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そもそも古来より、船には魂があり、人格が宿っていると言う言い伝えは数多く囁かれている。
たとえば、昔は船に女を乗せるのは禁忌であり、これを破った船は時化に会って難破すると言う言い伝えがあった。これは、船の魂が嫉妬するからであると言われている。
昔の帆船が、船首に女神の像を据えたのは、海の神に対する礼儀であったとする説もある。
このように、船には魂が、それも女性格が宿っていると言う言い伝えは多く存在していた。
それが具体的な形で具現化したのが、艦娘である。
軍艦や艦艇1隻に対し、必ず1人の艦娘が宿っている。
艦は艦娘が宿る事によって初めて完成し、本来の実力を発揮する事も可能となる。
1941年6月1日
真珠湾攻撃の半年前となるこの日、1人の青年士官が呉の桟橋から短艇に乗り、沖に停泊している1隻の軍艦を目指していた。
「思ったよりも、細いんだな」
少し感心したように呟く青年の名は、
東京の軍令部から、この呉鎮守府に所属する第11戦隊へと異動になり、本日着任したところである。
歳は若い。まだ20代前半と言ったところだろう。もっとも、顔立ちが幼く見えるせいか、まだ10代であると言っても通りそうな感じである。
呉は日本海軍最大の実働部隊である連合艦隊の中核的な泊地であり、第1艦隊の母港でもある。目を転じれば連合艦隊旗艦の「長門」や同型艦の「陸奥」の姿も見て取れた。
そんな彰人の目の前に、大きな艦が停泊している。
優美な船だった。
全長に比して細い全幅をしており、まるで抜き身の刀を連想させられる。
感情構造物も無駄が排されたシルエットをして居る為、全体的にすっきりとした印象がある
姫神型巡洋戦艦、1番艦「姫神」。
帝国海軍が建造した最新鋭巡洋戦艦である。
基準排水量3万1000トン。全長240メートル、全幅30メートル。
縦横比8:1と言う、先ほど彰人が呟いた通り、かなり細いイメージがある。これは水圧抵抗をギリギリまで低下させ、可能な限り速力を得る事を目的としているからだ。
艦名の由来となったのは、岩手県中部にある「姫神山」で、遠望すれば綺麗なピラミッド型をしている事でも有名な山である。「日本二百名山」にも登録されている、美しい山である。
主力武装は50口径30センチ砲。
これまでの海軍の主力戦艦である金剛型、扶桑型、伊勢型の主砲が36センチ、最強戦艦である長門型が40センチ砲を搭載している事を考えれば、それより一回り小さい砲であり、威力も当然、主力戦艦群よりも低くなる。
だが、従来の戦艦よりも違う点もある。
日本海軍が保有する戦艦は全て、連装砲塔を採用しているが、姫神型の場合、この主砲を4連装2基に纏め、艦前部に集中配備する構造を取っている。
これは艦首方向へ火力を集中できると同時に、砲塔数を減らして弾薬庫のスペースを極限することで
後方への火力が低くなるが、この艦の場合、それでも問題はないと判断されての主砲配置である。
計8門の主砲が全て前方を向き突撃していく様は、まるで戦国時代の騎馬武者を思わせる壮観さがあった。
その他、副砲として60口径15.5センチ砲3連装3基を後部甲板に配備、更に新型の対空砲である65口径10センチ高角砲連装8基を、両舷に4基ずつ装備している。
更に機銃も25ミリ3連装を合計で8基24門搭載。同連装6基12門搭載し、昨今、進化著しい航空機への対応手段としている。
また、それ以外にもひとつ、「秘密兵器」が存在していた。
同型艦は1番艦「姫神」の他に、2番艦「黒姫」の2隻が竣工しており、今は2隻で第11戦隊を形成している。
その「黒姫」も、「姫神」の左舷側に錨をおろして停泊していた。
「姫神」の甲板へ上がり、当直士官に敬礼を返すと、彰人はその足で司令官公室へと向かう。
艦長兼戦隊司令と言う立場上、色々とやる事は多い。
まずは、先に送られているであろう、私物の整理から。
そう思って、足を勧めようとした。
その時、
