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MO攻略部隊が、辛うじて米機動部隊の攻撃を凌いでいる頃、その遥か南方においても動きが生じようとしていた。
大型の艦体の割に、スマートな印象がある2隻の空母が、機関出力を上げ、風上に向けて全速航行を開始しつつあった。
「翔鶴」と「瑞鶴」。
帝国海軍が誇る最新鋭航空母艦である。
基準排水量2万5000トン。全長257メートル、全幅26メートルの艦体は、「蒼龍」によって確立されたと言って良い日本空母のスタイルを拡大発展する形で踏襲し、優美な外見を醸し出している。
要とも言うべき艦載機は84機搭載可能であり、これは1航戦の「赤城」「加賀」に迫る数である。
ただし、「赤城」「加賀」とは違い、初めから空母として設計された翔鶴型は、細部に至るまで効率化が成され、より高い戦闘力を持つに至っている。また、「蒼龍」「飛龍」の欠点であった航続力も解消され、より広範囲に及ぶ作戦行動が可能となっていた。
なお、「翔鶴」と「瑞鶴」のシルエットは驚くほどに似通っている為、「双子艦」と言う愛称で密かに呼ばれていた。
その2隻が今、艦載機の発艦体勢に入っている。
「翔鶴」の艦橋では、艦娘の少女と、第5航空戦隊司令官の原少将が、難しい顔を突き合わせていた。
「迂闊でした・・・・・・」
翔鶴が、少し顔を俯かせて呟きを漏らす。
長い銀髪をストレートに流し、やや大人びた印象のある女性である。白い胴着に、赤いミニスカート状の袴が印象的だ。
「まさか、敵の機動部隊が来ているなんて・・・・・・せめて、珊瑚海の西側にも索敵網を広げていたら、今回の事は防げたはずでした」
既にMO攻略部隊の方から被害報告が届けられ、「祥鳳」が大破した事も伝えられている。
「祥鳳」は今も炎上中であり、沈没を免れるかどうかは微妙な所であるらしい。
「あまり気にし過ぎる物じゃない」
憂いを見せる翔鶴に、原は慰めるように声を掛ける。
「米軍の増援がある事を予測し得た人間は殆どいなかったんだ。GFの派遣参謀ですら来るはずがないとまで言い切っていた物を、君が気に病む必要は無いさ」
もっとも、
原は作戦会議において発言していた若い提督の事を思い出していた。
第11戦隊司令の水上彰人中佐。彼だけは、米軍の増援がある可能性について警鐘を鳴らしていた。
だが、あの場にいた誰も、水上中佐の言葉に耳を傾けようとはしなかった。
結局、彼一人が真実を直視していたと言う事だ。
だが、これ以上の失態は、何としても避ける。それが、本作戦における最強戦力である、自分達の役割だった。
「翔鶴、瑞鶴の方はどうなっている?」
「はい。先程、《発艦準備完了》の報告が届きました」
翔鶴の言葉に、原は頷きを返す。
良いぞ、これでこちらも反撃に転じる事ができる。
敵艦隊の位置はまだ掴んでいないが、攻撃隊に先行する形で偵察機を複数放つ手はずになっている。
所謂「索敵攻撃」と呼ばれる手法であり、偵察機が敵を発見次第、飛行中の攻撃隊に無線で通報し呼び寄せる形となる。
最悪の場合、敵を発見できないまま空中を飛び回った挙句、燃料と弾薬を無駄に捨てる事にもなりかねないが、今回の場合はそれも仕方がない。既に敵に先制を許している上に、こちらはまだ、敵艦隊の位置すら掴んでいないのだから。
一方その頃、「翔鶴」に後続する「瑞鶴」の飛行甲板でも、1人の少女が攻撃隊発艦の様子を眺めている。
翔鶴にどこか似通った印象ながら、こちらは長い黒髪をツインテールに縛り、どこか幼さの残る顔立ちをしている。
「いよいよね」
