蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第38話「強者達の宴」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海戦が始まって以来、第2艦隊司令官の近藤信行中将は、自身の艦隊を統率する事に専念していた。

 

 序列的には南雲、小沢よりも近藤の方が先任である為、本来なら連航艦の指揮は近藤が取るべきである。

 

 しかし近藤は、自分が航空戦に関しては素人である事を自覚している。その為、自身は第7艦隊と共に機動部隊の前衛を務め、指揮は南雲と小沢、そして第3航空艦隊司令官の角田に任せていた。

 

 しかし夜の帳が訪れ、鋼鉄の鳥たちが翼を休める時間が来た。

 

 航空機が飛べない夜。

 

 その時こそ、彼女達の出番である。

 

 第2艦隊は戦艦6隻、重巡3隻がそれぞれ単縦陣を組み、更に「神通」を先頭にした第2水雷戦隊も単縦陣を形成し、夜戦に備えている。

 

 この少し前に、第2艦隊は偵察を実施し、合衆国艦隊の動向を探っている。

 

 その報告電が、先ほど近藤の元へ届けられたのだが、

 

「ふむ」

「どうしたの~提督?」

 

 唸る近藤に、愛宕が心配そうに声を掛ける。

 

 近藤の背後から、電文を覗き込む愛宕。そこには、偵察機が寄越した敵艦隊の内容について書かれている。

 

「《敵は戦艦5隻、巡洋艦5隻、駆逐艦10隻以上。尚、戦艦は全て新式と認む》・・・・・・あらあら」

 

 ホワワンとした口調で、口に手を当てる愛宕。

 

 能天気でマイペースな反応にも見えるが、これでも彼女にしてはかなり驚いている仕草である。

 

「事前の情報では、敵が完成させている新鋭戦艦の数は、5隻だったな」

「そうね~ つまり、それが全部来てるって事よね」

 

 愛宕も難しい顔で考え込む。

 

 敵の戦艦は5隻、対して第2艦隊の戦艦は6隻。数の上では有利であると言える。

 

 しかし、敵の新鋭戦艦は、事前の情報で全て40センチ砲を搭載している事が判っている。

 

 対してこちらは、長門型は40センチ砲を搭載しているが、残る4隻は36センチ砲装備の金剛型である。正面からの激突は不利と言わざるを得ない。

 

「提督」

 

 声を掛ける愛宕。

 

 いつに無く真剣な表情の愛宕。

 

「ここは、第7艦隊との合流を待つべきだと思います」

 

 第7艦隊は現在、第2艦隊との合流を目指して急行している。予定では、あと1時間以内には合流できるはずだ。

 

 そちらの戦力が加われば、帝国艦隊は戦艦2隻、高速戦艦4隻、巡洋戦艦2隻、重巡洋艦3隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦13隻の大艦隊となり、数の上では合衆国軍を圧倒できる筈。

 

 質の面で劣っている以上、数で圧倒するしかないのだが。

 

「いや、このまま行こう」

 

 しかし、近藤は愛宕の意見を退けて言った。

 

「我々の目的は、漂流中の敵空母の捕捉だ。万が一にも、これを取り逃がす事態は避けたい」

 

 こちらが退避行動を見せれば、敵は空母の場所まで戻って曳航作業を行う可能性がある。と近藤は推察している。

 

 それでなくても、補足に時間が掛かり夜が明けてしまえば、エファテの敵航空隊から空襲を受ける可能性もある。そうなると、敵空母攻撃どころではなくなってしまうだろう。

 

 近藤は、そうした事態を懸念しているのだった。

 

「・・・・・・判りました」

 

 対して、やや納得がいかない物を感じながらも、愛宕は頭を下げる。

 

 近藤の懸念は、愛宕にも理解できる。第2艦隊には空母のエアカバーは無く、頼みの連航艦も、今日1日の戦闘で戦闘力が半減している以上、掩護が期待できる状態ではない。

 

 ならば素早く敵艦隊を突破し、目標の空母を撃破。その後、敵の勢力圏外に退避する必要があると言う事だ。

 