「あなたが、新しい提督さんかな?」
気さくな感じで横合いから声を掛けられて振り返る。
するとそこには、1人の少女が立っていた。
太ももまで達する長い髪を三つ編みに結った、小柄な体付きの少女である。口元には悪戯っぽい笑みを浮かべ、どこか子供っぽさが感じられる。
黒いリボンを胸元で締めた純白のセーラー服と、チェック柄のプリーツスカートが良く似合っている。
「君は・・・・・・・・・・・・」
言いかけて、彰人はピンと来た。
こんな所にいる少女が何者であるか、それは自ずと答えも決まってくる。
「君が、この艦の艦娘?」
艦娘であるなら、少女が船に乗っていても、何も不思議ではない。
だが、
そんな彰人に対し、少女は笑い掛けると口を開いた。
「残念、ハズレ」
そう言って、クスクスと笑う。
笑顔が可愛らしい少女は、手を伸ばして、艦の左側を指差す。
「私は、あっち」
その言葉に、一瞬ポカンとする彰人。
だが、すぐに答えの意味も分かり、口を開ける。
「じゃあ、君が黒姫?」
「ピンポーン」
目の前の少女は、巡洋戦艦「黒姫」の艦娘だった。
改めて、彰人は黒姫を見やる。
戦艦としては少々小柄な印象があるが、姫神型巡戦自体が、他の戦艦と比べて小さい雰囲気がある為、それが反映されているのかもしれなかった。
ある意味、艦その物といえる艦娘は、そのモデルとなった軍艦の姿が反映される事が多かった。
因みに黒姫の名前は、長野県北部にある黒姫山から取られている。南東方向から見ると富士山のようにも見える為、「信濃富士」とも呼ばれる美しい山である。
「ふーん」
何やら、黒姫が彰人の顔をしげしげと眺め、感心したように声を上げてくる。
「な、何?」
「いやね、新しい提督さんが着任するって聞いてたから、どんな人かなって思ってたんだけど・・・・・・・・・・・・」
言ってから、黒姫は遠慮のない口調で続けた。
「何だか頼りないかな」
「・・・・・・そりゃ悪かったね」
黒姫のストレートな物言いに、彰人は少し、ムッとした調子で言葉を返す。
自分が少々、線の細い外見をしているのは自覚している。そのせいで、実年齢よりも若く見られがちな事も。
おかげでいまだに、ベテランの兵や下士官に新米の水兵と間違われて怒鳴られてしまう事があった。
そんな彰人の様子を見て、自分の失言に気付いたのだろう。黒姫は苦笑しながら謝る。
「ごめんなさい。ちょっと言い過ぎたかも」
「いや、良いけどね・・・・・・」
自分の外見については、もはや諦念も付けてある。これで歳を重ねれば、多少の風格も出るかもしれないが、今は焦ってどうなる物でもなかった。
そこでふと、彰人はある事を思い出して黒姫を見やった。
「そう言えば黒姫、聞きたい事があるんだけど」
尋ねる彰人。
それに対し、黒姫は「判っている」と言いたげに頷く。
「もしかして、ヒメお姉ちゃんの事?」
「ああ」
当然、この「姫神」にも艦娘はいる。
黒姫が言った「ヒメお姉ちゃん」と言うのは、この艦の艦娘に対する愛称なのだろう。
自分が指揮すべき艦の艦娘とも、速めに顔を合わせておきたいのだが。
「ん~~~~」
それに対し、黒姫は何やら、難しい顔つきをする。
「お姉ちゃんなら、さっきまで一緒にいたから、まだ、あそこにいると思うんだけど・・・・・・」
「何か問題でも?」
妙に歯切れの悪い黒姫に、怪訝になる彰人。
対して、黒姫は意を決したように、彰人へ向き直った。
「うん。こういう事は、実際に見てもらった方が早いよね」
「だから、何が?」
要領を得ない黒姫の説明に、ますます怪訝になる彰人。
そんな彰人に対し、黒姫は艦橋トップの防空指揮所を指差した。
「お姉ちゃんなら、たぶんあそこにいると思うよ」
「防空指揮所?」
艦は艦娘自身なのから、何処で何していようと艦娘の勝手なのだが、そんなところで何をしているかが気になる所だった。
「まあ、行ってみればわかるよ。じゃあ、頑張ってね」
そう言って、手を振る黒姫。
何とも、不安の煽られるお言葉に思えるのは、彰人の気のせいだろうか? そもそも何を「頑張る」と言うのか?
