蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第22話「闇夜切り裂く光芒」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦「ワシントン」の艦橋にて、レイナード・スプルーアンスは苦い表情を造っていた。

 

「しくじったな。まさか、敵がここまで早く次の行動を起こすとは・・・・・・」

 

 智将としての評価が高いスプルーアンスは、しかし自身の行動が間に合わなかった事に対するいら立ちを隠せないでいた。

 

 視界の先では、砲撃を浴びて炎上するサンド島の姿がある。

 

 振り返ればイースタン島のある方角からも、火の手が上がっているのが見えた。そちらも、帝国海軍の砲撃を受けているのだ。

 

 航空戦が米軍の勝利で終わった時点で、スプルーアンスにはある懸念材料があった。

 

 それは、もし帝国海軍に、尚も積極的に戦果拡大を図ろうとする指揮官がいたら、必ずミッドウェーを叩いて来るだろうと言う事。

 

 航空戦の決着がついた時点で、空母を叩く事は不可能に近い。だがミッドウェーその物は動く事ができない。

 

 帝国海軍が、残った水上砲戦部隊で叩くとしたら、ミッドウェー以外に考えられなかった。

 

 そこまで考えて、スプルーアンスはミッドウェー近海で待ち伏せする作戦を実行した。

 

 一応、旗艦は「エンタープライズ」から戦艦「ワシントン」に変更。空母2隻は駆逐艦の護衛を付けて、東方に退避させた後、自ら水上砲戦部隊を率いて急行して来たのだ。

 

 そして、スプルーアンスの予想通り、帝国海軍はミッドウェーに艦砲射撃を仕掛けてきた。

 

 ここまでは予想通りである。

 

 だが、スプルーアンスにも誤算はあった。

 

 それは、帝国海軍の行動があまりにも早すぎた為、当初は帝国海軍がミッドウェーに攻撃を仕掛ける前に布陣を終えておくはずだったのが、艦隊到着が攻撃開始後になってしまった事。

 

 更に、同様の理由から、合流予定だった別働隊(「ヨークタウン」を護衛していた部隊)との合流が果たせなかった事も痛かった。その為、スプルーアンスは、当初予定していた半分の戦力で、帝国艦隊に挑まなくてはならなくなったのだ。

 

 しかし、条件としては帝国海軍側としても、そう変わる物ではない。

 

 ミッドウェー攻撃に参加している戦力は、第7、第11両戦隊の、巡洋戦艦2隻、重巡洋艦4隻、駆逐艦1隻のみ。

 

 加えて、部隊を二手に分けてイースタン島とサンド島攻撃に振り向けている為、少ない戦力を更に二分してしまっている。

 

 対して、スプルーアンスの手持ち戦力も分力とは言え、戦艦1隻、重巡洋艦5隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦6隻に達する。

 

 帝国海軍の不利は、明らかだった。

 

「敵戦力判明。巡洋艦クラスと思われる艦が4隻。退避行動に入っています」

「よし、攻撃開始だ。彼等が離脱する前に決着をつける」

 

 ワシントンの言葉に頷きを返しながら、スプルーアンスは命じる。

 

 元より、予定とは違う物の、敵が罠に嵌ったのは確かである。ならば、後はその罠の口を閉じるまでだった。

 

 目配せを送ると、艦長のアンリが頷きを返してくる。

 

「砲撃続行、目標、敵4番艦!!」

 

 本来なら、旗艦であると思われる1番艦を真っ先に叩くのがセオリーだが、帝国艦隊は現在、退避に掛かっている最中である。必然的に、最も狙いやすいのは最後尾の4番艦だった。

 

 「ワシントン」前部に備えられた、2基6門の45口径40センチ砲の内、中央砲の2門が火を噴く。

 

 ややあって、視界の先で立ち上る水柱。

 

 必死に逃げる重巡の姿は、一時的に隠れて見えなくなる。

 

 更に咆哮を上げる「ワシントン」

 

 既に数度の砲撃によって、弾着修正は完了している。

 