 そう言う意味で、作戦行動の速度を重視する近藤の決断は間違ってはいない。

 

 しかし、新鋭戦艦5隻を有する合衆国艦隊相手に「素早く突破」ができるかどうか疑問だが。

 

「進路、270度。我が艦隊はこれより、接近中の敵艦隊との夜戦に入る!!」

 

 近藤の号令と共に、決戦海面に向けて一斉に舵を切る第2艦隊。

 

 その白い航跡が、闇に染まりつつある海面に弧を描いた。

 

 

 

 

 

 その頃、第2艦隊を追いかける第7艦隊も、可能な限りの全速で急行していた。

 

 世界最速の巡洋戦艦2隻に、軽巡、駆逐艦のみで編成された第7艦隊は、間違いなく世界最速艦隊と呼んでも差し支えは無い。

 

 しかし、それでも水上艦の航行速度ではおのずと限界もある。

 

「間に合わない、か。第7艦隊は、こっちの到着を待たずに戦闘を開始する心算みたいだ」

 

 電文を読み、彰人は少し苛立ちを混ぜて呟く。

 

 何となくだが、近藤ならその選択肢を選ぶだろうと言う予感が彰人にはあった。

 

 見敵必戦は帝国海軍の基本精神であり、敵を前にして退くと言う選択肢はそもそもからしてあり得ない。

 

 まして、帝国海軍が誇る6隻もの戦艦を任された身としては尚更だろう。

 

 とは言え、状況は微塵も楽観できない。

 

 敵が保有する全ての新鋭戦艦を繰り出して来た以上、この海域にいる帝国海軍の戦艦では対抗は難しい。それがたとえ「長門」「陸奥」であってもだ。

 

 だからこそ、戦うならこちらの到着を待ってほしかったのだが。

 

「近藤提督は、兵力の集中よりも時間を選んだ。その選択肢が全くの的外れだとは思わないけど、賛同もできないね。僕なら、確実に勝率が上がる兵力の集中を選ぶだろうから」

「けど、私達には時間もありません」

 

 彰人の呟きに、姫神が平坦な声で答える。

 

 彼女の言う通り、何とか夜明け前までに、漂流中の「サラトガ」を撃沈しなくてはならないところである。それは彰人にも理解できている。

 

 だからこそ、近藤の選択を非難する気にはなれなかった。

 

「こうなった以上、僕達にできる事は一つだ」

 

 決断と共に、彰人は眦を上げる。

 

 どのみち「サラトガ」撃沈を狙う以上、それを阻止しようとする合衆国軍との激突は必至。ならば、四の五の考える前にやるべき事をやるまでだ。

 

「艦隊速度30ノットに上げ。決戦海面へ急行する!!」

 

 彰人の号令と共に、第7艦隊の各艦は速度を上げる。

 

 今はともかく、決戦場を目指してひた走る以外に、選択肢は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いの砲火が、闇に沈む海面で一瞬の閃光を齎した。

 

 唸りを上げて飛翔する砲弾が、標的を捉えるべく飛翔する。

 

 同時に、両軍に所属する巡洋艦、及び駆逐艦が突撃を開始した。

 

 両軍が誇る戦艦群が、相手の戦艦を打ち破るべく突撃していく。

 

 今ここに、太平洋戦線、否、今次大戦初とも言うべき、大規模な戦艦同士の激突が始まった。

 

 空母と航空機が主力となりつつある昨今にあって、戦艦と言う存在は働く場所が失われつつあるように思える。

 

 しかし今、帝国と合衆国、両軍ともに戦艦を主力とした艦隊を繰り出している。

 

 帝国海軍の戦艦は6隻。

 

 合衆国海軍の戦艦は5隻。

 

 数字の上では、帝国海軍が有利なようにも見える。

 

 しかし砲門数は帝国海軍が40センチ砲16門、36センチ砲32門であるのに対し、合衆国軍は40センチ砲45門。加えて合衆国軍の戦艦は全て、ここ1年以内に竣工した新鋭艦ばかりである。

 

 総じて見れば、帝国海軍の不利は否めなかった。

 

