1
波の無い海面を、複数の艦艇が進んで行くのが見える。
小型の駆逐艦に、スマートな艦体の巡洋艦。
そして、巨大な戦艦。
彼女達は音も無く航行しながら、視界の先にある陸地を睨み据える。
これまで、帝国海軍の艦艇で、これほど南にまで進出した艦は皆無である。
ここまで来た、と言うだけでも、ある意味快挙と取れなくもないだろう。
「さ~て」
戦艦の艦橋に立つ女性は、口元に不敵な笑みを浮かべる。
ストレートに下ろした髪を背中で纏め、巫女服によく似た衣装を着た少女である。
「そろそろ、コンバットオープンと行きたいところですネー」
金剛はそう言うと、司令官の方に目を向ける。
高速戦艦「金剛」の艦娘である彼女は、帝国海軍の保有する戦艦の中で、最古参となるベテランである。
彼女を長とする金剛型戦艦4隻は、その快足を買われ、これまで多くの戦いに参戦してきた。
そして、今また、彼女達に活躍の場が与えられようとしていた。
「時間だ」
第3戦隊司令官栗田武夫少将は、そう言って金剛に頷きを返す。
ミッドウェー海戦時に第7戦隊を率いていた栗田は、海戦後、戦艦部隊である第3戦隊司令官に転任していた。
その彼が今回、前代未聞とも言うべき作戦の指揮に当たっていた。
その時、視界の先にある陸地で、強烈な発光体が出現する。
あらかじめ発艦させて置いた水偵が、目標上空で吊光弾を投下したのだ。
照らし出される飛行場。
その様子を、金剛はしっかりと見据える。
「よし、撃ち方始め!!」
「アイサー!! オープンファイヤー!!」
英国生まれの金剛らしい、英語交じりの威勢の良い掛け声と共に、彼女の主砲が火を噴く。
連装4基8門の45口径36センチ砲を撃ち放つ「金剛」。
同時に、後続する三女「榛名」も、姉に負けまいと主砲を撃ち放つ。
2隻の位置からは確認できないが、他の部隊も、今ごろ砲門を開いている事だろう。
暫くして、吊光弾が齎す光の中で、別の新たなる光が出現、同時に火柱が立ち上るのが見えた。
「金剛」と「榛名」の砲撃が、飛行場の周辺に着弾したのだ。
踊る爆炎。
南海の夜空が、明るく照らし出された。
1942年10月13日。
帝国海軍は、前代未聞の大作戦に打って出た。
かねてより、航空攻撃を続行していたエスピリトゥサント島合衆国軍航空基地に対し、戦艦部隊による艦砲射撃を敢行したのだ。
以前、ミッドウェー海戦の折、第11戦隊が敵地上基地に対し艦砲射撃を行った事はあったが、あれは味方の撤退掩護の為の窮余の一策として行った物であり、初めから計画されていた物ではない。
戦艦のみによる本格的な地上射撃は、事実上、これが初と言って良いだろう。
この背景には、航空攻撃のみによるエスピリトゥサント無力化が困難であると言う判断が含まれていた。
過去数十回にも及ぶ航空攻撃は全て不首尾に終わり、ガダルカナル・ラバウルに展開した航空部隊を無為に消耗する結果となった帝国海軍は、状況の打開を求め、戦艦部隊の投入を決めたのである。
作戦に参加したのは、金剛型高速戦艦の「金剛」「比叡」「榛名」「霧島」。姫神型巡洋戦艦の「姫神」「黒姫」の6隻。これを2隻ずつ、計3隊に分け、エスピリトゥサントに3カ所ある飛行場を砲撃する事になる。
「金剛」「榛名」を中心とした第1挺身攻撃隊。
「比叡」「霧島」を中心とした第2挺身攻撃隊。
そして「姫神」「黒姫」を中心とした第7艦隊。
とにかく、足の速さを第一条件に編成が組まれた形である。
作戦のコンセプトは、敵の反撃を受ける事無く、航空機の飛び立てない夜間に接近し、艦砲射撃で飛行場を壊滅した後、速やかに撤収する事。
