蒼海のRequiem   作:ファルクラム

4 / 116
第3話「真珠湾への道」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重苦しい沈黙が、会議室を支配している。

 

 呉鎮守府内部の会議室の中で、錚々たるお歴々が、難しい顔を突き合わせている。

 

 ここでは今、「とある作戦」の説明、及び質疑応答が行われていた。

 

 作戦に関わる各戦隊の司令官以上のみが出席を許される会議の場は、しかし出鼻から予想以上の大荒れ模様を見せていた。

 

 会議の長テーブルを囲み、誰もが緊張した様子で、机の上に置かれたレポートを何度も見直している。

 

 その上座に座した人物は、腕組みをして静かに目を閉じ、皆がレポートを読むのを待っている。

 

 帝国海軍連合艦隊司令長官、山本伊佐雄(やまもと いさお)大将。

 

 帝国海軍最大の実働部隊のトップに君臨する人物であり、十年に一人とも噂されている逸材である。

 

 これまで海軍次官などの軍政業務の経験を多くこなしているが、半年ほど前に連合艦隊司令長官の内示を受け、呉に停泊していた戦艦「長門」に将旗を掲げた。

 

 その山本の背後には、連合艦隊参謀長の宇垣護(うがき まもる)少将が、直立不動で控えている。

 

 こちらは常に仏頂面をしている事が多く、笑った顔を殆ど見た事が無いため、「黄金仮面」などと言うあだ名で、密かに呼ばれている。

 

 更に、山本を挟んで宇垣とは反対側には、艦娘の長門が控えている。連合艦隊旗艦と言う事もあり、この場に出席する事を許されているのだ。こちらは鋭い眼差し、女武将のような雰囲気を醸し出し、凛々しい印象を周囲に与えていた。

 

 その他にも、艦娘としては航空母艦の赤城、同じく航空母艦の蒼龍、高速戦艦の比叡、重巡洋艦の利根、軽巡洋艦の阿武隈などの艦娘達が出席し、提督たちと同様に、レポートに目を通していた。

 

 その山本の書いたレポートが、今まさに各提督たちを悩ませている種だった。

 

「長官にお尋ねします」

 

 声を上げたのは、南雲忠志(なぐも ただし)中将である。

 

 航空母艦4隻を主力とする第1航空艦隊の司令官であり、事実上、帝国海軍の航空部隊を一手に担っている人物であると言える。

 

 世界各国の軍隊に先駆けて、空母を統合運用する「機動部隊構想」を実現した日本の第1航空艦隊の航空打撃力は凄まじく、正しく世界最強の空母機動部隊であると言っても過言ではない。

 

 更に、近日中には最新鋭空母「翔鶴」「瑞鶴」から成る第5航空戦隊も編成に加えられ、航空戦力の更なる拡充が期待されていた。

 

 もっとも、南雲は本来、水雷専攻の人間であり、水上砲戦部隊の指揮を取ってこそ、十全に能力を発揮できる。航空部隊の指揮官としては素人である。

 

 故に、機動部隊の指揮官は、現在、兵学校の校長をしており、機動部隊創設にも深くかかわった小沢治俊(おざわ はるとし)こそが相応しい、という声も上がっているくらい程だった。

 

「このような作戦が、本当に可能とお考えですか?」

 

 机の上のレポートを指差しながら、南雲は難しい顔で尋ねる。

 

 昨今、日米間の外交が手詰まりになり、両国の緊張が高まっているのは誰もが知っている。

 

 そこで山本は、独自の構想の元、作戦を考えた。

 

「山本長官は、開戦第一撃で敵の太平洋艦隊に回復不能なダメージを加え、一気に戦局を決する事を目論んでおられます。それには、空母機動部隊をハワイ沖まで繰り出すのが最適であるとお考えです」

 

 宇垣参謀長は、一同にそう説明する。

 

 開戦前に、第1航空艦隊がハワイ近海まで密かに接近、開戦と同時に攻撃隊を放ち、停泊中の太平洋艦隊を壊滅に追い込む。

 

 それが山本の構想だった。

 

 もっとも、その宇垣の言葉に、山本が何かコメントをしたりする気配はない。ただ黙って腕を組んだまま、宇垣が発言するのに任せている感がある。

 

