蒼海のRequiem   作:ファルクラム

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第43話「海魔饗宴」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の海は、ただそこにいるだけで恐怖を感じる。

 

 全てが闇の中に溶け込み、見通す事すらできない。

 

 今、この闇の中を、深海から魔物が這い出でたとしても不思議ではない。

 

 そんな予感が伝わってくる。

 

 帝国海軍第8艦隊に所属する重巡乗艦「青葉」は、自身の前方から近付いてくる存在を探知したのは、そんな不気味な夜の海での事だった。。

 

 緊張が海を支配する。

 

 まさか、本当に魔物が現れたのか?

 

 誰もが固唾を飲む中、探照灯による発光信号が送られた。

 

「ワレ青葉、ワレ青葉、誰カ?」

 

 不気味な静寂の中で、緊張する一同。

 

 次の瞬間

 

《ワレ夕立・・・・・・ぽい》

 

 発光信号が返され、一同はホッと息を突いた。

 

 取りあえず、信号の内容が微妙な感じになっているのはスルーである。

 

 などと言うやり取りが、艦隊の最前列で成されている。

 

 その後方では、一際巨大なシルエットが、波をかき分けて進んでいた。

 

「参謀長、特務艦隊全艦、集結完了したと判断します」

「うむ」

 

 大和の言葉に、宇垣は頷きを返す。

 

 ニュージョージア島が合衆国軍に占領されてから10日。

 

 いよいよ帝国軍は、ソロモン諸島撤退に向けた行動を開始しようとしていた。

 

 その為に連合艦隊は稼働可能な艦艇をかき集め、通常の艦隊編成から外れた特務艦隊を編成しソロモン諸島へと繰り込んだ。

 

 以下が、その編成となる。

 

 

 

 

 

○第1特務艦隊 射撃隊

戦艦「大和」

重巡洋艦「妙高」「羽黒」

軽巡洋艦「川内」「北上」「大井」

駆逐艦10隻

 

○第1特務艦隊 機動部隊

航空母艦「蒼龍」「龍驤」

重巡洋艦「鈴谷」「熊野」

駆逐艦4隻

 

○第1特務艦隊 遊撃隊

巡洋戦艦「姫神」

軽巡洋艦「阿賀野」

駆逐艦4隻

 

○第2特務艦隊

重巡洋艦「鳥海」「青葉」「衣笠」「古鷹」

軽巡洋艦「天龍」

駆逐艦4隻

水上機母艦2隻

輸送船5隻

 

 

 

 

 

 特筆すべきは第1特務艦隊の存在であり、その司令官には連合艦隊参謀長の宇垣護中将(昇進)が着任していた。

 

 そして、帝国海軍が誇る世界最大最強の戦艦「大和」にとって、ミッドウェー海戦以来となる出撃だった。

 

 これに先立ち、山本伊佐雄以下連合艦隊司令部は、残った唯一の戦艦である「榛名」に司令部を移している。

 

 宇垣としては残っている戦艦「榛名」や重巡「那智」「足柄」の参加も要請したのだが、「全ての大型艦を投入してしまってはトラックが手薄になる」との理由から却下された。

 

 それと同時に、本土から扶桑型戦艦の2隻、「山城」「扶桑」がトラック環礁へ派遣され、防衛力が強化される手筈となった。

 

 目的はニュージョージア島近海にいる敵艦隊の撃破、及び敵橋頭堡に対する艦砲射撃。

 

 しかし、それは囮に過ぎない。

 

 本命は、ガダルカナル島にいる守備隊の撤収作業にある。そちらは第2特務艦隊が担当する事になる。

 

 作業は迅速に行う必要がある。夜の内にガ島に接岸し、夜が明ける前に撤収を完了させるのだ。

 

 この日の為に予めガ島に参謀を派遣して作戦説明を行い、接岸と同時に迅速な作業が行えるよう手配もしておいた。

 

 だが、ニュージョージア島近海には、戦艦を含む有力な合衆国艦隊の存在が確認されている。

 

 帝国海軍が動けば、彼等が妨害に出て来る事は十分予想できる。

 

 全ては、第1特務艦隊が敵艦隊を排除できるかどうかに掛かっている。つまり、鍵を握るのは「大和」達と言う訳だ。

 

「進路、ニュージョージア島へ!!」

 

 高らかに言い放つ宇垣。

 

