蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第30話「ワスプ撃沈」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの海に静けさが戻り、黄昏が訪れようとしている。

 

 第2航空艦隊の攻撃によって「サラトガ」が脱落した合衆国海軍第18任務部隊だったが、尚も残った空母「ワスプ」を中心に部隊を再編成し、進撃を続けていた。

 

 既に第11任務部隊の「エンタープライズ」「ホーネット」も損傷を受け後退している。これにより、ソロモン方面で行動可能な合衆国空母は「ワスプ」1隻となってしまった。

 

 しかし、まだ勝負を捨てる心算は無い。

 

 今回の戦い、合衆国軍は空母機動部隊のみではなく、エスピリトゥサントの航空部隊をも投入している。それらの戦力を糾合すれば、明日以降も戦う事ができる筈だった。

 

 ガダルカナル島飛行場と所属の航空隊には甚大な被害を与えている。

 

 もう一息の所まで来ているのだ。

 

「頑張らないと」

 

 拳を握りしめ、ワスプが呟いた。

 

 先に離脱した3隻の分も頑張ろうと誓う。

 

 主戦力を失った第11任務部隊は既に戦線離脱し、「サラトガ」も駆逐艦の護衛を付けてヌーメアに引き返している。

 

 作戦半ばで後退を余儀なくされた仲間達の分も、自分が戦い抜こう。必ず、ガダルカナル島を陥落させよう。

 

 そう考えて気合を入れるワスプ。

 

 だが、

 

 この時、

 

 彼女を狙う刺客は、既に彼女の足元にまで迫っていた。

 

「左舷、雷跡!!」

 

 見張り員の絶叫に、思わずハッとなって顔を上げるワスプ。

 

 次の瞬間、

 

 艦体左舷に、衝撃と共に、巨大な水柱が突き立った。

 

「ああ!?」

 

 悲鳴を上げるワスプ。

 

 一体何が起きたのか?

 

 それすら判らないまま、ワスプはそのまま床に倒れ込んだ。

 

 身体に力が入らない。起き上がる事ができない。

 

「そ・・・・・・そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 浸水によって徐々に傾斜する自分の艦体(からだ)を知覚しながら、ワスプは呆然と呟く。

 

 他の空母が太平洋戦線に引き抜かれる中、ただ1隻、大西洋戦線に残り転戦した自分。ドイツ空軍やUボート相手に1歩も引かなかった自分が・・・・・・

 

 ようやく仲間達と合流し、みんなと一緒に戦えると喜んでいたのに。

 

「い・・・・・・イヤァ・・・・・・こんな、ところでなんて・・・・・・」

 

 涙と共に、悲しげにつぶやく。

 

 しかしもはや彼女には、ただ、海底に引きずり込まれるのを、空しく待つ事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 ワスプ被雷。

 

 その様子は、10キロ離れた場所を航行していた戦艦「ノースカロライナ」からも確認する事が出来た。

 

「潜水艦・・・・・・対潜警戒を!!」

 

 とっさに艦長に向かって叫ぶノースカロライナ。

 

 頷く艦長。

 

 10キロも離れているなら「ノースカロライナ」に被害は無い筈だが、一応の警戒はしておく事に越した事はない。

 

 そう思った次の瞬間、

 

 突如、「ノースカロライナ」の艦腹にも、衝撃と共に白い水柱が立ち上った。

 

 更に、すぐ隣を航行していた駆逐艦「オブライエン」にも魚雷命中の水柱が立ち上る。

 

 たちまち、大爆発を起こし傾斜を始める「オブライエン」。小さな駆逐艦にとって、魚雷の命中は耐え難いダメージだったのだ。

 

「グゥッ・・・・・・・・・・・・」

 

 信じられない面持ちで、ノースカロライナは顔を上げる。

 

 まさか、帝国軍が、複数の潜水艦を同一運用していたとは。

 

 複数の潜水艦を同一目標に向ける「群狼戦法」は、ドイツ海軍が得意とする戦法である。しかし、同盟軍である帝国軍にノウハウが伝わっていたとしてもおかしくは無い。

 