その為、3隊に分かれた攻撃隊は、昼間は敵の制空権外にて待機し、日が落ちる時刻を見計らって、エスピリトゥサントに接近、飛行場のある海域に突入したのだ。
対して合衆国軍も、まさか帝国艦隊がそのような作戦に戦艦を投入してくるとは全く考えていなかった為、完全に後手に回ってしまった。
突入してきた帝国艦隊に対し、全く反撃する事ができなかったのだった。
「金剛」以下、第1挺身隊が砲撃を開始したのと同時刻、「比叡」を旗艦とする第2挺身隊もまた、目標となる飛行場目がけて砲撃を開始していた。
主砲を撃ち放つ「比叡」。
それに遅れまいと、「霧島」も続く。
「お姉さまたちに負けていられませんからね!!」
気合を入れて叫ぶ比叡。
姉妹達と同様、巫女服のような印象の服を着て、スカートは緑地に黒いチェック柄の物を穿いている。
高速戦艦「比叡」は、過去に大和型戦艦のテスト艦だった経緯があり、姉妹艦4隻の中で、最も近代化改装が進んでいる。特に他の姉妹艦とは一線を画する塔型艦橋は彼女を識別する目印であり、見る角度によっては「大和」と見間違えるほどであった。
その為、「比叡」は帝国海軍の戦艦の中で2番目に古いにもかかわらず、実際の戦闘能力は他の姉妹達よりも高かった。
主砲を撃ち放つ「比叡」。
その弾着は、目標となった飛行場のほぼ中央に落下する。
三式弾の放つ炎が燃え広がり、駐機していたB17やP38と言った、帝国海軍を苦しめている航空機を飲み込んで行く。
「よし、良い感じッ」
ガッツポーズを作る比叡。
続いて放たれた末っ子「霧島」の砲撃も、飛行場の上空で炸裂し炎を降らせる。
「戦艦1隻の火力は、陸軍数個師団に匹敵する」と言う話があるが、それを証明するかのような光景である。
それに対し、合衆国軍からの反撃は皆無だった。
第11戦隊の巡洋戦艦2隻も、合計16門の主砲を振り翳し、目標となった飛行場へと砲撃を浴びせている。
こちらは一斉射あたりの威力は金剛型に劣るものの、自慢の速射能力がある。
短時間の内に多くの砲弾を目標へ叩き込み、壊滅状態に陥れる事が可能だった。
実際、並外れた連続射撃によって、目標の飛行場は既に火の海と化している。
滑走路には大穴が開き、付帯施設は炎に包まれている。
並んでいた航空機も、衝撃によって吹き飛ばされていた。
「航過後、反転してもう一度、砲撃を実施する。徹底的に破壊するんだ」
「姫神」の艦橋に立つ彰人は、そう指示を飛ばす。
エスピリトゥサントの飛行場が脅威である事は、これまでの戦いで判り切っている。これを航空攻撃のみで破壊し尽くすのは不可能に近い。
加えて、このような作戦が、そう何度もできるとは思っていない。その事は、本作戦立案者である彰人自身が、一番よくわかっていた。
ならば攻撃できるときに、徹底的にやっておく必要があった。
炎上する飛行場。
と、その時、
「陸地からの発砲を確認!!」
報告を受けた直後、複数の小さな光が海岸線付近で瞬くのが見えた。
ややあって、海面に水柱が立ち上る。
どうやら、こちらの砲撃に慌てた敵が、陸上砲撃用の重砲を引っ張り出して反撃に出て来たらしい。
しかし、陸上用の重砲では、巡洋戦艦の主砲に届くはずもない。
陸地からの砲撃は、「姫神」から離れた場所に、空しく小さな水柱を立てるにとどまった。
もっとも、陸上用の重砲など、せいぜい大きい物でも20センチ程度。それくらいなら喰らっても、姫神型巡戦にダメージあは与えられないのだが。
「反撃しますか?」
すぐ横で姫神が、茫洋とした眼差しをして尋ねてくる。
