蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第29話「連航艦初陣」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輪形陣を形成する外周の駆逐艦が、レーダーで接近する機影を捉えた瞬間、サラトガは思わず舌打ちした。

 

 自分達に向かってくる機影が何であるか、瞬時に悟ったのだ。

 

「しまった、こいつらは・・・・・・・・・・・・」

 

 ガダルカナル島を攻撃した部隊が帰還したと言う可能性もあったが、方位が微妙に異なっている。

 

 間違いない。帝国軍の攻撃隊だ。

 

 程無く、報告が上げられてくる。

 

「敵、戦爆連合多数、方位00度より急速接近中、数、約40!!」

「敵機種報せ!!」

 

 報告を受けた司令が、直ちに折り返しの指示を飛ばす。

 

 来襲する敵機が陸上攻撃機ならば良い。

 

 帝国軍が使用している一式陸攻等の機体は、マレー沖でイギリス海軍の最新鋭戦艦「プリンスオブウェールズ」を撃沈した実績があるが、反面、その艦上機に比べると大振りな機体は、大きな的となっており、対空砲でも狙いやすいと言う特徴がある。

 

 だが、もし艦上機であるなら。

 

 程無くして、追加の報告が上がって来た。

 

「敵機は零戦(ジーク)、及び99艦爆(ヴァル)ッ 艦上機です!!」

 

 その報告に、司令官とサラトガは同時に舌打ちした。

 

 艦上機。

 

 つまり帝国軍の空母を含む機動部隊が、近海で行動中と言う事だ。

 

 今回、合衆国艦隊は帝国海軍の機動部隊が出てこない事を前提に作戦を行っている。

 

 しかし、その前提が崩れた。

 

 帝国海軍は、無理を押して空母を繰り出して来たのだ。

 

「対空戦闘用意!! 直掩隊、直ちに発艦、急げ!!」

 

 司令が指示を飛ばす。

 

 同時に「サラトガ」と「ワスプ」は風上に向かって回頭。全速で航行しながらワイルドキャットを発艦させていく。

 

 やがて、北の空から唸りを上げて、一群の航空機が姿を現す。

 

 米軍の艦載機よりもスマートな機影。

 

 零戦と99艦爆の連合編隊だった。

 

 直掩に上がったワイルドキャットが、果敢に立ち向かっていくのが見える。

 

 だが、

 

 そのワイルドキャットを包み込むように、零戦部隊が立ちはだかって来た。

 

 

 

 

 

「編成がうまく機能してくれたみたいだな」

 

 ワイルドキャットと交戦に入る零戦隊を眺めながら、99艦爆の操縦桿を握る攻撃隊長は、口元に軽く笑みを浮かべた。

 

 航空母艦「蒼龍」艦爆隊長。江草繁孝(えぐさ しげたか)大尉。

 

 「蒼龍」飛行隊の隊長も兼務する人物であり、帝国海軍随一とも言われる艦爆乗りである。

 

 セイロン沖海戦においては、英重巡に対し自隊を率いて急降下爆撃を敢行。命中率、実に78パーセントと言う埒外の記録を実現している。

 

 正に帝国のみならず、世界最強の爆撃機乗りと言っても過言ではないだろう。

 

 ミッドウェー海戦時には第2次攻撃隊指揮官として出撃する予定だったのだが、発艦前に母艦「蒼龍」が被弾し、無念の後退を余儀なくされた。

 

 その江草が今、最重要攻撃目標である米空母を前にして、奮い立つ想いを止められないでいた。

 

 本来なら、ミッドウェーで自分達が叩くはずだった米空母が、今まさに眼下を航行している。

 

 それだけで、武者震いが起こる。

 

 しかも、

 

「ありゃ、『サラトガ』だな」

 

 敵空母の形から、江草は名前を特定する。

 

 右舷中央付近に垂直に立つ、四角い巨大な煙突はレキシントン級航空母艦の特徴である。その内、1番艦の「レキシントン」は既に沈んでいる為、眼下にいるのは、消去法で「サラトガ」と言う事になる。

