1
結局、ソ連の対日侵攻作戦は、連合艦隊の作戦介入によって決定的な頓挫を見た。
彼等は海上における唯一の機動戦力である太平洋艦隊を文字通り全滅させられただけでなく、上陸作戦様にかき集めた輸送船団も、帝国海軍が誇る戦艦群の巨砲によって叩き潰され、殆どがウラジオストクの港に戻ることは無かった。
更に帝国海軍は陸揚げされた兵器や物資をも砲撃によって焼き払った。
これにより、北海道に上陸したソ連軍部隊は、攻める事も退く事もできなくなったのである。
勿論、船団を失った以上、大陸側から北海道へ増援を送る事も不可能である。
対して帝国軍は海戦から数日後、道南地方に陸軍の増援部隊が到着。更に東北の各拠点には陸海軍の航空部隊が展開、残存ソ連軍に対する陸・海・空の包囲網は一段と強化される運びとなった。
これに対し、ソ連軍は生き残った輸送船をかき集めて尚も細々と海上輸送を試みる一方、空軍による物資の空輸も試みた。
しかし連合艦隊主力に加え、北海道北部海域には
空輸にしても然りである。
そもそも空輸で運べるのは食料と医薬品、日用雑貨品。あとはせいぜい、個人携行の火器くらいの物である。当然だが、車両等の大型の物は運ぶ事が出来ない。
そして、空軍の輸送計画も、帝国軍航空部隊の妨害に遭い、予定通りに運ばれない事が多かった。
これは南方における戦いの戦訓を基にした戦術である。
エスピリトゥサントを巡る戦いにおいて、ガダルカナルやラバウルから長距離攻撃を仕掛けた帝国軍に対し、合衆国軍はあくまで「待ち」の戦術に徹した。
その結果、長距離侵攻した帝国軍は疲弊した状態で戦場に到着したのに対し、合衆国軍は万全の態勢で迎撃してきた。
これが、南太平洋において帝国軍が敗北した一因であった。
この事を踏まえ、帝国軍はあくまで、北海道に上陸したソ連軍地上部隊を包囲する事に専念。こちらから積極攻勢に出ることは無かった。
更に、ソ連軍が手をこまねいている間に、第2艦隊を主力とする帝国海軍は、樺太と千島のソ連軍に徹底した砲爆撃を敢行、同地への圧力を強めると同時に、一部地域の奪還にも成功していた。
スターリンは補給が途切れた以後も徹底抗戦を主張したが、前線部隊の兵士達にとっては戦う武器はおろか、食料すら無いとあっては、どうあっても戦いようが無い。
やがて食料も弾薬も尽きたソ連北海道派遣軍は、帝国に対し単独で降伏。それに前後して千島や樺太に展開した部隊も壊滅するに至り、ついにソ連軍の抵抗も潰えた。
こうして、ソ連軍による対日侵攻と言う事態は、満州のみを制圧しただけで終わりを迎えたのだった。
しかし一連の戦闘で、帝国は大陸における権益である満州を失い、勢力は大きく後退する事となった。
更に、この戦いによって帝国海軍は、備蓄していた燃料や弾薬の大半を使ってしまうと言う事態に陥ってしまった。
尚も南方航路は維持されている為、物資自体の輸送が完全に途絶えることは無い。
しかし、一時的にせよ燃料が枯渇寸前にまで追い込まれ、深刻な状況に追い込まれつつあるのは確かだった。
そして、
この時はまだ、帝国海軍の誰もが気付いていなかった。
ソ連軍の北海道侵攻と、それに伴う一連の戦闘では確かに勝利した。
しかし、
それらの事実が、自分達が最も警戒すべき相手に、致命的とも言える時間を与えてしまった事実に。
2
9月に入って、夏の暑さも幾分和らぎつつあるようだった。
朝などは幾分寒い時もあり、吹き込んでくる空気が、勝手に目を冴えさせてくれる。
それは、本州最北端の地においても同様である。
大湊警備府は今、常にない程の賑わいを見せていた。
何しろ、石狩湾海戦の立役者。
暴虐なる侵略者の手から北海道を守った英雄たちである連合艦隊の主力が、この大湊に錨を下ろしているのである。
水上艦隊主力である第2艦隊と第5艦隊の各艦は、石狩湾海戦後、北海道海上封鎖を行った後、この陸奥湾を中心に活動していた。
主力艦隊を撃滅し、船団を海の藻屑としたとは言え、尚もソ連軍の脅威は残っている。
航空部隊である第3艦隊は一足先に呉へと帰投しているが、第2艦隊と第5艦隊は、完全に安全が確認されるまで、ソ連軍の再侵攻を警戒して大湊に留まっていたのである。