 その様子を眺めながら、一同は「ある噂」の事が脳裏によぎるのを避けられなかった。

 

 山本と宇垣は反目している。

 

 そのような噂は、連合艦隊内部において、まことしやかに囁かれているのだ。

 

 海軍実働部隊のナンバー1とナンバー2が互いに反目し合っている、と言うのも奇妙な事だが、実際の話、定時報告以外で山本と宇垣が会話をしている所を見た人間は殆どいない。

 

 いや、宇垣の方は積極的に山本に話しかけているのだが、山本の方が宇垣を無視する事が多いらしい。

 

 これは、宇垣が従来の戦艦や水雷戦隊等の水上砲戦を重視した大鑑巨砲主義者であるのに対し、山本が新戦力である飛行機を主軸とした航空主兵主義者である事が起因しているらしいのだが、実際の所がどうなのかは誰にもわからなかった。

 

 「将来の海軍は空にあり」が持論の山本にとって、宇垣は単なる「古臭い鉄砲屋」に過ぎないと言う事だ。

 

 そのような山本だからこそ、航空機による太平洋艦隊撃滅に意欲を見せる姿勢は、判らなくもない。

 

 開戦第一撃で敵に大ダメージを与え戦意を削ぐ事ができれば、確かに理想的であると言える。勿論、成功すれば、と言う言葉が語尾に付くが。

 

 航空母艦を中心とした機動部隊が密かにハワイへと接近、開戦と同時に奇襲攻撃を掛け、敵艦隊を泊地の中で殲滅する。

 

 これは、やり方としては、実のところ珍しいと言う訳ではない。

 

 地中海戦線において、イギリス海軍の空母「イラストリアス」が、イタリア海軍の本拠地であるタラント軍港をわずか16機の旧式攻撃機フェアリー・ソードフィッシュで奇襲を掛け、最新鋭戦艦「リットリオ」を含む戦艦3隻を大破、着底に追い込んでいる。

 

 山本の考えは、それを拡大発展したに過ぎない。

 

 勿論、規模はタラントの20倍以上になっており、成功した場合の戦果も想像がつかない程である。うまくいけば本当に、開戦一撃で戦争が終結する事もあり得る。

 

 しかし問題なのは、この作戦を実行するためのハードルが高すぎるという事だった。

 

 ハワイまでの接近には、艦船の航行の少ない北太平洋を使う事になっているが、どこかで敵、もしくは第三国の艦船に見つからないとも限らない。もしそうなれば、奇襲の目は著しく低くなる。

 

 また、長駆はるばるハワイまで行っても、攻撃当日のハワイに敵がいると言う保証はない。意気込んで行った先で敵がいなかった、では笑い話にもならないだろう。

 

 更に万が一、敵がこちらの動きを察知して待ち構えていたら、敵地で孤軍と化した第1航空艦隊は、万全の敵に袋叩きにされかねない。

 

 航空母艦を一カ所に集中しすぎて、他の戦線の航空支援が手に回らなくなるのもいただけなかった。

 

「やはり、この作戦には無理があるように思えます。御再考いただけませんか?」

 

 そう告げたのは艦娘の赤城だった。

 

 ストレートに流した髪に、やや大人びた美しさを持つ女性も、愁いを帯びた瞳でレポートを見ている。

 

 第1航空戦隊の旗艦である彼女は、同時に第1航空艦隊の総旗艦でもある。言わば南雲同様、1航艦に所属する全ての艦娘と乗組員たちに責任を持つ立場である。

 

 出撃せよと言われれば従うが、成算の低い作戦には疑義をはさまざるを得なかった。

 

 比較的おっとりした性格をしており、空母のみならず戦艦や巡洋艦、駆逐艦の艦娘達からも多くの信頼を寄せられている赤城ですら、この作戦には懐疑的にならざるを得ないようだ。

 

 見れば、他の提督や艦娘達も、同様の視線で山本を見ている。

 

 リスクが、あまりにも高すぎる。誰もが、実施には消極的だった。

 

 そんな中、1人、挙手をした。

 

 彰人である。

 

