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銀翼を連ねて、真っ直ぐに東へと飛ぶ。
その様は、まるで放たれた矢のようだ。
「飛龍」を飛び立った16機の第3次攻撃隊は、敵空母を目指して真っ直ぐに飛翔していた。
かなりのスピードである。
巡航速度を上回るスピードの為か、編隊は僅かながら乱れが生じているのが判る。
「隊長、2番機が遅れています!!」
「了解ッ」
後方の電信員の声に返事をしつつも、友永は速度を緩めようとしない。
早く。
一刻も早く、敵空母に取りつかなければ。
友永は焦りにも似た感情に捉われて、97艦攻の操縦桿を握っていた。
先程、3空母を被弾炎上した合衆国軍の攻撃。あれは、規模から言って、敵の全力であったと考えられる。
と言う事は、米艦隊は放った攻撃隊を収容し、補給と整備、再武装を済ませるまで艦載機を放つ事ができない可能性が高い。
つまり、米艦隊は今、一時的にせよ攻撃能力を失っていると考えられる。
だとすれば、千載一遇のチャンスである。敵が体勢を立て直す前に、1隻でも多くの空母を沈めてしまうのだ。
友永が敢えて急ぐ理由は、それだった。
やがて、
「隊長、下を!!」
偵察員の声に、友永は首を伸ばして下を見る。
見れば海面に、白い航跡を引きながら航行する一群の艦船がある。
そして、
中小の艦艇が輪形陣を敷いて守る中央に座す、平たい甲板を持った巨大な艦影。
間違いなく空母だ。
「甲板に損傷は見えるか!?」
眼下の空母が第2次攻撃隊が叩いた空母なら、甲板に損傷が見られるはず。それが無ければ、自分達の第1攻撃目標である「無傷の空母」と言う事になる。
「損傷・・・・・・見えません!!」
「こちらからも確認できません!!」
電信員と偵察員が、揃って報告してくる。
間違いない、あれは無傷の敵空母だ。
「全機に打電。《
言い放つと同時に、速度を上げる友永。
一気に高度を下げつつ、眼下の敵空母を目指して突き進んで行った。
一方、米艦隊の方でも、接近してくる友永以下攻撃隊の存在に気付いていた。
同時に、直掩についていたワイルドキャットが、迎撃の為に動き出す。
「クソッ やっぱり来やがったか!?」
「エンタープライズ」戦闘機隊に所属するギャレット・ハミル中尉は、舌打ちしながらワイルドキャットの機首を翻す。
眼下には、退避中の味方空母の姿がある。
もっとも、それはギャレットが所属するビッグEこと「エンタープライズ」ではない。
それはエンタープライズの姉である「ヨークタウン」だった。
帝国軍第2次攻撃隊の攻撃によって損傷した「ヨークタウン」は、一度は航行不能に陥ったが、その後どうにか応急修理に成功し、現在は20ノットで真珠湾へ帰還する途中だった。
最低2カ月かかると言われた損傷から、僅か3日で復帰してきた「ヨークタウン」。流石の回復力と言うべきだろう。
つまり、友永たちが「無傷の敵空母」だと思っていたのは、実は損傷退避中の「ヨークタウン」だったのである。ただ、上空からでは甲板の損傷が見分けられなかった事。そして、損傷したはずの空母が自力で航行していた事から、友永たちは「ヨークタウン」を「無傷の空母」であると誤認してしまったのである。
ギャレット達は、発着機能を失った「ヨークタウン」が戦域を離脱するまでの間、彼女の護衛する任務に就いていたのだ。
そこへ、帝国海軍の第3次攻撃隊がやって来た訳である。
「まずいな・・・・・・」
速度を上げながら、ギャレットはギリッと歯を噛み鳴らす。
