1
連日のように航空機を繰り出している割には、帝国軍の戦況ははかばかしいとは言えなかった。
合衆国軍は帝国軍の狙いを察知すると、エスピリトゥサントにありったけの航空機を投入して航空要塞化し、一歩も引かない構えを見せていた。また、無理な力攻めを避け、守りに徹する事で帝国軍の消耗を誘う、と言う戦略を取っている事も有利に働いていた。
対して帝国海軍は、ガダルカナル島を占領したものの、同島飛行場は小さすぎて戦闘機の離着陸しかできない。その為、より大型な陸上攻撃機は、後方のラバウル基地から発振しなくてはならず、それが攻撃が先細りする原因にもなっていた。
「よう、死にたがり」
少年が愛機から降りて待機所に向かおうとすると、その背後から声を掛けられた。
振り返ると、飛行服に身を包んだ男が数人、口元に何やら笑みを浮かべて立っているのが見える。
中尉が1人。あとは皆、少尉である。
あの中尉の事は知っている。確か、少年が所属する航空戦隊の中で、少年とは別の小隊で小隊長をしている人物である。
名前は・・・・・・聞いて2秒で忘れたが。
中尉は少年の顔を見ると、にやにやと笑いながら口を開いた。
「随分な活躍ぶりじゃないか。少しは俺等にも獲物を分けてくれよ」
「・・・・・・・・・・・・」
中尉の言葉に、少年は興味なさそうに鼻を鳴らす。
獲物を分けてほしいなら、もっと腕を磨けばいい。空の戦場とはシンプルで、絶対の価値観はただ一つ、「生き残る事」ただそれだけである。そして生き残る為には相応の実力が必要である。
彼等が言うところの獲物。戦果とは、そうして生き残った末に付随した、いわばオマケに過ぎない。
少年が「死にたがり」などと言う物騒な渾名で呼ばれながらも生き残っていられるのは、ひとえに相応の実力を備えているからに他ならなかった。
少年が大した反応を示さなかった事で、中尉は面白くなかったのだろう。更に言い募ってくる。
「格好つけやがって。テメェみたいなガキ、どうせ死ぬ度胸なんて無いくせによ」
耳障りな声が聞こえてくる。
少年が思ったのは、ただそれだけの事だった。
誰が何と言おうが、自分はこのスタイルを改める気はないし、それを他人がどう言おうが知った事ではない。
「死にたがり」などと言うあだ名も、自分に相応しいと思っている。どうせ、戦っていればいつか死ぬ身だ。それが明日であってはいけない理由など無い。
これ以上、中尉の戯言を聞くのに飽きてきた少年は、踵を返そうとした。
その時、
「恰好付けて女の気を引きたいって言うなら、どっか余所でやれよな。こんな女っ気のない場所でやったって意味ないぞ」
中尉のその一言を聞いた瞬間、
「・・・・・・・・・・・・」
少年は無言のまま、相手に歩み寄る。
突然の少年の反応に、たじろく中尉。
次の瞬間、
少年の細い腕は、中尉の胸倉を掴み上げた。
「ぐッ き、貴様ッ!?」
思わず喉を詰まらせる中尉。
周りの取り巻き達も、少年がそのような行動に出るとは思っていなかったらしく、とっさに対応が追いつかない。
そんな中尉に対して、少年は顔を近づけて口を開いた。
「そんなくだらない事を言っている暇があるなら、敵の弾に当たらない念仏を100万回でも唱えてみたらどうです? その方がよっぽど建設的だと思いますよ」
そう言うと、少年は中尉の体を放した。
思わず、その場で尻餅をつき、咳込む中尉。
その目が、自身の前に立つ少年を、見上げるように睨むが、迫力に押されたせいか、どうにも勢いがない。
「き、貴様ッ 上官に手を上げてタダで済むと思うなよッ 営倉に叩き込んでやる!!」
「どうぞご自由に、ただ・・・・・・・・・・・・」
言いながら少年は、今度こそ踵を返す。
「僕を営倉に入れたとして、誰が明日から敵機を落とすんですか?」
それだけ言うと少年は、そのまま足早に去って行く。
その背中を、苦々しく見つめる中尉。
「あのガキっ 良い気になりやがって」
追いかけて目に物を見せてやる。
そう思って立ち上がった時だった。
「やめておけ。ケンカを売る相手を間違えるな」
振り返ると、少佐の階級を付けた壮年の男性が、少年の背中を見送りながら立っていた。
「ひ、飛行長!?」
慌てて立ち上がり、敬礼する中尉達。
それに構わず、飛行長と呼ばれた少佐は、少年の背中を見詰める。
「お前達じゃ、何人で掛かったとしても、あの小僧1人に敵うまいよ」
「は、それはどう言う・・・・・・・・・・・・」
中尉の言葉を遮り、飛行長は少年を顎で指す。
「あの小僧は、ミッドウェー帰りだからな」
ミッドウェー海戦の終了後、元航空母艦「飛龍」戦闘機隊所属だった相沢直哉少尉は、新設されたガダルカナル島航空隊へと転出されていた。
当初の所属はラバウル航空隊だったが、戦線の前進と共に、所属もまた変わっていた。
なぜ、母艦航空隊所属の彼が、基地航空隊としてガダルカナル島にいるのか?