 彰人は1航艦所属ではないが、第11戦隊も本作戦に参加を予定されている為、彼もまた、この会議への出席が命じられていた。

 

「長官にお尋ねします。我が海軍の基本戦略は、南方資源地帯を確保した上で、侵攻してきたアメリカ艦隊に対し、内南洋において漸減邀撃作戦を展開する事だった筈。しかし、この作戦案は、確実に逆の事をやっています」

 

 言いながら、彰人は山本を睨む。

 

「基本戦略を無視するのは、如何な物でしょうか?」

 

 そもそも、第11戦隊の創設目的自体が、漸減邀撃作戦を下地にしている。

 

 米艦隊が日本の勢力圏に攻めて来るには、莫大な量の戦力が必要になるが、その戦力を維持するためには相応の物資と、長大な補給路が必要になる。

 

 そこで、第11戦隊の出番となる。

 

 敵の補給路に艦隊を展開して、繰り返し、通商破壊戦を展開し、輸送船を片っ端から撃沈する。

 

 侵攻してきた敵軍は、補給も兵力の補充もままならずに立ち枯れ、やがて降伏か撤退かの二者択一を迫られる事になる。そこで万全の態勢を整えた味方が一斉に討って出れば、疲れ切った敵を撃滅する事も容易いだろう。

 

 これは、かなり確実性の高い作戦である。

 

 内南洋にはフィリピン、グァムと言った米国領が存在しているが、開戦となると米軍は、これらの領地を防衛、救援する為に艦隊を派遣せざるを得ないのだ。

 

 つまり、黙っていても敵は日本軍の勢力圏に飛び込んでくることになる訳だ。そもそも戦いとは、守る側の方が兵力や補給を集中できる分、圧倒的に有利となる。

 

 まさに漸減邀撃構想は、日本海軍にとって必勝の選択肢である。

 

 だが山本は、この必勝作戦を捨てて、自ら考えた侵攻作戦を推し進めようとしていた。

 

 いわば「防衛」を基本戦略とする軍令部に対し、山本は独自に「攻勢」を目的とした戦略を組んでいる事になる。

 

 海軍の戦略部と実働部隊が、互いにそっぽを向きあっているに等しい危険な状態である。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・南に行けば長くなる」

 

 それまで、沈黙を保っていた山本が、そこで口を開いた。

 

 閉じていた眼を開き、一同を見渡す。

 

「物量に乏しい我が国がアメリカと戦争をするのなら、早期に決着をつけるしかない。時間が経てば、アメリカは船も飛行機も大量生産してくるだろう。そうなってからでは、対抗する事は難しい。だからこそ、敵を一撃で粉砕する必要があるのだ。その為の、真珠湾攻撃であると思って欲しい」

 

 山本の言葉に、彰人も、南雲も、赤城も、そしてその他の提督や艦娘たちも黙り込むしかなかった。

 

 山本は若い頃にアメリカへ留学した経験を持ち、海軍一の「知米派」で通っている。その為、アメリカの恐ろしさをよく心得ているのだ。

 

 だからこそ、この真珠湾攻撃を推進したのだろう。

 

 それは理解できるのだが、やはりどうしても、リスクの方が高いように思われるのだった。

 

「宇垣参謀長に、お尋ねします」

 

 山本に言っても埒が明かないと考えたのか、駆逐隊司令の1人が、挙手をして声を上げた。

 

「参謀長も、本作戦には賛同しておられるのですか?」

 

 先述した通り、宇垣は大鑑巨砲主義者であり、飛行機の威力については未だに懐疑的な人間の一人である。その宇垣ならば、あるいは山本を説得して思いとどまらせてくれるのではないか、と考えた。

 

 だが、話を振られた宇垣は、「黄金仮面」の異名通り、表情を変えずに答えた。

 

「本職は連合艦隊の参謀長であり、山本長官を補佐する立場である。山本長官がハワイ攻撃を推進される以上、私がその実現の為に動くのは当然の事だ」

 

 素っ気ない口調でそう言うと、宇垣は再び視線を前方に向けたまま口を閉じてしまった。

 

 取り付く島も無いとはこの事である。

 

 仕方なく、今度は赤城が口を開く。

 