 しかし、

 

「戦いは数ばかりで決まる物ではない。その事をたっぷりと教えてやる」

 

 戦艦部隊の先頭に立つ長門は、不敵に腕組みをしながら呟く。

 

 「長門」と「陸奥」は艦齢20年。金剛型に至っては30年に達する老朽艦である。

 

 だが、しかしだからこそ、良く使い込まれたベテランとしての経験があった。

 

 帝国海軍は「長門」と「陸奥」がそれぞれ単独で1番艦と2番艦を狙い、「金剛」「榛名」が共同で3番艦を、「比叡」「霧島」が4番艦を狙う事になっている。

 

 「長門」「陸奥」ならばまだ何とかなるかもしれないが、流石に金剛型戦艦で、敵戦艦との1対1(タイマン)は厳しい物がある。

 

 総じると1隻余る計算になるが、それはこの際仕方がない。火力で劣る艦隊としては、これが精いっぱいであった。

 

 せめて、どれか1隻でも戦闘不能に追いやった後、素早く目標変更する以外に無い。

 

 「長門」が放った砲弾と、合衆国軍の1番艦が放った砲弾が、互いに弾着を見る。

 

 第1射は、お互いに命中、狭叉ともに無し。無理も無い。初弾から有効弾が出るなど、奇跡にも等しい快挙である。

 

 その間にも「長門」は4門ずつ、合衆国軍の戦艦は3門ずつ、主砲を放ち続ける。

 

 変化が起きたのは、「長門」が4斉射めを放った時だった。

 

 飛んで行った砲弾が、1番艦の左右に挟み込むように落下し、水柱を突き上げたのだ。

 

「よしっ」

 

 会心の拳を握る長門。

 

 ついに、狭叉弾が出たのだ。次からは全門斉射に移行できる。

 

 だが、報復もすぐに成された。

 

 「長門」が次弾装填の為に、しばらく沈黙している時だった。

 

 敵が放った砲弾が、唸りを上げて飛来する。

 

 次の瞬間、

 

 爆炎と衝撃が、「長門」を貫いた。

 

「グゥ!?」

 

 羅針盤を強くつかみ、痛みを堪える長門。

 

「左舷中央付近に敵弾命中!! 第1高角砲、及び機銃座2基損傷!!」

 

 見張り員の絶叫が聞こえる。

 

 「長門」は、敵艦よりも先に命中弾を受けてしまったのだ。

 

 だが、

 

「この程度、どうと言う事は無い!!」

 

 皆を鼓舞するように、長門は敢然と立ちあがる。

 

 周囲を見れば、同様に乗組員たちが衝撃に耐えているのが見える。

 

 戦艦「長門」が、

 

 日本の誇りが、

 

 この程度で音を上げる筈がない。

 

 皆、その想いを胸に戦っていた。

 

 程無く、「長門」が放った砲弾も、敵艦の艦上で命中弾の爆炎を噴き上げるのが見えた。

 

 その光景に、会心の笑みを浮かべる長門達。

 

 勝負は、まだまだこれからだった。

 

 

 

 

 

 霧島は、掛けていた眼鏡をスッと外す。

 

 普段からメガネを掛けて過ごしている少女だが、実のところ、目が見えない訳ではない。

 

 では、なぜに普段は掛けているのか?

 

 それは、ある種の「リミッター」と呼ぶべき代物だった。

 

「さあ、始めますか」

 

 霧島の言葉に、艦長以下、全員が不敵な笑みを浮かべて頷きを返す。

 

 敵は格上の新鋭戦艦。普通なら「霧島」の敵う相手ではない。

 

 だが、この場にいる誰一人、悲壮感を抱いている者はいなかった。

 

「行きます!!」

 

 霧島が叫んだ瞬間、

 

 「霧島」が装備する45口径36センチ砲8門の内、4門が一斉に火を噴いた。

 

 交互撃ち方から始めるのは、他の艦と同じである。

 

 無論、敵艦もまた、砲撃を放ってくる。

 

 両者、数度の空振りを繰り返しながら、時間のみが推移していく。

 