 

 帝国海軍の「赤城」「加賀」、合衆国海軍の「レキシントン」「サラトガ」は、世界中の空母の中でも特に大きいため、戦前には「ビッグフォー」と言う愛称で呼ばれていた。

 

 「赤城」「加賀」「レキシントン」は既に沈んでいる為、「サラトガ」は最後の1隻と言う事になる。

 

「よし、やるぞッ!!」

 

 気合を入れるようにして叫ぶと、突入態勢を作るように指示を飛ばす。

 

 敵の直掩隊は、零戦が完璧に抑え込んでいる。

 

 今回の攻撃隊は、江草が直卒する18機の99艦爆の他は、全て「蒼龍」と「龍驤」から発した零戦隊で固めてある。

 

 これはミッドウェー海戦において、「ヨークタウン」を攻撃した「飛龍」隊が、護衛戦闘機に阻まれて甚大な被害を蒙った事を考慮した結果である。

 

 結成の際、連航艦全体で戦闘機の割合を大きく増やした事も功を奏している。おかげで、艦隊の直掩に充分な数の戦闘機を残しつつ、攻撃隊の護衛機も余裕で確保する事が出来たのだ。

 

 眼下に「サラトガ」を臨むと同時に、江草は急降下を開始する。

 

 それに続いて、艦爆隊も縦列を作って江草機の後を追う。

 

 英重巡を葬った、江草隊の急降下爆撃である。

 

 勿論、「サラトガ」の方でも猛烈に対空砲火を撃ち上げ、江草隊の接近を阻もうとする。

 

 しかし、江草は周囲で炸裂する砲弾を一切無視、照準器の中で急速に拡大しつつある巨大な空母のみに意識を集中させる。

 

 急激に下がる高度。

 

 緊張が増す一瞬。

 

 次の瞬間、

 

「投下ッ!!」

 

 江草の指示とと共に、99艦爆の腹に抱えた250キロ爆弾が切り離される。

 

 風を切って落下していく爆弾。

 

 その一撃が、「サラトガ」の右舷側海面に落下し、高々と水柱を噴き上げる。

 

 江草の放った爆弾は、「サラトガ」に命中する事は無かった。

 

 しかし、

 

 江草はニヤリと笑う。

 

 これで良い。

 

 急降下爆撃における隊長機の役割とは、自分の爆弾を敵艦に命中させる事ではなく、後続機に目標を指示する事である。

 

 これで後続の99艦爆は、江草が投下した爆弾の水柱を目印に「サラトガ」の回避パターンを頭の中で分析し、照準修正を行うのだ。

 

 江草隊の99艦爆も、次々と爆弾投下を開始する。

 

 「サラトガ」の方でも、必死の抵抗を試みているが、もはや回避が間に合う状況ではない。

 

 次の瞬間、「サラトガ」の飛行甲板に、次々と爆炎が躍った。

 

 それも、1度や2度ではない。

 

 広大な飛行甲板に、まんべんなく爆弾がばらまかれる。

 

 18機の99艦爆の内、2機が投弾前に対空砲火で撃墜された為、投下したのは16発。内、12発が命中した。

 

 命中率75パーセント。

 

 セイロン沖での成績にはわずかに及ばないものの、それでも誇るべき数字である。

 

「よし、帰投するぞ!!」

 

 そう言うと、江草は操縦桿を倒して、離脱するコースを取る。

 

 その視界の先に、対空砲火を噴き上げながら航行する、もう1隻の空母が見て取れた。

 

 「サラトガ」よりも若干小振りな艦体を持つ空母は、無傷のまま残っている。

 

 しかし、既に江草隊は全機投弾を終えている為、あの艦を攻撃する力は無い。第2次攻撃隊以降に期待するしかないだろう。

 

 やがて、ワイルドキャット隊を押さえていた零戦隊も、続々と集まってくる。

 