「長門さん、あなたは、どうなのですか?」

「私の意見も、参謀長と同じだ」

 

 赤城の言葉に対し、長門は固い口調のまま返す。

 

「長官が望むのであれば、全力で支持する。それが旗艦の務めだと思っている」

 

 元来、生真面目な性格の長門の事、そう返って来るであろう事は初めから予測していた。

 

 赤城も判っていて尋ねた節がある。それ以上言い募る事無く、席に戻った。

 

 他の者も、未だに作戦に不満点は多々あるが、それでも、この場で山本を叛意させるのは難しいと考えているのか、険しい表情のまま沈黙している者が多い。

 

 そんな一同を見回して、山本は言った。

 

「この真珠湾攻撃は、私の信念である。この作戦が実施されなければ、私は職を辞しても良いとも思っている。どうか一同、留意していただきたい」

 

 そう言って、この日の会議は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

「納得がいっていないって顔だな」

 

 会議を終えて部屋を出た彰人は、目の前に座る男に苦笑交じりにそう言われ、ため息を返す。

 

 連合艦隊参謀長宇垣護(うがき まもる)は、会議の後に彰人を自室へと誘い、茶と菓子を振る舞って雑談を興じていた。

 

 彰人が宇垣に会うのは、これが初めてではない。

 

 宇垣は、彰人が書いた例のレポート。「海上ゲリラ戦構想」に興味を示した人物でもあり、姫神型巡洋戦艦建造と第11戦隊結成に尽力してくれた人物でもある。

 

 そのような経緯がある為、彰人は何かと宇垣から懇意にしてもらっていた。

 

「開戦と同時に敵根拠地を叩くと言うコンセプトその物には反対しません。けど、そこに正規空母全部を投入するのは、どうかと思います」

 

 山本の語った構想では、第1航空艦隊に所属する「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」の4空母に加え、近く竣工する「翔鶴」「瑞鶴」も投入する事になっている。これは、日本海軍が保有する、正規空母の総戦力である。

 

 これら全てをハワイ戦線に投入してしまったら、南方進出する陸軍部隊を支援する航空戦力は、基地航空隊の他には軽空母の「祥鳳」「瑞鳳」「龍驤」の3隻しかいなくなってしまう。これらの艦は、搭載機数が30機から40機程度であり、3隻合わせてようやく正規空母1隻分である。とても、広大な南方地帯全てをカバーする事はできなかった。

 

「参謀長だって、今回の作戦に完全に賛成していないですよね」

 

 彰人の問いかけに対し、

 

 「黄金仮面」宇垣護はフッと笑みを見せた。

 

「やはり、お前には隠し通せないか。まあ、無謀な賭けである事は判っているよ」

 

 宇垣自身、ハワイ作戦の成否について疑問無しとはいかない。むしろ、内心では彰人が会議で語った「南方資源地帯を確保した上での漸減邀撃作戦案」の方が有用であると考えている。

 

 だが同時に、山本を補佐する参謀長としての立場も弁えている。山本がハワイ作戦を推す以上、それを実現する為に補佐するのが自分の役割だと思っていた。

 

「真珠湾攻撃を行うと同時に、お前の第11戦隊は、北太平洋に進出して通商破壊戦を行ってもらう」

「可能な限り輸送船を狩って、敵の復旧を遅らせる訳ですね」

 

 真珠湾攻撃でダメージを受けた敵が、南方進出中の友軍を攻撃できないようにする。その為の通商破壊戦だった。

 

 確かに、それなら第11戦隊の結成コンセプトとも合致する。

 

「判りました。その時は、存分に暴れて見せますよ」

「頼んだぞ」

 

 彰人の言葉を聞いて、宇垣は頼もしい弟を見るように頷きを返す。

 

 ところで、

 

 彰人は宇垣が机の上に置いてあるメモ書きに、妙な事を書いてあるのに気付いていた。

 

 「一号艦」

 

 いったい、何を意味する言葉なのか。

 

 今の彰人には、皆目見当がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表に掛かっている暖簾には、甘味チェーン店「間宮」の名前が染め抜かれている。

 