艦橋のトップを眺める彰人。
何にしても、あそこに姫神がいるのは間違いないようだ。
仕方なくため息を吐くと、彰人は艦橋の方へと歩き出した。
2
蒼空がひっくり返るような感覚に支配される。
上下、逆さまになる視界の中、
銀翼が陽光を反射して、キラリと輝く。
華奢なボディと、薄い羽はを持つ機体は、まるで抜き身の日本刀のようだ。
零式艦上戦闘機21型
傑作機と謳われる名機、零戦を空母に搭載できるように改造を施した機体である。
最初期量産型である11型を、空母に搭載できるよう、翼端を折り畳む機構を設け、更に着艦制動フック等の装備を追加した機体である。
「いた」
短い呟きと共に、直哉は雲の切れ間から飛び出した敵機を見詰める。
第2航空戦隊、空母「飛龍」の戦闘機隊に所属する直哉。
今日は、同じ2航戦の「蒼龍」戦闘機隊と、合同模擬空戦訓練を行っている。
雲の切れ間から飛び出した「蒼龍」戦闘機隊は、未だに直哉たちの零戦に気付いた様子は無い。
そのまま一気に、高度を下げて襲い掛かる。
そこで、ようやく「蒼龍」戦闘機隊も、こちらの存在に気付いて散開しようとしている。
しかし、
「遅いよ!!」
直哉は素早く目標の背後に回り、敵機を照準に収める。
実際にトリガーを引く事は無いが、これで、1機撃墜の判定である。
奇襲を受けた事で、「蒼龍」隊は、完全に浮足立っている。反撃もままならない状態である。
直哉は、更に戦果を拡大すべく、新たな目標を求めて操縦桿を操った。
航空母艦「飛龍」は、日本が4隻保有している正規空母の内の1隻である。
基準排水量1万7300トン。全長227メートル、全幅22メートル。搭載機数は合計で73機。
これは、正規空母としては比較的少ない方である。
日本海軍最大の空母である「加賀」が90機搭載できる事を考えれば、約2割減といったところであろうか?
しかし、「加賀」や、彼女と同じく第1航空戦隊を構成する「赤城」と異なり、設計段階から空母として造られた「飛龍」は、細部が効率化されており、準姉妹艦の「蒼龍」と共に、「日本空母の基礎」と言われていた。
その「飛龍」の飛行甲板に、訓練を終えた零戦が、次々と舞い降りてきた。
10対10で行われた模擬空戦は、8対3で「飛龍」隊の勝利で終わった。
やはり奇襲で立ち上がりを制したのが大きかったのだろう。終始、「飛龍」隊の方が優勢に戦況を勧める事が出来た。
もっとも、後半は「蒼龍」隊もだいぶ立て直し、「飛龍」隊も損害を受けてしまったが。
今回の演習では、航空戦における利点と欠点がキッチリ出た形である。
「よくやったな、相沢少尉」
「ありがとうございます、艦長」
甲板にまで出迎えに来た男性に向かって、直哉は背筋を伸ばして敬礼する。
年の頃は30代くらいだろうか? 大柄でゆったりとした体付きをしたその人物は、少々の階級章を胸に付けている。
顔つきは柔和で、軍人と言うよりお、どこかの家庭の「お父さん」と言った風情がある。
「飛龍」「蒼龍」から成る第2航空戦隊の司令官を務めている。つまり、日本の空母戦力の、事実上半分近くを指揮下に置いている人物な訳である。
「本艦には、もう慣れたかね?」
「はい、もうすっかり」
元気溌剌と言った感じに答える少年に対し、山口は少しだけ、愁いを帯びた表情で笑みを返す。
この少年のパイロットとしての技量は本物だ。じっくりと育てて行けば、いずれは帝国を代表するエース級にも成長してくれることだろう。
だが、そうした有為な人材も、戦争が始まれば最前線に立たなければいけなくなる。
無論、山口自身、いざという時には自らを危険にさらす事を厭わない。
だが、優位ある若者を戦火の中に送り込む事に対し、躊躇いが無いと言えば嘘になった。
その時、
「おーい、多聞丸~!!」
元気いっぱいな声が、飛行甲板の端から聞こえてきて、直哉と山口は揃って振り返る。
そこには、
橙色の着物を着た少女が、ブンブンと手を振り回しながら走ってくる光景が見て取れた。