 それらとの合流を終えると、江草は進路を北へと向けた。

 

 

 

 

 

 一方、攻撃を受けたサラトガは、激痛にあえいでいた。

 

 受けた衝撃は12発。たとえそれが小型爆弾であったとしても、耐え難い苦痛が彼女を襲っていた。

 

「どうだ?」

「ちょっとまだ、判んないかな・・・・・・何しろ、艦内があちこちめちゃくちゃで・・・・・・取りあえず、発着艦は無理ね」

 

 司令官の言葉に、サラトガは痛みに耐えながらどうにか答える。

 

 言われるまでも無く、飛行甲板は月面クレーターも真っ青な穴だらけの様相を呈している。

 

 航空機の発着どころか、人間が歩く事すら困難な状況だった。

 

 幸いな事に艦底部に浸水が無く、更に攻撃隊は既に放っていた為、深刻な弾薬庫の誘爆は起こっていなかった。

 

 これで機関さえ無事なら、どうにかヌーメアまで戻れる目もあるだろう。

 

 やがて、被害状況の一次報告が上げられてくる。

 

「ボイラーの一部が損傷しています。速力は10ノットが限界ですね」

 

 損傷は想像以上だった。34ノット出せる速力が、一気に三分の一以下にまでなっていた。

 

「ヌーメアまで保たせられそうか?」

「何とかやってみますが・・・・・・・」

 

 艦長は苦しい表情を見せながら答える。

 

 これ程の大損害を追った「サラトガ」を、ヌーメアまで引っ張って行くだけでも困難である事は明白である。

 

 と、

 

「司令官・・・・・・・・・・・・」

 

 兵士に支えられたサラトガが、苦しそうに息をしながら司令官を見る。

 

「無理するな、サラ。すぐに医務室へ」

「判ってる。けど、その前に旗艦を『ワスプ』へ・・・・・・・・・・・・」

 

 「サラトガ」の継戦能力が失われた以上、旗艦は無傷の「ワスプ」に変更するのが妥当だった。

 

 サラトガは、敵の追撃が来る前に司令部機能を「ワスプ」に移すように進言しているのだ。

 

「判った、判ったから、君はもう休め」

 

 司令官がそう告げるのとほぼ同時に、艦橋に衛生兵が折り畳み式の担架を携えて入ってくるのが見えた。

 

 直ちに傷ついたサラトガは担架に乗せられ、最低限の応急措置を施されると、医務室へと運ばれていく。

 

 その様子を確認してから、司令官は旗艦を「ワスプ」に移すよう、命令を下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 江草隊の攻撃によって大破した「サラトガ」が退避行動に移ろうとしている頃、

 

 その江草隊を放った第2航空艦隊にもまた、緊張が走りつつあった。

 

 艦隊の護衛に着いていた巡洋戦艦「姫神」が、電探で東から接近しつつある航空機の存在を捉えたのである。

 

 この時期の帝国軍の艦載電探は、とかく故障が多く現場を苛立たせること暫しだったが、この時は正常な作動を見せていた。

 

「対空戦闘用意!!」

 

 彰人の号令と共に、「姫神」「黒姫」の主砲は旋回し空を睨み、更に高角砲も稼働開始、機銃にも要員が取り付いて射撃準備を整えていく。

 

 第7戦隊の「鈴谷」「熊野」、そして軽巡洋艦「川内」以下、第3水雷戦隊も、対空砲を振り上げて天を睨む様子が見えた。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・駄目です、提督」

 

 姫神が、少し緊張したような声で警告を発するのが聞こえた。

 

 言われて彰人は、姫神が指した方角に目を向ける。

 

 そこには、姿を見せつつある敵編隊に向かっていく、直掩の零戦隊の姿がある。

 

 このまま主砲を撃てば、彼等まで三式弾の爆発範囲に巻き込んでしまう恐れがあった。

 