今の「ヨークタウン」は、損傷して速力が落ちている上、珊瑚海海戦の影響で艦内の破損部分が手つかずのまま残されている。
そこに魚雷を喰らえば、たとえ一本でも致命傷になりかねない。
何とかして、魚雷攻撃だけは阻止しないと。
そう思って速度を上げるギャレット。
仲間のワイルドキャットも、ギャレットに倣って速度を上げに掛かる。
眼下には、よろけるように進む「ヨークタウン」の姿がある。
何としても、彼女は守り通さなくてはならない。
「あいつの、為にも・・・・・・・・・・・・」
ギャレットの脳裏には、自身の母艦である少女の姿がある。
姉のヨークタウンが沈めば、エンタープライズが悲しむ。
あの小さな少女が悲しむ姿を、ギャレットは見たくなかった。
「何としても防ぐぞ!!」
速度を上げるギャレット。
次の瞬間、
ギャレットのワイルドキャットのすぐ脇を飛んでいた僚機が、上空からの攻撃を受けて吹き飛んだ。
「何ッ!?」
思わず目を向くギャレット。
その時、高空から猛禽の如く急降下してきた零戦が、一気に駆け抜けていくのが見えた。
その零戦は、鮮やかとも言える機動で翼を翻すと、再び上昇を掛ける。
今度は突き上げるような機動で襲い掛かってくる零戦。
更に1機のワイルドキャットが、機銃弾を浴びて炎を上げた。
「クソッ 何なんだ、奴は!?」
悪魔のような腕を持つ帝国軍パイロットを前にして、ギャレットは己の中に恐怖感が込み上げてくる。
しかし、
「攻撃続行ッ 敵は少数だッ 絶対にヨークを守り抜け!!」
仲間達を叱咤するように叫びながら、ギャレット自身はたった今、仲間2人を屠った零戦に向かって突撃していく。
一方の零戦も、ギャレットのワイルドキャットに気付き、迎え撃つように機首を翻してくる。
「この野郎!!」
ギャレットは、零戦が照準器の内側に入ると同時に、機銃のトリガーを絞る。
両翼から放たれる12・7ミリ機銃。
曳光弾が軌跡を描いて放たれ、零戦に向かって真っ直ぐに飛翔していく。
命中を確信するギャレット。
しかし次の瞬間、
照準器の中から、零戦の姿が煙のように消え去ってしまった。
「何っ!?」
驚愕するギャレット。
本能に従い、殆どとっさに操縦桿を左に倒す。
それに伴い、強引に機体が左に大きく傾くのを感じた。
次の瞬間、右側から軽い衝撃が伝わってきた。
しかし、構わず降下を続けるギャレット。
やがて、高度を落として戦場を離脱。水平飛行に入ってから、右翼を確認する。
そこで、
「ッ!?」
思わず、息を飲んだ。
翼が、無い。
正確に言うと、先端の4分の1ほどが、サメか何かに食いちぎられたようにもぎ取られている。
それが、先ほどの零戦の攻撃によるものである事は明らかだった。
不規則な振動がギャレットを襲う。翼を損傷した事で、バランス保持が難しくなっているのだ。
取りあえず、即座に墜落する危険性は低いが、戦闘機動はできそうになかった。
「何て奴だ・・・・・・・・・・・・」
恐るべき腕を持つ帝国軍のパイロット。
ギャレットが助かったのは、彼自身の技量と、ほんの僅かな幸運が味方したからに他ならなかった。
だが、
ギャレットは知らなかった。
まさか、たった今、自分を死と淵まで追い詰めた零戦のパイロット。
そのコックピットに座る少年こそが、真珠湾攻撃に参加して、兄ハミルを撃墜した張本人であると言う事に。
まさに、一瞬にして交差する運命。
ただ、互いはその存在すら知らずに通り過ぎていくだけだった。
「流石だな。噂に違わず、と言ったところか」
