蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第111話「Z旗一流」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイパン島。

 

 かつては帝国が委任統治を行い、多くの日本人が暮らしていた島である。

 

 しかし、レスター・ニミッツ全太平洋艦隊司令長官の下、レイテ沖海戦時に合衆国海軍が行ったマリアナ奪回作戦の折に陥落。

 

 現在は小笠原諸島に展開する帝国軍との最前線として、合衆国軍の支配下にある。

 

 このマリアナ諸島にある各拠点は、第3次マリアナ沖海戦の折に帝国海軍の艦砲射撃を受け、完膚なきまでに叩き潰され、一時は修復不能とまで言われていた。

 

 しかし、帝国軍の目が北のソ連軍に向いている隙に、合衆国軍は突貫工事でサイパン島航空基地を修復。小規模のB29部隊を再展開する事に成功したのである。

 

 かつてのような大規模戦略爆撃機部隊を展開するには程遠い状態。

 

 しかし、合衆国軍にとっては最早、大規模な兵力を展開する必要はない。

 

 少数のB29と、防空戦力である戦闘機隊。そして制海権を維持する艦隊があれば、それで充分だった。

 

 なぜなら、こちらには圧倒的な威力を誇る原子爆弾があるのだから。

 

 その威力は、既に実戦で証明済みだった。

 

 爆弾を投下した広島市は、文字通り「消滅」。

 

 合衆国軍は、この「勝利」に歓喜した。

 

 たった1発の爆弾で大都市一つを消滅させたのだ。

 

 正に夢の兵器。

 

 否、合衆国軍に偉大なる勝利をもたらす、平和の使者だった。

 

 少し前まではSF小説辺りに出てくる妄想でしかなかった力を、自分達は現実に持つに至ったのだ。

 

 それに対し、昔日の力を失った帝国軍には、もはや自分達を止める手段は無い。

 

 かつてのようにマリアナに艦砲射撃を仕掛けて来ようとしても、沖合に展開した艦隊が迎え撃つし、B29を迎え撃つにしても、今のところ帝国軍には、高高度迎撃に有効な機体は存在しない。無理をすれば高高度まで上がって来れる機体もあるが、それとて「有効」とは程遠い状態である。

 

 つまり「最強の鉾」である原爆搭載型B29と、「最強の盾」である艦隊。

 

 この2つを掛け合わせたマリアナ諸島は、今や合衆国軍にとって最強の要塞と化している。

 

 もうすぐ戦争は終わる。

 

 自分達の勝利で終わる。

 

 自分達が世界に平和を齎す使者(ピースメーカー)となる。

 

 マリアナにいる合衆国軍の全ての将兵が、そう信じて疑わなかった。

 

 そして、

 

 その考えを裏付けるように、

 

 今、

 

 サイパン基地の滑走路から、1機のB29が飛び立とうとしていた。

 

 銀色の肌地をむき出しにした巨大な機体。

 

 4発のエンジンを轟かせ、今にも天に舞い上がろうとしている巨鳥。

 

 その腹の中には、1発の爆弾が大事に抱えられている。

 

 「ファットマン」と名付けられたこの爆弾は、ラグビーボールのような楕円形をした爆弾本隊の後部に、四角い安定翼が取り付けられている。

 

 重量は4・6トンに達する巨大爆弾である。

 

 これこそが、合衆国軍の最終兵器、原子爆弾に他ならなかった。

 

 プルトニウムを用いたこの「ファットマン」は、TNT火薬22キロトンの分の威力に相当する大破壊力を誇っている。

 

 更に、先に広島に投下された原爆「リトルボーイ(ウラン使用)」の1・5倍の威力を持つ。

 

 つまり、破壊力においてはヒロシマ型原爆を上回っているのだ。

 

 やがて、「ファットマン」を搭載したB29は、滑走路を滑り始める。

 

 現状、マリアナには先に投下した「リトルボーイ」の他は、この「ファットマン」以外に原子爆弾は存在しない。初期に運び込む事が出来たのは、2発分だけだったのだ。

 

 しかし、既に3発目以降の原爆材料を搭載した艦隊がハワイを出航し、このマリアナへ向かっている最中である。

 

