1
程無く、第1航空艦隊に、友永率いる第1次攻撃隊からの報告伝聞が届けられた。
しかし、
その電文を見詰め、1航艦司令部の面々は、難しい表情をする。
「《爆撃の効果不十分。第2次攻撃の要有りと認む》、ですか・・・・・・」
電文の内容を読み上げた赤城も、難しい表情で思案する。
当初の予定では、友永隊だけでミッドウェー基地を壊滅させ、以後は出現するであろう敵の機動部隊に備える。と言うのが、計画であった。
しかしその計画はつまずき、ミッドウェー基地の戦力は依然健在である。
このままでは、いずれ第2艦隊が上陸作戦を開始した時、空からの攻撃に悩まされる事になりかねない。
「これまでに、偵察機から敵艦隊発見の報告は入っているか?」
「いえ、今に至るまで何も・・・・・・」
尋ねる南雲に、赤城はそう言って首を振る。
偵察機は1航艦を中心に、北東から南東に掛け、扇状に展開している。しかし、発進したどの偵察機からも敵艦隊発見の方向は入っていなかった。
「提督。ここは、第2次攻撃隊として待機している部隊も、陸上攻撃に振り向けましょう」
敵艦隊が現れない以上、対艦装備のまま待機させておくよりも、陸上基地攻撃に使用して、制空権確保に努めるべきだと考えたのだ。
しかし、
「いえ、第2次攻撃隊は対艦攻撃装備のまま待機させておくべきです。そうでないと、いざという時に対応できません」
赤城は控えめに、否定の言葉を述べる。
無暗に兵装転換したりしたら、艦内が混乱状態になってしまう事を懸念しているのだ。
「しかし、現実に敵艦隊は現れないんだ。ならば、目の前の敵に戦力を集中するべきじゃないか?」
「陸上機の攻撃なら、艦隊には大した脅威にはなりません。ここは、予定通りいくべきです」
言い募る原田に、反論する赤城。
と、
「2人とも、そこまでだ」
議論がヒートアップしそうになる赤城と原田を、傍らの南雲が制した。
振り返る2人に対し、南雲は口を開いた。
「赤城の意見はもっともだが、現実に脅威になっている敵が目の前にいる以上、放置しておくわけにもいくまい。ここは原田君の言う通り、第2次攻撃隊も陸上攻撃に向けよう」
「・・・・・・判りました」
尚も納得がいかないような顔をしているが、赤城はそれ以上は何も言わずに引き下がった。
やがて、「加賀」「飛龍」「蒼龍」に、第2次攻撃隊として待機中の機体を、陸用装備に換装するよう指示が飛んだ。
それを受けて、各艦の整備員達は待機中の機体に取りつき、その腹に抱えた魚雷や徹甲爆弾を取り外し、代わりに陸上攻撃用の榴弾に切り替えていく。
だが、
異変は程無く、起こった。
「敵機来襲!!」
見張り員の絶叫が、赤城艦内に響き渡った。
敵機が中高度か侵入してくる様子は、直掩についていた直哉からも確認する事が出来た。
「単発の機体が5機に、双発の陸上機が5・・・・・・6機かな・・・・・・」
来襲した敵機の数を数えながら、直哉は操縦桿を倒し、零戦を鋭く反転させる。
恐らくミッドウェーから発進した機体だろう。友永隊が到着する前に、ミッドウェー守備隊に所属する海兵隊は、予め武装した攻撃機を空中に退避させていたのだ。その一団が1航艦上空に現れたのである。
しかし、
「戦闘機は・・・・・・いない?」
周囲に目を向けても、護衛の戦闘機の姿は無い。敵は裸の攻撃隊を差し向けて来たのだ。
実はこの時、ミッドウェー所属の戦闘機は全て、友永隊の迎撃に当てがわれていた為、攻撃隊に護衛を付ける余裕は無かったのだ。
勿論、直哉がそれを知る術は無いのだが。
高度を落としつつ、直哉の零戦は速度を上げて敵機の背後へと迫る。
そこでふと、直哉は魚雷を装備した単発機に目を向けて驚いた。
「あれ、新型?」
その単発の攻撃機は、それまで米軍が主力にしていたTBDデバステーターではない。
グラマンTBFアベンジャーと名付けられた機体は、米軍が新たに戦線投入を開始した新型の攻撃機である。速度や防御力等、デバステーターの弱点を大幅に改善した機体である。
何より特筆すべきは、その名前だろう。
アベンジャー。
つまり復讐者。
これは「真珠湾の復讐をする」と言う意味合いが込められている。
開戦から僅か半年で、米軍は早くも新型機を実戦投入して来たのだ。