上空で空戦を広げる日米両軍の戦闘機隊を見上げ、友永は感嘆の声を発する。
特に際立つのは、やはり直哉の存在だ。
戦闘開始から、瞬く間に2機のワイルドキャットを撃墜。更に戦闘を継続して、敵編隊が艦攻隊に接近するのを防いでいる。
数は尚も、零戦よりもワイルドキャットの方が多いが、直哉たちが奮戦して、どうにか抑え込む事に成功している。
彼等の奮戦に答える為にも、何としても目の前の空母を沈めなければならない。
その気概でもって、友永は突き進む。
10機の97艦攻は、5機ずつ二手に分かれ、左右両舷から同時に空母へと迫って行く。
鮮やかとも言える左右同時雷撃。
世界中を探しても、これほど見事にやってのける指揮官は、そうはいないだろう。
「行くぞッ!!」
気合と共に、速度を上げて空母に接近する友永機。
空母や、それを取り巻く重巡、駆逐艦から盛んに対空砲火が打ち上げられる。
中には煽りを受けて海面に突っ込む機体もあるが、友永は構わず突き進む。
何としても、奴をここで仕留める。
その想いが、友永を前へと進ませていた。
「あと少し・・・・・・あと少し・・・・・・」
左右の照準を微妙に調整しながら、海面を這うような高度で97艦攻は突撃する。
米パイロットなら、絶対に躊躇うような高度。殆どプロペラが海面を叩きそうな高さである。
1メートル頭を下げる程、生還率は高まる。
艦攻隊のメンバーがよく口にする、訓練時の文句である。
どれだけ低空を維持して飛ぶか。そして、それができるだけの度胸と技量を身につけるか。それこそが艦攻乗りとして生き残る鉄則であると言える。
やがて、照準器一杯に空母の艦影が広がる。
次の瞬間、友永は気合と同時に叫んだ。
「投下ッ!!」
同時に、機体下部から海面に投下される91式航空魚雷。
白い航跡を引きながら、海中の槍衾が走る。
それを確認して、友永は会心の笑みを浮かべた。
奴は、もう逃げられない。自分達の魚雷は、確実に空母に命中する。
これで終わりだッ!!
だが、
終わっていたのは、米空母だけではなかった。
「隊長、左翼が!!」
電信員の報告に、とっさに左翼へと目を向ける友永。
そこには、敵弾を喰らって燃料を霧状に吹きだす様子が見て取れた。
先に左翼側の燃料タンクを失い、今度は左翼側のタンクまでも被弾損傷したのだ。
もう、帰れない。
両翼の燃料タンクを失った状態では、仮に離脱に成功したとしても、途中で力尽きるのは目に見えていた。
と、
「突っ込みましょう隊長!!」
「そうです。やりましょう!!」
後席の電信員と偵察員が言い募ってくる。
帰れないのなら、せめて一太刀、敵に捨て身の攻撃を当てる。
それこそが、祖国の為に、仲間の為に、家族の為に、自分達が最後にできる唯一の事だった。
「・・・・・・・・・・・・すまん」
友永は一言詫びると、エンジンスロットルを全開まで押し上げた。
直哉はワイルドキャットの攻撃を回避しつつ、状況を確認する。
既に友永率いる艦攻隊は、敵空母への攻撃を開始している。
魚雷が放たれる様子は、直哉の方でも確認していた。
「よしっ」
状況から考えて、敵空母回避が間に合うとは思えない。
これで、あの空母は確実に沈める事ができる。
「さすが隊長」
呟きながら、直哉は友永の97艦攻に目を向ける。
黄色いラインの入った隊長機は、今まさに敵空母に迫ろうとしていた。
だが、
「・・・・・・・・・・・・え?」
直哉は、すぐに異変に気付く。
友永の隊長機は、機首を上げようとしない。
このままでは、敵空母の舷側に突っ込む事になってしまう。
「友永隊長・・・・・・・・・・・・」