 浸水によって傾斜する「ノースカロライナ」。被雷は1本のみである為、沈没する危険性は無いだろう。

 

 しかし、敵が群狼戦法を使って来た以上、他にも潜水艦が潜んでいる可能性がある。警戒を怠る事はできなかった。

 

 

 

 

 

 だがこの時、合衆国軍は勘違いをしていた。

 

 「ワスプ」「ノースカロライナ」「オブライエン」を攻撃した潜水艦は、複数では無くたった1隻だったのだ。

 

「やった、命中したの」

 

 長い髪をツインテールにしたスク水少女は、傾斜する「ワスプ」の様子を潜望鏡で眺めながら、喝采を上げる。

 

 「伊19(イク)」がたった今上げた戦果は、快挙と言う言葉では表しきれない程の物だった。

 

 発射雷数は、最大の6本。

 

 うち、目標となった空母「ワスプ」への命中は3本。既に「ワスプ」は大爆発を起こして傾斜している。撃沈は確実だろう。

 

 潜水艦による空母の撃沈。

 

 ミッドウェーの「伊168(イムヤ)」に続き、2隻目の快挙である。

 

 もっとも、イムヤの場合、既に「ヨークタウン」が「飛龍」の攻撃によって大破漂流状態であったのに対し、今回の「ワスプ」は全くの無傷だった。それを考えれば、絶賛すべき大戦果だった。

 

 その他にも戦艦1隻、駆逐艦1隻にも魚雷命中を確認している。

 

 たった1度の雷撃で3隻の敵艦に命中。その内、2隻が撃沈確実。

 

 全ては、93式酸素魚雷の持つ、長大な航続力が齎した嘘のような大戦果だった。

 

「やったなイク!!」

「さすが、俺達のイクだぜ!!」

「ありがとうッ ありがとう、みんなのおかげなの!!」

 

 乗組員たちに絶賛され、目に涙を浮かべるイク。

 

 だが、あまりゆっくりもしていられない。

 

 既に敵の駆逐艦が、「伊19」を探して爆雷攻撃を開始している。見つかる前に逃げる必要があった。

 

「よし、長居は無用だ。ずらかるぞ」

「はいなの!!」

 

 艦長の言葉に頷くイク。

 

 「伊19」はそのまま回頭すると、可能な限りの全速力で離脱を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潮騒の音が耳に残る中、周囲の景色は徐々に暗くなりつつあった。

 

 第2航空艦隊所属の各艦も、闇に紛れて見えなくなりつつあった。

 

 夜の闇と海の色が少しずつ混じり合っていく様子を、姫神は甲板の縁に立って眺めていた。

 

 吹き付ける風によって、少女のポニーテールとスカートが僅かに揺れる。

 

 前髪を直しながら、姫神は艦隊をぐるりと見回した。

 

 今日1日の戦闘で、帝国海軍は合衆国軍の空母3隻を撃破する事に成功していた。

 

 更に先程、潜水艦の攻撃で、空母1隻が沈没確実であると言う報告を得ている。これで、合衆国軍がこの戦いに投入した全空母を撃破した事になる。

 

 対してこちらの損害は、艦隊に関して言えば沈没艦は無し。ガダルカナルの基地施設と航空隊には大きな損害を出していたが、そちらの方は時間を掛ければ修復は充分可能だった。

 

 連合航空艦隊の初陣としては、充分な戦果と言えるだろう。

 

 損傷した敵空母の対処に関しては、明日、再び追撃を掛けると言う事が決定している。もっとも、珊瑚海を南に行くほど敵の航空勢力は強くなる。追撃が上手く行くかどうかは判らないが。

 

 それにしても、

 

 今回は課題の多く残る戦いだったと思う。

 

 艦隊の連携や対空戦闘の手順、更に言えば、攻撃隊の編成にも問題点が上がっている。

 

 第1次攻撃隊を戦闘機と爆撃機のみで出した結果、素早い攻撃が実現し、結果的に3隻の空母を撃破する事に成功している。護衛戦闘機の数も増やせたため、敵の迎撃をほぼ完ぺきに近い形で排除する事が出来た事も大きいだろう。