 今再び、世界最大の巨砲が火を噴く瞬間が、指呼の間に迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋭い艦首の形状を持った戦艦が、ゆっくりと海岸から離れてく。

 

 数は3隻。

 

 いずれも重厚な雰囲気を持った機能美に溢れている。

 

 「ニューメキシコ」「ミシシッピ」「アイダホ」

 

 合衆国海軍所属ニューメキシコ級戦艦。

 

 テネシー級戦艦の先代に当たり、基準排水量3万2000トンを誇る。

 

 速力こそ21ノットと低速な物の、主砲は50口径36センチ砲を3連装4基12門備え、新鋭戦艦であるノースカロライナ級、サウスダコタ級にも引けを取らない砲撃力を誇っている。

 

 日米開戦時には3隻とも大西洋艦隊に配属されていたおかげで真珠湾攻撃を免れ、今日まで全艦が健在だった。

 

 第2次ソロモン海戦、南太平洋海戦の2度の戦いで新鋭戦艦の大半を撃沈された合衆国艦隊は、その穴埋めとして彼女達をニュージョージア島攻略支援に派遣したのだ。

 

 それぞれの艦橋には、良く似た顔立ちの3人の女性がおり、自分達の向かう先を睨んでいる。

 

「レーダーに感っ 急速に接近しつつあり!!」

 

 レーダーマンからの報告に、旗艦であり長女のニューメキシコは顔を上げた。

 

 色素の薄い、長い髪をした、やや柔和な顔付の女性である。

 

 もっとも、普段は優しげなその顔にも、今は緊張感が走っているのだが。

 

「来ましたね」

「ああ」

 

 ニューメキシコの言葉に、提督が頷きを返す。

 

 既にハワイにある太平洋艦隊司令部から、近日中に帝国海軍が何らかの軍事行動を起こすであろうと言う警告は受けており、その為の警戒は怠っていなかった。

 

 部隊は戦艦3隻、巡洋艦6隻を主力とした水上砲戦部隊である。ニューメキシコ級3隻が低速である為、機動性は期待できないが、それでも上陸部隊を守り砲撃支援を行うなら、これで充分と判断されていた。

 

「とは言え、敵も良いタイミングで仕掛けて来てくれたものだ。おかげでこちらは万全の態勢で挑む事ができる」

「ふふ、確かに、その通りですね」

 

 提督の言葉に、ニューメキシコは柔らかく笑い返した。

 

 これに先立つ敵の通商破壊戦により、ニュージョージア島の上陸部隊は物資が欠乏しつつある。

 

 その為、合衆国艦隊は、戦力の一部を裂いて珊瑚海のシーレーン防衛に回そうと言う意見が出ており、それを実行する直前だったのだ。

 

 もしそれをやっていたら、合衆国軍は戦力を分散したところで帝国海軍主力艦隊の襲撃を受け、成すすべなく壊滅させられていた可能性がある。

 

 しかし、今回は敵の襲撃が早かったため、間一髪のところで艦隊を呼び戻し合同する事に成功していたのだった。

 

 現在、合衆国艦隊は戦艦3隻が単縦陣を組み、その他に巡洋艦部隊と水雷戦隊が分離して行動している。

 

 快速の巡洋艦、駆逐艦が敵の中、小型艦艇に備え、戦艦が敵主力を潰していくと言う、合衆国軍が得意とする典型的な決戦パターンである。

 

「敵艦隊、更に接近!! 速度反応から水雷戦隊と思われます!!」

「良いぞ、敵はまだこちらの存在には気付いていないみたいだな」

 

 通常なら、水雷戦隊だけで戦艦を有する艦隊の突撃してくるなどあり得ない。

 

 恐らく帝国艦隊は、前衛の駆逐艦や巡洋艦にばかり目を奪われて、その背後にいる戦艦部隊の存在に気付いていないのだ。

 

 これなら楽に殲滅できる。

 

 戦艦群の主砲が旋回し、彼方から迫りつつある帝国艦隊を指向する。

 

 既にレーダーは敵艦隊を捉えている。勿論、これだけでは正確な照準はできないが、レーダーを用いる事で有利な戦いができる事は、南太平洋海戦で既に立証済みだった。

 

「よし、しゃ・・・・・・・・・・・・」

 

 「射撃開始」と、提督が口を開こうとした次の瞬間、

 

 だしぬけに、闇の彼方で巨大な炎が沸き起こった。

 

