蒼海のRequiem   作:ファルクラム

41 / 116
第40話「芽吹く想い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永野修軍令部総長は、その人物を前にして恐懼せずにはいられなかった。

 

 元より、その気質は小心であり、海軍軍人と言うより地方行政府あたりの小役人と言った風情をしている永野には、自身に襲い来る逆境への耐性などありはしない。

 

 現在の地位にしたところで、本人の実力と言うよりも、権力に媚を売り、他者の足を引っ張る事で得た面が大きい。

 

 そのような永野である。

 

 自身よりも大きな権力を持つ人物が発する怒りを前にして、恐懼してしまうのは、ある意味当然の成り行きだった。

 

 その人物は、皆から「殿下」と呼ばれ、恐れ敬われている人物である。

 

 立場的には現天皇の外戚に当たる高貴な人物であり、先には軍令部総長を務めた海軍の重鎮。

 

 また、現状、海軍内部においては唯一となる、現役の元帥でもある。

 

 更に言えば、海軍最大派閥である艦隊派のトップであり、海軍のみならず陸軍、や政財界とう、あらゆる組織にパイプを持っている。

 

 そして、永野にとっては自身の上司にもあたる人物である。

 

 皇族にして元帥。

 

 正に、現状、海軍内部における最大の権力者であると言えた。

 

「永野よ」

「ハッ」

 

 名を呼ばれ、平身低頭する永野。

 

 その額からは、とめどなく冷や汗が流れ出ている。

 

 「殿下」から発せられる威圧感。

 

 全てを飲み込むかのような存在感。

 

 それらが、永野を押しつぶさんとしているかのようだった。

 

「米豪遮断は万難を排し実行する。貴様は確か、作戦開始前、私にそう言ったな。覚えておろう」

「ハッ 確かに・・・・・・申し上げました」

 

 声が震える。

 

 「殿下」がその気になれば、永野の首などすぐに飛ばす事ができる。

 

 それが、永野には何より恐ろしかった。

 

 先の南太平洋海戦の結果、帝国海軍は戦術的には勝利したものの、戦略的目標だったエスピリトゥサント島の攻略に失敗。事実上、敗北した。

 

 また、機動部隊、水上砲戦部隊、基地航空隊、全ての消耗が大きく、これ以上の攻勢は不可能と判断され、米豪遮断作戦の中止が決定されたのだった。

 

 ミッドウェー以後、軍令部を主導して米豪遮断作戦を推進してきた永野は、完全に面目を潰された形だった。

 

 何より、目の前の「殿下」に作戦成功を誓った永野にとって、絞首台の上で首に縄を掛けて膝立ちをしているにも等しい状況だった。

 

「申し訳ありません殿下!!」

 

 床に這いつくばり、額を擦りつけて土下座する永野。

 

 もはや、恥も外聞も構っている暇はない。

 

 永野は自身の脳髄を絞り出すように、言い訳を取り繕う。

 

「作戦は完璧でありましたが、連合艦隊司令部の不甲斐なき指揮により今日の事態を招いてしまいました。また、現場の提督たちが死を賭しても戦おうとしなかった事は遺憾の限りでございます。何より、高貴な殿下にこのような些事によって心痛を与えましたる事、この永野、身を引き裂かれる程の怒りと悔しさを感じております。全ては山本伊佐雄以下、GF司令部の不徳が致すところではありますが、彼等を督戦しきれなかった私自身、その責任の所在を痛感している次第であります!!」

 

 長々と口上を垂れる永野。

 

 要するに、悪いのは全部、現場の連中であって、自分には一切の非は無いと、そう言う事らしい。

 

 自身は一切前線に出る事無く、砲火に身を晒す事も無く、成功すれば自分の手柄、失敗すれば他人の落ち度。最良の果実のみを味わう事に長けた小役人根性が成せる業だった。

 

「ふむ」

 

 対して、永野の言葉を聞いた「殿下」は、考え込むように、顎に手を置いた。

 