しかし、
直哉は更にエンジンスロットルを上げ、アベンジャーに追いすがる。
見る見るうちに迫る、両者の距離。
新型だろうが何だろうが、魚雷を抱いた攻撃機が零戦の軽快さに敵う筈もない。
放たれる旋回機銃の攻撃を、直哉は沈み込むようにあっさりと回避。同時に、機首を上げて突き上げる軌道を取ると、容赦なく20ミリ機関砲を叩き込む。
炎を上げてバラバラに砕け散るアベンジャー。
直哉は更に、期待を上昇させつつ、今度は下方に反転。上から覆いかぶさるようにして、次の目標へと狙いを定める。
「きっつ・・・・・・」
身体を締めるGに歯をくいしばって耐えながら、次のアベンジャーに照準を合わせる。
既に両者の距離は殆ど無い。
直哉はすれ違いざまに機関砲を一連射。アベンジャーのコックピット付近に叩き込む。
次の瞬間、アベンジャーは炎を上げながら大きく傾き、そのまま海面へと突っ込んで行った。
見れば、直掩隊の他の零戦、次々と敵機に取りついて撃墜していく様子が見られる。
艦隊の被害も、直掩隊の被害も無し。
数、性能、練度。全てにおいて直掩隊の方が米軍攻撃隊に勝っていたのだ。当然の帰結である。
敵が戦闘機を付けずに攻撃隊を放った事で、戦いは日本側の一方的な勝利に終わった。
護衛の無い攻撃隊など、かくも脆い物である。
しかし、
「あれ?」
直哉は、零戦の一部が、再び翼を翻して別方向へ飛びゆこうとしているのを見て首をかしげる。
見れば、その向かう先には、こちらに真っ直ぐに向かってくる敵機の姿がある。
「また?」
うんざりしたように呟きながら、直哉は機種をそちらへと向けた。
2
1航艦が五月雨式に襲ってくる米軍機の攻撃に対処している頃。
ミッドウェー環礁の西方海上において、動きが生じようとしていた。
大小合わせて30隻近い艦隊が、2群に分かれて航行している。
空母3隻、戦艦1隻、重巡洋艦7隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦15隻。
ミッドウェーに向けて進撃する帝国海軍の三分の一でしかない。
しかし、艦隊に所属する誰もが、不退転の決意でもって作戦に臨んでいた。
ここを抜かれれば、ハワイはもう目前である。
ミッドウェーが陥ちれば、もはやハワイを守る防壁は無くなり、無防備に等しい状態にある。
だからこそ、何としてもミッドウェーは守り通さなくてはならない。
それは提督から一将兵、そして艦娘に至るまで、全員が一致した思いである。
アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊所属、第12任務部隊と第17任務部隊。
合衆国が太平洋で動かす事ができる、機動部隊のほぼ全力が、ミッドウェーの西方海上に集結していた。
「まさか、本当に来るとはな。直前までは、イマイチ信じられなかったんだけど・・・・・・・・・・・・」
旗艦「エンタープライズ」の艦橋で、レイナード・スプルーアンス少将は、その冷静沈着な顔に若干の戸惑いを浮かべて呟いた。
合衆国は、帝国軍がミッドウェーに襲来する事を事前に察知し、待ち構えていたのだ。
だからこそ、1航艦の動きに合わせるように機動部隊を展開できた事に加え、ミッドウェー守備戦力を強化する事もできた。友永隊の攻撃が不首尾に終わったのは、そのような理由からだったのだ。
少し前から帝国海軍が使用する暗号の符牒に「MI」と言う単語が出て来る事を、合衆国情報部は掴んでいた。しかし、それがどこなのか、なかなか特定する事ができなかった。
そんな折、帝国本土に潜入しているスパイからの情報で、帝国海軍がミッドウェー攻略を目論んでいると言う情報が飛び込んできたのだ。
もっとも当初、この情報の信憑性について、情報部でも懐疑的な声が多かった。理由としては、あまりにも情報がダダ漏れに過ぎたせいである。
帝国海軍は、まるで情報統制と言う概念を知らないかのように、ミッドウェーと言う単語を無防備に連呼していた。その為、情報部は却って欺瞞の可能性を疑ってしまったのだ。
そこで情報部は、欺瞞の有無を確認する為に一計を案じた。
