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ソロモン諸島に、ニュージョージア島と言う島がある。
位置的にはガダルカナル島の北西に位置し多島海のソロモン諸島の中にあって、ちょうど中央付近に位置している。
ソロモン諸島を実効支配している帝国軍は当然、そのニュージョージア島にも兵力を置いていた。
とは言え、兵力に余裕が無い帝国軍には、ソロモン諸島全域に大兵力を配備するだけの力は無い。
その為、どうしても最前線のガダルカナル島と後方拠点であるラバウルにばかり兵力が集中し、中継拠点となる島々には申し訳程度の戦力しか配置していなかった。
そこを、合衆国軍は容赦なく突いてきた。
南太平洋海戦から半月が経過した1942年11月12日。
戦艦4隻、空母1隻を中心とした艦隊に護衛されたアメリカ合衆国陸軍約3万が、このニュージョージア島に強襲上陸。島を守備していた帝国陸軍1万を蹴散らし占領してしまった。
合衆国軍の作戦は周到だった。
彼等は南太平洋海戦で大損害を被ったものの、帝国海軍にも、特に主力となる連航艦と基地航空隊にも重大な損害を与えたと判断した合衆国軍は、満を持して打って出たのである。
作戦開始に先立ち、連日のように行われたラバウルへの空襲も、この作戦の為の布石だった。空襲で多くの戦力を失い、更に残った戦力も迎撃に専念させざるを得なかったラバウル航空隊は、今回の合衆国軍の強襲に、全くと言って良い程対応できなかったのだ。
全ては帝国海軍の戦線を南から分断し、最前線であるガダルカナル島を孤立させる事を目的とした作戦。
更に、これに先立ち合衆国軍は、エスピリトゥサント基地の飛行場を一部修復し稼働状態に戻していた。
そこから発進した爆撃機部隊と、南太平洋海戦の損傷を突貫工事で修復した空母「エンタープライズ」が、ガダルカナル基地に空襲を仕掛け、これを壊滅状態に陥れていた。
これらの事前攻撃によって、ソロモン諸島西側の制空権は、ほぼ合衆国軍に帰する事となった。
そこへ戦艦部隊による徹底した艦砲射撃を実施。帝国軍の海岸防御陣地を粉砕した後、海兵隊と陸軍部隊を上陸させたのだ。
これにより、帝国軍の戦線は東西で分断された形になった。
「だから、早く撤収を完了させるべきだったのだ」
「いや、しかし撤収するには、まだ時期尚早だ。敵を排除すれば、ソロモン諸島の確保は充分に・・・・・・・・・・・・」
「大和」の会議室で行われている緊急対策会議は紛糾し、半ば怒号のような様相を呈し始めていた。
合衆国軍のニュージョージア島上陸は、帝国海軍にとって完全に、寝耳に水の事態であった。
敵が来るならガダルカナル島であろうと勝手に思い込み、同島に戦力を増強しようと言う計画が成されていたのだが、その矢先に起こった、合衆国軍の強襲作戦である。
帝国軍の行動は、完全に後手に回ったとしか言えなかった。
「とにかく、です」
黒鳥陽介は、話を強引に纏めるようにして口を開いた。
「この上は一刻も早く、ニュージョージア島を奪回し、ガダルカナル島への補給路を復活させる必要があります。そうしなければ早晩、ガダルカナル島の守備隊は干上がり無力化されてしまう事でしょう。」
あくまでガダルカナル島の維持に拘ろうとする黒鳥。
しかし、その意見に賛同する声は、先日と比べて明らかに減少を見せていた。
ニュージョージア島が敵に占領されるまで、GF司令部内では黒鳥が主張するソロモン諸島維持を含む戦線維持論が主流であり、大半の参謀が賛同していた。
しかし同島が占領され、前線への補給路が断ち切られるに至り、多くの者が、宇垣護参謀長の主張するソロモン撤退論へと宗旨替えを行っていた。
