 そこへ、トドメともなるべき事態が発生した。

 

 それまで沈黙を守っていた天皇陛下が近衛師団に出撃を命じたのだ。

 

 これで、チェックメイト(詰み)である。

 

 帝都各所にはアドバルーンが掲げられ、そこに括りつけられた幟には「勅命下る」「軍旗に刃向うな」「兵士達よ原隊に戻れ」などと言った文字が書かれていた。

 

 これに先立ち、クーデター派最大の戦力である「信濃」が連合艦隊によって無力化された事も報じられてる。

 

 これで、クーデター派の士気は完全に崩壊した。

 

 自分達は国を守る為に立ちあがった志士などではなく、悪逆非道な反逆者である事を明確に示されたのである。

 

 このまま行けば、本当に反逆者になりかねない。

 

 そう考えた兵士達は次々と愛国臨時政府の指揮下を離れ、近衛軍に投降していく。

 

 それでも士官以上の者達や、愛国志士団に所属する者達が抵抗の意志を示してはいたが、それらの持つ力は微々たる物でしか無く、やがて近衛師団によって次々と制圧、メンバーは拘束されていった。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 帝国ホテルのスイートルームから、2人の将官が転がるように飛び出してくる。

 

 永野修と杉本元次。

 

 共に愛国臨時政府の幹部角を務める2人である。

 

 彼等の耳には既に、「信濃」が無力化された事。そして近衛師団にクーデターの鎮圧命令が出た事が知らされている。

 

 多くの兵士達が近衛師団に投降し、今や愛国臨時政府は事実上の崩壊を迎えていると言って良かった。

 

「い、急げッ 早くしろ!!」

「ええいッ 判っている!!」

 

 2人は先を争うようにして廊下を走っている。

 

 その手には、大振りなバックが大事そうに抱えられていた。

 

 僅かに開いた口からは、印刷された札束が見えているのが判る。

 

 ともかく、詰め込めるだけの現金を鞄に詰め込んで、司令部を飛び出してきたのだ。

 

 既に彼等の中では、今回のクーデター劇が失敗に終わった事が確定的となっている。

 

 だからこそ逃げなければならない。直に近衛師団の兵士達が、この帝国ホテルにもなだれ込んでくるだろう。そうなる前に姿を消しておくのだ。

 

 永野と杉本は、愛国臨時政府の他の幹部や司令部要員を全て置き去りにして、自分達だけで逃げ出していた。

 

 そればかりか、本来なら自分達が「主君」と仰ぐべき、富士宮の事すら、今の彼等の頭の中には無かった。

 

 誰だって自分が可愛いに決まっている。他の奴等の事など知った事か。

 

 自分達のような優秀で頭の良い人間は生き残る物なのだ。他の間抜けが指を咥えて捕まっている内に。

 

 そんな事を考えていた時だった。

 

「うがぁ!?」

 

 突然のうなり声に永野は振り返る。

 

 すると、つい今しがたまで自分の隣を走っていた杉本が床に蹲っているのが見える。どうやら走っている内に足をもつれさせてしまったようだ。抱えていたカバンの中身もぶちまけられ、床には札束が散らばっていた。

 

 その様子に、永野は舌打ちする。

 

 何をやってやがる、このグズが。

 

 そう言いたげに睨みつけながら踵を返すと、再び走り出す。

 

 遅れた奴に構っていれば、自分まで巻き添えを食いかねない。

 

 永野は札束をかき集めている杉本を尻目に、廊下をひた走る。

 

 エレベーターを降り、1階の廊下をひた走ってホールへと出る。

 

 あと少しで脱出できる。

 

 そうすれば、どこかに身を隠して、ほとぼりが冷めてから満州にでも逃亡すれば、まず捕まることは無い筈だ。

 

 そう考えて足を進めた。

 

 次の瞬間、

 

「なッ・・・・・・・・・・・・」

 

 思わず、足を止めた。

 

 ホテルの入口。

 

 扉が大きく開かれた先に、

 

 ライフルを構えた一群の兵士達が待機していた。

 

 既に銃口は向けられ、立ち尽くす永野に狙いを定めていた。

 

 既に近衛師団は帝国ホテルに愛国臨時政府の司令部がある情報を突き止め、この場所を包囲していたのだ。

 

「永野閣下。あなたを拘束します」

 

 指揮官の冷たい宣告が鳴り響く。

 