ミッドウェー基地からわざと平文で「ミッドウェーにて浄水器が故障し、真水が不足している」と発信させたのだ。勿論、これは帝国軍の行動を探る為の偽情報であり、そんな事実は無い。しかし浄水器故障の報告くらいなら、平文で打っても怪しまれないと判断したのである。
効果は程無く現れた。
帝国海軍の暗号が「MIにて真水不足の模様。留意されたし」と発せられたのだ。
これにより、情報部はMIがミッドウェーであると確証したのである。
既にミッドウェーが帝国海軍の攻撃を受けた事は、スプルーアンスの元へも入ってきている。
幸い、事前に迎撃態勢を整えていた為、受けた損害は許容範囲内であるらしい。
とは言え、攻撃を反復されれば流石に危うい。ミッドウェーが何とか持ち堪えている間に、反撃の手を打つ必要があった。
「それでレイ、どうするの?」
傍らのエンタープライズが尋ねてくる。
少女としては、目の前の優男風の提督に対し、一抹以上の不安を抱かずにはいられないでいた。
開戦以来、一貫してビル・ハルゼー指揮下で戦ってきたエンタープライズにとって、ハルゼーのような勇猛な提督こそが、自分の指揮官に相応しいと思っている。
そこに来て、スプルーアンスのような、いかにも頼りない学者のような男が指揮官の座についたとなっては、不満の1つも出ようと言う物である。
とは言え、スプルーアンスは、そのハルゼーが直々に、自分の後釜にと望んだ男である。ならば、今はその判断任せるしかなかった。
「敵艦隊の位置は掴んいる?」
「うん。ミッドウェーの航空隊が何度か攻撃を仕掛けて、大体の位置情報は把握している。もっとも、向こうは損害がかなり大きいみたいだけど」
無理も無い。少ない戦力で1航艦に攻撃を仕掛けているのだ。無傷で済むはずが無かった。
そんな彼等の献身と犠牲に報いる為、何としても攻撃は成功させなくてはいけない。
「よし、やろう」
スプルーアンスは決断する。
報告では、ミッドウェーを襲った帝国海軍の攻撃隊は、およそ100機前後。
事前情報で、帝国海軍が戦線投入可能と思われる正規空母は4隻と見積もられていた。
そこから導き出されるた計算が正しければ、敵は一度に投入可能なほぼ全力を、ミッドウェーに差し向けている事になる。
ならば敵は、もうすぐ帰還する航空隊を収容する為に、大わらわな状態となるだろう。
つまり、今なら理想的な先制攻撃を掛けられる可能性がある。これを逃す手は無いだろう。
「攻撃開始だ」
スプルーアンスの目が、鋭い光を帯びた。
彼女の姿は「異様」の一言に尽きた。
軍服を着ているものの、その腕や足には痛々しく包帯が巻かれ、目も右側は眼帯と包帯によってぐるぐる巻きにされている。
外見が清楚なだけに、余計におどろおどろしさを感じる光景だ。
ヨークタウンである。
彼女もまた、2人の妹、ホーネット、エンタープライズと共に、この戦いに参戦していた。
未だに痛みを発する身体を引きずって。
珊瑚海海戦で損傷を受けた「ヨークタウン」は。本来なら修理に2カ月を要する重体だった。
それを太平洋艦隊司令長官レスター・ニミッツは命令、と言うか無茶振りを発し「3日で直せ」などととのたまったのである。
その結果、真珠湾の工廠が総動員され、工員たちは不眠不休で「ヨークタウン」に取りつき、どうにか命令通り、3日で出渠させる事に成功したのである。
とは言え、修理が完全に終わった訳ではない。
損傷したボイラーの一部は手つかずのままである為、速力は艦載機発着がギリギリ可能な27ノットが限界である。
更に、艦体の一部のゆがみがそのまま残っている為、隔壁を閉じる事ができない箇所もある。その為、今の「ヨークタウン」は1発の魚雷ですら致命傷になり得る状態だった。
しかし、
「レックス姉さんと、レンジャーの仇・・・・・・今度こそ・・・・・・」
怨念じみた声を絞り出すその瞳は血走り、海の彼方から迫りつつある帝国艦隊を睨み据える。
開戦劈頭に沈められた「レキシントン」と、珊瑚海に無念の涙を呑んだ「レンジャー」。
2人の仇を必ず取ると誓い、ヨークタウンは無理やり、この戦いに参戦していたのだ。
やがて、旗艦「エンタープライズ」から発艦開始の命令が伝えられる。
同時に、ヨークタウンの隻眼が、鋭く光を帯びた。