瑞鶴は、少し上ずったような声で呟きを漏らした。
これから始まるのは、世界初となる空母機動部隊同士の戦いだ。
互いに敵の姿を見る事無く、繰り出した飛行機を交錯させて砲火を交える事となる。
それがどのような状況を生む事になるのか、瑞鶴本人はおろか、誰にも想像する事ができない。
しかし、
「・・・・・・負けられないのよ。『あいつ』を見返してやるために」
呟く瑞鶴の脳裏には、1人の女性の姿が浮かんでいた。
第1航空戦隊所属の空母「加賀」。
瑞鶴にとっては真珠湾から、ずっと共に戦ってきた仲間であり、本来なら尊敬すべき先輩に当たる。
だが、それで当人同士の仲が良いのかと聞かれれば、関係者各位、全員が雁首揃えて苦笑を漏らす事であろう。
1航戦は対米開戦前から海軍航空部隊の中心として活躍し、大陸に展開した陸軍支援等においても重要な役割を示した歴戦の部隊である。
対して5航戦は開戦直前に編成され、真珠湾攻撃にも何とか間に合わせた部隊である。当然、両者は所属パイロットの技量においても隔たりがある。
そのような経緯がある為、5航戦は1航戦や2航戦に比べて、下に見られる事がままあった。
艦娘の加賀は、その筆頭のような存在である。
真珠湾攻撃メンバーが初めて揃い、合同演習を行う際、瑞鶴は姉の翔鶴と共に、旗艦である「赤城」の元へ挨拶に行ったのだが、その際に加賀が言い放った言葉を、今も忘れていない。
「5航戦の子なんかと一緒にしないで」と。
冷たい目で言い放った加賀に対し、瑞鶴は脳が沸騰しそうな程の怒りが湧いてきた。
姉の翔鶴は、どちらかといえばおっとりとしており、滅多に怒る事は無い反面、瑞鶴自身は、自分が割と気が短い性格である、と言う事を自覚している。
いつか必ず、ギャフンと言わせてやる。
瑞鶴の頭の中には、常にそんな思いがあった。
その機会が、意外なほど早く訪れたのだ。
史上初となる空母同士の対決。それも、主力となるのは5航戦だ。これ以上のシチュエーションはあるまい。
必ずや敵空母を沈め、加賀の鼻を明かしてやる。
瑞鶴はそんな事を考えながら、発艦の時を今や遅しと待ちわびていた。
その時、
「翔鶴より信号ッ 《発艦を開始せよ》!!」
見張り員からの声が響く。
「瑞鶴、頼む」
「はい、任せてください」
艦長の言葉に頷きを返すと、瑞鶴は一度、大きく息を吸ってから前を見た。
「第1次攻撃隊、発艦始め!!」
瑞鶴の凛とした声が響き渡る中、
甲板上で待機していた第1次攻撃隊に所属する航空隊が、次々と滑走を開始していった。
5航戦が、索敵攻撃の為の発艦を開始した頃、珊瑚海東側に陣取った米機動部隊にも、動きが生じようとしていた。
「ヨークタウン」「レンジャー」の飛行甲板から飛び立った、第2次攻撃隊に所属する航空部隊が、次々と東の空へと飛び去って行く。
彼等の目標は、日本艦隊の前方に位置する部隊である。
そちらは日本艦隊の主力であり、大型の空母2隻を伴っている事も既に掴んでいる。
しかし、
そんな中で、ヨークタウンは浮かない表情をしていた。
「・・・・・・・・・・・・やり方を間違えたかも」
間もなく、第1次攻撃隊が帰還してくる頃である。
戦果は、空母1隻撃沈。
100機からの航空機を繰り出したわりには、戦果は少なかったと言える。せめて、もう1隻の空母も沈めていたら話は違っていたのだが。
いや、いっそのこと、第1次攻撃隊も敵の先鋒部隊(MO機動部隊)に差し向けていたら、と思う。
兵力の集中は軍事上の基本であり、敵の最強戦力を叩く事もセオリーである。
しかしヨークタウンはそのセオリーを無視して、敵の後方部隊を攻撃するように意見を出してしまった。