「確かに、連合艦隊は今回、あれだけの戦力を投入しながら作戦に失敗した。その事を不甲斐ないと言うのなら、一理あるのも事実」

「その通りでございます殿下。全ては山本以下GF司令部に帰せられるべき責任でございます」

 

 ここぞとばかりに自身の正当性をアピールする永野。

 

 見苦しい限りだが、本人としては命を懸ける程必死になって縋り付こうとしていた。

 

 程無く、殿下は顔を上げて永野を見た。

 

「成程、お前の良い分は判った。確かに此度の件、お前1人に責を負わせるのは酷と言う物だろう」

「ハッ お聞き届けいただき、ありがとうございます!!」

 

 再び、永野は頭を床にこすり付ける。

 

 とは言え実際のところ、「殿下」には永野の首を挿げ替える心算は初めから無かった。

 

 理由は、南太平洋海戦の戦果を発表した新聞報道である。

 

 そこには大見出しで「戦艦8隻、空母10隻撃沈。帝国海軍大勝利」とある。

 

 彰人達が見たら、いったいどこにそれだけの数の敵がいたのか、と呆れてしまうような内容だ。

 

 事の真相は、国民はおろか天皇陛下ですら知らない事である。

 

 そのような中で、軍令部総長のような重鎮を解任でもしようものなら、そこからねつ造報道の真相に至り、海軍の面子がつぶれる事になりかねなかった。

 

「良いな永野。これ以上の失態は、断じてまかりならんぞ」

「ハハッ 心得ております」

 

 平身低頭する永野。

 

 ゆっくりと、

 

 しかし着実に、

 

 帝国海軍の歯車に狂いが生じ始めている。

 

 だが、その事に気が付いている者は、まだ誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死にゆく少女に掛ける言葉も無く、一同はただ立ち尽くす。

 

 部屋の中に木霊するのは、妹が織りなす嗚咽のみだった。

 

 そんな中、

 

 ベッドに横たわった少女、ホーネットは手を伸ばし、泣きじゃくるエンタープライズの頭をそっと撫でた。

 

「ホーネット姉・・・・・・・・・・・・」

「ごめんね、エンター・・・・・・あんたに、辛い思いさせちゃって」

 

 姉のかすれた声に、エンタープライズは必死で首を振る。

 

 辛い事なんて無い。何も無いのだ。

 

 ただ、姉が自分と一緒にいてさえくれれば。

 

 だが、それもやがては、叶わぬ願いになろうとしていた。

 

 南太平洋海戦において、帝国海軍航空隊の集中攻撃を受け撃沈された航空母艦「ホーネット」。

 

 その炎上する空母から、ホーネットは辛うじて助け出され、撤退する艦隊に収容されてヌーメアまで戻ってきていた。

 

 だが、艦体が沈んだ艦娘は、例外なく死に至る。それは決して変える事の出来ない運命(さだめ)である。

 

 ホーネットもまた、その運命から逃れる事はできなかった。

 

 艦体が珊瑚海に沈んでから、既に数日。

 

 ヌーメアに戻るまで保った事の方が、むしろ奇跡に近かった。

 

 そんなホーネットに縋りつき、エンタープライズは泣き声を上げる事しかできない。

 

 対してホーネットは、諭すように妹に口を開く。

 

「泣いちゃダメ。これからは、あんたが頑張って行かなくちゃいけないんだから」

「そんなの嫌ッ!!」

 

 ホーネットの言葉を否定するように、声高に首を振るエンタープライズ。

 

「レックス姉も、サラ姉も、ヨーク姉も、レンジャーも、ワスプも、みんな沈んだッ それでホーネット姉までいなくなったら、あたし本当に1人になっちゃうよ!!」

 

 ホーネットに縋りつくエンタープライズ。

 

 まるで、そうする事によって、姉の魂をこの世につなぎ止めようとしているかのようだ。

 

 そんなエンタープライズに対し、

 

「・・・・・・1人じゃ、ないよ」

 