第7艦隊の編成に伴い、彰人の指揮下には第6駆逐隊の4隻が加わっている。これにより、巡洋戦艦2隻、駆逐艦5隻の編成になっていた。
艦隊編成に伴い、「島風」は第6駆逐隊と行動を共にしている。彼女の性格も、長く第11戦隊と行動を共にしていた関係で、だいぶ協調性が出てきている、と判断された結果の措置である。
実は、本来ならもう1隻、竣工したばかりの最新鋭軽巡洋艦が編成に加えられるはずだったのだが、トラック環礁での合流が間に合わず、今回は編成を見合わせていた。
その駆逐艦たちは今、陸地から忍び寄ってくる魚雷艇等の小型艇を警戒している。
陸上砲台に対しては、駆逐艦に制圧させる手もあるし、この距離なら「姫神」「黒姫」の副砲や高角砲でも充分に届くだろう。
制圧は容易なのだが
だが、姫神の言葉に対し、彰人は首を振る。
「やめておこう。時間と砲弾の無駄だよ」
ここで多少、敵の数を減らしたところで意味は無い。いずれこちらが攻略作戦を始めたら、その時にでも纏めて叩けばいいだけの話だ。いずれにせよ、制空権が取れれば、後でいくらでも対応が可能だった。
「よし、全艦反転、帰投するよ」
彰人の号令と共に、艦首を巡らせる第1遊撃艦隊。
その背後では、砲撃の後の炎が尚も燃え盛っている。
この日の戦闘で、エスピリトゥサントの航空戦力は壊滅した。以後は帝国軍が有利に戦況を進める事ができる筈。
この時は、彰人達は皆、そのように考えていた。
2
一夜明けて、ハワイにある合衆国軍太平洋艦隊司令部にも、被害状況が刻々と入って来ていた。
その報告を聞くたびに、レスター・ニミッツ太平洋艦隊司令長官と、レイアード・スプルーアンス同参謀長は、頭が痛くなる想いだった。
帝国海軍が実施した、戦艦部隊による地上基地攻撃と言う前代未聞の作戦は、多大なショックとなって打ちのめした。
「エスピリトゥサントにある第1から第3までの飛行場は壊滅。航空機180機喪失。基地機能、完全に消滅、か」
「更に、今朝から帝国軍の航空部隊が攻撃を仕掛け、こちらの復旧作業を妨害してきています」
ニミッツの言葉に、補足するスプルーアンス。
これまでの攻守が、完全に逆転した形であった。
飛行場壊滅を契機に、ガダルカナル、及びラバウルに展開する帝国海軍航空隊は、エスピリトゥサントに対し総攻撃を敢行、残った地上部隊に甚大な被害を加えていた。
「空母と航空機に主力の座を明け渡したとは言え、戦艦の力もまだまだ侮れないと言う事か」
「空母に主力の座を奪われたのではなく、戦艦と空母、双方がそれぞれ主力として成り立っている、と考えるべきでしょうな。現に帝国軍は戦艦を有効に活用し、我が軍に損害を与え続けています」
合衆国軍でも、大規模な機動部隊建設計画と並行して、新型戦艦の建造を進めている。それらが完成すれば帝国海軍を圧倒する事も不可能ではないだろう。
しかし、最新鋭空母が完成するのは早くて半年後、戦艦の方は順次完成を見てはいるが、一定数揃うのは、もう少し先である。
となると、合衆国軍は尚も、現有戦力のみで帝国軍の攻勢を支えなくてはならない事になる。
「敵がこれほど大胆な作戦に出て来るとは、完全に予想外だったな。ここは、素直に負けを認めるべきところだろうな」
「はい、敵ながら実に見事な作戦だった、と言わざるをえません。」
頷くスプルーアンス。
実際、これまで強固な航空要塞を形成し、帝国軍の攻撃を阻み続けてきたエスピリトゥサントが、たった一晩で壊滅の憂き目にあったのだ。
悪夢に等しい、とはこの事である。
「しかし・・・・・・・・・・・・」
そこで、ニミッツは話題を変えるように言った。