その理由は、海軍上層部が行った、低級な欺瞞工作による物だった。
ミッドウェーでの敗戦を国民に隠すために、海軍上層部はあらゆる手を尽くした。
新聞社に圧力を掛けて偽の戦果を報道して実際の損害を誤魔化すと同時に、本来なら決して許されない手段に出た。
沈んだ3隻の空母。「赤城」「加賀」「飛龍」に所属するパイロットを、最前線の基地に配置換えしたのだ。
彼等が本土に戻り、ミッドウェーにおける敗北の事を国民に流布する事を恐れたが故の、強引な措置である。
兵士を最前線送りにして、自分達は安穏とした後方で権力と利益のみを心配して保身に走る。
前線で必死に戦った兵士に対して、これ程の侮辱は無いだろう。
ましてか、空母への着艦能力を持つパイロットと言うのは、それだけで他には代えがたい貴重な技術者である。いたずらに消耗して良い存在ではない。
結局のところ、海軍上層部の人間にとっては、戦争に勝つ事よりも自分達の保身の方が大事であると言う事である。
もっとも、その試みは成功したとは言い難い。
結局、人の口には戸は立てられないと言う事だろう。
帰還した艦の乗組員等が、敗北の様相について家族に話せば、全ては水の泡だった。
もっとも、自軍の敗北についておおっぴらに噂する者はいない為、ミッドウェー敗北のニュースは、知る人ぞ知る事実となっているのだが。
とは言え、
直哉自身、今回の措置に不満があるかと言えば、微塵もそのような事は無い。むしろ、この最前線行きを、本望であるとすら感じていた。
なぜなら、その方が常に、最前線に身を置いていられるのだから。
1機でも敵機を撃墜する。
そうする事で、ミッドウェーで散った飛龍への手向けになると信じていた。
無論、そんな事をしても彼女が帰ってくる訳じゃない。直哉の行為は、全くの無意味と言って良いだろう。
だが、直哉は今、破滅願望とでも言うべき感情に突き動かされ、連日のように最前線のエスピリトゥサントに繰り出しては、敵機を狩り続ける日々を送っていた。
自室に戻った直哉は、飛行服を脱ぎ棄てて、備え付けのベッドに横になる。
寝る事と言うのは戦場、特に最前線においては最上級の娯楽である。眠る事によって英気を養い、次の作戦に備えるのだ。
しかし、今の直哉には、なかなか眠りが訪れようとはしなかった。
理由は判っている。
あの中尉に、あんな事を言われたからだ。
女に恰好付ける為に戦っている。
バカバカしい話だった。
そんな事ある筈がない。なぜなら直哉の想い人は、ミッドウェーの水底に沈んでしまったのだから。
ポケットに手を入れ、そこに入れておいた物を取り出し、じっと見つめる。
橙色の着物を着た少女が、弓矢を構えているヌイグルミ。
少々、バランスが悪い所が、これを作った人物の性格を表しているようで、今でも可笑しくなってくる。
「・・・・・・・・・・・・飛龍」
そっと呟く。
自分の中にあり続ける少女。
そして、自分が守れなかった少女。
その存在は、心臓に打ち込まれた杭の如く、今も直哉の心に突き刺さり、とめどなく血を流し続けていた。
2
トラック環礁。
中部太平洋に位置し、南太平洋進出の拠点にもなっている一大根拠地である。
帝国海軍が外洋に持つ最大の根拠地であり、「東洋のジブラルタル」「日本の真珠湾」などと呼ばれる、大規模な港湾施設と、飛行場群を備えている。
環礁内も広く。その広大な面積は、内部で空母が艦載機の発着訓練を行えるほどである。
そのトラック環礁に今、大小合わせて50隻近い艦艇が集結していた。
2か月前のミッドウェー海戦には及ばないものの、それでもこの時期としてはかなりの大艦隊であると言える。