だが、時間が巻き戻せない以上、振出しに戻る事も出来ない。
せめて、発艦した第2次攻撃隊が、敵空母2隻を撃沈してくれれば、と思う。
やがて東の空から、帰還した第1次攻撃隊の姿が戻ってくるのが見えた。
飛行甲板を覆っていた炎は何とか鎮火に向かいつつあるのが、海上から見て取る事ができた。
その様子に、彰人は安堵の溜息を漏らす。
「どうにかなったか・・・・・・・・・・・・」
「そうみたいですね」
姫神もまた、海上の様子を眺めながら頷きを返す。
2人の視界の先では、どうにか炎を消し止めたものの、未だに飛行甲板からうっすらと黒煙を昇らせている「祥鳳」の姿がある。
米艦隊が「撃沈確実」と判断していた「祥鳳」は、まだ辛うじて海面に姿をとどめていた。
一時は沈没を危ぶまれる程の大損害を喰らった「祥鳳」だったが、その後、駆逐艦も協力した上で必死の消火活動が行われ、どうにか延焼を食い止める事に成功していた。
浸水が無かった事が不幸中の幸いだった。これで魚雷を喰らっていたりしたら、1万トンの軽空母はひとたまりも無かった事だろう。
加えて、米艦隊が更なる追撃を仕掛けて来なかった事も幸いしていた。
念のため、消火中は第5戦隊と第11戦隊が周囲を警戒し、更に上空には「瑞鳳」から飛び立った零戦隊が直掩に当たっていたが、新たな敵がMO攻略部隊を襲ってくることは無かった。
しかし、「祥鳳」の損害は甚大である。爆弾2発の直撃を受けて飛行甲板と格納庫。それに缶室を損傷してしまっている。事実上、艦隊に同行する事は不可能だった。
「『祥鳳』より信号。《我、火災鎮火の見込み。自力航行可能。出し得る速度、10ノット》」
通信長からの報告も、「祥鳳」の損害が、無視できない物である事を現していた。
「旗艦『妙高』より信号。《駆逐艦1隻を持って、『祥鳳』を護衛する》」
その電文を聞き、彰人は帽子を目深にかぶり直す。
「祥鳳」はこの後、いったんラバウルまで後退する頃になる。
駆逐艦1隻の護衛で果たして無事にラバウルまで戻れるかどうか不安だが、今は無事に帰り付けることを祈るしかない。
MO攻略部隊も、戦力が潤沢にある訳ではない。特に、まだ行程の半ばにも来ていないのだ。これからますます敵の激しい抵抗が予想される以上、余分な戦力を裂いている余裕も無かった。
と、そこで姫神が振り返った。
「『妙高』より再度の信号です。《MO遊撃部隊は、方位0-9―0度に転進。敵艦隊を捕捉、撃滅せよ》。以上」
姫神からの報告に、彰人は思わず嘆息する思いに捕らわれた。
司令部は一体、何を考えているのか?
いかに姫神型巡戦や「島風」が高速艦とは言え、航空機のスピードには敵わない。遥か彼方にいるであろう敵機動部隊を捕捉する事が果たして可能かどうか、彰人には疑問だった。
だが、これが命令である以上仕方がない。
「旗艦に返信、《信号了解。これより、進路を変更す》」
仕方なく、彰人は進路変更を命じる。
通信ではすでに、MO機動部隊の5航戦が攻撃隊を放っていると言う。上手くいけば、彼女達の攻撃によって敵機動部隊を殲滅する事もできるかもしれない。
「他力本願的な思考は趣味じゃないんだけど、それもこの際かもね」
「時と場合による、と言う言葉もあります」
嘆息交じりの彰人の言葉に、姫神も淡々とした口調で返す。
どうやら、司令部の命令に否定的と言う意味で、2人の意見は一致しているらしい。
やがて、陣形の再編を終えた第11戦隊は、進路を真東に取って速度を上げた。
2
珊瑚海海戦は、世界の海戦史上において初めて、空母機動部隊同士の戦いとなった。
