蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第31話「ソロモンの曙光」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国艦隊の中で真っ先に砲門を開いたのは、旗艦「鈴谷」率いる第7戦隊だった。

 

 2艦合計で20門の20・3センチ砲を振り翳し、接近してくる敵巡洋艦に砲火を浴びせる。

 

 彼方で立ち上る水柱。

 

 対抗するように、合衆国軍の巡洋艦も反撃の砲火を向けてくる。

 

 双方、闇夜の中で火線を交差させ、衝撃は互いを打ちのめす。

 

 しかし、命中弾は無い。

 

 両者の砲弾は全て、空しく海面を叩くにとどまっていた。

 

「あー、もう!!」

 

 鈴谷は長いストレート髪を苛立たしげにかき上げて声を上げる。

 

「暗い上に、こう距離があったんじゃ、絶対当たらないってッ もっと距離詰めないと!!」

 

 そう言っている間にも「熊野」が砲撃を行う。

 

 しかし、結果はやはり同じ。砲弾は、敵艦から大分離れた場所に落下し、水柱を突き上げる。

 

「司令官!!」

「いや、これで良い」

 

 鈴谷に迫られた西村は、しかし泰然としたまま答えを返す。

 

「俺達の仕事は敵艦を撃沈する事では無く、『蒼龍』と『龍驤』を守り、彼女達が離脱するまでの時間を稼ぐ事だ。なら、無理に撃沈する事は無い。敵の動きを拘束するだけで十分だ」

 

 どれくらいの敵が来ているのか判らない以上、深追いは避けるべき、と言うのが西村の考えである。ましてか、相手に戦艦がいる以上、戦力は明らかに敵が上。ならば、無理はできなかった。

 

「意外。結構、消極的じゃん」

「本質を見誤るよりはマシさ」

 

 鈴谷の言葉に、肩を竦めて見せる西村。

 

 その間にも、合衆国艦隊の攻撃は続く。

 

 敵の巡洋艦は、どうやら3隻であるらしいことが、火力の解析から判る。

 

 対して、第7戦隊は2隻。数の上で振りを抱えているのは間違いないのだが・・・・・・

 

「ある程度の距離を保てば、敵の攻撃は当たらん。無理せず、今は守りに徹しろ。状況は、いずれ必ず変わるから、それまで耐えるんだ」

 

 西村はそう言って、戦隊の運動に注力する。

 

 戦いとは、ただ力攻めをすればいい訳ではない。

 

 攻めるべき時には攻め、退く時には退く。その状況を見極める資質が、指揮官には求められる。

 

 敵の数が多い以上、今は攻める時では無く、じっと耐えて状況の逆転を待つ。

 

 それが、西村の考えだった。

 

 

 

 

 

 軽巡洋艦「川内」を筆頭に、第3水雷戦隊の一同は、まっしぐらに突撃していく。

 

 飛んでくる砲弾が噴き上げる水柱、弾ける砲弾の破片が、容赦なく艦体を叩く。

 

 しかし、臆する者は1人もいない。

 

 水雷戦隊に必要な物は快足、そして度胸。

 

 ようはケンカのカチコミと一緒だ。

 

 相手の砲撃に晒される恐怖に耐え、魚雷の必中距離まで突撃できれば勝ちである。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 川内は自らの艦橋で、ペロリと舌を出し唇を湿らせる。

 

 先程から飛んでくる砲弾が、次々と周囲に落下して水柱を立てている。

 

 幸いと言うか、まだ弾着はそれほど性格は無い。今まで一番近かった弾着でも、ゆうに「川内」から100メートルは離れていた。

 

 しかし、敵もいつまでも低い命中率に甘んじてはいない。いずれは当てて来るだろう。

 

「できれば、もう少し近付きたいところではあるよね」

 

 いかに2万メートルの長射程を誇る93式酸素魚雷と言えど、距離が開きすぎていては命中は望めない。「遠距離まで届く」のと、「遠距離で命中させる」のは別物と言う事だ。1万メートルで命中させた「伊19(イク)」など、まぐれを通り越して奇跡に近い。

 

 できれば6000、可能なら4000メートルまで詰めたいところだ。

 

「敵さんも、そう簡単にはやらせてくれんだろうさ・・・・・・と、言ってる傍からだな」

 

