蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第114話「その後」

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、約4年の長きにわたって続いた太平洋戦争は終わりを向かえた。

 

 第4次マリアナ沖海戦で切り札である原子爆弾が失われた結果、これ以上の交戦は不可能且つ無意味と判断した合衆国政府は、正式に帝国政府に対し停戦交渉再開を打診。

 

 既に国力的な限界を迎えていた帝国政府も、この申し出を受け入れ、両国の間に停戦合意が成される事となった。

 

 正に「勝者なき終戦」とでも言うべきか、帝国、合衆国共に継戦不可能な状態になった上での和睦だった。

 

 とは言え、この4年の間に帝国が受けた被害は、計り知れない物があった。

 

 事実上世界最強と言っても過言ではなかった海軍は、消耗に消耗を重ねた結果、殆どの主力艦艇を失い、太平洋における制海権は喪失したも同然だった。

 

 精鋭を取りそろえた陸軍も、大陸や南方で無為に兵力を失い弱体化。こちらは更に、残った兵士達を撤兵させると言う大仕事が残っている。そう言う意味では、彼等の戦争は未だに終わってはいないのかもしれない。

 

 そして、銃後は更に悲惨だった。

 

 ソ連軍の侵略を受けた北海道北部は、多くの街が破壊と略奪、そして虐殺の被害を受け、壊滅状態に陥っていた。

 

 東京を始め、多くの都市が爆撃によって焼け野原にされている。

 

 そして何より、原爆を投下された広島の事もある。

 

 それらの復興に手を付けるだけでも、大変な困難を伴う事は間違いなかった。

 

 しかし、何はともかくとしても、戦争は終わったのだ。

 

 もはや帝国の臣民たちは、空襲や戦火に怯えて暮らす事も無い。

 

 待ち望んだ平和な世の中が、ようやく実現したのだ。

 

 それを思えば、平和な世の中を夢見ながら、南洋に散って行った帝国海軍の将兵・艦娘達の犠牲も、決して無駄ではなかったと思える。

 

 更に、悪い事ばかりではなかった。

 

 停戦交渉の結果、合衆国側から提示された和平の条件案は、当初の物よりもだいぶ緩和されていた。

 

 まず「賠償金支払い」「軍部の解隊」「天皇制の廃止」「帝国全土の保証占領」「海軍艦艇の引き渡し」は、条文から削除された。

 

 代わって、締結されたのが以下のとおりである。

 

 

 

 

 

○帝国側負担

 

・帝国の自由陣営への参加

 

・マーシャル諸島、トラック諸島、ギルバート諸島、パラオ諸島の放棄

 

・大陸、及び東南アジアからの自主的撤退

 

・フィリピン諸島、グァム島の返還

 

 

 

 

 

○合衆国側負担

 

・帝国の戦時復興支援

 

・帝国陸海軍への技術提供

 

・有事における軍事支援体制の確立

 

 

 

 

○双方負担

 

・両国における捕虜返還

 

・国交の回復

 

・マリアナ諸島の非武装化

 

 

 

 

 

 帝国は外部領土のほぼ全てを失う一方、戦力の保持は認められた形である。

 

 もっとも、海洋国家として成立している帝国にとって、本来守るべきは外地の領土よりも、むしろ航路の安全である。それを考えれば、必ずしも損ばかりの話ではない。

 

 むしろ、外地領土防衛の為に兵を割かなくて良い分、戦力を本土周辺に集中できる利点もある。

 

 これからの敵はソ連と、それに追随する国々となる。それを考えれば、帝都周辺への戦力集中は、望ましい状況であった。

 

 これに伴い帝国は、大規模な軍事改革を行った。

 

 これまで国防を担ってきた二大組織、海軍、陸軍の他に、新たに航空機を主力とする「空軍」を設立し、国防の一層の強化を図ったのである。

 

 更に、三軍を統一指揮する「統合幕僚本部」を設置。有事の際には三軍を有機的に連携させ、より戦略的に部隊運用を行えるような環境が整えられていった。

 

 その一方、合衆国の軍需技術の導入については、国内において大きな反発があった。

 

 帝国軍に限らず、軍隊と言うところは自分達の使う兵器に誇りと愛着がある。そこに来て他国の技術を導入する事には、抵抗があって当然だった。

 

 しかし、帝国軍が使用している者よりも遥かに能力の高い電子技術や航空エンジンなど、合衆国が持つ技術は、帝国のそれを遥かに凌いでいるのも事実である。

 

 そこにきて、ソ連のような強大な敵と領海を挟んで接している状態の帝国としては、戦力の強化は早急に行わなくてはならない事態である。

 

 最終的には優れた兵器の導入は最終的には国家防衛戦略の強化につながるとされ、受け入れる方針で固められた。

 

 こうして、当初の有無を言わさぬ態度を示していた合衆国が、態度を軟化させたのにはいくつか理由があった。

 

 まず大きな理由としてあげられるのが、ソ連の猛威である。

 

 当初合衆国は帝国を打倒した後、次の敵となるであろうソ連と対峙して、牽制を行う予定になっていた。

 

 しかし意に反して数々の戦いに敗北し、更に切り札の原爆をも失った合衆国は、ソ連を牽制する事に失敗した。

 

 一方のソ連は、北海道でこそ躓きを見せたものの、大陸では順調に猛威を振るい続け、満州に続いて朝鮮半島をも制圧。大陸東部一帯を自国の領土に組み込む事に成功していた。当然、そこにいた帝国軍人、並びに民間人は全て、シベリアに送り込まれたのは言うまでも無い事だろう。

 

 合衆国にしてみれば、臍を噛みたい思いである。

 

 何しろ、自分達が必死になって帝国と戦い、ようやく終わろうとした矢先に、美味しい権益は全部、火事場泥棒よろしく、ソ連に持って行かれたのだから。

 

 とは言え、もはやどうする事も出来ない。

 

 合衆国は指を咥えて、ソ連が大陸の権益を貪るのを見ている事しかできなかった。

 

 更に、朝鮮半島は北緯38度線を境に北側がソ連の支配下に置かれるこことなる。これが「朝鮮民主主義人民共和国」と言う名の軍事国家となり、後々まで自由主義陣営を悩ませる事となる。

 

 更に中国でも共産党が勢いを増し、全土を席巻しつつある。このまま行けば、中国が赤化するのも時間の問題だった。

 