 舌打ちする彰人。全て、事前準備が足りなかった事の弊害と言って良いだろう。対空戦闘の際、三式弾の使用をどうするのか? 直掩隊との連携はどうするのか? そう言った事を何も決めずに出撃したのだ。

 

 だが、こうなった以上仕方がない。

 

 彰人は引っ手繰るようにマイクを取る。

 

「艦長より砲術ッ 三式弾の使用は不許可ッ 繰り返す、三式弾は使うなッ 高角砲と機銃のみで対処するように!!」

 

 同様の指示を「黒姫」にも送る。

 

 程無く「姫神」と「黒姫」は主砲の砲身を下げ、砲塔も正面を向く。

 

 どうやら、第7戦隊でも同じ結論に達したらしく、重巡2隻の主砲が旋回しているのが見えた。

 

 しかしこれで、三式弾による長距離射撃で敵の出鼻をくじくと言ういつもの手段が使えなくなってしまった。

 

 後は直掩隊の奮戦に期待するしかない。

 

 しかし、

 

「敵の数が多い。どこまで防げるか・・・・・・・・・・・・」

 

 「蒼龍」も「龍驤」も、可能な限りの直掩機を上げているが、それでも敵の来襲機の方が圧倒的に多い。

 

 基本的に質より量が物を言う航空戦においては、やはり数の少ない方が不利である事は否めなかった。

 

 やがて、零戦隊と敵航空部隊が空中戦に入る様子が、遠望する事が出来た。

 

 

 

 

 

 空母「龍驤」は排水量1万2000トンの空母であり、元々はワシントン軍縮条約下に建造された小型空母である。

 

 当初は1万トン以下の更に小さな空母として建造されたのだが、その後、搭載機の大型化や増加によって格納庫の拡張改装を受けた結果、細い船体に対し、溢れ落ちるような上部構造物が目立つ、独特のシルエットに変貌した。

 

 そのせいで戦前、艦隊が台風によって壊滅的大被害を蒙った「第4艦隊事件」において、艦橋等の被害を受けている。

 

 とは言え、その独特のシルエットが、一部の海軍ファンには非常に愛好されていたりするのだが。

 

 更に、形こそ小さい物の、その戦歴は誇るべき物があり、第1航空艦隊の6空母がハワイ攻撃に取られた結果、南方進出部隊のほぼ唯一の空母として重宝され、フィリピン攻略作戦等において航空支援を実施する。

 

 その後も猛将角田達治(かくた たつじ)少将指揮の下で転戦し、連合軍艦隊を相手に活躍。多数の艦船を撃沈するばかりか、高角砲を使用し、敵輸送船を相手に水上戦闘までこなしている。

 

 小型空母でありながら、正規空母にも勝る活躍をしているのが、この「龍驤」である。

 

 その龍驤の甲板で、艦娘たる少女が険しい顔で空を見上げている。

 

 小柄な体付きに細い手足。長い髪はツインテールに纏め、頭にはサンバイザーを被っている。

 

「あかん、直掩のみんなより、敵の方が多いわ」

 

 戦況を瞬時に分析し、自軍の不利を悟る。

 

 この少女こそが、「龍驤」の艦娘である。

 

 因みに、横須賀生まれの龍驤が、なぜに関西弁をしゃべっているかは謎である。大いなる謎である。

 

 とは言え、そんな些事に構っている暇はないだろう。

 

「みんな、あんじょう頼むでッ 直掩隊が突破されたら、みんなが頼りやさかいな!!」

『おー!!』

 

 龍驤の声に、機銃員達が雄たけびを上げる。

 

 皆、自分達の艦娘を守ろうと、気合十分だった。

 

 やがて、真っ直ぐに自分達に向かってくる機影を確認する。

 

 零戦隊が食い下がり、だいぶ減らしてくれたようだが、やはり完全に防ぎきる事は不可能だったようだ。

 

 ドーントレスが上昇を掛け、アベンジャーは低空まで舞い降りる。

 

 その様を見据え、

 