 「間宮」と言うのは、日本海軍が保有する給糧艦の事であり、またその艦娘を差して言う。

 

 「間宮」が提供する料理や食材は常に超一流であり、帝都にある最上級のホテルからも、料理の依頼が来るほどだった。

 

 その「間宮」が始めた甘味処は、今や軍港のある各港にチェーン展開しているが、出店の基準が厳しい事で有名である。

 

 まず新規雇用を望む従業員は、間宮の元で1年間、みっちりと修行をしてもらう。

 

 料理の腕は勿論、接客態度、サービス、会計、笑顔。全てにおいて間宮から合格のお墨付きを頂いた後、今度はさらに1年間、別の喫茶店や料亭に修行に出される。中には海外のレストランや高級料理店に修行に出される者もいるとか。

 

 そうして修行を終えて無事に帰って来た者だけが、甘味処チェーン「間宮」の暖簾分けが許されるのだ。

 

 そんなわけで、間宮のスイーツや料理は皆、値段が安く、尚且つ水準を大きく上回るレパートリーと質を誇っている為、人間、艦娘を問わず人気を誇っていた。

 

 時にははるか南方の拠点であるトラック泊地や、パラオ泊地にまで出向いて、訓練後の打ち上げ(酒保開け)の依頼を賜る事すらあった。

 

 今も、店内では多くの客が入っている。中にはカップルと思われる男女もいるくらいである。

 

「・・・・・・・・・・・・まったく、一大事だと言うからついて来てみれば」

 

 姫神はテーブル席に座りながら、自身の正面に座った妹をジト目で見詰める。

 

「ただ、おやつが食べたいだけだったのですか、クロ?」

「だって、ヒメお姉ちゃんッ」

 

 対して黒姫は、勢い込んだ感じで姉に食って掛かる。

 

「時間限定のタイムサービスだよ。来ない方がどうかしてるよッ」

 

 そう言って黒姫がビシッと指差したポスターには、「本日、時間限定タイムサービス。一部商品を除き、全品半額」の見出しが大々的に張り出されていた。

 

 「間宮」の料理、スイーツは艦娘達の間でも人気が高い。その「間宮」で半額と来れば、誰もが来たがって当然である。

 

 黒姫もその例にもれず、朝から渋る姫神を引っ張って間宮へ突撃。目当てのスイーツをゲットするに至った訳であるが、

 

「だからと言って、3時間待ちの行列に並ぶのはどうかと思います」

 

 淡々とツッコミを入れる姫神。

 

 朝っぱらから行列の順番確保に付き合わされた身としては、妹が相手でも愚痴の1つも言いたくなると言う物だった。

 

 とは言え、3時間も待たされたと言う現実からして、「間宮」の人気がいかに高いかを物語っている。

 

 姫神自身、決して間宮でする食事が嫌いと言う訳ではない。ただ、いらない苦労をさせられた事への不満があるだけだった。

 

「それで、どうなの?」

「何がです?」

 

 主語を欠いた黒姫に質問に、姫神は素っ気ない口調で問い返す。

 

 そうして話している間も、姫神は眠そうに目を擦っている。

 

 活発的な黒姫と違い、姫神はやたら寝る事が好きである。暇を見付けては、どこかで眠る事を趣味としていた。

 

 今こうしている間にも、いつの間にか眠ってしまいそうな雰囲気があった。

 

 姉のそんな性格を心得ているのだろう。黒姫は、構わず話し続ける。

 

「水上中佐の事に決まってるでしょ。お姉ちゃんの艦長さんなんだから、ちゃんとうまくやれてる?」

 

 言われて、姫神は先日、着任したばかりの新任艦長の事を思い出した。

 

 妙に線の細い、頼りがいの無い印象の艦長。海軍軍人と言うよりも、どこかの学校で研究員でもしていた方が似合いそうな印象があった。

 

「軍令部にいたみたいですから。頭は良いようです。書類決済についても滞りなく処理していますね。そう言ったところは流石ですね」

「いや、そうじゃなくって・・・・・・」

「軍事的才能については、今のところは未知数といった感じです。まあ、戦隊司令になる程の人物だから、最低限、艦隊運用の知識について保持してくれれば問題は無い・・・・・・」