 合衆国からしてみれば、帝国との戦争にうつつを抜かしている内に、極東ではかつての帝国並みに強大な(そして帝国以上に厄介な)敵がいくつも出現した形だった。

 

 そんな中、合衆国が窮余の一策として行ったのが、自陣営への帝国の取り込みである。

 

 戦争で消耗したとは言え、帝国は未だに世界有数の軍事国家である。それに合衆国軍の戦力が加われば、急速に台頭しつつあるソ連以下の勢力に対抗できると考えたのである。

 

 いわば帝国は、合衆国とソ連と言う、2大大国の思惑に踊らされた結果、辛うじて命脈を保った形だった。

 

 更に、原爆の事もあった。

 

 戦争終盤、合衆国が帝国に対し原爆投下に踏み切った理由は、合衆国政府が未だに沈黙を保っている為、真相は闇の中である。

 

 だが、一つ確実に言えることは、原爆投下は結果的に、合衆国にとって不利に働いた、と言う事である。

 

 時間が経つにつれ、原爆を投下された広島の被害は世界中に伝わるようになった。

 

 その結果、そのような非道な兵器を民間人相手に用いた合衆国政府に対し、非難が集中したのだ。

 

 更に追い打ちをかけたのが、「それでも勝てなかった」と言う事実である。

 

 これにより、合衆国の威信は地に落ちた。

 

 原爆投下は結果として、帝国よりも合衆国にとって不利に働いた形だった。

 

 とは言え、それでも尚、交渉は難航した。

 

 誰あろう、ソ連の存在である。

 

 ソ連は帝国が停戦に合意したのは、自分達が参戦し、帝国軍を弱体化させたからだと主張。その見返りとして、帝国海軍の艦艇全ての引き渡しと、北海道、東北地方の割譲を要求してきたのである。

 

 厚顔無恥としか言いようがないが、これがほんの数か月前まで帝国が不可侵条約を結んでいた相手の正式な主張だった。

 

 ソ連は石狩湾海戦の結果、大量の兵士を失ったばかりでなく、太平洋艦隊の主力も文字通り根こそぎ全滅させられている。

 

 その事を根に持ち、このような主張をしてきたのだ。

 

 是が非でも、艦艇と領土を手に入れない事には気が済まない。

 

 正に、そんな感じだった。

 

 ソ連の要求はなかなか覆ることは無かったが、帝国と合衆国の代表が粘り強く交渉を続けた結果、数隻の小型艦艇を引き渡す事で、どうにか黙らせる事に成功したのだった。

 

 こうして、世界は合衆国を中心とした自由主義陣営と、ソ連を中心にした共産主義陣営の2大勢力が睨みあう、所謂「冷戦時代」に突入する事になる。

 

 もし、何らかの形でドイツが勝利し、国家社会主義陣営が生き残っていたなら、世界は古代中国の三国志さながら、三極構造に陥っていた事だろう。

 

 そうならなかった事が幸なのか不幸なのか、それは誰にも判らない。

 

 ただ、帝国は今後、自由主義陣営の一員として、膨張を続けるソ連以下、共産主義勢力との新たな戦いに身を投じて行く事になるのだった。

 

 さて、

 

 では最後に、戦争を生き抜いた人々のその後、その一部を紹介していきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1 疾風(はやて)の如く

 

 

 

 

 

 暗夜に、数隻の艦が航行しているのが見える。

 

 灯火も付けず、暗い海を航行する艦。その缶の大きさからして、恐らく駆逐艦クラスと思われた。さらに、その後方からは小型の輸送船が続いている。

 

 それらの艦が目指す先には、広大な陸地が広がっていた。

 

 樺太を出航して約1日。

 

 敵の哨戒網を掻い潜りながらの航行し、密かに帝国本土に接近を図るのは骨が折れる作業だった。

 

 その苦労が、間も無く報われる。

 

 恨み連なる帝国主義者どもの巣窟に潜り込み、来たるべき反攻の時に備えて破壊工作を行うのだ。

 

 船には、破壊工作のプロフェッショナルが乗り込んでいる。

 

 彼等は皆、戦時中はドイツ軍相手に熾烈な情報戦を戦い抜いた、プロ中のプロである。

 

 極東の島国にいる(マカーキ)如き、1人で10人は倒す事ができるだろう。

 

 そうしている間にも、船は陸地へと近づいて行く。

 

 もう間もなく接岸できる。

 

 そう思った時だった。

 

 突如、強烈なサーチライトの閃光が照射され、闇に潜んでいた彼等は暴き出された。

 

 慌てて身を隠そうとする兵士達。

 

 しかし、ここは遮る物の無い海の上。どこにも隠れる場所などありはしなかった。

 

 その間にも、照射を続ける艦は、右往左往する彼等の艦体に接近してくる。

 

 相手は決して大きい船ではない。恐らく駆逐艦か何かだろうが、それでも今の自分達にとっては、脅威である事は間違いなかった。

 

《前方を航行する船舶に告げる》

 

 涼やかな、少女の声で警告文が告げられる。

 

《こちらは、帝国海軍北部方面艦隊所属、駆逐艦「島風」。貴船は我が国の領海を侵犯している。直ちに停船し、こちらの指示に従え!!》

 

 海面が緊張感に満たされる。

 

 輸送船は、直ちに反転して逃走に掛かる。

 

 (マカーキ)如きに捕まってたまるか。奴等の裏をかいて逃げ切ってやる。

 

 そんな思いが見て取れる光景である。

 

 だが数分後、彼等の努力は徒労に終わった。

 

 件の駆逐艦が高速で輸送船の前に回り込み、進路を塞いできたのだ。

 

 既に主砲は旋回され、真っ直ぐに睨み据えていた。

 

《遅い遅ーい!!》

 

 どこか、楽しげな少女の声が響き渡る。

 

《そんなんであたしに勝てるわけないじゃん!!》

 

 数分後

 

 逃走は不可能と判断した輸送船の乗組員たちは、「島風」に対して降伏を打診。全員が投降した。

 

 

 

 

 

 駆逐艦「島風」

 

 島風型駆逐艦唯一の完成艦として、この世に生を受ける。

 

 40ノットの高速性能と、他に類を見ない最大15射線の雷撃能力による高性能故に「世界最強の駆逐艦」と言う異名で呼ばれた。

 

 完成当初は高性能すぎる戦闘力故に通常の艦隊に配属するのは難しいと判断され、当時、少数精鋭で単独行動する事が多かった第11戦隊に配属される。

 