「それだけに、惜しい・・・・・・実に、惜しかった」
「はい」
笑みを含んだニミッツの呟きに、頷きを返すスプルーアンス。
「あと1か月・・・・・・それが叶わないなら半月、いやせめて一週間早く、帝国軍はこの作戦を実施すべきでした」
「そうすれば我が軍はエスピリトゥサントを完全放棄、場合によってはニューカレドニアやフィジー、サモアからの撤退も検討しなくてはならなかっただろう」
確かに合衆国軍は、一夜にしてエスピリトゥサントにある全ての航空基地を壊滅させられ、多くの航空機やパイロットを失った。
いかに強大な戦力を誇る合衆国軍と言えど、これ程の損害を一時に被ってしまっては、回復するのは一朝一夕では済まされない事は明白である。
しかし、
戦争全体を視野に入れて考えた場合、今回の事はほんの小さな瑕疵に過ぎない。
ニミッツとスプルーアンスは、地図上にある島に目を向ける。
エスピリトゥサントより、やや南にある島。ちょうど、ニューカレドニアとの中間付近に存在している。
ニューヘブリディーズ諸島エファテ島である。
「新規の戦力に加え、今回の攻撃で生き残った戦力も合わせて、エファテ島に再配置するように手配します」
「頼む、急がせてくれ。恐らく帝国軍は、これを機に攻勢を仕掛けて来るだろうからな」
帝国軍はミッドウェー敗戦の痛手から立ち直りつつある。新たな攻勢の時も近いだろう。
まさに、両軍にとってここが正念場である。
攻めきるのか? あるいは守りきるのか?
ここが勝負の分かれ目、正に天王山であった。
3
ラバウルを経由し、機体に補給を済ませ、ここまで来るのに約2日。
眼下に現れた広大な環礁を、相沢直哉は感慨も無く眺めていた。
「トラック環礁か、来たのはいつ以来だっけ?」
呟きながら、視線をぐるりと巡らせる。
周囲には多くの艦船が停泊しているのが見える。帝国海軍の、外洋における最大の拠点であるのは伊達ではない。
遠望すれば、大きな艦影も見える。恐らく、戦艦部隊だろう。
現在、トラック環礁には第1艦隊をはじめとする連合艦隊司令部が駐留している。その意味ではある意味、帝国海軍の本陣が置かれている場所であると取る事も出来た。
第2次ソロモン海戦の後、直哉は中尉へ昇進していた。
もっとも、これは特に直哉の功績が評価されたからと言う訳では無く、定期の昇進を果たしたに過ぎないのだが。
直哉は零戦をゆっくりと旋回させる。
すると、環礁北部の水道が見えてくる。
そこで航行する空母を見付けるまでに、そう時間は掛からなかった。
「・・・・・・・・・・・・あれか」
懐かしさが起こると同時に、とうとう来てしまったか、と言うある種の諦念も湧いてくる。
なぜ、自分がこのような想いを感じてしまうのか。
それは直哉自身が、未だに心の中に持ち続けている想いが、燻っているからに他ならなかった。
「今さら、か」
諦めたように呟くと、再度機体の翼を翻し、空母と並行するように飛ぶ。
同時に、着艦許可を求める信号を送る。
《着艦用意良し》
信号を受け取ると、機体を母艦へのアプローチ体制へと入れる。
徐々に近づいてくる姿。
その姿が、どうしても「彼女」と重なってしまい、
軽く頭を振り、意識を向け直す。
着艦は、ただ航行中の艦に降りればいいと言う物ではない。狭い飛行甲板に、事故無く着艦すると言う事自体が、既に一つの技術なのだ。あるパイロットなどは「着艦とは、制御された墜落である」と称していた者もいる。それだけ、神経を使う作業なのだ。
集中して、迫ってくる飛行甲板を見据える。
やがて、懐かしさすら覚える軽い衝撃が、足元に感じられた。