その中には、第2艦隊旗艦「姫神」の姿もあった。
第2艦隊は、先の戦いにおける最大の立役者であると同時に、最も大きな損害を喰らった部隊でもある。
彰人の作戦によって、ソ連太平洋艦隊を撃破する事には成功したものの、その後が大変だったのだ。
あの後、石狩湾に突入した第2艦隊は、怒りに任せて復讐してきたソ連空軍の攻撃を、一手に引き受ける形となったのだ。
この攻撃により、集中攻撃を受けた戦艦「金剛」は大破。
更に航空戦艦「伊勢」も、潜水艦の雷撃を受けて中破している。
仕方なく彰人は両戦艦に護衛を付けて後退させると同時に、残る戦艦の内、万が一に備えて「比叡」を小沢に預けて後退させると、自らは残る「姫神」「日向」を率いて大湊で警戒に当たっていたのである。
しかし、それもソ連の北海道侵攻軍が降伏した事で、必要無くなっている。
その為、第2・第5両艦隊も、近日中には呉へ帰投する事が決まっていた。
その「姫神」の司令官室では、彰人がベッドの上で、微睡からの心地よい覚醒を果たそうとしていた。
朝の陽ざしが窓から吹き込む中、
すぐ隣の柔らかい感触が、彰人を幸せな気分へと導く。
姫神である。
一糸まとわぬ生まれたままの姿をした巡戦少女が、可憐な瞳を閉じて静かな寝息を立てていた。
昨夜、ベッドを共にした後、そのまま2人で寝入ってしまったのだ。
差し込む陽光が、少女の幼さの残る裸体を照らし、きらきらと輝いているように見える。
僅かに膨らんだつつましい胸と、白く透き通るような肌、可愛らしいお尻に掛けてのラインが一個の美を作り出しているのが判る。
下腹部の当たりは、キュッと締められ、初々しい感じを醸し出している。
そっと手を伸ばして少女の頬に触れてみると、女の子特有の柔らかさが掌を通じて伝わってきた。
「・・・・・・・・・・・・ん・・・・・・んみゅ?」
子猫の鳴き声のような声と共に、姫神は僅かに目を開く。
「おはよう、姫神」
「・・・・・・おはようございます。彰人」
言ってから、姫神は自分の恰好を見て頬を赤らめる。
昨夜の情事を思い出し、恥ずかしさが込み上げて来たのだろう。こういう初々しい反応が、何とも可愛らしかった。
互いに微笑みあう2人。
やがて、
どちらともなく顔を近づけると、お互いの唇を重ねる。
毎朝やってる朝の儀式。
互いの想いを感じる事ができる、大切な時間である。
やがて、姫神が服を着ている間、彰人は紅茶の準備をする。
朝食前のほんのひと時だが、2人だけで過ごせる幸せな時間である。
「今日、呉に向けて出港するのですか?」
「うん。補給作業は昨夜の内に終わっているからね。長官からも、そろそろ戻るように言われているし」
小沢としては、水上砲戦部隊の主力をいつまでも、用の済んだ北の地に留めておきたくない、と言う想いもあるのだろう。
まだ対米戦がどのような形に収束するか判らない今、主力艦隊を手元に置いて置きたいと言う気持ちは判る。
それに、彰人としても呉に移動する事は望ましい事だと思っている。
大湊には大型艦を整備する施設が乏しいうえに、補給にも難がある。ここにいては、どうしても艦隊の行動が制限されてしまうのだ。
一応、石狩湾海戦の後、「明石」以下の工作艦部隊に出張ってもらい、随時、整備は行って来ている為、戦闘力の維持には問題無い。
しかしそれでも、艦隊を預かる身としては、ちゃんとした設備のある港に移りたいと思う物である。
帝国内における燃料事情が逼迫しつつある昨今、未だ十分な備蓄を確保しやすい呉へ艦隊を回航させる事は、第2艦隊にとっては願ったりな状況であると言えた。
「彰人」
紅茶を飲みながら姫神が尋ねて来たのは、そんな時だった。
「何かな?」
「彰人は、この戦争が終わったら、どうされるのですか?」
いきなりな質問だった。
思わず、彰人は紅茶を淹れる手を止めて、姫神の顔をまじまじと見つめてしまった。
対して、巡戦少女は真っ直ぐに彰人を見詰めてきている。
どうやら、姫神は姫神なりに、何か思うところがある様子である。
戦争が終わったらどうするか?