迫る、友永機と敵空母。
その意図を悟った瞬間、
直哉は目を見開く。
「友永隊長ォォォォォォォォォォォォ!!」
絶叫する直哉。
その直哉が見ている目の前で、
友永の乗った隊長機は、敵空母「ヨークタウン」の舷側に、真っ向から突っ込んで行く。
ややあって、
思い出したように、魚雷命中の水柱が、空母の舷側から立ち上る。
命中は2発だった。
2
黄昏時に、攻撃隊が帰還する。
敵空母1隻、撃沈確実。
紛う事無き大戦果である。
だが、損害も決して無視できない物があった。
攻撃隊長、友永丈二大尉以下、97艦攻5機、零戦2機喪失。実に、損害は5割近くにも達する大損害だった。
「そうか、友永は敵空母に突っ込んだか」
「はい。黄色いラインの入った97艦攻が、敵空母に体当たりするのを見ました。隊長は多分・・・・・・・・・・・・」
山口に尋ねられ、直哉は言葉を濁す。
できれば、あの時見た光景は何かの間違いであってくれれば、と何度も思ったが、今に至るまで友永は帰還していない。
疑いようは無い。
第1次攻撃隊指揮官としてミッドウェー攻撃を指揮した艦攻乗りは、敵空母と刺し違える形で戦死したのだ。
寂寥感は、否応なく押し寄せてくる。
すぐ横に立った飛龍も、消沈した顔で直哉の袖を掴んでくる。
そんな2人を見回しながら、山口は口を開いた。
「厳しい状況だが、休んでもいられん。実は、お前達が出て行っている間、新たな空母が発見された」
その言葉に、思わず直哉は目を剥いた。
新たな敵空母。
それさえ沈めれば、こっちの勝ちだ。
「赤城」「加賀」「蒼龍」をやられた借りを叩き返し、勝利をもぎ取る事ができる。
「疲れている所悪いが、パイロットが足りん。すまんが相沢、もう一回行ってくれるか?」
「勿論です」
山口の言葉に、直哉は即座に頷きを返す。
ここまで来たんだ。最後まで自分の手で締めたいと言う想いが直哉にはある。
勿論、連戦の疲労は感じているが、気力は却って漲っていた。
「無理しないでよ、直哉」
「大丈夫だよ。次で全部終わるんだ」
そう言って、直哉は心配そうに見つめてくる飛龍に笑い返す。
現在、「飛龍」の艦内では、零戦6機、97艦攻4機、99艦爆5機から成る第4次攻撃隊の準備がされている。
しかし、これが恐らく、「飛龍」の放つ事ができる、最後の攻撃になるだろう。
損耗が、あまりにも大きすぎるのだ。
だからこそ、全てを最後の攻撃に賭ける。
「ねえ、飛龍」
「ん、何?」
笑顔を向けてくる飛龍。
そんな少女の姿に、直哉は思わずドキリとする。
陽光に照らされて、健康的に輝く飛龍の笑顔。
それが直哉には、とても眩しく感じられた。
「どうしたの?」
「あ、いや・・・・・・」
覗き込んでくる飛龍に、照れくさそうに視線を逸らす直哉。
そこで、思いついたように話題を振る。
「そうだ、この戦いが終わったら、また間宮に行こう。蒼龍も誘ってさ」
「あ、良いね。間宮さんとこのパフェ、また食べたいなあ」
極上スイーツの味を想いだし、うっとりとする飛龍。
そんな少女の様子に、苦笑する直哉。
この飛龍の顔を見るだけで、戦いの疲れなんて簡単に吹っ飛んでしまう。
もうすぐだ。
もうすぐ、全てが終わって帰る事ができる。
日本に戻って、飛龍と一緒に遊びに行くことができる。
蒼龍だって、すぐに良くなって一緒に遊びに行けるだろう。
それが、
あと、もう一息の所まで来ているんだ。
「敵機直上ォ!! 急降下ァ!!」
絶望は、
不意に再び、牙を剥いて襲ってきた。
まさか?
なぜ?
このタイミングで?