 だが、

 

 霧島は程無く、ある事に気が付いた。

 

「敵艦の砲撃、あまり良好とは言えませんね」

「確かに」

 

 霧島の言葉に頷く艦長。

 

 「比叡」「霧島」が目標としている敵4番艦の砲撃は、先ほどから命中する気配が無い。と言うより、全てが見当違いの海面を叩く事に終始している。

 

 修正もお粗末で、一旦は近付いたと思った弾着が、次の砲撃では再び遠ざかったりもする。

 

 狙われているのが「比叡」なのか「霧島」なのか、それすらいまだに判然としなかった。

 

「思うに、敵は新鋭戦艦だが、まだ乗組員が艦に慣れていないんじゃないのか?」

「あり得ますね」

 

 艦長の言葉に、霧島は考え込む。

 

 今回、帝国海軍の動きに、慌てて対応した合衆国軍は、訓練未了の艦まで引っ張り出して来た可能性がある。その為、夜間、中距離での砲撃戦に、乗組員が対応できないでいるのだ。

 

「畳み掛けましょう!!」

「うむ」

 

 霧島の言葉に、力強く頷く艦長。

 

 その言葉に答えるように、咆哮を上げる「霧島」。

 

 それに負けじと、先行する「比叡」も主砲を撃ち放つ。

 

 程無く、2隻の砲撃が、敵の4番艦を捉えた。

 

 敵艦の艦上で立ち上る炎を見て、霧島の目からも見えた。

 

「やりましたッ」

「よし、このまま押し込むぞ!!」

 

 更に砲撃を続ける「比叡」と「霧島」。

 

 敵の4番艦も砲撃を繰り返すが、やはり命中弾は無い。それどころか、相変わらずどこを狙って砲撃しているのかすら判然としない有様だ。

 

 対して、次々と命中弾を叩き付ける「比叡」と「霧島」。

 

 既に敵の4番艦は、全艦炎に包まれている。砲撃もまばらになっている。

 

 とうとう、隊列行動も維持できなくなり、脱落していくのが見えた。

 

「よしっ やりました!!」

 

 喝采を上げる霧島。

 

 敵戦艦1隻が戦線離脱。これで、残りは4隻。以後は、より有利な戦況を構築できる。

 

 誰もがそう思った。

 

 次の瞬間、

 

 だしぬけに、「霧島」周囲に、巨大な水柱が立ち上った。

 

 衝撃によって、艦体が大きく揺さぶられる。

 

「至近弾!? しかし、これはッ」

 

 驚愕する霧島。

 

 その視界の先では、新たに戦闘に加わった、敵5番艦の姿があった。

 

 

 

 

 

「『アラバマ』炎上ッ 脱落します!!」

 

 その報告に、リーは思わず苦虫を噛み潰すような表情を作る。

 

 彼の旗艦「インディアナ」は、隊列の最後尾に位置している。

 

 本来なら旗艦は隊列の先頭に位置し、艦隊を先導する役割がある。

 

 だがリーはあえて常識を破り、5隻の中で最も早くに竣工し、艦の習熟度が高い「ノースカロライナ」に先導を任せると、旗艦「インディアナ」を最後尾へと置き、自身は指揮に専念する事にしたのだ。

 

 旗艦が先頭に立つのが常識である事は、合衆国軍のみならず、他の海軍においても同じことである。それ故、先頭艦と言うのは集中砲火を浴びる可能性が高い。

 

 それ故に、リーはこの隊形を選択したのである。上手く行けば、最後まで艦隊の指揮系統が崩壊せずに済むはずだった。

 

「敵艦への命中弾を確認!!」

 

 見張りからの報告に、リーとインディアナは会心の笑みを浮かべる。

 

 「インディアナ」は、僅かな斉射で、早くも命中弾を得たのだ。

 

「さすがはレーダーだな」

 

 満足げに頷くリー。

 

 「インディアナ」のみならず、今回参戦した合衆国戦艦は全て、レーダーを装備して戦いに臨んでいる。

 