 それと同時に、滑り落ちた鞄から飛び出した札束が、盛大に宙を舞った。

 

 

 

 

 

 こうして、数日間に及んだ帝国のクーデター劇は終結を迎えた。

 

 騒ぎの張本人たる愛国臨時政府は瓦解、その主要メンバーも大半が拘束されていった。

 

 多くの士官が拘束される中、兵士達の大半は投降する道を選んだ。

 

 彼等は、彰人達が当初から睨んでいた通り、ただ上官の命令に従い行動していただけなのである。その上官が逮捕され、新たな上級司令部から原隊復帰の命令が来た以上、彼等が従わない理由はどこにもなかった

 

 だが、それでもいくつかの悲劇は防ぐ事ができなかった。

 

 愛国臨時政府が崩壊した事を知った士官の一部は、もはや運命は決した物と思い、自刃に及んだのである。

 

 彼等の多くは純粋に国の行く末を憂い、しかしだからこそ、その想いを利用され、富士宮派閥に取り込まれていった者達である。

 

 そのような彼等だからこそ、自分達が唯一無二と信じた思想が崩壊する様を見せ付けられ、絶望して自ら命を絶つ道を選んだのだった。

 

 こうして、愛国臨時政府が急速に崩壊していく中、

 

 「本来の首魁」である、富士宮康弘の姿はどこにも見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 東京でのクーデターが鎮圧されつつある頃、

 

 富士宮は1人、車を飛ばして横須賀までやってきていた。

 

 海辺の公園にたどり着くと、よろけるように車から飛び出し、そのまま公園内へと駆け込んで行く。

 

 フラフラとした足取りで、何度も転びそうになりながら駆けていく富士宮。

 

 やがて、彼の視界の中に目指す戦艦が姿を現した。

 

 その戦艦に、よろけながら近付いて行く富士宮。

 

 と、

 

「殿下ッ!!」

 

 甲板上からその様子を見ていた三笠が、身を乗り出して叫んだ。

 

 既に彼女の下にも、東京のクーデターが失敗し、鎮圧された事は伝わってきている。当然、富士宮も拘束された物と思っていたのだが、その富士宮自身が、まさかこのような場所に現れるとは思ってもいなかったのだ。

 

 慌ててタラップを駆け降り、富士宮の元へと駆け寄る三笠。

 

 やがて、

 

 三笠の姿を見て安堵したのか、その場に崩れ落ちるように倒れる富士宮を支える。

 

「殿下ッ しっかりなさってください!!」

 

 必死に声を掛ける三笠。

 

 対して、

 

「三笠・・・・・・私は・・・・・・・・・・・・」

 

 富士宮は彼女に抱かれながら、力無い声を発する。

 

 それは、先日までとは打って変わり、まるで一気に数十年分も年を食ったような印象さえあった。

 

「殿下、何も言わなくても良いです。もう、全て終わったんです」

 

 そんな富士宮を慰めるように諭す三笠。

 

 だが、富士宮は縋るように、三笠に言う。

 

「私は・・・・・・私はただ、お前に見せたかっただけなんだ・・・・・・強くなった・・・・・・大きくなった、帝国の姿を・・・・・・・・・・・・」

 

 かつて共に戦い、共に笑いあった仲間。

 

 その仲間に、自分達が積み重ねてきた事が、決して無駄ではなかった事を示す。

 

 その為に、帝国を強く、大きなものとする。

 

 そうして強くなった帝国を、三笠と共に眺める。

 

 それこそが、富士宮が、その半生を掛けて成したかった夢に他ならない。

 

 だが、

 

 その夢を達成する手段において、彼は致命的な間違いを犯したのも事実である。

 

「もう良いんです、殿下」

 

 そんな富士宮に、三笠は優しく語りかける。

 

「もう、たくさん見せてもらいました。だから、もう良いんです・・・・・・・・・・・・」

「三笠・・・・・・・・・・・・」

 

 富士宮を優しく抱き留める三笠。

 

 その耳に、兵士達が織りなす靴の音が、徐々に大きくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、愛国臨時政府が急速に解体されていく中、ただ一つ、抵抗を続ける者達がいた。

 

 「信濃」である。

 

 とは言え、既に浜辺に乗り上げ、身動きはおろか反撃すらままなぬ身である。

 

 彰人はそんな「信濃」に対しても威嚇行動を行った。

 