短く切った髪に、左側に一房だけが癖が付いているのが可愛らしい印象を出している、見た目通り「元気溌剌」と言った感じの少女だ。
「飛龍・・・・・・あいつ・・・・・・」
「え、飛龍って・・・・・・あの子が、ですか?」
少女を見て、苦笑する山口の言葉から直哉は、今まさに自分達に向かって「突撃」してくる少女が、航空母艦「飛龍」の艦娘である事が判った。
「ああ。性格は・・・・・・まあ、見ての通り、少々、ていうか聊か? がさつではあるな」
そんな事を話していると、飛龍が駆け寄ってきた。
「ねえねえ、多聞丸っ 見ててくれた? わたし、蒼龍に勝、うわァ!?」
言いかけて、飛龍は2人が見ている前でつんのめる。
どうやら、慌てて駆け寄ってきたせいで、板張りの甲板に躓いてしまったらしい。
そのまま少女は顔面から甲板ダイブを決めようとした。
次の瞬間、
「危ないッ」
とっさに前に出た直哉が、少女の体を支えてやるったおかげで、飛龍は危うく転倒を免れた。
同時に、支えてやった直哉は、ふんわりとした、柔らかい香りに包まれるのを感じる。
「だ、大丈夫?」
「う、うん、ごめんね。ちょっと失敗しちゃった」
そう言って自嘲気味に笑う飛龍。
その顔がすぐ間近に見えた為、直哉は思わずドキリとしてしまった。
と、
「あのな、飛龍。お前、そのガサツな性格直さないと、いつまで経っても嫁の貰い手がないぞ」
2人の様子を見ていた山口が、呆れ気味にそう言った。
対して、飛龍は顔を上げると、自分の司令官を見て頬を膨らませる。
「ぶー 余計なお世話。そうなったら多聞丸に貰ってもらうから良いんだもん」
「却下だ。俺には女房も子供もいる」
何となく、娘が「大きくなったら、お父さんにお嫁になる」と言っているようにも見える。
「つーか、多聞丸って呼ぶなッ」
「良いじゃん、多聞丸。格好いいよ」
「どこがだよッ」
司令官と旗艦の割と低次元なやり取りを見て、傍らの直哉は、思わず脱力を禁じ得なかった。
とは言え、
直哉は、つい先程、飛龍を抱き留めた時の感触を反芻する。
柔らかい、普通の女の子と何ら変わらない感触。
艦娘とは言え、接している分には普通の女の子である。そこは、人間と何ら変わる事は無かった。
と、そこで思い出したように、飛龍が直哉の方に振り返った。
「えっと、相沢少尉、だよね? 戦闘機隊の」
「え、あ、うん・・・・・・・・・・・・」
とっさの事で、思わず素の反応を返してしまう直哉。
対して、飛龍は屈託無い笑顔で、笑い掛けてくる。
「さっきの模擬戦、格好良かったよ。すごく上手なんだね」
「あ、う、うん。ありがとう・・・・・・」
元々、あまり女の子に慣れていない事もあり、直哉は飛龍の物言いに、やや上ずった返事を返してしまう。
だが、そんな直哉の反応など意に介さず、飛龍は少年の手を取ってブンブンと振り回すように握手を交わす。
「私は飛龍・・・・・・て、もう知ってるか。とにかく、よろしくね!!」
そんな飛龍の笑顔を見て、
直哉もまた、釣られるように自然と、笑みを返すのだった。
3
姫神型巡洋戦艦が建造された時、用兵側から提示された性能要求は
「長期間に渡って作戦行動が行える長大な航続力」
「巡洋艦部隊程度なら、独力で撃破できるだけの攻撃力」
「戦艦並みの防御力」
「巡洋艦を上回る速力」
「充分な数と威力の対空防御力」
と、あった。
纏めると「低攻撃力、重防御力、高速、長航続力」といったところである。
日本海軍の軍艦の建造思想が、主に「攻撃重視、防御軽視、高速、短航続力」である事を考えれば、極めて異色な艦であると言える。
何より特異なのは主砲だろう。
これまで主流だった連装砲塔をやめ、一気に四連装。しかも、それを前部に集中配備である。これは、世界中で見ても珍しい主砲配置だ。
同様の主砲配置をしているのは、フランス海軍のリシュリュー級、ダンケルク級の2クラスのみである。
「本艦の敵は常に前にいる。また、並みの艦では本艦に追いつく事は不可能。ならば、前方火力こそ重視すべきである」