 

 しかし反面、攻撃機の出撃を第2次攻撃以降に回した結果、攻撃隊全体の攻撃力が低下を来たし、結果的に損傷を負わせた空母を取り逃がしてしまっている。

 

 全ては急ごしらえの編成で出撃する事を余儀なくされた結果だったが、これらの戦訓を、上層部が今後の作戦始動に活かしてくれるように期待するしかなかった。

 

 と、

 

「風邪ひくよ」

 

 声を掛けられて姫神が振り返ると、彰人が歩いて来るのが見えた。どうやら、戦闘を終えた後の艦内を視察していたようだ。

 

「艦娘ですから」

「艦娘でも風邪はひくでしょ」

 

 そう言うと、彰人は姫神の頭を撫でてやりつつ、少女の傍らに立った。

 

 暫く、彰人の手に撫でられる心地いい感触にゆだねていると、青年提督の方から口を開いてきた。

 

「それにしても、随分と遠くまで来たよね僕達。まさか、こんな南の果てにまで来るとは思わなかった」

 

 感慨深げにつぶやく彰人。その目は、どことなくこの状況を楽しんでいるようにも見える。

 

 そんな彰人に、怪訝そうな目を向ける姫神。

 

「彰人は・・・・・・・・・・・・」

 

 ややあって、口を開く。

 

 いつの頃からか、2人だけの時、姫神は彰人の事を名前で呼ぶようになっていた。

 

 如何なる心境の変化があったのかは、彰人にも判らない。ただ、それを咎めようとは思わなかった。

 

「彰人は、ここまで来れた事を楽しんでいるように見えますが?」

「面白いと思っているのは確かだね。普段だったら絶対に来れないだろうし。海軍士官になって良かったと思える所は、船に乗って色々な所に行けることだよ。陸軍じゃ、なかなかこうはいかないから」

 

 そう言って、彰人は懐かしむように遠い目をする。

 

 自分がまだ10代で、初めて長期研修航海に出た頃。

 

 ただ広い海原を見ているだけで、楽しくて仕方が無かった。

 

 そして、その想いだけは、提督になった今でも変わっていなかった。

 

「この作戦には反対なのに、ですか?」

「それとこれとは話が別だよ」

 

 彰人は諭すように言う。

 

「本当は作戦なんか無しにして、色々な場所に行けたら良いんだけどね」

 

 そう言って笑う彰人に、姫神は不思議そうな眼差しで見る。

 

 ある意味、海軍士官の性なのかもしれない。これだけ厳しい戦いを海でしておきながら、それでも尚、海に出たいと思ってしまうのは。

 

 と、

 

「クシュンッ」

 

 姫神の口から、可愛らしいくしゃみが飛び出る。どうやら、本当に冷えて来たらしかった。

 

 そんな姫神の肩に、彰人はそっと手を伸ばす。

 

「さあ、中に入ろう。また紅茶を淹れてあげるよ」

「出撃前に金剛におすそ分けしてもらった奴があったはず。あれでお願いします」

 

 ちゃっかりしている姫神に苦笑しつつ、彰人は少女を伴って艦橋へと向かう。

 

 この日の戦闘は、全て終わり。

 

 彰人と姫神は、

 

 否、2航艦に所属する全ての将兵と艦娘がこの時、そう信じていた。

 

 

 

 

 

「提督、私が使用可能な機体は零戦17機、艦爆8機、艦攻18機となっています。龍驤さんからは、零戦25機、艦攻6機が使用可能と言って来ています。」

「明日以降の戦闘は充分可能だな。ご苦労さん」

 

 蒼龍からの報告を受け、小沢は頷きを返す。

 

 攻撃に加わっていない艦攻隊はまるまる残っているが、艦戦と艦爆には被害が生じている。

 

 蒼龍が報告したのは、損傷機を除いた数字である。

 

 99艦爆の被害は大半が対空砲火によるもので、残りは離脱時に戦闘機の追撃を受けて撃墜された物だ。

 