 先に撃破された「アラバマ」にも装備されていたのだが、5隻の中で最も新しい「アラバマ」では、レーダー使用に対する習熟度が浅く、先に敵の直撃弾を受けてしまったのだ。

 

 その時、「インディアナ」の周辺にも、複数の水柱が立ち上った。

 

 「アラバマ」を沈黙させた「比叡」と「霧島」が、「インディアナ」の存在に気付き、目標を変更して来たのだ。

 

「対応が遅いぞ、帝国軍」

 

 慌てて目標を変更してきた帝国軍を嘲笑うように、余裕の表情を見せるリー。

 

 既に「インディアナ」の主砲は「霧島」を捉えている。今更、目標を変更したところで間に合う筈も無かった。

 

 

 

 

 

 己の艦体が炎に包まれる様を、霧島は知覚していた。

 

 相手が敵の5番艦である事は判っている。

 

 しかし、判っていても何もできなかった。

 

「計算外です・・・・・・まさか、これ程早く、照準を修正してくるとは・・・・・・」

 

 「比叡」と共同で、「アラバマ」を撃破で来た事で、敵の5番艦も侮っていた事は否めない。

 

 再び突き抜ける衝撃。

 

 命中弾の炎が、前部甲板を覆い尽くす。

 

「第1砲塔、大破!!」

 

 見張り員の報告が、悲鳴じみて聞こえてくる。

 

 見れば、真っ向から40センチ砲弾を喰らった第1砲塔は、まるで段ボール箱を押しつぶしたように、前後から潰れているのが見える。

 

 しかし、

 

「まだまだァ!!」

 

 いささかも衰えぬ気合と共に、残った6門の主砲で咆哮を放つ霧島。

 

 対戦艦戦闘である以上、この程度の損害は覚悟して然るべき。今更、怯むには値しなかった。

 

 しかし、「霧島」から放たれた6発砲弾は「インディアナ」を捉えず、空しく水柱を噴き上げるにとどまる。

 

 逆に「インディアナ」の砲撃は的確に「霧島」を捉えていく。

 

 破壊音が、連鎖するように重なり合う。

 

 更に2発の命中弾を受ける「霧島」。

 

「クッ」

 

 霧島は舌打ちする。

 

 その視界の先では、基部に大穴を開けられた第2砲塔の姿がある。

 

「第2砲塔、旋回不能!!」

 

 報告は、「霧島」の戦闘力が更なる低下を来した事を現していた。

 

 竣工以来30年。元は巡洋戦艦として建造されたのち、数度の改装で高速戦艦に生まれ変わった金剛型戦艦の装甲は薄い。

 

 ワンランク上の40センチ砲弾に、耐えられる道理は無かった。

 

 突き刺さるような命中弾が装甲を食い破り、容赦なく艦内で炸裂していく。

 

 既に第1、第2砲塔は爆砕されて使用不能。火力が半減すると同時に、機械室にもダメージを追い、速力が低下し始めている。

 

 全艦火達磨と化して尚、残った主砲で攻撃を続行する「霧島」。

 

 それは、壮絶と言っても良い光景である。

 

 しかし、その砲撃が「インディアナ」を捉える事はない。

 

 度重なる被弾によって、全艦炎に包まれた「霧島」は、尚も主砲を放つが、もはや砲弾は、見当はずれの方角に飛んでいくばかり。

 

 その間にリーは目標変更を指示。照準を「比叡」に合わせて「インディアナ」の主砲を放つ。

 

 程無く、霧島の目に、水柱に狭叉される「比叡」の姿が映し出された。

 

 

 

 

 

 炎上する「霧島」の様子は、先行する「比叡」からも確認する事が出来た。

 

「霧島がッ!? クッ よくも!!」

 

 開戦以来、長くコンビを組んで行動してきた相棒とも言うべき末の妹に傷を負わされ、比叡は怒りに眦を上げる。

 

 「霧島」と共同で「アラバマ」を戦列外に追いやったものの、その直後に無傷の敵戦艦から狙われてしまった形である。

 

「砲撃続行ッ 『霧島』を掩護するぞ!!」

「了解です!!」

 

