蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第32話「トラックの夏」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 9月とは言え、トラック環礁は暑い日々が続いていた。

 

 照り付ける日差しは、それだけで体力を奪われるような感覚に陥る。

 

 だが、

 

 ぶっちゃけ、そんな事はどうだって良いだろう。

 

 この光景を見れば。

 

 透き通る程の青い海

 

 輝くような白い砂浜

 

 照り付ける太陽も、ここではただの背景に過ぎない。

 

 なぜなら、

 

「よっしゃー!!」

「泳ぐぞー!!」

 

 笑顔を浮かべ駆け出す少女達。

 

 しかも、皆が着ているのは、巫女服やらセーラー服やら着物やらと言った、普段通りの艦娘衣装ではない。

 

 みんなそれぞれ、色とりどりの水着を着込んでいる。

 

 普段は見られない、少女達の可憐な姿に、誰もが目を奪われていた。

 

 第2次ソロモン海戦から数日。

 

 海戦に勝利し、ガダルカナル島をはじめとするソロモン諸島防衛に成功した帝国海軍は、ひと時の休息期間を得ていた。

 

 「明石」以下、後方支援艦隊が損傷艦修理や補給作業に奮闘する中、戦いに勝って凱旋した将兵・艦娘達には、それぞれ報酬と休暇が与えられたのだ。

 

 第2次ソロモン海戦以降、米軍の作戦行動も下火になってきている。時折、少数の機体がガ島周辺に出没しているらしいが、全て偵察目的であり実害は無いらしい。

 

 そもそも、先の攻勢が失敗した時点で、合衆国軍は積極的な攻勢を諦めた節がある。少なくとも当面は、ガダルカナル島周辺が敵の攻撃に脅かされる事は無いだろう。

 

 その状況を利用し、帝国海軍は現在、先の戦いで失われた兵力の補充や、損害を受けたガ島基地の再建、更に連航艦の戦力確立を急ぎ、次の決戦に備えている状態である。

 

 そんな訳で、手持無沙汰になった艦隊要員、及び艦娘達は命の洗濯、とばかりに海へと繰り出し、南国の夏を満喫しているのだった。

 

 その中には第11戦隊の3人、姫神、黒姫、島風の姿もあった。

 

「ヒメちゃん、遅ーい!! 早く行こうよ!!」

「しかし私は眠いのですが・・・・・・」

「却下ッ そんな事させたら、お姉ちゃん本当に1日中、自分の艦でゴロゴロしているだけでしょうが」

 

 島風と黒姫に手を引かれる形で、姫神が砂浜を歩いて来る。

 

 その顔はいかにも起き抜け、と言った感じに億劫そうにしており、照り付ける太陽によって目は眩しそうに細められていた。

 

 姫神はピンク色のビキニスタイル。ボトムの腰回りにミニスカート状のフリルがついており、更にトップスの周囲にも同様の装飾がh度超され、可愛らしさを強調したデザインである。本人の幼い外見と相まって、良く似合っていた。

 

 黒姫は黒のビキニ。透き通るような白い肌と相まって、姉よりもやや大人っぽいイメージがあった。スタイル的には姫神と大差ない彼女だが、その事が却ってギャップ的な魅力を出している。

 

 そして島風は、意外な事にワンピースタイプの水着を選んでいる。もっとも、股間部分は大胆なハイレグカットになっており、競泳水着のような感じである。たぶん、イメージ的な速さを優先したのだろう。普段着よりの露出が少ない、と言うのも色々とどうかと思うが。

 

 因みに、普段は判り辛いが、こうして3人とも水着になった所でスタイルを見比べてみると・・・・・・・・・・・・

 

 何気に島風の発育が一番いいのが判る。

 

 僅かに膨らんだ胸と、速さを象徴するようなほっそりとしたお腹、そして丸みを帯びたお尻。世界最速の駆逐艦らしい、細身ながら均整の取れたスタイルである。

 

 それに比べると、巡戦2人は、細い体付きとお尻の肉付きでは負けていないものの、主に最も女性的な面を象徴する部位において、一歩劣っていると言わざるを得なかった。

 

「「この裏切者」」

「イヤイヤイヤ、それ別にあたしのせいじゃないし」

 