 田中が言っている間に、「川内」を狙ったと思われる砲弾が、至近に落下する。

 

 先程より、心なしか弾着が近い。照準に正確さが増してきているのだ。

 

「撃たれっぱなしってのは癪だね、提督」

「同感だ」

 

 川内の言葉に、田中は迷う事無く頷きを返す。

 

「3水戦、撃ち方始めッ 射撃タイミングは各艦の艦長に任せる!!」

 

 いい加減な命令のようにも見えるが、どのみち夜戦で照準のつけがたい状況である。見える敵艦をそれぞれ狙った方が、まだしも効率的だった。

 

 「川内」の14センチ単装砲が火を噴き、それに呼応して後続の駆逐艦も12・7センチ連装砲を撃ち放つのが見えた。

 

 探照灯は使わない。

 

 あれは自艦の位置までさらけ出してしまう為、もろ刃の剣なのだ。

 

 合衆国艦隊は既に数度の斉射によって、自分達の大まかな位置を明かしてしまっている。今なら、光源無しでも必中できると、先代と田中は考えていた。

 

 とは言え、流石に初弾命中とはいかない物である。

 

 「川内」も駆逐艦たちも、何度か空振りを繰り返す。

 

 だが、

 

「敵艦炎上!! 『響』です!!」

 

 見張り員からの声に、歓喜に包まれる。

 

 第6駆逐隊の2番艦「響」が、敵艦に命中弾を与えたのだ。

 

 それを機に、次々と命中弾が増える。

 

 「川内」は敵1番艦に14センチ砲弾を命中させ脱落に追い込む。

 

 「叢雲」の砲撃を魚雷発射管に浴びた駆逐艦が、誘爆によって大爆発を起こすのが見えた。

 

 統制のとれた3水戦の攻撃を前に、隊列を乱す合衆国艦隊。

 

 夜戦に力を注いできた帝国海軍水雷戦隊の、真骨頂とでも言うべき戦いぶりを見せる。

 

 しかし、

 

 反撃もすぐに成される。

 

 距離が詰まると言う事は当然、敵の攻撃も命中しやすくなると言う事だ。

 

 唸りを上げて飛んでくる砲弾が、弾着と共に水柱を上げる。

 

 弾着位置は「川内」の後方、つまり、

 

「『吹雪』轟沈!!」

 

 悲痛な声が響く。

 

 「川内」に後続していた第11駆逐隊の司令駆逐艦「吹雪」が、集中砲火を浴びて、姿が見えなくなってしまったのだ。

 

 特型駆逐艦の1番艦である吹雪は、その健気で頑張り屋な性格から、駆逐艦たちのリーダー格の1人として、皆から一目置かれていた。

 

 その吹雪がやられた。

 

 誰もが愕然とする。

 

 次の瞬間、

 

「先の報告は誤りッ 『吹雪』健在!!」

 

 崩れ落ちた瀑布の中から、「吹雪」が姿を現し、誰もが胸をなでおろす。

 

「脅かすなよ」

「まったくだね。心臓に悪いよ」

 

 「吹雪」を睨みながら、田中と川内は、額に滲んだ冷や汗を拭う。

 

 しかし、「吹雪」の方でも全くの無傷とはいかなかったらしく、徐々に隊列から落伍し始める。

 

 駆逐艦と言う物は脆い存在である。ただの至近弾でも、喰らい続ければ沈没する可能性すらある。

 

 恐らく「吹雪」は、至近弾のせいで機関が故障したのだと思われた。

 

「吹雪に通達。《艦の保全に努めよ》!!」

 

 その間にも敵の攻撃は続く。

 

 つぎに狙われたのは、第11駆逐隊の2番艦を務めていた「白雪」だった。

 

 「白雪」もまた、たちまち水中に包まれ、「吹雪」と同様の運命をたどる事になる。

 

 これで2隻が脱落。

 

 だが、力尽きたのは合衆国軍の方が先だった。

 

 第3水雷戦隊が集中砲火を浴びせた結果、10隻いた駆逐艦の内、5隻が既に炎上し脱落、残りも退避行動に移りつつあった。

 

 先手を取られて苦戦はしたものの、これで3水戦の勝ちである。

 

「よし、引き続き7戦隊と11戦隊の援護に行くぞ!!」

「よっしゃ、次々行くよ!!」

 

 田中の言葉に気合を入れ直す川内。

 