 以後、その高速と雷撃力を駆使して幾多の海戦に参加、多くの戦果を上げる。

 

 終戦まで生き残った彼女は戦後、新設された北部方面艦隊に配属。緊張続く対ソ連、対朝鮮への警戒に当たる。

 

 そこでも高速振りを発揮、更に歴戦の駆逐艦としての貫録をも身に着け、しばしば領海侵犯を図ろうとするソ連や朝鮮の作戦を阻み続けた。

 

 かつて韋駄天の少女と呼ばれた島風は、帝国の北の海を守る、新たな守護者として戦後も活躍し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2 真実の少女

 

 

 

 

 

 報告を聞いて、ヴェールヌイは嘆息する。

 

「ハラショー、流石は島風。やはり、こうなったか」

 

 今の自分達の実力で帝国海軍に勝とうなど、夢物語を通り越して痴者の妄言に近い。

 

 こんな事は考えるまでも無く、初めから判っていた事なのだ。

 

 それにしても、

 

 ヴェールヌイは帽子の下でクスッと笑みを浮かべる。

 

 伝え聞いてきた、敵駆逐艦の情報。

 

 どうやら、彼女の義妹は相変わらずの活躍ぶりらしかった。

 

 と、そこでヴェールヌイは肩を落として並ぶ少女達に、帽子の下から鋭い視線を投げ掛ける。

 

 対して、ヴェールヌイに睨みつけられた少女達は、思わず肩をビクッと震わせて身を寄せ合う。

 

 彼女達にも判っているのだ。たとえ自分達が束になって掛かっても、ヴェールヌイ1人に敵わないのだと言う事が。

 

 そんな彼女達に対し、ヴェールヌイは諭すような口調で言った。

 

「これで分かっただろう。今の君達の実力じゃ、逆立ちしたって彼女達には敵わないよ」

 

 辛らつだが、ヴェールヌイの言葉は正しい。

 

 これまで幾度かあった、帝国との小競り合いにおいて、味方は悉く敗れている。

 

 無理も無い。向こうは太平洋で強大な合衆国軍相手に互角以上に戦った精鋭海軍。対して、こちらは戦前からして三流海軍であり、しかもそのなけなしの戦力ですら失った状態なのだから。

 

 ゼロどころかマイナスの状態にある自分達が彼等と伍すだけの力を得るには、恐らくこれから何十年もの歳月が必要になるだろう。

 

 だがそれでも、今のヴェールヌイにとっては、彼女達も大切な仲間である事は間違いなかった。

 

「大丈夫」

 

 そう言って、少女達に笑い掛ける。

 

「私も協力する。だから、一緒に頑張って行こう」

 

 そのヴェールヌイの笑顔に、少女達もまたつられるように笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 駆逐艦「響」

 

 特Ⅲ型駆逐艦の次女、1番艦「吹雪」から数えて22番目の艦として生を受け、太平洋全般を戦い抜いた。

 

 姉妹艦達が次々と沈む中、最後まで戦い抜いた彼女の強運、そして実力は間違いなく本物であったことは間違いない。

 

 戦後、響はソ連との約定により、北の大国に引き渡される事になった。

 

 そもそもソ連海軍は石狩湾海戦で主戦力をほぼ全滅。そこに来て、多少の旧式化が始まっているとは言え、響ほど高性能で、尚且つ高い経験値を持つ艦娘は、非情に厚遇される事になった。

 

 こうしてソ連海軍の一員となった響は、ロシア語で「真実」「信頼に値する」と言う意味を持つ「ヴェールヌイ」の名前を与えられ、再建途上の太平洋艦隊旗艦に就任する。

 

 ヴェールヌイとなった響は、元来の誠実で物静かな性格ゆえに、その名の通り多くのソ連海軍将兵、及び艦娘から多大な信頼を勝ち取り、後進の育成、艦隊の再建に尽力して行く事になる。

 

 その後、朝鮮戦争やキューバ危機、竹島紛争の際には、かつての祖国と敵対し、昔の仲間達とも対峙する事になるが、幸いな事に彼女自身が砲火を交える事態には至らなかった。

 

 こうして、ソ連海軍として第2の人生を歩んだ響だったが、最後は、自ら志願して標的艦となり沈む道を選ぶ。

 

 物静かな少女は、最後まで多くを語ることなく、北の海へと消えた。

 

 しかし、その話を聞いた元「響」乗組員たちは、皆一様に涙を流し、

 

 「響はきっと、先に沈んだ暁型の姉妹達に、早く会いに行きたかったのだろう」と語ったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3 母なる艦

 

 

 

 

 

 結ったポニーテールが、風に吹かれて靡く。

 

 振り仰ぐ頭上に、翼を連ねて飛ぶ飛行機の群れがあった。

 

 その様子を見て、瑞鳳は微笑む。

 

 彼等はつい先程、自分の甲板を蹴って飛び立ち、今は訓練に明け暮れている最中である。

 

「まさか、私がこんな事になるとは・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言って、瑞鳳は苦笑する。

 

 今の自分の状況について、決して不満がある訳ではない。むしろ、好感情を持って受け入れている。

 

 しかし、それでもやはり、長く国防の最前線に携わって来た身としては、違和感を覚えざるを得なかった。

 

「その内、私も『お艦』なんて呼ばれる日が来るのかな・・・・・・・・・・・・」

 

 先に退役し、今は居酒屋の女将に収まっている先輩空母の鳳翔を思い浮かべ、苦笑する瑞鳳。

 

 あんな人生も、悪くは無い。

 

 そう、心の中で思うのだった。

 

 

 

 

 

 航空母艦「瑞鳳」

 

 祥鳳型軽空母の2番艦。元は高速給油艦「高崎」として建造された艦を、空母へと艦種変更され竣工した。

 

 当初は小型故に主力艦隊を補佐する役割が期待されていた。

 

 しかし、ミッドウェーでの敗北と3空母喪失により、彼女の運命は変わった。

 

 失われた航空戦力を補う為、機動部隊の主力を担う一翼となった彼女は、その後、戦争全般を通じて活躍を続ける事となる。

 

 しかし戦後、小型の艦体では大型、高性能化する航空機に対応する事が難しくなり、第一線から外れる事となる。

 

 彼女に与えられた新たなる任務。それは、練習空母として、将来の国防を担う若きパイロットを育てる事だった。

 