「敵艦発砲!!」

 

 見張り員の絶叫。

 

 しかも、視界に見える発砲炎は明らかに、駆逐艦や巡洋艦の物ではない。

 

「な、何が・・・・・・」

 

 叫びかける提督。

 

 その直後、レーダーマンから続報が入る。

 

「先に探知した敵艦隊の後方に新たなる反応有り!! なお、反応は極大(マキシマム)!! 恐らく戦艦と思われます!!」

 

 次の瞬間、

 

 巨大な水柱が「ニューメキシコ」を包み込むように立ち上った。

 

 

 

 

 

 この時期、帝国海軍の電探導入はまだ始まったばかりであり、その普及率はお世辞にも高いとは言い難い。

 

 数々の戦訓から試験導入は進んでいるものの、未だに受け入れられてはいないのが実情だった。

 

 一方で合衆国軍は、開戦時には既にある程度の性能を持ったレーダーを装備した艦が存在し、更にこの1年で改良が加えられ、日々、性能アップが図られている。

 

 探知能力と言う意味では、合衆国海軍の方が帝国海軍を上回っていた。

 

 はずだった。

 

 しかし、

 

 後に「第3次ソロモン海戦」の名で呼ばれる事になるこの戦いにおいては、探知能力に劣る筈の帝国海軍の方が先に敵を発見し、先制攻撃を仕掛ける事に成功していた。

 

 これには、いくつかの条件が重なっていた。

 

 まず、ソロモン諸島は多島海であり、多数の島が入り乱れる形で点在している。その為、レーダーの電波が陸地に乱反射してしまい、正常に機能しなくなっていた事。

 

 それに気づかず、合衆国軍はレーダー探知に依存し過ぎていた事。

 

 対して帝国海軍は、(ある意味皮肉な事に)電探測定にそれほど重きを置いていなかった関係から、夜間見張り員を強化し、目視による敵の早期発見に努めていた事。

 

 それらの条件が重なった結果、帝国海軍は合衆国海軍に対し先制攻撃を仕掛ける事に成功していた。

 

 あるいは、南太平洋海戦で戦艦「インディアナ」と共に戦死してクラウス・リー少将が健在だったなら、このような事態は防げたかもしれないが。

 

 合衆国海軍が電探で発見したのは、前衛を務めている「川内」以下、第3水雷戦隊の各艦のみであり、その後方から迫る第1特務艦隊本隊の存在には、全く気付いていなかった。

 

 

 

 

 

「撃ち方始め!!」

 

 宇垣の鋭い指示と共に、全甲板に装備した6門の内、2門の主砲が火を噴く。

 

 強烈な爆風と共に、拡散された衝撃波が艦自体も容赦なく打ちのめす。

 

 下手に甲板に居ようものなら、それだけで吹き飛ばされてしまう事になるだろう。

 

 戦艦「大和」の砲撃とは、それ程までに危険な物なのだ。

 

 しかし、

 

 ミッドウェー海戦以来約半年。

 

 この南溟ソロモンの地において、世界最大最強の46センチ砲が、再び火を噴いたのだ。

 

 しかも、相手はまたしても戦艦。

 

 正に「大和」の為に用意された舞台と言っても過言ではなかった。

 

 撃ち出される砲弾。

 

 その視界の先で、巨大な水柱が突き立つ。

 

「敵艦至近に落下を確認!!」

「幸先良い兆候だな」

 

 見張り員の報告を聞きながら、宇垣は口元に笑みを見せる。

 

 半年ぶりの水上砲戦で、乗組員の技量が落ちていないか心配だったが、どうやらそれも杞憂だったらしい。

 

 「大和」は、1発目から精度の高い砲撃を行って見せた。

 

「続けていきます」

 

 真剣な眼差しで告げる大和。

 

 やがて、装填完了と共に、再び主砲が放たれる。

 

 その頃になって、ようやくこちらの存在に気付いたらしい敵戦艦が、主砲を撃ち放ってくる。

 

 しかし、合衆国軍の主砲が落下する前に、「大和」の砲弾が着弾する。

 

 彼方に突き立つ、白い水柱。

 

 その巨大な柱が、敵戦艦の左右を挟むように落下するのが見えた。

 

「敵戦艦、狭叉を確認!!」

 

 見張り員からの報告に、宇垣と大和は互いに顔を見合わせて頷く。

 