 艦長の指示に答え、8門の36センチ砲を閃かせる「比叡」。

 

 放たれる砲弾が、「インディアナ」を狙って水柱を突き上げる。

 

 金剛型が単独で敵戦艦に挑むのは無謀だが、今は皆、他の敵戦艦と交戦中である。

 

 「比叡」が単独で「インディアナ」と戦う以外に選択肢は無かった。

 

 「インディアナ」の方でも、既に「霧島」が脅威ではなくなったと判断したのだろう。主砲を「比叡」へと向けて来ていた。

 

 互いの主砲が唸りを上げ、砲弾が空中で交錯する。

 

 だが、程なく、両艦の戦力差が顕著に現れ始める。

 

 「比叡」の砲撃は、なかなか目標を捕えられないのに対し、「インディアナ」の砲撃は、徐々に「比叡」へと近付いて来る。

 

「クッ まだ!!」

 

 尚も諦めずに砲撃を続ける比叡。

 

 だが次の瞬間、

 

 強烈な衝撃が「比叡」全艦を揺さぶる。

 

「ああッ!?」

 

 これまでに感じた事も無いような痛みに、悲鳴を上げる比叡。

 

 「インディアナ」の砲撃は、「比叡」の艦首付近に突き刺さり、非装甲部分を大きく抉っていた。

 

 そこへ、畳み掛けるように次々と砲弾が降り注ぐ。

 

 対して、「比叡」の抵抗は、徐々に弱くなっていった。

 

 

 

 

 

「『霧島』大破!! 行き足止まりました!!」

「『比叡』に敵弾集中!!」

 

 齎された二つの報告に、「愛宕」の艦橋は騒然としつつあった。

 

 第4戦隊の重巡3隻は合衆国軍の巡洋艦部隊と交戦し、軽巡2隻の撃沈を確認。こちらも「摩耶」が損傷を受けるが、更に重巡1隻に大破の損害を与えている。

 

 2水戦も、敵の駆逐艦部隊と交戦し、雷撃戦を実施して半分近い艦に損傷を与えている。

 

 軽巡「神通」に率いられた。第2水雷戦隊は、水雷夜戦に力を入れる帝国海軍の中でも最精鋭と謳われている。夜間の水上砲戦で負ける通りは無かった。

 

 中・小型艦艇の戦いは帝国海軍有利に進んでいる。

 

 しかし、肝心の戦艦同士の戦いでは、明らかに押されていた。

 

 「比叡」「霧島」の活躍で1隻を脱落させる事には成功しているが、こちらも「霧島」が大破し、今また「比叡」も狙われている。

 

 更に、第1戦隊の旗艦「長門」も敵弾を喰らい炎を上げているのが見えた。

 

 このままでは押し切られてしまうのは目に見えていた。。

 

「提督。行きましょう」

 

 愛宕が堅い声で進言してくる。普段はフワフワとした印象のある彼女が、今は険しい表情をしている。事態は、そこまで逼迫しているのだ。

 

 愛宕の言葉に、頷きを返す近藤。

 

 長門達がやられたら、敵戦艦の主砲は今度は「愛宕」以下、第2艦隊の主力に向けられるだろう。そうなると、艦隊の壊滅は必至だった。

 

「艦隊進路200度。これより第1戦隊を掩護する!!」

 

 近藤の号令と共に第4戦隊、そして第2水雷戦隊が進路を反転する。

 

 「摩耶」は損傷を受けているものの、戦闘力はまだ十分に残している。2水戦も魚雷の再装填を終えればまだ戦えるはずだった。

 

 第2艦隊主力は30ノットの速力で、戦艦部隊救援へと舵を切った。

 

 

 

 

 

 次々と飛来する砲弾が、「長門」の艦体を破壊していく。

 

 命中弾を受ける度に、衝撃が突き抜け、破片が周囲へと飛び散る。

 

「クッ おのれッ!!」

 

 手すりを握り締めて衝撃に耐える長門は、彼方から砲弾を撃ってくる敵戦艦を睨みつける。

 