その為、日米両軍ともに、殆ど手さぐりに近い形で攻撃と防御を繰り出す形となっていた。
具体的に言うと、両軍が繰り出した攻撃隊は互いにすれ違う形で、目標とする敵艦隊へと殺到したのだ。
先制したのは、先に日本艦隊を発見した米艦隊の方だった。
MO機動部隊上空に到達した米軍攻撃隊のパイロットは、目を輝かせた。
眼下には空母が2隻。それも、先に第1次攻撃隊が叩いた物よりも、明らかに大型の艦が並んで航行しているのが見える。
正規空母。
正に、この上無い程に極上の獲物である。
こいつを撃沈できれば、大手柄は間違いない筈。
誰もが目の色を変えて、眼下の「獲物」へと襲い掛かろうとする。
だが、
そんな彼等に、破滅は即座に訪れた。
「
パイロットの誰かが叫んだ。
その視界の彼方で、銀翼を連ねて襲い掛かってくる零戦の姿が映る。
敵に発見されて「祥鳳」が大破した時点で、原少将と翔鶴は、自分達も攻撃を受ける可能性を考え、直掩隊の零戦を残しておいたのだ。
攻撃隊を発艦させた直後である為、数はそれほど多くは無いが、上空から奇襲を掛ける形になった。
この瞬間、米軍のパイロット達は、自分達こそが憐れな「獲物」に過ぎなかった事を悟った。
勿論、その時には全てが手遅れだったのだが。
1航戦や2航戦に比べると下に見られがちな5航戦だが、それでも彼等は真珠湾以来、各戦線で戦い抜いてきたベテラン達である。
瞬く間に乱戦になる中、巧みに米軍機に取りついて射撃を浴びせていく。
たちまち乱れる、米編隊。
機動性に勝る零戦は、鈍重な米軍機に片っ端から取り付いて撃墜していく。
零戦は太平洋戦争初期の段階においては、世界最強の戦闘機であったと言っても過言ではない。
その零戦とベテランパイロットとを組み合わせた直掩隊に襲われては、米軍もひとたまりも無かった。
次々と炎を上げて海面に突っ込んで行くドーントレスやデバステーター。
勿論、ワイルドキャットは必死に抵抗して零戦の攻撃を阻止しようとするが、機動力に差がありすぎる為、あっさりと突破される機体が相次ぐ。
その様子を海上から眺めていた瑞鶴は、満足そうに笑みを浮かべる。
「よし、完璧じゃないのよ。これなら完勝間違いなしね」
零戦隊は、来襲した米軍機を完全に封じ込め、1機として近づけないでいる。
このままなら敵を寄せ付けずに勝利できる筈。
そう思った時だった。
「敵ドーントレスッ 『翔鶴』に向かう!!」
見張り員の悲鳴に近い絶叫を聞き、瑞鶴はハッと我に返る。
見れば、零戦隊の僅かな隙を突くようにして、少数のドーントレスが「翔鶴」上空に到達。今にも急降下を開始しようとしていた。
「翔鶴姉ェ!!」
絶叫する瑞鶴。
「すぐに掩護を!!」
「判った」
瑞鶴の言葉に艦長は頷くと、高角砲を放って「翔鶴」上空に対空砲火の網を投げる。
第6戦隊の「青葉」と「衣笠」も事態に気が付き掩護射撃を開始した。
集中される砲火を前に、1機のドーントレスが吹き飛ばされる。
だが、
翔鶴の方でも必死の回避運動を試みているが、敵機は執拗に追尾してくる。
やがて、投下される爆弾。
「翔鶴姉ェ!!」
瑞鶴が涙交じりで絶叫する中、
爆弾はまるでスローモーションのように、
「翔鶴」の飛行甲板に吸い込まれていった。
襲ってきた衝撃は2回。
踊る爆風の炎が、容赦なく自身の体を痛めつけるのが判る。
「あぐッ!?」
思わず、悲鳴を上げる翔鶴。
飛行甲板に命中した爆弾のダメージが、痛みとなって彼女にフィードバックしているのだ。
ただちに消火班がホースを手に命中箇所へと走って行くのが見える。
命中弾数は2発。艦首右舷寄りの場所に1発と、中央付近に1発。