 諭すような口調で、ホーネットは言った。

 

 顔を上げるエンタープライズ。

 

 対して、ホーネットは優しく笑い掛ける。

 

「本国では今、新しい空母()達が、どんどん生まれようとしている」

 

 ホーネットの言葉は事実である。

 

 既に合衆国本土では、ヨークタウン級空母を拡大発展させた3万トン近い大型空母が「量産」体勢に入っている他、それを補助するの目的で建造された1万トン級の軽空母も建造されている。その他にも性能は劣るものの、大量生産に向いた商船改造の護衛空母も多数建造されている。

 

 空母だけではない。

 

 戦艦、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦。

 

 皆、続々と新型が、その身を海に浮かべようとしている。

 

 開戦以来の一連の戦闘で合衆国軍は空母6隻をはじめ多くの戦力を失いはしたが、既にそれを上回る戦力が完成しつつあるのだった。

 

「今度は、あんたが、その娘達の先頭に立って戦わなくちゃいけないのよ」

「無理だよ、あたしには!!」

 

 泣いてすがりつくエンタープライズを、そっと抱きしめるホーネット。

 

 その目は、傍らに立つ男性へと注がれた。

 

 ギャレットである。

 

 南太平洋海戦で撃墜された彼だったが、何とか一命を取り留め、戦闘が終結した後、駆逐艦に収容されて生還を果たしていた。

 

 骨折した右腕を釣ってはいるが、それ以外は特に目立った怪我も無く、短期間の治療だけでパイロットへの復帰は可能と言う診断が下されていた。

 

「ギャレット・・・・・・エンターをお願い。この子が迷った時は、あなたが力になってあげて」

「ああ、判った。任せろ」

 

 神妙な顔で頷きを返す。

 

 これまでギャレットは、多くの戦いにおいて敗北を喫し、その度に大切な物を失い続けてきた。

 

 故にこそ、己の責任と言う物について、感じずにはいられなかった。

 

 ホーネットは次いで、もう1人の人物に目を向ける。

 

 ビル・ハルゼーだ。

 

 南太平洋艦隊司令官として開戦全般の指揮に当たったハルゼーもまた、重篤となったホーネットの為に足を運んでいた。

 

「提督、後の事は、お願いします。どうか、我が軍に勝利を・・・・・・」

「ああ、任せろ。必ず、俺がお前の仇も取ってやる」

 

 猛将として名高く、粗野な印象が強いハルゼーだが、この場にあっては沈痛な面持ちでホーネットを見詰めていた。

 

 死にゆく歴戦の空母に、さしもの猛将も悲痛を禁じ得ないでいた。

 

 そんな一同を見回してから、

 

 ホーネットは微笑を浮かべた。

 

「私は・・・・・・幸せだよ・・・・・・他のみんなは、1人で海に沈んで行った・・・・・・けど私は、こうして大切な人たちに囲まれながら行ける・・・・・・・・・・・・」

「ホーネット姉・・・・・・・・・・・・」

「何か、自慢できるネタが無いか、色々、探してたんだけど・・・・・・これが、一番の自慢・・・・・・かな・・・・・・・・・・・・」

 

 徐々に、小さくなるホーネットの声。

 

 意識が薄くなり、視界も暗くなっていくのが判る。

 

 エンタープライズが、何かを叫んでいるような声が聞こえるが、それすら、もはや聞こえない。

 

 最後に、ゆっくりと目を閉じる。

 

 その瞼の先に、先に沈んで行った姉妹達の姿を見出した時、

 

 ホーネットの意識は、永遠にこの世からの決別を果たした。

 

 

 

 

 

「提督、差し出がましい事を言いますが・・・・・・・・・・・・」

 

 ホーネットの病室を出たギャレットは、ハルゼーと共に廊下を歩きながら、そのように切り出す。

 

 エンタープライズは、まだ病室に残してある。もう暫く、姉と一緒にいたいだろうし、何より、今はそっとしておいてやりたかった。

 

「何だ?」

 