 元々誠実な性格であり、そして太平洋戦争全般を最前線で戦って来た歴戦の空母である瑞鳳の指導は的確であり、海軍航空隊のみならず、陸軍航空隊、果ては新組織である空軍からも演習への参加要請が来るほどだった。

 

 こうして多くの雛鷲達を、その飛行甲板から飛び立たせた瑞鳳は、やがて「教育飛行隊の鑑」とまで呼ばれるようになっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4 率いる者として

 

 

 

 

 

 これからの行動として、問題は山積である。

 

 それを考えると、頭が痛くなるのは確かだった。

 

 小沢治俊は、現状の帝国を取り巻く環境を考え、嘆息する想いだった。

 

 北には尚もソ連の脅威があり、西には朝鮮や中国が虎視眈々と、帝国を睨んでいる。

 

 彼等にしてみれば、帝国は極東に打ち込まれた楔。目の上のたんこぶである事は間違いない。事が起こった暁には、遮二無二なって潰しに来るであろう事は目に見えていた。

 

 そんな中で、海軍の果たすべき役割は、より一層大きなものになる事は間違いない。島国である帝国としては、海の守りを一掃きょうかし、いかなる敵が攻め込んで来たとしても、上陸を決して許さない体制を作り上げる必要があった。

 

 否、海軍だけではない。

 

 これからは陸・海・空の三軍が高度に連携し、より強大な敵に向かって一致団結しなければならない。

 

 そうでなければ、隣国に強敵を抱えた帝国が生き残れる道は無い。もはや太平洋戦争の時のように、各軍がバラバラに戦って良い時ではないのだ。

 

 小沢はこの後、新設された統合幕僚本部の初代本部長へ就任する事が打診されてきている。

 

 この話、小沢は受けようと考えていた。

 

「新たな時代、新たな帝国を守る為に、我々も新たな戦いをしなくてはならない。それが、生き残った者の宿命だ」

 

 小沢は、静かな口調で、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 小沢治俊海軍大将(終戦時階級)

 

 「帝国海軍の諸葛孔明」と言う異名で呼ばれ、戦前から航空部隊の重要性を説き、機動部隊の生みの親とも言われる。

 

 戦争初期には南遣艦隊司令官として南方作戦に従事。帝国の長期自給体制確立に貢献する一方、中期以降は航空部隊の指揮官として活躍。数々の戦いに参加する。

 

 空母機動部隊の艦載機を戦闘機中心体制に移行するなど、数々の大胆な改革を断行し、航空部隊の活躍に貢献する。

 

 レイテ沖海戦以後は連合艦隊司令長官に就任。劣勢になった帝国海軍を率いて、困難な戦局を支えた。

 

 戦後は新設された統合幕僚本部の初代本部長に就任。戦争中に培った戦略眼により、強大な敵を相手に国防の要を担う事になる。

 

 尚、

 

 軍事評論家に転じた一部の退役軍人からは、「小沢治俊は機動部隊の指揮官としては失格である。彼は航空戦を全く理解しておらず、理解しようとさえせず、そもそも理解する能力すら無かった」と酷評される事になる。

 

 この論拠は、小沢が戦中、機動部隊の編成を戦闘機中心の防御重視型に改編した事、更に機動部隊指揮官在任中に、9隻もの空母を失った一方、機動部隊が上げた撃沈戦果が僅少である事などが理由に挙げられている。

 

 しかし、これらは全て現実を理解していない者達の戯言に過ぎず、小沢が常に損害を上回る戦果を上げ続け、己の任務をそつ無く全うした事については、故意にか無知故にかは知らないが言及されていなかった。

 

 もっとも、当の小沢自身は、それらの批判の声には一切反論せずに粛々と軍務を全う。退役するまで軍の要職にあり続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5 翼を継ぐ者

 

 

 

 

 

 蒼空を高速で飛翔しつつ、2機の戦闘機が鋭くターンを描く。

 

 その速度たるや、それまでの航空機とは間違いなく一線を画する物である事は間違いない。

 

 鋭いエンジン音が響き渡る様は、空が引き裂かれるような印象さえある。

 

 鋭く尖った機首が、新時代の面影を見せる。

 

 正に「新たなる風」と称して良い、頼もしい外見だった。

 

 六式艦上戦闘機「星風」。

 

 これは、従来の機体とは全く異なる概念の機体である。

 

 その正体は、世界初となるジェットエンジン搭載の艦上戦闘機である。

 

 合衆国が開発したジェット戦闘機ロッキードP80シューティングスターをベースに、帝国が独自の技術を盛り込み、更に艦上機としてのライセンス生産に成功した機体である。

 

 一応は、帝国と合衆国の合同開発と言う事になってはいるが、これはあくまでつなぎの機体。ゆくゆくは純国産ジェット戦闘機の開発が進められていると言う。

 

 その星風の操縦桿を握るのは、小野始大尉と野村宗司大尉。

 

 2人は戦争中からの戦友であり、かつては共に、亡き相沢直哉中佐(戦死後2階級特進)の部下として戦った身である。

 

 戦後、航空機のジェット化が進む中、2人も機種転換訓練を受け、ジェット戦闘機のパイロットとなっていたのだ。

 

「あれだ、見つけたぞ」

 

 小野大尉が、眼下を飛翔する巨大な機影を確認する。

 

 恐らくソ連軍が送り込んだ偵察機だ。ここ最近、頻繁に領空侵犯を繰り返してきているのだ。

 

 2人の任務は、あの偵察機を捕捉、警告の後に領空外へ追い出す事にある。

 

「行くぞ、野村」

《了解だ》

 

 頷き合うと、2人は目標となる偵察機目がけて、一気に距離を詰めて行った。

 

 

 

 

 

 小野始海軍中尉 野村宗司海軍中尉(共に終戦時階級)

 

 かつて、相沢直哉中佐の下で戦った2人のパイロット達。

 

 戦後、彼等もまた軍に留まる道を選んだ。

 

 戦闘機のパイロットとして戦い抜き、国防の最前線で戦い続ける事となる。

 

 全ては、尊敬する隊長、相沢直哉の意志を継ぐ為、

 

 彼等は今日も、帝国の空を守って飛び続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6 最古参の誇り

 

 

 

 

 

 生き残ってしまった。

 

 正直、この姉妹にとって、その想いは拭いきれなかった。

 

「たくさん死んで、たくさん沈みましたからネー」

 