 ジト目で睨んでくる巡戦姉妹に、流石の島風も呆れ気味にツッコミを返した。

 

 それにしても、スタイルで駆逐艦に負ける戦艦(巡洋戦艦)と言うのも、なかなか哀しい物があった。

 

 と、

 

「3人ともー 遅いですわよー!!」

 

 向こうの砂浜で、茶髪をポニーテールにした少女が手を振っているのが見える。

 

 熊野だ。

 

 その傍らには鈴谷が座っているのが見える。

 

 当然、2人とも水着姿である。熊野は清楚な感じの白、鈴谷は髪の色と合わせた緑色のビキニに身を包んでいる。

 

 2人とも、スタイルの良さが強調され、なかなか好ましい光景を見せている。

 

 最上型の2人だけではない。

 

 2人の傍らに、小さな少女達が4人、手を振って待っている。

 

 第6駆逐隊の艦娘達である。

 

 揃いの紺のワンピース水着に身を包み、胸の白いプレートにはそれぞれ「あかつき」「ひびき」「いかずち」「いなずま」と書かれていた。

 

「こんにちわなのです、ヒメちゃん、クロちゃん、島風ちゃん!!」

 

 真っ先に元気な挨拶をしてきたのは、髪を後頭部で結った少女、電である。

 

 暁型の4番艦、と言う事はつまり特型シリーズの末っ子に当たる少女は、姫神達の姿を見付けると駆け寄ってくるのが見えた。

 

 だが、

 

 慌てて走ってきたせいか、砂浜に足を取られる。

 

「はわわ~ッ!?」

 

 つんのめる電。

 

 そのまま、顔面から砂浜ダイブを決める。

 

「だ、大丈夫、電!?」

「もう、慌てるからからそんな事になるのよ!!」

「電、しっかり」

 

 他の少女達が駆け寄ってくる。

 

 電とよく似た茶色の髪を、ボブカットに切り揃えた少女は、彼女の一つ上の姉に当たる雷である。

 

 この雷と電は、よく組んで行動する事が多い。特に有名なエピソードは、開戦劈頭のスラバヤ沖海戦において、撃沈したイギリス巡洋艦の乗組員を、2隻がかりで救助し、中立国まで送り届けた事であろう。

 

 戦時中、敵国の兵士を、戦場で艦を止めてまで救助したと言う話は、ある種の伝説となり、後の時代まで語り継がれる美談として有名だった。

 

 そして、「サウスダコタ」にトドメを刺した暁、響の姉2人も駆け寄ってくる。

 

「はわ~ お鼻が痛いのです」

 

 ぶつけた鼻をさすって、涙目の電が顔を上げる。

 

 と、

 

「大丈夫ですか?」

 

 そんな電の前に、手が差し出される。

 

 見上げると、倒れた電の前に立った姫神が、彼女の前に手を差し伸べていた。

 

 それを見上げ、電も笑顔を返す。

 

「ありがとうなのです、ヒメちゃん」

 

 そう言うと、電は姫神の手を取って立ち上がる。

 

 一同が安堵するように見守る中、

 

「あの・・・・・・・・・・・・」

 

 少し躊躇いがちに声を掛ける少女がいた。

 

 切り揃えた前髪に、後頭部で束ねた長いポニーテール。

 

 「清楚」と言う言葉以外は似合いそうにない少女は、俯けた頬を朱に染めて、その場に立ってた。

 

「こ、この恰好、変じゃないでしょうか? 何だか、ものすごく恥ずかしいんですけど・・・・・・」

 

 連合艦隊旗艦、大和型戦艦1番艦は、そう言って視線を泳がせる。

 

 彼女の着ている水着は、赤地に黒いラインの入ったビキニタイプであり、通常タイプのビキニとは違い、お腹の部分を黒い布地が覆っている。僅かに見えているオヘソが、異様にセクシーだった。本人のスタイルの良さが際立つ格好である。

 

「全然大丈夫ッ すごくよく似合ってますよ大和さん」

「そうですよ。羨ましい限りですわ」

 

 黒姫と熊野が、そう言って大和の水着姿を絶賛する。

 

 たまの休日と言う事だったが、特にする事の無い大和は暇を持て余していた。

 

