蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第1話「羅針盤が告げる運命」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 透き通る程の青い海。

 

 緑なす、生い茂る木々。

 

 心躍る白い砂浜。

 

 上り始めた太陽が、全てを祝福しているのが判る。

 

 そこは、地上の楽園だった。

 

 誰もが、足を踏みこめば、この世の天国を謳歌できる事は間違いない。

 

 そんな地上の楽園。

 

 その空の上を今、

 

 無数の鋼鉄の翼が、飛びぬけようとしていた。

 

 銀翼が蒼空を斬り裂き、轟音を鳴り響かせていく。

 

 無数の、飛行機の群れだ。それも、1機や2機ではない。

 

 100機

 

 否、ことによると200機は下らないかもしれない。

 

 それも、ただの飛行機ではない。

 

 小型爆弾を抱えた急降下爆撃機。

 

 魚雷や大型爆弾を抱いた攻撃機。

 

 そして、軽快な運動性能を秘めた戦闘機。

 

 その全てが、翼の下に深紅の日の丸を描いていた。

 

 やがて、

 

 彼等の視界の先に、目指す楽園が姿を現す。

 

 同時に、編隊を構成する各機は、次々と高度を落とし始めた。

 

 一糸乱れぬ、見事な機動。

 

 よく訓練された動きである事が、見ていれば判る。

 

 海岸線を飛び越え、緑の木々がすれすれに見える程の山間を、迷わず飛びぬけていく飛行機の姿は、圧巻の一言に尽きた。

 

 やがて、

 

 彼等の視界は開け、彼方に港の風景が見えてきた。

 

 中央に小振りな島があり、その周囲には無数の船舶が停泊している光景。

 

 ある意味、長閑な港の風景とも言える。

 

 だが、

 

 その姿を確認した先頭をゆく隊長機が、翼を振って後続機に合図を送る。

 

 それを受け、

 

 各部隊は、一斉に散開した。

 

 急降下爆撃機は高度を取って攻撃準備に入り、攻撃機はより高度を落として魚雷を放つ体勢に入る。

 

 そして戦闘機は、警戒するように港の上空を回る。

 

 やがて、

 

 全ては始まった。

 

 

 

 

 

 1941年12月8日

 

 この日、択捉島単冠湾を出航した大艦隊が、荒れ狂う北太平洋を踏破。アメリカ海軍の太平洋最大の拠点である真珠湾に先制攻撃を掛けるべく、密かにハワイ諸島に接近した。

 

 かねてより、日米間で行われていた和平交渉が決裂を迎え、開戦が確実視され始めると、強大な合衆国軍に対抗すべく、帝国は開戦第一撃で合衆国海軍太平洋艦隊に大打撃を与え、勝負を決してしまおうと考えたのだ。

 

 航空母艦6隻を中心とした帝国海軍第1航空艦隊は、第一波攻撃隊183機、第二波攻撃隊167機。合計350機から成るハワイ攻撃隊を出撃。真珠湾泊地にて停泊中だった合衆国軍太平洋艦隊に対し、一斉に襲い掛かった。

 

 事は完全なる奇襲となり、帝国海軍の攻撃を前に、合衆国海軍が誇る巨大戦艦群は、成す術も無いまま撃沈されていく運命にあった。

 

 地球の至宝と言っても良い南国の楽園は、爆炎と衝撃によって塗り替えられ、炎と煙の中に沈もうとしている。

 

 それはまさに、地獄の様相とでも言うべき光景だった。

 

 

 

 

 

 攻撃機が放った魚雷が、海面に着水すると同時に滑るように奔りだす。

 

 この日の為に密かに開発された残沈度魚雷は、浅い海底に突き刺さる事も無く、安定した航走で目標となる艦船へ迫る。

 

 標的は、テネシー級と呼ばれる大型戦艦。その2番艦に当たる「カリフォルニア」だ

 

 鋭角的な艦首(クリッパー・バウ)と、籠を編み上げたような艦橋部分が特徴である。

 

 現在、太平洋艦隊の主力戦艦群は、真珠湾中央のフォード島寄りに、復列縦陣を組んで停泊している。

 

 攻撃隊の放った魚雷は、その先頭に停泊していた「カリフォルニア」に、一斉に殺到した形である。

 

 これに対し、停泊中の「カリフォルニア」には成す術は無い。

 