 そう言って憂い顔を見せるのは金剛。

 

 その傍らには、彼女の妹たちの中で、唯一生き残った比叡の姿がある。

 

「お姉さま・・・・・・・・・・・・」

 

 生き残ってしまった、と言う想いは、比叡もまた姉と同じくするところである。

 

 彼女達は、この戦争に参加した帝国海軍の戦艦の中では、最も古い2隻である。

 

 彼女達よりも新しい(若い)艦娘達が悉く海に沈む中、最も古い自分達が生き残ってしまった事に、忸怩たる物を感じずにはいられなかった。

 

「・・・・・・守って行くしか、ありませんね」

 

 静かな口調で、金剛は言った。

 

「先に散って逝った子達から託された、この国の未来を。それができるのは、生き残った私達だけなのですから」

「そうですね、お姉さま・・・・・・・・・・・・」

 

 姉の言葉に比叡が頷きを返した時だった。

 

 沖を航行する1隻の艦が、ゆっくりと近づいて来るのが見える。

 

 3連装3基の主砲を備えた姿は、一見すると大和型戦艦のようにも見える。しかし、そのシルエットは、かつて帝国海軍に存在した世界最大最強の戦艦に比べると、明らかに小さかった。

 

 彼女は、つい先頃竣工した、最新鋭巡洋戦艦の「剣」である。

 

 主砲はかつての姫神型と同じ、50口径30センチ砲を1門多い3連装3基9門搭載し、速力は35ノット発揮可能となっている。

 

 太平洋戦争の結果、航空機と航空母艦の役割が大きかったものの、戦艦が活躍したのもまた事実である。

 

 特に開戦初期から縦横に活躍した姫神型巡洋戦艦の存在は大きかった。

 

 そこで帝国海軍は国防の一環として、帝国海軍の新たなる象徴となる艦を建造する事とした。

 

 それが「剣」である。

 

 「剣」は帝国海軍の建艦技術の粋を結集して建造され、更に電子装備や対空砲に関しては合衆国軍の優れた装備を導入。新式の防御方式が採用され、事実上の戦闘力は合衆国軍のアイオワ級戦艦をも上回ると言われている。

 

 とは言えソ連海軍が壊滅状態にある以上、かつてのような壮大な水上砲戦が起こる可能性は極めて低い。その為、大和型戦艦のような大戦艦は不必要とされ、その「剣」にしても、2番艦以降の建造は行われない事になっている。戦艦の建造は、この艦で終わりと言う事が決定されている。

 

 つまり、「剣」こそが、帝国海軍が最後に建造した、水上砲戦型の戦艦と言う事になる。

 

 とは言え、

 

 彼女が新たな帝国海軍の象徴であり、そして金剛たちにとって頼もしい仲間である事は間違いなかった。

 

 「剣」の甲板上に立つ少女が、ふとこちらを見ると、慌てて敬礼してくる。

 

 小柄で、まだあどけなさの残る、可愛らしい少女である。

 

 それに対し、金剛と比叡も互いに顔を見合わせて微笑むと、少女に向かって敬礼を返した。

 

 

 

 

 

 戦艦「金剛」「比叡」

 

 金剛は元々、帝国海軍がイギリスに発注した最後の戦艦であり、比叡は金剛を基に帝国海軍が建造した、純国産戦艦である。

 

 帝国海軍戦艦の中では最古参の2隻だが、30ノットの高速性能を買われ、大戦全般を通じて最前線で活躍、ついには生き残る。

 

 戦後、帝国海軍水上砲戦部隊の主力として再び国防の第一線に立つ事になる。

 

 しかし、老朽化が激しいのも事実であり、主な任務は観艦式などの式典への出席が殆どだった。

 

 そんな彼女達だったが、1952年に韓国が島根県の竹島領有を主張し、軍を常駐させようとした事に端を発する武力衝突、所謂「竹島紛争」において、帝国海軍主力と共に出撃。

 

 連合艦隊旗艦「剣」と共に、韓国海軍を撃破し、竹島を不当占拠した韓国陸軍を粉砕、帝国海軍水上砲戦部隊として、有終の美を飾った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7 墜ちた偶像のなれの果て

 

 

 

 

 

 扉が開き、1人の男が出てくる。

 

 そこは天皇陛下の私室。本来であるならば、簡単に出入りして良い場所ではない。

 

 男は部屋を出る際、クルリと部屋の中へと向き直り、深々と頭を下げる。

 

 そして、扉を閉じると、悄然と肩を落とし、長い廊下をゆっくりと歩み去って行った。

 

 かつては「海軍の黒幕」「影の提督」などの異名で呼ばれ、皇族としての立場故に特権をほしいままにしていた男。

 

 海軍最大の派閥の長として、絶大な権力を振るっていた人物である。

 

 しかし今、敗軍の将として全ての特権を奪われた背中からは何の威厳も感じる事ができず、ただくたびれた1人の老人が歩いているようにしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 富士宮康弘帝国海軍元帥(終戦時階級)

 

 戦前から海軍における最大の権力者であり、海軍の計画を裏から操ってきた張本人でもあった。

 

 対米港湾案が浮上した際、「理想の国家建設」を目指し、クーデター事件、所謂「六・一六事件」を起こすも、事件は正規軍の介入と天皇陛下の意志によって失敗。全ての実権を剥奪される。

 

 しかし富士宮は皇族ゆえに罪に問われる事も無く、公職を退いた後ものうのうと生き続け、その罪を問われる事は一切なかった。

 

 結局、富士宮は、戦争終結翌年の1946年8月16日に、病を得て他界する事となる。

 

 その際、死後7日を経て開封するように言われた遺言状には、せめてもの良心の表れなのか、天皇陛下への侘びと、「六・一六事件」で死亡した将兵の遺族への謝罪、更に生き残っている将兵の罪を問わないようにとの請願がしたためられていた。

 

 尚、

 

 死に際し、その傍らには妙齢の美しい女性が、いつまでも寄り添っていたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8 処刑台の露と消え

 

 

 

 

 

 深く昏い闇の中、

 

 魔物が潜むが如き静寂の底にありて、

 

 その男は存在していた。

 

 開かれた眼はうつろな光と共に虚空を見据え、

 

 口からは聞き取る事の出来ない言葉が、ぶつぶつと紡ぎだされている。

 

 既に正気が失われているのは、火を見るよりも明らかだった。

 