 そこで、ミッドウェーで共闘し縁のあった第11戦隊や第7戦隊の艦娘達からお誘いを受け、一緒に海へとやって来たのである。

 

「大和さん、格好いいのです」

「羨ましいわね」

 

 電と雷も、大和を取り囲むようにして、彼女の水着姿を褒め称えている。

 

 そう言われると、悪い気はしないらしい。

 

「そ、そうでしょうか。なら、良かったです」

 

 顔を赤くしつつも、大和はそう言って笑顔を浮かべた。

 

「さてッ」

 

 一同、揃ったところで、鈴谷が言った。

 

「せっかくの休暇なんだし、今日はみんなで思いっきり楽しもうね!!」

『おー!!』

 

 意気上げるように、拳を振り上げる一同。

 

 と、

 

「ところで・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな一同に水を差すように、姫神が言う。

 

「ここで皆さんに、重大な報告があります」

 

 何だ何だ? と一同が視線を集中させる中、

 

 姫神が言ったのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、泳げません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦娘にあるまじき、爆弾発言だった。

 

 その場にいた全員が、思わず凍り付いたのは、言うまでも無い事だった。

 

 

 

 

 

 などと、少女達が常夏の太陽の下で、急かを満喫している頃、

 

 第11戦隊司令官 水上彰人海軍中佐は、

 

 戦艦「大和」の艦内において、仏頂面の参謀長と、面を突き合わせていた。

 

「不満か?」

「いえ、別に」

 

 問いかける宇垣に、彰人はそっぽを向きながら答える。

 

 本当なら自分も姫神達と一緒に海に行きたかったのだが、参謀長命令で作成していたレポートの提出日が今日だった為、断念せざるを得なかったのである。

 

 その点に関して、彰人は宇垣に恨み言の1つも言いたい心境である。

 

 もっとも、当の宇垣はと言えば、彰人の恨みがましい視線などどこ吹く風、と言ったところなのだが。

 

 せめて大和がいてくれたら多少の癒やしになったのだが、と思ったのだが、どうやら彼女も遊びに行っているらしかった。

 

「それで、お前の意見を聞かせてくれ」

 

 くだらん愚痴に付き合う気はない、とばかりに宇垣は先を促す。

 

 彰人は嘆息する。これは完全に、用事を済ませない事には解放してくれそうになかった。

 

「・・・・・・まさか、自分が大和に置いて行かれたから拗ねている訳じゃ」

「何か言ったか?」

「いえ、別に」

 

 気を取り直して、彰人は自分が書いたレポートに目を落とした。

 

「思った通りですが、敵は珊瑚海周辺に強固な航空要塞を構築しています。エスピリトゥサントにニューカレドニア、この2カ所に展開した航空部隊はかなり強力で、簡単な突破はできそうにありません」

「敵が積極的に攻めて来ないのは、単に護衛戦闘機の航続力が足りないから、と見るべきだろうな」

 

 宇垣はレポートを見ながら言った。

 

 恐らく無理をすれば、P38ライトニングあたりなら、エスピリトゥサントから発進してガダルカナル島に空襲を掛け、そして帰投する事も不可能ではないかもしれない。

 

 しかし、それでは空戦が可能な時間はせいぜい数分程度となってしまう。その為、合衆国軍はあえて、積極攻勢を控えていると思われた。

 

「ガダルカナル島とラバウルからの航空攻撃も、実際のところどれだけ効果を上げているのか、疑問が残ります。一応、報告書とかは読ませてもらいましたけど、どう考えても攻撃によって与える損害よりも、敵の回復力の方が早いと見るべきです」

 

 実際、どれだけ大規模な攻撃を仕掛けたとしても、次の攻撃の時には敵の戦力が回復している、などと言う事はざらにある。

 

 その為、航空攻撃が思うように成果を上げていないのが現状だった。

 

 無理な力攻めを避けて守りに徹している敵に対し、味方は無駄な攻撃を繰り返している。これでは、いつか攻守が逆転してしまうだろう。

 

 合衆国軍は正に、帝国軍の「息切れ」を待っているのだ。

 

「敵はエスピリトゥサント後方にフィジー、サモアの2大後方拠点があります。ニューカレドニアの方は、オーストラリア大陸そのものが後方支援基地の役割を担っていますからね。たとえ消耗しても、戦力はそちらからいくらでも引っ張って来れます。対してこちらは、現状の戦力では、それらの後方拠点に手が出せません」