空母の飛行甲板を蹴って、次々と発艦していく航空隊を、少し離れた海面で1隻の戦艦が見つめていた。
「ワシントン」である。
彼女は28ノットで航行可能であり、機動部隊に追随できる唯一の戦艦として、本作戦に参加するよう命じられていた。
その知的さを感じさせる瞳が、上空へ舞い上がって行く航空隊を追いかける。
「ごめん、ワシントン」
そんな少女に、艦長のアンリ・ステイネスが語りかけた。
「本来なら最新鋭戦艦の君には、戦艦部隊を率いて帝国軍に水上砲戦を挑んでほしかったんだけど・・・・・・」
「仕方ないですよ。事情が事情ですから」
そう言って、ワシントンは少しさびしそうに笑う。
現在、太平洋艦隊で出撃可能な戦艦では、ワシントンの瞬脚に追随できる艦は無い。他の「メリーランド」以下の戦艦では、速力が21ノットと遅いため、艦隊を組んでも、却ってワシントンの性能を損ねてしまうとして、出撃が見送られていた。
その為今回、ワシントンはあくまで、空母機動部隊の護衛として出撃したのである。
「せめて、ノース姉さんがいてくれたら、少しは事情が変わったのかもしれませんけど・・・・・・」
ワシントンの姉であるノースカロライナは、試験航海の段階で全速力を発揮した際、艦体に微妙な振動が起きる不具合が見つかった為、現在は本国の工廠に戻って再工事を行っている最中である。
「ワシントン」にも同様の不具合はあったのだが、こちらの工事は比較的早期に終了した為、艦隊配属は「ワシントン」の方が先になってしまった、という経緯がある。
そもそも「ノースカロライナ」「ワシントン」から成るノースカロライナ級戦艦は、元々36センチ砲を4連装3基12門搭載した戦艦として完成するはずだったのを、帝国海軍が新型戦艦を完成させつつあると言う情報をキャッチした為、これに対抗する為に、大急ぎで主砲を大口径な物に換装したと言う経緯がある。
不具合が起きたのがその影響かどうかは判らないが、いずれにしても、いささか泥縄式に完成した艦であるある事は間違いない。
ただし、御存じの通り帝国海軍の新型戦艦である「大和」は、世界に類を見ない46センチ砲を搭載した戦艦であり、いくらノースカロライナ級が主砲換装を行ったとしても、対抗するのは、ほぼ不可能に近いのだが。
この時期、合衆国海軍の中には、帝国海軍が40センチ以上の砲を搭載した戦艦を建造する事について、真剣に検討している者は皆無と言って良かった。
「それに、最新鋭戦艦って言っても今だけの話です。もう、本国では次のクラスが完成して、訓練に入っているって言う話ですから」
「ワシントン・・・・・・」
何と声を掛けて良いのか判らず、押し黙るアンリ。
合衆国海軍もただ手をこまねいている訳ではない。着々と反撃の準備は整えられつつあるのだ。
ノースカロライナ級を上回る性能の戦艦に、大小の空母。零戦に対抗する為に開発を進められている新型戦闘機。そして、それらを支える為の補助艦艇が、本国で建造が進められている。
もっとも、それらの大半が、戦場に出てくるのは、まだ当分先の話になるが。
「まあ、そう悲観する事は無いよ」
「え?」
さばさばした口調のアンリに、ワシントンは思わず顔を上げて振り返る。
対して、柔らかく笑い掛けるアンリ。
「新型戦艦が完成しつつあるって言うなら、砲戦部隊を編成して水上砲戦をやる機会もあるかもしれない。それまでに充分に経験を積んでおけば、いざという時に充分活躍できるだろうし」
ここで勝つにしろ負けるにしろ、戦争はまだまだ続く。
状況次第では、「ワシントン」が開戦の主役になる事はあり得るわけだ。
「その時は、よろしく頼むよ」
「はい」
アンリの言葉に、ようやくワシントンは、気分が軽くなったように微笑を返した。
3
その頃、第1航空艦隊は、都合3度目になるミッドウェーからの攻撃隊を撃退する事に成功していた。
「損害が無いのは結構な事だが・・・・・・」
「赤城」の艦橋から空戦の様子を見守っていた南雲は、嘆息交じりに呟いた。
「こうしつこいと、流石に参って来るな」
敵は小数機で、五月雨式に攻撃を仕掛けてきている。