 たちまち、魚雷命中の水柱が立ち上り、視界が覆い隠され、同時に爆風が艦内を突き抜けていく。

 

 「カリフォルニア」を襲ったのと同様の悲劇が、他の戦艦群にも襲い掛かる。

 

 たちまち、複数の水柱が天高く突き上げられる光景が、そこかしこで現出した。

 

 複列縦陣の外側に停泊していた艦は、次々と魚雷を喰らっていく。

 

 この日のハワイは日曜日だと言う事も、彼等にとっては不幸だった。

 

 合衆国海軍にとって日曜は休養日であり、半減上陸が許可されている。つまり、乗組員は通常の半分しか船に乗っていないのだ。

 

 反撃は愚か、配置に付く人員すら足りていない状況である。

 

 やがて、片舷に集中的に雷撃を受けた戦艦は急速に傾いていく。片舷に浸水した為、バランスを保てなくなり始めたのだ。そして先述した通り、応急修理に回せる人員も足りない為、復元作業もままならない。

 

 真珠湾内は海底が浅いため、たとえ撃沈しても完全な沈没に至らしめる事はできない。

 

 だが大破着底させれば、事実上、撃沈と同じ効果がある。

 

 「カリフォルニア」が、「ウェストバージニア」が、「オクラホマ」が次々と、真珠湾の泥の底に落ちていく。

 

 更にそこへ急降下爆撃隊や、大型爆弾を抱えた水平爆撃隊も攻撃に加わる。

 

 急降下爆撃は小型爆弾を使用する為、一撃の威力は低いが、命中率はその分高い。更に相手は、動く事の出来ない、事実上の静止目標である為、尚更であると言えるだろう。

 

 複列縦陣の内側にいた為、魚雷攻撃を免れていた戦艦も標的にされ、爆弾の雨が容赦なく降り注いでいく。

 

 その時だった。

 

 突如として、湾の中央付近で巨大な轟音が鳴り響き、同時にそれまでに無い程の爆炎が躍る。

 

 天をも焦がす勢いで吹き荒れる炎。

 

 見れば、陣列中央付近に停泊していた戦艦「アリゾナ」が、炎を上げて船体を分断され、沈んで行こうとしていた。

 

 どうやら、水平爆撃隊が投下した大型爆弾の1発が、「アリゾナ」の上部甲板を貫いて弾薬庫に飛び込み、そこで炸裂したらしい。

 

 この時使用された爆弾は、帝国海軍の主力戦艦である「長門」型戦艦が使用する主砲弾を航空機用に改造した代物であり、その威力は一撃で戦艦を撃沈している事から考えても、絶大と言って良かった。

 

 たちまち、「アリゾナ」の艦体は真っ二つに引き裂かれ、真珠湾の底へと沈んで行く。

 

 いかに堅牢な戦艦と言えども、弾薬庫を爆破されてはひとたまりもない。

 

 仮に引き揚げたとしても、もはや「アリゾナ」が使い物にならない事は火を見るよりも明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 炎に満たされる真珠湾内。

 

 その炎の中にあって、米戦艦は断末魔の呻き声を上げながら海底へと引きずり込まれていく。

 

 それと同時に真珠湾上空の制空権も、今や日本海軍が完全に掌握しつつあった。

 

 オアフ島には、米軍の航空基地が多数存在している。それらを放置すれば迎撃を受ける恐れがある為、そちらも合わせて攻撃目標となったのだ。

 

 殆どの米軍機は、飛び立つ事すら許されずに地上で撃破される運命にあった。

 

 だが、それでも合衆国軍は諦めない。

 

 攻撃を免れ、僅かに残っていたた航空機を発進させて、反撃に転じようとしていた。

 

 その中の1人、マーカス・ハミル海兵隊大尉は、愛機を駆って真珠湾上空へと急いでいた。

 

「おのれ、ジャップめッ よくも仲間達をッ」

 

 憎しみを込めて叫びながら、愛機のスピードを速める。

 

 既に、真珠湾を襲ったのが帝国海軍の攻撃隊であると言う報告は受けている。

 

 グラマンF4Fワイルドキャットと言う名の戦闘機は、「山猫」と言う俊敏そうな愛称とは裏腹に、太いボディとずんぐりした外見が特徴の機体である。

 