とは、建造に際して用兵側が言った言葉である。
確かに、背後から「姫神」に追いつける艦など、そうはいないだろう。
最高速度は、戦艦としては破格以上といえる35ノット。公試運転時には36ノットを記録したと言う。巡洋艦は愚か、駆逐艦すら凌駕する韋駄天ぶりである。
「まさか、あのレポートが、こんな形で実を結ぶとはね」
彰人は自嘲気味な笑みを漏らす。
その脳裏には、数年前に起こした自分の行動が、思い起こされていた。
当時、第二次世界大戦中における、ドイツ海軍の通商破壊戦に目を付けた彰人は、とあるレポートを作成して上層部に提出した事がある。
「海上ゲリラ戦構想」と銘打たれたそのレポートは、高度な情報収集機関に加え、潜水艦隊、航空部隊、そして高速の水上艦を駆使して敵の補給線を徹底的に痛めつけ、敵拠点を孤立に追い込む。と言う物だった。
日本がアメリカと戦争する場合、各島々に設けられた拠点の奪い合いとなる公算が高い。もしそうなれば、物資輸送の大半は海上輸送が主流となるだろう。
その為に必要な航路データを暗号解読によって割出し、海上で襲撃を仕掛けるのだ。
その為に必要な要素として、彰人は潜水艦部隊による偵察と通商破壊戦を兼ねた部隊、沿岸を監視する魚雷艇部隊、機動力に勝る航空部隊、そしてメインとなる水上部隊との連携を考慮し、更にはそれらを有機的に運用する為に、敵の情報を解析する特別な通信部隊の創設の他、日本軍ではあまりなじみの薄い電探(電波探信儀=レーダー)の積極的活用にまで及んでいる。
敵が輸送船部隊を繰り出して来た所で、こちらも部隊を繰り出してこれを捕捉撃滅。これを繰り返して行けば、補給線を寸断された敵は、まともに戦う事すらできずに枯れていくことになる。正に「勝ち易きに勝つ」の理想形だった。
だが当時、というか今も、海軍の主流は敵と華々しい砲撃戦を展開した艦隊決戦にあると考えている者が多い。
そこに来て、輸送船のような「弱敵」を狙う通商破壊戦は、「地味」「弱腰」といったそしりを受け、軽視されがちである。
「輸送船如き弱敵を狩るのに貴重な戦力を割くなどもってのほか。そのような卑怯な手段を取るなど、帝国海軍にあるまじき臆病者である。我が軍の戦略は、敵を正面から正々堂々と迎え撃つ艦隊決戦、これに尽きる」
そう言い放った高級軍人の事を、彰人は今でも覚えている。
嘆息した物である。「弱敵の輸送船如き」が目的なのでは無く、その「如き」が積んでいる物資が問題なのだと言う事に、なぜ気付かないのか。
別に彰人は、艦隊決戦その物を否定する心算は無い。帝国海軍はその為に軍備の拡張を進めて来たのだし、遅かれ早かれ、敵が主力を繰り出して来たなら、こちらも主力部隊を繰り出して艦隊決戦を行う必要が出てくる。
だが、艦隊決戦と言う物は、海軍が目的を果たすうえでの「手段」の一つに過ぎない。それも、かなりの時間と金、物資、手間のかかる手段である。
海軍の基本的な存在理由とはそもそも、味方の輸送船を守り、敵の輸送船を撃滅する事にある。物資を積んだ輸送船を沈めれば、敵は補給ができないし、兵員輸送船を沈めれば侵攻そのものができなくなる。自明の理だった。
だが、多くの海軍軍人が、その事を理解しておらず、まるで大昔の決闘のような「敵との華々しい艦隊決戦」を目的にまい進している。
いわば「手段」と「目的」が逆になっている状態であり、悪い意味で艦隊決戦主義が横行しているのが、日本海軍の現状だった。
しかしそんな中でも、一部の高級軍人たちが彰人の考えに賛同し、「通商破壊戦に併用できる戦艦」の建造に繋がった。
水上艦で通商破壊戦をやる以上、目立たずに敵の索敵網を逃れ単独で動く必要がある。その為、敵の攻撃を掻い潜る速力と、いざという時には敵艦隊を独力で撃破できるだけの攻撃力が必要になる。特にアメリカ海軍は強大であり、並みの艦船程度では、捕捉されて撃滅される可能性も高い。そこで、やはり単独での攻防に優れ、なおかつ速力も早い巡洋戦艦の建造が決まったのである。