 空砲は勿論、「絶対に当てない」事を条件に、「信濃」の至近へ実弾砲撃を行った。

 

 対して、傾斜によって主砲を封じられた「信濃」は反撃の手段が無いまま、「姫神」以下戦艦群の砲撃を浴び続けた。

 

 勿論、命中する事は無かったが、空砲や至近弾の水柱だけでもかなりの心理的圧迫となる。自分達が反撃できないとなれば尚更である。

 

 そこへ更に、彰人は追い打ちを掛ける。

 

 帝都同様、航空機によるビラまきを行い、兵士達に投降を促したのだ。

 

 これにより「信濃」乗組員たちは、艦に見切りをつけ、あるいはわが身を守る為に投降を選ぶ者達が続出した。

 

 そして今や、「信濃」艦内に残っている者達は、ほんの数名に過ぎなくなっていた。

 

 彼等は皆、艦最奥部である機関室にこもり抵抗を続けている。

 

 しかし、それは最早何の意味も無い、ただ自分達の負けを認めたくないが故に、意地を張り続けているにすぎなかった。

 

 それに対し、彰人は陸戦隊を率いて「信濃」艦内に突入すると、自ら艦内奥深くへと進んで行った。

 

 やがて彰人は、残る「信濃」乗組員が立てこもっている機関室の前までやってきた。

 

 その傍らには、姫神も控えている。彼女は親友である信濃を説得できるかもしれない可能性に賭け、ここまでついてきたのだ。

 

「ここですか?」

「はい」

 

 問いかける彰人に、警戒に当たっていた陸戦隊員は頷きを返す。

 

「先ほどから、水上中将を連れてこいの一点張りでして」

 

 兵士の言葉に、彰人は首をかしげる。

 

 いったい、自分に何の用があるのだろう?

 

 そう思いながら、姫神を伴って扉をくぐる彰人。

 

 基準排水量6万4000トンの巨大戦艦を動かす為に必要な、心臓部分と言うべき機械が、所狭しと立ち並ぶ機械室。

 

 その中に、彼等はいた。

 

「来たかッ この売国奴めがッ!!」

 

 放たれた第一声がそれだった。

 

 見れば機械に囲まれた部屋の奥には、「信濃」艦長を僭称する黒鳥陽介や信濃本人。それに彼等に付き従う兵士数名が銃口を彰人達に向けて来ていた。

 

「売国奴?」

「貴様たちがやっている事は帝国を滅亡に導く暴挙だと言う事がなぜ判らん!?」

 

 喚き散らす黒鳥に対し、彰人は冷ややかな目を向ける。

 

「その為なら、本土決戦も辞さない、と?」

「当然だッ それこそが帝国の威信を守る唯一の方法だろうが!!」

 

 問いかける彰人に対し、黒鳥はまるでそれが不変の真理であるかのように言い放った。

 

 その一言で、彰人は愛国臨時政府の本質を見た気がした。

 

 要するに黒鳥達は、最後の最後まで現実が見えていなかったと言う事だ。

 

 あるいは、判っていて敢えて見ようとしなかったか?

 

 自分達の失敗によって戦争をここまで破綻させておきながら、それを糊塗する為に戦争を継続させようとする。

 

 彼等の欲望は、帝国の国民全員が死ぬまで止まりそうもない。

 

 否

 

 国民全員が死んでも尚、自分達だけが逃げ延びて戦いを継続しようとすることだろう。

 

 だが、そんな浅ましい欲望に、こちらが付き合う謂れは無い。

 

「あなたは間違っている。黒鳥大佐」

「何ッ」

 

 静かに放たれた彰人の言葉に、激昂しそうになる黒鳥。

 

 対して、彰人は淡々とした口調で続けた。

 

「そもそも、国民に犠牲を強いておいて、何の為の軍隊だと言うんですか? そんな軍に存在価値があると本当に考えているなら、あなたは軍人としてだけでなく、人として最低以下だ。軍はあくまで国民あっての物であり、軍隊はただ、国民を守る為にのみ存在している。間違っても、その逆じゃない」

「黙れ黙れ黙れェ!!」

 

 更に銃口を向けてくる黒鳥。

 

 対して、彰人達の周囲にいる陸戦隊員も、緊張して銃口を向ける。

 