 「長門」の砲撃も数発の命中弾を与えているのだが、敵戦艦の砲撃が衰える気配はない。

 

 しかし、「長門」と対峙する「ノースカロライナ」の砲撃が衰える事は無い。

 

 対して「長門」は、左舷側の高角砲、機銃が全滅、艦体の半分が炎に包まれている状態だった。

 

 その時、再び命中弾の直撃が「長門」を襲う。

 

 同時に、艦橋後部から、何かが壊れるような不吉な音が響いてきた。

 

「第3砲塔大破!!」

 

 程無くあげられてきた報告に、一同は絶望感を募らせる。

 

 主砲の4分の1を破壊され、苦い顔を作る長門。

 

 自らの砲撃は、敵に殆どダメージを与えられないにもかかわらず、敵の攻撃は次々と自らを破壊していく。

 

 その状況に歯噛みする。

 

 自らと新鋭戦艦では、これ程までに差があるのか、と思ってしまう。

 

 だが、

 

「ビッグ7を、舐めるなァ!!」

 

 自らが不利な事は初めから判っていた事。

 

 ならば、この程度の状況など、嘆くには値しなかった。

 

 放つ砲弾。

 

 その一撃が、「ノースカロライナ」の艦橋前を捉える。

 

 飛び散る破片が、「長門」の艦上からも見える。どうやら、ようやく有効弾を出したらしい。

 

「敵艦、第2砲塔損傷の模様!!」

 

 見張り員が歓喜を混ぜた報告を上げる。

 

 見れば確かに、先程までと比べて発射炎が小さくなっているのが判る。

 

 「ノースカロライナ」は、「長門」の砲撃によって、主砲塔を1基失ったのだ。

 

 直後の砲撃によって、報復は直ちに齎される。

 

 「ノースカロライナ」は6門に減った主砲で果敢に反撃し、更に「長門」へ直撃弾を浴びせて来た。

 

 衝撃が、再び「長門」を貫く。

 

 程無く「長門」艦橋に、「第4砲塔大破」の報告が齎される。

 

 しかし、

 

 その報告を受けて、しかし長門はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「面白くなって来たではないか」

 

 残る砲門数は「長門」4門に対し、「ノースカロライナ」は6門。明らかに長門の方が不利である。

 

 しかし、この圧倒的不利な状況を認識しても、否、認識したからこそと言うべきか、長門は不敵な笑みを浮かべて見せる。

 

 夢にまで見た水上砲戦。それも、長年のライバルとしてきた合衆国軍戦艦との、真っ向からの激突である。

 

 不利だろうが何だろうが、ここで退く気は毛頭無い。最後、どちらかが力尽きるまで、殴り合うのみだった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 その様子を、後続する陸奥は、焦りにも似た表情で見詰めていた。

 

 彼女自身は、合衆国艦隊の2番艦「ワシントン」との砲戦を、比較的有利に進めていた。

 

 既に「ワシントン」の第3砲塔を使用不能に追い込み、小規模の火災を発生させている。

 

 対して「陸奥」は、今のところ直撃弾は2発のみで、機銃1基とカタパルトを損傷しただけである。

 

 多少、世代が過ぎたとは言え、ビッグ7は伊達ではない。戦い方次第では新鋭戦艦とも互角以上に戦えるのだ。

 

 だが、姉の方はそうもいかないらしい。

 

「長門・・・・・・・・・・・・」

 

 艦後部が炎に包まれた「長門」の様子を見詰め、痛々しげにつぶやく陸奥。

 

 このままでは「長門」が撃ち負けるのも時間の問題だった。

 

 その時、

 

「主砲、目標変更ッ 敵1番艦!!」

 

 艦長から発せられた声に、思わずハッとして振り返る。

 

 それは、陸奥にとっても驚愕すべき言葉だった。

 

「艦長、それはッ」

 

 まだ「ワシントン」は攻撃力を充分に残している。そんな中で目標を変更するなど、自殺行為に等しい。最悪「陸奥」は、2隻の敵新鋭戦艦から集中砲火を浴びる事になりかねなかった。