空母5隻、高速戦艦4隻、巡洋戦艦2隻、重巡洋艦10隻、軽巡洋艦3隻、駆逐艦25隻。合計49隻からなる大艦隊。
連合航空艦隊。
ミッドウェー以後に結成された主力艦隊が今、初の出撃の時を控えて集結していた。
更に、トラック環礁には「大和」以下、第1艦隊が控え、万が一の時には戦場へ急行する手はずになっている。
布陣としては万全であると言える。
しかし、それでも不安無しとはいかない現状だ。
まず今回、連航艦の全力が集結した訳ではない。
「隼鷹」「飛鷹」「祥鳳」を主力とする第3航空艦隊は、新規飛行隊の錬成が間に合わず、出撃を見合わせている。
連合航空艦隊は、戦う前からすでに戦力の3分の1をもぎ取られているに等しい状況だった。
更に「翔鶴」「蒼龍」の2空母は、それぞれ修復を終えてから、まだ1か月ほどしか経っていない状況である。
各艦の錬成訓練も充分とは言えず、艦隊は統一行動をするのが精いっぱい、と言った状態であった。
全ては、合衆国軍の行動が、帝国軍の予想を超えて早かった事に起因している。
ガダルカナル島奪還の為、迅速な行動を起こした合衆国海軍。
それに対し、帝国軍は何もかもが準備不足のまま、決戦に赴かざるを得なくなったのである。
大きい人だ。
第2航空艦隊旗艦「蒼龍」に着任のあいさつに訪れた彰人。
相対した人物を見て、第一印象的にそう思った。
目の前の人物は、彰人よりも頭半分大きく、見上げるような形になってしまう。
容貌も強面で、かなりの迫力がある。
正直、目の前に立たれると、少し怖かった。
とは言え、上官に対する挨拶は欠かす事ができない。
彰人は踵を揃えて、相手に向かって敬礼をする。
「第11戦隊司令官、水上彰人中佐です。連合艦隊司令部の命令により、これより第2航空艦隊の指揮下に入ります」
申告する彰人。
それに対して、目の前の強面の人物も、答礼を返す。
「第2航空艦隊司令官、
小沢治俊
開戦前から航空主兵主義を唱え、空母を統一運用した「機動部隊」創設を、最も早く提唱した人物であるとされている。
本来なら、開戦劈頭から活躍した第1航空艦隊は彼が指揮すべきであると言う声が強かったのだが、年功序列制度の関係で、先任の南雲が司令官になった経緯がある。
とは言え、小沢の戦歴は華々しい物がある。
開戦初期の南方作戦においては、南遣艦隊を指揮して陸軍と連携、広大な資源地帯制圧に大きく貢献している。
更に、マレー沖海戦において指揮下の基地航空隊でもって、最新鋭戦艦「プリンスオブウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」を含む英艦隊を撃滅。史上初めて「洋上作戦行動中の戦艦を航空機のみで撃沈」する快挙を見せた。
まさに、帝国海軍航空部隊のリーダー的存在の人物である。
その魁偉な容貌とは裏腹に、戦略・戦術の理論に長け、また実戦力も兼ね備えている事から「帝国海軍の諸葛孔明」「海軍航空隊の生みの親」「鬼瓦」等々、数々の異名で呼ばれている。
その小沢が、ようやく念願かなってこのほど、空母機動部隊を率いる事となった。
まさに、宿将が宿将たるべき地位に着いた、と言った感じである。
「君の事は宇垣君から聞いている。それに第11戦隊の活躍も聞き及んでいる。目覚ましい活躍だそうだね」
「恐縮です」
短く行って、笑みを浮かべる彰人。
彰人が宇垣と昵懇にしている事は、海軍内部では知っている人間は知っている、といった感じである。
そのせいか今や彰人は「GF参謀長の懐刀」などと言う渾名で呼ばれていたりもする。