 彼女の夜は、まだまだ続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦「サウスダコタ」は、現在のところ合衆国海軍が戦力化している戦艦の最新シリーズ、そのネームシップである。

 

 基準排水量3万5000トン、全長207メートル、全幅32メートル、主砲45口径40センチ砲3連装3基9門装備。

 

 基本的な部分は前クラスであるノースカロライナ級戦艦と似通っているが、「ノースカロライナ」よりも10メートル以上全長が短くなり、また煙突も「ノースカロライナ」の2本に対し、こちらは1本に減らされる等、いささか寸詰まりな印象が強い。

 

 とは言え、水上砲戦におけるの全長とは、そのまま的の大きさに比例する。当然、短ければ短い程、的は小さくなって被弾率も下がることになる。そう言う意味でサウスダコタ級戦艦は、こと水上砲戦に関する限りノースカロライナ級戦艦よりも優れていると言えるだろう。

 

 因みに帝国海軍でも、大和型戦艦などは同様の設計思想の下に造られている。

 

「ハッ 今更逃げたって遅いっての、クソジャップが。アタシの砲撃で海の藻屑になりやがれ」

 

 「サウスダコタ」艦橋で腕組みをした大柄な女が、侮蔑交じりの笑みを浮かべ、彼方で慌てふためく帝国艦隊を睨んでいる。

 

 長い髪を無造作に縛り、軍服の胸元を大胆にあけているせいで、はちきれんばかりに大きな胸が零れ落ちそうになっている。

 

 艦娘サウスダコタは、自慢の40センチ砲を放ちながら、全速力で帝国海軍に突撃を開始している。

 

「うちのお嬢共の仇だ。礼は、キッチリとしてやるよ」

 

 「サウスダコタ」は、第18任務部隊に所属し、昼間の戦闘では「サラトガ」「ワスプ」の護衛にあたっていた。

 

 しかし、「サラトガ」は航空攻撃で大破して後退、「ワスプ」は潜水艦の雷撃を受け、珊瑚海に沈んでしまった。

 

 その他にも僚艦の「ノースカロライナ」が中破、駆逐艦「オブライエン」も沈没している。

 

 護衛役としては耐え難いほどの屈辱だった。

 

 今回の夜襲を、司令官に積極的に進言したのも彼女である。

 

 何としても、昼間の雪辱を晴らしたかった。

 

 今回、夜襲に参加した合衆国艦隊は「サウスダコタ」の他は、巡洋艦3隻に、駆逐艦が10隻になる。

 

 このうち、駆逐艦は3水戦と交戦し、巡洋艦は7戦隊と砲火を交えている。

 

 そして、「サウスダコタ」の役割は、2隻の姫神型巡洋戦艦を撃破する事にあった。

 

 昼間の航空戦で既に、2航艦の編成を掴んでいた第18任務部隊司令部は、姫神型巡戦2隻なら、「サウスダコタ」1隻でも充分に勝機があると考えたのだ。

 

「敵艦、発砲!!」

「構うなッ どうせ敵の主砲じゃ、こっちの装甲は撃ち抜けん!!」

 

 見張り員の報告に対し、艦長は平然と言ってのける。

 

 対して、サウスダコタもまた笑みを浮かべる。

 

「奴等の戦艦はヒメカミタイプだって事が判ってるからね。あのタイプは足は速いけど、砲撃力は大したことが無い」

「そう言う事だ。ただ、あの速射能力は脅威だ。何とか、近付かれる前に仕留めるぞ」

 

 自信満々なサウスダコタに対し、艦長は同調しつつも警告を発する。

 

 姫神型巡戦の速力と、最大の武器である速射能力は既に、ミッドウェーで交戦したスプルーアンスから齎されている。

 

 接近されれば厄介かもしれないが、ようは中距離以上で戦えば問題は無かった。

 

「まあ、ここまで来たら、どうあってもこちらの勝ちは動かんだろ」

 

 司令はそう言って笑う。

 

「何しろ、こっちには奴等には無い電子の目があるからな。これさえあれば、こっちが一方的に連中を叩けるさ」

「まあな。レーダー様様だ。これで連中に目に物見せてやれるよ」

 