「今や!!」

 

 叫ぶ龍驤。

 

 同時に、両舷に並べられた対空砲が、一斉に火を噴いた。

 

 

 

 

 

 対空戦闘が開始されるとすぐに、彰人は第11戦隊の3隻を、高速で2航戦の前方に布陣するような位置へと持って行く。

 

 巡洋戦艦2隻の大火力でもって、虎の子の空母2隻を守る算段である。

 

「対空戦闘、右90度、高角40度!!」

「目標、接近中のドーントレス!!」

 

 彰人の目が、迫る機影を真っ向から睨む。

 

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

 号令一下、右舷側に備えられた4基8門の10センチ高角砲が一斉に火を噴く。

 

 巡戦2隻の火力を前に、次々と火を噴くドーントレス。

 

 そこへ更に、機銃の射撃も加わり弾幕を形成する。

 

 空母を狙おうとしていた機体は、思わぬ伏兵に横撃を喰らった形である。

 

 バランスを崩し、海面へと落下していくドーントレス。

 

 自分達の上空をタダで通り抜けよう、などと言う不遜は許さない。

 

 姫神と黒姫からは、そんな思いが読み取れるようだ。

 

 そんな中、一部の機体が、真っ直ぐに「姫神」へと向かってくる。

 

「アベンジャー4!! 本艦右舷90度より接近中!!」

 

 どうやら、一部の機体が、先に第11戦隊を無力化しようと目論んで攻撃を仕掛けてきたようだ。

 

 とは言え、それも想定の範囲内である。

 

「回避、面舵一杯!! 高角砲、機銃は低空の雷撃機を狙え!!」

 

 とっさに指示を飛ばす彰人。

 

 同時に「姫神」は対空砲を撃ち鳴らしながら右へと回頭。魚雷と正対するように運動する。

 

 低空を這うようにして、4機のアベンジャーが「姫神」の右舷前方から向かってくる。

 

 対抗するように、全速力で航行しながら、艦首を右へと巡らせていく。

 

 1機のアベンジャーが機銃弾を正面から浴び、力尽きたように機首から海面へ突っ込むのが見える。

 

 だが、残る3機が魚雷の投下に成功する。

 

 白い航跡を引いて、魚雷は「姫神」に襲い掛かってくる。

 

 緊張する一瞬。

 

 次の瞬間、

 

「敵魚雷、本艦両舷の通過を確認!!」

 

 安堵を含む見張り員の声が響く。

 

 その声を聞き、誰もが胸をなでおろした。

 

 「姫神」の両側を駆け去って行く魚雷の様子を確認し、フッと笑みを浮かべる彰人。

 

 かわせると判断したとしても、魚雷と正対する時は緊張してしまう物である。

 

 見れば、姫神は身じろぎせずに、ただジッと前方を眺めている。

 

 いつもながら茫洋とした瞳。

 

 しかし、その視線は自らに向かってくる敵機を決して逃がすまいとしているかのようだった。

 

 その時だった、

 

「敵、ドーントレス10、『蒼龍』に向かう!!」

 

 その報告に、再び艦橋内が緊張を増すのが判った。

 

 彰人もハッと我に返って、2航戦のいる方角を振り返る。

 

 米指揮官は、防空力の高い第11戦隊上空を通過するのは自殺行為であると考え、迂回する作戦に出たのだ。

 

 既に攻撃力を残している機体は少ない。

 

「まずいッ」

 

 舌打ちする彰人。

 

 第11戦隊とは、「蒼龍」「龍驤」を挟む形で接近しようとしているドーントレス。

 

 そちら側には第7戦隊の「鈴谷」「熊野」がいるが、火力の劣る重巡2隻では、10機もの敵機を完全に防ぐ事はできない。

 

「左舷高角砲、2航戦に掩護射撃!!」

 

 とっさに命じる彰人。

 

 機銃は射程が短くて難しいかもしれないが、高角砲なら充分に射程内である。これで、2航戦上空に対空砲の網を投げ掛けるのだ。

 