そこで完成したのが、姫神型巡洋戦艦と言う訳だ。
つまり、姫神型巡洋戦艦にとってメインの攻撃目標となるのは輸送船であり、戦艦を撃破するほどの火力は必要無いと判断されたわけだ。
現状、姫神型に速力で追いつける戦艦は世界中のどこを探しても存在しない。となれば、敵は姫神型を捕捉しようとすれば、巡洋艦か駆逐艦を繰り出すしかない訳だ。
そして、その程度の敵であるなら、複数が相手でも切り抜けられるはずだった。
だが、必要とあれば対空戦闘でも、地上目標に対する艦砲射撃でも、勿論、水上砲戦でもこなす事ができる。
いわば「本隊の進軍支援を目的とした、海上における特殊部隊」が、第11戦隊の在り方であると言えるだろう。
彰人が中佐と言う階級でありながら、艦長兼戦隊司令などと言う複雑な立場にあるのは、そもそも、この第11戦隊の創設その物に携わり、その役割と立場を最も理解しているからに他ならなかった。
残る脅威は、昨今、進化が著しい航空機だが、それに対応する為に充分な数の新型高角砲を搭載している。こと対空攻撃力に限って言えば、姫神は建造中の最新鋭戦艦よりも強力だった。
また、現状、作戦行動中の戦艦を航空機が撃沈した例は無く。数を揃えたのならともかく、少数の航空機であるならば、さほどの脅威にはならないと言う判断が成されている。
盟邦ドイツが誇る巨大戦艦「ビスマルク」が、航空攻撃で舵が故障し、足が止まったところを大艦隊に包囲されて撃沈した例はあるが、あれはかなりの偶然、あるいは不幸が重なった為、との見方もある。
いずれにせよ航空機の事は軽視するわけにはいかないが、必要以上に恐れる必要も無い、というのが大方の認識だった。
そんな事を考えている内に、彰人の足は防空指揮所に出て居た。
「姫神」の艦橋は、これまでの帝国戦艦とは一線を画する、すっきりした塔状をしているのが特徴である。
これは新型戦艦のテストベッドだった高速戦艦「比叡」の運用実績を基に建造された物であり、一説によると、竣工間近と言われる最新鋭戦艦にも、同じ艦橋が採用されていると言う。
彰人は長いラッタルを駆けあがり、艦橋トップの防空指揮所へと上がる。
ここからなら、艦全体を一望する事ができる。
吹き曝しの防空指揮所は、その名の通り、対空戦闘時に艦長(つまり彰人)が詰めて、迫る敵機を直接視認しつつ、操艦や防空戦闘の指揮を執る場所である。
更に大型の双眼鏡が多数備え付けられ、見張り員はこれを見ながら敵機や敵艦の動きを観察する。
更に上には射撃指揮所と、15メートル測距儀がある。こちらは、砲術長以下の砲撃担当者が詰め、実際の攻撃を指揮する場所である。
目を前方に転じる彰人。
細長い艦首から、緩やかに厚みを増すスリムな船体。
その華奢な船体とは裏腹に、巨大な4連装砲塔が、ある種のアンバランス感を持って、前部甲板に鎮座しているのが見える。
30センチという、戦艦と重巡の間を取ったような小さな大砲を搭載している「姫神」だが、こうして4連装に纏めた主砲塔は、長門型の物よりも大きく、迫力のある物だった。
それはさておき、黒姫の話では、姫神はこの防空指揮所にいると言う話だったが、
周囲を見回す彰人。
果たしてそこに、
「いた・・・・・・・・・・・・」
短く呟いた彰人の視線の先。
防空指揮所の手すりに寄り掛かるように、1人の少女が腰かけている。
背中まである長い髪を頭の後ろで纏め、一房だけ後頭部でショートポニーにしている。
体付きは華奢であり、とてもではないが、最新鋭巡洋戦艦として生を受けた少女には見えない。
服装は黒姫同様、白いセーラー服にチェック柄のプリーツスカートを着ているが、黒姫とは違う点は、胸元のリボンが青い事だろう。
だが、彼女が「姫神」の艦娘である事は、彰人には一目でわかった。
と同時に、思わず彰人は呆れてしまう。
目を閉じ、規則的な呼吸を繰り返している事から。少女が眠っている事が判った。
なぜ、こんな所で寝ているのか?