 艦攻の被害が無いから、もう1度攻撃するだけの余裕はある。もっとも、「龍驤」に搭載されている97艦攻は対潜用なので、攻撃に使用する事はできないが。

 

「でも敵が南に逃げたら、エスピリトゥサントやヌーメアの航空隊も加わります。下手に南下したら数で押し切られてしまいますよ」

「そこら辺は、ラバウルとガ島に支援を依頼するしかないな。もっとも、ガ島の方は今日1日で被害を受け過ぎた。余力が残っていればいいんだが・・・・・・」

 

 言葉を濁す小沢を尻目に、蒼龍はガ島航空隊にいる直哉の事を思い出す。

 

 ミッドウェー海戦後、生き残った元3空母のパイロットが前線送りにあった事は蒼龍も知っていたが、まさかこんな形で直哉と再会する事になるとは思っても見なかった。

 

 かつて飛龍と共にあった少年は、今も尚、前線に立ち続けている。

 

 彼は、飛龍を失った悲しみを、まだ抱えて飛び続けているのだろう。

 

 その事が、蒼龍にはよく判る。なぜなら、彼女自身が、未だに飛龍を失った悲しみから解き放たれていないのだから。

 

 半身とも言える妹分を失った蒼龍もまた、心に欠落を抱えたまま、戦いの海へと身を浮かべていた。

 

「お互い・・・・・・あまりにも大きい物を失ってしまいましたね」

 

 直哉の顔を思い浮かべながら、そっと呟く蒼龍。

 

「ともかくだ、蒼龍。第2艦隊も追撃を掛ける手筈になっているが、本命は明日以降の追撃戦だと思っていてくれ」

「はい」

 

 小沢の言葉に頷く蒼龍。

 

 今日はこのまま、自室で休もうか。

 

 そう思った時だった。

 

 上空から、航空機のエンジン音が響いてきた。

 

「何だ?」

「偵察に出ていた水偵が戻って来たんじゃないですか?」

 

 幕僚達も訝るような声を上げる。

 

 これに先立ち、「姫神」「黒姫」「鈴谷」「熊野」からそれぞれ、敵艦隊の動向を探る為に偵察機を発している。それらの機体が帰還したのだと思われた。

 

 だが、次の瞬間、

 

「待ってくださいッ」

 

 蒼龍が上げた声に、思わず全員が振り返る。

 

「水偵なら、さっき帰還した『熊野』2号機で最後だった筈。もう全機収容を終えています!!」

 

 蒼龍の言葉に、誰もが顔が青くなるのを感じた。

 

 もし、上空にいる機体が味方でないのだとしたら・・・・・・・・・・・・

 

「第11戦隊旗艦『姫神』より報告ッ 《水上見張り電探に感3!! 方位右舷40度》!!」

 

 通信員からの報告に、皆が驚愕の為、息を飲み込むのが判った。

 

 連航艦は現在、南に向かって進軍している。右舷40度とは、ほぼ南西の方角だがそんな方向から接近してくる味方などあり得ない。

 

 第1航空艦隊は2航艦から見ると北東に位置し、第2艦隊は南東にいる筈。南西の方角に味方はいない。

 

 もしいるとしたら、それは・・・・・・

 

 次の瞬間、だしぬけに艦隊上空に光が出現、明るく照らし出された。

 

「吊光弾投下を確認ッ 敵機です!!」

「対空戦闘、撃ち落とせ!!」

 

 吊光弾とは、夜戦の際に水偵で投下、あるいは高角砲等から発射される物で、パラシュートに括り付けたマグネシウムを焚き、強烈な発光体を目標上空に出現させる物である。

 

 持続時間に制限はあるが、瞬間的に目標を識別するには非常に有用な装備だった。

 

「いかんッ」

 

 上空に出現した光を見詰め、思わず小沢が叫ぶ。

 

 

 

 夜間には艦載機の発艦はできない。つまり、2航戦の2隻は、今は完全に無防備な状態にある事を意味している。

 

 だが、夜間に航空機の発着ができないのは合衆国軍も条件は同じ。

 