 この時期、合衆国軍は既に、射撃管制が可能なSG(シュガー・ジョージ)レーダーを開発し実戦投入に成功している。最新鋭のレーダーである為、まだほとんどの艦に行き渡っていないのが現状であるが、「サウスダコタ」は最新鋭戦艦と言う事で、優先的に配備されていた。

 

「さあ、ジャップ共をステーキにしてやろうぜ!! もっとも、イエローモンキーのステーキなんぞ、誰も食いたくないだろうけどな!!」

 

 サウスダコタが飛ばす品の無いジョークに、艦橋内にいた全員が含み笑いを浮かべる。

 

 彼女達の中では、既に勝敗は決したも同然と言った感じであった。

 

 と、

 

 次の瞬間、飛来した砲弾は、「サウスダコタ」の上空で炸裂し、強烈な火花を撒き散らした。

 

「敵弾、本艦上空で炸裂!!」

 

 その報告を聞いて、艦長とサウスダコタは訝るように首をかしげた。

 

「何だ? ジャップ共は信管の調整でもミスったのか?」

「あー、それあるかも。ジャップのやる事だし」

 

 そう言って笑う2人。

 

 だが、

 

 2斉射目、3斉射目と飛来する砲弾が、次々と「サウスダコタ」上空で炸裂して火花を散らす中、不気味とも言える感覚が自分達の中で膨らんでで行くのが判った。

 

「何だ? 連中、何がしたいんだ?」

 

 首をかしげるサウスダコタ。

 

 1発や2発程度なら信管の調整ミスと言う事で片づけられるが、3斉射全ての砲弾がそうだとは考えられない。

 

 一体何を狙っているのか?

 

 そう考えた次の瞬間、

 

「対水上レーダー、ブラックアウト!!」

「対空レーダー、ブラックアウト!!」

「通信アンテナ損傷!!」

 

 次々と齎される報告が、容易ならざる事態を告げる。

 

 レーダーのブラウン管は次々と暗転し、何も映さなくなる。

 

 合衆国軍が誇る射撃用のレーダーは、完全に使い物にならなくなっていた。

 

「シットッ!! 奴等、初めからこれを狙ってやがったのか!?」

 

 自分が置かれた状況を悟ったサウスダコタは舌打ちして、艦橋の壁に拳を叩き付ける。

 

 帝国艦隊は、信管の調整をミスしていたのではない。初めから「サウスダコタ」上空で炸裂するように調整し、その破片を浴びせる事で、レーダーや通信マストを損傷させたのだ。

 

「光学照準に切り替え急げ!!」

 

 艦長が焦ったように叫ぶ。

 

 レーダーが使えなくなった以上、従来通り、測距儀を用いた光学照準射撃に頼るしかない。

 

 だが、

 

 「サウスダコタ」が射撃を再開するよりも早く、「姫神」と「黒姫」の砲門が開かれた。

 

 

 

 

 

「敵電波輻射、弱まりました。作戦成功です!!」

「よし、ご苦労様」

 

 姫神からの報告に対し、彰人は彼女の頭を撫でてやりながら会心の笑みを浮かべた。

 

 先のミッドウェー海戦で、姫神型巡戦の主砲では、敵の新鋭戦艦とまともにやり合うのは困難である事は判っている。

 

 そこで彰人は三式弾を対艦攻撃用に転用、炸裂する破片を使ってレーダーや測距儀等を破壊し、目つぶしを喰らわせる作戦に出たのだ。

 

 どんな戦艦でも、照準器を破壊してしまえば無力である。どれだけ強力な砲であっても、当たらなければ水鉄砲以下だった

 

「よし、今の内だッ 弾種、徹甲に切り替え!! 畳み掛けろ!! 主砲だけじゃなく、副砲と高角砲も使って!!」

 

 彰人の号令一下、右舷側に向けられる全火力を撃ち放つ「姫神」と「黒姫」

 

 2隻合計で30センチ砲弾16発、15・5センチ砲弾12発、10センチ砲弾16発が、次々と「サウスダコタ」を襲っていく。

 

 既に三式弾による砲撃で、弾着観測は終えている。いきなり斉射に移行したとしても、何も問題は無かった。

 

 たちまち、最新鋭戦艦の艦上に、砲弾炸裂の爆炎が躍る。

 

 立て続けに放たれる砲弾が、「サウスダコタ」に命中していく。

 

 中距離から放った姫神型の30センチ砲弾では、「サウスダコタ」の装甲は貫けない。

 