 もし、2発目の爆弾を投下して尚、帝国が降伏しなければ3発目を落とし、それでもだめなら、4発目、5発目と継続し、帝国上層部が音を上げるまで原爆を落としてやるのだ。

 

 大都市をいくつも潰してやれば、奴等はその内必ず音を上げて来るだろう。

 

 いずれにせよこの戦争、既に詰み(チェックメイト)は見えている状態である。

 

 やがて、

 

 轟音を上げて、B29が上空へと舞い上がって行く。

 

 合衆国軍にとっての勝利と栄光、そして正義を担った平和の使者は、帝国の都市を壊滅させ、多くの人々を焼き尽くす為に飛び立ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦「メイン」は、合衆国海軍にとって苦い敗北で終わった第3次マリアナ沖海戦に参加したモンタナ級戦艦の中で唯一、生き残った艦である。

 

 「大和」の砲撃を繰り返し浴び、戦闘力を喪失した時点で戦線離脱した事が功を奏したのだ。総旗艦だった「モンタナ」を始め、他の姉妹艦が悉く撃沈された事を考えると、幸運の艦であったと言える。

 

 その「メイン」は海戦後、本国に戻って修理を施され、再び軍務に復帰していた。

 

 暫くはハワイ近海での待機が続いたが、ソ連が帝国に対し宣戦布告した頃、新たな任務を言い渡された。

 

 即ち、原爆輸送艦隊の旗艦である。

 

 マリアナ諸島のサイパン島に原爆の材料となる部品と原料を輸送する事になる。材料の劣化等の問題がある為、組み立て自体は現地で行う事になるのだが、重要な役割である事は間違いなかった。

 

 更に、万が一にも帝国軍の妨害に遭い、原爆が無為に失われると言う事態は避けなくてはならない為、輸送には輸送船では無く戦闘艦が用いられる事になっていた。

 

 その艦隊の旗艦が「メイン」と言う訳である。

 

 「メイン」以下の艦隊は、原爆搭載艦を護衛しつつハワイを出航。

 

 合衆国軍にとっては勝利の象徴ともなった地、ミッドウェーを横切るする形でマリアナ諸島を目指す艦隊。

 

 異変が起きたのは、翌朝の事だった。

 

「レーダーに感有りッ 本艦の右舷30度より接近してくる艦隊有りッ!!」

 

 「メイン」のレーダーマンが叫ぶように報告を入れて来た。

 

 その報告に、艦隊司令官を務めるジェームズ・オルデンドルフ中将はすぐに、何が来たかを悟った。

 

 この近海に合衆国軍が行動していると言う報告は受けていない。となると、答は一つしかなかった。

 

「帝国海軍め、流石に鼻が利くな。やはり、こちらの意図を察知していたか」

 

 広島原爆投下以来、帝国軍が合衆国軍の動向に対して敏感になっているであろう事は充分に予測していた事である。それを考えれば、なけなしの戦力を振り絞って迎撃してくるであろう事は充分に予想できたことである。

 

 だからこそ、合衆国軍も原爆輸送に可能な限りの護衛を付けたのだ。

 

 今や貴重な戦艦戦力である「メイン」が護衛についているのも、そのような理由からだった。

 

 オルデンドルフ指揮下にある艦隊は、旗艦「メイン」の他に、改アラスカ級戦艦の「パナマ」、第3次マリアナ沖海戦において第7艦隊を壊滅寸前まで追いやったデモイン級重巡1隻、ウースター級軽巡2隻、そして駆逐艦16隻、護衛空母2隻となっている。

 

 このうち旗艦「メイン」以外の1隻に、原爆材料が積載されている訳である。

 

 原爆搭載艦は可能な限り戦闘に加わらせる事はできないが、それでも世界最強戦艦である「メイン」がいる以上、オルデンドルフの有利は動かないのだが。

 

「航空攻撃を仕掛けますか?」

「そうだな・・・・・・・・・・・・」

 

 参謀の言葉に、オルデンドルフは考え込む。

 

 実のところ、オルデンドルフ指揮下にある護衛空母2隻は対潜哨戒用に伴って来た物である為、対艦攻撃能力は低い。

 