 対して、ハルゼーは強面で振り返る。

 

 猛将と名高いハルゼーが強面で睨むと、それだけで相当なインパクトがある。

 

 常人なら、それだけで沈黙してしまいそうなほどの迫力がある顔である。

 

 だが、ギャレットは臆することなく口を開いた。

 

「未熟な身でこのような事を言うのは恥ずべき限りですが・・・・・・」

 

 そう前置きしてから、ギャレットは本題に入った。

 

「ワイルドキャットでは、ジャップのゼロには勝てません」

 

 それは、開戦以来、ワイルドキャットを駆って戦い続けてきたギャレットだからこそ言える事だった。

 

 自分達の技量が、帝国軍のパイロット達に劣っていると言う事も、無論、否定はできない。

 

 しかし、それ以前にやはり憂慮すべきは、ワイルドキャットの性能が零戦に対して大きく劣っている事だろう。

 

 ワイルドキャットでは零戦に勝てない。

 

 それは最早、確固たる事実と言って良かった。

 

 対して、

 

 不遜な物言いに対し、しかしハルゼーは怒り出す事も無く、神妙な顔で頷きを返した。

 

「お前の言いたい事は判る。それに関しては、俺も同意見だ」

 

 その言葉に、ギャレットはため息交じりの笑みを浮かべた。

 

 司令官も自分と同意見であると言う事実に、我が意を得たりと言う手ごたえを感じていた。

 

 今回の戦争の主役は、何と言っても航空機である。

 

 水上艦も活躍し大きな戦果を上げてはいるが、それでもやはり航空機の占めるウェイトは大きいだろう。

 

 水上艦が活躍できるとすれば、航空機が飛べない夜間か、さもなくば双方の航空隊が共倒れに近い形になった時くらいだろう。

 

 そもそも、ハルゼーは合衆国軍でも珍しい、パイロット資格を有する提督である。

 

 それも初めからパイロット志望だった訳では無く、「航空部隊を指揮するなら、パイロットの気持ちも知らなくてはならない」と考え、提督になった後、強引にパイロット養成学校に行き、若い候補生たちに交じって訓練を受けた身である。

 

 それだけに、パイロットの気持ちがよく判っているのだ。

 

「実はな、こいつは極秘事項だが、以前、別の部隊がゼロの捕獲に成功していたんだ」

 

 ハルゼーの言葉に、ギャレットは驚いて目を剥いた。

 

 それはミッドウェー海戦と同時並行で行われた、アリューシャン列島攻略作戦での事だ。

 

 合衆国軍の反撃によって損傷した1機の零戦が、合衆国軍の基地近くに墜落した。

 

 パイロットは回収された時には既に死亡していたが、零戦その物は僅かな損傷を負っただけで無傷に近く、飛行も可能な状態だった。

 

 これを受け、本土では零戦の性能及び対抗策の研究、更には対抗可能な機体の開発が急ピッチで進められていた。

 

「もうすぐだ」

 

 ハルゼーは、重々しい口調で言う。

 

「もうすぐ、我々が反撃に転じる時が来る。その時こそ、ジャップの艦隊と艦娘どもを、1隻残らず水葬にしてやろうじゃないか」

 

 そう言うと、ハルゼーは不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで何度目になるだろう。

 

 耳障りなサイレンがラバウル基地に鳴り響き、パイロット達は重い足取りを抱えて愛機へと掛けていく。

 

 告げられる敵機の襲来。

 

 海岸線に潜んでいた監視員たちが、ラバウルに向かって飛翔する合衆国軍の攻撃隊を察知したのだ。

 

 南太平洋海戦で壊滅的打撃を受けた帝国軍基地航空隊は、戦力の再建を急ぎたいところではあったが、状況の逼迫が、それを許さなかった。

 

 ガダルカナル島を最前線に定めた帝国軍の戦線を迂回するように、合衆国軍はラバウルの南に位置するポートモレスビーに航空部隊の別働隊を展開、戦線の横腹を突く形で攻め込んで来たのだった。