 しかし、両用砲、機銃、照準装置、非装甲部分と言った比較的破壊しやすい部分は次々と破壊されていく。

 

 10秒おきに放たれる重量400キロの砲弾と言うのは、それだけで脅威である。

 

 艦上構造物の大半を爆砕され、さながらスクラップ運搬船のような様相になる合衆国最新鋭戦艦。

 

 その頃になって、ようやく「サウスダコタ」も、主砲射撃を再開する。

 

 9門の40センチ主砲が、唸りを上げて放たれる。

 

 だが、

 

「光学照準に切り替えたか。けど、もう遅いよ」

 

 闇の彼方で主砲を発射する「サウスダコタ」を眺めて呟きながら、彰人は姫神に目を向ける。

 

 既に次の一手は打ってある。

 

「島風の様子はどう?」

「順調のようです。間も無く、攻撃地点に到達できると」

 

 本作戦の要とも言うべき駆逐艦少女は、既に作戦指示に従って動き出している。

 

 後は、敵の目をできる限り、こちらに引き付けるだけだった。

 

「主砲、攻撃の手を緩めるなッ!!」

 

 彰人の声にこたえるように、「姫神」は8門の30センチ砲を撃ち放った。

 

 

 

 

 

 一方、「サウスダコタ」の方は、既に満身創痍の様相になりつつあった。

 

 「姫神」と「黒姫」。2隻合計16門の30センチ砲弾が、ほぼ10秒おきに飛来し、彼女を痛めつけていく。

 

「このッ クソジャップ共がァ!!」

 

 合衆国軍期待の最新鋭戦艦である自分が、2対1とは言え、格下の巡洋戦艦相手に一方的に押しまくられている。

 

 その状況が、合衆国海軍最新鋭戦艦の屈辱となり、怒りへと還元される。

 

 痛みを堪えながら、咆哮を上げる「サウスダコタ」。

 

 9門の主砲が一斉に撃ち放たれる。

 

 しかし、当たらない。

 

 9発の砲弾は、空しく海面を叩いて水柱を突き上げるばかり。光学照準に切り替えてから修正が追いつかない為、砲撃が未だに目標を捕えられないのだ。

 

 立ち上がりを制したのは合衆国海軍だったが、その後の逆転で、ペースは完全に帝国海軍の方にあった。

 

「おのれクソジャップ!! 新鋭戦艦を、このあたしをコケにしやがって!!」

 

 怒りと共に主砲を放つサウスダコタ。

 

 その主砲弾が、目標となった「姫神」の左右に挟み込むようにして落下する。

 

 狭叉である。

 

「ようしッ!!」

 

 喝采を上げる。

 

 これで反撃ができる。

 

 これで奴等を叩き潰し、丸ごとステーキにしてやれる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 だしぬけに、「サウスダコタ」の左舷中央付近に2本、巨大な水柱が立ち上った。

 

「ガァッ!?」

 

 突然の衝撃と激痛に、声を上げるサウスダコタ。

 

 何が起きたのかは明白である。魚雷が、艦腹を抉ったのだ。

 

 同時に、浸水によって艦体は左へ大きく傾いていく。

 

 迂闊、と言うほかない。

 

 巡洋戦艦にばかり気が言っており、駆逐艦の接近に全く気付かなかったのだ。

 

 

 

 

 

 その「サウスダコタ」の左舷側では、高速で駆け抜けていく小さな艦影があった。

 

「気付くのおっそーい!!」

 

 楽しげに笑いながら離脱に掛かる島風。

 

 その韋駄天の如き姿に、サウスダコタの方は追いつく事すらできなかった。

 

 魚雷が命中し、傾斜する「サウスダコタ」

 

 遅ればせながら、主砲を「島風」に向けて発射してくるが、放たれる砲弾は全て、見当違いの場所に落下して水柱を上げるにとどまる。

 

 傾斜のせいで縦傾斜(トリム)が狂い、正確な照準ができなくなってしまったのだ。

 

 ただの1発として、疾風の少女を捕えるには至らない。

 

 怒り狂ったように、砲弾を撃ち放つ「サウスダコタ」

 

 そんな彼女を尻目に、「島風」は悠々と離脱していった。

 

 

 

 

 

 

「作戦、成功です」

 