1度に来襲する敵機はせいぜい10機。多くても15~6機といったところであり、直掩に上がっている零戦の敵ではない。殆どが撃墜されるか、這う這うの体で逃げ帰って行った。
1航艦の損害は当然無し。損傷艦はおろか、被撃墜機すら出ていない。
だが、殆ど間隔を開けずに襲ってくる敵の存在が疎ましい事は間違いなかった。
この状況を見ればやはり、第2次攻撃隊も陸用装備に換装してミッドウェーへと向けると言う判断は正しかったように思える。
「換装作業を急がせてくれ。第2艦隊が海域に到着する前に、ミッドウェーを完全に叩いておきたい」
「はい。他のみんなにも伝えておきます」
赤城がそう言って一礼を返す。
今はとにかく、攻撃隊の換装を急がせる以外に方法は無い。
ミッドウェーさえ潰してしまえば、後は敵艦隊が来ようが来るまいが、1航艦の行動はシンプル化する事ができるのだから。
だが、
凶報は程無く、届けられた。
それは、南雲が兵装転換を命じて、約20分ほどが経過した頃だった。
「偵察機より入電ですッ」
通信参謀が、血相を変えた調子で南雲に駆け寄ってきた。
その手にある電文を受けとり、一読する南雲。
すると、
見る見るうちに、顔色が変わって行くのが判った。
「長官?」
怪訝な様子で覗き込んでくる赤城に対し、南雲は無言のまま電文を渡す。
目を通す赤城。
その顔が、南雲同様に変化するのに、それほどの時間は掛からなかった。
《敵艦隊発見。ミッドウェーよりの方位80度。巡洋艦4、駆逐艦5》
報告して来たのは「利根」4号機。発進直前にカタパルトが故障し、30分遅れで出た機体である。
騒然となる「赤城」艦橋。
いないと思っていた敵艦隊が現れたのだ。このタイミングで。
「すぐに、攻撃隊を出しましょう」
「いや、まだ早い」
意気込む原田を、南雲は制した。
「まだ、敵艦隊に空母がいると言う確証は無い。続報を待つんだ」
南雲の言葉に、原田は苛立つように歯を噛み鳴らす。
位置から言って、敵はこちらを待ち構えていた可能性が高い。ならば、必ず空母がいる筈なのだ。
「とにかく、偵察機に更に詳しい情報を送るように命じるんだ。話はそれからだ」
南雲の命令を受けて動き出す司令部の一同。
緊張が増していくのが、目で見えるように判る。
誰もが固唾を飲んで待つ中、
先の通信から約15分後。再び報告が齎された。
「『利根』4号機から続報。《先の艦隊後方に、空母1隻を伴う》!!」
決定的だった。
誰もが恐れていた事態が、ついに起きてしまったのだ。
「直ちに攻撃隊発艦をッ」
「でも、今は陸上攻撃用の装備に切り替えている最中です」
意気込む原田に対し、赤城は冷静に指摘する。
「赤城」と「加賀」の艦内では、待機していた97艦攻から魚雷を取り外し、爆弾に付け替える作業をしている。しかも、装備しているのは対艦攻撃用の徹甲爆弾では無く、陸上攻撃用の榴弾だ。
2航戦の2隻には99艦爆しか残っておらず、こちらは必要が無かったため換装を行っていない。その為、出ようと思えばすぐにでも発艦できる体制にあるのだが。
その時、
「2航戦、旗艦『飛龍』より信号ッ 《直ちに現装備のまま、攻撃隊発艦の要有りと認む》!!」
どうやら、山口もまた先手必勝に掛けるべきだと判断したようだ。
しかし、
「提督。陸用の装備では空母を沈められません。魚雷に装備を戻すべきです」
赤城は敵空母を確実に仕留めるべきであると考え、ただちに再換装作業を行うように意見する。
その背景には、先に南雲が赤城の意見を退け、対艦装備を陸用装備に換装させた事への抗議も含まれているような気がした。
対して、原田も主張する。
「提督、ここは2航戦司令の言う通り、ただちに攻撃隊を出すべきです。無防備な状態で襲われたりしたら、空母はひとたまりもありません」
真っ向から対立する、赤城と原田。
やがて、
2人の意見を聞き終えた南雲は、顔を上げた。
「直ちに兵装転換だ」
「長官ッ」
「判りました」
抗議する原田と、一礼して去って行く赤城。
対して、南雲は原田に向き直った。
「大丈夫だ。これまで敵機は全て直掩隊が防いでくれている。彼等を信じようじゃないか」
「ハッ・・・・・・・・・・・・」
南雲の言葉に、原田は黙って頭を下げる。