今や、ガダルカナル維持に拘り続けているのは、黒鳥他数名と言ったところである。
もはやこの事態に陥った今、誰もが目を覚ましていたのだ。ガダルカナル維持に拘る必要性は無いと言う事に。
「いや、もはや事態は悠長な議論をする段階は過ぎた。今すぐにでも撤退するべきだ」
撤退派の弁を代表するように口を開いたのは、第2航空艦隊司令官の小沢治俊だった。
かねてより、彰人と同じく無茶な侵攻作戦には反対だった小沢も、南太平洋海戦以後、ソロモン諸島撤退を強く進言し続けていた。
ガダルカナル島は、維持するにはあまりにも本土から遠すぎて、補給にも難がある。また、米豪遮断作戦が中止される以上、維持する意味も無い。それよりも全兵力を後方に引き上げ、防衛力を強化すべきだと言うのが撤退派の主張だった。
しかし、そうして議論を続けている内に、事態は最悪の方向に推移してしまった。
「小沢提督の御意見に賛成です」
彰人が挙手をして発言した。
「ニュージョージアを占領した敵軍は、同島を橋頭堡にして、いずれは艦艇や航空機も進出させ、本格的にこちらの補給線を攻撃してくるでしょう。そうなれば、ガ島救出はさらに困難になると予想されます。そうなる前に、兵を退くべきです」
ガダルカナル島には最前線だっただけの事はあり、基地航空隊の精鋭部隊が配備されている。それを無為に失う事だけは、絶対に避けなければならない。
「そんな事は無い」
彰人の発言を受けて、黒鳥は気色ばんで反論してくる。
「ニュージョージア島を奪還できれば補給線は復活する。そうすればまたガダルカナル島への輸送も可能になるだろう」
「たとえ成功したとしても、奪還の為に兵を出せば、またこちらは戦力を消耗します。それに対して、敵はまた兵力を後方から持ってきて侵攻を再開するでしょう。その時、戦力が枯渇した我が軍には、敵を防ぐ手段はありません」
対して、彰人は毅然と反論する。
かねてより撤退論を主張してきた彰人にとって、皮肉な事に今回の合衆国軍の侵攻はチャンスだった。おかげで、多くの参謀たちの同意を得られたのだから。
「ガダルカナル島を維持し続ける事ができれば、敵に脅威を与え続ける事ができる。戦略面から考えても、島を維持する事には意義がある筈だ」
黒鳥の主張に対し、しかし大半の人間が首をかしげる。
この段階になって、ガダルカナル島に戦略的価値があると思っている人間は、殆どいなかった。
「ガダルカナル島に戦略的価値があったとすれば、それは米豪遮断作戦を継続した場合です。しかし作戦は中止され、敵の反抗まで受けた今、ガ島の戦略的価値は完全に失われ、却って維持する事による負担の方が大きいです」
これがもし、ミッドウェーの前であったなら、ガダルカナル島の戦略的価値は計り知れない物があったかもしれない。
だが今、帝国海軍は無茶な侵攻作戦で多くの戦力を失い、後退を余儀なくされている。ならば、拠点の確保などに拘りを持つべきではなかった。
「しかし、それでは我が海軍の面子は・・・・・・・・・・・・」
持論を悉く論破された黒鳥は、とうとう本音を漏らしてまで反論を試みて来た。
ようするに、彼等がガダルカナル島維持にこだわりたい理由はそれなのだ。
確かに、ここでソロモンから完全撤退してしまっては、失敗続きの海軍の面子は丸つぶれになる事だろう。
ならば、せめて占領地を維持して面子だけでも保とうとしている。
だが、
「面子で戦争はできませんよ」
彰人にしては珍しく、毒舌を混ぜて反論した。
面子に付き合わされる将兵・艦娘の気持ちを、果たして黒鳥は一度でも考えた事があるのだろうか?