排水量2万5000トンを誇る正規空母の翔鶴にとって、この程度のダメージは、まだ軽微の範囲内に留まる。
しかし、航空機の発着が不可能になったのは事実だった。
「提督・・・・・・・・・・・・」
翔鶴は可憐な容貌に苦痛を滲ませながらも、どうにか絞り出すようにして原に声を掛ける。
「ご覧のように、本艦は旗艦の任をこなす事が出来なくなりました。ですので、妹に・・・・・・『瑞鶴』に将旗を移すように進言いたします」
「・・・・・・・・・・・・判った」
原もまた、悔しさを滲ませるように返事をする。
空母を、それも自身の旗艦を損傷された事は、原にとってもこの上ない程の屈辱である。
しかし、戦いはまだ終わっていない。先に放った攻撃隊の成果は届いていないし、何より、本来の目標であるポートモレスビーは、未だに影すら見ていないのだ。
作戦が続行中である以上、原は機動部隊の指揮を執り続ける必要がある。その為には、旗艦を「瑞鶴」に移すのが望ましかった。
米艦載機の攻撃によって「翔鶴」が被弾している頃、
第11戦隊にも、緊張が走っていた。
「予想通りの結果ではありますね」
「そうだね。できれば外れてほしかったけど」
諦念気味な姫神の言葉に、彰人も嘆息を交えて返す。
2人が見つめる遥か先。
第11戦隊の左前方から、編隊を組んで飛翔してくる航空機の一団があるのが見える。
米軍機だ。恐らく時間差を置いて放たれた攻撃隊が追いついてきたのだろう。
「数は・・・・・・20機ほど。それほど多くはないですね」
姫神は淡々とした調子で告げる。
確かに、編隊としては小規模だ。だが、明確にこちらに攻撃の意志を向けているのが判る。
恐らく、3隻程度の小艦隊なら、自分達だけで十分と思っているのだろう。
「成程ね・・・・・・・・・・・・」
彰人は目深にかぶった帽子の下で、薄い笑みを浮かべる。
ならば、こちらとしても相応の出迎えをしてやらないといけないだろう。
編隊を組んで突進してくる米軍機。
それに対し、彰人はスッと目を細めて睨みつける。
「主砲、左対空戦闘用意、目標左40度、高角30度、接近中の敵航空機。弾種、三式!!」
彰人の命令を受け、「姫神」の前部甲板に集中配備された4連装2基8門の主砲が旋回、敵部隊を睨みつける。
同時に、後続する「黒姫」でも主砲が旋回。「島風」も、6門の主砲を振り上げ、「姫神」同様に発射体勢に入った。
尚も、真っ直ぐに向かってくる米編隊。
そして、
「撃てェッ!!」
鋭い命令と同時に放たれる、合計16門の30センチ砲。
その様子に、米軍パイロットの多くは訝った。
飛行中の航空機相手に戦艦の主砲を撃ってどうしようと言うのか? 外れるのは目に見えているのに。
中には、あからさまに失笑する者もいる。
所詮は日本人のする事だ。奴等の頭の中身は、類人猿から進化していないから、こんな単純な事も判らないのさ。
そんな事を呟いた次の瞬間、
蒼空に、爆炎の花が咲き誇った。
日本軍を嘲笑していたパイロット達は、一瞬にして炎に飲み込まれ、焼き尽くされていく。
恐らく全員、何が起きているのかすら判らなかった事だろう。
空間を丸ごと薙ぎ払うかのような攻撃は、圧巻と言っても良かった。
やがて、炎が晴れた時、
攻撃を仕掛けようとしていた米軍機の大半が吹き飛ばされ、残った敵機も慌てて散開しようとしている。
だが、
「逃がすな、自発装填急げ!!」
装填装置が唸りを上げ、僅か10秒で主砲の再発射が可能となる。
再び咆哮を上げる「姫神」と「黒姫」。
その一撃は、退避に掛かろうとしていた米軍機の生き残りを、再び炎の中へと飲み込んで行く。