「いや、そうでもなくって・・・・・・」

 

 対して、さっきから自身の言葉を否定する黒姫に、姫神は怪訝な面持ちになる。

 

「じゃあ、何ですか?」

 

 てっきり、彰人の事を聞きたがっていると思ったので説明してやっていると言うのに、要領を得ない質問をする妹に、若干の苛立ちを含ませた視線を向ける。

 

 対して、黒姫の方でも、姉の言動に呆れ気味なため息を漏らした。どうも、この姉と自分は、認識的な面でずれがあるように思える。

 

「仲良くやっているかって聞いてるの。お姉ちゃんってあんまり人付き合い上手じゃないし、中佐に迷惑とかかけてない?」

「失礼な」

 

 妹の物言いに口を尖らせつつ、気を取り直してメロンクリームソーダに口を付ける。

 

 バニラとメロンソーダの甘い味に口内を満たしながら、姫神は淡々とした調子で妹を見やる。

 

「日常の業務に支障が無い程度のやり取りはしています」

「あ、そ」

 

 処置なし、といった感じに肩を竦めると、黒姫は目の前のフルーツパフェにスプーンを突っ込み、イチゴと生クリームがたっぷり乗った部分をごっそり削ぎ取って口へと運ぶ。

 

 姫神はこの通り、誰に対しても素っ気ない態度を取る事が多く、その為、あまりコミュニケーションが上手な方ではない。

 

 彰人の前任者だった艦長も、そのせいで苦労していたほどである。

 

「あのね、お姉ちゃん。私、前から言っているけど、お姉ちゃんはもうちょっと、他の人ともコミュニケーションを取った方が良いと思うよ」

「なぜですか?」

 

 黒姫の言葉に対し、姫神は本気で意味が分からない、といった感じに首をかしげる。

 

「必要以上に慣れ合う事が、それほど重要だとは思えません」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ジト目で姉を睨む黒姫。

 

 取り付く島が無いとはこの事である。

 

 こんな姉の、艦長兼戦隊司令官、などと言うとんでもなく複雑で、困難な役割を押し付けられる羽目になった彰人の今後の苦労を思い、嘆息せずにはいられないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、

 

 艦に戻った姫神は、各部署の報告書をまとめた書類を手に、廊下を歩いていた。

 

 時折すれ違う兵士達に会釈を返しつつ、昼間の黒姫との会話を思い出していた。

 

 もっと、艦長とコミュニケーションを取るべき。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 妹の言葉を想いだし、僅かに眉をしかめる。

 

 余計なお世話だ、と思う。

 

 自分はずっとこのやり方を貫いてきたのだし、これからも変える心算は無い。それは、艦長が他の誰かに代わったとしても同様の話である。

 

 自分達は艦娘であり、巡洋戦艦である。いわば、敵と戦い、これを撃滅する為に生まれてきた存在だ。

 

 ならば、任務中はそれのみを考えておくべきだと考えていた。

 

 そんな事を思い浮かべている内に、艦長室の前までやって来た。

 

 手を伸ばし、ノックしようとする姫神。

 

 しかし、そこで手を止める。

 

 一瞬、中で仕事をしているであろう、彰人の事を思い浮かべたのだ。

 

 何となく、黒姫とのやり取りのせいか、彰人とどう接すればいいか、迷いが生じたのだ。

 

 何を馬鹿な。

 

 しかし、すぐに思い直す。

 

 相手は艦長。自分は旗艦艦娘。それだけの関係に過ぎない存在を相手に、どう接するも何も無いだろう。

 

 手の甲が扉に触れようとした、その時。

 

「あれ、姫神?」

 

 横合いから声を掛けれら、姫神は動きを止める。

 

 そこには、不思議そうな顔でこちらを見ている彰人の姿があった。

 

「提督、どうしてここに?」

「いや、仕事もひと段落したから、巡検もかねて艦内を見回って来た所だけど・・・・・・」

 

 そう言うと彰人は、姫神の手にある書類に気付き、口元に微笑を浮かべる。

 

「わざわざ届けてくれたんだ。ありがとう」

 

 そう言うと、書類を受け取る。

 

