蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第25話「ソロモンの通り魔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一群の艦隊が、一糸乱れぬ運動を示しながら突き進んで行く。

 

 数はそれほど多くない。

 

 重巡洋艦5隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦1隻。

 

 僅か8隻から成る艦隊は、闇夜に紛れるようにして、静かに敵泊地へと接近していく。

 

 その様は、まるで音も無く夜の闇を潜航する、暗殺者の群れのようだ。

 

 やがて艦隊は、右舷前方にある小さな小島を周る頃、目標となる敵を目視できる距離まで接近する事に成功した。

 

「目標確認。間違いありません。合衆国艦隊です」

「よし。よくやった、鳥海」

 

 眼鏡をかけた少女の報告を聞き、司令官席に座った提督は大きく頷きを返す。

 

 三川順一中将率いる帝国海軍第8艦隊は、ミッドウェー海戦後に新編成された部隊である。

 

 とは言え、編成は寄せ集めに等しく、急ごしらえの感が強い。

 

 旗艦である「鳥海」は高雄型重巡の3番艦であり、その後には第5戦隊の「青葉」「衣笠」「古鷹」「加古」。更に軽巡洋艦として「天龍」「夕張」、駆逐艦の「夕凪」が続いている。

 

 所属も型もバラバラな上に、編成その物も、いかにもアンバランスである。

 

 しかし三川には、この寄せ集め艦隊を率いて、来襲した敵艦隊を撃滅する事が求められていた。

 

「合戦準備、夜戦に備え!! 全艦、統制砲雷撃戦用意!!」

「了解!!」

 

 8隻の艦は砲塔を旋回させて砲身は彼方の敵艦を睨み、更に魚雷発射管も舷側へ迫り出し、発射体勢を作る。

 

 一瞬の静寂。

 

 敵はまだ、こちらの接近に気付いた様子は無い。

 

 視線を交わし、三川と鳥海は互いに頷き合う。

 

 次の瞬間、

 

「撃ち方始め!!」

 

 三川の鋭い号令と共に、「鳥海」が装備する連装5基10門の20・3センチ砲が一斉に火を噴く。

 

 やや間を開けて、後続する艦隊も砲門を開いた。

 

 闇夜に踊る爆炎。

 

 同時に、海面下では、必殺の93式酸素魚雷が航走を開始する。

 

 驚いたのは、遊弋していた連合軍艦隊である。

 

 誰もが、接近する艦隊は味方であると思い込んでいたのである。敵がこれほど接近するまで誰も気付かないなどとは、想像だにしていなかった。

 

 たちまち、駆逐艦が直撃を浴びて炎上する。

 

 それを皮切りに、連合軍の混乱が始まった。

 

 オーストラリア海軍の重巡洋艦「キャンベラ」は、応戦しようと砲塔を旋回させる。

 

 しかし次の瞬間、その艦腹から、巨大な水柱が立ち上った。

 

 第8艦隊が放った魚雷が命中したのである。

 

 たちまち「キャンベラ」は、黒煙を上げて傾き出す。

 

 彼女は最早助からない。撃沈確実の損害である。

 

 更に、「キャンベラ」に後続していた重巡洋艦「シカゴ」にも魚雷1本が命中。よろけるようにして退避していくのが見える。

 

 ここは追いかけて、更に戦果を拡大したいところである。

 

 だが、

 

「深追いはするな。我々には時間が無い」

 

 三川はあえて、敵を見逃すように命じる。

 

 今回の作戦は、スピード勝負である。いかに早く敵に取りつき、攻撃して素早く離脱するかがカギとなる。

 

 夜が明ければ、空母艦載機による空襲を受ける可能性がある。その前に、何としても艦隊を空襲圏外に逃がす必要がある。

 

 その為には、損傷した艦に構っている暇は無かった。

 

「提督、北方に展開する敵艦隊が、もう一群存在するようです。そちらも叩きましょう」

 

 積極攻勢を提示したのは、眼つきの鋭い、口元にひげを蓄えた男である。

 

 神徳人(かみ のりひと)海軍大佐は、第8艦隊の作戦参謀であり、この突入作戦の立案者でもある。

 