 

 戦場となる想定海面が広すぎるのだ。

 

 現状、最前線を迂回して後方拠点を叩いて回るのは現実的とは言い難いし、敵がそれを座視するとも思えない。

 

 何より、そんな博打のような作戦が上手く行くとは、彰人には思えなかった。

 

 仮に、彰人達が開戦初期に行ったような通商破壊戦を繰り出そうにも、敵は今回、複数の拠点と、網の目のように無数とも言える航路を持っており、それを「アミダくじ」のように使い分けて使用する事ができる。

 

 特信班に命じて、敵が使用する航路のパターン割り出しを急がせているが、多少の打撃程度では敵に通用を与える事は難しい。

 

 水上艦による通商破壊戦では事実上、限界があった。

 

 彰人が戦前、水上艦による通商破壊戦を提唱したのは、あくまでも味方が守りに徹し、敵が攻勢をかけてきている状況を想定しての事である。このような攻勢を維持したまま、広い海面で行える作戦ではない。

 

 開戦初期の北太平洋作戦が上手く行ったのは、敵が体勢を整えていなかった事が大きい。しかし現状、敵が体勢を整えつつある中で、水上艦による通商破壊戦は無理がある。

 

 やるとしたら、機動部隊を繰り出した上で、航空戦力も投入した大規模な通商破壊を行うべきところである。そこまでの事をしない事には、敵の補給線を断ち切る事は不可能だろう。

 

 しかし彰人としてはそもそも、そこまでやる必要性について懐疑的だった。

 

 これ以上の攻勢作戦に意味は無い。余力があるうちに兵を退くべきだった。

 

 と、そこでドアをノックする音が聞こえてきた。

 

 宇垣が「開いてるぞ」と声を掛けると、扉が開き、眼つきの鋭い女性が入ってくるのが見えた。

 

「あれ、長門?」

 

 大和の前に連合艦隊旗艦を務めていた女性が、背筋を伸ばして入って来た。

 

「久しいな、水上大佐。MI作戦の会議の時以来か」

「はい、そうですね」

 

 あれからほんの3か月ほどしか経っていないと言うのに、もうだいぶ前のような気がしていた。

 

 それ程までに、ミッドウェー敗北の衝撃は大きかったのだろう。

 

 ところで、

 

「長門、僕の階級は中佐ですよ」

 

 階級を間違って呼ばれた彰人は、そう言って訂正する。

 

 階級と言うのは下に間違われると怒りも湧いて来る者だが、逆に上に間違われると恐縮してしまう物がある。

 

 と、そこで長門は、宇垣に目を向ける。

 

「まだ言って無かったのか?」

「ああ。最後に言おうと思っていたからな。予定が狂った」

 

 言ってから宇垣は、彰人へ向き直る。

 

「水上彰人中佐、貴官は本日付で大佐へと昇進する。既に海軍省にも了解を得ている」

 

 そう言うと、宇垣は長門が持って来た書類を受け取る。

 

「まったく、こういう事は旗艦の仕事だぞ」

「大和は今日、非番で遊びに行っている。だからお前に頼んだ」

「まったく・・・・・・・・・・・・」

 

 愚痴を言いつつも頼まれた仕事はきちっとこなすあたり、長門の生真面目さを物語っている。

 

 何となくこの二人、似た者同士な気がする。

 

 彰人はそんな事を考えた。

 

 宇垣は長門から受け取った書類に素早く目を通し不備が無い事を確認してサインをすると、机の引き出しから小さな箱を取り出し書類に添えて彰人へ差し出した。

 

 書類は彰人の大佐昇進の辞令、箱の中身は大佐の階級章だった。

 

「同時に第11戦隊は戦力を増強し、以後は『第7艦隊』と呼称する事とする」

「第7・・・・・・艦隊・・・・・・」

 

 彰人は反芻するように、名前を呟く。

 

 これまでの海軍の編成には無い、全く新しい艦隊名である。

 

「やる事はこれまでと変わらんが、戦力を増強した事で、より幅広い戦術が可能になると思う。よろしく頼むぞ。水上大佐」

 

 そう告げる宇垣に対し、彰人は踵を揃えて敬礼をする。

 