 その手には、長い布が握り締めれているのが見える。

 

 元は白かったらしいその布は、長く握られていたせいで黒く薄汚れているのだが、男はその布を、まるで無二の宝物のように握り続けていた。

 

 やがて、

 

 やけに響く足音が複数、徐々に近づいて来るのが判る。

 

 足音はやがて、男のいる部屋の前で止まると、金属の擦れる耳障りな音と共に鍵が外され、やがて鉄の扉が重々しく開かれた。

 

「出ろ」

 

 乱暴に命じられる声。

 

 しかし、男は反応しない。相変わらず虚空を見据え、ぶつぶつと言葉を呟いているのみだった。

 

 そんな男の態度に業を煮やしたのか、荒々しく部屋の中へと踏み込んでくると、その両脇を乱暴に引き立てていく。

 

 それに対し男は、何の抵抗も示すことなく、長い廊下を引きずられていく。

 

 それからしばらくして、

 

 建物のどこかで「ガチャン」と、何かが落ちる不吉な音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 黒鳥陽介元海軍大佐(階級剥奪)

 

 開戦前に故山本伊佐雄元帥によって見いだされ、彼の懐刀として活躍。真珠湾攻撃など、数々の作戦において中心的な役割を果たす。

 

 しかし戦局が敗勢に転じると、徐々に作戦始動の拙さが目立つようになる。

 

 山本の死後、富士宮派閥に所属。「六・一六事件」の際には、戦艦「信濃」艦長として、クーデター軍内で重要な役割を果たすも失敗、逮捕、拘束される。

 

 やがて裁判の末、永野修をはじめとした他のクーデター幹部と共に極刑が決まり、1年後の1946年9月12日、刑が執行される。

 

 なお、黒鳥にはクーデター事件の他にも「海軍甲事件(山本伊佐雄元帥殉職事件)」「海軍乙事件(古河峰一元帥暗殺事件)」への関与もうわさされ、裁判において、そちらの罪も言及された。

 

 その結果「海軍乙事件」への関与は認められた一方、「海軍甲事件」については証拠が一切残っていない為、不起訴処分に終わった。

 

 因みに、刑執行時、既に心神喪失状態にあったとも言われている。

 

 だが、ただ一つ、

 

 彼が刑が執行される最後の瞬間まで握り締めていた白い布が何だったのか、その正体を知る者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9 長く共にあれば

 

 

 

 

 

 新聞を広げる。

 

 あまり明るいニュースが無い事に落胆する。

 

 どうにも、この国の情勢は、あまり芳しくない事だけは明らかなようだった。

 

 そんな男の反応に対し、苦笑交じりのコメントが投げかけられた。

 

「溜息ばっかりついていたら、幸せが逃げるっていうよ」

「溜息の1つも付きたくなるさ。これは苦労している奴の特権だよ」

 

 そう言って、相棒に肩を竦めて見せたのは、木村正臣である。

 

 そんな木村の様子に、阿武隈は笑顔を見せる。

 

 まあ、この国を取り巻く情勢については、阿武隈とて無関係ではない。今や、共に海軍の重職に有る身であるのだから。

 

 木村は連合艦隊参謀長に任命され、阿武隈もまた艦隊旗艦の任を負っている。

 

 日々、緊張の続く情勢の中で、2人に課せられた役割は大きかった。

 

「まあ、お互いにできる事をしようじゃないか」

「そうだね」

 

 そう言うと2人は、互いに拳を撃ちつけ合うのだった。

 

 

 

 

 

 木村正臣海軍少将(終戦時階級) 軽巡洋艦「阿武隈」

 

 「奇跡の作戦」と後世まで長く語り継がれる事になる、キスカ島守備隊撤収作戦を成功に導いた提督・旗艦コンビ。

 

 長く北方守備の第5艦隊に所属していた2人は、戦後も共にある機会が多かった。

 

 木村は連合艦隊参謀長として辣腕を振るい、阿武隈は古参の巡洋艦ながら、国防の第一線で活躍を続けた。

 

 そのような2人も、やがて結婚。

 

 軍人としても夫婦としてもパートナーとなり、共に歩んで行く事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10 木漏れ日の中で

 

 

 

 

 

 若い男女が、穏やかに降り注ぐ陽光の中を、並んで歩いていた。

 

 時刻は昼下がり、周囲を見回せば、同じようにカップルで歩いている者達の姿が見て取れる。

 

 だが、

 

 一つ違う点があるとすれば、

 

 女性の腕の中で気持ち良さそうに眠っている、赤ん坊の存在だろう。

 

「ルリアの様子はどうだい?」

「ええ、大丈夫。ちゃんと眠っているわ」

 

 ワシントンはそう言うと、夫であるアンリに笑い掛けた。

 

 彼女が今、抱いている赤ん坊は、つい先頃、2人の間に生まれた女の子である。

 

 当然だが、2人にとっては初めての子供となる為、それはもう、目に入れても痛くないと言う言葉以外に思いつかない程可愛がられていた。

 

 今日はこのルリアを、かつての上官であるレスター・ニミッツにお披露目に行く事が目的だった。

 

 第3次マリアナ沖海戦における艦隊壊滅の責任を問われたニミッツは、予備役に編入された後、自ら軍を去っている。

 

 その潔い態度は、さすがは一軍の将と言うべきである。

 

 そのニミッツも、アンリとワシントンの間に子供が生まれたと知らせた時は、まるで我が事のように喜んでくれたのだ。

 

「でも、不思議だな」

「何が?」

 

 我が子の重みを腕に感じながら、ワシントンは夫の呟きに問い返す。

 

 対して、アンリも我が子の寝顔を見詰めながら言った。

 

「この子は、あの戦争の事を知らない。勿論、成長すれば知識としては知る事になるだろうけど、実際に体験することは無い。僕達が、命がけで戦い抜いた事を考えると尚更、ね」

「それは・・・・・・まあ、確かに」

 

 アンリの言葉に、ワシントンも思い当たる節があるらしく、頷きを返す。

 

 戦争を戦い抜いた自分達と、戦争を知らない娘。

 

 まるで、そこに世界の区切るがあるような感覚さえあった。

 

「けど、それって幸せな事よね。この子にとっても、そして私達にとっても」

 

 ワシントンはそう言うと、アンリに微笑みかける。

 

「だって、この子が戦争に行く事は、もう無いんだから」

「・・・・・・そうだね」

 