自分達や艦娘は、あなた達の面子を保つための道具ではない。
そう言う言葉を言外に含め、彰人は言い放った。
案の定と言うべきか、黒鳥はものすごい勢いで彰人を睨んでくる。
階級は同格とは言え、後任の彰人に生意気な事を言われ、頭に血が上っているのだろう。
だが、黒鳥が何かを言う前に、横から言葉が挟まれた。
「面子と言うなら、既に我々はそれを主張する権利を失っている」
宇垣は淡々とした口調で、彰人に対して掩護射撃を行う。
「ミッドウェーに負けた時点で、我々の面子は完全につぶれていた。米豪遮断作戦は、それを糊塗しようとして強引に行ったにすぎん。そして今、それにすら失敗して敵の反撃を受けている。ならば、今は現実を見た対応が必要だろう」
更に、宇垣は続ける。
「それに、敢えて言うが、この上で面子を取り戻したいと言うなら、それこそ万難を排して撤退作戦を成功に導き、以後は敵の侵攻を食い止める事に尽力すべきだ」
宇垣自身、米豪遮断作戦を阻止できなかったと言う後悔がある。
作戦開始前に、もっと強く反対の意を表明していたら、あるいは今日の事態は防げたかもしれないと言うのに。
だが、それは最早、言っても始まらなかった。
「議論は、出尽くしたようだな」
話を聞いていた山本が、重い腰を上げるように口を開いた。
「どうやら、撤退論が大勢を締めているように見える。この上は、占領地にこだわることなく、万難を排してソロモン諸島からの撤退を行えるようにしてもらいたい」
山本の言葉に、居並ぶ提督、参謀、艦娘はこぞって立ち上がり敬礼を返す。
しかし、
その中で1人、
黒鳥陽介だけは、黙して座したまま、沈黙を貫いていた。
会議が終わった後、彰人達は直ちに撤退作戦に必要な計画立案へと入った。
ともかく、時間は今や、1秒と言えど砂金よりも貴重な存在となっている。
だが、連合艦隊は今、大きな問題を抱えていた。
「使える戦力が少ない」
宇垣は開口一番にそう言った。
この場には宇垣の他に、彰人、大和、小沢、蒼龍を始め、数人の艦隊司令官や艦娘、参謀が集まっていた。
ちなみに彰人は姫神を連れて来ていない。このような堅苦しい会議に連れてきても、彼女なら3分で寝る事請け負いである。
話を戻すと、
宇垣が先ほど言った言葉は、正に帝国海軍を直面している問題だった。
南太平洋海戦で戦艦2隻を失い、更に空母3隻、戦艦・巡戦4隻を損傷した帝国海軍は、艦隊主力の大半が動かせない状態にある。
特に主力である連合航空艦隊はようやく再建が始まったばかりであり、艦載機の補充すらできていない。辛うじて動かせるのは前線にいる2航艦だけである。
空母「翔鶴」「飛鷹」「瑞鳳」、戦艦「長門」「金剛」「比叡」「黒姫」、重巡「愛宕」「摩耶」が修理中であり、さらに悪い事に戦艦「伊勢」「日向」は改装中でやはり動ける状態に無い。
大和型戦艦の2番艦「武蔵」は、完熟訓練中で、まだしばらくは実戦参加できる状態ではない。
それらを考え合わせると、トラック在伯の艦艇で使える戦力は戦艦「大和」「榛名」、巡洋戦艦「姫神」、空母「蒼龍」「龍驤」、重巡洋艦「鈴谷」「熊野」「妙高」「那智」「足柄」「羽黒」軽巡洋艦「川内」「神通」「阿賀野」駆逐艦26隻。
どうにか2個艦隊がせいぜいといったところである。しかもトラックを空にするわけにはいかないので、これら全てをソロモン戦線に投入する事も出来ない。
しかも戦艦3隻、空母2隻では、機動部隊としても戦艦部隊としても、戦力は中途半端過ぎる。重巡だけは数が揃っているが、それだけで戦艦複数を擁する合衆国軍への対抗は難しかった。
この他に、ラバウルに駐留する第8艦隊も戦力に加わるが、それでも聊か心許なかった。
全ては、作戦方針の不徹底が招いた事態だった。
「戦艦を中心に戦うしかあるまい」
小沢が神妙な面持ちで発言した。
「どのみち、2航艦も残存戦力だけでは上空直掩くらいしかできん。その点、戦艦なら・・・・・・」
小沢は宇垣の傍らに座った大和を見詰めて続ける。
「切り札の『大和』もある。水上砲戦なら敵を圧倒できる可能性は残されている」
「敵の航空兵力は、どれくらいになりそうですか?」
質問したのは大和である。
彼女自身、相手が戦艦なら圧倒できる自信はあるが、航空機に横やりを入れられたら思わぬ形で足元を掬われかねない。
その為、敵の戦力は可能な限り把握しておきたかった。
大和の質問を予想していたように、小沢は傍らの蒼龍に目をやる。
「蒼龍、あれをみんなに見せてやってくれ」
「はい、提督」
小沢に促された蒼龍は、傍らに置いて置いておいた鞄から数枚の写真を取り出すと、隣に座っていた彰人に差し出した。