 

 これに対し、帝国軍もまたラバウルに増援を送り込む事で合衆国軍に対抗しようとしていた。

 

 しかし、南太平洋海戦において戦力の大半を喪失した帝国海軍基地航空隊には充分な迎撃能力は残っておらず、連日の爆撃によって戦力はやせ細る一方だった。

 

 飛び立った零戦が上空へと舞い上がって行く。

 

 しかし、その数は明らかに少ない。

 

 対して、迎撃の為に高度を落としてくる大型の機影がある。

 

 《双胴の悪魔》こと、ロッキードP38ライトニングだ。

 

 合衆国軍はP38の燃料タンクに改造を施し、モレスビー~ラバウル間を往復できるだけの航続力を与える事に成功していたのだ。

 

 この機体の出現により、帝国運の迎撃は容易には成功しがたくなっていた。

 

 急降下するP38。

 

 重量級の機体が齎す急降下速度は、それだけでかなりの脅威である。

 

 その速度に対応できず、複数の零戦が直撃を浴びて火を噴くのが見えた。

 

 多少の改造を施したとは言え、モレスビーとラバウルの間を往復するのは、P38にはきつい物がある。戦場に滞空できる時間も、お世辞にも長いとは言い難い。

 

 合衆国軍のパイロット達は皆、その事を充分に理解している。その為、長期戦の可能性をはじめから全削除し、短期決戦に掛けている。

 

 すなわち、先制攻撃によって帝国軍にダメージを与えてリズムを見出し、その間に爆撃隊がラバウル基地を爆撃。攻撃終了後は素早く撤退すると言った具合に。

 

 無駄な事は一切しない。

 

 作戦をシンプルにして、攻撃速度に全てを賭けているのだ。これによって得られる戦果は小さいかもしれないが、そこは攻撃を反復する事で充分補い得ると判断された。

 

 この一連の合衆国軍の攻撃に対し、帝国軍は殆ど後手後手に回るのが常だった。

 

 P38が零戦隊を押さえている内に、B17をはじめとする爆撃機隊がラバウルの基地施設に対する爆撃を開始する。

 

 たちまち、地上の施設に炎が上がり、兵士達が爆炎を避けて逃げ惑う。

 

 一部の対空陣地が対空砲火を撃ち上げるが、殆ど効果は見られない。

 

 我が物顔でラバウル上空を蹂躙する合衆国軍。

 

 だが、彼等が一方的に攻撃できるのもここまでだった。

 

 蒼穹を切り裂く勢いで、別の零戦隊が戦場へと駆け込んで来たのは、その時だった。

 

 ラバウル攻撃に集中していた合衆国軍は、その突然の乱入劇に隊列を乱す。

 

「これ以上、好き勝手にやらせるかよ!!」

 

 相沢直哉は叫びながら、愛機のスロットルを全開まで開いた。

 

 唸りを上げて突撃する零戦22型甲。

 

 退避しようとしていたP38を射程に捉えると、合計6丁の7・7ミリ機銃を撃ち放つ。

 

 放たれる小型の弾丸が、強烈な弾幕を形成して敵機を捉える。

 

 たちまち、コックピットを粉砕されて墜落するP38。

 

 敵1機の撃墜を確認した直哉は、次の目標へと向き直った。

 

 操縦桿を捻り機体を横転させると、低空に降りていたP38に狙いを定める。

 

 P38の急降下速度は確かに脅威だが、それはあくまで中高度以上であった場合の事。低空まで下りてしまえば、その速度性能を十全に発揮する事はできない。

 

 直哉はエスピリトゥサントを巡る一連の戦闘で何度もP38と交戦し、その事を充分に理解していた。

 

 逃げようとするP38に追いすがり、6丁の機銃を1連射。

 

 翼を削り取られたP38は、そのままフラフラと暫く飛翔していたが、やがてバランスを保つ事が出来なくなり、海面へと突っ込んで行った。

 

 

 

 

 