そのまま危なげない動作で、着艦フックを制動索に引っかけ、機体を停止させる。
すぐに、整備員が駆け寄ってくるのが見えた。
彼等に機体を委ねて、直哉はコックピットから降りる。
運ばれていく愛機を眺めながら、直哉はぐるりと周囲を見回してみた。
「・・・・・・・・・・・・やっぱり違う、か」
慣れ親しんだ光景によく似た風景。
しかしやはり、どうしても違う箇所を見付けてしまう。
最大の物は艦橋だろう。「彼女」の場合、艦橋は左舷のほぼ中央付近にあったが、この艦は右舷の、やや前よりに位置している。
しかし、
「・・・・・・・・・・・・」
こうして、空母の飛行甲板に立つと、どうしても期待してしまうのだ。
今も、この瞬間に、何かの陰から彼女がひょっこりと顔を出すのではないか、と。
その時、
「相沢中尉」
名前を呼ばれて振り返る。
そこで、ハッとした。
彼女とよく似た顔が、そこにあったからだ。
すぐに別人である事が判る。
だが、懐かしさは、やはり存在した。
「蒼龍」
かつて、同じ痛みを味わった2人が、激戦の果てに、再び顔を合わせていた。
3
昇進と同時に、直哉に辞令が来たのは2日前の事である。
『相沢直哉中尉
上の者、第2航空艦隊旗艦「蒼龍」戦闘機隊乗組みを命ず」
海軍大臣の正式な署名の入った書類は、直哉の機動部隊への復帰を命じていた。
しかも、転任先は旧知の「蒼龍」。
そこに複雑な思いを抱くな、と言う方が無理な相談だろう。
「昇進、おめでとうございます」
「別に、こんなのは定期昇進だし、自慢できるような物じゃないよ」
実際、軍隊では士官学校を卒業した者はすぐに少尉に任官され、その1年後には中尉となる。帝国海軍でも、それは変わらない。
大尉以降となると、その人物の功績が考慮されるようになるが、直哉の今回の昇進については、特に誇るような物ではなかった。
「そんな事より・・・・・・」
直哉は、振り返って蒼龍に目を向ける。
そのあどけなさの残る瞳は、以前と変わっていない。
しかし、直哉の瞳の中に、どこか冷めた印象が入っている事を、蒼龍は見逃さなかった。
辛い戦場を、経験してきたのだろう。
飛龍を失い、隠ぺい工作を図る上層部の意向で最前線送りになった直哉。
その直哉が潜り抜けて来た激戦の数々を、蒼龍は想像せずにはいられなかった。
「僕をここに呼んだのは、蒼龍なの?」
「・・・・・・・・・・・・はい」
直哉の質問に対し、蒼龍はやや視線をそらすようにして答えた。
間もなく始まる決戦を前に、優秀な戦闘機乗りの確保が不可欠であると聞かされた蒼龍は、迷う事無く直哉を推薦したのだ。
「その・・・・・・迷惑、でしたか?」
上目づかいに尋ねる蒼龍。
自分はもしや、余計な事をして直哉を苦しめてしまったのではないか、と思ってしまったのだ。
それに対し、
直哉が口を開こうとした時だった。
「蒼龍を責めるのは筋違いだぞ」
威厳のある声によって機先を制される直哉。
振り返ると、容貌魁偉な偉丈夫が、直哉を見下ろすような形で立っていた。
「小沢提督」
慌てて敬礼する蒼龍。
その言葉を聞き、直哉は相手の階級章を見た。
「失礼しました、閣下」
相手が中将であると悟り、自身も慌てて蒼龍に倣う。
「本日付で航空母艦『蒼龍』戦闘機隊に配属になりました、相沢直哉中尉です」
「第2航空艦隊、及び第2航空戦隊司令官、小沢治俊だ」
言ってから、小沢は蒼龍に目をやる。
「優秀な戦闘機パイロットが欲しいと言ったのは私だ。蒼龍は、そんな私の要望にこたえただけにすぎん。お前が蒼龍を責めるのは、筋違いと言う物だ」
「僕は、別に責めている訳じゃ・・・・・・・・・・・・」