やがて、蒼空に咲き誇った炎の花が花弁を散らした時、
そこには、米編隊の姿は1機も残ってはいなかった。
文字通り、全滅である。
「よし、上手く行ったね」
その様子を見て、彰人は満足げに頷くと、姫神の頭を優しく撫でてやる。
それに対し、クーっと気持ち良さそうに目を細める巡戦少女。
今、「姫神」と「黒姫」が放った砲弾は、三式通常弾と呼ばれる新型対空砲弾で、戦艦や重巡の主砲で使用する事を目的に開発された砲弾である。時限信管によって炸裂すると、内蔵された焼夷弾子や破片が空中に炸裂し、文字通り空間ごと炎で薙ぎ払う事が可能となる。
平たく言うと、戦艦の主砲から放つ特大の花火、と言えば近い物があるだろうか? 勿論、威力においてはレベルが違うのだが。
同様の砲弾に零式通常弾があるが、三式の方はより燃焼力と威力を高めた代物である。
元々は対地攻撃への使用を目的に開発された新兵器だったが、使い方次第では対空戦闘でも使用できる事が判った為、「姫神」と「黒姫」に試験的に搭載していたのだ。
その新兵器が、初の実戦の場において戦果を上げてた。
今の一撃で、20機以上いた米編隊は、僅か2斉射の三式弾で、文字通り全滅してしまった。
ますます脅威を増しつつある航空機を相手に、有効な対抗手段ができた形である。
「進撃を再開する」
彰人の言葉を受け、「姫神」以下のMO遊撃部隊は、敵艦隊を求めて、再び動き出すのだった。
3
空母が、燃えている。
その上空では、獲物を狙う猛禽のように旋回する無数の飛行機が飛び交っていた。
「シットッ こいつら、何てしつこいんだ!?」
自らの対空砲を放ちながら、レンジャーは必至に海上を逃げ回っている。
既に「レンジャー」の飛行甲板からは、命中弾を示す炎が立ち上っているのが見える。
命中弾数は5発。
飛行甲板にまんべんなく穴を開けられ、対空砲もいくつか潰されてしまっている。
当然、航空機の発着は不可能。更に被害は機関にも及んでおり、速度低下も来している。
「クソッ!?」
それでも必死に対空砲を撃ち上げる「レンジャー」だったが、自身から発せられる黒煙に阻まれ、機銃員達は照準を定められないのだ。
そうして、甘くなった対空砲火の網を、日本軍の航空隊は容易にすり抜けて迫ってくる。
「ダメッ レンジャー、避けて!!」
僚艦に迫る危機を見て取ったヨークタウンが、声の限りに絶叫する。
この時、レンジャーの右舷側から6機の97艦攻が、魚雷を抱いて接近してくるところだった。
海面スレスレを這うように飛行して迫る97艦攻を前に、「レンジャー」の対空砲火は空しく空を切るばかりである。
「クッ ヨーク・・・・・・敵はどこだよッ!? あたしは、目が・・・・・・・・・・・・」
どうにか残った対空火器で敵の接近を防ごうとする「レンジャー」
周りの巡洋艦や駆逐艦も、そして「ヨークタウン」も、「レンジャー」を守ろうと必死に対空砲を撃ち上げる。
だが、それらは日本軍の攻撃を防ぐには至らない。
ようやく1機の97艦攻を撃墜した時には、既に残る5機が魚雷を放っていた。
白い航跡を引き、海面を疾走する91式航空魚雷。
それらの槍衾の如き雷撃は一気に「レンジャー」へと迫り、白い牙を突き立てた。
巨大な水柱が5本吹き上がり、「レンジャー」の艦腹を容赦なく抉る。
「アァァァァァァァァァァァァ!?」
激痛に絶叫を上げる「レンジャー」。
同時に、水線下に開けられた5つの巨大な破孔から、一気に浸水が始まる。
片舷に5発の同時被雷。
それは同時に、空母「レンジャー」の死命を制したと言って良かった。