 しかし、

 

 このタイミングで彰人を昇進させ、なおかつ第11戦隊も増強してきた。

 

 これはつまり、次の作戦が近い事をも意味している。

 

「新たな攻勢が、近いんですね」

「そうだ。その為に、連航艦、基地航空隊双方の増強を急いでいる」

 

 連合艦隊司令部は、今度こそエスピリトゥサントの敵基地を叩くべく準備をしていた。

 

 機動部隊と基地航空隊の双方を併せれば、敵戦力を圧倒できると考えているのである。

 

 だが、

 

「そう、上手く行きますかね?」

「何だ、不満か?」

「ええ」

 

 冒頭と同じ質問だったが、今度は彰人は肯定の頷きを返す。

 

 彰人はそもそも、攻勢自体に反対の立場を取っている。不満かと問われれば、不満しかないのが現状だ。

 

 だが、いくら不満を並べたところで、現状は変わらない。

 

 故に、僅かでも勝率を上げる為の手を打つ必要があった。

 

「現状で、通商破壊戦は難しいでしょう。けど、決戦兵力である航空隊の消耗は、なるべく防ぐ必要があります」

「何か、策があるのか?」

 

 問いかける宇垣に対し、彰人は頷くと、自身の考えを披露して見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・屈辱です」

「ほら、ヒメっち、口じゃなくて足動かすッ もっと大きく。じゃないと前に進まないって」

 

 姫神は今、鈴谷に手を引いて貰って水の上を進んでいる。

 

 先程の姫神の爆弾発言の後、海水浴が急遽、水泳訓練に変わっていた。

 

 ともかく、軍艦の化身である艦娘の癖に泳げないとは言語道断である。ここは徹底的に改善且つ矯正を施す必要がある。とは全員(姫神以外)の一致した見解である。

 

 その点に関して姫神が異議を唱えたが、満場一致で却下された。

 

 と言う訳で、現在に至る。

 

 姫神は、鈴谷に手を引かれ、水泳の特訓を(強制的に)受けていた。

 

 そんな姫神に対し、砂浜から声援が上がる。

 

「ヒメー 頑張ってー!!」

「ヒメちゃんはやればできる子なのです!!」

「泳げるようになって、一緒に遊ぼう」

「レディなら根性見せなさい!!」

 

 第6駆逐隊の4人が、一生懸命応援してくる。

 

 因みに、彼女達はちゃんと泳げるらしい。

 

 暁は長女の矜持ゆえか、どんな苦手な事でも努力は欠かさない。響は何でもそつなくこなすタイプで飲み込みも早い。雷は4人の中で最も面倒見が良い性格で、それだけに色々な事を率先してやる。電は少々要領が悪い所はあるが、それだけに人一倍努力家な面がある。

 

 姉妹4人、それぞれがそれぞれの特色が分かれていて面白かった。

 

「ほら、小さい子達が応援しているんだから、ヒメっちも頑張る。せめて、今日中に一人で泳げるくらいにはなろう」

「鈴谷・・・・・・意外とドSですか?」

「・・・・・・手ェ離されたいの、あんた?」

 

 

 

 

 

「何て言うか、微笑ましいね~」

 

 そんなやり取りを見ながら、少女は苦笑を浮かべていた。

 

 1人、水着姿では無く、セーラー服に短パンを穿いた恰好の少女は、短いポニーテールを潮騒になびかせ、水泳訓練の様子を眺めていた。

 

 重巡洋艦「青葉」の艦娘である。

 

 第8艦隊に所属する彼女は、先の第1次ソロモン海戦で受けた損傷を修復すべく、一時的にこのトラックへと後退してきていたのだ。

 

 「帝国海軍のスクープ記者」を自認する彼女は、常にネタを探してあちこち歩き回っている事でも有名である。

 

 そんな彼女が、巡戦が水泳訓練を受けると言う面白い光景に行き合ったのだ。食いつかないはずが無かった。

 

「いや~ 明日の朝刊のネタは、これで決まりだね」

 

 ほくそ笑む青葉。

 

 それに対し、傍らに体育座りした黒姫が、大和からもらったら胸を片手に見上げて言う。

 