 今度こそ、との思いを込めて放たれる砲撃。

 

 砲門から放たれた2発の砲弾は、4番艦の左右を挟み込むようにして落下する。

 

 狭叉弾だ。つまり、「ワシントン」の現在の照準は、ほぼ正確であると言う意味である。

 

「次より斉射に移行!!」

 

 アンリの命令と共に、しばし沈黙する「ワシントン」。装填待ちをしている他の砲の準備が完了するのを待っているのだ。

 

 やがて、それまでに数倍する砲声が、前部甲板に手鳴り響く。

 

 それまで行っていた、各砲塔1門ずつによる交互射撃による砲撃と違い、前部砲塔の6門を一気に撃ち放ったのだ。

 

 飛翔する6発の砲弾。

 

 スプルーアンス以下、全員が固唾を飲んで見守る中。

 

 視界の中で、爆炎が躍りあがった。

 

 

 

 

 

 艦娘の最上は、自身の背後で起こった爆炎に、思わず振り返る。

 

 最上型重巡洋艦の1番艦である彼女は、セーラー服に短パン穿きと言う、ある種の倒錯した恰好をしているのが特徴である。その短く切りそろえた髪は、少女と言うより活発なスポーツ少年を思わせ、健康的な魅力を振り撒いている。

 

 しかし、その最上が今、愕然として自身の後方を眺めていた。

 

「三隈!!」

 

 自身のすぐ下の妹の名を叫ぶ。

 

 その「三隈」は今、全艦が炎に包まれ、海上に停止している。

 

 この時、「ワシントン」が放った40センチ砲弾6発の内、2発が「三隈」を命中。1発は艦中央を突き破ってボイラーを破壊すると同時に、もう1発は第4砲塔の基部に命中。弾薬庫に飛び込んで炸裂し、大量の20・3センチ砲弾を誘爆させていた。

 

「三隈・・・・・・・・・・・・」

 

 呆然と呟く最上。

 

 すぐ下の妹であり、特に仲が良かった少女が今、炎に包まれている事に対しショックを隠し切れないでいる。

 

 しかし、その事を嘆いている暇は、最上には無かった。

 

 突如、「最上」の左舷側に、巨大な水柱が立ち上る。

 

 「三隈」を戦闘不能に陥れたと判断したスプルーアンスは、目標の変更を指示。これに伴い、「ワシントン」は3番艦に位置する「最上」に目標を変更して来たのだ。

 

 放たれる砲撃が至近弾となり、衝撃と瀑布が「最上」に叩き付けられる。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしながら、それでも後部4門の主砲で反撃を試みる「最上」。

 

 しかし、砲弾は殆ど「ワシントン」に届かない。闇夜で照準が付けにくい上、発射弾数が4発と少ないため、命中率を上げられないのだ。

 

 もっとも、仮に届いたとしても、20・3センチ砲弾の威力では、「ワシントン」に対しては、掠り傷を負わせるのがせいぜいなのだが。

 

「旗艦より信号!!」

 

 見張り員が何かを言おうとした時だった。

 

 突如、背後から突き上げるような衝撃が最上を襲い、次いで爆炎が背中から吹き抜けて行った。

 

 

 

 

 

「最上姉さん!!」

 

 第7戦隊の2番艦鈴谷は、炎を吹きだす長姉「最上」の姿を、涙交じりの絶叫で眺める。

 

 緑掛かった長い髪をストレートに下ろし、整った目鼻立ちや、薄く化粧された肌は、本人が身だしなみに気を使う性格である事を現している。

 

 だが、垢抜けた雰囲気のある鈴谷の顔は、今は唇を強く噛み締めて怒りに震えているのが判る。

 

 戦艦主砲の直撃を受けた「最上」は、後部甲板が火の海と化し、よろけるように速度を落としている。

 

 「三隈」に続いて、長姉の「最上」まで撃破された事で、絶望感が漂い始めている。

 