 状況の推移を見守っていた姫神が、そう報告してくる。

 

 対して、彰人も満足そうに頷きを返した。

 

 第11戦隊は巡洋戦艦2隻、駆逐艦1隻から成る混成戦隊である。

 

 これは、高速駆逐艦である「島風」を他の駆逐艦と組ませても、彼女の能力を削いでしまう可能性がある事。そして彼女の気分屋的な性格が、連携に向いていないこと等が考慮された結果、任務上、単独で動く事も多い第11戦隊に配備されたのである。

 

 その「島風」が、今回は主役を務めた。

 

 帝国海軍では、夜戦における役割は戦艦がディフェンダーであり、駆逐艦がアタッカーである。

 

 すなわち、重防御を誇る戦艦が敵の砲撃に耐えている隙に、快足の水雷戦隊が側面から密かに接近し雷撃を行うのだ。帝国海軍が雷撃力の強化を行っているのはこの戦術を行う為である。

 

 因みに、合衆国海軍では、この役割分担が逆になる。軽快な巡洋艦や水雷戦隊がディフェンダーとして敵の中小型艦の接近を阻んでいる隙に、大攻撃力を誇る戦艦がアタッカーとして敵艦を潰していくのだ。

 

 彰人が今回実行した戦術は、帝国海軍の夜戦システムを縮小先鋭化した物である。

 

 まず第1段階として、三式弾でレーダー等、敵艦の照準装置を潰す。更に敵艦の目が「姫神」「黒姫」に向いている隙に、最高速度40ノットの高速を誇る「島風」が闇に紛れて接近し、必殺の雷撃を敢行する。

 

 レーダーを潰され、「姫神」「黒姫」の砲撃によって光学照準も妨げられた状況下にあっては、密かに高速で接近する「島風」の存在に気付けた「サウスダコタ」乗組員は皆無だった。

 

 「島風」が一斉発射できる魚雷数は15本。いかに最強駆逐艦とは言え、総じて見れば決して多いとは言い難い。

 

 だが、1本でも命中すれば、それで充分である。

 

 水上艦の照準とは、厳正なバランスの上に成り立っている。ちょっとでも傾斜が生じれば、もう正確な照準は不可能なのだ。

 

 彰人がこの戦術プランで狙ったのは正にそれ。敵艦から正確な照準能力を徹底的に奪う事にあった。

 

 傾斜によって照準に狂いが生じた「サウスダコタ」が放つ砲弾は、もはやこちらを捉える事ができない。

 

 勿論、注排水によってバランスを取り戻したり、時間を掛ければ傾斜した分を計算に入れて修正は可能である。

 

 だが、そんな暇を与える心算は、彰人にも姫神にも無かった。

 

「砲撃続行。一気に仕留めるよ」

「了解です」

 

 彰人の静かな声に、姫神も頷きを返す。

 

 今やほとんどの抵抗力を失った「サウスダコタ」に対し、「姫神」「黒姫」から容赦ない砲撃が浴びせられる。

 

 対して、合衆国軍が誇る最新鋭戦艦には最早、2隻の巡戦の砲撃に対抗する手段は皆無だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく、浮かんでられるわね、あれ」

 

 頭に錨マーク入りの海軍帽をかぶった小さな少女は、彼方に浮かぶ船を見詰めて、少し呆れ気味に呟いた。

 

 駆逐艦「暁」は、第6駆逐隊の司令駆逐艦であり、そして今から始まる儀式の執行役でもある。

 

 払暁を迎えるころ、合衆国海軍戦艦「サウスダコタ」はまだ海上に姿を留めていた。

 

 もっとも、それは最早、ただ「浮いている」だけの屑鉄に過ぎなかった。

 

 甲板の上は、まるでスクラップの堆積場さながらの様相を呈している。

 

 合衆国新鋭戦艦の象徴とも言うべき塔状の艦橋は中途からもぎ取られ、左舷側の両用砲と機銃は全滅、煙突と後部艦橋も消失し、艦首部分も大きく抉られていた。

 

 主砲塔は全基無事なように見えるが、第2砲塔の中央砲と右舷側の砲身が半ばからへし折られている。

 

 惰性で動く事すらままならず、完全に幽霊船の如き有様に成り果てていた。

 

 ステーキにされたのは、ジャップでは無く彼女の方だったのだ。勿論、食えないが。

 