「一応、妹の立場から言わせてもらえると、自粛してもらえると助かるかな。何て言うか、お姉ちゃんの名誉的な何かの為に」

「本音は?」

「ジャンジャンやって」

 

 青葉と黒姫は、ガシッと固い握手を交わす。

 

 妹とパパラッチ娘が不埒な同盟を結んでいるとはつゆ知らず、姉は水の上で悪戦苦闘しているのが見える。

 

 そんな中で島風が、ラムネをゴックンと飲み干しながら、不思議そうに首をかしげる。

 

「て言うか、前にクロちゃんとあたしで、ヒメちゃんを海に投げ込んだ事あったよね。何であの時は平気だったんだろ?」

 

 珊瑚海海戦前のラバウルでの出来事である。

 

 昼寝をしていた姫神を、黒姫と島風が、いたずら目的で海に放り込んだ事があった。

 

 もっともその後、キッチリ報復として、2人も海に投げ入れられたのだが。

 

「底が浅くて、足が着いたからじゃないかな?」

「あ、なるほど」

 

 意外と単純な理由に、島風が頷く。

 

 見れば、今度は鈴谷と交代して、熊野が姫神の手を引いて水泳訓練をやって(やらせて)いるのが見える。

 

「あはは、姫神さんも、災難ですね。せっかくのお休みなのに」

 

 流石に可哀そうになったのか、大和が苦笑しつつ同情を寄せる。もっとも彼女自身、姫神の水泳訓練に賛成した身である為、大きな事は言えないのだが。

 

 対して、黒姫はカラカラと笑って手を振る。

 

「良いんですよ、どうせお姉ちゃん、こっちが何とかしてやらないと、絶対行動起こさないんですから。こういう事は、強制的にやらせないと」

「クロちゃん、スパルタだねー」

 

 2本目のラムネを飲みながら、島風がそんな感想を述べた。

 

 と、そんな中、青葉が大和に向き直った。

 

「ところで大和さん。これを機会に大和さんに聞いておきたい事があるんですけど、良いでしょうか?」

「はい、何でしょう?」

 

 キョトンとして青葉を見つめ返す大和。

 

 一体何を聞きたいのだろうか? 

 

 まあ、こんな状況だ。

 

 ソロモン諸島での戦いは、一応は帝国軍が有利に進めているとは言え、それが必ずしも最終的な勝利へつながるとは言い難い。

 

連合艦隊旗艦を務める大和には 戦況や今後の作戦方針について聞きたい事はいろいろあるのだろう。

 

 大和的には、GF司令部の機密にかかわる事以外だったら、何を聞かれても構わないのだが。

 

 と、思っていると、青葉が更に身を乗り出してくる。

 

「それでは、ズバリ聞かせてもらいます」

「ど、どうぞ?」

 

 やや身を引きながら答える大和。

 

「実は・・・・・・・・・・・・」

 

 緊張する一同。

 

「これは、かねてから噂されている事なのですが・・・・・・」

 

 ゴクリ、と喉が鳴る音が聞こえた。

 

 次の瞬間、

 

「大和さんの胸が、偽装だと言う疑惑があるのですが、そこのところどうなんでしょうか!?」

「ブフゥー!?」

 

 次の瞬間、大和は飲みかけのラムネをはしたなく吹き出した。

 

 黒姫の顔面目がけて。

 

「な・・・な・・・な・・・・・・・・・・・・」

 

 突然の事で、思わず絶句する大和。

 

 島風が黒姫の顔を拭いてやっている中、青葉に食って掛かる。

 

「な、何でそんな話が出て来るんですか!?」

「こちらが、密かに調査したアンケート結果になります」

 

 そう言って青葉が取りだした書類には、

 

「戦艦大和胸部装甲偽装疑惑についてのアンケート

 

肯定:43パーセント

 

否定:36パーセント

 

保留:17パーセント

 

羨ましい:4パーセント」

 

 とあった。

 

 何やら一部、微妙にずれた回答もあったりするが、肯定派の方が多数を占めている事は間違いなかった。

 

「何で肯定の方が多いんですか!?」

「何か、偽装している所を見たって言う目撃情報が寄せられまして。あ、コメントもいくつか貰っていますよ」

 

 

 

 

 