 そもそも、既に合衆国軍の空母は全て撃沈・撃破している。陸上機なら考えられない事も無いが、まだエスピリトゥサントもヌーメアも遠すぎる。可能性としては低いだろう。

 

 ならば、来襲したのは航空機ではない。

 

 そんな小沢の思考を肯定するように、闇の中で閃光が瞬くのが見えた。

 

 次の瞬間、外周を守る駆逐艦「雷」の周囲に、複数の水柱が立ち上るのが見えた。

 

 その光景を見て、小沢はとっさに命じた。

 

「2航戦進路0度(真北)、全速で避退せよ!! 7戦隊旗艦に通達ッ 《我に代わって指揮を執れ》!!」

 

 

 

 

 

 第3戦隊司令官に転任した栗田武夫少将に代わり、今回の出撃に先立って第7戦隊司令官に着任した西村修二(にしむら しゅうじ)少将は、旗艦「鈴谷」の艦橋に立ち、闇夜にも白く立ち上る水柱を、冷静な瞳で眺めていた。

 

「指揮を執れ・・・・・・か。私に」

「どうすんの、司令官? 何か急に責任重大じゃん」

 

 「蒼龍」から通達された命令文を、もう一度反芻する西村。

 

 そんな西村の傍らで、鈴谷が表情を伺うように覗きこんで来るのが見えた。

 

 西村は江田島兵学校を卒業以来、ひたすら艦隊勤務のみをこなしてきた、所謂「叩き上げ」である。

 

 それだけに艦隊運用と、その実力には高い評価が成されていた。

 

「面白い」

 

 柔和な顔つきに、不敵な笑みを浮かべる西村。

 

 艦隊主力である空母を、襲ってきた敵艦隊から守る。

 

 海の武人たるべきを目指す身にとって、これ程本懐とも言うべき戦場は無いだろう。

 

「全艦宛て通達ッ 《我、指揮を継承す》!!」

 

 意気揚々と、西村は命じる。

 

「第11戦隊は攻撃開始!! 第3水雷戦隊、突撃開始せよ!!」

 

 降って湧いたような水上砲戦。

 

 しかも、こちらは空母を逃がす為に時間を稼がなくてはならない身。極めて不利である。

 

 更に、西村はもう一つ、気付いていた事がある。

 

 先程、先制攻撃を仕掛けてきた敵の砲弾。あれは水柱の大きさから言って、巡洋艦以下の艦艇ではありえない。

 

 敵は間違いなく、戦艦を伴っている。

 

 対してこちらにも戦艦があるとは言え、速度重視の巡洋戦艦が2隻のみ。

 

 もし本格的な戦艦が相手だとすれば、不利は否めないだろう。

 

 だが、

 

「さて、艦長、やるとしようか」

「ハッ」

 

 一切の気負いが無い西村の言葉に、木村正臣艦長は恭しく頭を下げる。

 

 海の武人たちは、一切恐れた様子も見せず、自分達に仇成す敵を睨み据えた。

 

 

 

 

 

 この状況を最も喜んだのは、間違いなく「彼女」だろう。

 

 今まさに単縦陣を組み、突撃を開始しようとしている第3水雷戦隊。

 

 その先頭に、そいつは居た。

 

「夜戦だ夜戦だァ!! みんな、あたしに続けェ!!」

 

 首に巻いたマフラーを、風に吹かれるままなびかせる少女。

 

 短く切った髪に、獰猛なネコ科の動物を思わせる鋭い瞳。口元には不敵な笑みを浮かべている。

 

 絶対的不利な状況下にあって尚、少女の戦意は天を突くが如く上がり続けている。

 

 川内型軽巡洋艦1番艦「川内」。

 

 またの名は「夜戦の川内」

 

 夜戦の、夜戦による、夜戦の為の女であり、「川内の前に夜戦無く、川内の後に夜戦無し」「三度の飯より夜戦好き」「川内ある所に夜戦あり、否、夜戦ある所に川内あり」とまで言われている。

 

 まさに、夜戦をするために生れて来た艦娘、それが川内である。

 

 と、

 

「うるせぇぞ川内!! 判ったからちったァ黙れ!!」

 