「これは・・・・・・・・・・・・」
その写真を見て、彰人は言葉を失う。
そこには、平らに整地されつつある地上の様子が映し出されていた。
明らかに飛行場の建設状況である。
「提督の指示で、2式艦偵を複数回、ニュージョージア島に派遣しました。その機体が持ち帰った写真です」
「・・・・・・まだ、完成はしていないみたいだけど」
しかし、建設がかなり進んでいる事は間違いない。
時間が経てば飛行場が完成し、航空隊が進出してくることは想像に難くなかった。
「その他にも、空母1隻が確認されているが、これは南太平洋海戦で取り逃がした『エンタープライズ』に間違いないだろう」
小沢の言葉に、一同は驚愕を隠せなかった。
こちらは損傷した空母を未だに修理中だと言うのに、敵はもう、「エンタープライズ」を修理して戦線に復帰させてきたのだ。
「チャンスです」
参謀が興奮したように発言した。
「こちらは『蒼龍』と『龍驤』がいます。こちらから攻撃を仕掛ければ、今度こそ『エンタープライズ』を撃沈できるのではないでしょうか」
「無理です」
発言した参謀の言葉に、蒼龍は申し訳なさそうに首を振る。
「龍驤さんは元々、防空用の戦闘機しか積んでいませんし、私も今は、攻撃機を殆ど下ろしてしまっています。こちらから攻撃を仕掛けるのは不可能です」
「蒼龍」の精鋭艦爆隊である江草隊は、南太平洋海戦で「ホーネット」を撃沈するなどの活躍を見せた物の、一連の戦闘で消耗し尽くし、今は後方に下がっている。
先ほど小沢が言った通り、今の2航艦は事実上、防空戦闘のみの部隊となっていた。
「ここは当初の方針通り、戦艦部隊による攻撃を行った方が得策だろうな」
宇垣は、そう結論付けた。
「大和」を中心とした水上砲戦部隊が敵艦隊殲滅と、橋頭堡撃破を担当。2航艦は、その上空掩護、と言う事になる。
「一つ、提案があります」
彰人が発言したのは、その時だった。
一同が注目する中、彰人は立ち上がって宇垣を見る。
「ソロモン諸島、特にガダルカナル島周辺は非常に狭く、多くの艦が同時に行動する事は難しいです。ここは全軍を一気に投入するよりも、強力な艦で構成した少数精鋭部隊を投入した方が得策だと考えます」
彰人の意見に対し、ソロモンで作戦行動をした事がある幾人かの提督が頷く。
第1次ソロモン海戦以降、事実上の制海権は帝国軍が握ってきたとはいえ、多島海のソロモン諸島に大艦隊で乗り込んで行けば、指揮が混乱するばかり、最悪、衝突事故や同士討ちの危険性すらある。
事実、第1次ソロモン海戦でも、第8艦隊、第11戦隊共に、複雑な艦隊行動を避けている。
そんな彰人の発言に対し、宇垣も興味をひかれたように身を乗り出す。
「何か意見があるなら聞こう」
その言葉には、彰人からどんなアイデアが飛び出るのか期待するようなニュアンスが含まれていた。
2
1人、湯船に浸かりながら、姫神は何を考える訳でもなく、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
戦前から、外地における帝国海軍最大の根拠地として機能してきたトラック環礁は、艦娘の保養施設も充実している。
この室内温泉も基地化が開始した当初に設けられ、歴代の所属艦娘達に愛好されてきた。
とは言え、本土にあるような温泉施設にするわけにもいかないので、普通に沸かした湯に入る形になるが。
それでも気温の高い南国では、最高級の贅沢である。
その広い湯船に今、姫神は1人で浸かっていた。
いつもなら妹の黒姫が一緒なのだが、彼女は今、本格修理の為に本土に向かっている最中である。
こうして1人でいると頭に思い浮かぶのは、どうしても彰人の事ばかりだった。
開戦以来約1年、姫神はずっと彰人を艦長として、そして提督として仰ぎ、共に戦ってきた。
当初、彼に対して抱いていた、頼りない優男風の印象は、すっかりと無くなってしまっている。
いや、優男で頼りなさげな外見なのは相変わらずだ。
だが、これまで数々の戦いで見せた冷静な思考力と大胆な指揮は、彼が非凡な艦隊指揮官である事を示している。
見た目に反し頼りになる指揮官。
それが、今の彰人に対する印象である。
だが、
今の姫神の内にあるのは、そのような上辺の事ではない。
「・・・・・・・・・・・・」
手で掬ったお湯を、顔に掛ける。
心地よい温もりが顔を浸し、定まらぬ思考に余裕を与える。
彰人の顔、彰人の声、彰人の仕草、彰人の温もり
それらを考えるだけで、冷静な思考に僅かなノイズが走るのを感じる。
いったい、自分はどうしてしまったのか?