 駐独大使館勤務の経験があり、同盟国ドイツを率いるヒトラー総統に傾倒し、その姿までまねる程のヒトラー・マニアとして有名な人物である。

 

 とかく過激な言動が目立つ一方、積極果敢な作戦を立案する事でも有名であった。

 

 神の言葉に、三川は頷く。

 

「よし、全艦、進路0度。北方の敵艦隊を叩く。魚雷、次発装填急げ!!」

 

 三川の命令を受け、第8艦隊は速度を上げ、更なる戦火拡大の為に進撃を再開する。

 

 同時に、魚雷発射管は一旦、艦内に格納される。

 

 夜間水雷戦を重視する帝国海軍では、一部の艦(たとえば「島風」等)を除き、魚雷の次発装填装置と予備魚雷が搭載されている。その為、多くの艦が2度の雷撃が可能となっているのだ。

 

 魚雷は大きいため、装填には相応の時間は掛かるが、雷撃が2回できると言う事は大きな強みである。これは列強各国で帝国海軍のみが採用してる機構だった。

 

 

 

 

 

 ミッドウェー海戦の終了から2か月。

 

 中部太平洋侵攻作戦が頓挫した帝国海軍は、その新たな矛先を南太平洋へと向けた。

 

 先に失敗し、延期状態のままになっていた米豪遮断作戦を、再開しようと言う狙いである。

 

 とは言え、珊瑚海海戦の結果から、連合軍がポートモレスビー方面に強固な防御陣を敷いている可能性を考慮した帝国海軍は、計画の修正を行った。

 

 侵攻ルートを、やや北寄りに修正。直接オーストラリアを脅かすのではなく、その手前で補給線を遮断する方針に切り替えたのである。

 

 具体的には、ラバウルから端を発し、ソロモン諸島のブーゲンビル島、ニュージョージア島、ガダルカナル島を占拠、更にそこを足掛かりにして、ニューヘブリディーズ諸島のエスピリトゥサント島を占拠、更に英領フィジー諸島、米領サモア諸島を占領。そこに長大な陣地群を築き、米豪両国の連絡線を遮断してしまおうと言う作戦である。

 

 ある意味、ミッドウェー以上に壮大な作戦であると言える。

 

 これが成功すれば、オーストラリアとの単独講和の目が出てくる。

 

 はずだった。

 

 しかし、ミッドウェー同様、この作戦も合衆国軍に察知されていた。

 

 ガダルカナルの飛行場が完成する直前の1942年8月7日。

 

 合衆国軍は突如、ガダルカナル島と、その対岸にあるツラギ島に強襲上陸。両島を守備していた少数の部隊を瞬く間に蹴散らし、完成間近だった飛行場を奪取してしまった。

 

 事態を重く見た連合艦隊司令部、並びに第8艦隊司令部は、ただちに対応行動を開始。

 

 トラック環礁から増援の艦隊を出撃させると同時に、第8艦隊は神大佐発案による殴り込み作戦を実施したのだった。

 

 合衆国軍も帝国海軍の動きは事前に察知していたが、まさか制空権の無い戦場に上空掩護の無い裸の艦隊が殴り込んでくるとは想像できず、第8艦隊はほぼ奇襲に近い形で、米艦隊泊地突入に成功していた。

 

 

 

 

 

 再び閃く砲火。

 

 今度は、米軍の方も応戦の為の砲撃を繰り出してくるのが見える。

 

 飛んでくる砲弾の唸りと、外れ弾が上げる水柱が、容赦なく「鳥海」を襲う。

 

「流石に、柳の下にドジョウは2匹いないか」

 

 その様子を眺めながら、三川は納得したように頷く。

 

 南方にいた部隊を撃破した事で、合衆国軍も第8艦隊の接近に気付いただろう。警戒網を敷いて当然である。

 

 しかし、三川の目には、敵が慌てふためいて反撃してきているようにも見える。

 

 ならば、まだ勝機はあるだろう。敵の混乱を更に助長させてやるのだ。

 

「探照灯、照射!!」

 