元より、原田は元戦闘機乗りであり、零戦の開発にもかかわっている。彼等の腕を誰よりも信じている1人である事は間違いない。
だが、
それでも一抹の不安を拭えないでいるのは確かだった。
一方その頃、
「飛龍」の艦橋でも、「利根」4号機からの報告はもたらされていた。
だが、
「何を考えているんだ、南雲さんは!?」
山口は、苛立ちを吐き出さずにはいられなかった。
「飛龍」と「蒼龍」だけなら、すぐにでも攻撃隊を発艦させる事ができる。
無論、99艦爆の装備できる小型爆弾では空母を沈める事はできないだろう。しかし、飛行甲板に穴を開ける事ができれば、空母は艦載機の発着ができずに無力化する。トドメを刺すなら、その後でも良い筈だ。
しかも艦爆隊を指揮する予定の「蒼龍」艦爆隊長
連合軍の急降下爆撃の命中率がせいぜい30~40パーセント。悪くすれば20パーセント程度である事を考えれば、それがいかに驚異的な数字であるかが判る。
江草ならば、確実に米空母を仕留める事ができる、山口はそう考えていた。
しかし、1航艦は現実に敵艦隊が迫りつつある中、悠長に換装作業を始めてしまった。2航戦には、1航戦の換装作業が終わるまで待機を命じられている。
これがいかに危険な事であるか、南雲司令部は果たして認識しているのだろうか?
「これでは、インド洋の時と同じじゃないか・・・・・・・・・・・・」
セイロン島の英軍基地を攻撃した際も、南雲は敵前で兵装転換を命じている。
あの時、一度、陸上基地から発進した英軍機が、1航艦上空に到達した事があった。
幸い、直掩隊の奮戦で事無きを得たものの、英軍機が投下した爆弾の1発が「赤城」の至近に落下し、あわや大惨事になる危険性もあったのだ。
その教訓が、全く活かされていない事になる。
「あと2時間・・・・・・・・・・・・」
爆弾から魚雷へ換装を終えるまでには、どうしてもそれくらいの作業時間がかかる。
だからこそ、一刻も早く攻撃隊を放つべきだと言うのに。
だが、上級司令部が決断した以上、山口にはどうする事も出来ない。あとは敵機が来襲するよりも早く、兵装転換が終わるのを祈るしかなかった。
その頃、直哉は敵の攻撃を三波まで退けたところで、「飛龍」に着艦していた。
燃料はまだ余裕があったが、弾薬が切れてしまったのだ。
やはり、零戦のネックの一つは携行弾薬の少なさであろう。
直哉自身、戦いの後半には20ミリ弾が切れて、7・7ミリ機銃で戦わなくてはならなかったほどである。
とは言え、戦いはまだ終わっていない。直哉は補給が終われば、すぐにまた発艦して直掩に戻る予定だった。
と、廊下を歩いていると、見覚えのある少女が歩いて来るのが見えた。
「あれ、飛龍、何でここに?」
艦娘である少女は、戦闘が始まれば艦橋に詰める事になっている。その飛龍がここにいる事が不思議だった。
「何かさ、多聞丸ピリピリしているから、居づらくなっちゃった」
そう言って肩を竦める。
「何か、多聞丸よりも上の人達が、色々とごちゃごちゃやっているみたい。よく判んないけど」
「ふうん・・・・・・」
イマイチ要領の得ない飛龍の説明に、直哉は生返事を返す。
上級司令部が何を考えているのかは判らないが、現実に敵が来ている状況で、おかしな事態に陥る事だけは避けてほしい。
それが前線に立つ者としての、偽らざる本音だった。
「直哉も、気を付けてよ。何だか、敵艦隊が出て来たっていう話もチラッと聞いたし」
「うん、判ってる」
気を使ってくれる飛龍に、直哉は笑い掛ける。
そして、
「大丈夫。飛龍は僕が守
格好いいセリフを言おうとして、思いっきり噛んだ。
思わず、
直哉と飛龍の間に気まずい沈黙が流れる。
そして、
クスクスと笑いだす飛龍に対し、直哉は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にする。
「期待しているからね。あたしの撃墜王君」
からかうように言って、直哉の肩をポンと叩く飛龍。
せっかく決めたつもりだったのに、完全に滑ってしまった感がある。
それに対して、直哉が何か言おうとした時だった。
警戒を告げる警報が、「飛龍」の艦内に大きく鳴り響いた。
第17話「カウントダウン」 終わり