 しかし合衆国海軍の主力戦闘機であり、その性能に対する信頼性は高い。帝国海軍の航空機如きに負けるものではないと、マーカスは固く信じていた。

 

 やがて、真珠湾が視界の中へと飛び込んでくる。

 

 マーカスにとっては、見慣れた光景である筈の真珠湾。

 

 しかし、そこは今、炎と爆炎に彩られた、地獄の様相を呈していた。

 

「おのれ・・・・・・・・・・・・」

 

 マーカスの目に、怒りの涙が浮かぶ。

 

 あの炎の下で、言まさに未来ある合衆国の兵士達が死んで行っているのかと思うと、怒りは収まらなかった。

 

 この怒りは、憎むべき加害者にぶつけない事には、収まりそうになかった。

 

 その時、

 

 マーカスのワイルドキャットに気付いた帝国海軍の戦闘機が、真一文字に向かってくるのが見えた。

 

 薄い銀の翼を持つ美しい戦闘機は、無骨なワイルドキャットに比べると、如何にも華奢でひ弱なイメージがある。

 

「ハッ 来るかよ、ジャップ!!」

 

 言いながら、エンジンをフルスロットルまで押し上げる。

 

 猛るエンジン音と共に、突撃を開始するマーカス機。

 

「そんなひ弱な機体で、俺達に対抗しようなんてのが、そもそもの間違いなんだよッ!!」

 

 確固たる自信と共に、マーカスは言い放つ。

 

 そうだ、自分達合衆国軍人は、祖国に絶対の忠誠を誓い、最高の技術力を磨いてきた。

 

 その自分達が、極東の卑怯な田舎者達が作った、貧弱な戦闘機に負けるはずがない。

 

 日本人は極東の田舎でひっそりと暮らしていればいい物を、この合衆国に戦争を挑み、あまつさえ真珠湾を攻撃するなど、不遜にも程がある。その事をたっぷりと思い知らせてやる。

 

 必殺の意志と共に、トリガーを引くマーカス。

 

 ワイルドキャットの両翼に装備した4丁の12.7ミリ機銃が、一斉に放たれる。

 

 次の瞬間、

 

 マーカスの目の前で、帝国軍の戦闘機は、一瞬にして掻き消えた。

 

「なッ!?」

 

 目を剥くマーカス。

 

 撃墜したのではない。その手ごたえは無かったし、弾丸が命中する音も聞こえなかった。

 

 敵機は正に、マーカスの目の前で煙のように消え去ったのだ。

 

 まるで幻のように消え去った敵機を探して、周囲を見回すマーカス。

 

 その時、

 

 バックミラーに、先程まで自身が正面に捉えていた筈の、華奢な機体が映り込んでいた。

 

「ば、馬鹿なッ いつの間に!?」

 

 日本機は、あの一瞬でマーカス機の背後へ素早く回り込んでいたのだ。

 

 驚愕しつつも、エンジンスロットルを上げ、振り切ろうとするマーカス。

 

 ワイルドキャットの速度性能を持ってすれば、貧弱な日本機如き、簡単に振り切れる筈。

 

 そう考えたマーカス。

 

 だが、

 

「馬鹿なッ!?」

 

 振り切れない。

 

 日本機はマーカスのワイルドキャットの背後にピタリと張り付き、一瞬たりとも離れる気配が無い。

 

「クソッ!?」

 

 舌打ちしながら、更にスピードを上げようとするマーカス。

 

 全ては遅きに失した。

 

 帝国軍の戦闘機は、両翼に装備した大口径機銃を一連射する。

 

 それだけで、マーカス機に致命傷を与えるのは充分だった。

 

 ワイルドキャットは大威力の弾丸を前に、ただの一撃で翼を叩き折られ、スパイラルダウンに掛かる。

 

「ば、馬鹿な・・・・・・この俺が・・・・・・ワイルドキャットが・・・・・・アメリカが・・・・・・こうもあっさりと・・・・・・」

 

 信じられなかった。

 

 自分が負ける事が。

 

 東洋人が、合衆国軍の主力戦闘機であるワイルドキャットをも上回る戦闘機を作り出した事が。

 

 しかし、全ては事実である。

 

 回転しながら落下していく視界の中で、彼を仕留めた帝国海軍の戦闘機が、悠然と飛び去って行くのが見える。

 