そう言えば、そんな事は考えた事も無かったと思い、彰人はひそかに苦笑する。
しかし、
そうなのだ。もう、そんな事を考えても良い時期にまで来ているのだ。
このまま行けば、帝国にとって不本意な形で戦争が終結する事になるだろう。恐らく、停戦時における条件も厳しい者となるだろう。
しかし、ともかく4年近くも続いた戦争に、終わりが見え始めているのは事実だった。
少し考えてから、彰人は口を開いた。
「海軍に残るよ」
両手で紅茶を持って飲んでいる姫神を見ながら、彰人は言った。
「どうせ、他に行くところも無いし、ここまでやってきたら、しがらみもできてしまってるしね」
彰人自身、この戦争で自分が多くの物を抱え込み過ぎてしまったと思っている。
開戦から常に前線で戦い続けてきた歴戦の提督。
勿論、常勝無敗と言う訳では無かったが、それでも多くの戦いに勝利し、帝国海軍を支えてきた彰人の功績は、誰もが認める所である。
恐らく、やめようとしても海軍の方が、彰人を手放そうとはしないだろう。
再び艦隊を任されるか、あるいはこれまでの知識と手腕を活かして教官職や参謀職、或いは軍令部への復帰も考えられた。
更に、
もっと厄介な事もある。
図らずも生き残ってしまった者達は、死んでいった者達の想いも背負って生きていかなくてはならない。
彰人自身、マリアナに散った盟友、宇垣護を始め、多くの大切な人々をこの戦争で失っている。
勿論、死んでいった人々は、生きている人々に重荷を背負わせる事を望んではいないかもしれない。
しかし、生き残ると言う事はつまり、全てを背負って生きて行くと言う事に他ならない。
死んでいった人々に代わり、未来を守る事ができるのは、今を生きている者達だけなのだから。
「良かった」
彰人の答えを聞き、姫神はクスッと微笑を浮かべる。
どうやら、彰人がやめるかもしれないとでも思っていたのだろう。
そんな姫神に対し、彰人は優しく笑い掛ける。
「僕が、君を置いてどこかに行くわけないでしょ」
「・・・・・・・・・・・・はい」
そうだ。
ずっと一緒に戦って来たんだ。
これからも、一緒に行こう。
2人は、その事を再確認するのだった。
2
そして、運命の日はやってきた。
その日、広島県上空は、澄み渡るように晴れていた。
雲一つない快晴の空。
まさに「秋晴れ」と称して良い、気持ちの良い日だった。
その日、多くの人々が朝から学校やそれぞれの勤務、あるいは奉仕活動に励み、その比の勉学や労働に勤しんでいた。
戦争はまだ続いている。
しかし、そんな事を感じさせない、平和な風景だった。
そう、戦争なんて、どこか遠い世界の出来事なのでは、と思える程に。
それに、
噂によれば、戦争はもうすぐ終わると言う。
それが本当なら、喜ばしい事だ。
誰だって戦いは嫌に決まっている。人が、仲間が、友達が死ぬところ何て見たくも無い。
誰もが、そう思って当然だった。
重ねて言う。
その日は晴れていた。
澄み渡る程に。
そこでふと、
1人の少年が、空を仰ぎ見る。
青く輝く空。
太陽が齎す陽光が、平和な風景を見せている。
そんな中、
「・・・・・・・・・・・・あれ、何だ?」
空を見ていた少年が、ポツリと呟いた。
そこには、はるか上空を飛ぶ、黒い影が3つ、浮かんでいるのが見える。
最初、鳥かと思ったが、どうも違うようだ。そもそも、その影はかなり高い所を飛んでいるのが判る。
鳥は、そこまで高い高度を飛ぶ物は珍しい。
となると、あれは飛行機と言う事になるのだが、
あれが飛行機だとすれば、かなりの大型機と言う事になる。
帝国軍は、あんな巨大な機体を作っていたのか、と少年は心の中で誇らしく思う。
いつか自分も、あんな飛行機に乗ってみたい、と。
純粋な思いで、少年はいつまでも空を飛ぶ飛行機を見詰め続けていた。
やがて、
そんな少年の見ている前で、
上空の大型機は、ゆっくりと下部ハッチを開いた。
呉軍港には、北海道における航空支援任務を終え、一足先に帰投していた第3艦隊の姿があった。