「中佐、今度の戦いは苦しい物になるだろう。我が軍は何もかもが整っていない状況だと言うのに、上層部は戦線をさらに拡大しようとしている。まったく忌々しい事にな」
吐き捨てるように告げる。
そんな小沢に、彰人は首をかしげながら口を開いた。
「あの閣下、一つ、お尋ねしても良いでしょうか?」
「うん、何だ?」
訝るように振り返る小沢に対し、彰人は自身の内にある疑問を尋ねてみた。
「もしこのまま、我が軍が戦線の拡大をするようにして戦争を続けたら、どのようになるとお考えですか?」
「負ける」
彰人の質問に対し、小沢は間髪を挟まずに即答した。
「我が軍は既に、攻勢の限界を超えている。これ以上の戦線拡大は不可能だし、また意味も無い。本来であるなら、速やかに戦線を縮小するべきなのだ」
言ってから小沢は、艦橋の外へと目を向ける。
「たとえば、このトラック。ここを最重要拠点と定め、兵力を集中させる事ができれば、現在の戦力でも強固な要塞陣地を構築できるだろう。その上で防衛戦を展開すれば、充分に有利な戦いが可能なはずだ」
その言葉に、彰人は軽い感動すら覚えた。
小沢の考えは、自分の持つ戦略構想とピッタリと一致しているのだ。
まさか、宇垣以外にも自分の考えを理解してくれる人間がいるとは思っていなかった。
しかも、宇垣はGF参謀長という重責にある以上、海軍の大方針に反する意見を持つ彰人を、公に擁護する事はできないが、小沢はほぼ全くと言って良い程、彰人と同じ考えを持っていた。
「中佐、今の帝国は歯車が狂い始めている。それを、どこかで修正を掛ける必要があるだろう」
小沢は、彰人を真っ直ぐに見て言った。
「だからこそ、今は勝たねばならない。勝てば戦略の転換を図る事もできる。しかし、負けて追い詰められれば、最早その先にはじり貧しか待っていないからな」
「はい」
そう、全ては勝たなければ始まらない。
攻め寄せてくる合衆国艦隊を撃退し、こちらの優勢を確保する。
どのみち、放っておいても帝国軍に、これ以上戦線を広げるだけの余力は無い。遠からず、撤退しなければならない時が来るだろう。
その時こそ、優勢を保ったまま戦略的撤退を行い、防衛線の強化を行う。
それが、彰人の描く戦略構想だった。
彰人が小沢と会見を終えて「蒼龍」の飛行甲板へと降りると、そこでは姫神が、壁際に座って待っていた。
もっとも、彼女は1人で待っていた訳ではなかったのだが。
「おかえりさない、提督」
振り返る姫神。
同時に、その隣に座っていた少女も、振り返って彰人に目を向けた。
「あ、チーッス 水上中佐」
長い髪をストレートに下ろした、少し垢抜けた印象のある少女である。
彰人も何度か、顔を合わせた事があり、気兼ねなく話せる友人のような印象のある少女だったのを覚えている。
「鈴谷・・・・・・ああ、そうか、今回も第7戦隊は一緒か」
重巡洋艦「鈴谷」が所属する第7戦隊とは、先の編成先だった第2艦隊以来の付き合いである。
ミッドウェー海戦では、共に敵地深く侵攻し、ミッドウェー基地を壊滅させていた。
そして今回も、第7戦隊は第11戦隊と共に、第2航空艦隊の所属となっていた。
「ミッドウェーじゃ、ヒメっちとか中佐に助けてもらったけど、まだお礼言ってなかったからね」
ミッドウェーで合衆国軍水上砲戦部隊に襲われた、包囲された「鈴谷」を、間一髪で第11戦隊が助けている。
もし、あの時、あと少し第11戦隊の救援が遅かったら、「鈴谷」もまた、海の藻屑と化していたかもしれない。
「三隈は残念だった。それに、最上も・・・・・・・・・・・・」
「まあ、ねえ。姉さん達の事は悔しいけど、これも戦争だし・・・・・・・・・・・・」