そう言って、直哉は言葉を濁す。
小沢の指摘は、全くの的外れ、と言う訳ではないと言う事を自覚していたからである。
また空母に乗れる。旧知の蒼龍と一緒に戦える。
その事を嬉しく思う反面、直哉の中で、どうしても亡き飛龍への想いと、彼女と共に戦った蒼龍に対する複雑な思いを拭えないでいる。
故に、「蒼龍」配属に対して、どうしても素直な気持ちで喜べない自分がいる事は自覚していた。
「提督、そろそろ」
「ああ、そうだったね」
蒼龍に促され、小沢は思い出したように、直哉へ向き直った。
「着いて来い中尉。お前に見せたい物がある」
そう言うと、小沢は直哉の返事を待たずに、背を向けて歩いて行く。
訳が分からず、立ち尽くす直哉。
そんな直哉に、蒼龍がそっと近づく。
「さ、中尉も」
「う、うん」
訳も判らないまま頷くと、直哉は小沢の背中を追って歩き出した。
連れられてきたのは、前部格納庫だった。
ここは主に、戦闘機の格納が行われる場所である。
直哉も「飛龍」航空隊所属時には、ここを主に使用していた。
どうやら「蒼龍」でも同様らしく、多数の零戦が翼を連ねて駐機され、整備員達が入念なチェックと整備を行っているのが見えた。
皆、小沢の姿を見ると、手を止めて敬礼してくる。
それらを制しながら、奥の方へ歩いて行く小沢。
やがて、格納庫の奥に駐機してある、1機の零戦の前で足を止めた。
「これだ」
「この機体が、何か?」
真新しいグリーンの塗装を施された零戦。
だが、取り立てて珍しいと言う物ではない。
昨今、帝国海軍は零戦32型と言う派生機を開発し、実戦投入している。
これは翼端を切り詰め、直線に整形する事で速度と旋回性能を若干だが増した機体である。その代り、翼内の燃料タンクが狭くなった影響から、零戦本来の特徴である長大な航続力は低下してしまっているのだが。
しかし今、直哉たちの前にある零戦は、その32型でもない。翼の長さは、初期の11型以来続く従来の物と変わらなかった。
「翼を、よく見てください」
「翼?」
蒼龍に促されるまま、翼に目を向ける直哉。
やはり、違うところは見られ・・・・・・
「え?」
そこまで考えてから、直哉は声を上げた。
機銃の数が、多い。
翼に備えた機銃の数は、左右併せて4丁。
機首に備えた2丁と合わせて、実に6丁もの機銃を装備している事になる。
「零式艦上戦闘機22型甲。かねてより問題視されていた、零戦の武装面改善を狙った機体だ」
小沢は説明する。
確かに、零戦の武装問題は、直哉も常々悩まされていた事である。
零戦の主力武装である20ミリ機関砲は、1発の威力が高い反面、初速が遅く射程が短い。また、弾数も少なく、下手な撃ち方をするとすぐに弾切れを起こす事で有名だった。
弾数の方は、最近の機体は箱型弾倉方式からベルト給弾式に改められ、倍近い搭載弾数を誇るようになったが、それでも十分とは言えず、また射程問題はそのまま残っていた。
「この機体は7・7ミリ機銃を6丁装備している。1発の威力は劣るが、射程、連射速度、搭載弾数は20ミリに勝る。総合的な戦力と言う意味では向上が図られてるはずだ」
小沢の説明を聞きながら、直哉は零戦22型甲のエンジン部分を軽く撫でる。
自分の新たな機体、新たな翼。
この機体があれば、
今度こそ、守る事ができるだろうか?
視線を、背後の蒼龍へとやる直哉。
思い出すのは、飛龍の最後。
彼女は直哉に言った。
蒼龍を守ってほしい、と。
ならば今度こそ、自分は彼女の想いに答えなくてはならない。
そう、心に誓うのだった。
第33話「決意の翼」 終わり