以前は、こんなでは無かったと言うのに。
誰かが浴室に入ってくる気配に気が付いたのは、その時だった。
顔を上げる姫神。
すると、その視界の先には、見覚えのある戦艦娘が体の前をタオルで隠しながら入ってくるところだった。
「あ、ヒメさんも今入ってたんですか。御一緒させてくださいね」
そう言って返事を聞く間もなく体にお湯を掛け、湯船に足を踏み入れて来たのは、連合艦隊旗艦の大和だった。
どうやら、会議の合間を縫って入浴に来たらしかった。
「会議の方は、どうなっていますか?」
「はい。大筋でまとまりましたので、あとで水上大佐から通達があると思います。
湯船に浸かる前に、髪を纏めてタオルで包む大和。
そのスタイルが良い体付きが、姫神の目にも映る。
しなやかな細身で女性らしい雰囲気を持った大和。もっとも以前、偽装疑惑が持たれた胸は、タオルでしっかりと隠しているが。
姫神と大和。
並んで見比べれば、同じ戦艦なのにえらい違いである。
男女に限らず、見かけの良さと言うのは、一種のステータスである。
男は可愛い少女、美しい女性に魅かれるし、女もまたしかりだ。
では、彰人は、どう思うだろう?
自分と大和、並んで立てばどちらを魅力的と考えるだろうか?
そんな事を考える。
と、
そこでふと、我に返る。
自分はいつから、そんな事を考えるようになったのだろう?
以前の自分なら、このような事を考える事は無かったと言うのに。
「何か、悩み事ですか?」
すぐ隣に腰を下ろした大和が、そう尋ねて来た。
振り返ると、自分よりも大人びた顔付の少女が、笑顔でこちらを見詰めて来ていた。
「そう、見えますか?」
「はい。何だかヒメさん、ものすごい難しい顔してたから」
大和の言葉を受けて、姫神は考え込む。
竣工して1年も経っていない大和にまで見抜かれるとなると、自分の悩みもいよいよ深刻な物となっている気がした。
そんな姫神に、大和は柔らかく笑い掛ける。
「私で良ければ話してみませんか? 結構楽になるかもしれませんよ」
「いえ、個人的な事ですので・・・・・・・・・・・・」
そう言って、大和からの申し出を、姫神はやんわりと断る。
大和の申し出は彼女の善意から出ている物である事は、姫神にも判っている。相談する事によって得られる物があると言う事も理解できる。
しかし実際、自身の内にある事柄について、誰にどのように相談すればいいのか、姫神ですら判っていない部分が大きいのだ。それを誰かに相談する事など、さらに困難なのは言うまでも無かった。
「そうですか」
対して、大和はと言えば、あっけらかんと言った調子であっさりと引き下がり、深く踏み込んでは来なかった。
その態度に、姫神はやや拍子抜けする想いだった。てっきり、もう少し突っ込んで聞いて来るかと思ったのだが。
「何にしても・・・・・・」
お湯の中で大きく伸びをするようにしながら、大和が言う。
「悩んでいるなら、ヒメさんが『こうしたい』って思った通りにやってみるのが一番だと、私は思いますよ」
「こうしたい・・・・・・ですか」
自分が何をどうしたいのか?
彰人と今後、どんな関係を築きたいのか?
それがまだ、姫神には見えてこない。
そう考えれば、大和の助言は絵に描いた餅に等しい。
の、だが、
「・・・・・・・・・・・・」
姫神は無言のまま立ち上がる。
湯気の立つ室内に、裸身を晒す。
大和に比べて、明らかに肉付きの薄い身体。
白い背中から、小さく膨らんだお尻、そして細い太ももにかけてのラインが、幼い故の美しさを形成している。
「大和」
「うん?」
振り返り、戦艦娘に視線を向ける。
「ありがとう。ほんの少しですが、見えた気がしました」
「そうですか」
そう言って微笑む大和。
そこでふと、浴場を出ようとした姫神は、思い出したように振り返って大和を見た。
「一つ、良いですか?」
「はい、何でしょう?」
首をかしげる大和に、姫神は自身の内に沸いた疑念をぶつけてみた。
「大和も、宇垣参謀長には、自分が思った通りに行動してるのですか?」
「ブホッ ガボガボガボガボ」
予想外の
ややあって、復活を遂げた大和が浮上する。
「な、なな、何でそこで参謀長が出て来るんですか!?」
「いえ、何となくそう思いましたので」
そう言うと慌てる大和に背を向け、姫神は今度こそ浴場を後にした。
濡れた体を丁寧にふき取り、細い体に下着を付けると、その上から持って来た浴衣を羽織る。
艦娘が戦闘時や勤務時に着る衣装と言うのは、各型ごとに定められているが、普段着は割と自由にしていい事になっている。
いわば軍人が軍服を着るのと一緒と言う訳だ。
とは言え、姫神はそれほど、(パジャマ以外の)自分の着る物に拘った事は無く、普段着については黒姫に選んでもらう事が殆どだった。
「お姉ちゃんは、もっとおしゃれに気を使うべきだよ!!」
服を買いに行くたび、妹からそんなお小言を貰っている。
「おしゃれ、か」
そっと呟いてみる。
艦娘である自分達は戦うのが役目であり、それ以外の事など必要無い。そう思っていた。
だが、最近では、本当にそれでいいのか、と思うようになっていたのも事実である。
やはり、着る物や自分の恰好に、もう少し気を使ってみるべきだろうか?