 三川は命じる。

 

 それと同時に、「鳥海」の煙突付近に備えられた探照灯が一斉に照射され、闇の彼方に潜む米重巡を照らし出した。

 

「これで、敵がよく見えます。まさに、計算通りですね」

 

 眼鏡をきらりと輝かせて、鳥海が呟く。

 

 これで命中率の、飛躍的な向上が期待されるはずだった。

 

「よし、魚雷発射始め!!」

 

 三川の更なる命令が響く。

 

 同時に、第8艦隊の全艦艇が、再び魚雷を撃ち放つ。

 

 航跡を全く残さない酸素魚雷が、海面下を走って米艦隊へと向かっていく様は、まるで獲物に襲い掛かるサメのようだ。

 

 だが、ここで、合衆国軍も一気に反撃に出る。

 

 探照灯照射は味方の命中率を上げる一方で、闇夜においては格好の標的になりやすい。

 

 故に探照灯照射は本来、夜戦においてはなるべく控えるようにするのが通例だった。

 

 合衆国艦隊は、探照灯を点灯して姿をさらけ出した「鳥海」に対して砲火を集中させてきたのだ。

 

 たちまち、立ち上る水柱に囲まれる「鳥海」。

 

「クッ!?」

 

 艦橋では、鳥海が苦悶の表情を浮かべる。

 

 至近弾の衝撃を受け、艦体がきしんでいるのだ。

 

「耐えろ、鳥海」

 

 そんな鳥海を励ますように、三川が声を掛ける。

 

「間も無く、状況は逆転する。そうなれば、我々の勝ちだ」

「は、はいッ!!」

 

 衝撃にこらえながら、気丈に返事をする鳥海。

 

 次の瞬間だった。

 

 突如、「鳥海」の前部甲板で爆炎が踊り、これまでに無い衝撃が襲ってきた。

 

「キャァ!?」

 

 痛みに悲鳴を上げる鳥海。

 

 同時に、「鳥海」の艦体が大きく揺れるのが判る。

 

 何か深刻なダメージを負った事が伺えた。

 

「第1砲塔に直撃弾ッ 砲塔大破!!」

 

 見張り員の報告が、絶叫に近い形で届けられる。

 

 僅かに舌打ちする三川。

 

 これで、鳥海は火力の2割をもぎ取られた事になる。

 

 だが、程なく三川の「予言」は現実のものとなった。

 

 狂奔するように「鳥海」に射弾を浴びせていた米艦隊。

 

 その艦隊の横合いから、一斉に牙を剥いて襲い掛かる魚雷の群れ。

 

 立ち上る水柱と、一拍遅れて伝わってくる爆発音。

 

 それまで砲撃を行っていた各艦は、何が起きたのかすらわからないまま衝撃になぎ倒され、続いて始まった浸水によって、艦が急速に傾斜していく。

 

 合衆国艦隊は最早、砲撃どころではなかった。

 

 93式酸素魚雷を喰らった艦は、抵抗もできずに大傾斜し、そのまま海面下へと引き込まれていく。

 

「やりました、提督」

「うむ」

 

 興奮気味の神の言葉に、三川もやや高揚した様子で頷きを返す。

 

 闇夜に接近し、敵の体制が整わないうちに魚雷を発射。敵が気付いた時には、既に魚雷は命中距離に達している。

 

 正に、雷撃戦の真骨頂と言って良い、見事な戦術である。

 

「よし、長居は無用だ。このまま戦域を離脱して帰投する」

 

 三川の号令を受け、第8艦隊の各艦は一斉に取り舵を切り、海域中央に位置するサボ島を巡るようにして離脱するルートを取る。

 

 その背後では、合衆国艦隊が上げる断末魔の炎が、海面を照らしてゆらゆらと揺れているのが見て取れた。

 

 

 

 

 

 ところで、

 

 第8艦隊首脳部は、一つ勘違いしている事があった。

 

 彼等は確かに、素晴らしい戦果を上げた。

 

 ガダルカナル近海に展開していた合衆国艦隊に一方的な奇襲を仕掛け、ほぼ全艦を撃沈、あるいは撃破する事に成功した。

 