 とは言え万が一のことを考え、2隻の格納庫内ではアベンジャー雷撃機12機、ヘルダイバー爆撃機18機が対艦装備を施して待機している。これらは命令があり次第、すぐに発艦できるようにしてあった。

 

 普通に砲撃戦を行っても、オルデンドルフの勝ちは動かない。

 

 しかし、リスクは少しでも減らしておきたかった。

 

「よし、やりたまえ」

 

 参謀に命じる。

 

 まずは航空攻撃で敵の戦力を削ぎ落し、その後、水上砲戦でとどめを刺す。

 

 それが、オルデンドルフの立案した戦闘プランだった。

 

 

 

 

 

 一方、帝国海軍第2艦隊を率いる水上彰人中将も、自身が賭けに勝った事を確信していた。

 

 彰人にとって最大の問題は、合衆国軍の原爆輸送艦隊がどの航路を使ってマリアナを目指すか、と言う一点にあった。

 

 ミッドウェーを経由する形で、直接目指すのか、あるいはいったんマーシャル方面に下り、その後、マリアナを目指す遠回りコースを通るのか、手持ちの情報だけでは絞りきれなかったのだ。

 

 それら全ての海域に偵察網を敷く事はできない。そんな事をしたら、網目は薄くなり、取り逃がす危険性すらあった。

 

 そこで、彰人は賭けに出た。

 

 合衆国軍にしてみたら、原爆輸送にあまりリスクは掛けたくないはず。遠回りコースは敵(帝国海軍)の妨害が入る可能性は低いものの、輸送コースが長くなり、敵からしてみたらリスクが高い。輸送中に何らかの事故が起こる可能性もある。

 

 となると、最短コースであるミッドウェー経由でマリアナを目指す可能性が高い、と彰人は考えたのだ。

 

 勿論、確証があった訳ではない。

 

 しかし、もはや迷っている時間が無かった。

 

 彰人は第6艦隊に依頼して、ミッドウェー近海からマリアナ諸島までの航路に伊400型をはじめとする潜水艦を派遣してもらい、同時に水上機による偵察を実施、以前、第2次マリアナ沖海戦の折に威力を発揮した早期広域索敵線を展開した。

 

 その結果、

 

 伊401(しおい)搭載の晴嵐が、ミッドウェー近海を経由して西を目指す大艦隊を発見。彰人はそれが原爆輸送艦隊であると判断し、襲撃する決意をしたのだ。

 

 そして両軍は、マリアナ東方海上において、対峙する事となる。

 

 最後の最後で、運は彰人に味方した形である。

 

「勝負は、ここからだ」

 

 帽子を目深にかぶりながら、彰人は呟く。

 

 傍らの姫神も、緊張で眼差しを吊り上げていた。

 

 同時に、彰人は鋭い声で命じた。

 

「Z旗一流!!」

 

 彰人のその命令に、誰もが驚きの声を上げた。

 

 Z旗の齎す意味は「皇国の興廃この一戦にあり。各員、一層奮励努力せよ」であり、決戦時に連合艦隊旗艦に掲げられるのが帝国海軍の伝統である。

 

 だが「姫神」は今はGF旗艦ではない。

 

 こういう場合、DG旗(D旗とG旗を合わせた物。意味はZ旗と同じ)。を掲げるのが常である。事実、真珠湾攻撃時、当時の第1航空艦隊旗艦「赤城」はDG旗をマストに掲げている。

 

 しかし、彰人はこの難局に当たり、兵達の士気を鼓舞して勝利に導くためには、何か象徴のようなものが必要だと感じたのだ。それにはZ旗以上に最適な物はあるまい。

 

 この戦いが負けられぬ一戦であり、自分達の敗北は帝国滅亡への一里塚である。

 

 それを考えれば、戦いの重要度は日本海海戦に勝るとも劣らないはずである。

 

 やがて、「姫神」のマストに赤、青、黄、黒に染め上げられたZ旗が翻る。

 

 それを待っていたかのように、第2艦隊の士気は天を突く勢いで吹き上がった。

 

 自分達の戦いが帝国を、そこに住む人々を、愛する人たちを守る為の物。

 

 そう考える事ができればこそ、兵士達は死地にあって全力以上の力を発揮できるのだ。

 

 その間にも、両軍の距離は徐々に近づいてくる。

 