「国を強くしたいと思って何が悪いッ 国が強くある為には軍が強くなくてはいけないんだ!!」

「国民を巻き込んでいる時点で、強い軍隊などと言う資格は無いでしょう。僕達は弱いから負けた。間違ったから負けた。それだけの話です」

 

 熱した口調で喚き続ける黒鳥に対し、彰人はあくまでも冷静に話し続ける。

 

 恐らく、この論議に終止符は無い。彰人は黒鳥の主張を認める気は無いし、黒鳥はそもそも、彰人の言葉など耳に届いていない様子である。

 

 両者の主張はあくまでも平行線を保ったまま、永久に交わることは無いのだ。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・ヒメちゃんは、これで良いの?」

 

 硬い口調で口を開いたのは、黒鳥の傍らに立つ信濃だった。

 

 その可愛らしい容貌は煤で汚れ、白いリボンで縛った髪はバサバサになっている。

 

 双眸は真っ直ぐに親友を見詰めて言い募る。

 

「このまま行けば、この国は負けるんだよ。合衆国とか連合国とかに負けて、言いなりにされちゃうんだよ。ヒメちゃんはそれでも良いの?」

「信濃・・・・・・・・・・・・」

 

 親友の言葉に、姫神は困惑した表情をする。

 

 今のまま帝国と合衆国が講和をすれば、条件は帝国側にとってかなり厳しい物になるのは間違いない。下手をすれば「陸海軍の解隊」「賠償金請求」「連合国による帝国全土の占領統治」、最悪、「天皇陛下の身柄拘束」までもあり得るだろう。

 

 姫神とて開戦以来、常に最前線で戦って来た身である。それがいかに屈辱的な事であるかは理解している。

 

 そこへ、信濃は更に言い募った。

 

「あたしはヤダよ。お姉ちゃん達が必死に戦って守ろうとした国がそんな事になるなんて」

 

 大和や武蔵。

 

 その他、多くの将兵・艦娘達が命がけで戦い、守ろうとした帝国。

 

 その帝国が、敵の属国になるような事は許せない。

 

 そう思ったからこそ、信濃はクーデター派に加担する道を選んだのだ。

 

「ヒメちゃんだって、あたしの気持ちは判ってるはずでしょ!!」

「・・・・・・・・・・・・」

「クロちゃんが死んで、ヒメちゃんだって悲しい筈。それなのに、何であたしの気持ちは判ってくれないのよ!!」

 

 信濃の言葉に、顔を俯かせる姫神。

 

 そこへ、信濃は更に言い募る。

 

「これで良いの!? クロちゃんは、こんな国にする為に死んだの!?」

「・・・・・・・・・・・・めて」

「クロちゃんが可哀そうだよッ 帝国が負けるような事になったら、クロちゃんだって完全に無駄死にじゃない!!」

 

 信濃が叫んだ。

 

 次の瞬間、

 

「やめて!!」

 

 眼差しを上げ、姫神は信濃を睨みつけた。

 

 普段は殆ど見せる事の無い姫神の激情に、信濃は思わず声を詰まらせてのけぞる。

 

 その様に、彰人も驚いたほどである。

 

 正直、姫神がここまで感情を顕にして叫んだのは、彰人と言えども見るのは初めてだった。

 

「こんな馬鹿げた事のダシに、クロを使わないで!!」

 

 姫神は、その可憐な双眸に明らかな怒りを滲ませて信濃を睨みつけていた。

 

 最愛の妹、黒姫を失った事は、姫神の心を深く傷つけ、今も血を流し続けている。

 

 信濃の先程の言葉は姫神にとって、そんな黒姫との大切な思い出に泥を塗る行為に等しかった。

 

「クロも、大和も、武蔵も、信濃がこんな事をする為に犠牲になったんじゃないッ みんな、この国の人達が幸せに暮らせる事を願って死んでいったッ それなのに・・・・・・・・・・・・」

 

 言ってから、姫神はキッとした瞳で黒鳥を睨みつけた。

 

「私は、貴方を許さない。絶対にッ 私の親友をこんなにしてッ」

「黙れ小娘ェ!!」

 

 黒鳥の銃口が、真っ直ぐ姫神に向けられる。

 

「貴様如きに、我が大儀を理解できる物かッ!!」

 

 

 

 

 

 殺気の為に、血走った黒鳥の眼差し。

 

 

 

 

 

 引き金に掛かった指に、力が加えられる。

 

 

 

 

 

 彼は本気で、姫神を撃つつもりなのだ。

 