 その姿を、憎しみの籠った目で見詰めるマーカス。

 

 だが、最早彼には、死を受け入れる以外の選択肢は存在しなかった。

 

「ギャレット・・・・・・俺の・・・・・・仇を!!」

 

 次の瞬間、強烈な衝撃と共に、マーカスの意識は狩り取られた。

 

 一方、帝国海軍のパイロットは、眼下へと落下していくマーカスのワイルドキャットを見て、自身の胸が高揚するのを感じていた。

 

「・・・・・・・・・・・・やった」

 

 僅かに絞り出す声が、震えているのが自分にも判る。

 

 それ程までに、自分が成した事が信じられないのだ。

 

 ゴーグルを押し上げ、たった今、自身が刻んだ戦果を確認する。

 

 敵機1機撃墜。

 

 戦闘機パイロットにとって、これほど嬉しく、栄誉な事は他には無い。

 

「僕が・・・・・・・・・・・・僕が、敵を撃墜した」

 

 その事実を噛みしめながら、少年は、1人の少女の事を思い出していた

 

 いつも元気に、自分を励ましてくれる少女。

 

 友達のようであり、どこか、目を離せない雰囲気を持った女の子。

 

 彼女もまた、喜んでくれるだろうか?

 

 万感の想いをこめて、呟く。

 

「僕、やったよ・・・・・・・・・・・・飛龍!!」

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 遥か遠く離れた日本本土。

 

 瀬戸内海にある広島県呉軍港では、連合艦隊旗艦「長門」が停泊し、吉報を今や遅しと待ちわびていた。

 

 連合艦隊司令部の面々は、落ち着きが無い様子を見せている。

 

 時間的には今ごろ、第1航空艦隊がハワイにあるアメリカ太平洋艦隊泊地に対し、攻撃を行っている時刻である。

 

 しかし、それに対する詳細な報告は、未だに入って来なかった。

 

「遅いッ」

 

 参謀の1人が、苛立ちをぶつけるように声を上げる。

 

 それを皮切りに、周囲から次々と苛立ち交じりの声が上がった。

 

「第1航空艦隊からの報告電はまだかッ!?」

「南雲さんは一体、何をやっている!?」

 

 中には出撃した艦隊の司令官を罵る者までいる。

 

 誰もが、苛立ちを覚えずにはいられない中、司令官席に座った男性は、泰然と目をつぶって腕を組んでいる。

 

 どちらかと言えば小柄な感のある男性は、落ち着いた態度を崩さず、ただ待ちわびていた。

 

 その男性の傍らに立つ青年もまた、直立不動のまま微動だにしていない。

 

 他の者達が緊張に耐え切れずに右往左往している中、この2人だけは、ある種の「別格」とも言うべき空気を放っていた。

 

 司令官席に座っている男は山本伊佐雄(やまもと いさお)大将。帝国海軍最大の実働部隊である、連合艦隊。そのトップに立つ司令長官である。

 

 その傍らに立つのは宇垣護(うがき まもる)少将。同じく、連合艦隊の参謀長の座にあり、山本を補佐する立場の人間である。

 

 この二人が、先ほどから一言も話す事無く、じっと、ある報告を待ちわびていた。

 

 その時だった。

 

「長官、参謀長」

 

 背後に控えていた眼つきの鋭い女性の発した声に、2人は顔を上げて振り返る。

 

 鋭い眼つきに引き締まった四肢は、凛とした印象がある。まるで戦に赴く戦国武将のようなイメージだ。

 

 司令官席に座る山本は、何かを悟ったように、ゆっくりと女性に振り返る。

 

 予感がしたのだ。これこそが、待ち望んだ物であると。

 

 一方、宇垣の方も、あまり表情は動かしていないが、こちらは少しだけ、紅潮しているような印象を受けた。

 

「来たか、長門?」

「ああ」

 

 宇垣の問いかけに、長門と呼ばれた女性は頷きを返す。

 

 長官、参謀長はじめ、居並ぶ面々が静かに視線を向ける中、長門は受信した電文を読み上げる。

 

「『発:第1航空艦隊旗艦《赤城》。宛:第1艦隊旗艦《長門》。本文「トラ・トラ・トラ 我、奇襲に成功セリ」』」

 

 その言葉を聞いた瞬間、

 

 艦橋内は狂喜に包まれた。

 