 中身を軽くめくって確認すると、なるほど、よく纏めてある、と思った。少女の几帳面な性格が出て居る、読みやすい報告書だった。

 

「それでは、私はこれで・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言って、踵を返そうとする姫神。

 

 だが、

 

「あ、ちょっと待って姫神」

 

 彰人はそう言うと、立ち去ろうとした少女を呼び止めた。

 

「何ですか?」

「せっかくだから、ちょっとだけ、お茶に付き合わない?」

 

 そう言うと、自分の部屋を指差した。

 

 

 

 

 

「前に『金剛』の艦娘と知り合った時にね、本格的な英国式の紅茶の淹れ方を教えてもらったんだ」

 

 ティーカップに紅茶を注ぎながら、彰人はそんな事を話す。

 

 高速戦艦「金剛」は、イギリス製の艦であり、日本が外国に発注した最後の戦艦でもある。そのせいか大のイギリス通であり、特に紅茶には強いこだわりを持っている。

 

 以前、金剛と接する機会があった彰人は、彼女から紅茶の淹れ方について教わったのだ。

 

「はい、どうぞ。金剛が淹れたの程には美味しくないかもしれないけど」

 

 そう言って、姫神にカップを差し出す。

 

 湯気の立つカップからは、香ばしい香りが立っている。

 

 口を付けると、甘みを僅かに含む液体が、喉の奥へと流れ込んで来た。

 

「・・・・・・美味しい」

「好かった」

 

 満足そうに頷きながら、彰人は自身も紅茶に口を付ける。

 

 そうして機を落ち着かせてから、

 

「姫神」

 

 彰人は顔を上げて、自身の旗艦を見やった。

 

「まだ詳細は言えないけど、間も無く大きな動きがあるかもしれない。そして、僕達にも出撃が下ると思う」

 

 日米開戦。

 

 できる事なら、回避してもらいたいところである。

 

 戦争となれば、大勢死ぬことになる。人も、艦娘も。

 

 だが、軍人であり艦娘である以上、戦いとあれば、命令に従い出撃しなくてはならなかった。

 

 たとえ、進むべき先が奈落であったとしても、投げられた賽の目を戻す事はできないのだから。

 

「よろしくね。僕には、君が必要だから」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そう告げる彰人に、姫神はキョトンとした顔を返す。

 

 何とも、不思議な感じのする青年である。どう見ても軍人らしからぬ言動が目立ち、艦隊を指揮するには向かない気がする。

 

 要するに姫神にとって、目の前の水上彰人と言う海軍士官は「変な奴」と言うカテゴリに当てはまるのだった。

 

 だが不思議と、その事が却って落ち着くような気がする。

 

 何と言うか、今まで接してきた軍人たちと違い、どこかで自分と噛み合っている。そんな気がするのだ。

 

 今までの軍人とは、明らかに違う。

 

 姫神の中で、少しだけ、水上彰人と言う海軍士官に対する認識が変わったような気がする。

 

「・・・・・・・・・・・・判りました」

 

 ややあって、姫神はそう返事をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3話「真珠湾への道」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、

 

 1941年12月8日

 

 運命の羅針盤が回る。

 

 

 

 

 

 甲板上には、並べられた飛行機がエンジンを始動し、凄まじい轟音で満たされている。

 

 航空母艦「飛龍」の甲板上では、第1次攻撃隊が発艦の時を今や遅しと待っていた。

 

 日米の和平交渉はついに実を結ぶ事無く、もはや開戦も止む無しとの声が高まった。

 

 その声に背中を押されるように、空母6隻を中核戦力とする第1航空艦隊は、開戦と同時にアメリカ太平洋艦隊最大の根拠地である真珠湾を奇襲すべく、ハワイ北方海上に展開していた。

 

 そして、その中に「飛龍」の姿もあった。

 

 比較的小型の「飛龍」と「蒼龍」は航続力に問題があり、作戦参加が危ぶまれたものの、山口少将が艦内に燃料を満載したドラム缶を目いっぱい積んで航続力を稼ぐと言う荒業を使用し、強引に作戦参加にこぎつけたのだった。

 

 そして、

 