 

 

 

 

 とっさにそう判断した彰人は、巡戦少女を庇うように抱き寄せる。

 

 

 

 

 

 だが、もはや事態は止まらない。

 

 

 

 

 

 銃口を向けた黒鳥が、憎悪の眼差しと共に引き金を絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダアァァァァァァァァァァァァン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狭い室内に、鳴り響く銃声。

 

 彰人は、とっさに覚悟を決めて痛みに耐えるべく身を固くする。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 首をかしげる彰人。

 

 いつまで経っても、痛みが襲ってこない。

 

「彰人?」

 

 腕の中の姫神も、不思議そうな顔で見上げてくる。

 

 と、

 

 顔を上げて振り返った2人が見た物は、驚くべき光景だった。

 

 視界の先には、拳銃を構えた黒鳥の姿がある。だが、当の黒鳥自身、驚いたように目を見開いていた。

 

 1枚の白い布が、宙に舞うのが見える。

 

 それが、少女の髪を縛っていたリボンである事に気付いた者が、その場に果たして何人いた事だろう?

 

 そして、

 

 黒鳥と彰人達が立つ、ちょうど中間あたり。

 

 そこに、少女が両手を広げて立っていた。

 

 彰人と姫神を守るように。

 

「信濃!!」

 

 悲鳴に近い姫神の叫び。

 

 同時に、視界の中で世界最強の少女が、床に崩れ落ちた。

 

 慌てて駆け寄る、彰人と姫神。

 

「信濃ッ どうして!?」

 

 縋りついた姫神に対し、信濃は口から血を吐き出しながら言う。

 

「・・・・・・これで、良いの・・・・・・これで、良いんだよ」

 

 弾丸は信濃の胸の中央辺りに命中し、そこから血を流している。明らかに致命傷だった。

 

「ごめんね、ヒメちゃん・・・・・・クロちゃんの事・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 信濃の言葉に、涙を流しながら首を横に振る姫神。

 

 その様子を、彰人も沈痛な面持ちで眺める。

 

 恐らく後世、この少女は悪しざまに罵られる事になるだろう。「失敗したクーデターに加担した愚かな艦娘」として。

 

 それは世界最強の戦艦として生まれ、帝国の為に戦った少女にはあまりな仕打ちだろう。

 

 だが、もはやどうしようもない事である。

 

 少女の命は、今まさに失われようとしていた。

 

 と、

 

「どけッ どけッ!!」

 

 突如、割って入った黒鳥が、信濃の体を抱き上げる。

 

 そんな黒鳥に対し、

 

 信濃は最後の力を振り絞って笑い掛ける。

 

「どうして・・・・・・どうしてだ信濃・・・・・・どうしてこんな事を・・・・・・」

 

 自分の銃弾の前に割って入った信濃。

 

 その行動を咎めるように言い募る黒鳥。

 

 対して、

 

 信濃はどこか悟ったように、目を閉じた。

 

「・・・・・・あたし達、どこで間違ったんだろうね?」

 

 黒鳥達とて、決して国を滅ぼしたいと思っていた訳ではない。むしろ、国を救いたいと思う心は誰よりも強かったと言える。

 

 ただ、やり方を、どこかで致命的に間違えてしまった。

 

 それが今、この状況を作り出しているのだ。

 

 やがて、

 

 信濃の体から、急速に力が失われていくのが判った。

 

「し、信濃ッ」

 

 その様子が判り、慌てて声を掛ける黒鳥。

 

「待て、行くな信濃ッ 俺を1人にしないでくれ!!」

 

 少女の体を、きつく抱きしめる黒鳥。まるで、そうする事によって、信濃を現世につなぎ止めようとするかのように。

 

 だが、

 

 少女は最後に、黒鳥に優しく微笑むと、その可憐な瞳を永遠に閉じた。

 

 その様子に、ガックリと崩れ落ちる黒鳥。

 

 姫神もまた、親友の死を目の当たりにし、その場に座り込み、瞳からは一筋の涙をこぼす。

 

 そんな中、

 

 彰人は帽子を目深にかぶり直すと、座り込んだ黒鳥を冷然と見下ろしながら言った。

 

「黒鳥陽介元大佐。あなたを内乱罪、及び殺人罪の容疑で逮捕します」

 

 それが、このクーデター劇の終幕となった。

 

 

 

 

 

第105話「幕切れ」      終わり

 

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