「こんな・・・・・・・・・・・・こんな所で、あたしは・・・・・・・・・・・・」
甲板に倒れ伏し、目からは涙を流しながら、レンジャーは呻き声を漏らす。
「レックス姉の仇も取れず・・・・・・こんな所で、死ぬなんて・・・・・・・・・・・・」
悔しさを滲ませるレンジャー。
そのまま、彼女の意識は暗い海の底に惹き込まれるように、ゆっくりと闇へと落ちて行った。
「レンジャー・・・・・・・・・・・・」
僚艦を襲った惨劇を、ヨークタウンは悲哀と共に見つめる。
レンジャーはレンジャー級航空母艦の唯一の構成艦であり、ヨークタウン級航空母艦の前クラスに当たる。
つまり、ヨークタウンにとってレンジャーは一つ年上の姉にも等しい存在だった。それだけに馬が合い、共に過ごす時間も多かった。
その「レンジャー」が、敵の集中攻撃を受けている。
恐らくもう、助からないだろう。
合衆国は「レキシントン」に続いて、2隻目の空母を失う事になるのだ。
だが、
ヨークタウンには、仲間の死を嘆いている余裕は無かった。
「ッ!?」
振り仰ぐ上空。
そこには既に、攻撃態勢を整えた複数の99艦爆が、「ヨークタウン」に狙いを定めていた。
「クッ!?」
舌を撃つヨークタウン。
同時に、機銃と高角砲が一斉に砲撃を浴びせ、どうにか敵機に攻撃を阻止しようと試みている。
だが、当たらない。
縦一列に並ぶ形で、艦爆隊が急降下を開始する。
対して、対空砲火では埒が明かないと判断した「ヨークタウン」艦長が回避運動を指示、全速力で左へと回頭を始める。
しかし、その判断は、聊か遅きに失した。
投下された250キロ爆弾の内、初めの2発は大きく外れて被害は無かった。
次の3発は、至近弾となって水柱を高々と突き上げた。
「ッ!?」
苦悶に顔を歪ませるヨークタウン。
至近弾とは言え馬鹿にはできない。水中で炸裂した爆弾の衝撃が、直接、艦体を痛めつけるのだ。
だが、直撃だけは免れるか?
そう思った次の瞬間、
飛行甲板の中央付近に、衝撃と共に爆炎が躍った。
「アァ!?」
悲鳴を上げるヨークタウン。
これまで全ての攻撃を回避してきたヨークタウンだが、ここに来て直撃を受けてしまったのだ。
「ま、まだ!! ・・・・・・・・・・・・」
それでも、健在な機関を振り絞り、どうにか回避運動を続ける「ヨークタウン」。
幸いと言うべきか、日本軍の攻撃は既に下火になりつつある。延焼さえ食い止めれば、基準排水量2万トンの正規空母が沈む事はないだろう。
しかし、
「レンジャー・・・・・・・・・・・・」
ヨークタウンは痛みを堪え、彼方で黒煙を吐きながら停止しているレンジャーを見やる。
「レンジャー」が沈没確実の損害を受け、「ヨークタウン」も損傷した今、無傷の空母を伴う日本艦隊の阻止は、事実上不可能となってしまった。
ポートモレスビーは陥ちる。
そして、それは同時にオーストラリアの運命も危うくしてしまう事だろう。
この時のヨークタウンは、絶望感と共に、そのように考えていた。
一方その頃、
米攻撃隊を三式弾の一斉射撃で退けた後、再び東方への進撃を再開した第11戦隊だったが、
程無くして送られてきた電文を目にした時、彰人は思わず目を疑った。
「そんな馬鹿な・・・・・・・・・・・・」
「どうしました、提督?」
低い声で呟いた彰人に、姫神が首をかしげながら尋ねる。
対して、彰人は無言のまま、電文を差し出した。
訝りながらも紙を受けとり、一読する姫神。
「・・・・・・・・・・・・《MO作戦の中断を決定す。各部隊は直ちに反転、ラバウルに帰投せよ》」
淡々とした口調で読み上げる姫神の声にも、戸惑いの色が浮かび始める。
ここに来て、なぜ?