 妻の言葉に、アンリも微笑みながら頷く。

 

 子供を戦争に送らなくて済む。

 

 戦争を経験した親にとって、これ程幸せなことは無いだろう。

 

 やがて、目的の家が見えてくる。

 

 庭先では、ニミッツも2人の姿を見付けて手を振っているのが見える。

 

 それに対し、2人も手を振りながら、降り注ぐ木漏れ日の中を歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 アンリ・ステイネス合衆国海軍少将(終戦時) 戦艦「ワシントン」

 

 合衆国海軍が世に送り出した新鋭戦艦シリーズの第1弾である、ノースカロライナ級戦艦の2番艦と、大戦全般に彼女を指揮した提督。

 

 多くの戦いに参加し共に戦った2人は、やがて惹かれあい結婚。戦後になって一児を儲ける。

 

 その後、アンリは大戦時の経験を買われ、合衆国軍第7艦隊司令官に就任、緊張続く極東情勢ににらみを利かせて行く事になる。

 

 その傍らには、彼の生涯の伴侶であり、パートナーでもある女性が常にあり続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12 幸運の空母

 

 

 

 

 

 生き残ってしまった事が、果たして幸運なのか?

 

 近頃、瑞鶴はよく、そんな事を考えるようになっていた。

 

 あの戦いでは、彼女の姉を含め、多くの人達が命を失った。

 

 瑞鶴の飛行甲板を飛び立ち、そして帰ってこなかったパイロットも、10人や20人ではない。

 

 そうして先に逝った者達の上に、今の自分がいるのかと思うと、幸運とは何なのか、と考えさせられてしまうのである。

 

 皆が死に、自分が生き残った事が「幸運」だと言うのなら、瑞鶴はこんな物いらなかった。

 

 だが、

 

「幸運でも何でも良い。生き残った私にしかできない事・・・・・・生き残った私だからできる事、それをやるだけよ」

 

 そう言うと瑞鶴は、自身の飛行甲板を見据える。

 

 そこには、哨戒飛行に飛び立とうとしている航空部隊の姿があった。

 

 

 

 

 

 航空母艦「瑞鶴」

 

 翔鶴型航空母艦の2番艦として生を受ける。

 

 帝国海軍期待の新鋭空母であり、その高い航空機運用能力故に、ミッドウェーを除く、ほぼ全ての主要な海戦に参加する。

 

 大戦末期には、小沢治俊連合艦隊司令長官が将旗を掲げ、GF旗艦を務めた。

 

 多くの戦いに参加しながら、殆ど傷を負う事の無かった彼女の事を、いつしか帝国海軍の将兵達は「幸運の空母」と呼ぶようになった。

 

 戦後、生き残った瑞鶴は、大規模な改装を受ける事となる。

 

 船体の延長と格納庫の拡大、通信、索敵能力の強化、更にアングルドデッキ、油圧式カタパルトを完備し、新時代の主力であるジェット機の搭載も可能なようになった。

 

 こうして生まれ変わった瑞鶴は、その後も連合艦隊の主力として第一線で活躍を続けて行く事となる。

 

 しかし、そんな彼女にも、やがて老いる時が来る。

 

 竣工から50年以上も運用された彼女だったが老朽化には耐えられず、ヘリ空母、練習空母へと艦種変更を経て、やがて除籍・解体の決定が下される。

 

 そのまま呉の片隅に係留され、解体の時を待っていた瑞鶴。

 

 だが時代は、歴戦の空母をタダで眠らせはしなかった。

 

 まもなく21世紀の足音が聞こえ始めた頃、彼女に最後の出撃の機会が与えられる事になる。

 

 1995年1月17日  阪神・淡路大震災勃発。

 

 死者・行方不明者6437人、倒壊家屋24万9180棟、被害総額10兆円以上。

 

 神戸の街が、文字通り「消滅」するほどの大被害が生じた。

 

 この時、呉に係留されていた「瑞鶴」は、現場に最も近い位置にいる航空母艦と言う事で、出動命令が下る。

 

 震災の翌日には現地入りし、神戸港沖に投錨した「瑞鶴」は、未だに危険な余震が続く中、海上にあって最も安全な救難ヘリ発着基地として機能し、多くの救助隊支援を行った。

 

 また、広い格納庫を一般に開放し、家を失い焼け出された被災者の一部を収容、臨時の避難所としての役割も果たした。

 

 こうして、「瑞鶴」は老いた身でありながら人命救助の最前線で戦い多くの人々を救った事で、震災復興の象徴として、人々の尊敬を集める存在へとなって行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

13 蒼海のRequiem

 

 

 

 

 

 報告を聞き、男は頷きを返す。

 

 状況は想定した通り。

 

 不当に領海侵犯をしようとしたソ連海軍の艦艇は、「島風」達の活躍によって撃退できたようだ。

 

「ひとまずは安心か。けど、連中がこれで諦めるとは思えない。北海道全域をカバーできるだけの索敵網を、早急に作り上げないとね」

 

 ひとり言のように呟く青年の胸には、大将の階級章が輝いている。

 

 年齢に相反して分不相応な身分にも思えるが、青年の成した功績を知れば、誰もが納得する事だろう。

 

 故に青年は今、自身に相応しい階級と責任を持って、この場に立っていた。

 

 とは言え、先の大戦で膨張したソ連は、尚も帝国の本土を虎視眈々と狙っている。その証拠に、領海や領空を侵犯する艦船、航空機は後を絶たない。

 

 帝国を取り巻く状況は、決して予断の許される物ではなかった。

 

 苦笑する青年。

 

「まったく、厄介な事だらけだよ。ねえ・・・・・・」

 

 言いながら、青年は振り返る。

 

「ひめか・・・・・・・・・・・・み」

 

 呟いてから、

 

 水上彰人海軍大将は、既に自身の恋人がこの世にはいない事を、思い出し、思わず嘆息した。

 

 

 

 

 

 あの日、

 

 第4次マリアナ沖海戦において、原爆輸送阻止の成功と引き換えに、致命傷を負った「姫神」。

 

 既に沈没は免れず、多くの乗組員が艦を去った中、

 

 艦橋には艦娘である巡戦少女と、彰人だけが残っていた。

 

 2人は固く抱き合い、最後の時を待ち続けていた。

 

 やがて、艦体の沈下に伴い、艦橋内にも海水が流れ込んでくる。

 

 あっという間に水の中へと飲み込まれて行く2人。

 