そんな事を考え、ふと気分を変えて手を動かす。
鏡の前に座り、自分の頭に手を伸ばした。
下ろした髪を纏めて肩口に垂らす。
それだけで、いつもとは違う雰囲気になるようだった。
「この程度では・・・・・・・・・・・・」
あの鈍感提督にアピールするには足りないかもしれない。
そんな考えを思い浮かべながらふっと息をついた。
「姫神」に戻ると、幾人かの兵士達挨拶を交わしつつ、艦橋へと向かう。
どうやら、「大和」での会議を終えた彰人が戻ってきているらしい。一応、作戦の確認の為に話をしておく必要があった。
昼戦艦橋へと向かうタラップを昇りながら、姫神は彰人の事を思い浮かべる。
自分が彰人に対してどうしたいのか?
あるいは、彰人が自分の事をどう思っているのか?
先程、大和に言われたとおり、自分のやりたいようにやってみる、と言う事も必要なのかもしれない。
これまで姫神は彰人に対して、あまり自分の考えをぶつけた事は無い。
しかしだからこそ、あえてこれまでとは違う事をしてみるのも良いかもしれないと思った。
やがて艦橋に入ると、彰人が砲術長や航海長、通信長、主計長と言った各部署の責任者たちを集めて説明を行っている所だった。
その横顔を、姫神はじっと眺める。
相変わらず、頼りなさげな線の細い顔。実年齢よりも10歳は若く見られる幼い雰囲気がある。
しかし、その内面においては、帝国海軍のどの提督にも引けを取らない、実戦豊富な提督である。
「あ、姫神。おかえり」
声を掛けられたのは、その時だった。
どうやら、姫神が考え事をしている内に説明は終わっていたらしい。
砲術長たちは姫神に笑い掛けながら艦橋を出て行く。
やがて、艦橋の中には彰人と姫神の2人だけになった。
「彰人・・・・・・・・・・・・」
「あ、お風呂行ってたんだ。良いね、僕も後で行こうかな」
そう言うと彰人は、姫神に寄り添うようにして並ぶと、手を伸ばして姫神の髪に触れて来た。
「髪型、変えたんだ。可愛いよ」
「・・・・・・・・・・・・」
彰人の言葉に、姫神は表情こそ変えないものの、内心では驚いていた。
まさか、変えたばかりの髪型の事を彰人に指摘され、その上で褒められるとは思っていなかったのだ。
静かな潮騒の音以外、何も聞こえない世界。
まるで姫神と彰人、世界に2人だけしか存在しないかのようだ。
「・・・・・・作戦が、始まるのですね」
「うん」
不意に発せられた姫神の言葉に、彰人も頷きを返す。
振り返る2人。
互いの視線が、真っ直ぐに交わされる。
「次の作戦は、あるいはこれからの戦いの帰趨を占う重要な物になると思う。作戦の成功如何によって、僕達の運命が決まると見て間違いない」
真剣な眼差しで言う彰人。
対して、姫神も真っ直ぐに青年を見つめ返す。
「彰人」
そっと、名を呼び姫神。
「私は、帝国海軍の巡洋戦艦であり、貴方の旗艦です」
そう告げる姫神の目を、彰人は真っ直ぐに見つめて微笑む。
「だからこれからも、貴方と共に戦い続ける事を、望みます」
大和に言われた、「やりたいようにする」と言う事。
その意味を、まだ姫神は理解できない。
だが今は、彰人と共にいたい。
それが少女にとって、一番の願いだった。
対して、
彰人もまた、姫神に笑い掛ける。
「僕も、君と一緒に戦い続けたい。そう思っているよ」
そう言って、そっと姫神の頭を撫でるのだった。
第41話「蕾であるが故に」 終わり