 南太平洋海戦の後、戦力の半分以上を喪失した連合航空艦隊は、戦力再建の為、帝国本土へと後退していた。

 

 しかし、合衆国軍の空母を全滅させたとは言え、ラバウル方面を空にする事はできない。

 

 そこで比較的損害の少なかった「蒼龍」「龍驤」を主力とする成る第2航空艦隊がトラック環礁に残り、ラバウルに対する航空支援を行う事になった訳である。

 

 「蒼龍」と「龍驤」は現在、第7戦隊の「鈴谷」「熊野」、そして1個駆逐隊の支援を受けつつラバウル北方に展開、所属する零戦隊を繰り出してラバウルに対する支援を行っていた。

 

 司令官の小沢は、艦隊の場所を巧みに秘匿しつつ、ラバウル基地からの救援要請に応じて、適宜、零戦隊を繰り出して基地防衛の援護を行っていた。

 

 とは言え、

 

「それにも限界があるな」

「そうですね」

 

 小沢と蒼龍は深刻な顔を見合わせながら、ため息をつく。

 

 元より、2航艦も先の戦いで損害を被った身である。失った航空機も、損傷した「瑞鳳」や「飛鷹」から借り受けて補充した物が大半である。万全とは程遠かった。

 

 更に言えば、空母を活動拠点にして居る為、長期の作戦展開はできない。何回か戦闘に参加したら、補給と整備の為にトラックへ戻る必要があるだろう。

 

 当初は空母を出さず、航空機のみをラバウルに陸揚げして運用しては、と言う案もあったのだが、これに関しては小沢は拒否の姿勢を示した。

 

 理由としては、陸揚げして基地航空隊に合流させた航空隊が戻って来れる保証が無い事。更に、連日のように爆撃を受けるラバウルに陸揚げするのは、却って危険であると判断した事だった。

 

「本来なら、こんな作戦は切り上げて、さっさと兵を退くべきなんだがな」

 

 小沢は腕組みをすると、そう呟く。

 

 南太平洋海戦で戦略的に敗北を喫し、戦力の多くをすり減らしたのち、連合艦隊内部では意見が割れていた。

 

 一方は、現占領地を維持しつつ、前線の兵力を強化して敵の攻勢に耐えようと言う案。

 

 そしてもう一方は、占領地を放棄して兵を退き、後方の拠点を要塞化して来寇する敵を迎え撃とうと言う案である。

 

 前者は主に黒鳥陽介大佐を中心とした参謀陣が主張し、軍令部の方でも大々的に指示の姿勢を示している。

 

 後者は宇垣護参謀長や南雲忠志、近藤信行、小沢治俊、水上彰人と言った提督たちの主張だった。

 

 両者の主張は平行線をたどり、未だに合意には至っていない。

 

 しかし、後方で呑気に会議をやっている間にも、前線では兵士達が犠牲になっているのだ。

 

 それを考えれば、さっさと決めてしまいたいところである。

 

 現状維持派に言わせれば、ソロモンはラバウルの防壁であり、そのラバウルはトラックを守る為の防壁としての機能がある。その為に、放棄は考えられない。との事だった。

 

 とは言え、小沢達に言わせれば、敵の攻勢基点がポートモレスビーに移り、最前線をバイパスされてしまった以上、防壁としてのソロモンの存在価値には疑問が残る。

 

 恐らく合衆国軍は、ポートモレスビーからの航空攻撃によってラバウルを無力化、乃至抑え込みを行い、ソロモン諸島における帝国軍の拠点群を弱体化。その後、改めてガダルカナル島の再々奪取を試みる心算なのだろう。

 

 言わば、花を枯らすのに、中途の枝を切るような物である。

 

 このままでは、帝国軍は敵の術中にはまって兵力を消耗した挙句、最後は敵に叩き潰されて全ての兵力を失う事になりかねなかった。

 

 もはや、最前線の拠点などに拘っている時では無く、全ての兵力を後退させて戦力を集中し、新たなる決戦場を想定すべきなのだ。

 