 

 だが、

 

「旗艦を守るのが、2番艦の役目だろう」

 

 そう言って、艦長は笑う。

 

 ああ、この艦長は・・・・・・・・・・・・

 

 陸奥は、僅かに涙を浮かべながら、艦長を見る。

 

 見れば、他の乗組員たちも同様で、一様に優しげな笑みを陸奥に向けて来ていた。

 

 皆、陸奥の気持ちを判っているのだ。

 

 姉である長門を守りたいと言う、妹の優しい気持ちが。

 

 そんな陸奥の願いを聞き届ける為なら、自分達の命など、いくらでも捧げる心算だった。

 

 グイッと涙をぬぐう陸奥。

 

 姉も、そして自分の乗組員たちも、

 

 皆、誇らしいまでに「海の武人」だった。

 

「行くわよ、みんな!!」

『おう!!』

 

 陸奥の声に、艦長以下、全員が唱和する。

 

 同時に測距儀が旋回し目標を変更。敵1番艦を捉える。

 

「照準良し!!」

「測的完了!!」

「主砲、全砲門装填良し!!」

「砲撃再開準備、完了!!」

 

 皆の報告を受け、眦を上げる陸奥。

 

「ビッグ7の誇り、受けて見なさい!!」

 

 主砲を解き放つ「陸奥」。

 

 その砲弾が、唸りを上げて「ノースカロライナ」へ殺到した。

 

 

 

 

 

「馬鹿なッ 陸奥、やめろ!!」

 

 自身を掩護する為に、砲撃目標を変更した妹へ、長門が叫びを発する。

 

 「陸奥」は「ワシントン」と交戦中に、「長門」を掩護する為に目標を「ノースカロライナ」へと変更した。これはつまり「ワシントン」に対して背を向けるにも等しい危険な行為である。

 

 だが、陸奥は大切な姉を守るために、敢えて危険な賭けに出たのだ。

 

 殺到する砲弾。

 

 「長門」を砲撃していた「ノースカロライナ」も、突然、予期しなかった方向から砲撃を受け、慌てた様子が見える。

 

 そこへ、「長門」も残る4門の40センチ砲を放つ。

 

 2隻合計、12発の40センチ砲弾に乱打される「ノースカロライナ」。

 

 それでも尚、反撃の砲火を上げる。

 

 放たれる砲弾が「長門」を捉えた。

 

 しかし、命中した砲弾は、辛うじて重要防御区画(ヴァイタル・パート)が弾き返す。

 

 その間にも「長門」「陸奥」は砲撃を続行する。

 

 「ノースカロライナ」は次々と飛来する40センチ砲弾を前に、非装甲部は突き破られ、主砲塔は旋回不能となり、艦橋は吹き飛ばされていく。

 

 やがて、全体にくまなく砲弾を浴びた「ノースカロライナ」が、沈黙する時が来た。

 

 全艦炎に包まれ、既に海上に停止している状態の「ノースカロライナ」。主砲も沈黙し、彼女が脅威になりえない事は一目瞭然だった。

 

「やった・・・・・・・・・・・・やったぞ」

 

 その姿を見て、長門は絞り出すように声を発する。

 

 戦艦として生を受けて20年。国民の象徴などと言われながら過ごした誇りある日々。

 

 しかし開戦以来、活躍の機会に恵まれず、内地で無為に過ごすしかなかった屈辱。

 

 その忍耐が、たった今報われた。

 

 ライバルと目した合衆国軍の新鋭戦艦に撃ち勝ったのだ。それも「陸奥」と共同で。

 

 夢にまで見た瞬間が、ようやく訪れたのだ。

 

「やったぞッ 陸奥!!」

 

 歓喜と共に、後続する妹に振り返る長門。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉を失った。

 

 

 

 

 

 後ろからついてきている「陸奥」。

 

 長門にとって最愛の妹であり、無二の相棒だった陸奥が、

 

 今まさに、炎に包まれて崩れ落ちようとしていた。

 

 

 

 

 

第38話「強者達の宴」      終わり

 

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