 そして自らの損害は殆ど無し。旗艦「鳥海」他、何隻かの艦が、敵弾を浴びて小破した程度である。

 

 教科書に乗せても良い程のワンサイドゲーム。

 

 規模こそ異なるが、これ程の大戦果は日露戦争時の日本海海戦に匹敵するだろう。

 

 本来なら、手放しで賞賛されてもおかしくは無い。

 

 しかし、この戦いの目的は、あくまで敵の輸送船団を叩く事にある。敵艦隊を叩いただけでは、目的達成に不十分である。

 

 第8艦隊司令部の誰もが、その事に気付いていなかった。

 

 全ては、戦闘艦艇ばかりを重視し、輸送船を軽視する帝国海軍その物の体質。

 

 更には、永野修軍令部総長が常日頃から言っている「船を壊すな」と言う命令に端を発する保守的な思考回路により、敵の空襲前に離脱しなくてはならないと言う焦り。

 

 その二つの条件が掛け合わされた事により、第8艦隊は本来の主目的である輸送船団を見逃す結果となってしまった。

 

 

 

 

 

 もっとも・・・・・・

 

 

 

 

 

 その事態をフォローすべき存在は、既に北方から戦闘海域に向けて、急速に接近しつつあったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇を高速で航行する。

 

 灯火の殆ど無い海は、それだけで恐怖の対象である。

 

 万が一、見張り員の報告や発見が遅れれば、それがすぐに命取りになりかねない。

 

 前方を航行する「島風」の識別灯だけが、唯一の命綱であった。

 

「第8艦隊、離脱します。敵艦隊は殲滅の模様!!」

 

 通信長の報告を聞き、彰人は振り返る。

 

「輸送船団の方はどうなっている?」

「そちらは手つかずのようです!!」

 

 報告を聞き、彰人は嘆息する。

 

 ミッドウェー海戦における修理と改装を終え、ソロモン諸島に進出する部隊支援の為にトラック環礁に進出した第11戦隊は、そこで急遽、第8艦隊支援任務を受けて出撃、ガダルカナル近海に到着したのだ。

 

 敵の数が多ければ、第8艦隊の手に余るかもしれない。

 

 彰人は出撃前に、宇垣からそのように聞かされたのだが、どうやら事態は宇垣の想定した通りの状況になっているらしい。

 

「だからこそ、僕達が来たかいがあった訳だ」

「同感です」

 

 彰人の言葉に、姫神も頷きを返す。

 

 都合のいい事に、敵の支援艦隊は第8艦隊の攻撃で壊滅したと言う。ならば、後は無防備な輸送船団を叩けば、こちらの完全勝利は間違いない。

 

 その時、

 

「電探に感有りッ 本艦前方に反応複数!!」

 

 報告を上げて来たのは電算室だった。

 

 ミッドウェーの敗北要因の一つが、接近する敵の早期発見に失敗した事であると痛感した連合艦隊は、当初は消極的だった電探(レーダー)装備を、各艦に行うように方針転換していた。

 

 第11戦隊の2隻も同様であり、修理と同時に並行して電探を装備する工事が施されていた。

 

 その為、「姫神」と「黒姫」には、対水上見張り用の22号電探と、対空見張り用の21号電探が装備されていた。

 

 ややあって、艦橋頂部に詰めている見張り員からも報告が来る。

 

「前方に灯火多数を確認。敵輸送船団と思われます!! 距離、約100(1万メートル)」

 

 二つの報告を聞きながら、彰人は顎に手を置いて考え込む。

 

「何て言うか・・・・・・一長一短あるね」

 

 電探の発見報告は見張り員よりも早かった。この事から、電子の目は熟練した見張り員よりも優れている事が確認できた。

 

 かねてより、元情報士官として電探の有用性に着目していた彰人としては、その性能が確認できたことは満足できる。

 

 しかし一方で、その性能は見張り員と比べて紙一重であり、また正確さと言う意味では劣っていると言わざるを得ない。

 

 現状の電探では、「どっちの方角の、どの程度の距離に、何かがある」程度の事しかわからないのだ。

 