 程無く、あの強烈な砲撃が自分にも向けられる事になる。そうなれば、鈴谷の運命も絶望的だった。

 

「クッ 姉さん・・・・・・・・・・・・」

 

 恐怖よりも、悔しさを滲ませる鈴谷。

 

 戦って死ぬことよりも、姉2人を傷付けられた事への怒り。そして、その相手に対して、手も足も出ずにいる自分への怒りが、魂の奥底から湧いてくるようだった。

 

 そんな中、

 

「さて、と・・・・・・・・・・・・じゃあ、ぼちぼち行くかね」

 

 艦橋に佇む青年が、何やら呑気な声を上げるのが聞こえた。

 

 嘆息交じりに、鈴谷は振り返る。

 

「・・・・・・ちょっと艦長。お願いだから、まじめにやってくんない?」

「ん、俺はいつでも真面目なつもりなんだけどな?」

 

 苛立ちを滲ませる鈴谷に対し、その艦長はあくまでのんびりとした調子で帰す。

 

 口元に生やした「八」の字髭が特徴のその人物は、重巡洋艦「鈴谷」艦長の、木村正臣(きむら まさおみ)中佐である。

 

 だが、どこか飄々とした態度が目立つせいか、当の鈴谷は着任以来、この髭の艦長をイマイチ信用できずにいた。

 

 そんな鈴谷の不信感を気にせず、木村は闇の彼方から砲弾を飛ばしてくる敵戦艦を睨み据える。

 

「主砲、斉射3回。その後、取り舵に転舵しつつ全速前進」

 

 一切気負った様子も無く、命令を飛ばす木村。

 

 その様子に、鈴谷は嘆息する。

 

 生来、物事を深く考えず、割とその場のノリで突き進む事の多い少女だが、この艦長の頭の中身だけは理解できなかった。

 

 これはもう、駄目なんじゃね?

 

 そんな事を考えつつ、嘆息する鈴谷。

 

 もっとも、命令については忠実に実行したが。

 

 

 

 

 

 「鈴谷」が米艦隊と交戦を開始した頃、先に離脱した「熊野」では、当の熊野本人が、栗田に対して食って掛かっていた。

 

「お願いです提督。どうか、鈴谷を助けに戻らせてください!!」

 

 言い募る熊野。

 

 既に後続する3隻の姿は見えず、ただ遠雷のような砲声が彼方から聞こえて来るのみだった。

 

 しかし、

 

 「三隈」と「最上」が直撃弾を浴びて炎上する様子は、「熊野」でも確認できている。

 

 「最上」の方は判らないが、弾薬庫に直撃を受けた「三隈」は、全艦が炎に包まれて海上に停止していたのを熊野も見ていた。

 

「最上お姉さまと、三隈お姉さまに加えて、鈴谷まで失う事になったら、わたくしは・・・・・・・・・・・・」

 

 姉妹の中で熊野は特に、一つ上の姉である鈴谷と仲がいい。

 

 その鈴谷まで失い、もし自分1人になってしまったら・・・・・・・・・・・・

 

 込み上げる恐怖が、熊野を絡め取ろうと触手を伸ばしてくる。

 

 しかし、

 

「ダメだ」

 

 栗田は、熊野の言葉を言下に否定した。

 

「なぜですの!?」

「相手には戦艦がいる。数も多い。重巡だけで勝てる相手ではない」

 

 栗田の言葉は、ある意味正しい。

 

 戦艦を有する艦隊に、重巡だけで挑むのは愚の骨頂である。

 

 唯一、対抗できる手段があるとすれば、魚雷を用いた肉薄雷撃戦のみ。

 

 しかし、魚雷は本来、命中率がそれほど高い兵器ではない。命中させるにはかなり接近する必要があり、その間に戦艦の主砲を喰らって全滅する可能性は大いにあった。

 

「判ってくれ熊野。お前まで失う訳にはいかんのだ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 栗田の言葉に、反論できずに唇をかみしめる熊野。

 

 言っている事は判る。

 

 判るのだが、

 