 今まさに発艦しようとしている零戦隊の中に、直哉の機体もあった。

 

 操縦桿を握る少年の手に、力がこもる。

 

 これから、本当の戦争が始まるのだ。そして、ともすれば、生きて帰ってはこれ無いかもしれない。それを考えれば、緊張するなと言う方が難しいだろう。

 

 だが、

 

 ふと、顔を上げた直哉の視線の先。

 

 そこでは、こちらに向かって手を振る少女の姿がある。

 

 橙色の着物にスカートを穿いた少女が、少し癖のある髪をなびかせて、こちらに笑顔を向けている。

 

「・・・・・・・・・・・・飛龍」

 

 そっと、少女の名を呟く。

 

 ただそれだけで、心が軽くなった気がした。

 

 前を向く。

 

 もう、迷いはない。ただ、あの娘の為に、自分は再びここに返ってこようと思った。

 

 やがて、

 

 発艦初めの気流信号が、風を受けて大きくはためいた。

 

 

 

 

 

 攻撃開始から約2時間が経過し、報告は次々ともたらされていた。

 

 情報が錯綜しすぎており、中には重複している物もある為、正確とは言い難いかもしれない。

 

 だが、いずれにしても大戦果である事は間違いなかった。

 

 そして、

 

 第1航空艦隊の別働隊として、ハワイ西方海上を航行していた第11戦隊にも、攻撃成功の報告が齎されていた。

 

 これで、太平洋艦隊の主力を撃滅する事に成功した。あとは、通商破壊戦を行い、敵の反抗を少しでも遅らせ、その間に南方資源地帯の制圧が成れば、帝国は長期不敗体勢を確立する事ができるはずである。

 

 だがそんな中、第11戦隊の前に、思わぬ獲物が飛び込んできていた。

 

「空母?」

 

 見張り員からの報告を受けた彰人は、最初は半信半疑だった。

 

 ここはハワイ近海なのだから、米軍の空母がいる事自体は不思議ではないのだが、既に向こうは、こちらの主砲の射程距離にまで入っていると言う。

 

 彰人は双眼鏡を手に取って、見張り員からの報告があった方角に目を向ける。

 

 そこには確かに、数隻の艦が航行している様子がある。そして、その中に、比較的平らなシルエットがある事も確認できた。

 

 確かに、空母である。それも、舷側に巨大な煙突を持つシルエットは、米海軍の主力正規空母であるレキシントン級の特徴である。

 

 そっと、彰人は双眼鏡から目を離す。

 

 どうあれ、状況は千載一遇である事は間違いない。何しろ、長大な攻撃範囲を誇る筈の空母が、巡洋戦艦の射程距離にまで近付いてきてくれたのだから。

 

 ジョンストン島やミッドウェー環礁にいる敵がハワイ救援に動く可能性を考慮して、ハワイ西方への布陣を選択した彰人だったが、それが思わぬ僥倖を呼び込んだ形である。

 

「提督・・・・・・・・・・・・」

 

 囁くような声で、彰人を見詰める姫神。

 

 そんな姫神の頭を、彰人は手を伸ばしてそっと撫でてやる。

 

「・・・・・・やろうか、姫神」

 

 低く、静かに告げる彰人。

 

 その瞳は、既に獲物を見詰める狩人の如く、鋭い眼光を宿していた。

 

「全艦、右砲戦準備、目標、敵空母レキシントン級。距離250(2万5000メートル)。主砲、1番、2番、砲撃用意。弾種、徹甲!!」

 

 彰人の矢継ぎ早の指示に、「姫神」の全乗組員が動き出す。

 

 機関はいつでも全速力を発揮できるように唸りを上げる。

 

 そして、前部甲板に集中配備された、4連装2基8門の50口径30センチ砲が、砲塔の旋回に合わせて砲身を上下させ、狙いを定めていく。

 

 その砲身には既に、帝国海軍が開発した91式徹甲弾が装填されていた。

 

 やがて、全ての準備が整い、砲撃可能な状態に「姫神」は移行する。

 

 互いに視線を交わす、彰人と姫神。

 

 次の瞬間、

 

「撃ち方始め!!」

 

 彰人の号令は、鋭く鳴り響いた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。