 正に、待ちわびていた報告が届けられたのだ。

 

 報告電文には更に続きがあり、戦果は戦艦5隻撃沈確実。3隻損傷とあった。

 

 史上空前の大戦果であると言える。

 

 これだけの大打撃を与えれば、いかにアメリカ艦隊と言えども、暫くは行動不能になる事間違いない。

 

 はるばるハワイ沖まで遠征した第1航空艦隊は見事に任務を果たしたのだ。

 

 帝国の希望を繋ぐ報告に、誰もが手を取り合って喜びを分かち合う。

 

 だが、

 

 そんな中で山本だけは、難しい表情のまま前方を注視している。

 

「長官、どうされました?」

 

 その事に気付いた宇垣が声を掛けるが、山本は尚も難しい表情のまま手を組んでいる。

 

 やがて、

 

「・・・・・・・・・・・・なぜだ」

 

 やがて、絞り出すように山本は声を発した。

 

「なぜ、空母がいない?」

 

 報告では、敵戦艦多数を撃沈破したとある。

 

 しかし、存在を確認されている空母に関する情報は、一つとして無かった

 

 事前に行った偵察情報では、確かに真珠湾には2隻の敵空母が停泊していた筈なのだ。

 

 それが、いない。

 

「長門、すぐに、こちらから折り返し確認を取ってくれ。敵空母の所在。本当に敵泊地内にはいないのかを」

「了解しました」

 

 山本の言葉に長門は一礼すると、再び通信網を開き、より詳細な情報収集を行うべく、作業へと入る。

 

 その様子を、

 

 宇垣は嘆息気味に眺め、再び無表情のまま視線を前方に戻すと、それ以上は何もしゃべる事無く、ただじっと、海の方に眺めやるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真珠湾が日本海軍の攻撃によって大ダメージを受け、米戦艦多数が撃沈の憂き目を見ている頃、

 

 ハワイの西方海上を、全速力で走っている艦隊が存在した。

 

 スマートな船体を持つ重巡洋艦が2隻。

 

 それよりもやや小型でスリムな軽巡洋艦が1隻。

 

 そしてさらに小型で、快足を誇る駆逐艦が8隻。

 

 彼等は今、航路を東にとって、全速力で航行している。

 

 どうやら、泊地が奇襲攻撃を受け、壊滅状態に陥ったと言う報告を受け、全速力で戻る途中であるらしい。

 

 そして、

 

 その艦隊の後方に、更にもう1隻。

 

 平たい上甲板を持つ、他よりも大きな船体の艦が1隻、遅れずに追随している。

 

 それこそが、連合艦隊司令部の探し求めていた空母。それも主力を成す大型正規空母である。

 

 アメリカ合衆国海軍レキシントン級航空母艦1番艦「レキシントン」。

 

 元はダニエルズ・プランと呼ばれる艦隊建造計画における巡洋戦艦として建造が開始された艦だったが、ワシントン軍縮条約の締結に伴い、空母へと転身を遂げた艦である。

 

 基準排水量3万6000トン。全長270メートル、全幅32メートル。最大搭載艦載機数120機言う巨体を誇りながら、最高速度は34ノットと駆逐艦並みに速い。

 

 現在、列強各国が保有する航空母艦の中で「最優」と呼ばれる1隻である。

 

 そのレキシントンの甲板に立つ女性は、険しい顔つきで、東の水平線を見詰めていた。

 

「まさか、真珠湾が襲われるなんて・・・・・・・・・・・・」

 

 長いブロンドの髪を風になびかせながら、艦娘のレキシントンが放つ物静かな声が潮騒の中で囁かれる。

 

 既に帝国海軍の攻撃によって、真珠湾の泊地が壊滅的な打撃を受けたと言う報告は「レキシントン」でも受信している。

 

 今回、「レキシントン」は、たまたま日本海軍の攻撃が行われた時に、味方拠点へ対する航空機輸送を行っていた為、難を逃れた訳である。

 

 太平洋艦隊には、「レキシントン」の他にも2隻の空母が所属している。

 

 1隻は「レキシントン」の妹艦である「サラトガ」。そしてもう1隻はヨークタウン級航空母艦3姉妹の末娘「エンタープライズ」だ。

 