 これでは、電探否定派の言う通り、無用の長物と変わらなかった。

 

「まだまだ、課題山積って事だね」

 

 電探の性能向上に関しては、今後の技術開発に期待する以外に無かった。

 

 彰人は帽子を目深にかぶり直す。

 

 ともあれ、予定通りだ。

 

「攻撃準備。主砲、左砲戦用意。目標、前方の敵輸送船団。弾種、零式!!」

 

 彰人の命令を受けて、前部甲板に集中配備されている4連装2基8門の主砲が旋回し、闇の彼方を睨む。

 

 その先にいる敵輸送船団に動きは無い。退避する事も無ければ、護衛艦艇がこちらに向かってくる気配も無い。

 

 どうやら、こちらを味方と思っているのか、あるいは帝国軍は撤退して、自分達は安全だと安心しきっているのか。

 

 いずれにせよ、もうこちらから逃げる事はできないのだが。

 

「撃ち方始め!!」

 

 彰人の号令一下、「姫神」の主砲が火を噴いた。

 

 

 

 

 

 前方を航行する旗艦「姫神」に続いて、「黒姫」も発砲を開始する。

 

「目標を見誤るなよ」

「任せてよ。外しようがないから」

 

 艦長の成瀬京介の言葉に、黒姫は自信ありげに頷きを返す。

 

 実際、敵は逃げようともしない輸送船団の群れだ。これで外す方が難しいだろう。

 

 放たれる砲弾。

 

 彼方で起こる爆炎を見ながら、更なる砲撃を加える。

 

 放つ砲弾は零式通常弾。本来なら地上砲撃用の砲弾だが、相手は装甲の薄い輸送船である。徹甲弾を使用したら貫通して大してダメージを与えられない可能性が高い。

 

 その事を考慮し、砲弾使用については出撃前、事前に戦隊内で取り決めをしていたのだ。

 

 彼方の海面は、あっという間に火の海となる。

 

 あの中で、何隻もの輸送船と、その乗組員、更には基地戦力として期待された陸軍兵士達が、成す術も無く炎に巻かれて消えているのだろう。

 

 哀れとは思うが、手加減はできない。彼等に対して手心を加えると言う事は、それが巡り巡って味方に被害を及ぼす事になるのだから。

 

 その時、

 

「あれ・・・・・・」

「ん、どうかしたか?」

 

 急に黒姫が上げた訝るような声に、振り返る京介。

 

「いや、何か変な感じが・・・・・・・・・・・・」

 

 訳が分からないと言った感じに首をかしげる黒姫。

 

 程無く、その原因が報告として挙げられた。

 

「電算室より艦長。22号電探故障ッ 使用不能!!」

 

 思わず、顔を見合わせる京介と黒姫。

 

 意味が分からない。こちらは1発も攻撃を受けていないのに、なぜ電探が破損したのか?

 

「原因は判るか?」

「恐らく、主砲発射時の衝撃で信管が破損した物と思われます」

 

 その報告に、京介は思わず嘆息する。

 

 この当時の日本の精密部品は、お世辞にも良好とは言い難い。その為、主砲の衝撃の強いショックに、信管が耐えられなかったのだ。

 

「目視の光学照準に切り替えろ。あれだけ燃えていれば外す事は無い筈だ!!」

 

 元より、電探は補助的な武装に過ぎない。熟練した見張り員の暗視能力なら、充分に戦闘続行は可能だった。

 

 その時、

 

「左90度、距離80(8000メートル)に、敵艦発見ッ 巡洋艦と思われる!!」

 

 見張り員からの報告を受け、京介はとっさに双眼鏡を向ける。

 

 見れば確かに、燃え盛る輸送船団の炎を背景に、真っ直ぐ向かってくる巡洋艦の姿がある。

 

 京介たちには判らない事だったが、それはオーストラリア海軍の重巡洋艦「オーストラリア」。先の第8艦隊の攻撃を辛くも逃れていた重巡である。

 

 オーストラリアは英連邦の一員であり、古くは流刑地だった側面もある。そのせいもあってか、所属する艦艇は直接的な戦闘力よりも、長期航海が可能なように航続力を重視していた。