先の北海道を巡る一連の作戦において、第3艦隊は第2艦隊や地上部隊を支援して、多くの航空機を繰り出した。
北海道の戦いには勝利したとは言え、精強なソ連空軍と激突し、第3艦隊にも相当な被害が生じている。
今は生き残ったベテランに加えて、教育飛行隊を卒業した若鳥たちの育成を急ぎ、母艦航空隊の再建を急いでいる状態だった。
軽空母「瑞鳳」においても、それは同様だった。
軽空母と言う、本来なら主力空母を支援する立場の存在ながら、相次ぐ母艦喪失により、今や帝国海軍機動部隊の主役を担うまでに至った「瑞鳳」。
その「瑞鳳」の飛行甲板に、訓練を終えた翼たちが次々と帰還してきた。
先頭で飛行甲板に滑り込んだ烈風改からは、直哉が降りてくる。
「瑞鳳」戦闘機隊隊長として石狩湾海戦や、北海道航空撃滅戦に参加した直哉は、ソ連軍機相手にも圧倒的な戦闘力を見せ付けて勝利した。
北海道における制空権を帝国軍が奪取できたのは、とりもなおさず直哉をはじめとしたエースパイロット達が奮戦したからに他ならなかった。
「お疲れ様です、隊長」
機体から降りた直哉を出迎えたのは、艦娘の瑞鳳だった。
長いポニーテールを靡かせた少女は見るからに小柄で、今まで正規空母ばかりを渡り歩いてきた直哉からすれば、見るからに華奢なイメージがある。
しかし、こう見えて瑞鳳は帝国海軍の中では歴戦の空母である。彼女ほど信頼に足る空母は、他にはGF旗艦の「瑞鶴」くらいの物だった。
ちなみに「瑞鳳」は小型空母であるが故に、艦載機は戦闘機と対潜攻撃用の艦攻しか積んでいない。その為、「瑞鳳」での戦闘機隊と言う事はつまり、「瑞鳳」航空隊の隊長でもある。
「やれやれ、だね」
「どうしたんですか?」
いきなり溜息をつく直哉に、瑞鳳は怪訝な顔つきで尋ねる。
対して、直哉は苦笑交じりに言う。
「減ったらまた補充して、補充した端からまた減って。その繰り返しだよ。いったい、いつまで続くのかな」
あまりにもメンバーの入れ替わりが激しい事は、確かに嘆かわしい事だろう。
航空隊は消耗が激しい。開戦以来、戦い続けているパイロットは入れ替わりが激しい事でも有名である。
だからこそ、直哉のように開戦からこれまで生き残ってきたパイロットは貴重であると言えた。
「良いじゃないですか」
瑞鳳は、そんな直哉に、柔らかく笑い掛ける。
「戦争がもうすぐ終わるなら、パイロットの人達がすぐに死ぬ事も無くなります。これからは、きっとそう言う時代が来るはずです」
前向きな瑞鳳の言葉を聞いて、直哉はぼんやりと考える。
正直、長く戦って来た身としては、戦争が終わると言われてもピンとこない物がある。
まして直哉は、飛龍と蒼龍、2人の想い人を失っている。
戦争が終わったからと言って、その心の傷は簡単に癒えたりはしないだろう。きっとこれからも、2人がいない現実に長く苦しむ事になるかもしれない。
しかし、
同時に、彼女達のような悲劇が再び起こる事も無くなるだろう。
人が当たり前に生まれ、当たり前に生き、そして当たり前に笑える。そんな世の中が来る。
否、もうそこまで来ている。
そう考えれば、飛龍や蒼龍たちの犠牲も、決して無駄ではなくなることになる。
勿論、直哉の中で、彼女達の事を過去の物にする事はできないのだが。
「・・・・・・・・・・・・そうだね」
ポツリと、呟く直哉。
直哉だって、平和な世の中の為に今まで戦って来たのだ。それが今、目の前まで来ていると判って、嬉しくないはずが無かった。
そんな直哉に、瑞鳳が笑い掛ける。
「さあ、後の事は整備班に任せて、隊長たちは休んでいてください。食事の方も用意してありますから」
「ありがとう、瑞鳳。そうさせてもらうよ」
直哉はそう言って、踵を返した。
次の瞬間だった、
「熱ッ!?」
一瞬の閃光。
それと同時に、これまで経験した事が無いような事が起こった。
突如、「瑞鳳」甲板上に吹き込んだ熱風に、思わず瑞鳳が顔をしかめる。
見れば、直哉もまた、突然の事に目を細めて絶えている様子だった。
いったい、何が起きたのか?