 しかし、「サラトガ」は現在、本土西海岸のサンディエゴにあり、「エンタープライズ」もまた、「レキシントン」同様、航空機輸送任務に就いていた為、真珠湾を離れていた。

 

 つまり、今の真珠湾は、空からの攻撃に対し、脆弱な状況にある訳だ。無論、ハワイ基地の航空隊が反撃を行うだろうが、それくらいは日本軍も予測している筈。飛行場が真っ先に潰されるであろう事は目に見えていた。

 

 だからこそ、急ぐ必要があった。

 

 間もなく、ハワイを航空機の航続圏内に捉える場所まで行ける。そうなれば、味方を助ける事もできる。

 

 そう思って速度を速める「レキシントン」。

 

「待っていてください、もうすぐ、行きますから」

 

 瞳に闘志を燃やし、レキシントンは機関の鼓動を速める。

 

 とにかく、1秒でも早く真珠湾へ。そして、敵の攻撃に苦しむ味方を救うのだ。

 

 その想いを胸に秘め、更に速度を上げる。

 

 その時だった。

 

 突如、大気を斬り裂くような飛翔音が鳴り響く。

 

 明らかに海鳴りとは違う音が、「レキシントン」へと迫ってくる。

 

「何がッ!?」

 

 驚いて顔を上げるレキシントン。

 

 だが、

 

 その時には既に、手遅れだった。

 

 突如、艦隊の周囲に巨大な水柱が立ち上る。

 

 立て続けに飛来する複数の砲弾。

 

 水柱は次々と上がり、レキシントンの視界を塞いでいく。明らかに、攻撃の意図を持って放たれた攻撃であった。

 

 

「敵っ そんな、ここにまで・・・・・・・・・・・・」

 

 歯噛みするレキシントン。

 

 迂闊だった。真珠湾救援を急ぐあまり、他にも敵がいる事に気が付かなかったのだ。

 

 しかも水柱の太さから言って、各国の重巡洋艦が標準装備する20.3センチ砲弾とは異なる。

 

 太さも、高さも、明らかに巡洋艦の物ではない。相手は間違いなく戦艦だ。

 

 対して、こちらは空母と重巡、軽巡、駆逐艦のみ。水上砲戦での不利は否めない。

 

 護衛艦艇は、直ちに敵に対して反撃すべく、速度を上げて突撃体勢に入ろうとしているが、先制された事による焦りからか、その動きには明らかに精彩を欠いている。

 

 そこへ、更に放たれた砲撃の内、1発が先頭を進む重巡洋艦を捉えた。

 

 回頭を始めた艦の前部を、敵の砲弾が直撃。爆炎が躍る。

 

 重巡の薄い装甲では、戦艦の砲撃には耐えられない。たちまち、海上で炎を上げて停止する。

 

 浮足立つ艦隊。

 

 だが、レキシントンには、仲間を庇う余裕は無い。

 

 戦艦の砲撃が、彼女の至近にも落下し始めたのだ。

 

「クッ まずいッ!?」

 

 大急ぎで回避運動に入る「レキシントン」。

 

 彼女の舵を握る操舵手も、必死の形相で舵を回して、飛んでくる砲撃から逃れようとしている。

 

 だが、

 

 程無く、破滅は訪れた。

 

 風切り音を上げて飛翔してきた砲弾。

 

 その一撃が、「レキシントン」の飛行甲板を大きく抉ったのだ。

 

「ッ!?」

 

 フィードバックする痛みに、顔をしかめるレキシントン。

 

 見れば飛行甲板には、直径10メートル近い大穴があいている。戦艦の砲撃は甲板を貫通、内部で炸裂したのだ。弾薬庫や燃料タンクを直撃しなかったのは奇跡に近い。

 

 だが艦は、尚も走り続け、回頭を続けている。

 

 ダメージを追ったのは飛行甲板だけ。機関は未だ無事である。

 

「大丈夫、これくらいなら・・・・・・・・・・・・」

 

 歯を食いしばって痛みに耐えながら、レキシントンは必死の逃走を続ける。

 

 確かにダメージは喰らったが、まだ致命傷ではない。飛行甲板をやられて艦載機を発着できなくなったのは痛いが、それでも34ノットの最高速度を発揮すれば逃げ切る事は不可能ではない。

 

 それにレキシントンは、巡洋戦艦を改装しただけあって、防御力については他の空母よりも高い。たとえ戦艦の砲撃であっても、数発程度なら耐えられるはずだった。

 