 実際に姉たちが、強敵相手に戦っている現状を考えると、ただじっと耐える事しかできないでいる自分が、もどかしくて仕方が無かった。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 次々と撃ち込まれる砲弾を前にして、「鈴谷」の奮戦は続いていた。

 

 高々と吹き上げられる水柱。

 

 至近弾が齎す衝撃は、容赦なく襲ってくる。

 

 その間を縫うようにして、「鈴谷」は最高速度の35ノットで突き進む。

 

 木村中佐は、数発主砲を撃っては転舵を繰り返し、また撃つ、と言った動作を先程から繰り返していた。

 

 そのせいか、砲弾は先ほどから、1発も「鈴谷」に命中していない。

 

 重巡洋艦が高速で転舵を繰り返している為、米艦隊は照準を合わせられずにいるのだ。

 

 生き残るには、的確な回避行動で攻撃を避け続けるしかない。

 

 それが、木村の結論だった。

 

 もっとも、その代償として、「鈴谷」の放つ攻撃も、殆ど命中しないのだが、それで構わないと木村は考えていた。

 

 ようは、直撃さえ喰らわなければいいのだ。

 

 しかし、

 

「ちょ、まッ!! こ、これ、チョーきついんだけど!?」

 

 吹き降ろされる瀑布に身を晒しながら、鈴谷が悲鳴じみた声を発する。

 

 戦艦主砲の弾着は、たとえ至近弾と言えどもバカにならない。

 

 海中を伝ってくる衝撃波は、容赦なく「鈴谷」の艦体を叩く。

 

 この衝撃が重なれば、艦内の装甲に歪みが生じ、浸水や機関故障の原因にもなったりするのだ。

 

 だが、

 

「ほれ鈴谷ー がんばれがんばれー」

「ぶっ飛ばすわよ、あんた!?」

 

 能天気な木村の激励に、涙交じりで抗議する鈴谷。

 

 今は上手く避けているが、このままではいずれ直撃を喰らってしまう。そうなれば、1万トンの排水量を誇る重巡と言えどもひとたまりもないだろう。

 

 その恐怖たるや、例えるなら、地雷原のど真ん中でダンスを踊っているような物である。

 

 果たして木村は、その事が判っているのか?

 

 だが、木村は相変わらず、飄々とした態度を崩そうとしない。

 

「まあ、そう焦るなって。落ち着いて行こうや」

「あんたね・・・・・・・・・・・・」

 

 能天気すぎる艦長の様子に、怒りすら覚え始める鈴谷。

 

 しかし、当の木村は、涼しい顔で言う。

 

「俺の計算が正しければ、もうすぐ状況は変わる。それまで保たせれば充分だよ」

「はあ?」

 

 鈴谷が不審げな眼差しで木村を睨んだ時だった。

 

「敵重巡、本艦の進路を塞ぐように展開しています!!」

 

 見張り員の報告が、絶望的に響く。

 

 完全に囲まれた。

 

 万事休すか?

 

 誰もがそう思った。

 

 次の瞬間、

 

「敵艦上空で、炸裂を確認ッ 三式弾と思われます!!」

 

 歓喜に似た声。

 

 見れば確かに、敵艦上空で大輪の火花が炸裂しているのが見える。

 

 その様子を見て、木村はニヤリと笑う。

 

「どうやら、俺は賭けに勝ったようだ」

 

 言ってる傍から、再び重巡の上空で三式弾が炸裂。炎が容赦なく感情に降り注ぐ。

 

 三式弾には敵を沈める力は無いが、至近で炸裂すれば艦上構造物を薙ぎ払い、更に火災を引き起こす事ができる。

 

 事実、三式弾の弾子を受けた重巡は、炎を上げて離脱しようとしている。

 

 その他の艦も、突然の攻撃を受け、「鈴谷」攻撃どころではなくなっているようだ。

 

「第11戦隊の来援だ」

 

 木村の言葉が、闇夜にも不敵に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第11戦隊の最初の砲撃が三式弾で行われたのは理由がある。