 できれば曳航して帰り、米新鋭戦艦の性能に関する調査をし、更に可能なら、修理を施した上で、帝国海軍への編入も考えたいところである。

 

 実際、小沢や西村の間で、そのような協議も持たれたらしい。

 

 しかし、「サウスダコタ」が既に、艦底部のキングストン弁を開き、自沈処置を終えていると言う情報を得た事で、この話は立ち消えとなった。

 

 「サウスダコタ」を脱出した乗組員は、他の駆逐艦が手分けして救助しているが、艦長に相当する人物は未だに発見されていない。

 

 砲撃に巻き込まれて戦死したか、あるいは生きているにしても艦と運命を共にする心算であるらしかった。

 

 そして、第6駆逐隊に、「サウスダコタ」の雷撃処分命令が下された。

 

 キングストン弁が開いているのだから放っておいても沈むだろうが、万が一の措置だった。

 

「安心して、あんたの最後は、暁たちがしっかりと面倒見てあげる。それがレディーとしてのたしなみよ」

 

 そう言うと暁は、自身の背後に目をやる。

 

 そこには、後続する僚艦「響」の姿がある。

 

 第6駆逐隊は、通称「特Ⅲ型」と呼ばれる、暁型駆逐艦4隻によって構成されている。

 

 ワシントン軍縮条約によって主力戦艦の保有に制限が課せられた帝国海軍は、欧米列強海軍との差を、巡洋艦以下の補助艦艇で埋めようとした。

 

 その時に建造されたのが、駆逐艦「吹雪」を筆頭とする特型駆逐艦である。

 

 高速力、重武装を両立させた画期的な駆逐艦は、竣工当時、世界中の海軍関係者を驚愕させたものである。

 

 暁型は、特型駆逐艦の第3シリーズに相当する。

 

 「響」の甲板に佇む銀髪の少女が、暁と視線を合わせて頷いて来るのが見える。

 

 響は、暁のすぐ下の妹に相当する。4姉妹の中では、特に冷静沈着で頼りになる存在だった。

 

 その「暁」と「響」の2隻で、瀕死の重傷を負った「サウスダコタ」への介錯を任されていた。

 

 

 

 

 

 一方、響もまた、沈む運命にある敵戦艦に、哀愁の籠った目を向けていた。

 

「すまない・・・・・・・・・・・・」

 

 物静かな少女は、誰にも聞こえないような声で呟きを漏らす。

 

 互いに敵同士。戦えばどちらかが勝ち、どちらかが倒れるのは自明の理である。

 

 しかし、こうなっては最早、敵も味方も無い。

 

 ただ死んでいった敵味方の将兵、そしてこれから沈む運命にある艦娘の為に冥福を祈るのみだった。

 

「あなたの事は忘れない。私が、きっと忘れないから」

 

 響がそう呟いた時、

 

 暁から「雷撃開始」の指示が飛ぶ。

 

 同時に、2隻の駆逐艦から、次々と魚雷が発射された。

 

 海中を、真っ直ぐに進みゆく酸素魚雷。

 

 やがて、立ち上る巨大な水柱が、「サウスダコタ」の艦体を、完全に覆い隠した。

 

 

 

 

 

 のちに「第2次ソロモン海戦」の名で呼ばれる戦いは、帝国海軍の勝利に終わった。

 

 合衆国海軍は、空母1隻、戦艦1隻、巡洋艦2隻、駆逐艦6隻沈没、空母3隻、戦艦1隻、駆逐艦2隻損傷と言う損害を負い、後退を余儀なくされた。

 

 対して帝国海軍は、駆逐艦「白雪」「吹雪」大破、重巡洋艦「鈴谷」、駆逐艦「初雪」中破、巡洋戦艦「姫神」、駆逐艦「雷」小破のみとなっている。

 

 連合航空艦隊の初陣としては、充分な結果であったと言える。

 

 しかし、急造の艦隊は連携に欠き、2日目以降の追撃戦は失敗。後退する合衆国艦隊を取り逃がす結果となった。

 

 更に、本来ならあってはならないはずの、水上艦による空母襲撃など、不測の事態も多数起こっている。

 

 勝利した帝国海軍にとっても、今後に課題の多く残る結果となった。

 

 

 

 

 

第31話「ソロモンの曙光」

 

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