 すでに事前偵察で、合衆国艦隊にモンタナ級戦艦がいる事は彰人達にも判っている。恐らくマリアナ沖で取り逃がした「メイン」だろう。

 

 戦慄を禁じ得ない。

 

 「姫神」では、

 

 否、

 

 今の帝国海軍の保有する戦艦で、モンタナ級戦艦に対抗できる艦は無い。恐らく残る5隻が束になって掛かっても敵わないだろう。

 

 唯一、対抗できるはずだった「大和」「武蔵」「信濃」は、もういない。

 

 しかし、逃げる事は許されない。

 

 彰人達は自分達の力のみで、世界最強の戦艦に挑まなくてはならないのだ。

 

 彰人指揮下にある第2艦隊の戦力は、以下のとおりである。

 

 

 

 

 

○第2艦隊

司令部直属「姫神」(旗艦)

第4戦隊「鳥海」「利根」「青葉」

第13戦隊「大淀」「響」「島風」「朝霜」「霞」「磯風」「雪風」「涼月」「冬月」

 

 

 

 

 

 巡洋戦艦1隻、重巡洋艦3隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦8隻。

 

 これが、連合艦隊が繰り出す事ができる、最後の戦力だった。

 

 石狩湾海戦の後、彰人の手元には航空戦艦の「日向」も残っていたが、彰人は今回、「日向」を第5艦隊司令官の木村正臣に預けて本土に残してきた。

 

 これは、備蓄燃料に余裕が無かった事も理由だが、「日向」の速力が25ノットしか出せない事が原因だった。

 

 敵にモンタナ級戦艦がいる以上、「日向」を連れて来ていたら大きな戦力になってくれただろうが、今回の作戦はスピードが勝負である。低速の艦を伴う余裕は無かった。

 

 「金剛」「伊勢」は北海道の戦いで敵の攻撃を受け大破。今はドッグに入っている為、出撃できる状態ではない。

 

 行動可能な戦艦はもう1隻、「比叡」がいたが、こちらは小沢指揮の下第3艦隊の1隻として呉にあった為、合流は間に合わないと判断され、出撃を見合わせている。

 

 以上の理由により、彰人の手元にあって出撃できた戦艦は「姫神」1隻のみだった。

 

 対して、合衆国軍は戦艦1隻、大型巡洋艦1隻、重巡洋艦1隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦12隻、護衛空母2隻。

 

 戦力的に、第2艦隊の不利は否めなかった。

 

 その時、

 

「対空電探に感2ッ!! 敵機接近!!」

 

 電測参謀の報告に、彰人は眦を上げる。

 

 敵はまず、空から来たのだ。

 

「セオリー通りだね」

「はい」

 

 彰人の呟きに、姫神は頷きを返す。

 

 戦力的に勝っている合衆国軍からすれば、セオリーはいわば勝利へのマニュアルである。

 

 確実にやって確実に勝つ。

 

 水上戦闘を前に、少しでもこちらの戦力を減らしておくつもりなのだ。

 

 ならば、受けて立とうではないか。

 

「対空戦闘用意!!」

 

 彰人の命令に従い、全艦が動き出す。

 

 巡洋戦艦や重巡、軽巡の主砲が旋回する一方、各艦の高角砲、機銃に弾丸が装填される。

 

 やがて、視界の彼方で黒々とした点が浮かび上がり、徐々に近づいて来るのが見える。

 

 敵の空母を発艦した航空機が、真っ直ぐに向かって来ているのだ。

 

「あまり、多くはないな」

 

 敵もマリアナで多くの主力空母とパイロットを失っている。護衛に回せるほどには、戦力が回復していない事が考えられた。

 

 彰人にとっては好都合である。上手くすれば、戦闘力を損なう事無く水上戦闘に移行できるかもしれない。

 

 徐々に接近してくる敵機。

 

 その動きを睨み据え、

 

「撃てェッ!!」

 

 彰人の命令と共に、

 

 「姫神」の前部甲板に集中配備された50口径40センチ砲3連装3基6門が一斉に火を噴いた。

 

 放たれる3式弾改。

 

 一定時間飛翔した後、時限信管の通電によって炸裂する。

 