 

 最前まで地上目標への砲撃を行っていた「姫神」「黒姫」の主砲には、そのまま三式弾が装填されており、更に弾薬庫と砲塔を繋ぐ揚弾機には、2斉射分の三式弾が既に乗っている。その為、これらを撃ってしまわない事には、対艦攻撃用の徹甲弾に変更する事はできないのだ。

 

 揚弾機を逆に回して砲弾を入れ替える事もできるのだが、それでは時間がかかる上に、事故が起きる可能性もある。結局のところ、装填待ちの砲弾を消費してしまった方が効率的なのだ。

 

「敵重巡1隻大火災。落伍します!!」

「残りの敵も、隊形を乱しています!!」

 

 どうやら、上手い具合に敵の不意を突けたようだ。

 

 イースタン島の飛行場を壊滅させたと判断した彰人は、そのまま離脱して第7戦隊と合流しようと考えていた。

 

 しかしそこで、戦艦を含む有力な敵水上砲戦部隊が現れ、第7戦隊が襲撃を受けた事を聞くと、全速力で駆け付けて来たのだ。

 

 既に「最上」と「三隈」がやられ、「鈴谷」1隻で、敵の集中攻撃に耐えている状態だった。

 

 第11戦隊が到着したのは、米艦隊による包囲網が完成する、正に直前のタイミングだったのだ。

 

 それにしても、

 

「・・・・・・・・・・・・僕の考えを、読んだ人間がいる?」

 

 姫神がキョトンとした視線を送ってくる中、彰人はこの状況について考え込んだ。

 

 今回の米艦隊の動きは、明らかにミッドウェー攻撃部隊を待ち構えていた節がある。そうでなければ、戦艦を含む艦隊を島の近くに張り付けたりはしないだろう。

 

 こちらの動きを察知した?

 

 否、それにしては敵の用意が良すぎる。こちらがミッドウェー攻撃に動くのを先読みして待ち構えていた、と考えるのが妥当なように思えた。

 

 だが、考えるのは後回しだった。

 

「次より、徹甲弾に切り替えます!!」

 

 射撃指揮所の砲術長から、そう報告が入る。どうやら、揚弾機上で装填待ちしていた三式弾を撃ち尽くしたらしい。

 

 更に、見張り員から報告が入る。

 

「敵艦隊後方に味方重巡1を確認。恐らく『鈴谷』と思われる。更に、その向こうに敵戦艦!!」

 

 「鈴谷」1隻で、よくもここまで耐えた物だと感心してしまう。

 

 同時に、彰人の目は彼方の敵戦艦を睨み据える。

 

「巡洋艦はもう良い。敵戦艦を狙って。それから『島風』に打電して、『鈴谷』と合流させて」

 

 二つの命令を同時に飛ばす彰人。

 

 この場にあって最大の脅威となるのは戦艦「ワシントン」に他ならない。ならば、他には目もくれず、そちらを狙うのが得策と考えたのだ。

 

 同時に、敵に包囲されている「鈴谷」の救援も行うのが狙いである。

 

 巡洋戦艦を含む有力な艦隊が現れたとなれば、敵の目は確実にこちらに向くだろう。その間に、高速の「島風」に「鈴谷」を救援させるのだ。

 

 やがて、「姫神」の前部甲板に集中配備された8門の30センチ砲が、一斉に火を噴いた。

 

 

 

 

 

「新たな敵が接近中。恐らく戦艦クラスと思われます」

「イースタン島を叩いていた連中が戻って来たか」

 

 ワシントンの報告を聞きながら、スプルーアンスは頷きを返す。

 

 取りあえず、合流前に各個撃破で来た事は幸いである。

 

 しかし一方で、陣形が乱れたところで奇襲を受ける形となった為、聊か戦闘は後手に回った感があった。

 

「目標変更。新たな敵戦艦。準備出来次第、射撃を開始せよ」

 

 スプルーアンスは冷静に命じる。

 