 

「目標変更、敵巡洋艦。弾種、徹甲に切り替え!!」

「よーし、やるよ!!」

 

 京介は素早く決断を下す。

 

 同時に黒姫も、新たな戦いに備えて気合を入れた。

 

 程無く、「黒姫」の8門の主砲が、一斉に放たれる。

 

 全門斉射である。まずは主砲に装填されている3斉射分の零式弾を撃ちきる必要があった。

 

 飛翔する砲弾。

 

 着弾と同時に、巨大な水柱が立ち上るのが見えた。

 

 対して、「オーストラリア」の方でも主砲を放って反撃してくるが、その攻撃はいかにも慌てた感じであり、「黒姫」から見ればてんで明後日の方向に落下していた。

 

 恐らく、着弾時の衝撃と水中から、こちらが戦艦(巡戦)である事を悟り慌てて攻撃を開始したのだろう。

 

 やがて、3斉射目で放った零式弾が「オーストラリア」の頭上で炸裂。甲板上に大小の破片を撒き散らす。

 

 しばし、沈黙する「オーストラリア」。

 

 恐らく零式弾の破片が、照準装置を傷付けたせいで、一時的に射撃不能に陥ったのだ。

 

 その間に勝負を決するべく、咆哮する「黒姫」。

 

 徹甲弾に切り替えられた主砲は、ほぼ水平の弾道を描いて飛翔。真っ向から「オーストラリア」を貫く。

 

 一撃で貫通される装甲。

 

 「黒姫」の砲弾は「オーストラリア」に2発名中。1発は艦尾に命中してスクリューシャフトを叩き折り、もう1発は艦中央を貫通してボイラーを完膚なきまでに破壊した。

 

 海上に停止して炎を上げる「オーストラリア」。

 

「よし、障害は排除した。もう一度、船団攻撃に戻るぞ」

「了解!!」

 

 「オーストラリア」の無力化を確認した京介は、再び目標の変更を指示。前方を航行する「姫神」に続いて、砲撃を再開した。

 

 

 

 

 

 やがて、炎が海面を埋め尽くす頃、「姫神」の艦橋で、彰人は攻撃停止命令を発した。

 

 その様子に、姫神が不思議そうな眼差しを向けてくる。

 

「まだ、敵は残っているようですが?」

「それでも7割近くは沈めた。それだけ沈めれば、もう十分だよ」

 

 実際、殆どの敵輸送船を沈めたのは事実であり、敵軍は壊滅したと判断できる。

 

 これ以上留まれば、夜明け後に敵の空襲を受ける事になる。その判断については、第8艦隊司令部と同様だった。

 

「進路270度。サボ島の南を周る形で帰投する」

 

 彰人の号令一下、速度を上げて離脱を開始する第11戦隊。

 

 その背後では、輸送船団のあげる断末魔の炎が、いつまでも揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 この日の海戦で、連合軍海軍は重巡洋艦5隻、駆逐艦1隻、輸送船16隻を撃沈、重巡洋艦1隻、駆逐艦2隻損傷の損害を負い、ガダルカナル侵攻軍は壊滅の憂き目にあった。

 

 対して、帝国海軍の損害は重巡「鳥海」「青葉」「衣笠」小破のみ。

 

 正に理想的なパーフェクトゲームになった。

 

 この2日後、帝国軍はガダルカナル島に再上陸を行い、基地施設と飛行場を奪還。ここに、ソロモン諸島の完全占領を宣言した。

 

 これにより、米軍はさらに南へと後退を余儀なくされ、戦いの舞台は、ニューヘブリディーズ諸島へと移行していくことになる。

 

 尚、

 

 パーフェクトゲームに浮く帝国海軍だったが、

 

 ラバウルへの入港直前、重巡洋艦「加古」が敵潜水艦からの雷撃を受け、回避する間も無く沈没。

 

 正に、勝利による一瞬の気の緩みを突かれた過失だった。

 

 

 

 

 

第25話「ソロモンの通り魔」      終わり

 

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