 だが、その時だった。

 

「あれはッ」

 

 その声には、驚きと歓喜が入り混じっていた。

 

 

 

 

 

 第2航空艦隊旗艦「蒼龍」もまた、自ら対空戦闘に加わり、高角砲と機銃を撃ち上げて敵機の接近を阻もうとしていた。

 

 自身に向かってくるドーントレスを見据え、唇をかみしめる蒼龍。

 

 もし1発でも爆弾を喰らったりしたら、ミッドウェーの二の舞になってしまう。

 

 必死に対空砲火を撃ち上げる「蒼龍」。

 

 第7戦隊の「鈴谷」と「熊野」も、どうにか接近を阻止しようと弾幕を形成しているのが見える。

 

 更に「姫神」と「黒姫」からも高角砲が撃ち上げられ、2航戦上空に火線の網が投げかけられる。

 

 何機かのドーントレスが、火を噴いて落ちるのが見えた。

 

 しかし、やはり全てを撃ち落とすのは無理だ。

 

 迫るドーントレス。

 

 今にも急降下に入ろうと、翼を傾ける。

 

 駄目か?

 

 そう思った時。

 

 だしぬけに、先頭のドーントレスが、火を噴いてバランスを崩すのが見えた。

 

「えッ!?」

 

 驚いて声を上げる蒼龍。

 

 視界の先では、他のドーントレスも、散を乱して逃げ惑っているのが見える。

 

 次の瞬間、雲の陰から飛び出す機影があった。

 

 薄い翼が鋭い刃物を感じさせる、華奢なボディの流麗な機体。

 

 零戦である。

 

 それも1機や2機ではない。

 

 10機近い零戦が飛び出し、次々とドーントレスを駆逐していく様子が見えた。

 

「あれは・・・・・・・・・・・・」

 

 2航戦所属の機体ではない。

 

「ガ島の、航空隊?」

 

 ガダルカナル島の防空任務に就いていた航空隊が、2航戦の危機を察知して掩護に駆け付けたのだ。

 

 彼等は自分達の基地の防空戦を演じた後、着陸せずに、更にもう1戦行っている事になる。。

 

 並外れた航続力を持つ零戦だからこそ、可能な芸当である。

 

 そのうちの1機。

 

 初めにドーントレスを撃墜した機体に、蒼龍は目を向ける。

 

 自分を助けるように現れた姿。

 

 あの機動。

 

 見間違えるはずが無かった。

 

「相沢少尉・・・・・・・・・・・・」

 

 その声にこたえるように、零戦が僅かに翼を振るのが見えた。

 

 

 

 

 

 一方、直哉の方でも、蒼龍の方に感慨深い視線を向けていた。

 

 「飛龍」とよく似た艦体。

 

 そこに佇む、緑色の服を着たツインテール髪の少女と、一瞬目が合うのが判った。

 

「蒼龍・・・・・・・・・・・・」

 

 悲しみの視線が、交錯する。

 

 かつて、彼女の司令官室で、共に茶を飲んで楽しく談笑した4人は、今や自分達2人だけになってしまった。

 

 飛龍はミッドウェーに沈み、名将山口多聞も、彼女と運命を共にした。

 

 消えようの無い寂寥感が、2人の心を繋ぐのが判る。

 

 直哉と蒼龍。

 

 ともに心にぽっかりと穴の空いた者同士が、束の間の邂逅を果たす。

 

 やがて、敵機の排除に成功したと判断した直哉たちは、翼を翻して、南へと飛び去って行く。

 

 その姿を、蒼龍はいつまでも見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうど同じ頃、ソロモン諸島東側の海域でも戦闘が行われていた。

 

 第2航空艦隊攻撃の為に艦載機を放った、合衆国軍第16任務部隊が、別の空母艦載機の襲撃を受けていたのだ。

 

 16任務部隊を襲ったのは、戦爆連合72機に及ぶ部隊である。

 