肯定派証言1:第1戦隊所属 戦艦Mさん

「お風呂入る時見ちゃったのよね。あれは絶対、偽装だったわ」

 

肯定派証言2:第2航空戦隊所属 航空母艦RJさん

「な、何や? 別に羨ましくなんかないで? ほ、ほんまやて・・・・・・え? 偽装? そうなん? ・・・・・・あかん、急に大和に親近感湧いてきた。今度たこ焼きでも奢ったろ」

 

 

 

 

 

否定派証言1:第2艦隊旗艦 重巡洋艦Aさん

「えー、本物なんじゃないかしら~? だって、偽装にしては小さいし~」

 

否定派証言2:第6駆逐隊司令駆逐艦Aちゃん

「偽装なんて、そんな事レディーがするわけないでしょ。そ、そんな事より、何で暁だけちゃん付けなのよ!?」

 

 

 

 

 

保留派証言1:第3水雷戦隊旗艦 軽巡洋艦Sさん

「そんな事より夜戦しようよ、夜戦!!」

 

保留派証言2:GF司令部所属 U少将

「そもそも胸の大小に拘る方がおかしい。全体的な美しさと言う物は、その女性に合っているかどうかが重要だと思うぞ」

 

 

 

 

 

「何て言うか、ツッコミどころ満載な証言だねー」

「て言うかこれ、匿名の意味無いよね。暁ちゃんなんか、思いっきり自分で名前暴露してるし」

 

 インタビュー書類を見ながら、島風と黒姫は嘆息交じりに言う。

 

 もっとも、当の大和はと言えば、そんな事に構っている余裕も無いのだが。

 

「なに密かにこんな事やってるんですか!? て言うか・・・・・・」

 

 一つ、どうしても座視できない箇所を見付けた大和は、黒姫の手から書類を引っ手繰ると青葉に突き付けた。

 

「この『GF司令部所属 U少将』って、どう考えても宇垣参謀長ですよね!? 私、明日から参謀長にどんな顔して会えば良いんですか!?」

「いや~ 話してみたら、結構ノリが良い人でしたよ。参謀長って、意外とムッツリスケベですよね」

 

 そう言った「アハハ―」と笑う青葉。

 

 

 

 

 

~一方その頃~

 

「・・・・・・・・・・・・ふむ」

「ん、どうかしましたか参謀長?」

「いや、よく判らんが、無性に青葉の給料を減らしたくなった」

「そうですか。まあ、職権乱用はほどほどにしてくださいよ」

 

 

 

 

 

「この疑惑を晴らすためにも、ぜひ、この場で中身の御開帳を!!」

「い、嫌です!!」

 

 無茶な事を言い募る青葉に対し、胸を隠して思わず後ずさる大和。

 

 そんな2人を見て、苦笑する黒姫と島風。

 

「でも、実際のところ、どうなんだろ、大和さんの胸」

「ま、どっちでも良いんじゃない?」

 

 首をかしげる島風に答えながら、黒姫はアンケート用紙のコメント欄を見る。

 

「大きくても小さくても良いって言ってくれている訳だし」

 

 青葉から逃げる大和を見て、そんな事を呟く。

 

 海の方に目を転じれば、熊野に手を引かれて悪戦苦闘する姫神の姿がある。

 

 何と言うか、とことんまで平和な光景だった。

 

 

 

 

 

第32話「トラックの夏」     終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦「大和」の参謀長執務室では、宇垣と長門が、驚愕の表情で彰人に目を向けていた。

 

「水上大佐、貴官は本当に、その作戦を提唱する心算か?」

「はい」

 

 長門の問いかけに、彰人は迷う事無く頷きを返す。

 

 判っている。

 

 この作戦が、自分本来の防戦思考とは真逆を差している事は、誰よりも彰人自身がよく理解している。

 

 しかし、上層部があくまで攻勢を目指している以上、彰人1人が声高に後退を叫んだとしても受け入れられるわけがない。

 

 それに、いざ後退したとして、その時までに戦線を支えるベテランの兵士達が払底していたら、それこそ敵の攻勢を支える事はできないだろう。

 

 彰人の考えとは、そうした事態に備えての事である。

 

「高速戦艦と巡洋戦艦を用い、エスピリトゥサント島の敵航空基地に対する艦砲射撃実施を提案いたします」

 

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