 見かねた3水戦司令官の田中雷次郎(たなか らいじろう)少将が怒鳴り付ける。

 

 夜戦が嬉しいのは判るが、こうも傍らではっちゃけられたら、指揮に集中できなかった。

 

 だが、とうの川内はと言えば、全くと言って良い程堪えていなかった。

 

「えー、だって、せっかく夜戦なんだから、もっとテンション上げて行こうよ!!」

「夜戦は静かにやるもんだろうが!!」

 

 至極、もっともなツッコミである。

 

「とにかく夜戦なんだからさ、ド派手に行こうよ!!」

「だからもっと静かにッ」

『2人ともうるさいッ!!』

「「はい、すんません・・・・・・」」

 

 幕僚全員から総スカンを喰らい、すごすごと引っ込む田中と川内。

 

 などと言う漫才じみた掛け合いの間にも、突撃隊形は作られていく。

 

 「川内」を先頭に、第11駆逐隊の「吹雪」「白雪」「初雪」「叢雲」が続き、その後方からは第6駆逐隊の「暁」「響」「雷」「電」が続行する。

 

 西村の命令により、空母2隻に駆逐艦2隻の護衛を付けた為、これが3水戦の全力である。

 

 しかし、軽巡1隻、駆逐艦8隻から成る雷撃力は相当な物である。状況によっては、大物食いをする事も夢ではないだろう。

 

 やがて、突撃隊形が整う。

 

 猟犬が野に放たれる時が来た。

 

「行くぞ、3水戦全艦宛て通達、《突撃、我に続け》!!」

「よっしゃァ、みんな行くよォ!!」

 

 意気を上げる田中と川内の声を筆頭に、3水戦は突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 一方、「姫神」の艦橋では、彰人が帽子を目深にかぶり直しながら、状況の深刻さを噛みしめていた。

 

 状況は、こちらが極めて不利。

 

 2航艦全体が突然の奇襲で混乱中。しかも、虎の子の空母2隻はまだ、退避が完了していない。

 

 「蒼龍」と「龍驤」は帝国にとって最重要の戦力である。このようなところで失う訳にはいかない。

 

 時間を稼ぐ必要があった。

 

「巡洋艦以下の艦艇は7戦隊と3水戦に任せて、僕達は戦艦の相手をする」

 

 相手が戦艦であるなら、巡洋艦以下の艦艇が相手をするのは難しいだろう。

 

 ここは、第11戦隊が対応するしかない。

 

 勿論、相手の戦艦が何であれ、姫神型巡戦より砲力が劣る、と言う事はあり得ないのだが。

 

 しかし、他に方法が無かった。

 

「機関全速、面舵一杯ッ 『黒姫』『島風』に打電、《我に続け》!!」

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばしながら、彰人はもう一つの指示を再度飛ばす。

 

「両艦に再打電、《「戦術案D」実施準備》!!」

 

 相手が戦艦である以上、まともなやり方では苦戦を免れない事は、北太平洋とミッドウェーで既に経験している。

 

 だからこそ彰人は、ミッドウェー以後、様々な状況を想定してシュミレーションを繰り返し、同時に訓練にも反映してきた。

 

 その内の1つを、この場で試すと決めていた。

 

「主砲、砲撃戦用意、目標、接近中の敵戦艦。距離200(2万メートル)、弾種、三式!!」

 

 彰人の命令に従い、「姫神」の4連装2基8門の主砲が旋回、接近しつつある敵戦艦に指向する。

 

 その砲門と揚弾筒には、昼間の対空戦闘で使いそびれた三式通常弾が装填されてる。まずは、それを撃ってしまわないと、対艦用の徹甲弾に切り替えられないのだが・・・・・・

 

「照準良しッ 砲撃準備完了!!」

 

 艦橋トップの射撃指揮所から、報告が齎される。

 

 その声を聞きながら、視線を合わせる彰人と姫神。

 

 頷き合う両者。

 

 次の瞬間、

 

「撃ち方始め!!」

 

 彰人の声が裂帛の如く響いた。

 

 

 

 

 

第30話「ワスプ撃沈」      終わり

 

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