 攻撃隊を放ったのは、連航艦の真の主力である第1航空艦隊である。

 

 合衆国軍は、この日の戦闘で帝国海軍が、2群の機動部隊を動かしている事に気が付かなかったのだ。

 

 直ちに迎撃のワイルドキャットが差し向けられるが、数は零戦の方が多い。

 

 たちまち包み込まれて乱戦になる。

 

 その間に、ワイルドキャットの迎撃網をを突破した99艦爆が艦隊に取りついて来る。

 

 次々と投下される爆弾。

 

 「エンタープライズ」と「ホーネット」も、必死になって回避運動に努める。

 

「ッ 来ないでよォ!!」

 

 対空砲火を撃ち上げながら、エンタープライズが苦悶の声を上げる。

 

 頼みのワイルドキャット隊は零戦との戦闘に忙殺され、とても空母を掩護する余裕は無い。

 

 艦隊の対空砲火が必死の抵抗を続け、何機かを撃ち落とす事に成功したが、それでも10機以上の99艦爆が、自分に向かって急降下くるのが見えた。

 

 機首を下げる99艦爆。

 

 その腹に抱えた爆弾が、エンタープライズには不気味に光って見える。

 

 一斉に投下される爆弾。

 

 その間にも、1機の99艦爆が、「エンタープライズ」の対空砲火によって墜落するのが見える。

 

 しかし、殆どの機体が投下に成功する。

 

 その時、雲間から飛び出してきた1機のワイルドキャットが飛び込んできて、1機の99艦爆に機銃を浴びせる。

 

 たちまち、炎を上げて墜落する99艦爆。

 

 その機体が誰の物であるか、エンタープライズにはすぐに判った。

 

「ギャレット!!」

 

 不意の攻撃で、彼もまた迎撃に上がっていたのだ。

 

 大量投入された零戦の存在に忙殺されていたギャレットだったが、ようやく包囲網を突破して、掩護に来てくれたのだ。

 

 顔をほころばせるエンタープライズ。

 

 しかし、既に時は遅かった。

 

 迫る爆弾。

 

 次の瞬間、

 

 さく裂した衝撃が、回避運動中の「エンタープライズ」を貫く。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 悲鳴を上げるエンタープライズ。

 

 飛行甲板の右舷寄りに巨大な破孔が開いているのが見える。

 

 更に、艦首付近にも1発の爆弾が命中。そこも大きく破壊されている。

 

「ダメージコントロール急げ!!」

 

 艦長の怒号が鳴り響く。

 

 どうやら、命中弾は今の2発だけで終わったらしい。

 

 近くにいた士官の手を借りて、どうにか立ち上がるエンタープライズ。

 

 この程度なら掠り傷だ。真珠湾まで戻らずとも、ヌーメアでの修理で充分に回復の見込みがある。

 

 しかし、

 

 飛行甲板に大穴を開けられた以上、「エンタープライズ」の継戦能力が失われたのは確実だった。

 

「クッ・・・・・・・・・・・・」

 

 痛みにこらえて顔を上げる。

 

 開戦以来、彼女にとっては、これが初となる損害である。

 

 初めて知った戦争の味。

 

 痛みを伴う悔恨が、小さな少女を打ちのめす。

 

「お願い、ホーネット姉、仇を・・・・・・・・・・・・」

 

 言い掛けて、エンタープライズは絶句した。

 

 視界の彼方で航行している「ホーネット」。

 

 その甲板からも、直撃弾を現す炎が立ち上っているのが見えた。

 

 この時「ホーネット」も、「エンタープライズ」同様に99艦爆に襲われ、3発の命中弾を受け、中破の損害を被っていたのだ。

 

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 愕然とするエンタープライズ。

 

 支える士官の手をすり抜け、力尽きたように膝を突く。

 

 そのまま、少女の意識はゆっくりと暗転していった。

 

 

 

 

 

第29話「連航艦初陣」      終わり

 

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