 立ち上がりを制されたが、まだ逆転は可能である。敵が「ワシントン」に照準を合わせて来る前に体勢を立て直すのだ。

 

 やがて、照準を終えた主砲が、新たな目標目がけて発砲を開始する。

 

 それと交差するように、帝国戦艦も砲撃を開始してきた。

 

 両者の砲弾が空中で交差し、風を切る鋭い音が鳴り響く。

 

 次の瞬間、「ワシントン」の左舷側に、巨大な水柱が立ち上った。

 

「よし、続けて・・・・・・・・・・・・」

 

 スプルーアンスが言いかけた時だった。

 

「敵艦、第2斉射発砲ッ 続けて第3斉射!!」

 

 その報告に、思わず愕然とした。

 

「馬鹿なッ 速すぎる!!」

 

 ほぼ10秒に1斉射してくる姫神型巡戦の速射能力を前に、愕然とするスプルーアンス。

 

 常識はずれとも言えるその光景には、流石の智将も驚愕せざるを得なかった。

 

 次々と飛んでくる砲弾が、「ワシントン」を取り囲むように落下し、水柱を突き上げる。

 

「敵に狭叉されました!!」

 

 悲鳴じみたワシントンの声。

 

 速射能力の強みが完全に出ている。

 

 しかも1対2。完全に「ワシントン」は撃ち負けている状態である。

 

 しかし、

 

「落ち着きたまえ」

 

 スプルーアンスは静かな口調で言った。

 

「確かに敵の発射速度は脅威だが、逆を言えば、一発に威力は大したことが無い可能性が高い」

 

 「ワシントン」は合衆国が誇る最新鋭戦艦だ。並みの砲撃ならば耐えられるはず。

 

 吹き上がる水柱を眺めながら、スプルーアンスは彼方の姫神型巡戦を睨みつけた。

 

 

 

 

 

「敵戦艦に直撃弾2ッ!!」

「砲撃続行ッ!!」

 

 10秒おきに放たれる8発の30センチ砲弾が、「ワシントン」を襲い、小規模な火災が甲板を覆っているのが判る。

 

 「姫神」「黒姫」合わせて16発の砲弾が飛翔していく。

 

 だが、

 

「だめか・・・・・・・・・・・・」

 

 彰人は落胆と共に呟きを漏らす。

 

 与えたダメージが小さすぎる。

 

 直撃によってもたらされた火災は、いかにも小さいし、「ワシントン」は相変わらず、射弾を放ってきている。

 

 姫神型は元々、本格的な対戦艦戦闘を想定した艦では無く、あくまで巡洋艦以下の艦を圧倒する事を目的としている。

 

 北太平洋海戦の折の「コロラド」の時は、機先を制する事で有利な状況を持続させ勝利を得たが。今回は初めから正面対決を強要されている状況だ。極めて不利な状況である事は否めない。

 

 その時だった。

 

 風きり音が、間近に迫る。

 

 その状況に、彰人は思わず目を見開く。

 

「まずいッ!?」

 

 叫んだ次の瞬間、

 

 衝撃が、襲ってきた。

 

「うあァッ!?」

「姫神!?」

 

 悲鳴を上げる姫神。

 

 彰人は、倒れそうになる彼女をとっさに支える。

 

「大丈夫?」

「これくらい・・・・・・なら」

 

 姫神は、僅かに痛みにこらえるような仕草を見せながら、気丈に堪えて見せる。

 

 何が起きたのかは明白である。敵の砲撃が「姫神」に命中したのだ。

 

 程無く、被害報告が上げられる。

 

「左舷中央に直撃弾ッ!! 2番高角砲損傷!!」

 

 その報告を聞き、彰人は密かに胸をなでおろす。

 

 この状況で、高角砲1基の喪失は大した問題ではない。高角砲は小型艦艇の接近阻止にも役に立つが、そもそも姫神型巡戦の速力に追いついて来れる小型艦艇は少ない。

 

 それにしても・・・・・・

 

「そうか、これが初めてか」

 