誰もが驚愕に縛られる中、
地獄の死者の如く、唸りを上げて逆落としに迫ってくるドーントレス。
それは「エンタープライズ」を発した爆撃機隊だった。
合衆国軍は、密かに偵察機を放って「飛龍」の現在位置を特定すると、先手を打つ形で攻撃隊を放っていたのだ。
とは言え、帝国海軍が消耗激しいのと同様、合衆国海軍の消耗もバカにはならない。
そこで合衆国海軍は一計を案じ、奇襲の可能性に全てを賭けたのだ。
太陽を背に「飛龍」に接近したドーントレス隊に対し、帝国海軍側は、誰もその存在に気付いていなかった。
直掩についていた零戦が、迎撃態勢に入るが、その時には既に遅かった。
次々と投下される爆弾。
「飛龍」もまた、必死に回避行動に入り、投下される爆弾を次々と回避していく。
だが、
帝国海軍の全将兵、及び艦娘は結局、最後まで気付かなかった。
「飛龍」を始め、空母の飛行甲板に描かれた日の丸が、格好の攻撃目標になっている事に。
その日の丸目がけて、攻撃が集中してきた。
立ち上る水柱の中を、対空砲火を上げながら回避行動を継続する「飛龍」。
しかし、
次の瞬間、
真っ直ぐに降ってきた爆弾が、「飛龍」の艦首部分に、吸い込まれるように命中した。
爆炎が吹き上がり、衝撃が襲い来る。
飛行甲板は容赦なくめくれあがり、全部エレベーターは衝撃によって艦橋付近に突き刺さった。
「キャァァァァァァァァァァァァ!?」
悲鳴を上げる飛龍。
痛みは一瞬で全身に伝播し、鮮血は容赦なく噴き出す。
直哉は見た。
飛龍に小さな体が、まるでボールのように吹き飛ばされて、甲板に叩き付けられる様を。
「飛龍!!」
とっさに、手を伸ばそうとする直哉。
しかし、それよりも早く2度目の衝撃が襲い掛かってくる。
立て続けに命中する爆弾により、「飛龍」の艦体は容赦なく抉られ、爆炎は艦内を席巻する。
衝撃は「飛龍」をなぶり、爆炎によって犯されていく。
衝撃の中、艦内の全員がなぎ倒され、叩き付けられる。
最終的な命中弾は、4発だった。
しかし、
その4発が、「飛龍」に致命傷を与えていた。
全ての攻撃が終わった時、
直哉はゆっくりと、身を起こした。
全身が、焼けるように痛む。
いったい、何がどうなったのか?
周囲を見回し、
そしてその一変された光景に愕然とした。
直撃を受けた飛行甲板は、艦首部分を大きく抉られ、さながらスクラップの堆積場のような様相となっている。
飛行甲板は艦首部分から、第1エレベーターまでが完全に喪失し、艦内が外から見えてしまっている。
第1エレベーターも、天板が爆風で外れ、艦橋付近に突き刺さっている。
やや小振りながらスマートな外見を誇った高速空母は、無惨な姿を会場に晒して浮かんでいた。
「そうだ、飛龍・・・・・・・・・・・・」
直哉は我に返り、周囲を見回す。
周囲にはがれきが散乱し、少女の姿はどこにもない。
まさか、完全に吹き飛ばされてしまったのか?