 これで、こちらの照準は完璧になった。

 

「次より斉射に移行!!」

 

 宇垣の命令を受けて、「大和」の主砲は、全門装填を開始する。

 

 その間にも合衆国軍は「大和」目がけて主砲を撃ち放ってくるが、その全てが見当はずれの海面を叩くにとどまっている。

 

 そして、

 

 放たれる「大和」の斉射。

 

 前部6門に加え、射角を確保した後部3門も加えた、9門一斉射撃。

 

 その圧倒的な発射炎は、まるで一瞬にして夜の海面が昼に変わったかのようだった。

 

 飛翔する9発の砲弾。

 

 その攻撃が着弾した瞬間、

 

 恐るべき破壊力が解放された。

 

 命中を受けたのは、合衆国艦隊旗艦「ニューメキシコ」。

 

 命中した砲弾は4発を数えた。

 

 1発目は第1砲塔の天蓋を貫通、弾薬庫まで突進してそこで炸裂した。

 

 2発目は艦橋に命中、重厚な塔型艦橋を一瞬にしてただのクレーターに変えた。

 

 3発目は艦尾に命中、スクリューごと艦尾区画を引き千切った。

 

 4発目は艦手前の海面に落下、水中弾となって艦底部を抉った。

 

 凄まじきは、46センチ砲弾の威力である。

 

 このうち、致命傷は1発目だった。

 

 これにより「ニューメキシコ」は弾薬庫が誘爆。大爆発を起こし、船体を前後に引きちぎられた。

 

「敵戦艦爆発ッ 沈みます!!」

 

 歓喜に包まれた声が響く。

 

 ミッドウェーの時にも水上砲戦を戦ったが、あの時撃沈したのは巡洋艦であり、交戦した「ワシントン」は、損傷を負わせながらも取り逃がしている。

 

 つまり大和にとって、これが人生初となる敵戦艦撃沈だった。

 

「参謀長・・・・・・私・・・・・・・・・・・・」

 

 涙を浮かべながら宇垣を見る大和。

 

 対して、

 

「敵はまだいる。気を抜くな」

 

 素っ気なく命じる宇垣。

 

 だが、砲声に紛れる中、少女の肩を優しく叩き告げる。

 

「よくやった」

 

 囁かれた言葉に大和はハッとして振り返る。

 

 闇の中で、宇垣がどのような表情をしているのかは判らない。

 

 だが、そのシルエットを見詰め、

 

 大和はほんのりと、顔を赤くするのだった。

 

 

 

 

 

 旗艦「ニューメキシコ」轟沈。

 

 この事態を受け、合衆国艦隊は混乱に陥ろうとしていた。

 

 先制攻撃を受けた上に、艦隊の頭脳が一瞬にして失われたのだから、当然の事態である。

 

 混乱に拍車がかかる中、

 

 闇の中を真一文字に斬り裂いて突撃していく、快足艦隊の姿があった。

 

「目標を確認。みんな、あたしに続けェ!!」

 

 威勢のいい掛け声を発する川内。

 

 この夜戦の申し子が、第2次ソロモン海戦に続いて再び巡って来た夜戦の機会に、歓喜が湧かないはずが無かった。

 

 混乱する合衆国艦隊の只中を、突き抜けていく3水戦の各艦。

 

 対して、一部の合衆国艦隊が、その存在に気付いて砲火を集中してくる。

 

「チッ もう少し大人しくしてくれりゃ良い物を」

 

 3水戦司令官の田中雷次郎少将は、そう言って舌打ちをする。

 

 敵の混乱に乗じて魚雷の射点を確保できれば理想だったのだが、流石に、何度も帝国海軍との夜戦を経験した合衆国軍も、その対策を立てていたらしい。

 

 巡洋艦3隻が進路に割り込むようにして砲門を向けてくる。

 

「いや、あたしは楽しいよ。夜戦はやっぱ、こうじゃなくっちゃね」

「そりゃ、お前はそーなんだろうけどな」

 

 実に楽しげに笑う「川内」に、田中は苦笑を返す。

 

 相変わらずなノリのこの旗艦軽巡には、呆れるしかない様子だ。

 

 その間にも敵巡洋艦の砲撃は続く。

 

 命中弾はまだ無いが、徐々に弾着が近付いてきているのは判る。

 

 その様子を見て、田中はニヤリと笑う。

 