彰人の言葉に、さばさばした口調で答える鈴谷。しかし、どうしても寂寥感は拭えない様子である。
ミッドウェー海戦において、鈴谷の姉である「三隈」は沈没。長姉である「最上」も「ワシントン」の砲弾を受け大破、沈没こそ免れたものの、後部甲板全損と言う大損害を被っていた。
その為、今の第7戦隊は戦力が半減し、「熊野」と「鈴谷」のみの編成だった。
そんな鈴谷の袖を、傍らの姫神がクイッと引く。どうやら、言葉は少ないが、彼女なりに気を使っている様子だ。
「ありがと、ヒメっち」
そう言って、姫神の頭を撫でてやる鈴谷。
その様子を見て、彰人は僅かに目を伏せる。
戦争である。
人が死ぬことがあれば、艦娘が沈む事もある。
受け入れなくてはならない。各々の方法で。
それができなければ、次の戦いで沈むのは自分自身だった。
「さて、辛気臭い話は終わり終わり」
そう言うと、鈴谷は殊更に明るい声で言って、手を打ち鳴らす。
「さて、折角ここで会えたんだし、何か食べに行こうよ。ちょうど間宮さん来てるみたいだしさ」
そう言って、鈴谷が指差した先には、武装が殆ど無い、簡素な型の船が停泊してる。
一見すると、何処にでもある輸送船のようにも見えるが、それがただの船でない事は、帝国海軍に所属する者ならば誰でも知っている。
給糧艦「間宮」。
甘味処チェーン「間宮」の元祖であり、全海軍士官、並びに艦娘の憧れ。
艦内において、洋の東西を問わず、あらゆる食事を提供できる、世界屈指の「レストラン艦」である。
その性能は、和洋中各種の料理人が軍属として直接乗り込み、それぞれが専用の厨房を備え、大型の冷蔵庫は1個艦隊の将兵をまるまる養える分の食材を貯蔵可能で、豆腐や蒟蒻、油揚げ等和食に欠かせない食材の製造も可能。大福、饅頭、羊羹、最中、パフェ、ケーキ等々各種スイーツの提供に加えて、いつでも新鮮な肉を用意できるように、艦内に屠殺精肉場まで完備している。勿論、酒豪の多い海軍兵士達を満足させる為、ピンキリ合わせて膨大な種類の酒も搭載している。
最新鋭戦艦の「大和」も、食事においてはかなり贅沢ができると聞いているが、正直、それでも「間宮」には及ばないだろう。
正に、帝国が世界に誇る最大の給糧艦である。
「間宮」は現在、工作艦「明石」などと共に後方支援艦隊を形成し、トラック環礁を中心に活動していた。
「ほらほら、折角の『間宮』なんだし、行かなきゃ損じゃん」
そう言って、2人を促す鈴谷。
対して、姫神と顔を見合わせる彰人。
「行こうか」
「はい」
頷く姫神を連れて、彰人は鈴谷に続く。
生きている者は、死んでしまった者の分も戦い、そして生き続けなくてはならない。
それが、生きている者の義務だった。
「あ、因みに、もちろん中佐の奢りね」
「おいおい」
「お供します。もちろん提督の奢りで」
「あのね、君達・・・・・・・・・・・・」
3
出港していく艦隊の姿を、少女は少しさびしげな眼差しで見詰めていた。
本来なら、自分もまた、あそこにいた筈なのだ。
しかし少女は、前回の戦いで得た傷が未だに完治しておらず、今回の参戦は見合わせざるを得なかった。
「寂しい?」
声を掛けられて振り返ると、自身の艦長が歩み寄ってくる姿が見えた。
対して、少女も口元に僅かな笑みを見せて返す。
「少しだけ」
ワシントンの言葉に、アンリ・ステイネス中佐は、気遣うような笑みを見せた。
今、真珠湾の水道を出ようとしている艦隊が目指すのは、ニューカレドニアのヌーメアである。
間もなく、帝国海軍に奪還されたガダルカナル島を再奪取する為、合衆国海軍は限定的ながら攻勢に出る事になる。