 姫神が竣工以来、敵の攻撃で損傷したのは、初めての事だった。

 

「まだ行ける?」

「ん、問題無い」

 

 尋ねる彰人に、低い呟きで頷きを返す姫神。

 

 幸い、敵弾は水平装甲に阻まれて艦内に被害を及ぼしていない。「姫神」はまだ、全力発揮に問題無かった。

 

 ならば、次の手を打つ。

 

「面舵10ッ 敵艦の背後に回り込む!!」

 

 敵艦の火力が、正面や側面より後方の方が低いと判断した彰人は、高速で背後へと回り込む選択をした。

 

 35ノットに増速しながら、「姫神」と「黒姫」は8門の主砲を撃ち放つ。

 

 主砲集中配備の強みを存分に発揮しながら、前方に火力を集中させる第11戦隊。

 

 「ワシントン」とは、ちょうど反抗戦を争う形となる。

 

 高速ですれ違いながらの砲撃である為、両者ともに命中率が落ちる。

 

 おかげで「姫神」には命中弾無し。「ワシントン」の方も、3発の30センチ砲弾命中に留まり、機銃を数基破壊されたのみだった。

 

 だが、

 

 ここで彰人が動く。左舷側を通過しようとする「ワシントン」に対し、第11戦隊は取り舵に転舵。背後から喰らい付きに掛かる。

 

 いわば「逆丁字戦法」とでもいうべき隊形である。

 

「今だッ 畳みかけるよ!!」

 

 彰人の指示に従い、砲撃を強める第11戦隊。

 

 放たれた砲弾は「ワシントン」へと殺到していく。

 

 その大半は命中せずに海面を叩くにとどまるが、いくつかの砲弾は命中し、「ワシントン」の後部甲板に炎を噴き上げる。

 

 このまま押し込む。

 

 彰人がそう思った時だった。

 

「左前方から接近する艦影ッ 敵巡洋艦と思われる!!」

 

 見張り員の声に、彰人は内心で舌打ちする。

 

 先の砲撃で追い散らした敵の巡洋艦が、体勢を立て直して戻って来たのだ。

 

 ようやく有利な体制を敷けたのに、これでは完全に水の泡である。

 

 こちらの戦力は巡洋戦艦2隻のみ。「鈴谷」と「島風」を入れても4隻でしかない。このままでは数で押し切られてしまう。

 

「後部艦橋、副砲射撃の指揮を執れ。目標、接近中の敵巡洋艦!!」

 

 彰人はとっさに、主砲は敵戦艦を砲撃しつつ、副砲で敵巡洋艦への砲撃を行うように指示を出した。

 

 姫神型巡洋戦艦の副砲は、60口径15・5センチ砲を3連装3基搭載し、うち第1、第2副砲を後部艦橋後方の左右両舷に並べて配置している。その為、片舷に向けられる砲力は、2基6門と言う事になる。

 

 完後方から聞こえてくる、比較的軽い砲声。

 

 放たれる砲撃は、主砲をも上回る。ほぼ5~6秒おきに放たれる。

 

 後部の副砲が、米巡洋艦の接近を阻むべく、砲撃を行っているだ。

 

 見れば、「黒姫」の方でも「姫神」に倣い、副砲で巡洋艦への砲撃を行っている。

 

 だが、巡洋艦の突撃は止まらない。このままでは射程に入られてしまう。

 

 ようやく1隻の巡洋艦が、砲撃を浴びて艦首が吹き飛ぶ。

 

 炎を上げて落後してく巡洋艦。

 

 しかし、他の巡洋艦が砲撃体勢に入ろうとしている。

 

 更に「ワシントン」も面舵に転舵し、第11戦隊に対して同航戦を挑もうとしている。このままでは、左右両舷から挟撃を喰らう事になるだろう。

 

 彰人の背中に冷たい物が走った。

 

 その時だった、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だしぬけに、水平線でまばゆい光が迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第22話「闇夜切り裂く光芒」      終わり

 

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