日本艦隊は確かに「翔鶴」「祥鳳」を大破され、航空戦力は半減している。
しかしまだ「瑞鶴」「瑞鳳」は無傷で健在だし、水上部隊も被害を受けていない。作戦続行は充分に可能である。何より、来襲した米機動部隊は、2隻の空母の内、1隻を沈め、もう1隻も大破の損害を与えて無力化している。今や珊瑚海の制海権は、完全に日本側が握っている。
作戦を取りやめる要素は皆無な筈である。
ギリッと、歯を噛み鳴らす彰人。
悔しさが込み上げてくる。
今日一日の犠牲、「祥鳳」や「翔鶴」の乗組員や、攻撃隊のパイロット達の犠牲が、このたった数行の電文1枚で、全て無駄になってしまったのだ。
彼等の犠牲を無駄にしない為にも、モレスビーは攻略しなくてはいけないと言うのに。
だが、上級司令部が作戦中止を判断した以上、彰人一人が反対したところでどうなる物ではない。
「姫神、進路反転180度。MO攻略部隊と合流した後、ラバウルに帰ろう」
「はい・・・・・・・・・・・・」
彰人の気持ちを察したのか、姫神も短いやり取りで応じる。
やがて、反転する「姫神」に続き、「黒姫」「島風」も回頭していった。
その頃、作戦全体を統括する司令部が置かれたラバウルでも、突然の作戦中止命令に、誰もが戸惑っていた。
艦隊は激闘の末、ようやく米艦隊を沈黙させる事に成功した。
後は予定通り南下し、ポートモレスビーを攻略するのみ。
そう思っていた矢先の作戦中止である。
皆の視線は自然と、作戦中止命令を下した、軍令部参謀の黒鳥陽介大佐に向けられた。
だが、
皆の非難に満ちた視線を向けられても、黒鳥は平然とした顔で立っている。
「海戦の結果、我が方の空母は2隻が大破したが、敵には1隻撃沈、1隻大破の損害を与えている。つまり、戦いは我が方の勝利で終わったのだ。ならば、これ以上、無用な戦いを続けるべきではない」
「いや、しかし、肝心のモレスビー攻略はどうなるのですか?」
今回の作戦目的は、あくまでもポートモレスビーの攻略である。それを達成しない事には、作戦成功とは言えない。
対して、黒鳥は、質問に答えようともせずに口を開いた。
「軍令部総長の永野修閣下は、常々、このように言っておられる。『我が国は資源の少ない国であるから、損傷した艦の修理も簡単にはいかない。故に、損傷せず、艦を壊さないようにして戦わないといけない』と。私は、永野閣下の御威光に添うようにしただけだ」
そう言って、昂然と胸を逸らす。
その姿に、誰もが唖然とした。
要するに黒鳥は、艦が損傷する危険性があるから、これ以上の戦いはやめようと言っているのである。
戦争をしているのだ。艦を壊さないようにする事など不可能である。
ハッキリ言って、そんな事は敵に言ってくれ、とでも言いたいほどだ。
だが、相手は現軍令部総長。海軍最高権力者の1人である。そんな人物の言葉に、逆らえる者など、誰1人としていなかった。
やがて、黒鳥は踵を返すと、その場から出て行こうとする。
その時だった。
「待ちたまえ」
出て行こうとする黒鳥の背後から、井上成重第4艦隊司令官が、鋭い声で呼び止めた。
「黒鳥大佐、どこへ行くのかね?」
「決まっているでしょう。帰るのですよ、呉へ。作戦が終わった以上、このような僻地に居る理由は何も無いからな。ああ、飛行機を1機、用意していただければ助かります」
あまりの言い草に、別の参謀も声を上げる。
「間も無く、艦隊が帰投します。それを待たないのですか?」
「うん? なぜ、そのような事をする必要があるのかね?」
まるで全く知らない異国の言葉を聞いた。とでも言いたげに、黒鳥は首をかしげると、そのまま部屋を出て行く。
戦った将兵や艦娘を出迎えて労う。などと言う発想は、どうやらこのGF参謀には無縁であるらしかった。
やがて、踵を返して作戦司令室から出て行く黒鳥の背中を見送り、
井上は静かに嘆息するのだった。
史上初となる空母機動部隊同士の対決となった珊瑚海海戦は、帝国海軍の損害が空母2隻大破であるのに対し、合衆国艦隊の損害が、空母1隻撃沈、1隻大破となって終了した。
戦果としては帝国艦隊の方が多いが、結局、戦略目標だったポートモレスビー攻略は成らず、帝国にとっては戦術的勝利、戦略的敗北と言う結果に終わった。
これは同時に、帝国海軍が持つある種の「体質」を象徴するような結果である。
すなわち、「戦略」よりも「戦術」を重視し、戦果が充分に上がったと判断すれば、目的を達する事無く退却してしまう。
こうした戦の本質を見誤った体質は、後々まで尾を引く問題になるのだった。
第13話「蒼空に咲く焔」 終わり