帝国海軍の戦力、特に主力となる空母機動部隊は、未だに先のミッドウェー海戦の敗北から立ち直っていない事が予想される。これに、ニューカレドニアとエスピリトゥサントの航空戦力が加われば、ガダルカナルの奪取は充分に可能であると判断されたのだ。
そして、出撃する艦隊の中には、ワシントンの姉や、完成したばかりの新鋭艦も含まれている。
しかし当のワシントンはと言えば、ミッドウェー海戦で「大和」にやられた傷が未だに言えていない為、出撃の許可が下りなかったのだ。
流石に、主砲塔1基を吹き飛ばされた損傷は、そう簡単には回復しなかった。
「大丈夫だよ」
アンリはそっと、ワシントンの肩を叩く。
「ノースも出撃した。新しい子達も、きっと立派に活躍してくれる。僕達は、彼女達の活躍を、ここでのんびり待っていよう」
「そうですね」
アンリの言葉に、ワシントンは出撃していく艦隊を見送りながら、頷きを返すのだった。
中天に上る月が、静まり返った泊地を明るく照らし出している。
南洋の泊地に停泊する艦隊を、淡い光が照らしだす光景は、凄惨な現実を忘れる程に美しい光景だった。
2人が「間宮」から「姫神」へと戻ってきたのは、結局日が落ちてからになってしまった。
あの後、鈴谷を伴って「間宮」へ行った彰人と姫神だったが、そこで熊野や黒姫達とも合流。出撃前に、予想外の大宴会へと発展してしまった。
「やれやれ、これは、明日からがちょっと大変かな」
彰人はそう言って、肩を竦める。
出撃までにあまり日が無い。溜まっている仕事は、できれば明日中に済ませてしまいたいところだった。
「姫神も、昼寝がしたいだろうけど、できれば手伝って・・・・・・・・・・・・」
言い掛けて、彰人は足を止める。
振り返ると、姫神は立ち尽くしたまま、じっと彰人を見ていた。
「どうか、した?」
訝りながら尋ねると、姫神は顔を上げる。
いつも通りの茫洋とした表情。
しかしその中で彰人は、いつもと違う少女の雰囲気を感じ取っていた。
「姫神?」
「鈴谷が、泣いていました・・・・・・・・・・・・」
ややあって、姫神がポツリと声を出した。
「三隈を失い、悲しんでいました」
「・・・・・・・・・・・・そっか」
2人の前では明るく振る舞っていた鈴谷。
しかし、それでも大切な姉を失った悲しみは、どうしても消す事が出来なのだ。
三隈だけではない。
赤城、加賀、飛龍、加古・・・・・・・・・・・・
みんな、誰かの大切な人だった筈。
だが、彼女達はもう、帰って来る事は無い。
そして、戦争が続く以上、これからも犠牲は増え続けるだろう。
「私は、私の大切な人たちが失われる事に、耐えられるでしょうか?」
「姫神・・・・・・・・・・・・」
寂しそうに言う姫神に、彰人は何と言葉を掛ければいいのか判らない。
「クロに、島風、成瀬艦長、乗組員のみなさん。そして・・・・・・・・・・・・」
姫神の目が、真っ直ぐに彰人を見る。
「提督・・・・・・水上・・・・・・彰人・・・・・・あなたを失う事に、私は、きっと耐えられない」
その言葉を聞いた瞬間、
彰人は少女に歩みより、
そして、
そっと、抱き締めた。
「あ・・・・・・・・・・・・」
声を上げる姫神。
彰人も海軍士官としては細い体をしているが、姫神の体は更に小さく、彰人が手を広げれば、すっぽりと腕の中に納まってしまう程である。
「大丈夫だよ、姫神」
「・・・・・・・・・・・・」
「僕は死なない。君1人を置いて、決して死んだりしないよ」
「・・・・・・・・・・・・はい」
細い声で頷く姫神。
そして、その小さな腕を一生懸命伸ばし、彰人の背を抱きしめる。
そんな2人の様子を、月の光が優しく包み込んで行った。
第27話「月下宣誓」 終わり