 実のところ小沢には、軍令部や参謀たちがなぜ、ソロモン諸島の維持に固執しているのか、見当がついていた。

 

 ようは見栄だ。

 

 海軍は事実上、南太平洋での戦いに敗れ、米豪遮断作戦の放棄も決定している。

 

 そんな中、自分達の面子を保つ為に、せめて占領地を確保し続けようと言う魂胆が透けて見ている。

 

「帝国軍に撤退はあり得ない。たとえ絶望的な状況にあったとしても、1年でも2年でも占領地を確保し続け、敵の脅威になり続けるのだ」

 

 こんな事を平然と言ってのける軍令部職員までいる始末だった。

 

 前線に出ないくせに良い気な物である。前線の将兵や艦娘達は、彼等の面子を守る為の道具ではないと言うのに。

 

「急がねばならんな」

 

 小沢がそう呟いた時だった。

 

「零戦隊が帰還します」

 

 見張り員からの報告に、蒼龍と小沢は揃って振り返る。

 

 見れば、風上に向かって全速航行する「蒼龍」の後方から、出撃した零戦隊が着艦の為のアプローチに入ろうとしていた。

 

 数は減っていない。どうやら、奇襲が功を奏し損害はゼロに収める事が出来たようだ。

 

「あの、提督・・・・・・」

 

 蒼龍の言葉に察した小沢は、頷きを返す。

 

「出迎えだろう。気にせず行って来い」

「はい、ありがとうございます」

 

 笑顔で頭を下げると、蒼龍はいそいそと艦橋を出て行く。

 

 その後ろ姿を、小沢は優しげな瞳で見送る。

 

 彼女達の関係について、小沢もある程度の事は察していた。

 

 直哉と蒼龍。

 

 そして亡き飛龍。

 

 この3人の関係は、あまりにも複雑であり、小沢としてもどのように助言すれば解決できるのか測り兼ねている所だった。

 

「失った悲しみは、時を掛ければ乗り越える事もできよう」

 

 人間も艦娘も、本質的には強い存在であると、小沢は信じている。

 

 想い人を守れなかった直哉と、妹分を失った蒼龍。

 

 2人が共に、支え合う事で、自分達の胸の傷を癒して行ってくれることを祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火花が飛び散り、金属がこすれ合う音が聞こえてくる。

 

 耳障りな工業音だが、慣れてしまえばどうと言う事は無い、

 

 と言う事も無く、聞けば聞く程に神経を掻きむしられるような不快感に襲われてしまう。

 

 とは言え、それも一時の我慢である。

 

 何より、自分の艦の為に骨を折ってくれているのだ。感謝こそすれ、恨み言を言う筋合いはミクロ程も無いだろう。

 

「あと、どれくらいで終わる?」

「そうですね、砲身そのものが限界に達してましたから。あと数日って感じかな。30センチ砲用のストックがあって助かったですね」

 

 彰人の質問に答えたのは、艦娘の明石だった。

 

 長い髪をこめかみで縛った女性は、手元のファイルに目を落としてから彰人に笑い掛ける。

 

 ここは「姫神」の甲板、ではなく工作艦「明石」の甲板である。

 

 周囲を見渡せば、作業員たちが忙しなく駆け回り、彰人などには見た事も無いような機械が稼働している。

 

 そして頭上の大型クレーンでは今、長い砲身が持ち上げられていた。

 

 今からあの砲身が、「姫神」の砲塔への取り付け作業が行われる事になるのだ。

 

 「姫神」は現在、「明石」に横付けし整備を受けている所だった。

 

 南太平洋海戦においては、殆ど損傷らしい損傷を受けなかった「姫神」だが、長期に渡る作戦行動によって、様々な部分に負荷が溜まっている。

 

 特に砲身は砲撃戦によって酷使した為、最優先での交換が必要だった。

 