 そう思った時だった。

 

 砲弾がレキシントンの周囲に立て続けに落下。周囲を包囲するように、水柱が屹立する。

 

「なッ!?」

 

 驚くレキシントンに、更に3発が命中。炎は、一気に燃え広がる。

 

「そんな、戦艦の砲撃が、こんなに!?」

 

 通常、戦艦の砲撃は1発撃てば、一部の例外を除いて、次の発射まで最低でも30秒以上はかかる。これは重い砲弾と装薬を砲身に装填するのだから当然の事だった。

 

 だが今、敵の砲撃は殆ど間断を開けずにレキシントンに落下している。こんな事は、通常ではありえなかった。

 

 直撃弾も複数に上り、既に甲板は貫通され、被害は格納庫にまで及んでいた。

 

 炎は甲板のみならず、艦内にも燃え広がろうとしていた。

 

 しかも、問題はそれだけではない。

 

「振り切れない!?」

 

 戦艦は重量のある装備を持つ為、どうしても速力が遅くなる。レキシントンが機関を最大まで振り絞って逃走すれば、簡単に振り切れると高をくくっていた。

 

 だが、現実には、その真逆となっている。

 

 レキシントンは立て続けに直撃弾を受けて炎上し、敵の砲撃はますます正確さを増してきている。

 

 更に砲撃が命中。レキシントンの艦首を吹き飛ばす。

 

 破壊された部分からは浸水が始まり、艦はガックリとうなだれるように前方へと傾斜し、艦自体の速力もブレーキがかけられたように一気に低下する。

 

「そんな、空母の私が・・・・・・こんな、形で・・・・・・」

 

 がっくりと、その場で膝を突くレキシントン。

 

 既に機関は停止し、自慢の健脚も、惰性で動くのみとなっている。

 

 倒れ伏すレキシントン。

 

「せめて・・・・・・せめて、私も巡洋戦艦だったら、こんな事には・・・・・・」

 

 巡洋戦艦として生まれていれば、水上砲戦で撃ち負ける事などあり得なかったに違いない。

 

 そんな事を考えた時。

 

 強烈な爆発が、レキシントンと、彼女の艦体を一気に覆い尽くした。

 

 直撃した砲弾の1発が、ついに弾薬庫を直撃。魚雷や爆弾を一斉に誘爆させたのだ。

 

 炎は「レキシントン」の艦内を一気に席巻し、あらゆる物を焼き尽くしていく。

 

 既に巨大な空母は海上に停止し、惰性以外で動く事は敵わなくなっていた。

 

「・・・・・・後はお願いね・・・・・・サラ・・・・・・エンター・・・・・・みんなを・・・・・・・・・・・・」

 

 薄れゆく意識の中で、妹と仲間の名を呼ぶレキシントン。

 

 やがて、「レキシントン」はゆっくりと海上で横倒しになり、炎を上げながら沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 たった今、レキシントン級航空母艦を砲撃で撃沈した戦艦の艦橋で、青年はゆっくりと、首に下げた双眼鏡を降ろした。

 

 彼方の海上で、巨大な火柱が上がるのが確認できる。

 

 開戦早々、敵空母1隻を艦砲で撃沈するという大戦果を上げる事が出来たのは、僥倖と言って良かった。

 

「敵空母炎上、沈みます」

 

 傍らから発せられた低い声に、青年は頷きを返す。

 

 敵空母1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦2隻撃沈。残る敵艦は逃走を開始。

 

 報告にはそうあった。

 

 苦笑する。

 

 まさか、空母を戦艦の砲撃で撃沈できるとは思っても見なかった。

 

 一応、盟邦ドイツ帝国海軍の巡洋戦艦「シャルンホルスト」が、ノルウェー沖で作戦行動中に、イギリス海軍の航空母艦「グローリアス」を砲戦で沈めた前例はあるが、極めて珍しいケースである事は間違いなかった。

 

「何にしても、ありがとう。よくやったよ」

 

 傍らの少女に、そう言って声を掛ける。

 

姫神(ひめかみ)

 

 それに対し、

 

 姫神と呼ばれた少女は振り返る事無く、どこか茫洋とした瞳で、彼方の炎を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

第1話「羅針盤が告げる運命」      終わり

 

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