「飛龍!!」
絶望感に打ちのめされながら、直哉は少女の名前を呼ぶ。
その時、
「・・・・・・・・・・・・な・・・・・・直哉」
かすかに聞こえる、小さな声声。
その声に導かれるように、直哉は振り返った。
その視線の先。
崩れたがれきに埋もれるように、橙色の袖が見えた。
「飛龍!!」
とっさに駆け寄る直哉。
見れば、飛龍は吹き飛ばされた甲板の破片の下敷きになって、動けなくなっていた。
とっさに、直哉は瓦礫に手を掛けてどかしにかかる。
手の平に火傷の鋭い痛みを感じるが、そんな事は気にしなかった。
渾身の力で瓦礫をどかし、その下から飛龍を助け出す。
飛龍は被弾の衝撃によってぐったりとし、起き上がる事も出来ない様子である。
「飛龍・・・・・・・・・・・・しっかりして、飛龍!!」
飛龍を抱き起こし、必死に呼びかける直哉。
その声が届いたのか、少女はうっすらと目を開けて、こちらを見詰めて来た。
「あは・・・・・・ちょっと、ドジっちゃった、かな」
そう言って、力無く笑う飛龍。
「直哉は・・・・・・怪我とか、してない?」
「僕は大丈夫だよ。それより、飛龍が・・・・・・・・・・・・」
炎は、既に「飛龍」の艦内にまで及び、各所に燃え広がろうとしている。
それに伴い、飛龍本人の命もむしばまれているのだ。
しかし、
「良かった・・・・・・直哉、無事で・・・・・・」
飛龍は、そう言って直哉に笑い掛ける。
対して、直哉は涙を堪えるようにして、天を仰ぐ。
その視界の先。
「飛龍」が発する黒煙の向こう側に、我が物顔で翼を翻すドーントレスの姿がある。
憎き、飛龍の仇。
それが今、まるでこちらを嘲笑するように、空を舞っている。
「どうして・・・・・・・・・・・・」
絞り出すように、直哉は呟く。
次いで、溢れる感情は、絶叫となって迸った。
「どうして、僕はここにいるんだ!?」
戦闘機にさえ、
零戦にさえ乗っていたら、絶対に飛龍を守り通したのに。
絶対に、守ってあげられたのに!!
涙が、とめどなく溢れ出る。
少年の慟哭は、空を恨むほどに迸り続けた。
3
「飛龍」被弾炎上。戦闘不能。
第1航空艦隊から発せられた電文は、ただちに全軍へと通達された。
先に被弾した「赤城」「加賀」「蒼龍」に加えて、これで4隻目。
MI・AL両作戦に参加した正規空母は、これで全て失われた事になる。
そして、それは同時に作戦その物の破たんをも意味していた。
空母を失った現状、敵空母を叩く事は不可能に近い。
ミッドウェー攻略作戦における戦略目標の1つ「敵空母の捕捉撃滅」は、これで完全に頓挫した事になる。
「間に合わなかった・・・・・・・・・・・・」
ミッドウェー方面へ急行する巡洋戦艦「姫神」の艦橋で、彰人は嘆息交じりに呟いた。
1航艦救援の為にひた走ってきた第11戦隊だったが、ついに戦いには間に合わなかったのだ。
そもそも、初めから全てが狂っていたのだ。
足りない準備期間、不明瞭な戦略目標、不必要に分散された戦力展開、おざなりな戦訓分析、放置された欠陥。
疑うべくもない。
負けるべくして負けたのだ、今回の戦いは。
「提督、どうしますか?」
「そうだね・・・・・・・・・・・・」
低い口調で尋ねてくる姫神に対し、彰人は微笑みながら返す。
いかに高速の第11戦隊と言えど、今から敵空母を追いかけて水上砲戦に持ち込むのは不可能である。
ここは、素直に撤退した方が利口なのだが・・・・・・
「僕達にはまだ、できる事が残っている」
「え?」
キョトンとする姫神。
対して、彰人は帽子をかぶり直すと、前方を睨み据える。
確かに、今から敵空母に追いつける見込みはゼロに等しい。
しかし、そんな事は関係ない。
なぜなら「動きたくても動けない手ごろな目標」が、すぐそこに転がっているのだから。
「進路90度。速力30ノットに制定。『黒姫』『島風』に打電。《我に続け》!!」
彰人は凛とした声で言い放つ。
「本艦はこれより、ミッドウェー米軍基地に対する艦砲射撃を実施する!!」
この戦いの最中、常に脇役に位置し、戦いの蚊帳の外にあり続けた男が、ついに満を持して動き始めた。
第20話「慟哭の空」 終わり