現象は一瞬だった為、誰もが戸惑いを覚えずにはいられないでいる。
その時だった。
「お、おい、あれは何だ!?」
パイロットの1人が叫び声を発する。
その指示した方向。
それを見て瑞鳳も、直哉も、顔を青褪めた。
それまで澄み渡るくらいに晴れ渡っていた青空。
その空の彼方に、黒々とした煙が立ち上っている。
それも、タダの煙ではない。
黒く、巨大で、まるでキノコのように上空で大きく傘を開いているのが判る。
見る物に只管不気味さを感じさせる黒い雲。
まるで、世界を滅ぼすと言われる伝説の魔獣が、目の前に出現したかのようだ。
その姿を、誰もが息を飲んで見詰めている事しかできない。
いったい、何が起こっていると言うのか?」
「広島の、方角だね・・・・・・」
「はい」
直哉の言葉に、頷きを返す瑞鳳。
何か、良く無い事が起こっている。
誰もが、そう思わずにはいられなかった。
その報告は、大湊警備府を出航して、仙台沖を航行中だった第2艦隊にも齎された。
初めの第1報は、呉に停泊中のGF旗艦「瑞鶴」からだった。
だが、
通信参謀が持って来た報告は、彰人が首をかしげるような物だった。
「《呉への入港は一時中断。横須賀に入港されたし》だって。どういう事だろう?」
「さあ?」
姫神も、揃って首をかしげる。
そもそも、第2艦隊の呉への回航は、小沢の命令によるものである。それが今になって反故にしたばかりか、別の命令を発してくるとは、いったいどういう事だろう?
訳が分からず、彰人と姫神は顔を見合わせるしかなかった。
とは言え、命令は命令である。
横須賀を通り過ぎた後だったら燃料も無駄遣いになっていただろうが、現在位置から横須賀は、まだ呉との中間にある。そちらに行けと言われれば、従わない訳にはいかなかった。
「進路変更。我が艦隊はこれより、横須賀軍港を目指す」
彰人の命令に伴い、航海計画を変擦る第2艦隊。
この時はまだ、彰人は事態の深刻さに気付いていなかった。命令撤回についても、せいぜい何か、小規模なトラブルが起きたのだろう、と言う程度にしか考えていなかった。
だが、その数時間後にもたらされた第2報は、彰人達を絶望の淵に叩き込むのに十分な物だった。
「提督、これを!!」
再び電文を手に駆け込んでくる通信参謀。
その命令を見た瞬間、
彰人は、己の足元の地面が、ガラガラと音を立てて壊れていく気がした。
「彰人?」
姫神が心配そうに見つめてくる中、
彰人は、力の抜けた瞳を彼女へと向けた。
「・・・・・・《広島市が、1発の爆弾により、壊滅。死傷者、把握不能》・・・・・・・・・・・・」
誰もが戦慄する。
「・・・・・・・・・・・・《敵は、原子爆弾を使用した物と考えられる》」
彰人の声は、まるで死刑宣告を行う裁判官のようにさえ思える。
誰もが、絶望に立ち尽くす中、
今、
最後の戦いの幕が、静かにあげられようとしていた。
第109話「その日」 終わり