「よし川内。俺達はあいつらをやるぞ」

 

 その田中の言葉に、川内はキョトンとする。

 

「あれ、戦艦じゃなくって?」

 

 相手に戦艦が複数いるのだから、てっきり戦艦をやると思っていた川内は、田中の意外な言葉に怪訝な面持ちを作る。

 

 対して、田中は不敵に笑い掛ける。

 

「今夜の主役は、俺等じゃないだろ」

「ああ、成程」

 

 対して川内も、田中の意図を読み取って笑みを返した。

 

 今回、帝国海軍は切り札を用意して戦いに臨んでいる。その為の下準備をするのが、田中や川内達の役割だった。

 

「3水戦全艦宛通達。《目標、前方の敵巡洋艦部隊。統制雷撃戦用意》!!」

「よっしゃ、派手に行きますかッ!!」

 

 田中と川内の威勢のいい掛け声と共に、3水戦の全艦が突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「大和」を中心とした第1特務艦隊がニュージョージア島沖で戦闘を開始した頃、

 

 それより僅かに東にあるガダルカナル島沖でも、動きが生じようとしていた。

 

 重巡「鳥海」を旗艦とする第2特務艦隊(元第8艦隊)の各艦は、西で起こっている砲火を尻目に、ゆっくりと海岸線に近付いて行く。

 

 やがて、艦隊の接近に合わせるように、海岸線には多数の兵士達が連なるように動き出すのが見えた。

 

 ガダルカナル島の守備隊。並びに、基地航空隊所属のパイロット達である。

 

 彼等は事前に撤退作戦の事を通達されており、所定の作戦に従って海岸線付近の林の中に隠れ、予定時間になるのを待っていたのだ。

 

 やがて、海岸線に多数の上陸用舟艇が到着し、集まった兵士達を沖合で停泊している船団へと運んでいく。

 

 第2特務艦隊各艦はその間、周囲に散開して警戒に当たっている。

 

 やがて、負傷兵を優先的に収容した舟艇が、次々と沖合で待つ船団へと運んでいく。

 

 この作業を何度か繰り返して、全兵を撤収させるのだ。

 

 なお、帝国海軍はこの作戦に、水上機母艦の「千歳」「千代田」「日進」の3隻を投入している。

 

 速力28ノット以上が発揮可能で、索敵任務に重宝する虎の子の水上機母艦を投入した事から考えても、本作戦における意気ごみを感じられる。

 

 この水上機母艦の収容能力と高速性を利用して、より多くの兵士を助けるのが目的だった。

 

 収容作業は負傷兵が多い事もあって難航したが、各作業員たちは、自分達に課せられた使命を粛々と実行し兵士達の収容に務めた。

 

 やがて、月も中天を過ぎて暫くした頃、船団旗艦「千歳」から、第2特務艦隊旗艦「鳥海」へと電文が入った。

 

「提督、『千歳』より入電です。『我、収容作業完了。全兵士の撤収を確認』」

 

 鳥海の言葉に、三川順一第2特務艦隊司令官は、腕時計を確認する。

 

「やはり、スムーズにはいかんか」

 

 少し険しい表情を作りながら、三川は呟く。

 

 作業終了予定時刻は午前1時。しかし、時計の針は既に2時を回っている。1時間以上の遅れだった。

 

「どうやら、負傷者の数が予想よりも多く、その収容に時間がかかったみたいです」

 

 鳥海の報告に頷きを返す三川。

 

 ともあれ、作業は完了したのだ。ならば、後は脱出するだけである。

 

「よし、出航用意だ!!」

「出航用意!!」

 

 三川の命令を受けて、第2特務艦隊各艦が動き出す。

 

 4隻の駆逐艦が前衛として対戦警戒に当たり、そこへ「千歳」以下の船団が続行、そして重巡4隻が殿として背後を守る。

 

 急ぐ必要がある。

 

 「大和」以下、第1特務艦隊が敗れるとは思っていないが、それでもこちらの戦線をすり抜けた一部の敵艦が突入してくる可能性はある。

 

 一刻も早く、この場を離れる必要があった。

 

 やがて、「千歳」を先頭にした船団が、ゆっくりと海域を離れていく。

 

 その姿を見て、三川たちは内心で胸をなでおろす。

 

 これで、一安心。

 

 誰もが、そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 第2特務艦隊の殿を務めたのは、重巡洋艦の「古鷹」は、ゆっくりと回頭しつつ艦首を北へと向ける。