 空中に振り撒かれる無数の鉄球。

 

 強烈な炸裂を受けて、複数のヘルダイバーが吹き飛ばされるのが見えた。

 

 これまでの戦訓から、帝国軍の使う主砲用対空砲弾が半端な威力でない事は合衆国軍も掴んでおり、事前に編隊を散開しておくと言う対策を取っている。

 

 しかし、それでも被害を極限する事はできなかったようだ。

 

 編隊の一角が崩れるのが見える。

 

 彰人は、そこで手を緩めない。

 

 更に主砲斉射を繰り返し、更に敵編隊の飛行空域を薙ぎ払う。

 

 炸裂する砲弾が、次々と合衆国軍を削ぎ落していく。

 

 だが、それでも残った敵機が、第2艦隊上空に殺到してくる。

 

 合衆国軍側も、自分達の戦力がそれ程多くない事を理解している。戦力を分散しては、却ってダメージを与えられないと判断したのか、一点に集中して攻撃を仕掛けてくるのが見えた。

 

 即ち、最強戦力である「姫神」に群がって来たのだ。

 

 対して、彰人は上空の敵機を睨み据えて言い放った。

 

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

 彰人の号令と共に、高角砲と機銃を撃ち始める「姫神」。

 

 同時に、第2艦隊各艦も対空砲を撃ち上げ始めた。

 

 ヘルダイバーが急降下を開始し、アベンジャーは海面を這うように飛行して雷撃体勢に入る。

 

 電探連動式の長10センチ高角砲や40ミリ機銃が、捉えた目標に向かって砲弾を撃ち上げる。

 

 次々と鼻面に砲弾を浴びて、ヘルダイバーが吹き飛んでいく。

 

 中でも秋月型駆逐艦の2隻、「凉月」と「冬月」の活躍は目覚ましかった。

 

 彼女達は「姫神」の両舷に張り付き、長10センチ砲8門を振り上げて、ヘルダイバーを迎え撃つ。

 

 それでも尚、弾幕を突破して迫ってくるヘルダイバー。

 

 対して「姫神」は面舵に転舵し、回避運動に入る。

 

 次々と立ち上る水柱。

 

 しかし、命中を示す閃光や爆炎が躍ることは無い。

 

 第2艦隊の対空戦闘によって編隊を切り崩され、更に照準も狂わされたヘルダイバーの攻撃は、1発も当たることなく空しく海中へと没していった。

 

 ヘルダイバー隊の攻撃が不首尾に終わったのを見て、今度はアヴェンジャー隊が突撃を仕掛けてくるのが見えた。

 

 横隊を組んで進撃しながら、下部ハッチを開き攻撃態勢に入るアヴェンジャー。

 

 そこへ、「姫神」の艦橋付近から、一斉に火矢が放たれる。

 

 待機していた噴進砲部隊が、一斉砲撃を開始したのだ。

 

 噴進砲は一度撃てば再装填に時間がかかる為、事実上、一度の戦いで1回の使用が限界である。

 

 その為、使い処の見極めが重要だったのだ。

 

 だが、敵の雷撃機が迫るのを見て、彰人はここが切り札の使い処と判断したのだ。

 

 攻撃態勢に入り、速度も落としていたアヴェンジャー隊は、螺旋を描きながら飛んでくるロケット弾に次々と絡め取られ、爆砕されていく。

 

 乱れる編隊。

 

 そこへ更に、第2艦隊の各艦も砲撃を浴びせる。

 

 たちまち、アヴェンジャー隊は隊列を乱し、攻撃どころではなくなってしまう。

 

 魚雷投下に成功したアヴェンジャーは、僅か2機。

 

 しかも投下位置が遠すぎた為、全て「姫神」を捉える事無く、空しく明後日の方向へ走り去って行くのだった。

 

 やがて、合衆国軍の攻撃が終了した時、

 

 そこにはほぼ無傷に近い、第2艦隊の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドウェー近海において、第2艦隊が原爆輸送艦隊との交戦を開始した頃、

 

 サイパン島を飛び立った3機のB29は、着々と帝国本土に近付きつつあった。

 

 3機の内、原子爆弾「ファットマン」を搭載しているのは1機のみ。残り2機は、万が一迎撃機が現れた場合の護衛役である。

 