 「明石」は帝国海軍が世界に誇る最大の工作艦であり、多数の大型クレーンとドイツ製の最新式工業設備を備えている。その為、「平時における海軍の修理整備の内、4割を1隻でまかなえる」とまで言われている、正しく「動く海軍工廠」である。

 

 ある意味、帝国海軍の南方における行動の要は、世界最大の戦艦「大和」や主力である連合航空艦隊よりも、この「明石」である、とさえ言われていた。

 

 その姫神はと言えば、彰人と並んで作業風景に見入っていた。

 

 とは言え彼女の場合、作業に興味があると言うよりも、うるさくて寝られないから、寝床から這い出してきた、と言うのが本音だろうが。

 

 そんな姫神も、今はクレーンで運ばれていく自分の砲身をボーっと眺めていた。

 

 対して、明石は笑顔で、姫神の肩に手を置く。

 

「クロちゃんの方も、何とか整備が進んでるから安心してね。あっちはかなりの重傷だったけど、どうにか機関の修理はできたから、後は自力で本土まで戻る事ができるわよ」

「ありがとうございます」

 

 黒姫の話が出た事で、姫神は少しだけ顔を綻ばせた気がした。

 

 南太平洋海戦において「インディアナ」の砲撃を受け、大破した「黒姫」は、一時的に航行不能状態になり、「姫神」に曳航されてトラックまで帰還した。

 

 そこで、「明石」から応急修理を受け、どうにか自力航行可能なまでに回復したのだった。

 

 とは言え、本格的な修理となるとやはり本土で行った方が良いだろう。「明石」も日々、多くの艦の整備をする任務がある為、「黒姫」1隻にかかずらっている場合では無いのだ。

 

「大丈夫だよ」

 

 そう言うと、彰人は姫神の頭を撫でてやる。

 

 対して、

 

 姫神は彰人に撫でられるまま、じっと彼の顔を見詰める。

 

 感情を映しづらい瞳で見上げる姫神。

 

「え、何?」

「別に」

 

 怪訝な顔を作る彰人に、姫神はそっけない返事を返すと、そのまま踵を返して歩き去って行く。

 

 そんな姫神を、呆然と見送る彰人。

 

「・・・・・・もしかして僕、嫌われた?」

「さ、さあ?」

 

 そんな2人のやり取りを見て、明石は首をかしげるのだった。

 

 

 

 

 

 姫神は、ある意味、自分を持て余していた。

 

 別に、彰人の事が嫌いな訳ではない。

 

 ただ、どのように対応して良いのか判らず、困惑しているのだ。

 

 あの時、

 

 南太平洋海戦の時、「インディアナ」の砲撃を浴びて撃沈されそうになった「黒姫」を見て取り乱した姫神。

 

 そんな姫神に、彰人は力強く言った。

 

『大丈夫、僕の言う通りにすれば勝てる。黒姫も助けられる』

 

 そして、実際に彼の言う通りになった。

 

 彰人は91式徹甲弾の水中弾効果を利用して「インディアナ」の意表を突き、一気に状況を逆転させたのだ。

 

 彰人はいつも、誰も考え付かないような発想力で、不利な状況を逆転させてきた。

 

 それだけじゃない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 姫神はそっと、彰人に掴まれた肩に手を置く。

 

 この感情が何なのか、姫神は知らない。

 

 だが、それについて考えるだけで、心が掻き乱されるような気がするのだった。

 

 背後から忙しなく駆ける音が聞こえて来たのは、その時だった。

 

 振り返る姫神。

 

 すると、自分に向かって駆け寄ってくる兵士の姿が目に移った。

 

「ああ、姫神。ここだったか」

 

 その兵士は、「姫神」の航海士の1人で艦橋にもよく出入りする為、姫神も面識があった。

 

「どうかしたのですか?」

「すぐに、君と提督に艦に戻ってもらいたい。GF司令部から緊急で連絡が入った」

 

 何か、良く無い事が起こった。

 

 姫神には漠然とだが、そのように感じられた。

 

 

 

 

 

第40話「芽吹く想い」      終わり

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。