 そのまま、水は全てを飲み込み、やがて海面下に没していった。

 

 それでも、彰人と姫神は互いの手を離さない。

 

 このまま、2人で深海の底まで沈む事こそが、最後の望みでもあった。

 

 どれくらいそうしていただろう。

 

 気が付いた時、彰人と姫神の体は艦橋から押し出される形で、水の中を漂っていた。

 

 そのまま、共に沈んで行く2人。

 

 薄れゆく意識の中、彰人はそれでも、少女の温もりを感じていた。

 

 この娘と一緒なら、何も怖くない。たとえ地獄に落ちたとしても、後悔はしない。

 

 そう思っていた。

 

 その時だった。

 

 姫神の小さな手が、そっと、彰人の頬を挟み込んだ。

 

 驚く彰人。

 

 そんな彼に、

 

 姫神はそっと、唇を重ねてきた。

 

 海中にあって交わされる、甘く切ないキス

 

 ややあって、姫神が唇を放す。

 

 彰人の目の前にある、姫神の笑顔。

 

 その儚げな微笑が、彰人の脳裏に強く焼き付けられる。

 

“彰人・・・・・・あなたは、生きて。そして、全てを守って・・・・・・”

 

 姫神がそう言ったような気がした。

 

 次の瞬間、

 

 姫神はそっと、彰人の体を放した。

 

 何をッ!?

 

 とっさに、手を伸ばそうとする彰人。

 

 だが、その指先が愛する少女を捉えることは無い。

 

 沈む姫神と相反するように、彰人の体は浮き上がり始める。

 

 もがく腕に力は入らず、沈みゆく少女を、ただ見ている事しかできない。

 

“姫神ッ ・・・・・・姫神ィィィィィィィィィィィィ!!”

 

 水の中で絶叫する彰人。

 

 対して、

 

 姫神は最後まで笑顔を浮かべたまま、深く昏い水底へと沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彰人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の、提督

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しかった、です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう、ございました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に気が付いた時、彰人は駆逐艦「島風」の医務室の中だった。

 

 「島風」以下の駆逐艦は、彰人の最後の命令に従い、ギリギリまで戦闘海域に留まり、生存者の救助を行っていたのである。

 

 なぜ、死ねなかったのか。

 

 なぜ、自分1人が生き残ってしまったのか。

 

 救出され、今日に至るまで、彰人の中で、その疑問は絶えず巡り続けていた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人は後との事を部下達に任せ、自身は1人、建物の外へと出た。

 

 吹き付けてくる海風。

 

 歩く足は、明らかに引きずられているのが判る。

 

 更に、左腕は力が入らず、だらりと下げられている。

 

 救出された彰人だったが、その身には障害を追ってしまった。

 

 不遇になったこの身。

 

 だがそんな物はどうでも良かった。

 

 自分はまだ生きている。

 

 歩く事ができる。

 

 そして、

 

 戦う事ができる。

 

 それだけできれば、充分すぎる程だった。

 

 この命ある限り戦い続ける事。

 

 今は、それこそが、自分が生き残った唯一の理由だと思っている。

 

「姫神・・・・・・・・・・・・」

 

 そっと、帽子を目深にかぶり、最愛の少女に想いを馳せる、彰人。

 

 この海は、彼女が眠る海にも繋がっているのだ。

 

「僕はまだ、戦い続けるよ」

 

 祖国を、そこに住む全ての人々を守り続ける。

 

 それが、亡き姫神との約束だった。

 

「戦いが終わったら、君に会いに行く。約束するよ。それまで、待っていてくれ」

 

 そう言うと、彰人は静かに、目を閉じて、鳴り響く海鳴りを聞き入っていた。

 

 

 

 

 

 水上彰人海軍中将(終戦時階級)

 

 開戦前から水上艦艇による大規模な通商破壊戦を唱え、海上ゲリラ戦の専門家として勇名を馳せる。

 

 開戦時には姫神型巡洋戦艦2隻から成る第11戦隊司令官として、主だった海戦の多くに参加。多大な戦果を上げた。

 

 その後、第7艦隊司令官、第2艦隊司令官と言った要職を歴任、帝国海軍が実施する作戦において、中心的な役割を果たす。

 

 終戦間際、合衆国軍の原爆投下を阻止すべく、配下の艦隊を率いて出撃した彰人はそこで、勝利と引き換えに、恋人である姫神を失う事になる。

 

 辛うじて一命は取り留めたものの、最愛の姫神を失った悲しみは深く、一時は自失状態に陥っていた。

 

 そのまま死んでしまうのでは、と思われていた彰人。

 

 だが、周囲の人々の献身的な介護、そして何より「全てを守る」と言う、姫神との約束が、彰人を再び奮い立たせた。

 

 1年後、奇跡的に回復した彰人は、軍務に復帰する事になる。

 

 当初、小沢治俊や井上成重は彰人に対し、統合幕僚本部部員や軍令部職員、海軍兵学校の教官職など、後方勤務を用意していた。

 

 しかし、彰人はそれらの誘いを全て断る。

 

 全ては、姫神との約束を守る為、彰人はあくまで「前線」に拘ったのだ。

 

 こうして彰人は、戦友である島風らと共に、新設された室蘭鎮守府、並びに北部方面艦隊司令官として着任。今や最前線と化した北海道の守備に当たった。

 

 独自の戦略眼と、それを下地にした大胆かつ緻密な作戦展開、そして太平洋戦争全般を通じて培われた経験が集約した結果、彰人率いる北部方面艦隊は、ただの一度として、弱小のソ連海軍や北朝鮮海軍を寄せ付ける事は無かった。

 

 こうして、精力的に戦い続けた彰人だったが、47歳の時に、体調不良を理由に海軍を退役。その半年後、多くの友人、知人に見守られながら、静かに息を引き取った。

 

 臨終に際して言った最後の言葉は、

 

「皆さん、ありがとうございました。これでやっと、会いに行ける」

 

 だったと言う。

 

 尚、

 

 本人たっての遺言により、骨はマリアナの海へと散骨された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わり、穏やかなうねりが、海を優しく包み込んで行く。

 

 遠く聞こえる海鳴り。

 

 蒼き海に響く哀しき音色は、散って行った者達の魂を慰めるレクイエムのように、鳴り渡っていた。

 

 

 

 

 

 いつまでも・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 いつまでも・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

第114話「その後」      終わり

 

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