 他のいかなる航空機も到達し得ない遥か高高度を飛ぶ3機のB29。

 

 その姿は、不気味の一言に尽きた。

 

 音も無く、帝国本土に忍び寄る影。

 

 その機内では、作戦の為の最終確認が行われていた。

 

「現在、北九州の東方海上。巡航速度で飛行中」

「搭載爆弾に異常なし。ファイナルアプローチ前まで、安全装置は外すなよ」

「敵の迎撃、今のところ無し。静かなもんだ」

 

 静かな声で報告が交わされる。

 

 誰もが、自分達の担う重大な使命を前に、緊張を隠せないでいるのだ。

 

 先に広島に投下した実績があるとは言え、都市一つを壊滅に追いやる程の力を自分達が持っていると知っていて、緊張しない方がおかしかった。

 

 しかし、

 

 緊張以外に、自分達に課せられた使命感の方が上回っていた。

 

 この爆弾を投下する事で、悪逆な帝国政府に降伏を促し、世界を平和に導く。

 

 その重大な使命を与えられた名誉と誇りこそが、彼等の原動力と化していた。

 

 やがて、

 

「ファイナルアプローチまで、残りわずか。最終確認を行え」

 

 機長の指示の下、機内のチェック。何より、重要な原子爆弾に不備が無いか、クルーはチェックして回る。

 

 万が一にも搭載した爆弾に不備があり爆発しなかった、あるいは投下前に爆発した、などと言う事があってはシャレにならないのだ。

 

 ところが、

 

「先行した観測機より報告。第1目標上空に雨雲の発達を確認。目標の視認は困難を擁する」

 

 その報告に、操縦桿を握る機長は舌打ちした。

 

 本日、原爆を投下する予定だったのは、北九州にある小倉市である。そこには海軍の兵器工場が存在し、それなりに大規模な人口密集地が形成されている為選ばれたのだ。

 

 しかし、目標を視認できなければ原爆投下はできない。

 

 今回の投下は、帝国軍に対する攻撃であると同時に、原爆投下による都市への被害を実証するための壮大な実験でもある。

 

 確実に、人口密集地である都市に落とさなければ意味は無かった。

 

「攻撃目標をセカンドプランに変更する」

 

 機長の決断は素早かった。

 

 第1目標が不可能な以上、目標を第2に変えて作戦続行するまでだった。

 

 第2目標は、九州地方西部の都市。

 

 即ち、長崎だった。

 

 長崎には海軍の造船所があり、戦艦「武蔵」「霧島」「日向」を始め、多くの艦が建造されている上、佐世保鎮守府からも近い大都市である。攻撃目標としてはうってつけであると言えた。

 

 進路を変更すべく、揃って翼を翻す3機の巨鳥。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼下に垂れ込める白い雲。

 

 そのスクリーンのような雲海を貫き、撃ち上げられた矢の如く、鋭く駆け上がってきた機体があった。

 

「敵機っ!?」

 

 仰天するように、クルーが叫ぶ。

 

 駆けあがってきた機体。

 

 単発の小型機で、いかにも俊敏そうな印象がある。

 

 そして、

 

 その翼には、燦々と輝く太陽のマークが描かれていた。

 

 

 

 

 

「見つけた!!」

 

 愛機である烈風改の操縦桿を握りながら、相沢直哉大尉は鋭い眼差しで眼下の巨人機を睨みつけた。

 

 広島に原爆が落とされて以来、帝国海軍は合衆国軍の動向、特にマリアナ方面に展開した部隊の動きに神経をとがらせていた。

 

 合衆国軍の攻撃がこれで終わる筈がない。原爆1発で帝国が降伏しないと悟れば、必ず二の手、三の手を打ってくるはず。

 

 そう考えて対策を考えていたのだ。

 

 第2艦隊を原爆輸送阻止に向かわせる一方、帝国本土では大規模な防空網再構築が急がれた。

 

 海岸線のいくつか重要箇所に監視所と、可能ならば電探施設も建設して監視に当たらせる一方、ありったけの航空機がかき集められ、九州北部、と四国南部、そして関東地方の守りが固められた。

 

 万が一、敵機を捕捉した場合、全力で迎撃に出る為である。

 