 

 これから船団を護衛しつつ、トラック環礁へと向かう事になる。

 

 空襲圏内にあるラバウルは帰還兵の収容先として相応しく無いため、トラックに収容する事があらかじめ決められていた。

 

「これで任務完了っと。けど、まだ油断はできないか」

 

 古鷹はそんな事を呟きながら、旋回する自分自身を足元に感じる。

 

 左右の目の色が違うショートカットの少女は、セーラー服のスカートを夜風になびかせながら周囲を見回す。

 

 ここより西では、第1特務艦隊が合衆国艦隊相手に死闘を演じている。時折、その砲声がここまで聞こえてきていた。

 

「あっちはあっちで頑張ってもらうとして、私達は私達の仕事をこなさないと」

 

 そう呟いた時、回頭を終えた「古鷹」が機関出力を上げ、北上を開始しようとしていた。

 

 後はトラックに戻るだけ。

 

 そう思った時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 ふと、何かに気が付いた古鷹が、視線を巡らせる。

 

 自分達の左舷側。つまり、西の方に、何かが動いたような気がしたのだ。

 

「んん?」

 

 じっと目を凝らす。

 

 並みか何かが跳ねたのを見間違えたのだろうか?

 

 そう思った時だった。

 

 突如、

 

 闇の中で、巨大な炎が躍った。

 

 その様に、古鷹は目を見開く。

 

「て、敵っ!?」

 

 次の瞬間、「古鷹」の周囲に、巨大な水柱が突き立った。

 

 

 

 

 

「『古鷹』に砲撃集中を確認!!」

「敵艦隊確認ッ 方位260度より急速接近中!!」

「敵艦隊内に、戦艦1を確認!!」

 

 矢継ぎ早に三川の元へと齎される報告が、容易ならざる事態を継げている。

 

 敵艦隊。それも、戦艦1隻を含む有力な艦隊が迫っている。

 

 対して第2特務艦隊の主力は重巡。しかも今は、「千歳」以下、の輸送船団を護衛している身である。

 

「やるしか、ないか」

 

 ギリッと歯を噛み鳴らしながら、三川は呟く。

 

 相手は戦艦。こちらの全滅もあり得る。

 

 しかしそれでもやらなければならない。何としても、船団が離脱するまで時間を稼ぐ必要があった。

 

 第1次ソロモン海戦におけるパーフェクトゲームの演出者は今、悲壮な覚悟でもって任務に当たろうとしていた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 ソロモン諸島の北部海面では、決戦海面に向けて急行しようとしている、小規模な艦隊があった。

 

 巡洋戦艦1隻を中心とした高速艦隊。

 

 彰人率いる第1特務艦隊遊撃部隊こと第7艦隊である。

 

 宇垣は彰人率いるこの部隊を北方で待機させる一方、状況に応じていつでも戦線に介入できるようにしておくように命じておいた。

 

 その命令に従い、彰人は大気を継続しつつ、状況は常にリアルタイムで取得できるように努めてきた。

 

 その状況が今、動こうとしていた。

 

「第2特務艦隊が敵の襲撃を受けている」

 

 彰人は届けられた電文を姫神に渡しながら呟く。

 

 第2特務艦隊は現在、ガ島守備隊の兵士を収容した直後であり、身動きが殆ど取れない状態にある。そこへ、戦艦を含む有力な敵艦隊の襲撃を受けたのだ。

 

 となると、三川提督が取れる戦術は限られてくる。すなわち、船団が脱出するまでの時間を稼ぐ為、玉砕覚悟の戦闘に挑むしかない。

 

 ふと顔を上げると、姫神がジッと彰人の顔を見詰めて来ていた。

 

「行きますか?」

 

 ややあって掛けられた問いに、彰人は笑顔を返す。

 

 流石は自身の旗艦と言うべきか、彰人がどのような判断を下すのか判っていた。

 

「うん、行こう」

 

 頷きを返す彰人。

 

 帽子を目深にかぶりながら、真っ直ぐに前方を見る。

 

「遊撃部隊各艦に通達。我が艦隊はこれより、ガ島ルンガ泊地沖にて第2特務艦隊支援を行う!!」

 

 彰人の凛とした声が、闇を切るようにして響き渡った。

 

 

 

 

 

第43話「海魔饗宴」      終わり

 

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