なるほど、黒姫が言っていた意味深な言葉の意味を、彰人は理解していた。
まさか、こんな場所で眠っているとは、夢にも思わなかった。
儚く、幼く、
どこか、幻のようにも見える少女。
こうして見ているだけで、まるで風に溶けて、消えてしまいそうな雰囲気だった
それが、彰人にとっての第一印象だった。
そこで、
「・・・・・・うみゅ?」
人の気配に気づいたのだろう。子猫のような声を上げると、少女はうっすらと目を開けた。
「・・・・・・・・・・・・誰?」
目の前にいる軍服姿の青年を見て、茫洋とした眼差しを向けてくる少女。
そこで、彰人も我に返る。
「ああ、ごめん。声を掛けるのが遅れちゃったみたいで」
そう言うと、彰人は帽子を目深にかぶりながら、少し顔を伏せる。
何となく、彼女に見惚れていたと悟られるのが、気恥ずかしい気がしたのだ。
そんな彰人に対し、少女は怪訝そうな顔つきをする。
「・・・・・・ロリコン?」
「断じて違うよ」
いきなり何を言い出すのか、このちびっ子は。
あまりな言いぐさに、思わず顔を上げて抗議する彰人。
そこで、
2人の目が合った。
どこか茫洋とした瞳は、しかし海のように深く、静かな色を湛えているのが判る。
艦娘として生まれる少女は、皆、美しい。
その法則を、目の前の少女もまた、裏切ってはいなかった。
まるで、そのまま深海に惹き込まれていきそうな雰囲気がある。
居住まいを正す彰人。
同時に、ピシッとした敬礼を少女に向ける。
「本日付で、巡洋戦艦『姫神』の艦長に着任した、水上彰人中佐だよ」
そこで、
少女は思い出したように「ああ」と声を上げ、手すりから背を放して立ち上がると、正面から彰人を見据える。
静かな瞳に見据えられ、彰人は自分の心の中まで、見透かされれているような気分に陥る。
「巡洋戦艦『姫神』の艦娘、姫神です」
静かな声で、少女は名乗る。
「よろしく」
素っ気ない口調でそう言うと、姫神。
姉妹艦娘なのに、性格はだいぶ違うらしい。
好奇心旺盛で、割と積極的だった
まあ、艦娘といえども、その個性が千差万別あるのは人と変わらない。
さまざまな性格の艦娘がいるのは、当然の事だった。
苦笑する彰人。
そのまま歩み寄り、手を差し出す。
「よろしくね」
そう言って笑い掛ける彰人。
それに対し、姫神は不思議そうな眼差しで、見つめ返す。
初夏に向かい、徐々に熱を帯び始める風の中、
潮騒に揺れる波の上で、2人は出会った。
黄昏に暮れる海鳴りを遠くに聞きながら、
2人は出会った。
第2話「青年提督と、巡戦少女」 終わり
日本なら断然、大和
アメリカならアイオワ
イギリスならレナウン
イタリア、特に無し(爆
フランスならリシュリュー
そして、ドイツならシャルンホルスト
が、個人的な戦艦の好みですね。
で、日本海軍にシャルンホルストに相当するような艦があれば、と思ったのが、きっかけの一つです。