 更に連合艦隊も黙っていなかった。

 

 呉に備蓄されていた燃料をかき集め、駐留の第3艦隊をどうにか稼働状態にしたのだ。

 

 とは言え、全ての空母を一時に動かす事はできない。そこで1航戦と2航戦に分かれ、交代で豊後水道付近を警戒する事になったのだ。

 

 果たして、

 

 北九州に設置された電探が、高高度から侵入しようとしていた敵機を察知、全力迎撃命令が下されたのだ。

 

 とは言え、高高度を飛ぶB29を捕捉するのは容易な事ではない。

 

 追いつく事が出来たのは、ほんの一握り。

 

 1航戦 空母「瑞鳳」航空隊に所属する者達のみだった。

 

「攻撃開始だ!!」

 

 今や、マバタキする時間は宝石よりも貴重である。

 

 直ちに、直哉の命令を受けて行動を開始する航空隊。

 

 直哉はと言えば、部隊の先頭に立って突撃を開始した。

 

 握り込む、操縦桿で揺れる。2体の人形。

 

 飛龍と蒼龍。

 

 2人が命がけで守ったこの国を、

 

「お前等なんかにッ 原爆なんかに!!」

 

 突撃と同時に機銃を放つ直哉の烈風改。

 

 対抗するように防空戦闘を開始するB29。

 

 たちまち、蒼空は閃光が交錯する激しい戦場と化す。

 

 B29の防御砲火を掻い潜り、肉薄を図る直哉。

 

 配下の航空部隊もどうにかB29に取り付こうとしている。

 

 しかし、零戦の後継機に相応しい、世界最高の機動性を誇る烈風と言えども、高高度ではその性能は発揮できない。

 

 強烈なカウンターパンチを食らい、火を噴いて落下する機体が続出する。

 

 そんな中、直哉は1機のB29に接近し、機銃を発射する。

 

 更に、追随してきた他の機体も、一斉に火力を集中させる。

 

 殺到する弾丸。

 

 射程の長い13ミリ機銃は、B29のコックピットを粉砕し、更に他の機体が放った攻撃が、B29の巨体に次々と突き刺さる。

 

 やがて、

 

 力を失ったように、落下を始めるB29。

 

 そのまま炎を上げて、雲の中へと突っ込んで行くのが見える。

 

 1機撃墜。

 

 見れば、配下の他の小隊を形成する小野少尉と野村少尉も、合同で2機目のB29を撃墜している所だった。

 

 これで、2機。

 

「あと1機!!」

 

 機動性を維持する為、エンジン出力が落ちた烈風改は、この数秒の内にかなり高度を落としている。

 

 それについては、他の機体も同様である。

 

 高高度迎撃に向かない烈風改や烈風は、次々と高度を落として行くのが見える。

 

 直哉が尚も空戦域に留まっていられるのは、ひとえに彼自身の技量故に他ならなかった。

 

「もう一回!!」

 

 叫びながら直哉は、息も絶え絶えな感じのエンジンに鞭を入れ、再度、高度を上げに掛かる。

 

 広島の事は、直哉も聞いている。

 

 それだけでなく、実際に機体を駆って広島上空を飛び、その目でも見ている。

 

 ひどい物だった。

 

 街一つが炎で焼き尽くされ、本当に何も残っていなかったのだ。

 

 もし、ここであのB29を行かせたら、再びあの悲劇が繰り返される事になる。

 

 許さない。

 

 それだけは、絶対に。

 

 その執念で、B29へ追いつく直哉。

 

 照準器の向こうで、巨大な機影が広がる。

 

「これで!!」

 

 必殺の気合いで、トリガーを引く直哉。

 

 放たれる弾丸。

 

 真っ直ぐに飛翔する閃光は、

 

 無情にも次の瞬間、B29の装甲に当たって弾かれた。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちする直哉。

 

 しかし、もはやどうする事も出来ない。

 

 既に限界だった。

 

 一気に高度を落とす、直哉の烈風改。

 

 そんな直哉を嘲笑うように、原爆搭載のB29は、はるか上空を悠々と飛翔していくのだった。

 

 

 

 

 

第111話「Z旗一流」      終わり

 

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